音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ 第6回 バッハ・インヴェンション・アナリーゼ講座の概要 ■■

2009-01-30 13:52:22 | ■私のアナリーゼ講座■
■第6回 バッハ・インヴェンション・アナリーゼ講座の概要■
               09.1.30 中村洋子

★1月27日、カワイ表参道「コンサートサロン・パウゼ」で、

≪第6回インヴェンション・アナリーゼ講座≫を、開催しました。

大勢の熱心な受講者の中には、海外でこのブログをお読みになり、

一時帰国を利用されて、わざわざ参加された方も、

何人か、いらっしゃいました。

大変にうれしく、心より感謝申し上げます。


★今回は、インヴェンションとシンフォニアの各6番と

舞曲との関連性、

さらに、「アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」の

舞曲について、お話しました。

年末、ベッチャー先生が送ってくださった、

先生ご自身の、アンナ・マグダレーナについての論文を、

念頭に置いて、解説いたしました。

さらには、同時期に相前後して、作曲されました

「パルティータ」や、ピアニストも勉強すべきである

「無伴奏チェロ組曲」にも、触れました。


★また、ベッチャー先生が、昨年発表されました

「無伴奏チェロ組曲」のCD(写真は、そのジャケット)から、

舞曲を一曲、皆さまと聴き、バッハの重要な作品を、

楽器にかかわらず勉強することが、いかに、必要であるか、

ご一緒に、体験しました。


★先生は、バッハのチェロ組曲の一つの旋律から、

『2声、3声、あるいは4声までを頭に描いて、

演奏すべきである』と、書かれています。

インヴェンションのような、鍵盤楽器作品についても、

当然のことながら、同じことがいえます。


★逆に、細かいパッセージを、

2声または1声に集約する作業も、とても大切です。

それには、和声の知識、経験が欠かせません。

和声と申しましても、難しい和声記号と格闘するのではなく、

鍵盤上で、音となった和声の流れを、実際に、

理解していただきたい、と思い、

自作の資料を、皆さまにお配りしました。


★大バッハが、息子たちに囲まれ、

妻と一緒に、書き足して言った

「アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」を、

大バッハは、きっと、このような形で、

息子や弟子たちに、教えたのではないか、と

私は想像して、資料をお作りしました。



★次回2月17日(火)の「第7回講座」 では、

「アンナ・マグダレーナ・バッハのクラヴィーア小曲集」から、

声楽作品も、取り上げ、

≪歌うということとは、どういうことなのか≫という視点から、

インヴェンション、シンフォニアの7番との、関連を分析いたします。


★この講座は、第1回から、連続して受講していただいている方が、

本当にたくさん、いらっしゃいます。

家事やお仕事、育児などの合い間を縫っての、ご参加です。

さらに、アンケートも真摯にお書きいただき、

私にとって、とても、いい励ましになります。

≪インヴェンション≫という大宇宙を、探求する試みの、

良き道連れとして、心の大きな支え、ともなっております。

この場で、皆さまに重ねてお礼申し上げます。


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■アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集■

2009-01-25 16:52:51 | ■私のアナリーゼ講座■
■アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集■
             09.1.25 中村洋子


★明日は、旧暦のお正月です。

きょうは、「大つごもり」、樋口一葉の世界です。

明治の冬より、格段に暖かい東京の「年の瀬」です。


★明後日の1月27日は、カワイ表参道で、

6回目の「バッハ・インヴェンション・アナリーゼ講座」を、

開催いたします。

インヴェンション15曲、シンフォニア15曲の計30曲のなかで、

この各6番は、5番までの総まとめのうえ、さらに、

そこから、新しく出発する曲です。


★バッハは、そのように、緻密に計算をして、

全30曲を、編み出しました。

インヴェンションは、ゆるぎない設計計画の上に

成り立っている曲です。


★それに対し、バッハが2番目の妻である

「アンナ・マグダレーナ」に、贈った2冊の小曲集は、

バッハ自身の曲や、息子たちの作品、さらに、

当時、流行していた賛美歌やアリアなどの声楽曲、

「ゲオルク・ベーム」(1661~1733)、

「クリスティアン・ペッツォルト」(1677~1733)

=バッハ作曲とされていた有名なト長調のメヌエットの作曲者=・・・

などの作品、果ては、当時のフランスの巨匠「フランソワ・クープラン」

(1668~1733)の作品まで入っています。


★たくさんの子どもたちや愛する妻、お弟子さんたちと営んだ、

暖かい、音楽に満ちた家庭生活が、目に浮かぶようです。

ここには、インヴェンションで見せた、

一点一画を、揺るがせにしないバッハの姿ではなく、

良き父、夫であるバッハの姿が、垣間見られます。


★1巻は1722年の日付、2巻は1725年と記されていますが、

この2巻は、実際は、1725年から1742年まで、

書き続けられた、とされています。

1巻では、フランス組曲の1番~5番までの不完全な初稿と、

その他の幻想曲と変奏曲、オルガン・コラール

大バッハ自身のメヌエットなどが、収められてます。


★私たちが、「アンナ・マグダレーナ・バッハのための

クラヴィーア小曲集」をイメージする時は、実は2巻なのです。

ここには、先ほどの有名なぺッツォルトの

「メヌエット」ト長調&ト短調も、4、5番として入っています。

また、カール・フィリップ・エマヌエル・バッハの作曲した

マーチ、ポロネーズなどの可愛らしい舞曲も、たくさんあります。

今回の講座では、インヴェンションの、楽曲と舞曲との関連も

お話いたします。


★この6回目アナリーゼ講座では、作曲者不明のメヌエット2曲を

取り上げますが、ここでの半音階は、まさに

大バッハの半音階なのです。

もし、この曲が、息子の作品であったとするならば、

まあ、なんと、凄い才能なのでしょう。


★日ごろのレッスンで、この曲を、きちんと丁寧に、生徒さんに

指導されますと、その生徒さんが、

インヴェンションを学び始めたとき、

バッハの音楽が、決して「堅苦しく、難しい」ものではないと、

受け止められることでしょう。


★この曲集の優れたCDは、数多くあると思いますが、

たまたま、聴きましたものを1枚、ご紹介いたします。

トラジコメディア(スティーヴン・スタッブズ主催)という

演奏団体による「アンナ・マグダレーナ・バッハの音楽帳」

[第2巻(1725)他より 全30曲収録])というCDです。

WARNER CLASSICS BEST100  WPCS-21072


★この曲集を、リュートやヴィオラ・ダ・ガンバ、オルガン、

アルパネッタ、ダブル・ハープ、トリプル・ハープ、そして、

声楽で、演奏しています。

肩肘張らない演奏も、楽しく、お稽古にいらっしゃる生徒さんに、

このCDを、すこし、聴かせてあげるのも、いいかもしれません。


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■ソクーロフ監督 ヴィシネフスカヤ主演の映画「チェチェンへ」を見る■

2009-01-15 13:15:22 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■
■ソクーロフ監督 ヴィシネフスカヤ主演の映画「チェチェンへ」を見る■
                        09.1.15 中村洋子


★毎日、寒い日が続いております、いかがお過ごしでしょうか。

「東京で初雪が降りました」と、

ベルリンのベッチャー先生に、お伝えしましたところ、

先生から「ベルリンはreal strong winter マイナス15度の日が続き、

近郊にある、ヴァンゼー Wannseeという大きな湖が、

数年ぶりに凍結した」というお便りが、来ました。

先生は、いま、ダルベール Eugen D'Albert(1864~1932)と、

コルンゴルト Erich Wolfgang Korngold(1897~1957)の

チェロ協奏曲や、C.P.E.Bach のガンバソナタの演奏を控え、

練習で、お忙しい毎日だそうです。


★日本では、チェロコンチェルトが演奏されるのは、あまりなく、

あっても、ごく少数の有名な曲に、限られています。

ダルベールやコルンゴルトなど、20世紀前後の作品を絶えず、

取り上げ、真摯に取り組まれている、

ベッチャー先生の姿勢に、敬服いたします。


★私は、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の

最新作「チェチェンへ アレクサンドラの旅」(原題は、Alexandra)

という映画を見ました。

主演は、有名なソプラノのガリーナ・ヴィシネフスカヤです。

彼女は1926年 レニングラード生まれで、現在、80歳を越えています。


★ストーリーは、とても単純です。

老女Alexandra(ガリーナ・ヴィシネフスカヤ)の旅です。

チェチェンの独立を巡る、ロシアとの戦争で、

チェチェンに駐屯中の、ロシア兵である孫を訪れる、祖母の旅。

Alexandraの眼に写る光景を、静かにカメラが追う、

そういう映画です。

チェチェンの首都グロズヌイ郊外の、砂漠のような荒地に

孫が駐屯している、野営地があります。


★そこに辿り着くには、おぞましく、気分が悪くなるような、

疲れる旅を、経なければならない。

若い兵士の群れと一緒に、まともな座席もない貨車に詰め込まれます。

前線帰りなのか、兵士たちは、若さ、溌剌さの片鱗もうかがえず、

精気がなく、押し黙り、くたびれ果てています。

一人の兵士が「両親に電話して欲しいのだが・・・」と、

Alexandraに近づくが、上官に睨まれ、黙り込む。

観客も、一緒に貨車の旅を体験させられ、重苦しい気分に陥ります。


★7年ぶりに会う孫は、27歳。

職業軍人として、ずっと戦場での日々だった様子。

Alexandraは、野営地を歩き回り、そのすべてを見ます。

鉄柵で囲まれた陣地、その周りはほとんど砂漠、わずかな草しかない。

泊まる所は、掘っ立て小屋のようなバラック、壁も満足にない。

バラックのほかは、巨大な車輪の装甲車の群れ。

異様な図体を誇っています。

油で黒々と光る銃を、毎日毎日、徹底的に手入れするよう、

命令され、それに励む兵士たち。

まだ幼い、子どものような顔付きです。

あるのは、兵器のみ。


★野営地の近くには、チェチェン人の集落がありますが、

建物は、爆撃により半壊したものばかり。

そこに闇市があり、ロシアの兵隊が、軍服まで売りに来る、という。

Alexandraがタバコを買おうと、チェチェン人の若い男に

「いくら?」と何度尋ねても、無言、無視で押し通す。

ロシア人の彼女に、冷ややかな敵意で応対するチェチェン人。


★孫との会話、いや、会話でなく、Alexandraの一方的な質問。

窒息しそうに狭い戦車の中へ、孫と一緒に潜り込み、

孫から誇らしげに小銃の撃ち方を、教えられた彼女は、

自分で、空砲の引き金を引く。

カチャンという、軽い音。

「単純なのね」と、一言。

「毎日、壊すことばかりで、いつ建設することを学ぶの?」

「きょうも、誰か殺してきたの?」

返事のしようがない孫。

この会話が、この映画のすべてともいえます。

でも、翌朝からまた、戦場に繰り出す孫。

出発前の顔には、職業軍人としての誇りのようなものも、

漂っています。


★派手な戦闘場面は、まったくありません。

救いは、物売りのチェチェン人老女との交流です。

老女は、疲れ切ったAlexandraを自室に招き、粗茶を振舞います。

「女同士は戦争しないのよ」


★画面は、初めから終わりまで黄土色一色、砂の色。

口のなかにザラザラとした砂が、入っているような

感じを覚えました。

自分がいま、東京に、平和な東京に居ないような、錯覚にも。

黄色い映像が強く強く、心に焼き付きついています。

見終わって、館外に出ましたら、

成人の日の渋谷の街は、ネオンが輝き、外国のようでした。


★以前、他の映画の開演前の予告編で、

この「チェチェンへ」の一場面を見て、

この祖母役の女性の、圧倒的な存在感に驚き、

この映画を是非見なければ、と思っていました。

それが、あのヴィシネフスカヤだったとは。


★彼女のポーズ、どの仕草について、

どんな角度から見ても、寸分の隙を感じさせません。

女優の杉村春子さんも、そうでした。

1952年から1974年まで、ボリショイ劇場のソリストだった

舞台人・ヴィシネフスカヤの、おそらく、人生最後に近い仕事を、

見ることができ、とても感動しました。


★映画の内容とは、直接関係ありませんが、

映画ロケの際、休憩時間に、ヴィシネフスカヤは、

ほかの人とお喋りをすることもなく、

イヤホンの音楽に、聴き入っていたそうです。

「役に成り切っていたので、そのままで居たかったようだ」と、

ソクーロフ監督の話。

目に浮かぶようなシーンです。


★ヴィシネフスカヤの、本業としましては、

夫ロストロポーヴィチの、ピアノ伴奏による、

「ラフマニノフ&グリンカ:歌曲集」のCDを、お薦めします。

有名なラフマニノフ作曲「ヴォカリーズ」の、名演奏も入っています。

ヴォカリーズは、チェロやさまざまな楽器に編曲され、

親しまれています。

私は、NAXOSから出ていますCD「協奏曲&アンコール集」

(グレート・チェリスト・シリーズ/ピアティゴルスキー NAXOS 8.111069)

に収録されている、ピアティゴルスキーの「ヴォカリーズ」を、

愛聴しております。

そういえば、彼もロシア人です。


★この「ヴォカリーズ」を演奏しようとする、どんな楽器の演奏家でも、

一度は、彼女の演奏を聴いて、勉強されることをお薦めいたします。


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■ シューベルト歌曲集「Winterreise Op.89 冬の旅」のアナリーゼ ■

2009-01-10 18:00:45 | ■私のアナリーゼ講座■
■ シューベルト歌曲集「Winterreise Op.89 冬の旅」のアナリーゼ ■
           09.1.10 中村洋子


★カワイ表参道での、月2回の「アナリーゼ教室」は、

ピアニストだけでなく、管楽器奏者、声楽家などの

皆さまともご一緒に、親密な雰囲気で、

参加者の方の取り組んでいらっしゃる曲を、

中心にして、進めております。


★ことしに入ってからは、シューベルト(1797~1828)の

「Winterreise Op.89 冬の旅」の全曲アナリーゼ、

という「プロジェクト」を、始めました。

毎回、他の曲のアナリーゼに加え、

少しずつ、「冬の旅」を、勉強していきます。

ピアニストの参加者の方が、多いのですが、

「シューベルトのピアノソナタ」に、取り組むには、

「歌曲」と「室内楽」の理解が、不可欠だからです。


★室内楽につきましては、以前、このブログで書きました

「弦楽五重奏曲 Op.163 作曲は1828年(?)」を、

徹底的に勉強しますと、「後期のピアノソナタ」を弾くうえで、

奏法、形式、音楽的色彩などが、大変に勉強になります。

シューベルトピアノ作品の、室内楽的書式(エクリテュール)を、

どう演奏したらよいかが、分かるからです。


★「冬の旅」(1827年作曲)は、あまりに名曲すぎ、

孤立した存在と、みなされ勝ちで、

この曲集が、歴史的にみて、“なにを源流とし”、

“後世にどんな影響を与えたか”、については、

あまり、意識されていないようです。


★私が注目しましたのは、この曲集が、

なぜ、24曲から成っているのか、ということです。

バッハの平均律クラヴィーア曲集は、1巻、2巻とも、

24曲の「前奏曲」と「フーガ」から構成されています。

ショパンの「前奏曲集」も、24曲から成っています。


★ショパンが、バッハとシューベルトに傾倒していたことは、

前回のブログに、書きました。

「冬の旅」も、24曲を束ねるモティーフの展開と、

大きな構想が、あるのではないかと思い、

楽譜を、じっくり読みましたら、

まさに、その通りに作曲されていることに、気付きました。


★私は昨年、ソプラノとギターのための歌曲集

「日本の十二ヶ月」という、12曲から成る曲集を、

CDで発表しました。

この曲を書いたからこそ、

見えてくるもの、読めるものがあります。


★死間際のシューベルトが、最後まで、

推敲の手を止めなかったのが、「冬の旅」です。

そこで、どういうポイントついて、最後まで手を入れていたか、

シューベルトの意図が、分かる気がします。


★Erste Abteilung 第1部 Ⅰ.Gute Nacht おやすみ は、

6小節の前奏から、始まります。

ベートーヴェンのピアノソナタは、前奏がある場合、

その前奏に、その曲のすべてが、凝縮されています。

これは、ショパンの「バラード1番」でも、同じことがいえます。

この「冬の旅」の前奏も、実はそうなのです。


★この6小節をもとに、モティーフの縮小、拡大、

反行、逆行などが、縦横無尽に、詩の内容に呼応して、

見事な、対位法音楽を成しています。

ヨーロッパの往年のマエストロのCDで、「冬の旅」を、

聴きましたら、シューベルトの意図どおりの、

ポリフォニーを構築して、さりげなく演奏されていました。

シューベルト晩年の、一番大きな特徴である

「対位法による作曲」という手法が、駆使されているのです。


★この曲集は、ミュラーの詩に作曲されています。

ミュラーの詩は、4番までありますが、

シューベルトは、前奏の後で、

1番、2番の詩を、同じメロディーと伴奏で、歌わせるため、

「反復記号」を使っています。

しかし、3番と4番は、異なるメロディーと伴奏にしています。


★偶然の一致かもしれませんが、ピアノソナタの提示部を、

反復記号で、2度演奏することと、似ています。

リヒテルが、≪「ピアノソナタ」の提示部の反復は、必ずする≫と、

強調していることにも、通じます。

反復記号とはいえ、「同じことを2回、演奏する」のではないのです。


★また、シューベルト自筆譜の速度表示には、

in gehender Bewegung(歩くような動きで)、も併記されています。

ピアノの8分音符の動きが、詩の主人公であるこの青年の、

歩みを、象徴しています。

私が聴きました、日本人のピアノ伴奏のCDは、立派な演奏ですが、

音の刻み方が重く、お能や日本舞踊の、

「摺り足」のように、聞こえました。

摺り足は、日本の芸能の基本で、重心がおそらく、ヨーロッパの

踊りよりも、低いところにあると思います。

ただし、冬の旅は、ドイツの名もなく、貧しいナイーブな青年の

歩き方ですので、ベタベタと弾きますと、

肥った中年の金満家の歩みのように、聞こえてしまいます。


★さらに、2小節目のアクセントも、

劇的に、演奏されていましたが、

シューベルトのアクセントは、時には、ディミヌエンド

(その音が最も強く、後続の音は弱い)記号と、

よく似ていることがあり、どちらにしても「大切に弾く」、

という意味に捉えることが妥当です。

乱暴に叩きつける、ということでは、決してありません。

この場合は、明らかに、アクセントではあるのですが、

失意の青年をイメージすれば、あまり大袈裟に弾くのは、

考えものです。


★「冬の旅」を、劇的にオペラのように解釈する、

という動きが、あるようです。

シューベルト音楽の、懐の深さを考えれば、

そのような解釈も、可能でしょう。

しかし、バッハの「マタイ受難曲」が、決して、

劇的なオペラではないのと、同様に、

勉強不足な、シューベルトの本質を理解していない、

試みではないでしょうか。


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■ 新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ ■

2009-01-02 23:58:25 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■ 新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ ■
       09.1.2  中村洋子


★新年の2日は、早起きをして、午前7時からNHK教育テレビで、

「新春 能狂言」 狂言・大蔵流「煎物」山本東次郎 を見ました。

東次郎さんの演技は、いつもながらの至芸でした。

能狂言界に、東次郎さんが存在されていることは、

私たちの誇りです。


★能狂言界の、至宝といいますと、昨年亡くなられた

お笛の一噌流・藤田大五郎さんが、いらっしゃいました。

私は、能楽堂で何度か、拝聴したことがあります。

その音といい、リズム感といい、群を抜いていました。

いま人気がある、囃子のスタープレーヤーたちによる、

どぎつく、迫力を見せつけるだけのエンターテインメント的な

演奏とは懸け離れた、本当の芸術家でした。


★これは、クラシック界でも同じ現象が見受けられます。

藤田大五郎さんの、芸術への取り組み方と、

人気を博している演奏家のそれとが、どう違うか、なぜ違うのか、

手にとるように、分かります。


★クラシックの例でいいますと、経験も少なく、

和声や対位法の理解も、あやふやな弦楽器奏者が、

素敵なファッションに身を包み、

弓をアクロバティックに、かっこよく、大袈裟に操って、

バッハの大曲を、臆面もなく演奏し、

それに、聴衆が喝采を送るのと、似ています。


★昨年は、加藤周一さんといい、藤田大五郎さんといい、

“日本の巨星墜つ”という、出来事がありながら、

テレビが、大々的に追悼したのは、演歌の作曲家でした。


★藤田大五郎さんの名演は、いくつかのCDで聴くことができます。

「観世流 舞囃子(四)」NC-55020 制作(有)能楽名盤会、
 
定価 3500円、入手がかなり難しいCDですので、

檜書店=千代田区神田小川町2-1 電話03・3291・2488 または、

国立能楽堂での観世流、金剛流の公演で、ロビー出店にて購入可能です。


★12月の「ショパン・バラード1番アナリーゼ講座」で、

ショパンが、バッハから受けた影響について、具体的に、

いくつか、お話いたしました。

バッハの音楽には、キリストが十字架を背負って、

よろめきながら、歩いていく情景を模したような

特定なモティーフ(音型)が、あります。


★その音型を、実はシューベルトも、「即興曲」で、

悲しみの表現として、使っています。

さらに、バッハとシューベルトを尊敬し、

終生、研究をしていたショパンは、

バラードの1番で、「嘆き、悲しみ」の表現として、

この音型を、使っています。


★随分前になりますが、私は平成16年(2004年)、

月刊誌「観世」7月号の、巻頭随筆として

「シテとワキとの照応は、フーガにも似る」を書きました。


★能「井筒」のシテとワキの関係を、

フーガの主題と対主題に、なぞらえ、

主題と対主題が、シテとワキと同様に、

お互いに補完し合う関係にあることを、書きました。


★「平均律クラヴィーア曲集第1巻」最後の

「24番フーガ」のテーマ(主題)は、

重い十字架を背負ったイエスが、ゴルゴダの丘を、

よろめき、つまずき、喘ぎながら上っていく様、

その動きを、表現しています。

バッハは、平均律で唯一、24番だけ演奏速度を指定しています。

フーガは、「ラルゴ」つまり、「ごくゆっくり」です。

キリストの歩みと、重なります。


★対主題は、静かに寄り添うように、目立たず、

順次進行していきます。

しかし、対主題の出現により、主題の全体像、つまり、

構成和音、調性などが明らかになり、

リズムが、補完されていくのです。


★「井筒」は、観世寿夫さんがシテを演じた

名演のビデオ(1977年)を、見ました。

能面「増女」の、やわらかい眼差し。

最愛の人への、絶ゆることなき追憶、

それにひたる幸福感、

人間のもつ、最も美しい一面を、

これほどやさしく讃えるお顔はない、と思われます。


★「暁毎の閼伽の水・・・」

聴く者の全霊を、まだ見ぬ深淵へと引き込み、

その魂をあらゆる桎梏から、解き放ち、

救済してくれるかのような、寿夫さんの謡。

一瞬、一瞬に永遠の均衡、力、美が宿る寿夫さんの動き・・・。

見終わるたびに、ぐったりとしている自分に気付きます。

シテとともに、歩み、謡い、舞ったかのような高揚感。

まさに、芸の極致です。


★しかし、その名演が、歴史的名演たり得るのは、

ワキの宝生閑さんの、存在があってこそなのです。

「井筒」で、シテの正体が「有常の娘」であることを、

暴くのは、「旅の僧」のワキです。

つまり、補完する対主題です。


★人類永遠の芸術である「バッハ」と「能」。

尽きぬ感動を呼ぶのは、ともに普遍的な様式を、

根底に持つからでしょう。


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■音楽の美について、1月~3月のアナリーゼ講座■

2009-01-01 15:56:22 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■音楽の美について、1月~3月のアナリーゼ講座■
            09.1.1    中村洋子


★皆さま、明けましておめでとうございます。

ことしも、月に1回のペースで、

『バッハ・インヴェンション全曲アナリーゼ講座』に

取り組んでいきたいと、思います。


★昨年は、5番まで終了しました。

ちょうど、全体の3分の1です。

インヴェンションは、1番が長調、2番は短調、

3番は長調、4番が短調と、「長短」の組合せで、

構成されていますが、

5、6番だけは、唯一、「長調が2曲連続」しています。


★5番は変ホ長調、6番はホ長調。

変ホ長調は、調号の♭が三つ、ホ長調は、♯が四つ。

互いに、「遠隔調」の関係にあります。

それ以外の、1番、2番などは、ハ長調、ハ短調と、

同主調=近親調 の関係にあります。

遠隔調の5番、6番を連続して、演奏しますと、

6番に入った瞬間、そこでフッと世界が変わります。


★1月27日のアナリーゼ講座で、6番を取り上げますが、

新年の幕開け「Auftakt」にふさわしい曲、といえます。

5番 変ホ長調、6番 ホ長調は、半音違いの調ですが、

インヴェンション6番の1小節目の上声で、

「E、Dis、D」 と半音階が、現れてきます。

Disは、Esの異名同音ですから、

この5番から6番へと、連続して演奏しますと、

軽い驚き(半音上の調になっている)を、感じるはずです。

この「E、Dis 、D」 の三つの音の進行は、

バッハのユーモアすら漂ってくる、巧妙な曲の出だしです。


★バッハの作品では、こうした半音階は、

とても重要な位置を、占めております。

今回、講座で取り上げる予定の

「アンナ・マクダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集」にも、

半音階進行に親しむための、可愛らしい舞曲が、入っています。

「メヌエット イ短調 BWV Anh.120」 と

「メヌエット ハ短調 BWV Anh.121」です。


★この2曲は作曲者不明ですが、イ短調のほうは、6小節目から、

4小節続く「 Gis, G, Fis, F」 の半音階進行、

ハ短調のほうは、4小節目から始まる

「H, B, A, As」 の半音階。

これらは、この半音階に付けられた和声がとても美しく、

すばらしい半音階の例、ということができます。


★私は、インヴェンションの楽譜に、昨年12月5日に物故された

加藤周一さんが、朝日新聞に連載された「夕陽妄語」の

 ≪「美」について≫(1995年、7月20日)というエッセイを

切り抜いて、挟んでいました。


★日付を見ますと、14年前の記事です。

その間、楽譜に挟んでいた、ということになります。

深い内容で、大意は次のようなものです。


★芸術作品を「美」と結びつけて考えるのは、長い習慣であるが、

「何を美しいとする」のは、その人により、時代により、また文化による。

1950年代のパリで、芸術家の半数は、レオナルド・ダ・ヴィンチを

「画聖レオナルド、その作品こそが絵画を定義する」とする。

しかし、残り半数は、「甘い通俗性の元祖、何の興味もない」。


★マルセル・デュシャン以後、前衛芸術家の多くは、

「美しい」という語を、「批判」として使う。

後期印象派まで、芸術的冒険は、美しくあり得たが、

今やその時代は終わった。

それでも「芸術」と「美」を、密接不可分なものとして語るのは、

アカデミズムの惰性に過ぎない。


★今日では、自然科学者が、「美」を十分に明瞭に語る。

例えば、古典熱力学では、理論やその体系の内的斉合性、または

構造のシンメトリーなどが、美的感動を呼び起こす。

要するに、芸術家は「美しさ」を憎悪し、

数学者は、「美しさ」に感動する。

これが、我々の住んでいる世界の現実。


★自然科学者でない我々は、どうすればよいか。

第一に、芸術と美を切り離したほうがいい。

シャルトルの建築は、当時、美しくある前に神の住居だった。

「ゲルニカ」は、美しくある前に、戦争の悲惨さ。

第二に、「美しさ」一般を定義する努力は、あきらめる。

定冠詞つきの「美」はない。

あるのは、複数のさまざまな美しいものだけ。

シャルトルの柱像から、北魏の仏像まで、

コンゴの面から能面まで。

文化的多元主義には、美的多元主義が伴わざるを得ない。

それが、我々の時代の条件である。


★ある初夏の日の午後、イル・ドゥ・フランスの麦畑のなかを

私は友人と、車を走らせていた。

久しぶりに訪れたサンリスの教会の、内陣の美しさは、

私の脳裏に残像のように、鮮やかに残っている。

窓外には、おだやかに起伏する麦畑と森が拡がり、他に人影なし。

友人の眼は涼しく、そのフランス語の響きは耳に快かった。


★突然、私のなかで、美しい人と、建築と自然が、一点に集まり、

分かち難く溶け合ったのは、その時である。

それは、忽ち来たり、忽ち去る、至福の瞬間であった。


★たしかに、「美の一般理論」は成り立ち難い。

しかし、たしかに、「美の経験」はある。

何がその経験の特徴だろうか。

おそらく、それは、異常に密度の高い一種の幸福感としか、

いい様のないものなのかもしれない。

                 (以上が大意です)


★バッハの音楽の美しさを、理論化することは、

極めて難しいでしょう。

しかし、たしかに、「バッハが美しい」という経験を、

私たちは、絶えず、繰り返し繰り返しもちます。

なにが、その美しさを弾く者、聴く者に、もたらしているのか、

アナリーゼ講座で、それを少しずつ、

解き明かしていきたい、と思います。


★ただし、それで、解き明かし尽くせるものでもなく、

加藤さんの結論「異常に密度の高い、一種の幸福感」が、

バッハの音楽の特徴、最も大きな「特徴」、

ということが出来るかもしれません。


★逆に、この「至福の瞬間」を感じ、体験した人のみが、

バッハを愛し、生きるうえでバッハを終生、必要とし、

そして、真の音楽そのものを、楽しむことができ、

愛し続けることが出来る、のかもしれません。


★第6回インヴェンション・アナリーゼ講座のご案内。 

「インヴェンション6番、シンフォニア6番」

~アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集との関連

●1月27日(火)午前10時 ~ 12時30分、

●「会場」カワイ表参道・コンサート・サロン「パウゼ」。

第7回は、2月17日(火)「インヴェンションとシンフォニアの7番」

第8回は、3月24日(火)「インヴェンションとシンフォニアの8番」


★「特別アナリーゼ講座」

●3月7日(土)午後5時 ~ 7時30分、会場:パウゼ。

≪ドビュッシー「月の光」から「喜びの島」へ≫


★本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

写真は、万両の赤い実です、左の黄色い花は、蝋梅の蕾です、

ヒヨドリが、蕾をついばみ、地面に落とします。

蕾を載せた漆の豆皿は、山本隆博さんの作品です。

部屋中、蝋梅のうっとりする初春の香りに、包まれます。


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