音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■≪第2回 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座≫のお知らせ■

2010-01-27 12:38:25 | ■私のアナリーゼ講座■
■≪第2回 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座≫のお知らせ■
  ★第1巻 2番 ハ短調 前奏曲とフーガ
  ●暗譜の方法 そのⅡ: 2番を例として、日々の具体的な実践法


講師:中村 洋子

日時:2010年2月18日(木)午前10時~12時半

会場:カワイ表参道 2F コンサートサロン「パウゼ」

会費:3000 円 (要予約)

参加ご予約・お問い合わせは カワイミュージックスクール表参道
Tel.03-3409-1958 omotesando@kawai.co.jp


★平均律クラヴィーア曲集第1巻は、

インヴェンションがそうであったように、第 1番を基に、

2番、 3番へと豊かに、発展させています。

2番のフーガのテーマは、インヴェンション 2番と、

相似性をもち、深い関係にあります。

また、インヴェンション 15番のテーマの冒頭部分とも、

同じ形をしています。

なぜ、この特徴的な音形がテーマとして、たびたび使われているか・・・? 

それをご説明し、それにより、より弾きやすい演奏へと導きます。
 

★インヴェンション講座で好評でした「暗譜の方法 Ⅰ」の

復習をしたうえで、さらに、

曲全体の流れを、鮮明に記憶に留める方法を、

この 2番を例として、具体的にお話いたします。
 

★2番のフーガは 3声で、難易度はシンフォニアと、相違ありません。

テーマの相似性にみられるように、平均律は、

インヴェンションと、並行して学ぶこともできます。

「フリーデマンバッハのためのクラヴィーア小曲集」には、

この 2番前奏曲の後半の「プレスト」の前までを、

一曲として収録し、以下の「プレスト」、「アダジオ」、

「アレグロ」の部分は、省略しています。


★バッハが、幼い息子の練習曲として 2番の前奏曲の一部を、

このような形でつかっていたのですから、当然、

現代でも「プレスト」までを、まずは練習してみることも可能です。

平均律の、バッハの素晴らしい世界を、お子さまや、

音楽愛好家の皆さまに、一刻も早く、

そのような形でも、弾いて味わっていただきたいと、思います。


■講師:作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会、日本音楽著作権協会(JASRAC)の各会員。ピアノ、チェロ、ギター、声楽、雅楽、室内楽などの作品を発表。2003 年~05 年、アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で、新作を発表。自作品「無伴奏チェロ組曲1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『W.ベッチャー 日本を弾く』を07 年、発表する。08年9月、CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」とソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表。09年10月、「無伴奏チェロ組曲第2番」が、W.ベッチャー氏によりドイツ・マンハイムで初演される。
*中村洋子プログ:「音楽の大福帳」 http;// blog.goo.ne.jp/nybach-yoko


・第3回 3月30日(火)3番 嬰ハ長調の前奏曲とフーガ
                 + Chopin「雨だれ」との関係

・第4回 4月28日(水)4番 嬰ハ短調の前奏曲とフーガ
                  + Beethoven「月光」との関係

       ●お申込は、カワイ表参道 03(3409)1958


                           (白梅)
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■平均律第 1巻 1番のアナリーゼ講座を、開催いたしました■

2010-01-26 22:12:56 | ■私のアナリーゼ講座■
■平均律第 1巻 1番のアナリーゼ講座を、開催いたしました■
             10.1.26    中村洋子


★カワイ・表参道での「平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第1曲」の、

アナリーゼ講座を、本日、開催いたしました。

音楽を愛する皆さまに、たくさんご出席いただき、そして、

熱心にお聴きいただき、とても幸せでした。


★今朝は、なぜか早く目覚めてしまいました。

そこで、エドウィン・フィッシャーの演奏する

「平均律クラヴィーア曲集」の第 1巻 第 1番を、聴き始めました。

演奏があまりに素晴らしく、CDを切ることが出来ず、

CDの 1枚分、 12番「ヘ短調」まで、一気に聴いてしまいました。


★バッハが、大きな設計のもとに、次々に、前奏曲とフーガを、

展開し、繰り広げていく、ということが、この演奏を聴き、

耳からも、納得できました。


★もちろん、“不出来なフーガ”は、 1曲もないことは、

言うまでもありません。

最近は、バロック時代に演奏されていた楽器の復刻版で、

バッハを演奏することが、盛んになっています。

それは、大変に素晴らしいことですが、

バッハという時代に存在しなかった「ピアノ」という楽器で、

バッハを演奏してもいいのか?」という、一種の後ろめたさを、

お持ちになっている方も、いらっしゃるかもしれません。


★しかし、バッハの音楽は、どんな楽器で演奏しても、

微動だにしない、揺ぎない傑作ばかりです。

私は、積極的に、ピアノの全機能をつかって、

演奏していくべきであると、思います。


★きょうのご参加された方には、ピアノの指導者の先生方も

たくさん、いらっしゃいました。

私は、この先生方のレッスンを通して、たくさんの方に、

バッハの音楽を演奏する喜びを、お伝えすることが、

この講座の、大きな目的の一つです。


★いただきましたアンケートに、「家に帰り、直ぐにピアノに向かい、

講座で聴いたことを、自分で弾いて確かめてみたい」と、

お書きになった方が、たくさんいらっしゃいました。


★バッハの音楽は、演奏してこそ楽しい、という面が、

とても、大きいのです。


★次回の「第 2回講座:ハ短調」は、2月 18日(木)午前 10時からです。

インヴェンション講座で、好評でした「暗譜の方法」を、

「ハ短調」を実例として取り上げ、さらに発展させて、ご説明いたします。


( 紅梅、白梅、蝋梅 )
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■平均律第 1巻 1番のフーガの「ストレッタ」は、フーガの華です■

2010-01-25 13:40:14 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律第 1巻 1番のフーガの「ストレッタ」は、フーガの華です■
               10.1. 25   中村洋子


★明日は、「平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 第 1曲」の、

アナリーゼ講座です。

講座を前に、日本で出版されている「平均律クラヴィーア曲集」の

解説書を、見ました。


★ある本で、前奏曲について、「意識的に強弱も何もつけず、

平に弾いているうち、なんとなく音楽本来のもっているエネルギーの

動きが、わいてくるわけです」。

「平におしまいまで弾いてきて、最後の 3小節のところ、これはこの曲の

しめくくりだけど、一種の即興的自由さで音楽が流れ出している。・・・

実にこれで音楽が生硬さから救われている」という評価でした。


★私は、この考え方には、昨日のブログでお書きしたとおり、反対です。

また、フーガについても、その本では「バッハみたいなフーガの大家でも、

48 もあるとどうしたって出来、不出来がありまして、

どうもこれは上出来の部類には入らない。

書き込むことに一生懸命になりすぎて、音楽の流れがあまり

スムーズでない。はじめて勉強する人が1番からやってよくない

といった理由は、フーガにあるわけですよ・・・」

という評価も、されていました。


★私は、1番のフーガは、前奏曲とともに、

バッハの 「最高傑作」 であると、思います。


★「平均律」と「インヴェンションとシンフォニア」が、

相前後して、完成された背景には、息子のフリーデマンや、

お弟子さんたちへの、≪作曲の教育としての曲≫という

目的も、見逃せません。


★「平均律」と「インヴェンションとシンフォニア」の

各 1番 ハ長調の「主題」は、以前お書きしましたように、

≪同じモティーフ≫によって、紡ぎだされています。

「インヴェンションの 2声」、「シンフォニアの 3声」、

「平均律 1番のフーガの 4声」というふうに、

フーガの作曲を、どのように構成していったらいいのか、

その手助けとして、類稀なる美しい例として、

バッハが、作曲したものです。


★上記の本では、「 1番のフーガ」について,

「はじまった間もなくストレッタになっちゃうから、

フーガの重要な魅力のひとつである提示部と推移部の

対照の面白さがないのです。対主題もないといってさしつかえない」

「フーガというよりは通模倣様式的な曲ですよ」とも、書いてあります。


★「ストレッタ」は通常、フーガの後半に配置されます。

主題が終わらないうちに、次の主題が「カノン」として、奏され、

緊密感をもたらす効果が、あります。

上記の本の先生がたは、 7小節目から堂々たる「ストレッタ」が、

始まるこの 1番フーガが、自分のもっているフーガ観に、

つまり、自分の「鋳型」に当てはまらないため、

「フーガ」とみることが、できないのでしょう。


★インヴェンション、シンフォニア、平均律の流れを見て、

この 3曲を、≪大きな一つの曲≫と、とらえた場合、

平均律は、後半部分に当たるわけですから、

フーガの華である「ストレッタ」の妙技が、

ここで、縦横に尽くされるのです。


★このことは、毎日、大バッハから学んでいた息子や、

お弟子さんにとって、自明のことだったでしょう。

その証拠に、ユーモアに満ちたバッハは、平均律のフーガの

「 21小節目の後半」で、アルトとテノールのパートに、

≪インヴェンション 1番の 3小節目前半≫を、

そのまま、組み込んでいます。

その時点で、バスは、ハ長調の属音である「ソ」の

保続音(オルゲルプンクト)を、始めます。

大変に、重要な部分です。


★息子やお弟子さんは、作曲されたばかりの

「 21小節目の後半」パートをみて、

「あっ、あのインヴェンションだ!」と、

さぞや、ニッコリしたことでしょう。


  (サボテンの花)
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■平均律第 1巻 1番前奏曲で、「反復」のもつ大きな意味■

2010-01-24 17:45:20 | ■私のアナリーゼ講座■
■平均律第 1巻 1番前奏曲で、「反復」のもつ大きな意味■
                  10.1.24 中村洋子


★「平均律第 1巻 1番」の前奏曲は、あまりに有名で、

なんら疑問をもたず、スラスラと弾いてしまう、

そんな傾向に、なり勝ちです。


★「第 1巻 1番 前奏曲」は、「第 1小節の前半」で、

分散和音から成る「音型」が、まず現れ、

「第 1小節の後半」では、それを全く同じ形で、反復します。

1小節目から、32小節目までは、これが続きます。


★この「第 1小節後半」の弾き方について、

前半の「反復」、または「影」のような形として、

安易に捉えられては、いないでしょうか?

私は、そのようには、捉えておりません。

では、この後半の反復の弾き方、をどのようにするか?

その答えは、実は「34小節目」に、隠されています。


★「34小節目」のバスの「ド」の音は、ほとんどの原典版、

校訂版で、「全音符」と、しているようです。

ところが、バッハの自筆譜では、「2分音符二つ」で、

記譜しています。

「全音符」では、ないのです。


★バッハが、「タイ」を書き忘れたのでしょうか?

「タイ」をつければ、もちろん、「全音符」になるのですが、

≪書き忘れたのではない≫、ということは、

「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア曲集」

からも、分かります。

妻のアンナにより、写譜された「この曲」の同じ部分が、

やはり、「タイ」ではなく、「2分音符二つ」になっています。


★作曲家本人と、妻の二人が、同じミスをするとは、考えられません。

「アンナ・マグダレーナ・バッハのためのクラヴィーア曲集」は、

「1725年」の日付が、あります。

この曲が、実際に、写譜されたのが何年かは、不明ですが、

「1725年」は、平均律が成立した「1722年」以降であるうえ、

このアンナの小曲集は、家族全体で楽しむための曲集でしたから、

もし、「タイ」が、書き忘れていたのでしたら、

夫のバッハにより、直ちに、訂正されていたことでしょう。


★何故、このように、改竄されてしまったのでしょうか。

私の持っております「 KALMUS 」社の

「 Hans Bischoff 校訂版」Traslaed by Alexander Lipsky に、

「全音符」とした理由が、脚注に書かれています。


★This tie from C to C is very logical ;

yet we must admit the uncertainty of its having been

handed down from the manuscripts ; even the tie in

the previous measure is omitted in some of them.

訳してみますと、

ここでCからCへと「タイ」で結ぶことは、大変にロジカルである。

手稿譜を写すことにより、伝えられてきた、という

不確かさがあることを、認めなければならない。

というのは、その前の小節であるはずの「タイ」が、

いくつかの手稿譜では、書き落とされているからである。


★以上の英文が、言いたいことは、

問題の 34小節の前の 33小節で、バッハの自筆譜で存在する

「タイ」を、書き忘れれているものすらある、

それほど、筆写譜は不正確である。

バッハの自筆譜には、34小節で「タイ」が書かれていないが、

「タイ」を付けたほうが、論理的である。

ということのようです。


★「 Hans Bischoff 校訂版」は、この「34小節目」を、

一応、「タイ」で結び、「全音符」としていますが、

その「タイ」は、≪括弧≫で書いています。

つまり、「全音符」でも「2分音符」でも、どちらでもいい、

と、言っているようにみえます。

この「Bischoff 校訂版」が書かれた 19世紀末の時代は、

慣習的に、「全音符」となっていたかもしれません。

このように「括弧」で、「タイ」を書いたのは、

大変に、良心的であり、評価できると、と思います。


★「ヴィーン原典版」(日本語版)と、「 旧ヘンレ版 」は、

明確に、「全音符」としています。

その理由を、「ヴィーン原典版」は脚注で、

「第 34小節ではバッハは、ちょうど段の変わりめに

かかったため、タイの記入を忘れている」と、しています。

しかし、この理由は、間違っていると、思います。

その理由は、上述のとおりです。


★「べーレンライター版」は、「タイ」を、

実線ではなく、≪点線≫で、書いています。

「Bischoff 校訂版」と、同じ考えでしょう。


★「Hans Bischoff版」の「タイがあるほうが、ロジカルである」

という脚注は、前回のブログでも書きましたように、

「タイ」があるほうが、一見、明解で分かりやすい、ということです。

しかし、バッハの手書譜どおりに、

「タイ」を付けないで、3拍目のバスの「 ド 」を、

もう一度、弾き直しますと、天才バッハの狙った、

素晴らしい効果が、実は、現れてくるのです。


★ 1小節目から 32小節目までの、各小節内の前半部分を、

もう一度、後半で反復させている理由も、そこにあります。

これが分かりますと、演奏するうえで、

とても、大きなヒントが得られます。


★要は、この前奏曲の各小節の後半が、単なる「反復」や「影」

ではなく、独立した、重要な意味をもっている、ということです。

どうぞ、皆さまも、まず、34小節目の 3拍目の「 ド 」を、

(テノール声部の、長く延びた「 シ 」の音を聴きながら)、

心を込めて弾き直し、35小節目の終止和音を、弾いてみてください。

「反復」ではない理由が、自ずと体得できると、思います。


★「第 2番ハ短調」前奏曲の、1小節目~ 24小節目までも、

この 1番の 1小節目~ 32小節目までと同様、

1小節の前半を、後半で繰り返しています。


★以上の点につきましては、

26日の「平均律アナリーゼ講座 第1回」で、

詳しく、分かりやすくお話いたします。


★このように理解して弾きますと、実は、クラシック音楽の

あらゆる大作曲家の曲が、特に、フレーズの作り方の点で、

大変に、弾きやすくなります。

シューベルト「 即興曲 Op.90-2 」を、その例として、

講座で、ご説明いたします。


★この小さな「前奏曲」のどこに、それ以降の、

クラシック音楽の形を、規定するほどの力が、秘められているか、

お分かりになると、思います。


                      (椿:嵯峨本阿弥)
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■バッハ・インヴェンション1番の「3連符」と、平均律1巻1番との関係■

2010-01-21 18:04:41 | ■私のアナリーゼ講座■
■バッハ・インヴェンション1番の「3連符」と、平均律1巻1番との関係。
               ベーレンライター版は正しいのか?■
       10.1.21     中村洋子

★前回のブログで書きました、「インヴェンション 1番」の、

「 3連符」につきまして、

「べーレンライター版(新バッハ全集からの抜き取り)」の 15小節目、

下声の 4拍目に、臨時記号の「誤記」があります。


★「 シ ド レ  ド レ ミ 」 「シ ド レ」が、最初の3連符、

「 ドレミ 」が、次の 3連符です。 

「 ド 」が2回現れますが、バッハの自筆譜では、

最初の「 ド 」については「 C 」、

2回目の「ド」については、「Cis ド♯」 に、しています。


★「ヴィーン原典版(Wiener Urtext Edition)」は,

現在、2種類が発売中で、一つは、音楽之友社がライセンス出版している

「エルヴィン・ラッツ&カール・ハインツ・フュッスル校訂」の旧版。

他は、「Schott/Universal Edition」の、ライジンガー校訂の新版です。

この二つとも、バッハの自筆譜通りに、3連符を記しています。


★ところが、べーレンライター版は、両方の 「ド」 に 「♯」 を記して、

「 Cis 」と、わざわざ、変えています。

その結果、その二つの3連符は「 H Cis D 、 Cis D E 」となっています。

このべーレンライター版が “創作” した和声進行を、分析しますと、

「 Cis 」は、ニ短調( d moll )のドミナント(属和音)の第 3音、

即ち、「導音」に当たり、一般的にみて、

単純に分かりやすい、理解しやすい和声へと、変わっています。

つまり、≪ 15小節4拍目全部を、「ニ短調」に変えている ≫のです。


★しかし、天才バッハが、はたして最初の「 ド 」に、

「 ♯ 」を、「付け忘れる」ようなことを、したのでしょうか?


★15小節目の 1拍目は、イ短調( a moll )の、主和音です。

2拍目、3拍目を、大胆に分析しますと、

≪ハ長調( C dur )の主和音≫ と、考えることができます。

さて、問題の「4拍目前半」は、

右手(上声)で、「ソ」の音が 2分音符で長く、伸びています。

左手(下声) 3連符のうち、ドを除きますと、

「 シ 」と「 レ 」になります。

この上声「ソ」と、下声「シ レ」の三音を、和音に組み立てますと、

「 ソ シ レ 」となり、「ハ長調の属和音」 となります。

つまり、バッハは、「4拍目前半」を、≪ ハ長調 ≫ で、作っています。


★それが、「 4拍目後半」で、どうして≪ニ短調( d moll )≫ に、

いきなり転調することができるのか、考えてみましょう。

そのために、このハ長調の属和音「ソシレ」を、

今度は、「ニ短調」の側から見てみます。

ニ短調のどんな和音と、等しいのでしょうか。

結論から申し上げますと、このハ長調の属和音「ソシレ」は、

「ニ短調」の「ドリアのⅣ」 という、「下属和音 Ⅳ」の変形です。


★「ドリアのⅣ」を、説明いたします。

本来の「短調のⅣ」は、「短三和音」であるのに対し、

「ドリアのⅣ」は、「長三和音」であるため、

短調のなかに、独特な明るい響きを醸しだす和音となっています。

ニ短調( d moll )の、下属和音(Ⅳ)は、「 ソ シ♭ レ 」で、

属和音(Ⅴ)は、「 ラ ド♯ ミ 」です。

是非、ピアノで、この二つの3和音「 ソ シ♭ レ 」と、

「 ラ ド♯ ミ 」を、順に、弾いてみてください。

一番下の音(根音)は、ソ~ラへと、スムーズに流れます。

一番上の音(第5音)は、レ~ミへときれいに、つながります。

しかし、真ん中の音(第3音)だけは、

「 シ♭ 」が「 ド♯ 」になり、「増 2度」 ができます。


★この「増 2度」 の音程は、皆さまが、ハノンなどで、

和声的短音階を弾く際、必ず出てくる、大変に特徴的な音程で、

決して、滑らかな感じはいたしません。

そのため、「 シ♭ 」(第 3音)を半音上げた「 シ・ナチュラル 」とし、

「 ソ シ レ 」としたものが、「 ドリアのⅣ 」といわれています。

この半音上げることで、増 2度が、滑らかな長 2度音程になります。

ハノンの練習曲などで、「旋律的短音階」と呼ばれる

短音階の上行形には、実は、「ドリアのⅣ」が、内包されているのです。

それゆえ、増 2度を含まない、スムーズな旋律線が、できるのです。


★結論として、4拍目前半は、≪ハ長調の属和音≫ です。

べーレンライター版は、ここを ≪ニ短調≫ と分析して、

あえて、「 ド 」に「 ♯ 」(ニ短調の導音)を、

付け加えてしまいました。

しかし、バッハの意図は、この 4拍目前半では、まだ ≪ハ長調≫ でした。

「ド」に「♯」を加えると、「ハ長調」 を感じられなくなってしまいます。

4拍目前半で、「ハ長調の属和音」を、「ニ短調のドリアのⅣ」と、

読み替えますと、すっきりと、≪ニ短調への転調≫ が、理解できます。

これが、≪バッハの作曲の妙技≫ ともいえます。

バッハが天才たることを証明する、最も肝心なところを、

曇った常識の目で、書き換えたのでしょう。


★バッハの自筆譜どおりの「ヴィーン原典版」が正しく、

小奇麗に改竄した「べーレンライター版」は、明らかに間違いです。


(私が所有しています 「ヘンレ版」 には、そもそも、この3連符の

ヴァージョンが、プリントされていません。)


★ちなみに、12小節目 1拍目の後半は、

イ短調( a moll )の「ドリアのⅣ」 の和音、「 D Fis A 」 です。

上声にファ♯(Fis)、下声にレ( D )が奏され、

2拍目 前半は、ドミナント「 E Gis H 」で、

上声に「 ソ♯ 」( Gis )、下声に「 シ 」( H )、が奏されます。

先ほどの例と同様に、ピアノで「 D Fis A 」、

「 E Gis H 」の3和音を、弾いて、確かめてください。


★第 3音「 Fis Gis 」 が、なだらかにつながっています。

その後、導音である「 Gis 」 が、主音の「 A 」を導き、

「 Fis Gis A 」という、上声旋律線になっているのが分かります。


★このように、3連符の細かいところに、かくも注目したのは、

実は、「インヴェンション 1番」と、「平均律 1巻 1番」が、

コインの両面のような関係に、あるからです。

平均律が成立したのが1722年、インヴェンションが1723年であることが、

バッハのサインから、分かります。

以前からの曲を集大成したことは、間違いないのですが、

「平均律 1巻」を書き終えた後に、その要約、エッセンスとして、

「インヴェンション」を編んだ、と見た場合、この双方の、

曲の共通点を、注意深く観察する必要があります。

「インヴェンション 1番」の 3連符と、

「シンフォニア 1番」の 32分音符の

モティーフとの関係については、前回のブログで書きました。


★平均律 1巻 1番のフーガの、有名なテーマ

「 ド レ ミ ファ ソ ファミ 」 のなかの、

1小節目 3拍目の「 ソ ファ 」が、「 32分音符 」になっています。

「 ソ ファ 」に続く、「 ミ 」まで含めた「 ソ ファ ミ 」の、

モティーフは、「 3度の順次進行下行形 」 ではありませんか!


★バッハは、当初、この 32分音符を、

普通の 16分音符で、書いてました。

最終稿で、現在のすばやい動きに、変えています。

「インヴェンション 1番」と「シンフォニア 1番」、それに、

「平均律 1巻 1番フーガ」とが、

同一モティーフを使って、ガッチリと、手をつなぎ、

大きな輪を作っているのが、分かります。


★この点については、 26日の「平均律第 1回アナリーゼ講座」で、

詳しく、お話いたします。

「インヴェンション」を、弾くことが出来る方でしたら、

躊躇することなく、「平均律」に入ることが出来る、という

お話も、いたします。

「ぶらあぼ」 2月号、 142ページに、

アナリーゼ講座の案内が出ております。

どうぞ、お読みください。
                   (冬空 と 欅と 瓦屋根)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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■バッハ・インヴェンション第 1番の「 3連符 」がもつ、重い意味■

2010-01-15 16:35:10 | ■私のアナリーゼ講座■
■バッハ・インヴェンション第 1番の「 3連符 」がもつ、重い意味■
                  10.1.15     中村洋子


★本日は、暦では小正月です。

お正月気分も、完全に抜けるころですが、皆さまから頂きました

年賀状のなかに、「先生のアナリーゼ講座の後、その曲が、

とても好きになります」という、一言が添えられていました。

私にとって、最もうれしい言葉です。


★1月26日からの「平均律アナリーゼ講座」の、準備のために、

もう一度、「インヴェンション」を、見直しております。

一般的には「インヴェンション」を、終えてから、

「平均律」に入る方が多いと、思われますが、

バッハは、「平均律」を作曲した後、その「 要約 」として、

「 インヴェンション 」を創作した、と私は感じております。


★それだけに、「 インヴェンション 」の 1曲 1曲は、

重い意味をもっていますが、特に、

「 1番」はその根幹を成す、重要な曲です。


★この有名な、「 ド レ ミ、ファー レ、 ミー ド 」で始まる

テーマの、「 ファー レ 」を「 ファ・ミ・レ 」の 3連符に、

「 ミード 」を、「 ミ・レ・ド 」の 3連符にしている楽譜も、

ご覧になったことがあると、思います。


★どちらで弾くべきか、という疑問が、当然出てくると思います。

バッハの「自筆符」を見ますと、もともとは「 ファーレ、ミード 」と、

大きく力強く書いてあり、後から、小さく 3連符の真ん中の音である

「 ファ・ミ・レ 」の「 ミ 」と、「 ミ・レ・ド 」の「 レ 」が、

小さく、書き足してあります。


★この「 1番」に現れる、すべての「 3連符」は、

後から、書き足されています。

もし、バッハが、必ず「 3連符」で弾かなければいけないと、

思っていたならば、このような書き方ではなく、

「 3連符」の 3つの音を、同格に扱った書き方、

つまり、3つとも、大きく太く書いていたはずです。


★おそらく、バッハは、息子やお弟子さんが、

クラヴィーア(鍵盤楽器)の、練習をする際、

より高度な練習曲として、「 3連符」を書き加えたと思います。

皆さまが、ご自分で弾いたり、お教えになる際、

どちらで弾いても、お好きなほうで弾かれるといいでしょう。


★この「 3連符」を、装飾音の一種と考えることも可能ですが、

装飾音ならば、なぜ、几帳面に自筆符に書き込んだか、

という疑問が、出てきます。


★ 6小節目の上声 3拍目「 レシドレソ 」という旋律の、

「 シド 」が、32分音符になっています。

この「 1番 」で、 32分音符が現れるのは、ここだけです。

私の作曲の師、池内友次郎先生が「大作曲家の作品には、

準備されないで、突然、予想外の新しい要素が、

出現することがあり、バッハやシューマンに、

よくそれが見られます」と、お話されていたことを、思い出します。


★この32分音符が現れた後、「 レシドレソ 」の、

「 ソ 」の音は、下声に対して並達(直行) 5度の関係にあり、

「対位法」の教科書では、禁じられている進行です。

禁止の理由は、とても固い響きがするためです。

皆さまも是非、ここをピアノで確かめてください。

ここは、そこに至るまでの対位法上、調和した響きではなく、

孤立して目立っていますが、心が解放されるような瞬間です。

そこに、バッハは、第 1部である 6小節の頂点をもってきました。

そして、次ぎの 7小節目から、新しい第 2部を始めます。


★バッハは、あえて、不協和な和音を作ったり、

意図的に、対位法の禁則を犯し、その結果として、

たぐい稀な「傑作」を作っていきました。

この「 1番」は、そのいい具体例と、いえましょう。

そのような規則破りをしたバッハは、非難されました。

即ち、自分たちの作った小さな規則の枠内に安住し、

そこからはみ出すことを認めず、それに従わないものを、排除する、

そういうことは、当時もいまも、変わらないでしょう。


★この「 インヴェンション 1番 」6小節目の、

「32分音符」は、唐突に、出現します。

しかし、本当に、準備されない予想外な音だったのでしょうか。

1小節目の「ファミレ」「ミレド」の「 3連符」は、

3度の順次進行下行形ですが、これは、6小節目の「 シドレ 」の、

3度の順次進行上行形と、対応した形になっています。

さらに言いますと、主題の頭部「 ドレミ 」は、

3度の順次進行上行形ですから、この「 ドレミ 」から、

「 3連符」や「 32分音符」の、 3度の順次進行 が、

紡ぎだされていったことが、よく分かります。

バッハの周到な、設計図が見て取れます。


★即ち、これは、クラヴィーアの練習曲であると同時に、

作曲の「 モティーフ展開 」の方法を、教授するための

「 3連符 」でもあったのです。


★この 3連符が、唯一、上声と下声の両声で、

同時に、奏されるところは、13小節目の 4拍目です。

これも、第2部の頂点である 14小節の直前に、位置します。

そして、15小節目から、第3部が始まります。


★「シンフォニア1番」にも、実は、同じ 6小節目 4拍目 上声に、

たった 1ヶ所ですが、32分音符が、現れます。

「 ラシ 」という 32分音符が、 7小節目の「 ド 」につながります。

即ち、「 ラシド 」という 3度の順次進行上行形が、

ここでも、形作られるのです。

「シンフォニア 1番」のテーマは、第 1小節上声で、

「 ソラシ 」という、 3度の順次進行上行形で始まりますが、

この主題も、上記のモティーフ展開の一環として、

創作されています。


★さらに、これを「平均律クラヴィーア曲集第 1巻 1番」に、

どうつなげていくか、それを、 26日の第 1回平均律講座で、

お話いたします。


★冒頭のお年賀状の方が、おっしゃいますように、

それを、干からびた知識ではなく、バッハが、

どのように弾いて欲しい、と思って作曲したか、

バッハの音楽を、どのように楽しむか、

というところまで、お伝えできることを願っております。


                         (蝋梅の蕾)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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■第 4回平均律・アナリーゼ講座のご案内■

2010-01-08 00:35:29 | ■私のアナリーゼ講座■
■第 4回平均律・アナリーゼ講座のご案内■                  10.4.5 中村洋子


★ ≪第 4回 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座≫                   第 1巻 4番 嬰ハ短調 前奏曲とフーガ 

平均律・嬰ハ短調から何を吸収して、Beethoven「月光」ができたのか?


講師:中村 洋子
日時:2010年 4月 28日(水)午前 10時~ 12時半
会場:カワイ表参道 2F コンサートサロン「パウゼ」
会費:3000 円 (要予約)
参加ご予約・お問い合わせは カワイミュージックスクール表参道
Tel. 03-3409-1958 omotesando@kawai.co.jp


★平均律クラヴィーア曲集第 1巻全24曲は、

4曲ずつのセットとして、見ることも可能です。

この4番は、最初のセットの“まとめ”となる重要な曲です。

しかし、解説書などには、

“このフーガのテーマは、十字架の形をしている”など、

もったいぶった説明がされており、

はたして子供に弾かせていいのかしら?と、

躊躇される先生もいらっしゃるかもしれません。

しかし、そうではありません。


★この前奏曲を、バッハは、

「フリーデマン(長男)のためのクラヴィーア小曲集」のなかに

収録し、10歳前後の子供たちに弾かせていたのです。


★まずは、前奏曲だけでも、お子さんたちが、

楽しんで接することができるように、アナリーゼし、

演奏するのに必要な、具体的なヒントもご提案します。


★また、ベートーヴェンが、この4番から何を学び、

「月光ソナタ」を創作するさいの滋養としたか、

についても、お話いたします。


★ベートーヴェンのピアノソナタ全 32曲は、

バッハの平均律を理解せずには、真の演奏はできません。

フーガにつきましては、たった 5つの音から成る主題が、

実は、平均律全 24曲を支配する、

新しい重要なモティーフとなっています。

その点を詳しく、ご説明し、さらに、

日常のレッスンで「ソルフェージュ」にも、

応用できるよう、分かりやすくお話いたします。


★この講座は、音楽を、バッハを、

心から愛している方々のためのものです。

難しいことはやさしく、分かりやすいことは、

さらに深く、ご説明いたします。


■講師:作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、ギター、声楽、雅楽、室内楽などの作品を発表。2003 年~ 05年、アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で、新作を発表。
自作品「無伴奏チェロ組曲 1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『W.ベッチャー 日本を弾く』を 07年、発表する。08年 9月、CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」とソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表。
09年10月、「無伴奏チェロ組曲第 2番」が、W.ベッチャー氏によりドイツ・マンハイムで初演される。08~09年にかけ、「バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を開催。
10年「 無伴奏チェロ組曲第 1番 」が、ベルリン「 リース&エアラー社 」 「 Ries & Erler Berlin 」から、出版される。
*プログ:「音楽の大福帳」 http:// blog.goo.ne.jp/nybach-yoko


●第 5回講座 6月 8日(火)5番 ニ長調 前奏曲とフーガ  

6月8日は、ロベルト・シューマンの生誕二百年の誕生日です。

「森の情景」Op.82 ( 1848~49に作曲 ) の 7曲目

「 予言の鳥 」 と平均律 5番との、深い関係についても、

お話いたします。               


●お申込は、カワイ表参道 03(3409)1958


                       ( 土佐ミズキ )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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■弾き初め、聴き初め、シューベルトの Crescendo ■

2010-01-07 00:21:38 | ■私のアナリーゼ講座■
■「弾き初め」、「聴き初め」、シューベルトの「 Crescendo 」■
                  10.1.7 中村洋子


★新年、明けまして、おめでとうございます。

「書初め」のように、新年初めての、お目出たい「弾き初め」や、

「聴き初め」を、皆様は、どの曲でなさいましたか。


★私の CDの 「聴き初め」は、今春に発表いたします、

私の作曲しました 「無伴奏チェロ組曲2番、3番」の、

マスタリング途中のCD-Rを、元旦に、聴くことでした。

2枚目のCDは、エドウィン・フィッシャーのピアノ、

フルトヴェングラー指揮 フィルハーモニア管弦楽団による、

ベートーヴェン作曲 「ピアノ協奏曲第5番 Op.73 皇帝」でした。


★一枚目は、ベッチャー先生の素晴らしい演奏。

二枚目は、本当に人類の宝物のような作品と、演奏です。

清々しい、聴き初めでした。


★「弾き初め」は、当然ですが「平均律クラヴィーア曲集」

第 1巻 1番のプレリュードとフーガを、

心を込めて、元旦に弾きました。


★1月26日に、カワイ表参道「パウゼ」で、開催いたします、

「平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座」で、扱う曲です。

既に、たくさんの皆さまから、ご予約いただいていますが、

なかには、「平均律は難しいのでは?」と不安を訴えられる、

お問い合わせも、かなりあるようです。


★「平均律」に関する、出版物や解説本を眺めますと、

私でさえ、逃げ出したくなるような、難解な怖い曲であるかのように、

書かれている、という印象もあります。


★バッハの「マタイ受難曲」の、ドイツ語歌詞は、

多少、古いドイツ語であるようですが、現代でも、

一般のドイツ人なら、誰が聴いていも、本当によく分かり、

力強い言葉で、書かれているそうです。


★ところが、それを、CDなどの解説に付いている、

日本語訳で読みますと、どの時代の日本語なのか不明な、

文語体になっている場合が多く、その結果、

難解で、もったいぶった、不思議な日本語となっています。


★ドイツ語に親しんでいない方でしたら、

バッハの「マタイ受難曲」は、さぞかし難しく書かれていると、

想像されてしまうことでしょう。


★「平均律クラヴィーア曲集」も、これと同じことが言えるようです。

バッハの音楽に素直に、飛び込んでみれば、何も難しいことはありません。

もし、難しいところがあったとしますと、難しいところは、分かりやすく、

分かりやすい部分は、さらに深く理解することを目指したいと、思います。


★弾き初めの2曲目は、シューベルトの「即興曲」

D.935 ( Op.post.142 )Nr.2 でした。

昨年、たまたま聴いていましたラジオの音楽番組で、

この「即興曲集」を「心のおもむくまま、即興的に作曲した曲集」と、

解説していました。

また、日本で出版されている楽譜にも、

そのように書かれている本も、あります。


★シューベルトが残した、この即興曲の「手書き譜」を見ますと、

最初の16小節を、斜線で抹消しています。

その後、あたかも“即興”で、書いたかのように見える

現在の決定稿に、書き直しています。

これにより、さらさらと自然に流れ、“即興”と思わせるような、

旋律の運びを、獲得しています。


★晩年のシューベルトの作曲技法の妙味が、この16小節から、

大変によく、味わえます。


★さらに、重要なことは、7小節目の「 crescendo 」の扱い方です。

現在の実用譜では、1拍目から2拍目にかけて 「 crescendo 」、

3拍目から7小節目の終わりまで「 diminuendo 」に、なっています。


★ところが、シューベルトの「手書き譜」では、

「 crescendo 」が、1拍目から3拍目まで、大きく伸びており、

驚くべきことに、その「 crescendo 」の記号のなかに、

2拍目から3拍目にかけて、「 diminuendo 」記号を、

小さく、押し込むように、書き加えています。


★そして、3拍目から、7小節と8小節を区切る小節線を突き抜け、

8小節目の最初の音まで、新たに「 diminuendo 」を、書いています。

これは、シューベルトを弾くうえで、とても、重要なヒントとなります。


★シューベルトの書いた「 crescendo 」は、聴いている人にとって、

≪「 crescendo 」と聴こえるように≫という、指示なのです。

しかし、3拍子のこの曲の1拍目よりも、2拍目の音を、

強く弾いた場合、「 crescendo 」に聴こえないばかりか、

3拍子そのものを、損なってしまいます。


★このため、弾く場合、≪1拍目より、2拍目を弱くする≫という指示が、

この「押し込められた diminuendo 」の意味です。

そして、3拍目に頂点をもっていき、8小節目の1拍目まで、

「 diminuendo 」します。


★「 crescendo 」の表示は、聴いている人にとって、

「 crescendo 」に聴こえるように、弾くことです。

しかし、演奏する際には、「 crescendo 」記号が付された

部分の音を、≪段々と強くしていくことでは、ないんだよ≫という、

気持ちを込めて、このような変則的な表記を、

シューベルトが、書き残したのでしょう。


★バッハの「平均律アナリーゼ講座」では、

このシューベルトの「crescendo」 のような「効果」を、

出そうとする場合、どのように弾けばよいか、

具体的に、お話していきたいと、思います。


                            (龍の髭の実)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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