■モーツァルト「ピアノソナタKV333」は、バッハ「平均律2巻21番」と、「シンフォニア14番」から生まれ出た■
~その源は、やはりバッハの「コラール」~
2024.3.31 中村洋子
★桜の便りが、各地から聞かれます。
松尾芭蕉(1644-1694)の句、
≪さまざまの事おもひ出す桜かな≫。
当たり前すぎる句のようにも思われますが、芭蕉が詠んだことに、
深い意味があるのでしょう。
芭蕉が、郷里の伊賀上野で花見の時に、旧主を偲んで詠んだ句ですが
私には「奥の細道」の旅立ちの春の句、
≪草の戸も 住み替る代ぞ 雛の家≫。
芭蕉の心象風景が、この二句で、対になって思い浮かぶ句です。
私の眼前には、やはり隅田川の華やかな桜並木が浮かぶのです。
旧暦での「雛祭り」は、今年は4月11日です。
★「思い出す」と言えば、1月と2月の当ブログで書きました
Mozart 「ピアノソナタKV333」は、学べば学ぶほど、
Bachが、大きく浮かび上がってきます。
★Mozart の先生の一人ともいえる、Johann Christian Bach
ヨハン・クリスティアン・バッハ(1735-1782)を通じて、
彼の父の大Bachが滔々と、Mozart のソナタに流れ込みます。
幼いMozart が、偉大な先輩の Christian Bachから受けた
薫陶により、大Bach の音楽や思い出が身に沁みつくと同時に、
無意識に思い出し、後の傑作を生み出していったのでしょう。
★2月のブログで書きました、Bachの≪平均律2巻21番≫
「Prelude B-Dur 変ロ長調」の主要motif 「シ♭-ラ-ソ-ファ」は、
Mozart の「KV333」で、縦横無尽に活躍します。
今回は、この「KV333」の第二楽章に、まず着目してみましょう。
★KV333は第一、三楽章が主調「B-Dur 変ロ長調」である
のに対して、第二楽章は「Es-Dur 変ホ長調」です。
主調「B-Dur」から見ますと、「Es-Dur」は「下属調」になります。
「主調」から見た、「下属調」は物柔らかな、穏やかな関係です。
今回はその理由を説明しませんが、機会を見てまた解説します。
その穏やかな第二楽章は、あたかも弦楽四重奏のような曲想。
このままヴァイオリンⅠ、Ⅱ、ヴィオラ、チェロの四段譜に
書き写しましたら、弦楽四重奏で演奏できそうです。
★全82小節の第二楽章は、五線紙一頁一枚に収まっています。
その第一段目1~7小節の中に、驚くなかれ、
「シ♭-ラ♭-ソ b¹-as¹-g¹」の motif が7回も出現します。
各小節に一回ずつ現れるのです。
★この心地よい音楽を聴いていますと、しつこく感じるどころか、
穏やかに沈潜して、心が休まるのです。
この第二楽章は、「Es-Dur 変ホ長調」ですので、
第一楽章、第三楽章と異なる点は、「ラ a¹」が「ラ♭ as¹」に
なることです。
「Es-Dur 変ホ長調」の調号は、「♭」三つだからです。
★モーツァルトは1~7小節を、1段で書き切っていますが、
当ブログのスペースの都合上、1段を二つに分けて書き写してみます。
まずは1~5小節の冒頭までです。
なんとそれぞれ異なる相貌を持つ「シ♭-ラ♭-ソ b¹-as¹-g 」の
motif であることでしょう!!!
5~7小節の「シ♭-ラ♭-ソ b¹-as¹-g」 motif も、
一つとして、同じ顔を持ちません。
それでいて、全体は大きな統一感を持っています。
うっとりする様な、心地よい春の一日でしょうか。
★自筆譜第二楽章2段目は、8~15小節が記譜されています。
この段にも、三か所この motif が奏されます。
9小節と11小節は、1段目の motif より1オクターブ高い
「シ♭-ラ♭-ソ-ファ b²-as²-g²-f²」、12小節はまた元の高さの
「シ♭-ラ♭-ソ b¹-as¹-g¹」です。
★これだけ「これでもか、これでもか」と、秘術を尽くすかのように、
1~12小節まで、10回も同じ motif を投入しましたのに、
その後はふっつりと、この motif は顔を出しません。
★第二楽章は「A-B-A'」の三部形式です。
「A」は1~31小節で、この「A」の部分では、反復記号によって
この motif は、繰り返し奏されます。
即ち、1~12小節の後、13~31小節では、この motif はいったん
姿を消しますが、反復記号により、第二楽章冒頭1小節に戻り、
もう一度、この motif を、畳みかけるのです。
≪薫風 嫋嫋(くんぷう じょうじょう)として 菜花 黄波を揚ぐ≫
(織田純一郎訳・花柳春話)の「薫風 嫋嫋」という風情ですね。
「嫋嫋」とは、風がそよそよと吹くさまです。
★続く「B-A'」32~82小節も、反復記号により、2回奏されます。
その「B」の部分32~50小節の間も、この motif は姿を現しません。
やっと「B」が終わりを告げ、「A'」に回帰する直前の50小節に、
この「薫風嫋嫋 motif」は、第二楽章に帰還するのです。
Mozart が秘術を尽くして、大切に大切に用いたこの motif は、
実は第一楽章で入念に用意されていました。
第一楽章の自筆譜を見れば、一目瞭然です。
★3小節に登場した「シ♭-ラ b¹-a¹」は、「自筆譜」2段中央の
11小節「シ♭-ラ-ソ b¹-a¹-g¹」として、育ち、
「自筆譜3段」19小節、4段冒頭21小節、4段中央23小節、
5段冒頭28小節、5段中央31小節と、各段の要所要所に、
効果的かつ規則的に、姿を現し、成長を続けます。
これが第二楽章につながっていくのです。
★ではなぜこれほど、この motif が重要なのでしょうか。
前回ブログで、このMozart 「KV333」と、
Bach 「平均律2巻21番」変ロ長調B-Dur との関係を、
説明しました。
Mozart の心に沁み込んだ Bach の「変ロ長調 B-Dur」は、
平均律2巻21番だけではありません。
★≪Inventionen und Sinfonien
インヴェンションとシンフォニア≫は、決して、決して、
Bach の「入門曲集」ではありません。
「平均律クラヴィーア曲集」のエッセンスを、凝縮した曲集です。
恐ろしいほど奥深い「Inventio15曲、Sinfonia15曲」全30曲です。
その中で、29曲目にあたる「Sinfonia14番 変ロ長調B-Dur」に、
その謎を解くカギがあります。
★この「Sinfonia14番」の主題は、まさに「B-Durの主音」を
開始音とする、下行音階から始まっています。
Mozart KV333の「薫風嫋嫋 motif」と同じです。
★Bach の自筆譜1段目は、1~5小節2拍目まで記譜されています。
5小節は「不完全小節」です。
1小節アルト声部の主題は「シ♭-ラ-ソ-ファ b¹-a¹-g¹-f¹」から
始まりますが、4小節バス声部に配置される、主題提示
「シ♭-ラ-ソ-ファb-a-g-f」により、自筆譜1段目の両端は
「シ♭-ラ-ソ-ファ」で、固められます。
★そればかりでなく、ソプラノ声部4小節3拍目から、
5小節2拍目にかけては、「シ♭-ラ-ソ-ファ b¹-a¹-g¹-f¹」の
拡大形が、 更に頑強に「シ♭-ラ-ソ-ファ」 motif で、
1段目末尾を補強しています。
1小節バス声部八分音符の、ゆっくりと歩むような音階にも、
「シ♭-ラ-ソ-ファ b-a-g-f」 motif が、アルト声部の主題に
寄り添うような「カノン」を形成しています。
★このBach の息をのむ「対位法」を、Mozart が
研究しなかった訳がありません。
その成果が、「KV333」に存分に生かされています。
それでは、Bach の「シ♭-ラ-ソ-ファ」の源泉はどこから
来たのでしょう。
★それは「コラール(讃美歌)」にある、と思います。
「コラール」は Bach 以前から、営々とドイツで歌い継がれていた
讃美歌です。
人々によって歌い継がれてきた「旋律」は、計り知れない
力強さをもっています。
Martin Luther マルティン・ルター(1483-1546)の作曲した
コラールも、Bachは実は作品の中でたくさん使っています。
★Bach が作曲した「四声のコラール」の冒頭を、
「カンタータ48番」から、書き写してみます。
このカンタータのテキストは、Martin Rutilius
マルティン・ルティリウス 1604年作の
「Ach Gott und Herr ああ 神よ、主よ」です。
Bach が、四声体で作曲しています。
★「Sinfonia 14番」と、同じ「枠構造」をもっています。
この「カンタータ48番」が初演された1723年頃に、
「インヴェンション」も作曲されています。
心の奥底に、真っ直ぐな光の矢となって到達するような、
Bach の「変ロ長調 B-Dur」の音階です。
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