音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ 名古屋での 「インヴェンション講座 」 と、2台ギターの演奏会 ■

2011-06-28 13:33:34 | ■私のアナリーゼ講座■

■ 名古屋での 「インヴェンション講座 」 と、2台ギターの演奏会 ■
                          2011.6.28  中村洋子

 

 

★真夏のように暑い名古屋に、来ております。

カワイ名古屋での 「 第 6回 インヴェンション講座 」 と、

私のチェロ二重奏作品 「10 Duette für 2 Celli 」 が、

10弦ギター 2台で、演奏されるコンサートがあるためです。


★今春、ドイツの 「 Musikverlag  Ries & Erler Berlin

 リース&エアラー 社 」 から、出版されました

「10 Duette für 2 Celli 」 は、2台のチェロ用ですが、

10弦ギター 2台や、ヴィオラ 2台でも、そのまま演奏可能です。


★また、 1人のピアノでも、弾いて楽しむことができ

ピアノのレッスンで、先生と生徒さんが

1声ずつ、弾くことも可能です。
 
バス記号(へ音記号)を習熟するための、よい練習にもなります。


★このコンサートは、 「 Ries & Erler リース&エアラー 」 社の、

ホームページにも、案内が掲載されています。
http://www.rieserler.de/auffuehrung.php?id=588

また、7月1日の東京・けやきホールでの、同じ演奏会も紹介されています。
http://www.rieserler.de/auffuehrung.php?id=589

 


★名古屋の 「 インヴェンション講座 」 では、ハンガリーの

Bartók Béla  バルトーク (1881~1945)

「 Mikrokosmos ミクロコスモス 」  主に、「 第 2巻 」 を取り上げ、

「 Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア 」 と、

どのように併用して使うか、それをお話いたします。


★バルトークの  「 ミクロコスモス第 2巻 」 は、

「 長調 」  や  「 短調 」  ではない、

「 旋法 」  (  ミクソリディア旋法 や リディア旋法  )、

5音音階、 4分の 5拍子のような、従来のクラシック音楽にはない、

斬新な拍子を使った  「  20世紀の新しい 」  ピアノ曲集です。


★その新しい  「 衣 」  を、脱ぎますと、Bach バッハ

「  Notenbuchlein für Anna Magdalena Bach

アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集 」  や、

「 Inventionen und Sinfonien インヴェンション&シンフォニア 」 が、

姿を現すのです。


★アナリーゼ講座では、それらの点について、詳しくお話いたします。

 


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■ 横浜・インヴェンション講座 次回は 7月 18日 第7番です ■

2011-06-27 22:00:17 | ■私のアナリーゼ講座■

■ 横浜・インヴェンション講座 次回は 7月 18日  第7番です ■
                          2011.6.27 中村洋子


★本日は、横浜での「 第 6回インヴェンションアナリーゼ講座、
                           Inventio und Sinfonia Nr.6 」

「 カワイみなとみらい 」 で、開催いたしました。


Bach バッハ 「 Notenbuchlein fur Anna Magdalena Bach

 アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集 」の、

14、15番の Menuett メヌエット の中に、

バッハの主要な motif モティーフ がすべて、

含まれていること、それを、幼い子供たちや家族と一緒に、

楽しみながら 「 音楽の王道 」 を、見に付けさせていった

バッハの姿を、お話しいたしました。


★それが、 Mozart モーツァルトの Klaviersonate C Dur K.545

ピアノソナタ ハ長調 K.545 まで、滔々と、

流れていることも、ご説明いたしました。

モーツァルトの作品も、解体していきますと、

バッハの考えている  「 調性の原理 」 へと、辿り着きます

 


★次回のご案内です。
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■ バッハ・インヴェンション・アナリーゼ講座、 
第 7回「 インヴェンション&シンフォニア 各 7番 」
  ~ バッハの「 4度 音程 」がもつ本当の意味と、その演奏法 ~

2011年 7月 18日( 月 )祝日・海の日 午後 2時 ~ 4時 30分

会 場 :  カワイミュージックスクールみなとみらい 
        横浜市西区みなとみらい4-7-1 M.M.MID.SQUARE 3F
     ( みなとみらい駅『出口1番』出て目の前の高層ビル 3F )
会 費 :3,000円  ( 要予約 )  Tel.045-261-7323 横浜事務所
                 Tel.045-227-1051 みなとみらい直通

Inventionen und Sinfonien インヴェンション&シンフォニア

各 15曲のちょうど、真ん中の 7番 ホ短調は、

この曲集で追及されている 「 3度音程 」 と 「 4度音程 」 が、

主題として力強く、装飾することなく、提示されています。 


★特に 「 4度音程 」 は、調性を規定する際、根幹となる大切な音程です。

Schubert シューベルトの 「 Winterreise Op.89 D911 冬の旅 」や、

Bach 「 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集第 2巻 」

「 fuga Nr.5 フーガ 5番 ニ長調 」 などを例に、

その意味を、詳しくご説明いたします。


★ 「 4度音程 」 の最も基本的な形は、

Bach 「 Notenbuchlein fur Anna Magdalena Bach

アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア小曲集 」

のなかでも、散見されます。

家族や生徒たちに、いち早く身に付けさせたいと、

バッハが、考えていたのです。

★演奏の際、 「 4度音程 」 をどう表現するかについては、

Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーのフィンガリング を基に、

お話いたします。


★これを理解いたしますと、本当の意味での

≪ バッハの豊かさ ≫ を、体験することができます。

 


■講師:作曲家 中村 洋子


東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003年~ 05年:アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で新作を発表。
07年:自作品「無伴奏チェロ組曲第 1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『 W.ベッチャー日本を弾く』を発表。
08年:CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」、CD  ソプラノとギターの「 星の林に月の船 」を発表。
08~09年 :「 バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座 」全15回を開催。
09年10月:「 無伴奏チェロ組曲第 2番 」が、W.ベッチャー氏により、ドイツ・マンハイムで初演される。
10年:「 無伴奏チェロ組曲第 1番 」が、ベルリンのリース&エルラー社 Ries &Erler Berlin から出版される。
CD『 無伴奏チェロ組曲第3番、2番 』 W.ベッチャー演奏を発表。
「 レーゲンボーゲン・チェロトリオス( 虹のチェロ三重奏曲集)」が、ドイツ・ドルトムントのハウケハック社Musikverlag Hauke Hack社から出版される。スイス、ドイツ、トルコの音楽祭で、自作品が演奏される。
10年1月より:バッハ・平均律クラヴィーア曲集第 1巻の全曲アナリーゼ講座を、カワイ表参道で開催中。
2011年 4月 :「 10 Duette fur 2 Violoncelli  チェロ二重奏のため の 10の曲集 」が、 ドイツの「 Ries & Erler  Berlin 、リース&エアラー社 」から出版される。

■今後の講座予定 :要予約

6月29日 (水) 第 6回 インヴェンション講座       :カワイ名古屋 

7月14日  (木) 第 14回  平均律アナリーゼ講座    :カワイ表参道
8月22日  (月) 第 8回   インヴェンション講座     :カワイ横浜  
8月31日  (水) 第 15回   平均律アナリーゼ講座  :カワイ表参道
9月23日 (金) 第 9回 インヴェンション講座       :カワイ横浜
9月29日  (木) 第 16回 平均律アナリーゼ講座   :カワイ表参道
10月26日(水) 第 7回 インヴェンション講座        :カワイ名古屋

 

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■ ドイツ映画の傑作 「 白いリボン 」 を観る ( 下 ) ■

2011-06-25 12:57:46 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■ ドイツ映画の傑作 「 白いリボン 」 を観る  ( 下 )  ■
                  2011.6.25      中村洋子

 

 

 

★クリスマスも終わった冬の夜、男爵家の荘園で火事が起きます。

大きな納屋が、全焼してしまいます。

炎上の映像は、 Hitler ヒットラーの

「 Kristallnacht 水晶の夜 」 を、思い浮かばせることでしょう。

マルティンは就眠時も、罰として、ベッドに紐で縛りつけられています。

窓の外が、赤々と燃えているのに気付き、

「 大変だ、大変だ 」 、マルティンは、大声で叫びます。

しかし、それでも、紐を解かれることはありませんでした。

 
★翌朝、貧しい小作人が首を吊っていました。

「 男爵家に逆らわないことが、唯一生き延びる道だ 」 と、

自分にも、子供たちにも、言い聴かせてきた老人でした。

臭気が漂う、暗く汚い家畜小屋、

前掛けの付いた、みすぼらしい作業衣の息子。

馬車でお棺を運び出すシーンは、遥かかなたから遠景のみ。

ブリューゲルの絵のようです。


★男爵夫人が去った後、入れ替わるように、

大けがで入院していた医師が、自宅に戻ります。

医師の妻は、息子の出産時亡くなり、自宅には、

14歳になる美しい長女 Anna アンナと、幼い長男ルディがいます。

 
★歳のころ、50歳前後の精力的な顔付きの医師、

その隣に住む助産婦は、医師の昔からの愛人。

帰宅早々、医師と愛人との、醜い、

愛欲の場面を何度も、見せつけられます。

医師は、「 口臭がひどい、お前にはもう飽きた。うんざりだ 」 と

口汚く、助産婦を罵ります。


★幼い 長男 ルディにとって、14歳の長女 Anna アンナは母です。

清楚で、やさしさに満ちた美しい顔。

絵画の聖母像そっくりです。

深夜、目が覚めたルディは、いつもそばに居る姉がいません。

「 アンナ、アンナ どこ? 」 と、真っ暗な家中を、捜し回ります。

明りがほんのり漏れている診察室、そのドアを少し、静かに開けると、

父と姉との異様な光景が・・・。


★「 堅信礼で、ママの形見のピアスを付けるの、

耳に、穴を開けてもらっているの 」。

狼狽して、頬を紅潮させたアンナ。

父親が、娘すら、聖母すら、犯すという非道さ。

一見、何事もない平和に見える家庭の片隅で、

蛮行が、平然と行われている。

「 Confirmation 堅信礼 」 とは、幼児洗礼を受けた者が、

信仰告白をして、教会の正会員となるための、重要な儀式、

キリスト教徒となるための、聖なる儀式です。

しかし、アンナは、堅信礼で、ピアスをつけてはいませんでした。

 

★教師のシューベルト君は、冬の休暇で、乳母の実家を訪れます。

プロポーズし、父親に認められ、希望に燃えています。

 

 


★春になり、男爵夫人が息子ジギと一緒に、村に戻ってきました。

ジギは、男爵家の家令の息子たちと、池のほとりで遊んでいます。

縦笛を楽しげに操り、メロディーを奏でるジギ。

家令の二人の息子たちは、いくらやっても音がでません。

家令の息子は、いきなりジギを抱きかかえ、池の中に放り投げる。

また、ジギは殺されかかりました。

" イタリア " がプンプンと薫るジグ、その文化への憧れと嫉妬。

家令は、息子を半殺しの目に遭わせます。


★牧師が留守の書斎、忍び入った長女クララとおぼしき少女、

父が可愛がっている小鳥 「 ピーピー 」 を、鳥かごから掴みだし、

躊躇いもなく、鋏を首から刺し込みます。

鋏がまるで、十字架のように刺さった小鳥の亡骸、

父の机に、無言で置きます、机の真ん中です。

 

 


痛ましい事件が・・・。

助産婦の息子は、知恵遅れ。

彼女は、この子を溺愛しています。

この息子が、堅信礼の日、行方不明となった。

森の中に、ゴミのように捨てられているのが見つかります。

凄惨なリンチを受け、ほとんど失明状態になっていました。

「 親の因果が子に・・・ 」 という、手紙まで添えられていた。

診察した医師は、長居せずに去ろうとしますが、

助産婦の息子は、医師の手を握り、放そうとしません。


★「イタリアで、心の暖かい人にめぐり会ったのよ。

とっても子供好きなの・・・」。

男爵夫人は、夜の食卓で、別れ話を切り出します。

「この村を支配しているのは、嫉妬、悪意、無関心、暴力よ・・・」

夫人を、睨みつける男爵。

「 ドン、ドン、ドン 」  家令が、ベランダのガラス戸を叩く。

「 急な、お知らせです。

サラエボで、オーストリア皇太子が、暗殺されました 」・・・。

この瞬間から、すべてが、戦争へ、戦争へと流されていきます。

 


★この場面は、この映画で最も美しい映像です。

蝋燭の灯を受け、妖しく光る夫人のイアリング、

Vermeer フェルメールの

「 The Girl With The Pearl Earring

真珠の耳飾りの少女 」 を、見事に再現しています。

 


★牧師の長男マルティンは、 「 白いリボン 」 を強制された翌日、

小川の欄干を、放心したように、ゆっくりと歩いているのを、

教師のシューベルト君に発見され、慌てて引き戻されます。

落ちれば、下は深い谷、確実に死にます。

どうして、そのようなことをするのか。

神を試していたのかもしれません。

自分が果たして、必要な人間かどうか、

もしそうなら、神は殺さないであろうと。

深い絶望。

 

 


★シューベルト君は、これまでの不可解な事件について、

牧師の子供たち、マルティンやクララが、きっとよく知っているに違いない、

と、感づいています。

クララに 「 あなたは、いつも近くにいた。 」 と、率直に尋ねます。

クララは鉄面皮のように「知りません」、表情一つ変えません。。

すべてを拒絶する顔、とても、子供の顔ではありません

シューベルト君は、ここでは 「 ワキ 」 役を飛び抜け、

主人公のような役割です。

 
★牧師にも 「 彼らは知っているのではないか 」 と、直談判します。

牧師は 「 訴えるぞ! 」 と激怒するが、訴えることはしなかった。

牧師もうすうす感ずいているように、映像ではうかがえます。


★伯爵夫人は、ピアノが趣味。

彼女のピアノに合わせ、ジギの家庭教師がフルートを吹きます。

SCHUBERT: VARIATIONEN UBER " TROCKNE BLUMEN "

シューベルト 「 萎める花への変奏曲 」 OP.160 D802 です。

家庭教師は、自分の下手なフルートを、

「 私は、フリードリッヒ大王ではないので 」 と、自嘲します。

電灯がまだない時代、グランドピアノの鍵盤の左右には、

豪華な燭台が、明々と輝いています。

Bach バッハの、Friedrich II. フリードリッヒ大王への

「 Musikalisches Opfer 音楽の捧げもの 」 のシーンは、

このようだったであろうと、想像できる楽しい光景です。

 

★教会で、第一次大戦に出征する若い兵士を送り出すシーンでは、

Martin Luther マルティン・ルターが作曲、作詞したといわれる、

最も有名な讃美歌 「 Ein' feste Burg ist unser Gott

神はわがやぐら 」 が、歌われます。

神は、無力な我々の代わりに邪悪と戦い、苦しみ、悲惨から

助け出してくれる、という内容の歌詞です。

この曲は、大変に美しく、J.S.BACHバッハが、 INVENTION

インヴェンションや、Das Wohltemperirte Clavier 

平均律 で追求し続けた 「 Motif モティーフ 」 により、

この曲はできています。

「 Matthäus-Passion マタイ受難曲 」 では、

NBA 15番 ( BWV 21 )や、NBA 62 番 ( BWV 72 ) など、

最重要な場面で、このメロディーを度々、使っています。


★ナレーションによると、シューベルト君は、間もなく村を離れ、

乳母と結婚、父親の仕事だった 「 仕立屋 」 を継ぎ、

村とはずっと、没交渉だった。

晩年になって、当時を回顧する形で、ナレーションが続きます。


★「 村人のうわさによると、助産婦の2人の知恵遅れの子供は、

医者の子供。

医者が中絶を無理にしようとしたため、障害が起きた 」

「 アンナの母親は殺されたのかもしれない、という噂もあった 」

「 あの出来事全部こそが、当時のわが国のそのものだった 」

「 あの年が、平和だった最後の正月だった 」


★村の名前は架空の 「 Eichwald アイヒヴァルト 」 、これは、

ユダヤ人虐殺のEichmann アイヒマンの 「 Eichアイヒ 」と、

有名な収容所 Buchenwald の 「 wald 」 を、

 合成した言葉ではないか、という説も。

 


★Michael Haneke ミヒャエル・ハネケ監督は、

Rote Armee Fraktion ドイツ赤軍 

首謀者の一人だった Ulrike Meinhof  ルリケ・マインホフと、 

1960年代末にしばらくテレビ局で一緒に、

 働いたことがあった、という。

彼女は、知的でユーモアたっぷり、温かい人だったが、

社会構造をどうしても、変えられないと思うに至った末、

過激化し、突然、地下にもぐった。

熱心なキリスト教徒の娘だった、という。

 

★また、ミヒャエル・ハネケ監督は、 映画への考え方について、

次のような趣旨のことを語っています。

 私は、過剰な説明の映画は嫌いだ。

文学は読者に、情景を思い浮かばせるが、

映画は、映像をもろに見せるため、それを鵜呑みにさせてしまう。

映画から、新しい情景を思い浮かばせたいと思うなら、

観客に 「 自由 」 を、与える必要がある。

それが、芸術という仕事。

音楽は、さらにレベルが高いのです。

 

観客は、想像力をつかい、表面に見えるものから、

 さらにその下の、層の奥深くへと、

 分け入っていくことで、不可解と思われる現象の背後に、

なにが横たわっているか、それを見つけることができます。

 

★ いま、物事の表面だけをさらう大作や、

テレビ風の軽い作品が、溢れかえっています。

その結果、観客は、人間の存在とは、こんなに深いのであろうか、

と考えさせるようなものに、直面すると、

逆に、苛立ちを覚えるのでしょう。

ギリシア悲劇の時代から、人間存在の深さを探ろうとしてきたのが、

「 ドラマ 」 ではないでしょうか 。

過剰な説明は、観客を馬鹿にしているのではないか?

現在はびこっている ″ 映像文化 ″ への、痛烈な批判でしょう。

 

★男爵夫人の言葉

「 この村を支配しているのは、嫉妬、悪意、無関心、暴力 ・・・」 は、

社会の行動原理として、負の推進力として、

いつの時代にも、共通する、

人間の、悲しき側面かもしれませんね。

 

 

                                        ※copyright ©Yoko Nakamura


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

 

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■ ドイツ映画の傑作 「 白いリボン 」 を観る ( 上 )■

2011-06-24 19:33:09 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■ ドイツ映画の傑作 「 白いリボン 」 を観る ( 上 ) ■
                      2011.6.24 中村洋子

 

 
★2011.5.11 に、ご紹介しましたフィンランド映画

「 ヤコブへの手紙 」

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20110511 は、

プロテスタントの 「 神と個人との対話、そして救済 」

という映画でしたが、

今回は、同じキリスト教を主題としながらも、

内容は大きく異なっている、Michael Haneke

ミヒャエル・ハネケ監督のドイツ映画 2009年  

「 Das Weisse Band 白いリボン 」 です。

既に 「 名画 」 に位置づけられている作品、ということです。


★訴えたいテーマ、あるいは問題を、

観客に繰り返し繰り返し、自問させることに、成功しており、

私も、大変な 「 傑作 」 であると思います。

その問いのもつ重みは、頭に沈着し、終生離れないでしょう。

これは 「 名曲 」 も、同じことがいえます。


★その 「問い 」 とは、 「 宗教、教育により子供たちがどのように、

心をズタズタにされ、痛めつけられ、その結果、そこから救済されたい、

逃れたいという渇望から、 “ ハーメルンの笛吹き ” 、つまり、

ナチズムなど、極端なイデオロギーに、

引き寄せられていくのではないか 」 ということです。


★それ以上に、 「 そのような悲劇を呼び寄せてしまう、

キリスト教という宗教がもつ、 巨大な矛盾 」  を、

描こうと、したのかもしれません。

 

 


★主題とは別に、この映画のもつ、純粋な 「 映像の美しさ 」、

カラーではない白黒の映像の美しさは、特筆すべきです

脳裏に焼き付き、長く忘れないことでしょう。


★映画を構成する 「 技法 」 も、実に、興味深いものがあります。

大胆に申しますと、映画の組み立て方が、

ドイツ音楽、西洋クラシック音楽の 「 真髄 」 ともいうべき、

「 fuga フーガ 」 の構成と、大変に似ているのです。


★また、音楽のみならず、西洋絵画、映画、文学などへの、

監督の、実に深い教養が 「 映像 」  に、滲み出てきます。

実に、手ごわい映画です。

 

★舞台は、北ドイツの小さく、貧しい農村。

ここで、陰湿で凄惨な、動機がよく分からない事件が、

次々と、起きます。


★この村で権力をもつのは、広大な領地を所有し、

家令を使って、小作人を搾取する 「 男爵 」 、

優しさなど、普通の人間の感情をもちあわせないような、

プロテスタントの厳格な 「 牧師 」。

愛人との、複雑な関係をもつ 「 医者 」 の三人。


★この村では、男爵が、地位と富とによって、村人の 「 生活 」 を支配し、

牧師が、村人の 「心 」 を、宗教と規律で、

桎梏のように、がんじがらめにしています

「 ヤコブへの手紙 」 の、ヤコブ牧師のように、

個人として、神に向き合う姿は、全く出てきません。

一方的に、規律を強制するだけです。

 

★村人と異なり、特権的地位にある医師は、

放埓、肉欲の限りを尽くす、

いわば、罰すべき 堕落の象徴 」 として、描かれています。

 堕落」 も、人間のもつ避けがたい一面です。


★牧師の息子 Martin マルティン と 娘の Clara クララとが、

どうやら、この映画で、起きる数々の不可解な事件、事故に、

深く、関わっているようなのですが、

具体的な映像として、真実はどうなのか、最後まで明らかにされません。

観客は焦らされながら、見守ります。

マルティンが、この映画の主人公である、とみる人も多いでしょう。


★牧師の末息子、愛らしいグスティーですら、

父親に呼びかける時は、かしこまって直立し、

「  Herr Vater  ヘア ファーター お父様  」  と、

恐る恐る、喋りかけます。

礼儀正しいようにみえても、他人行儀な言い方、

子供らしさが、全く感じられません。

幼子にそのような言葉遣い、一種の媚を強いる親とは、何であろうと、

一瞬、冷水を浴びせかけられたような気持ちになります。


★この牧師は、映画ではプロテスタントの牧師ですが、

息子のマルティンという名前は、ドイツ人から見れば、

Martin Luther マルティン・ルター Martin マルティンと、

容易に類推されるでしょう。

「 ルター対、カソリックの権威・ローマ法王庁 」 という構図にも、

とれます。

 

★20世紀の初頭でも、当時はまだ、貴族制度が残り、

豪勢な男爵一家と、惨めな小作人の生活との対比も見事です。

男爵の妻はイタリアの美人、暗い陰気な村に、

彼女が現れると、芙蓉の花が咲いたように明るくなります。

小学生ぐらいの息子ジギは、Thomas Mann トーマス・マンの

原作を映画化した Luchino Visconti ルキノ・ヴィスコンティ監督

「 Morte a Venezia  ヴェニスに死す 」 に登場する

「 セーラー服の美少年 」 にそっくり。

その甘美さ、女性のように波打つ、柔らかな髪型まで瓜二つ。

この親子を眺めることで、観客は緊張から解きほぐされます。

 


★この 「 そっくりさん 」 を、出現させるところが、

見事な ≪ 技法 ≫ 、「 フーガ 」 に似た ≪ 技法 ≫ なのです。

「 fuga フーガ 」 の形式とは、基本的に、

力強い 「 主題 」 が、何度も 「 調 」 を変えて、出現します

しかし、人間の耳は、その主題だけを、

ずっと聴き続けることは、できません。

あまりに、緊張を強いられるからです。

そこで、主題と主題の間に、「 divertissement 嬉遊部 」

という楽想を、挿入します。


★これは、主題の一部分を使ってはいるものの、

軽く、面白く、楽しい楽想です。

主題と嬉遊部とが、交互に出現することにより、結果的に、

生理的に、曲の全体を、楽しむことができるようになるのです。


★「 白いリボン 」 は、まさに、「 divertissement 嬉遊部 」が、

次々と出現し、可笑しくて噴き出したくなるものもあります。

それにより、この 「 重い主題 」 、つまり、

「 子供たちを、窒息しかねないまでに抑圧する宗教、教育 」 についての、

2時間半もの長編を、飽きさせず、楽しみながら、

一気に、結末まで引っ張っていきます。

「重いテーマ」が、縦糸ならば、

「そっくりさん  divertissement 」 は、横糸なのです。

 


★もう一つ、仕掛けがあります。

この村の者ではない、外部の人間が、狂言回しの役割で、

登場し、老年になってからの 「 追憶 」 という形で、

物語の進行を、ナレーションしながら、説明します。

「 お能 」 の ≪ ワキ ≫ に、よく似ています。


★狂言回し役は、村の教師。

この教師が、またもや、大作曲家 Franz Schubert

 「 シューベルト 」 (1797~1828年) の、そっくりさんです。

教師は31歳、若くもない、浅黒く風采の上がらない男、

シューベルトの肖像画そのもの。

髪は黒く縮れ、上唇は、分厚くまくれ上がり、

眼鏡も、シューベルトとそっくりの真ん丸ロイド眼鏡。

この顔を見ると、ヨーロッパでは、

笑いこける人も、多いことでしょう。


★恋人になる男爵家の乳母と一緒に、馬車で二人が、

麦畑をドライブするシーンは、戦前の有名な白黒映画

「 未完成交響曲 」 のパロディーでしょう。

この二人の恋ロマンスが唯一、この暗い村に、

希望、明るい光を、差し込みます。

 

 


★収穫祭で、男爵家の家令が、乳母の横にぴたりと座ります。

「 いくつになった? 」 と、さも下心ありげに聴きます。

「 フィガロの結婚 」 でお馴染の、“ 初夜権の行使 ”  を、

観客は思い起こし、笑いを誘います。


■不可解な事件が唐突に、連続して起きます。

第一次世界大戦直前の1913年、収穫祭の前。

外出先から、馬に乗って帰ってきた医師が、自宅前で転倒して骨折、

大怪我を負います。

馬が、樹と樹の間に、張られていた針金に引っ掛かり、

医者は、もんどりうって、空中に放り投げられ、

地面に、たたきつけられました。

誰かが、故意にやった仕業。

しかし、動機が分かりません。

翌日には、その針金は、きれいに消えていました。


★その夜、牧師の子供マルティンたちが、理由を言わずに、

遅くまで、帰りませんでした。

牧師は、罰として食事を与えず、さらに、翌日、鞭打ちを加えます。

そして、 ≪ 白いリボン ≫腕に巻くことを、強制します。

親子関係、あるいは家庭のもつ温かみが、この家からは、

全く、感じられません。

子供の笑顔は、一度も見ることがありません。

親子が親しげに話すことが、一切ない。

軍隊のように、恐怖と命令、服従とで縛る。

 

 


≪ 白いリボン ≫  は、 「 純潔の象徴 」 とされていますが、

「 純潔 」 といいながら、 “ あらゆる欲望を押さえ、

命令にだけ、素直に従いなさい ”という意味にしか、

画面からは、受け取れません

「逆らわない」、ということが、権威の側から見ての、

“ 純潔 ” なのかもしれません。


★その命令は、「 神の命令 」 ということに、なっています。

ここでの 「 神 」 は、牧師であり、父、

絶対的な権力者ということになります。

子供にとっては、「 抑圧 」 の象徴でしかないでしょう。

ナチの 「 ヒットラーユーゲント 」の腕章を、

思い起こさせるのは、ごく自然です。


★翌日、小作人一家の老妻が、男爵の製材工場で作業中、

床が抜け落ち、地下に転落、死亡してしまいました。


★この小作人の顔が、Van Gogh ゴッホの絵画に出てくる

「 self-portrait  自画像 」 そっくりさん。

落ち窪んだ目、痩せこけた頬、世界中の苦痛を一身に背負ったような顔。

小作人の長男は、腐って抜け落ちるような床の上で、

母親を働かせた男爵に対し、怒りを抑えることができない。


★収穫祭で、村人がワインをしこたま飲んで、浮かれている時、

長男は、大きな草刈り鎌で、男爵の広いキャベツ畑を滅多打ち、

グチャグチャに、ほとんど潰してしまいます。

「 クの字型 」 の大きな鎌も、西洋絵画でおなじみのものです。


★男爵は、仕返しに、女中として雇っていた小作人の娘を、

即座に、首にします。

極貧の一家にとって、唯一給料を取ってくる大黒柱でした。


★もう一つ、事件が・・・。

その夜、男爵の息子ジギ が、行方不明に。

村人が総出で、捜します。

観客は、その捜索風景を、Rembrandt レンブラントの

名画 「 De Nachtwacht 夜警 」 の画面と、

自然に、重なり合わせることでしょう。

イメージが重なることで、既視感  déjà-vu のような、

自分も参加しているような、不思議な気持ちが湧きます。


★遂に、製材工場の中で、逆さ吊りにされたジギが、見つかります。

鞭で、したたか打たれていました。

戸板に乗せられて運ばれたジギを、迎えようと、

玄関の階段を転げ落ちちんばかりに、飛んで来る男爵夫人。

 Eisenstein  エイゼンシュタイン の

「 Battleship Potemkin 戦艦ポチョムキン 」

階段シーンに似ています。


★遂に、 "  寒くて、暗く、こんな陰湿な村は懲り懲りよ !!! ″  と、

男爵夫人は、子供を連れて、南国イタリアに去ります。


★一方、狂言回しのシューベルト君と、男爵家の乳母との、

恋愛は、ほほえましく進みますが、

男爵夫人が急に、イタリアに行ったため、

乳母は突然、首を切られ、追い出されてしまいます。


★途方に暮れた乳母は、シューベルト君を訪ね、

「 一晩、居させて欲しい 」 、 と頼みます。

彼は、古ぼけた小さな足踏みオルガンを弾き、彼女をやさしく慰めます。

Schumann: Album für die Jugend

シューマン 「 ユーゲント・アルバム 」 Op.68-3

" Trallerliedchen ハミング " 、そして、

 Bach バッハの 「 Siciliana  シチリアーノ  」  を、

愛情込めて、弾きます。

素朴な演奏が、心を打ちます。

 

                                            (続く)

                                           ※copyright ©Yoko Nakamura


無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■ BRAHMS Intermezzos Op.117-3 の源泉は、Bach 14番 fuga フーガです ■

2011-06-21 16:10:15 | ■私のアナリーゼ講座■

■第14回平均律アナリーゼ講座は、第 1巻 第 14番 嬰へ短調 前奏曲 と フーガ■

≪ブラームス 三つの間奏曲-3番 Op.117 の源泉は、14番フーガです ≫

                          2011.6.21  中村洋子

 

 

★本日は、第13回 平均律アナリーゼ講座を、開催いたしました。

J.S.Bach バッハを源泉として、Beethoven ベートーヴェン、

Debussy ドビュッシーが、どのように、

自分の曲を創作していったかなどを、お話することができました。

 

★次回の第14回講座では、晩年のブラームスが深く、深く、

バッハを追及していった、その過程を、ご一緒にたどります。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

■第 14回 中村洋子「バッハ 平均律・アナリーゼ講座」■


   ▼第 14回 第 1巻 第 14番  嬰へ短調 前奏曲 と フーガ
≪ブラームス 三つの間奏曲-3番 Op.117 の源泉は、14番フーガです

 

日時:2011年 7月 14日(木) 午前 10時 ~ 12時 30分
会場:カワイ表参道  2F コンサートサロン・パウゼ
会費:3,000円  ( 要予約 )  Tel.03-3409-1958 

 

★「 平均律 1巻 14番嬰へ短調 」の前奏曲は、日本の解説書には

「 インヴェンション風の前奏曲 」と、判で押したように説明されています。

2声であるから“ インヴェンション ”という理由なのでしょうが、

インヴェンションの定義や理解もないままそう書かれても、

読者にはなんのことかさっぱり分からないでしょう。

 

★13番嬰へ長調は、平均律の後半を始める曲にふさわしく、

明るく、晴れやかな曲です。

その前後の12番と14番は、この13番を蝶つがいにして、

相互に見つめ合うかのように、

共通のモティーフを使って作曲されています。 

そして、14番の前奏曲は、第 1巻 12番ヘ短調、13番嬰へ長調から、

途切れることなく、流れるように展開されています。

 

14番 fuga フーガ は、24番 fuga フーガ と共通する

 「 2度の motiv モティーフ 」 が、対主題の中で用いられています。

この 「 2度の mativ モティーフ 」 を、研究し尽くしたのが、

 BRAHMS ブラームス です。

その成果が、

 「 Intermezzos 三つの間奏曲 Op.117の第 3番 嬰ハ短調 」 に、

歴然と表れています。

 

★この間奏曲は、ブラームス晩年の作品ですが、

この Op.100番台のピアノ小品集こそが、

20th century 二十世紀音楽への扉を開いたことは、

まぎれもない事実です。

「 ブラームスは晩年、創作力が衰えたから小品集しか、書けなかった 」

という、愚かな解説に、どうか、惑わされないでください。

この作品群を研究し尽くし、20世紀音楽の土台を築いたのが、

Arnold Schönberg シェーンベルクなのです。

 

 

■講師:作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003年~ 05年:アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で新作を発表。
07年:自作品「無伴奏チェロ組曲第 1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『 W.ベッチャー日本を弾く』を発表。
08年:CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」、CD  ソプラノとギターの「 星の林に月の船 」を発表。
08~09年 :「 バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座 」全15回を開催。
09年10月:「 無伴奏チェロ組曲第 2番 」が、W.ベッチャー氏により、ドイツ・マンハイムで初演される。
10年:「 無伴奏チェロ組曲第 1番 」が、ベルリンのリース&エルラー社 Ries &Erler Berlin から出版される。
CD『 無伴奏チェロ組曲第3番、2番 』 W.ベッチャー演奏を発表。
「 レーゲンボーゲン・チェロトリオス( 虹のチェロ三重奏曲集)」が、ドイツ・ドルトムントのハウケハック社Musikverlag Hauke Hack社から出版される。スイス、ドイツ、トルコの音楽祭で、自作品が演奏される。
10年1月より:バッハ・平均律クラヴィーア曲集第 1巻の全曲アナリーゼ講座を、カワイ表参道で開催中。
2011年 4月 :「 10 Duette fur 2 Violoncelli  チェロ二重奏のため の 10の曲集 」が、 ドイツの「 Ries & Erler  Berlin 、リース&エ アラー社 」から出版される。

● 今後のスケジュール
第 15回 8月 31日(水) 第 15番 ト長調 前奏曲&フーガ

第 16回 9月 29日(木) 第 16番 ト短調 前奏曲&フーガ

         午前10時~12時30分       会費:3,000円

 

                               ※copyright ©Yoko Nakamura

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■平均律 1巻 13番を吸収したベートーヴェンから、「 テレーゼ 」が誕生■

2011-06-19 13:34:33 | ■私のアナリーゼ講座■

 

■平均律 1巻 13番を吸収し尽くしたベートーヴェンから、「 テレーゼ 」が誕生■
                                  2011.6.19    中村洋子

 

 


★開催中の「 バッハ・平均律クラヴィーア・全曲アナリーゼ講座 」では、

既に、「 cis moll prelude & fuga  4番 嬰ハ短調 前奏曲 & フーガ 」  と、

Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)の ピアノソナタ 14番 嬰ハ短調

Op.27-2 「 月光 」 Piano Sonata No.14  Op.27 - 2  cis-moll  との、

深い関連性を、お話いたしました。


Frédéric  Chopin ショパン (1809~1849) は、

「 Etudes エテュ―ド 全 2巻 」 を、

Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) の

「 Das Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集 」 を、

下敷きとして、作曲しました。


★同様に、 ≪ ベートーヴェン ピアノソナタ全 32曲 ≫  は、

すべて、バッハの作品が、根幹にあることは、明白です。


★特に、Beethoven: Piano Sonata No. 24  " À Thérèse " 

ベートーヴェン:ピアノソナタ 24番 Op.78

「 テレーゼ 」 Fis dur 嬰ヘ長調 は、

バッハの 「 平均律 第 1巻 13番 Fis dur 嬰ヘ長調 」 の、

豊かな “変奏” である、 といえます。

 

★それは、ベートーヴェンが、若い時から、バッハを学び続け、

バッハが血肉化していたため、自然ににじみ出たものでしょう。

“ バッハが、自然ににじみ出ている・・・ ”

これは、クラシック音楽が傑作であるための、

必要条件である、ともいえます。

 

 


★どなたが、ご覧になりましても、 13番 fuga フーガ 主題の冒頭、

「 Cis 嬰ハ音 」 と 「 Fis 嬰へ音 」 とによって形作られる

「 完全 4度 」 と、

ベートーヴェン・ピアノソナタ  24番 「 テレーゼ 」 の、

第 1小節目 冒頭の 「 Cis  嬰ハ音 」  と  「 Fis  嬰へ音 」  とによる、

「 完全 4度 」  が、酷似していることは、すぐに、分かります。


★しかし、ここで、最も重要なことは、平均律 13番 フーガで、

多用されている  ≪ repeated note ≫  ( 同じ音を連続して演奏する ) を、

ベートーヴェンが、どのように  ≪ 応用 ≫  したか、です。


★具体的に例を挙げますと、 Fuga フーガ 7小節目の

ソプラノ 16分音符 Ais - Cis - Cis - Ais の中の、

「  Cis - Cis  」が、 ≪ repeated note ≫ です。


★ベートーヴェン 「 テレーゼ 」の 第1楽章 18小節目 上声の、

1拍目 Cisis - H - Ais - Cisis 、 2拍目 Cisis - H - Ais - Cisis  のうち、

1拍目最後と、2拍目最初の Cisis - Cisis が、

 ≪ repeated note ≫ です。


★さらに、詳しく見ますと、 「テレーゼ」   1小節目 一番最後の音

Gis  と  2小節目冒頭の Gis も、 ≪ repeated note ≫  です。

テレーゼの18小節目の  ≪ repeated note ≫ は、実は 、

1小節目から、導き出されている、ということが、分かります。

 

 


★これを、どう演奏するかは、

Artur Schnabel アルトゥール・シュナーベル (1882~1951) と、

Claudio Arrau  クラウディオ・アラウ (1903~1991) の校訂した

「 ベートーヴェン・ピアノソナタ全集 」  の、

Fingering フィンガリングが、大きな示唆を、与えてくれています。


Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー  ( 1886~1960 ) が、

 「 Sinfonia シンフォニア 15番 」 で示した、

 ≪ repeated note ≫ のフィンガリングも、大いに参考となります。


★6月 21日( 火 )に開催します、

表参道・カワイでの  「 第 13回平均律・アナリーゼ講座 」  で、

それらの点を、詳しく、ご説明いたします。

 

                                         ※copyright ©Yoko Nakamura

                               ( ヘビイチゴ トマトの花、シロツメクサ )

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■ Schott社のHpが、私の作品 ≪ Regenbogen-Cellotrios ≫ を紹介 ■

2011-06-12 23:59:11 | ■私の作品について■

■ Schott社のHpが、私の作品 ≪ Regenbogen-Cellotrios ≫ を紹介 ■
                                          2011.6.13  中村洋子

 

 

★昨年、ドイツの「Musikverlag Hauke Huck ハウケハック社」

 から、 出版されました私の作品 「 虹のチェロトリオ集 」

≪ Regenbogen-Cellotrios ≫
                     ~ 7 Trios für 3 junge Cellisten ~
 が、

ドイツ Schott ショット社のホームページに、紹介されています。


★「 最近発行の楽譜 」というコーナーに、

Nakamura, Yoko  ≪ Regenbogen-Cellotrios ≫ と、

書かれたところがあり、そこをクリックしますと、

丸ごと1ページを使って、曲の細部まで、

丁寧に分析した案内文が、掲載されています。

大変、好意的に書かれています。

http://www.musikpaedagogik-online.de/de_DE/material/instrument/um/current/showarticle,32865.html

 


★他社が出版した楽譜について、長々と “ 宣伝文 ” を掲載することは、

日本では、およそ考えられない現象ですが、

「 音楽 」 の社会での位置づけが、根本的に異なっている、

ドイツならではのことでしょう。

どこから出版されようと、価値があると思えば紹介する、

それが、音楽文化の発展に寄与する、という確信に基づくからでしょう。


Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生が、

常々 「 チェロのために作曲された作品が、ヴァイオリンなどと比べ、

圧倒的に少ない。もっと、もっと欲しい 」 と、

おっしゃっていることと、繋がります。


★この 「 虹のチェロトリオ集 」 ≪ Regenbogen-Cellotrios ≫ を、

出版した 「 Musikverlag Hauke Huck 」 社は、新しい会社で、

私の「 Suite Nr. 1 für・ Violoncello solo 無伴奏チェロ組曲 1番 」や、

「 10 Duette für 2 Violoncelli チェロ二重奏のための 10の曲集 」を、

出版した 「 Ries & Erler  Berlin リース&エアラー社 ベルリン」

 のような、歴史ある出版社ではありせんので、

まず、その紹介から、始まります。


★私について、フランスのアンドレ・ジョリヴェ

André Jolivet  (1905~1974) や、アンリ・デュティユー

 Henri Dutilleux  (1916年~)  の流れを汲み、

現在、無伴奏チェロ組曲を 6番まで、書きつつある、などを紹介。

 


≪ Regenbogen-Cellotrios ≫ について、

メロディーとハーモニーは、伝統的な調性に則り、

演奏技法についても、新しいヴォキャブラリーや、

新しい音楽から“ 借りてきた ”ものは、全くない。

これは、生徒たちにとって、音楽を良く理解するためには、

間違いなく、重要なことである。


★全体的に、かなり演奏能力を求められるが、

チェロを 2、 3年 勉強した初心者でも、第 3チェロパートならば、

演奏できるようにも、書かれてある。

特に、Nr.5 の  「 Siciliano シチリアーノ  」  と 、

Nr.6 の 「 Sarabande vom Froschkönig  カエルの王様のサラバンド 」 は、

そうである。

「 教則本的な要素 」 をもっていることも、指摘しています。


★この 「 虹のチェロトリオ集 」 については、2010・9・2の当ブログ、  

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20100902 も、ご覧ください。
  
https://www.academia-music.com/academia/search.php?mode=detail&id=1501639732&title_type=score

 

 

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■バルトーク校訂・平均律曲集は、なぜ Bachとは曲順が異なるのか■

2011-06-10 17:06:53 | ■私のアナリーゼ講座■

■バルトーク校訂・平均律曲集は、なぜ Bachとは曲順が異なるのか■
                     2011.6.10  中村洋子

 


★重く立ち込めた梅雨空、なかなか明るいニュースは見つかりません。

こういうときに、繰り返して聴く CD は、

George Enescu  ジョルジュ・エネスコ (1881~1955) と、

Yehudi  Menuhin  ユーディ・メニューイン (1916~1999) との、

師弟による、Bach バッハの

「 二つのためのヴァイオリン協奏曲 ニ短調  」 です。


★この CD は、1932年録音ですから、メニューインは、まだ16歳でした。

しかし、人間が歌うのと同じように、ヴァイオリンを演奏すべきである、

という、当たり前のことを、当たり前に演奏した、

「 最高の演奏 」 であると、私は、思います。

いま、盛んにもてはやされている、

合成甘味料のように、甘ったるいだけの演奏や、

最新の研究論文の成果を、盛り込んだとされる、

干物のような演奏とは、対極です。


★バッハの天才を、真に表現できるのは、

エネスコやメニューインなどの、天才にしかできず、

年齢も、時代も、関係ないでしょう。

このCDは、「 J.S.Bach Violin Concerto Nos.1 and Nos.2
                      Concerto for Two Violins 」

           「NAXOS Historical  8.110965」です。

 


★平均律クラヴィーア曲集の、校訂にも、同じことが言えるでしょう。

Bartók Béla ベラ・バルトーク (1881~1945) の、

Editio Musica Budapesto = EMB  の 「 平均律校訂版 」 を、

勉強するよう、お薦めいたします。


★平均律クラヴィーア曲集は、第 1巻が、24曲のプレリュード&フーガ、

第 2巻も、同様に、24曲のプレリュード&フーガで、できています。

1、2巻とも、1番は ハ長調、2番は ハ短調、3番は 嬰ハ長調、

4番は 嬰ハ短調、5番は ニ長調、6番は ニ短調、というように、

主音が、ハ音から半音ずつ上がり、長調と短調が、交互に配置されています。


★バルトークは、平均律クラヴィーア曲集 1巻、2巻の全 48曲を、

≪ 大きな 1曲 ≫ と捉え、曲の配列も、彼の発想で組み換え、

1巻 24曲、2巻 24曲として、編んでいます


★これを、勉強しますと、バッハをより深く理解できると同時に、

バルトークを理解する手掛かりと、なります。

6月21日に、表参道カワイで勉強いたします

「 平均律アナリーゼ講座 」の、≪1巻13番 嬰へ長調 ≫ は、

バルトーク版では、≪1巻 9番 ≫ と、なっています。


★バルトーク版の配列は、

1巻  7番  =   Bach original: 1巻 2番 ハ短調

1巻  8番  =   Bach original: 1巻 9番 ホ長調

1巻 9番  =  Bach original:  1巻 13番 嬰へ長調

と、なっています。

 


★バルトークは、Bach original 9番と13番の共通点として、

以下のような指示を、与えています。

≪ 9番ホ長調と13番嬰へ長調 のプレリュードは、P dolce  sempre legato

Piano で優しく、常にレガートで、演奏すべき ≫。

≪ 私が指示したところ以外は、フレーズを分断しないように ≫。


★例えば、13番 嬰へ長調プレリュードの上声、

2小節目から 4小節目の頭部にかけ、 2小節にわたる、

≪ 息の長いレガート ≫ を、バルトークは、独自に記入しています。

各拍に、掛留音 (  suspention  )  が使われているために、

この息の長さが、生まれてくるのです。


★さらに、バルトークは、

2番 ハ短調 のフーガと、13番 嬰へ長調 プレリュードの共通点として、

≪ Taktverschiebungen = 拍の移動 ≫  を、挙げています。

2番フーガは、4分の 4拍子で、本来は 1拍目から始めるべき主題が、

26小節目の 3拍目 ( 後半 ) から、演奏されます。


★13番 プレリュードの 6小節目から 7小節目にかけても、

2番 フーガと同様に、 小節の後半から、主題が演奏されます。

小節の後半から開始しますと、強拍も移動することになり、

テーマの表情が、ガラリと変化します


★さらに、拍子も変わってきます

2番フーガ 4分の 4拍子のなかに、2分の 3拍子が出現したり、

13番プレリュードの 16分の 12拍子のなかに、16分の 18拍子が、

出現する、という効果が、生まれてきます。

≪ 一曲の中で、単調に同じ拍子が続くわけではない ≫

ということを、バルトークは、言いたいのです。


★バルトークは、この効果を、

 ≪ Taktverschiebungen = 拍の移動 ≫ と、表現し、

曲の配列を Bach original とは、違ったものにした理由の一つ、

としているのです。


★以上のことを、講座で、詳しくご説明いたします。

 


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

 

 

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