音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ 映画「ヴィーナス」と「エディット・ピアフ」■■

2007-12-24 17:42:06 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/11/27(火)

★今月は、作曲に専念していましたので、ブログがお留守になってしまいました。

作曲が進みました日は、フラッと映画を見に行くことがあります。

イギリス映画「ヴィーナス」は、あのピーター・オトゥール(1932年生、75歳)が、

老いた「俳優」を主演しています。


★年老いることの残酷さと、そればかりではない生の輝きを描いた「ヴィーナス」は、

オトゥールが恋する、若いモデル志望の女性(ジョディ・ウィッテカー)を別にして、

すべて、イギリスの燻し銀の俳優による“交響曲”のような、贅沢な映画でした。

特に、オトゥールの別れた妻(ヴァネッサ・レッドグレーヴ、1937年生、70歳)は、

出番は少ないのですが、何日たっても、

彼女の姿が焼き付いて、脳裏から離れません。

見ている私たちが、気付かないだけであって、計算し尽くされた演技の上に、

計算だけでは出てこない即興の豊かな感情表現があったのでしょう。


★ピアフの一生を描いたフランス映画「エディット・ピアフ」は、

マリオン・コティヤールという新進女優(1975年生、32歳)が、

子供時代の役は別として、47歳で没したピアフを演じ切りました。

それ以外は、フランスの老練な、一癖、二癖もある役者が、脇を固めていました。

ピアフの祖母を演じた娼館の女主人(カトリーヌ・アレグレ、

1946年生、61歳、名女優シモーヌ・シニョレの娘)は、ものすごい存在感でした。

その娼館に引き取られた幼いピアフを、心からいとおしむ若い娼婦

(エマニュエル・セニエ、41歳、シャネルのCMにも出た元モデル、ポランスキー監督の妻)

10歳のピアフを、旅芸人として働かせようと、娼館から無理やり連れ出す父親

(ジャン=ポール・ルーヴ、40歳)

このように、重厚な俳優たちが惜しげもなく出演している映画は、私の心のご馳走です。


★音楽の演奏も、彼らのようにあるべきでしょう。

若さの華だけではなく、例えば、ピアニストであるならば、

計算し尽して、練習を重ね、曲の構造も知悉し、その上で、

コンサートの場で、一回性を発揮して欲しいものです。


★いま、「ラヴェル 生涯と作品」アービー・オレンシュタイン著を読んでいます。

以前、ご紹介しましたフランソワ・ルシュール著「伝記 クロード・ドビュッシー」

と比較してみますと、二人の個性の差が興味深いのですが、

音楽に対する真摯な姿勢は、実によく似ている、と感じました。


★おもしろいのは、自作品の演奏に対する二人の反応です。

私も、自分の作品の演奏について、

“こんなはずではない”と思うことが、ありますので、

共感したり、苦笑いしたりして読みました。


★「伝記」によりますと、ドビュッシーは、自分のチェロソナタを演奏した

リール音楽院教授・ルイ・ロゾールについて、

「彼のせいで、ソナタを書いたことを、一瞬後悔し、

自分の書法の確実さを疑いました。

・・・この異常な出来事は、私を徹底的に動揺させました。

その影響は甚大で、私は、自分の哀れな音楽が、

しばしば無理解に出会っても、もう驚きません」と、手紙をしたためているそうです。


★訳が直訳調で、一読しただけでは理解できない日本語ですが、

次のようなことを言っているのでしょう。

『自分の曲を弾いたリール音楽院教授のひどい演奏を聴いて、

“この曲を書かなければよかった”と、一瞬ではあるが後悔してしまった。

“自分のエクリチュール(作曲の様式、書式)が、間違っていたのではないか”、

とさえ、思ってしまった。

しかし、“演奏が悪すぎるのである”、

“これからは、動じないようにしよう”と、気を取り直した』

この教授は、チェロソナタに、イタリア喜劇の登場人物のイメージを重ね合わせ

「月と仲違いしたピエロ」という題を付けるのをためらわなかった、といいます。


★ちなみに、ドビュッシーの生前によく演奏された曲は、

「喜びの島」と「牧神の午後への前奏曲」でした。

ドビュッシーが、自分で気に入っていたと思われるピアノ曲の

「前奏曲集第1巻の“デルフォイの舞姫”」ではありません。

この曲は、日本のピアニストが大好きな「花火」とは、大変に異なります。

この点については、いずれ、お話いたします。


★一方、晩年のラベルは、自作品が満足できない演奏をされた時も、

『自分の音楽は、出版されている楽譜のなかにすべて書いてある』

『本当に分かる人は、楽譜を読んで分かってくれる』

という自信からか、どんな変なおかしな演奏に対しても、

いささかも動じることがなく、無表情を装ったそうです。

現在の私はドビュッシー派かもしれません。



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■■ ジャン・フランセの可愛らしい連弾曲 ■■

2007-12-24 17:41:07 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/9/12(水)

★初心者のための「良い連弾曲」を知りたい、という声がよく寄せられます。

そこでお薦めの連弾曲集です。

Jean Francaix ジャン・フランセ作曲「15portraits d'enfants d'Auguste Renoir」

「オーギュスト・ルノワールの15人の子供の顔」


★画家「ルノワール」が描いた可愛らしい子供の肖像画に、フランセが曲をつけました。

私のお気に入りは、第7番の「青い帽子の少女」。

バイエル中程度で、第一、第二ピアノとも弾くことができます。

しかし、内容は大変、奥深く、フレーズの収め方やレガートの奏法、

バスの全音符で和声をどのように感じるか、など

良い先生がご指導されましたら、お子様に素晴らしい栄養となることでしょう。

お子様だけでなく、私自身、いつ弾いても楽しいのです。

日々、成長していく子供の、その一瞬にしかない可愛らしさ、

眼差しを見事にとらえています。


★このようなフランスの上質な音楽を、幼児期に体験していますと、

フォーレの限りなく美しい連弾曲「ドリー」に違和感なく入り込めます。

将来、フォーレ、ドビュッシー、ラヴェルというフランスの大作曲家たちの

マスターピースを学び、演奏する土台となることでしょう。


★第一番「スプーンの赤ちゃん」の第一ピアノは、

「ドレミファソファミレド」と「ドシラソファソラシド」だけで、できていますが、

赤ちゃんのいじらしさを、これだけシンプルに表現した曲は、ないでしょう。


★私が所有するこの楽譜は「Editions Musicales TLANTIQUES Paris」から出版されていますが、

現在は、ひょっとして別の出版社に移っているかもしれません。


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■■ エリック・ハイドシェック先生の公開講座 その2 ■■

2007-12-24 17:38:08 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/9/7(金)

★前回の続きです。

ブラームス「ピアノ小品集」op.118の3番「バラード」の

39、40、41小節に使われている同一モティーフについて、です。

39小節目の、右手で奏する付点4分音符と8分音符の「ファーレ・ファーレ」を

ハイドシェック先生は、ここは、「オーケストラのホルンの音である」。

「No Pedal !!!」と、おっしゃいました。


★40小節目の、同じモティーフが1オクターブ下がった「ファーレ・ファーレ」は、

「ファゴットの音ですので、指を立ててピアノを弾きなさい」。

帰宅しまして、先生の仰るとおり、指を立てて弾いてみました。

なんとまあ、ピアノの音がファゴットに聴こえるのです。


★39、40小節は、ハ短調の属七でしたが、41小節目は、ロ長調に遠隔転調し、

先ほどのモティーフの変形が、右手で「シーソ♯、シード♯」と奏されます。

「これは、ヴァイオリンである」と、説明されました。

この40から41小節にかけての急激な転調は、

ベートーヴェンのピアノのための変奏曲にもあります。

伴奏を付けずに「ファーレ・ファーレ」から「シーソ♯・シード♯」の

モティーフのみを弾きますと、

「まるで、シェーンベルクの音楽のようですね」と、おっしゃいました。


★シェーンベルクは、ブラームスの作品を大変に愛し、研究し、編曲作品も残しています。

ハイドシェック先生が、直感でおっしゃったことは、正鵠を得ているといえます。

ちなみに、このop.118は、1893年に作曲されていますが、

ブラームスの4つの交響曲のうち、第4番ホ短調op.98は、

ブラームス52歳の1885年に、作曲されています。

亡くなったのは、op.118の4年後の1897年です。


★その第4交響曲第1楽章、第1主題のファゴットは、見事にこの音域、すなわち、

ヘ音記号のほぼ五線のなかに入っています。

このファゴットと、ホルンの関係を耳で聴きますと、

ハイドシェック先生のレッスンの意味がよく分かると、思います。

先生が、いかに、オーケストラ作品も研究されているか、ということです。

皆さまも是非、スコアを見ながら、第4交響曲を聴いてください。

ピアノを弾く上で、とても参考になります。


★ブラームスのピアノ作品には、室内楽やオーケストラの音色を、

イメージして書かれていることが、大変に多く、随所に見受けられます。

一方、ショパンは、ピアノでしか表現できない音色によって、

多くのピアノ曲を書いています。

しかし、ショパンですら、注意深く観察しますと、

オーケストラの楽器の音色を想定しているところが、たくさんあります。


★ブラームス第4交響曲では、18小節にわたる第1テーマのうち、

木管のフルート、クラリネット、ファゴットは、最初から最後まで奏されますが、

オーボエはやっと17小節目になって初めて、千両役者のように、一番目立つ音域で、

第1ヴァイオリンの「シー・シ・シ」をカノンで受け継ぎ、

この長いテーマを、印象深く閉じます。

オーボエが「オーケストラの華」、といわれるのが、実感できます。


★ベルリン・フィルの「オーケストラの華」ローター・コッホの

数少ないCDをまた、偶然、入手することができました。

モーツァルト作曲「オーボエ四重奏曲 K.370」。

共演はブランディス弦楽四重奏団、チェロはもちろん、ベッチャー先生です。

この曲は、モーツァルト室内楽作品集(CD3枚組)に入っています。

CD番号 BRL92874 、外盤ですが、日本語の表紙が付いており、

大手CDショップで購入できると思います。



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■■ 新聞の「音楽」記事について ■■

2007-12-24 17:36:44 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/9/2(日)

★東京新聞( 07.9.1朝刊)芸術欄「音楽」に

「避暑地の老ピアニスト・ハイドシェック」という記事が、載っていました。

いろいろな意味で考えさせられる記事です。

記事の結論で「いま音楽の世界でビジネス化が進み、一握りのスターが過剰な注目を浴びる。

半面、確かな力を持ちながら過酷なコンサートビジネスの生存競争で、脱落する人や、

そもそもデビュー時から華やかなライトとは無縁の人も多い。」

「スターではなくとも優れた音楽家を招き、音楽と人のつながりを育む

独自のサークルやサロン。

19世紀風のそんな集いが、(略)現代の日本で盛んにならないだろうか。

音楽産業が自らマンネリだと認めつつ『天才』や『巨匠』の演奏会を

量産する現状を変える契機にならないか」とあります。

これは、おおむね的確な現状認識です。


★あえて≪音楽産業≫、≪『天才』≫、≪『巨匠』≫、≪量産≫という言葉を巧みに使い、

【美しい“天才”少女、少年たち、あるいは“巨匠”と称される人たちによる

音楽会の量産、産業化した音楽界】という現状を見事に浮かび上がらせます。


★しかしながら、この記事は冒頭で、エリック・ハイドシェックの演奏を取り上げ、

次のように紹介しています。


★「1936年生まれ、個性派の巨匠だった師匠コルトーの衣鉢を継いで、

楽譜への忠実さより自身の主観を全面に打ち出す。

いわば19世紀風の音楽家で、ベートーヴェンなど独墺系の曲でも

唯一無二の音楽をすることで人気を集める」


★残念ながら、この筆者は、コルトーもハイドシェックも、本当になにも知らないのでしょう。

≪楽譜への忠実さより自身の主観を全面に打ち出す≫。

≪いわば19世紀風の音楽家≫

≪唯一無二の音楽をする≫

この表現にはあきれ果てます。

多分、どこかに書いてあるものを、自己の検証なく、

そのまま孫引きしているのでしょう。


★コルトーにつきましては、ショパンの校訂版が、日本では有名で、

「ショパンの専門家」という誤った認識しかされていないようです。

しかし、日本人が知らないだけで、例えば、ブラームスのピアノ作品への

膨大なコルトー校訂版は、ブラームスの意図を探り尽くそう、という

コルトーの情熱に支えられた楽譜です。

私はブラームスを勉強する際、

必ず、コルトー校訂版を参考にしつつ、原典版に当たります。


★どれだけ楽譜への読みが深く、「恣意的」、「思いつき」とは

無縁のピアニストであるか、大変、よく分かります。


★「コルトーのマスター・クラス」というCDがあります。

バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、シューマン、ショパンの

コルトーの公開レッスン(1954~60、パリ・エコルノルマル)が、

3枚のCDに収録されています。


★このCDを聴けば、校訂楽譜のみならず、レッスンにおいても、

彼がいかに、作曲家の意図を忠実に演奏に反映しよう、と努めていたか、

よく分かります。


★この記事の≪19世紀風≫という言葉の意味が全く、理解できません。

ある種、あざけりの意味を込めているのかもしれません。

感情の赴くまま、テンポルバートをかけたり、単なる思いつきで甘ったるく歌わせる、

そのような自己陶酔する演奏を「19世紀風ロマン派」としているのでしょうか。


★ロマン派とされるショパン、シューマン、ブラームスには、

上記の意味での“ロマン主義”は、ひとかけらもないのです。

いつまでも、このような稚拙な定義の言葉、孫引きの形容詞を使っていますと、

本当の意味での批評は、全く育ちません。

逆に、いい聴衆を育てません。


★私は、ハイドシェックのレッスンを聴講しましたが、

≪作曲家の意図に、どれだけ迫れるか≫、

彼のこれまで71歳のキャリアは、すべてそこに注がれているのです。

偉大な芸術家に対し、たとえ彼らがこの日本語のこの記事を読まないとしても、

決して、決して、発してはいけない言葉なのです。


★この記事は、結果的に、コルトー、ハイドシェックに対し、

根本的に間違った評価を植え付けています。

この記事によって、コルトーやハイドシェックのCDを聴いた人が、

≪自分は、とても素晴らしい演奏だと思うが、

“19世紀風で、楽譜への忠実さより自身の主観を全面に打ち出す”とされている。

しかし、この演奏のどこが、主観的なのか!≫と、戸惑いを覚えることでしょう。

あるいは、素直な人ほど、≪自分の耳がおかしいのかしら?≫と、

自分に対し、自信を失ってしまうことすらありえます。

そして、≪自分にはクラシック音楽は、分からない世界だ≫と

離れていく結果すら生み出します。



★皆さまは、新聞、音楽雑誌の批評や評論を読むより、

まず、楽譜とお友達になってください。

これが、時間を無駄にせず、音楽を真に理解し、愛する最短距離です。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■ エリック・ハイドシェックのピアノ・レッスン ■

2007-12-24 17:35:29 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/8/30(木)

★ピアニスト・ERIC HEIDSIECKエリック・ハイドシェックのレッスンを聴講しました。

大変勉強になりました。

心に残った貴重なお話を、お伝えいたします。


★日本のピアニストは、素晴らしい≪指≫を持っている人は多いのですが、

ペダルに問題がある人が多いようです。

ペダルを踏みすぎる傾向があります。

その理由は、「ヨーロッパの演奏会場は、反響がいいのに対し、

日本のレッスン室は、響きが少ないため、ペダルを多用し勝ちなためです」。


★さらに、練習の際の問題点。

通常、日本では、スリッパを履いて練習しています。

しかし、コンサートでは、靴を履いて弾きます。

これでは、練習の時と全く同じ状態では、ペダルを踏むことが出来ません。

スリッパと靴とでは、ペダルに対する足の角度が微妙に異なってしまいます。

「是非、ペダルの下に絨毯を弾き、靴を履いてピアノを練習してください」

「私も絨毯を敷いています。床が靴で、磨り減ってしまうからです」

≪床が磨り減る≫ほど練習を毎日、なさっている、ということですね。

これだけでも感動的なお話です。


★ブラームスのピアノ小品集 OP.118について、

この第一番「インテルメッツォ」最後の、フェルマータ付き和音を弾いたら、

ペダルは踏んだままにして、指は鍵盤から離してください。

ピアノは、ハープを横に倒した形です。

ハープは弾いた後、弦から手を離すと、音がよく響きます。

逆に、響きを止めるには、指を弦に当てます。

最後の和音を響かせるためには、ペダルを踏んだまま、手を鍵盤から離します。

ハンマー(ハープの手に相当)が弦から離れますから、豊な響きが続きます。


★これは、私(中村洋子)の意見ですが、このインテルメッツォは、

ヘ長調の属和音「ド・ミ・ソ」で始まり、イ長調の主和音「ラ・ド・♯ミ」で終わります。

シューベルトが、発見し、好んだ3度の関係の和音です。


★音をクリアーにしたい時は、「梃子」の原理を応用して、

鍵盤の一番手前の部分で打鍵しますと、大変に効果的です。


★OP.118の第3番「バラード」について、スタッカートのお話に説得力がありました。

ドイツ人作曲家の作品のスタッカートは、レガートより重いことがある。

「あのモーツァルトですら、そうです」と、実演をされました。

スタッカートは、楽典では「音を短く切って」と、書いてありますが、

鵜呑みにせず、その作曲家の特性を研究することが大切なようです。


★ブラームスのワルツについても、リズムの取り方を、親切に教えてくださいました。

ワルツの3拍目は、軽いけれども、やや長めです。

「ア~ム=ステル=ダム」、「ア~ム=ステル=ダム」と歌うと、

生き生きとした3拍子のリズムになります。


★その後、外で先生にお会いし、

「アムステルダム」と、歌いながら3拍子をとることを、学ぶことができ、

とても勉強になりました、と感想を述べました。

そして、二人で、「アムステルダム」を何度も合唱し、

私一人のために、熱心に指導していただきました。

先生と一緒に歌うことで、体に3拍子が染み込みました。

「この方法は、私のオリジナルではない。

ある指揮者が、ベートーベンを振る時、使ったものだよ。

これをしないと、弦のパートのリズムが緩み、

生き生きとした3拍子にならない」と、謙虚におっしゃいました。


★ハイドシェック先生は、ノーブルなお顔立ちで、近寄りがたい印象でしたが、大違い。

気さくで親切、音楽への愛情が満ち溢れている方でした。

サインをお願いしましたら、3拍子の音符を書き、さらに説明を続けられ、

肝心なお名前を書き忘れてしまいました。

「先生、お名前を」と申しますと、「オー」とすぐさま、ペンを走らせ、

風のように去っていかれました。



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■■ 緑陰のCD ■■

2007-12-24 17:33:48 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/8/7(火)

★8月に入り、久しぶりに時間が取れましたので、

たっぷりと名演のCDを聴いております。

1)モーツァルト&ブラームスの「クラリネット五重奏曲」

カール・ライスター≪クラリネット≫、

モーツァルトは、ベルリン・フィルハーモニー・ゾリステンが、

ブラームスは、アマデウス弦楽四重奏団が、共演しています。

(ドイツ・グラモフォン ザ・ベスト1000 UCCG5023 ¥1000)

ベルリン・フィルハーモニー・ゾリステンは、第一ヴァイオリンがトーマス・ブランディス、

チェロはヴォルフガング・ベッチャー先生(ベトヒャーと表記)ほか。

名曲が名匠によって奏されると、こんなにもいいのか、と実感します。


★2)ラフマニノフ&グリンカ歌曲集 ガリーナ・ヴィシネフスカヤ≪ソプラノ≫

ムスティスラフ・ロストロポーヴィチ(1927~2007)≪ピアノ≫

(ロストロポーヴィチ名盤1200 UCCG4254 ¥1200)

ロストロポーヴィチは、ことし亡くなりましたチェロの大家ですが、

ピアノ演奏は、夫人であるヴィシネフスカヤの伴奏でのみ聴くことができます。

ヴィシネフスカヤは、オブラスツォワと並ぶ、20世紀ロシアの大歌手ですが、

日本では、歌曲をCD録音で聴くことがあまり出来ませんので、貴重な一枚です。


★3)ベートーヴェン「弦楽四重奏曲ヘ長調 op18Nr.1」「弦楽四重奏曲ホ短調op59Nr.2」

 ブランディス弦楽四重奏団 1998年のライブ録音 (外盤CD25IPPNW-CONCERTS)

 ベートーヴェンの弦楽四重奏は、演奏が単調ですと、

一曲聴き通すのが苦痛になることが、往々にしてあります。

このCDは、“ベートーヴェンはなんと楽しいのであろう!”と、心が躍ります。

バッハは、幼稚園の子供が弾いても、大家が弾いても、同じ様に、それなりに

“ああ、バッハだ”と音楽を楽しめますが、ベートーヴェンは、そうはいきません。

その意味で、良い演奏で弦楽四重奏を聴きませんと、

ベートーヴェンをよく理解することはできないのです。

このCDは最良の演奏といえます。


★4)ブラームス「クラリネット・クインテット」「クラリネット・トリオ」

「クラリネット・ソナタ」CD2枚組、(外盤、BRILLANT CLASICS 99800/5)。

クインテットは、ブランディス弦楽四重奏とライスター、

トリオは、ライスターとベッチャー先生、フェレンツ・ボーグナーのピアノ。

トリオのチェロは、第一楽章冒頭の独奏の素晴らしさはもとより、

弦楽器が二人いるのか、と思われるほど、それぞれの音域での音色の変化、

伸びやかな歌に酔います。

弦楽四重奏が、緻密なアンサンブルを求められるのに対し、

トリオは、ソリストが3人いる、といっていいかもしれません。

聞き比べますと、興味深いものがあります。

ちなみに、ベッチャー先生は、この夏、ベートーヴェンの「大公トリオ」を

リヒテンシュタインのバドゥズで、演奏されるそうです。


★室内楽を聴くことは、オペラ(モーツァルトのオペラは別として)の

大袈裟なアリアに興奮して、“ブラボー”を叫ぶのとは対極的な、

音楽の奥深い魅力を、奏者と一体になって探り、楽しむ知的な営みです。

この暑い夏休み、これらのCDをお聴きになり、

室内楽の魅力を、どうぞ、味わってください。



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■■シューベルト作曲弦楽五重奏曲D.956の素晴らしいCD■■~その2~

2007-12-24 17:32:35 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/7/31(火)

★この弦楽五重奏曲は、1828年9月ごろ、

シューベルトの死(同年11月)の直前に書かれました。

通常の弦楽四重奏にチェロがもう一人加わり、五重奏になっています。

第一チェロをバウマンが担当し、第二チェロをベッチャー先生が演奏されています。

低い順に、第二チェロ、第一チェロ、ヴィオラ、第二ヴァイオリン、第一ヴァイオリンです。

第一チェロは内声を担当し、時に、第二チェロと、ユニゾンでバスを弾きます。

第二チェロは、この五重奏の土台となるバスを渾身の力で支えるのです。


★特に第一楽章の81小節目以降、第二チェロは、ピッチカートで、他の4声を支えます。

一見コントラバス的でもありますが、チェロでなければ出来ない音色と、

音高です。

ベッチャー先生の演奏は、他の4人の奏者が演奏を止めてしまっても、

そのバスのみを聴くことで、シューベルトが意図した他の4声の和声が想像できるほどです。


★第2楽章アダージョの第二チェロも、ピッチカートバスで、同じことが言えます。

ピアニストは是非、スコアーを見ながら、バスだけに注目してこのCDをお聴きください。

それを何度か、なさいますと、シューベルトのピアノソナタを弾く際、

バスの弾き方が変わってくると思います。

また、生きたリズムの取り方も学べます。


★ちなみに、第一楽章49小節目からの3連譜で刻まれた和音の伴奏

(第一、第二ヴァオリン、第二チェロ)と、旋律(ヴィオラ、第一チェロ)は、

シューベルト最後のピアノソナタ・D960の第一楽章・第2テーマを弾く際、

おおいに、参考になります。


★音響やムード、思いつきだけでピアノソナタを弾く演奏の問題点は、

バスの認識が、あまりにも浅すぎるということです。

勉強不足と片付けてしまえば、それまでですが、

聴くほうも、ヨーロッパのクラッシック音楽の根幹を理解せず、

妙に興奮を煽るドラマチックな演奏をもてはやす、という

悪循環に陥っているのではないでしょうか。

これは、シューベルトの世界からは、最も遠いものです。


★和声の「ドッペルドミナントの5音下行変質音」について、よくお尋ねがあります。

第一楽章の最後から20小節前の「426小節」で、第一チェロ、第二チェロが

同時に奏する「ラ♭」のトリルをお聴きください。

この第5音の意味と弾き方が、はっきりと分かるはずです。

5音が、強烈に2度下行する方向性をもったものである、ことが

お分かりになると思います。


★ベッチャー先生に「素晴らしいピッチカートバスですね」と、お話しましたところ、

「モーツァルトの“弦楽五重奏・K515”も合わせて勉強しなさい。

これは、なんという傑作だろう」とおっしゃていました。



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■■シューベルト作曲弦楽五重奏曲D.956の素晴らしいCD■■~2つのヴァイオリン、ヴィオラ、2つのチェロのための~ 傑作(0)
2007/7/24(火) 午前 11:05私が感動した演奏会や、CD、論文その他音楽 Yahoo!ブックマークに登録 ★7月21日(土)の小石川・傳通院での「フルートとハープのための演奏会」、

22日(日)の日本ベーゼンドルファー東京ショールームでの、

「アナリーゼ講座」(ショパン)が、無事終わり、ホットしております。

これから、8月初演の室内楽を作曲したい、と思います。


★7月16日(月)にも、ピアニストの皆さまを対象とする

シューベルト、ショパン、ブラームスについての「アナリーゼ講座」を開きました。

共通する「ショパン」を考える時、シューベルトの存在の大きさを思わざるをえません。

CDの日本語解説には、よく「シューベルトは構成が弱い」などと書いてありますが、

これは、巨大な象を手のひらで触った小さな人間が、

「この動物には形がない」と、言っているのに等しいと思います。

このシューベルト、という大天才に対し、どうぞ、心より謙虚に

その緻密な構成を自分で研究し発見してください。

日本の評論家の文章を信用しないでください。


★上記の両講座で、シューベルトの最後のピアノソナタ「変ロ長調D・960」について、

お話いたしましたが、この曲は次の2点について、画期的な作品です。

1)ショパンは、(それほど指摘されていませんが)、

シューベルトを大変に尊敬し、随分詳しく研究していました。

ピアノソナタ「変ロ長調D・960」は、1828年(シューベルトの没年)に作曲され、

出版されたのは、なんと10年後の1838年です。

その3年後に発表されたショパンの「バラード第3番」は、

シューベルトのこのソナタの構成から、大変大きな影響を受けています。

おそらく、ショパンは、出版楽譜を研究したはずです。

それが、ショパンの最後の大きな作品「幻想ポロネーズ」に繋がっていくのです。


★2)シューベルトのこのソナタは、ピアノという楽器を超越し、

弦楽四重奏、あるいはオーケストラのような響きや発想で作曲されています。

ピアニストは、同時期のシューベルトの室内楽曲を研究すると、

ピアノでどのように対位法、リズム、音色を表現したらいいか、参考になるはずです。


★というわけで、シューベルト最後の大きな室内楽作品である

「弦楽五重奏曲D.956」を聴きたくなり、CDショップに出掛けました。

そこで、なんという出会いでしょう。

「ベルリン・ブランディス弦楽四重奏団」と

チェロのイェルク・バウマンによるこの曲のCDを見つけてしまいました。


★正直申し上げまして、いままで、あまりきちんと理解していなかったのですが、

この名演を聴くことにより、霧が晴れるように、この曲とシューベルト晩年の作風、

それがいかに、シューマン、ショパン、ブラームスを通し、

ドイツとフランス音楽の滋養の根幹となっていったか、よく分かりました。


★このCDは、まだ絶版になっておりませんので、是非お聴きください。

CD番号:≪WPCS22047テレフンケン・トレジャーズ ワーナーミュージック・ジャパン≫。

「ブランディス弦楽四重奏団」は、

ベルリンフィルの第1コンサートマスターのトーマス・ブランディス(第1ヴァイオリン)、

ペーター・ブレム(第2ヴァイオリン)、

ヴィルフリート・シュトレーレ(ヴィオラ)、

ヴォルフガング・ベッチャー(チェロ)の名匠ぞろいです。

ベッチャー先生は、誤って「ベットヒャー」と記述されています。

さらに、チェロのイェルク・バウマンが加わっての五重奏です。

バウマンは、ベッチャー先生の後を継いで、ベルリンフィルの首席チェリストに

なられた方ですが、惜しくも既にお亡くなりになっています。

このCDの素晴らしい内容については、後ほど、ブログでお知らせいたします。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■ 世紀の名チェリスト ピアティゴルスキー ■■

2007-12-24 17:31:05 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/6/29(金)

★シューマンの「チェロ協奏曲」が聴きたくなり、

NAXOS・HISTORICALのGREAT CELLISTシリーズから、ピアティゴルスキーの

「協奏曲&アンコール集」(ADD 8-11069)を購入しました。

(シューマンの協奏曲は、1934年にバルビローリ指揮ロンドンフィルで録音)

すべてが、飛び切りの名演集です。

CDを聴き終わりますと、もう一度、最初から聴き直したくなります。

このようなことは、本当に久しぶりです。

シュナイダーハンとケンプのべートーベン「スプリング・ソナタ」以来です。

本人へのインタビューを基にした英文の解説が秀逸ですので、ご紹介します。

(それに比べ、一般論ですが、日本のCDの解説は、中身が薄いですね。)


★ピアティゴルスキーは、残念なことに、あまり日本では、知られていません。

レコーディングもあまりなされていないようです。

しかし「間違いなく、カザルス以来、私が聴いた最高のチェリスト」と、

ルービンシュタインが評したことが、すべてを語っています。


★1903年4月、グレゴール・ピアティゴルスキーは、ウクライナで生まれました。

バイオリニストの父から、最初はピアノとバイオリンを習いました。

1910年、ヴィクトール・クバツキーのチェロを聴き、殴られるような感動を覚えました。

(ショスタコービッチは後年、クバツキーのためにチェロソナタを書いています)

7歳の誕生日、チェロをプレゼントされ、急速に技法を習得します。

モスクワ音楽院などで勉強した後、16歳の1919年、

ボリショイ・オペラ・オーケストラの首席演奏者となります。

そこで、シャリアピンなど名歌手とも共演します。

シャリアピンは「グリーシャ!、君はチェロで大変うまく“歌う”が、

もっと“語る”ことをチェロでやったほうがいい」と言ったそうです。


★ソ連では、チェロをさらに学ぶことも、海外公演も許されなかったため、

1921年、ポーランドへ逃げます。

チェロを肩に担ぎ、家畜のトラックを乗り継ぎ、国境線を歩いて渡ろうとしました。

その時、二人の兵隊が、バン、バン、バンと、いきなり鉄砲を撃ってきました。

彼は、恐ろしく肥った(awfully fat)女性のオペラ歌手と、一緒に逃げていました。

バン、バンという銃声を聞いた途端、「彼女は、飛び上がって私の背中に抱きつき、

太い腕を首にキュッと巻き付けました・・・“ my cello is no more  ”」。


★ワルシャワのホテルでチェロを弾くことから始め、

ライプチッヒで、ユリウス・クレンゲルに学びます。

(ベッチャー先生は、バッハのチェロ組曲を勉強する場合、原典以外に、

クレンゲル版も参照するように、とおっしゃています)

しかし、彼のライバルである「エマヌエル・フォイヤーマン」の演奏を聴くことで、

もっと、たくさんのことを、学んだそうです。

(フォイヤーマンは、斉藤秀雄の先生です)

1923年、ベルリンで、シュナーベルに助けられ、シェーンベルク「Piero lunaire」を演奏します。


★1924年、フルトヴェングラーによって、ベルリンフィルの首席チェリストに任命されます。

≪フルトヴェングラーは興奮すると、唾を飛ばすので、首席チェロの上に降ってくる。

ピアティゴルスキーは、さっと傘を広げた≫とは、ベッチャー先生の楽しいご冗談。

1929年まで首席を務め、その後、シュナーベル、フレッシュとトリオを組みます。

その他にも、ミルシュティン、ホロビッツともトリオを。

1931年、ルービンシュタインと出会い、「カザルス以来、最高のチェリスト」と評されます。

1930年代を通じて、彼の名声が高まります。

1940年代は、アメリカを本拠とし、42年に市民権を取得します。

1949年、ルービンシュタイン、ハイフェッツ、ピアティゴルスキーのよる

いわゆる≪100万ドルトリオ≫が結成されます。

教育の面でも、カーティス音楽院や南カリフォルニア大で教えます。

1962、66年には、チャイコフスキーコンクールの審査員として、モスクワに里帰りしています。

1976年8月、ロサンジェルス近郊で永眠、73歳。

彼が保有していたストラディバリのうち、「ロード・アイレスフォード」という名器は、

現在、ヤーノシュ・シュタルケルに引き継がれています。


★シューマンのチェロ協奏曲は、ピアティゴルスキーが、戦前に録音した

唯一の協奏曲で、カデンツァも、彼の作です。

音の輝き、技巧が縦横に発揮されています。

録音器がまだ回っている時、オーケストラのオーボエ奏者が、感動して

“ブラボー”と叫んでしまったそうです。


★アンコール集は、名人芸より、音色やフレージングを聴かせるよう選曲されています。

ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は、かつてヴォリショイ・オペラで同僚だった

アントニーナ・ネズドノーヴァのために書かれた曲です。


★アンコール集のなかに、シューベルトの「楽興の時」D.780ヘ短調Op94の3が、あります。

この原曲は、有名なピアノ曲です。

ピアティゴルスキーは、思わず踊りだしたくなるような舞曲として、演奏しています。

このように見事なリズムで、この曲が演奏されるのを聴くのは、初めてです。

ピアノを弾く上で大変、参考になります。

シューベルトは、バイオリンや弦楽器を知り尽くしており、家族で弦楽合奏をしていました。

案外、このピアノ曲は弦楽器的な発想も、含まれているかもしれませんね。

是非、お聴きになることをお薦めします。



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■■ ルービンシュタインの名演をDVDで見る ■■

2007-12-24 17:29:51 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/3/15(木)

★ピアノのルービンシュタイン、バイオリンのハイフェッツ、チェロのピアティゴルスキーの演奏を録画した

EMIクラッシック・アーカイブシリーズを観ました。

「100万ドルトリオの名演奏」と日本語で宣伝してありますが、3人でのトリオの演奏は一曲もなく、

収録曲は、ベートーベンのピアノ協奏曲第4番、メンデルスゾーンのバイオリン協奏曲、

ウォルトンのチェロ協奏曲、あとは小品です。


★ピアノ協奏曲は、アルトゥール・ルービンシュタイン(1887~1982)が75歳の1967年、

ロンドン・ロイヤルフェスティバルホールでの録音です。

“年齢を全く感じさせない”という陳腐な表現だけでなく、

“人間として最も美しい歳のとりかた”が伝わる演奏でした。

彼が、自分で鍛え抜いた「手」の美しさに惚れ惚れとしました。

指の付け根の関節は、筋肉で大きく盛り上がっていますが、決して、

ゴツゴツした感じではなく、優雅ですらあります。

私がいままで拝見しました手で、一番美しいと思ったのは、ショパンの手ですが、

これは、ピアニストというより、創作する作曲家の手、というイメージが強いです。

ピアニストの手では、断然、ルービンシュタインです。


★以前、尊敬する歌舞伎の中村富十郎さんの腕の筋肉を、直接、触らせていただいたことがあります。

硬さは全くなく、柔らかく弾力がありました。

日本舞踊などで、瞬間的に強い力を出すために鍛え上げられた筋肉は、

普段は柔らかいものだと、分かりました。

おそらく、ルービンシュタインもそうだと思います。

また、顔の表情も興味深いものがありました。

舞台袖から、オーケストラの団員の間を縫って、ピアノに辿り着くまでの、

緊張して引き締まった顔。

背筋をすっくと伸ばし、鍵盤に向かう表情、

弾き終わった後の、大きな仕事を成し終えた安堵感。

まさに千両役者です。

残念ながら、ルービンシュタインの実演は見たことがなく、

想像するだけでしたが、映像で体験でき、とても幸せです。


★文楽の名人・故吉田玉男さんも、人形の動きとは全く関係なく、

いつも背筋をシャンと伸ばし、

どんな場面でも、顔色ひとつ変えていらっしゃいませんでした。

彼の遣う大星由良之助の人間的な奥行きの深さ、と一脈通じるかもしれません。

晩年、玉男さんの「忠臣蔵」全幕を、通しで観ることができたのはとても幸運でした。


★ベートーベンの4番は、コンチェルトのなかでは、私も最も好きな曲ですが、

「アポロ的」などとレッテルを貼られ、なんだか肩の凝る縮こまった演奏があるようです。

ルービンシュタインは、こだわることなく、おおらかに大きく羽ばたいております。

皆様もこの演奏をお聴きになりますと、

“音楽とはなんと楽しいものでしょう”とお感じになることと思います。


★このDVDには、ボーナスとして、ショパン・ポロネーズ変イ長調「英雄」が入っております。

これは、1年後の1968年に、同じホールでの録画です。

これだけでも、このDVDを購入する価値があります。

あまりに有名で、通俗的なイメージが定着しておりますが、

演奏によって、かくも変わるものか、と思いました。

軍馬のどよめきがヒタヒタと押し寄せ、眼前に迫るようです。

兵隊たちの高揚した感情まで伝わってきます。

ショパンの醍醐味です。

ドラクロアの絵画でも見ているかのようです。

ルービンシュタインには、ブラームスのピアノ五重奏の歴史的な超名演がありますが、

室内楽の抽象的な世界も、ショパンの活き活きとした絵画的世界も、難なく描き出せます。

本当にオールマイティなピアニストです。



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■ 「くるみ割り人形」のピアノ独奏用編曲について ■

2007-12-24 17:27:34 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2007/2/23(金)

★昨日は作曲をしなければいけないのに、一日中、シューベルトを弾いて楽しんでしまいました。

音楽の楽しみは、聴くだけでなく、ピアノを自分で味わいながら演奏することにもあるのですね。

(ピアノを弾けない方は、ごめんなさい)

特にピアノ曲ではないオーケストラなどの名曲を、

ピアノ独奏や連弾に編曲したものを弾くのは、もう一つの楽しみでもあります。


★アメリカのシャーマー(Schirmer)社から出版されているチャイコフスキー(1840~1893)の

バレー組曲「くるみ割り人形」、Stepan Esipoff編曲のピアノ独奏版は、とてもいい編曲です。

難しい技巧を必要とせず、初見で気楽に弾けるわりには、

ピアノの音が無理なく響きます。

このブログでは、大作曲家が編曲した名曲について、何回か書きました。

大作曲家の編曲は、過去の名曲を自分の栄養にしようとする、強い意志を感じます。

さらに、作曲家の個性が色濃くにじんでいます。

バッハの編曲したマルチェッロや、シェーンベルク編曲のヨハン・シュトラウスがそのいい例です。

Esipoff版は、質は落とさず、だれでも名曲を気楽に弾いて楽しめるよう編曲されています。

大作曲家は自分のために、このEsipoffさんは、音楽愛好家のために編曲したのだ、と思います。


★Esipoff版は、有名な「金平糖の踊り」「ロシアの踊りTrepak」「中国の踊り」

「葦笛の踊り」「花のワルツ」など全8曲から成ります。

「くるみ割り人形」のピアノ編曲はこれまで、いくつか見たことがありますが、

どれも、妙に難し過ぎたり、あるいは、単純過ぎたり、

オーケストラの音の要約が、うまくいっていなかったりで、

すべて、いまひとつでした。

そういう訳で、この編曲がお薦めです。

お値段も1400円前後と、お手頃です。


★ピアノのレッスンで、映画音楽や甘ったるい流行曲に手を染めるより、

このような曲をお使いになることを、強くお薦めいたします。

生徒さんが、オーケストラやバレーにも興味を示すきっかけにもなることでしょう。

どこかで聴いた美しいメロディーを、自分で表現できることは、大変にうれしいことです。

是非、発表会でもお使いください。


★私は、小さい頃、樫山文枝さんの朗読が入った「くるみ割り人形」のレコードが大好きでした。

昔の横長のステレオを前に、母は針仕事、私は桑の木でできた裁縫箱を開け、

色とりどりのマチ針を並べ替えたり、余ったボタンでオハジキ遊びをしながら、

チャイコフスキーを聴いていたのを、懐かしく思い出します。

私のコンサートで、朗読を挿入するのも、そんな幼児体験があったからかもしれませんね。


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■■ やさしい連弾曲集のご紹介 ■■

2007-12-24 17:26:25 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2006/11/30(木)

★こどものピアノ連弾曲集≪ふたりのピアノ≫は、私の恩師の故内田勝人先生が作曲されました。

全5巻で、しばらく品切れになっておりましたが、今回、1、2巻からの選集が、

一冊の曲集として再刊されました。

イラストは、お嬢さんの内田芳野さんです。


★バイエルを習い始めたお子さんは、ピアノの先生に伴奏していただきながら、

きれいな曲を弾くことが大好きです。

この曲集では、すべて指くぐりをすることがなく、弾くことができます。

バイエルの前半の生徒さんの併用曲として最適です。

「きりんさん」「あのね」「ジュース」「そよふくかぜさん」「ロケット」

「こねこと ねずみの ひるさがり」などの題名で、メロディーには、

かわいらしい歌詞もついており、弾きながら歌うことも楽しめます。

正確なテンポを取ることは、大切なことです。

先生の正しいテンポに、子供が無理なく合わせられるので、ソルフェージュの導入にもなります。

お稽古を始めて間もないお子さまに、おいしいオヤツのようなこのすばらしい曲集をお使いください。


★こどものピアノ連弾曲集 ≪ふたりのピアノ≫ 内田勝人(まさと)作曲、内田芳野・絵

音楽之友社刊 ¥1600+税



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■「 東北(とうぼく)への路」のDVDが完成しました 」■

2007-12-24 17:25:17 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など

2006/9/15(金)

★9月18日は敬老の日です。

芭蕉が「奥の細道」を歩きました317年前、1689年(元禄2年)の9月18日は、旧暦で8月5日です。

ちょうど、旅も終わりに近づき、山中温泉で疲れを癒していたころです。

『石山の 石より白し 秋の風』も、山中温泉近くの那谷寺(なたでら)で書かれました。

旅の終わりは、新暦で10月20日ですから、あと1ヶ月あまり、芭蕉は旅を続けました。

ことし(2006年)7月1日に、小石川・傳通院で開きました個展コンサート、

「東北(とうぼく)への路」~松尾芭蕉「奥の細道」に寄せて~のDVDが完成いたしました。

傳通院のご本尊様をバックにした、幽玄な舞台です。

最上川舟歌を絶唱された神谷光子さんの鋼鉄のような声、

10弦ギターの斎藤明子、7弦ギターの尾尻雅弘ご夫妻によるギターの可能性を広げた熱演、

昔から伝わる伝統楽器の楽琵琶と龍笛で、その深い音楽性を発揮された八木千暁さん。

昼神さんと、島田さんの斬新で美しいドレス。

もう一度、ご家庭で“再演”したいと思われる方は、平凡社出版販売でお求めになれます。

ちなみに、芭蕉が奥の細道を旅した14年後、旧暦の元禄15年12月14日(新暦1703年1月30日夜)

「赤穂浪士討ち入り」がありました。

井原西鶴、近松門左衛門が活躍した時代でもあります。




【付録】

 ★「国宝 風神雷神図屏風」展に行ってきました。

「宗達」・「光琳」・「抱一」の風神雷神を、同時に観て、比較することができます。

特に、宗達の「風神雷神」の抜きん出た迫力、完成度。

この屏風をしゃがんで低い位置から観ますと、よけいに真価が分ります。

畳に座った位置です。

精神があらゆる桎梏から解き放たれ、全細胞が甦ったような清々しさ、心地良さ。

「宗達」の実物を見る機会は、今回を逃しましたら、もうないかもしれません。

3作品が揃うのは66年ぶりといいます。

「抱一」は、「宗達」の実物を見たことがなかったそうです。

存在すら知らなかったかもしれません。

「宗達」を“発見”したのは100年後の「光琳」。

まさに、天才だけが「宝の在り処(天才)」が分る、という喩え話の通りです。

バッハの「マタイ受難曲」を、メンデルスゾーンが、初演から100年後に再演したように。

場所は、皇居のお堀端にある「出光美術館」です。

GHQ本部のあった日比谷・第一生命の隣、帝劇ビル9Fです。

10月1日まで無休、午後7時まで。入場料¥1000。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲

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■ ヴォルフガング・ベッチャーの「荒城の月」を聴く ■

2007-12-24 17:24:00 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2006/9/11(月)

★ 9月3日、チェリスト「ヴォルフガング・ベッチャー リサイタル」を

神奈川県・葉山町文化会館で聴きました。

ベッチャー先生は、8月に来日され、草津音楽祭で、コンチェルト、室内楽、

チェロのマスタークラスなどで大忙しでした。

9月に入ってから大阪、都内でリサイタルをされ、3日の葉山は最後のリサイタルでした。

アンコールで、私の編曲「荒城の月」を、演奏していただきました。

数年前に、この「荒城の月」を演奏されたときは、“ドイツ訛り”の荒城の月でした。

2年前の王子ホールでは、すっかり手の内に入り、情熱的で心に迫ってくる名演でした。

ところが、今回はどうでしょう。

まるで、日本のお能の一風景のような演奏でした。

風にそよぐススキの向こうに、月が侘しくぼんやりと浮かんでいます。

荒涼とした幻想的な風景が浮かび上がってきました。

音も押さえ気味で、一見地味に聴こえます。

しかし、よく観察しますと、チェロの秘術を尽くしているのが分りました。

まるで、名女優・杉村春子さんのお辞儀を見ているようでした。

何気ないお辞儀の動作の中に、首の角度、手の配置、眼差し、腰の微妙な浮かせ方などが

絶妙にコントロールされ、一つの動作が生まれている。

そして、その動作があまりに自然なため、技の極地であることが気付かれない。

ベッチャー先生も、弓の角度、弦に弓を置く位置、力の入れ方など精緻を極めた演奏でした。

ドイツ人である先生が、日本の曲をここまで弾き込まれるとは思いませんでした。

「枯淡の境地」という言葉に近いかもしれません。

逆にいいますと、音楽を本当に理解している聴き手ではないと、このような演奏は、

日本人であっても良さを感じ取ることは難しいでしょう。

前回の演奏ですと、ブラボーが飛ぶこともありえますが、

今回はそのような見掛けの興奮とは縁遠い静謐な世界でした。

コンサート後、楽屋にお尋ねしますと、先生は「オー、コンポーザー」といって飛んで来て

くださいました。

演奏の感想を求められ、私は「“日本の月”を観ました」とお答えしました。



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●テオ・アンゲロプロス監督「ユリシーズの瞳」

2007-12-24 17:22:27 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2006/5/13(土)

★私にとってこの映画は終生忘れられない映画、最高の名画です。

1995年製作、96年に日本で上映されてから、その後はごく稀にしか映画館に懸からなかったと思います。

しかし、この映画の1シーン、1シーンがこの10年間、絶えず“瞼の劇場”に甦っていました。

何百回、いやそれ以上かもしれません。

脳裏に焼き付いているのです。

この名画が、新設されたばかりの映画館で上映されます。

料金はわずか1000円です。

「ユリシーズの瞳」 ギリシア語の原題は「オデュッセウスのまなざし」、英語の題は「ULYSEES'GAZE」、

仏語の題は「LE REGARD D'ULYSSE」。

ストーリーは、さほど重要ではないかもしれません。

あってないようなものと言っていいかもしれません。

イメージの喚起力が素晴らしいのです。

現代の米国人映画監督「A」が主人公。

20世紀初頭にドキュメンタリー映画をバルカン半島で初めて創ったという「マナキス兄弟」の軌跡と

映像を求め、ホメロスの叙事詩さながらにバルカン半島を縦横に彷徨します。

北はドナウ川、南は地中海、東はエーゲ海、西はアドリア海とイオニア海に囲まれた半島です。

それでも日本の国土の1.3倍の広さ。

陽炎の彼方に、青い帆舟がゆっくりと走る北ギリシャの港街「テサロニキ」から、アルバニア、

マケドニアの「スコピエ」、ルーマニアの「ブカレスト」、「ベオグラード」、そして最後は

ボスニア・ヘルツェゴヴィナの戦火・虐殺の町「サラエボ」に。

夜汽車で、車、徒歩、舟で・・・

ホメロス「オデュッセイア」の主人公ユリシーズと同じように、「A」は4人の女と邂逅します。

サラエボに向かう舟旅では、第一次大戦で死んだ兵士の未亡人である若い女と出会います。

時間を越えた幻想の世界です。溜息の出るような美しい映像です。

終着点「サラエボ」。血みどろの内戦、殺し合いで原型をとどめない無残な建物ばかり。

通りを横切るのも命懸け。狙撃兵の銃弾が音もなく頬をかすめる。

人間のもつ憎しみ、残酷さ、愚かさは、どこまで行けば気が済むのでしょうか・・・

崩れ落ちた街を見せられる観客は、救いようのない思いに襲われます。

「A」はこの街で、「マナキス兄弟」の未現像フィルムをもつ映画博物館長に出会います。

館長はその現像に成功します。

そのとき、「霧が来た」という喜びの声が音楽とともに外から聞こえます。

喜び勇んで一家そろって外に出ます。霧が降りると視界はゼロ、敵を狙うことができず“自然休戦”に。

腹いっぱい空気を吸い、川辺をくつろいで散歩する館長一家と「A」。

童謡を歌いながら手をつないでどんどん先に行く孫たち。「雪の下からもう草が芽を出しているよ!」。

ギーと車の止まる音。バタン、ドアが閉まる。

「何があっても動くな!」と「A」に言い残し、血相を変えて孫たちの方に走る館長。

「散歩してるだけですよ」

“敵”の太い声「神も結構、間違いをなさるのだ。子供からだ」

館長の妻の金切り声「孫を放して、お願い」。

子供の名前を叫ぶ声、悲鳴、バンバンバンバン 銃声。

太い声「川に放り込め!」。

「いつもこうなるのさ。神の間違いさ。お創りになった以上、お返しするほかない」と鼻歌まじり。

ドアを閉め、エンジンを掛け、遠ざかる車の音。

血も凍るこのシーンは、すべて乳白色の霧しか画面に映っていません。

聞こえるのは声のみ。究極の映像です。

見た人の脳裏から終生消え去らないでしょう。

これに匹敵するのはアンリ・コルピHenri Colpi監督「かくも長き不在」

UNE AUSSI LONGUE ABSENCEの最後のシーンぐらいと思います。

AUSSIが効いています。

コルピ監督と主演の大女優アリダ・ヴァリが二人とも、ことし亡くなりましたね。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

上映は、4月に東京の下町・北千住に開館した「東京芸術センター」2階の
『シネマ ブルースタジオ』。料金1000円。

粋な映画館が誕生しました。

★「ユリシーズの瞳」は、5/31(水)-6/13(火)11:00/14:45/18:30~21:30

嬉しいことに、続いて、アンゲロブロスの最近作
★「エレニの旅」 6/14(水)-6/27(火)11:00/14:45/18:30~21:20も上映します。

★懐かしいジャン・リュック・ゴダール監督の
「ウイークエンド」は、5/17(水)-5/30(火)13:30/16:00/18:30~20:15

北千住は庶民的で面白い町です。
「東京芸術センター」は駅西口の旧日光街道近くに今春、完成しました。

20数階建ての超高層ビルで遠くから目立ちます。

駅から徒歩5分。

建物は、足立区が、旧区役所の土地を、定期借地権で民間に貸与、その土地に立てられた建物の一部を、

区が必要に応じて、借り上げる方式だそうです。

21・22階に多目的劇場(ホール)があり、ホールの両側から青空が見える“天空劇場”だそうです。

「ベヒシュタイン」と「プレイエル」のフルコンサートピアノを備えています。

どこにでもある有名なスタインウェーではないところが洒落ています。

「黒澤明塾(9月開講)」や本格的撮影スタジオ「ホワイトスタジオ」もあるそうです。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■能「竹生島」を観る ■

2007-12-24 17:21:01 | ★旧・感動のCD、論文,演奏会など
2006/2/20(月)

★昨年暮れに、お能の小さな発表会で「竹生島」に参加させて頂きました。
一度本物を観ようと軽い気持ちで国立能楽堂の定例公演に出掛けました。
2月17日金曜日です。
お能の世界にも最近はスターが現れ、追っかけをする方もいらっしゃるようですが、この公演は、中堅の実力派がそろった素晴らしい公演でした。

 お能が終わった瞬間、観客席から「ホー」という溜息が漏れ、「よかったわね・・・」という感嘆の声が、お能の観巧者、あるいは初心者と見受けられるような方からも、自然に湧き上がっていました。

 この理由は一重に、能の演者(シテ、ワキ、ツレなど)、囃子方(笛、小鼓、大鼓、太鼓)、地謡(8人で構成)の三者が、「舞い」「音楽」「演劇」を、一つのまとまった芸術空間として創出させることに成功したからにほかなりません。
そのどの一つでも緊張感に欠けますと、たちまち、お能の求める世界が雲散霧消してしまいます。
特に、地謡が充実しているお能は質が高くなります。

 竹生島に祭られている弁財天の「天女の舞」や、竜神の「舞働」では、演者とともに、聴いている私たちが知らず知らずに体を動かし、共に舞っているかのような心地良さを味わいました。
お能の醍醐味はこれです。

 中入りの時に、社人(アイ)がワキに宝物を見せ、竹生島に伝わる神秘的な岩飛びをして見せますが、それを演じた茂山千之丞さん(1923年生)の科白の聞きやすさ、鍛え抜かれた立ち姿、振る舞いの美しさはまさに至芸でした。
日本語を喋ることが音楽そのものにほとんどなっています。日本語が本来もっている自然なリズム感を芸術にまで高めています。

 昨今のオリンピックのテーマ音楽のような日本語のリズムとはかけ離れ、イントネーションを無視し、英語をただ真似たような醜い日本語には耳を塞ぎたくなりますね。

 シテ(竜神)寺井 栄さん、ツレ(弁財天)坂井音晴さん、太鼓の徳田宗久さんは特に健闘されました。また、地謡には、わが師の浅見重好先生、藤波重孝先生が出演されていました。
 
 もちろん、茂山千之丞さんはスターです。
しかし、一部のスターに見られるようにあちこち、掛け持ちで忙しく、ここ一番の舞台に賭ける気迫に薄い場合も散見されるようです。
このように熱い舞台を観ますと、観客としても小雪混じりの冬空の中を、手をかじかませながらわざわざ出掛けた甲斐があるというものです。


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