音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ ベルリンでのコンサートのアンコールは「荒城の月幻想」 ■

2009-06-28 01:31:22 | ■私の作品について■
■ ベルリンでのコンサートのアンコールは「荒城の月幻想」 ■
                   09.6.28   中村洋子


★本日、ベッチャー先生から、お便りが届きました。

20日、お姉様のウルズラ・トレーデーベッチャーさんと一緒に、

演奏されたベルリンの KULTURSCHEUNE MUTTER FOURAGE 

コンサートは、「 Again your music moved the audience ! 

It is a rather small place, but a wounderfull atomospher. 」

(また、あなたの音楽が、聴く人たちを感動させました。

少し、小さいところでしたが、素晴らしい雰囲気でした)

と、書かれていました。


★会場で配られましたプログラムも、同封されていました。

   PROGRAM

Ludwig van Beethoven (1770-1827) Sonate F-Dur.op.5 Nr.1

Ⅰ.Adagio sostenuto - Allegro

Ⅱ.Rondo, Allegro vivace
       

Yoko Nakamura (Japan) 1.Suite fuer Violoncello solo

Ⅰ.Festlicher Gesang im Schneeland

Ⅱ. Der Berg lacht im ersten Fruehlingstag

Ⅲ.Ich vermisse den Fruehling, der uns verlaesst

Ⅳ. Morgengebet des Holzfaellers in den Bergen

Ⅴ.Lied der Reispflanzer - Nieselregen im Fruesommer

- Lied der Reispflanzer

Ⅵ.Eine feine Brise weht in den Reispflanzen


PAUSE


Robert Schumann (1810-1856) 3 Phantasiestuecke op.73

Ⅰ.Zart und mit Ausdruck

Ⅱ.Lebhaft Leicht

Ⅲ.Rasch und mit Feuer


Benjamin Britten (1913-1976) Sonate in C,op.65

Ⅰ.Dialogo Allegro

Ⅱ.Scherzo - pizzicato. Allegretto

Ⅲ.Elegia.Lento

Ⅳ.Marcia.Energico

Ⅴ.Moto perprtuo.Presto


★とても嬉しいことに、アンコール Zugabe で、

私の作品、チェロとピアノの二重奏曲「荒城の月幻想」

「 Fantasy on Kojo no Tsuki for violoncello and piano 」を、

弾いてくださったそうです。

作曲家冥利に尽きます。


★この二重奏は、昨年もオスナブリュックで、

ベッチャー先生と、ローランド・プレル Roland Proell 先生の

pianoで、演奏されています。

また、「荒城の月幻想」三重奏版は、ベッチャー先生と、

妹のマリアンネ・ベッチャーさん Marianne Boettcher の violin 、

ウルズラ・トレーデさんの piano で、

昨年、グリニッケ城で、演奏されています。

日本では、ベッチャー先生と、サシコ・ガブリロフ先生 

Saschko Gawriloff の violin 、

フェレンツ・ボーグナー先生 Ferenc Bognár の piano で、

演奏されています。


★先生は、これから、とてもお忙しいそうです。

バーデン・バーデンで、コルンゴルトの「チェロ協奏曲」を弾き、

リヒャルト・シュトラウスの「ソナタ」を、ファドゥーツで弾き、

そして、「特に、あなたのチェロ組曲 2番と 3番の勉強・・・」。


★バーデンバーデンは、ドイツ最南部にあり、

温泉で有名な、観光保養都市です。

ベッチャー先生は、毎年この街で、

世界から集まった学生のための、

マスタークラスを、開催されています。


★エーリヒ・ヴォルフガング・コルンゴルト

Erich Wolfgang Korngold (1897~1957)は、

オーストリアと、アメリカで活躍した作曲家です。

ユダヤ系で、ナチスの迫害でアメリカに、

亡命を、余儀なくされました。

ハリウッドでの映画音楽で、有名となりましたが、

近年、映画音楽以外の作品も、再評価されています。


★ファドゥーツは、リヒテンシュタインの首都で、

先生は、ここでも、マスタークラスとコンサートを開かれます。

リヒャルト・シュトラウス Richard Strauss(1864~1949)の

「チェロソナタ ヘ長調 作品 6」は、1880~83年 の作品。

ショパンが、「エチュード Op.10」を、

20歳前後で書いたのと同様、この曲は、

シュトラウスの16~19歳の作品。

3楽章から成る、堂々としたソナタで、

天才の早熟ぶりが、うかがわれます。

第1楽章の、保続音を伴った半音階の和声進行では、

シューマンの和声が、遠くから響いてきます。


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■■ ピアノの楽譜を選ぶ際、基準をどこに置くか? ■■

2009-06-27 00:03:30 | ■私のアナリーゼ講座■
■■ ピアノの楽譜を選ぶ際、基準をどこに置くか? ■■
                       09.6.27 中村洋子


★一昨日、ご紹介いたしました Alfred Cortot 

アルフレッド・コルトーの校訂した

ブラームスの 「3つの間奏曲 Drei Intermezzi Op.117」

「 Edizioni Curci-Milano 」社(クルチ社)は、

大変に、すぐれた楽譜です。

その理由は、二つあります。


★一つは、コルトーの校訂の素晴らしさです。

もう一つは、コルトーが書きました解説が、

(おそらく母国語のフランス語が、原文であると思いますが)、

フランス語と、イタリア語(クルチ社がある国)、さらに、

英語の3種類で、並べて、掲載されていることです。


★一般的には、英語が読みやすいと思いますが、

細かいニュアンスや、原文の味わいを知りたい時には、

気になる箇所だけ、フランス語で調べることも、できます。

これは、行き届いた配慮であると、思います。


★楽譜を、購入する際の基準として、このような編集姿勢の、

楽譜を選ぶことが、とても、大切です。


★なぜ、そのようなことを申しますか、といいますと、

日本の一部の「ライセンス楽譜」は、

解説が、「日本語」しかなく、校訂者の原文が、

どのようなものであり、それが、どのように

日本語に訳されたのか、

さっぱり、分からないものがあるからです。


★そのような楽譜を、購入しますと、

いまひとつ日本語の意味が、よく分からなかったり、

曖昧な表現に行き当たることが、よくあります。

そうしますと、もう一度、原著の輸入楽譜を、

買わざるを得ない、ことになります。

そのようなライセンス楽譜に限って、明らかに、

誤訳が存在していることが、あります。


★逆に、日本のライセンス楽譜でも、ドイツ語、

英語、日本語などが、きちんと、並べられているものは、

日本語も、安心して読めるものが、多いものです。

訳者が自信をもって、世に問うという姿勢が、うかがわれます。


★ラフマニノフの「ヴォカリーズ」を、このブログで、

取り上げました際、≪作曲家の母語が何語であるか≫を知り、

≪その母語で書かれた歌曲を知ること≫が、

その作曲家を知ることでもある、と書きました。

コルトーのような巨匠が、校訂者である場合、彼が、

どのような言葉を使って、彼の思想を伝えようとしたか、

辞書を引きながら、直接読む、ということは、楽しいことです。


★一つの単語を、辞書で引くだけで、その言葉のもつ、

さまざまなイメージが、喚起されます。

例えば、シューベルト Schubertの「冬の旅」の、

第5曲「菩提樹」での、有名な句、

「 Und seine Zweige rauschten 」

「すると、菩提樹の枝がざわめいた」、

「 Und immer hoer' ich's rauschen 」

「そして いつも、あのざわめきが聞こえる」に、あります

「 rauschen 」という動詞は、日本語訳だけを読みますと、

木の葉のざわめきしか、イメージできません。


★しかし、この「 rauschen 」という語は、木だけでなく、

小川や風などが、波立つように、音を立てている様を、

表現しています。

ドイツ人のお友達に「 rauschen 」という語について、

うかがいましたら、木の枝のざわめきではなく、

≪“ザワザワザワ”と、湖や海が波立つ≫、

そのようなイメージが、真っ先に、思い浮かぶそうです。

日本語のザワザワからは、そこまでのイメージは、広がりません。

さらに、奥深く、理解できます。


★例として、詩を上げましたが、楽譜の解説の話に戻りますと、

コルトーのような巨匠が、全霊を傾けて書いた解説を、

その原語で、一語一語調べるだけでも、

伝えたかったイメージが、豊かに、明確になってくると、思います。

そして、それが、演奏にもきっと、反映されることでしょう。


★それは、コルトーのような、巨匠の校訂版に限らず、

その他の、海外の優れた Urtext や、

校訂版楽譜の序文、脚注などの文章についても、

全く、同じことがいえると、思います。


★これは、私が楽譜を選ぶ際の、判断基準の一つです。



                       (雑草の花)
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■ 伝通院・納涼コンサートのお知らせ ■

2009-06-26 13:49:38 | ■ お薦めのコンサート ■
■ 伝通院・納涼コンサートのお知らせ ■
                 09.6.26    中村洋子


★ことしも、文京区小石川・「伝通院」で開催しております

≪伝通院・納涼コンサート≫ の季節となりました。

毎年、私が企画、出演させていただいております。

桜の古木が立ち並ぶ境内は、朝顔やほうずきの市が立ち、

浴衣姿のご家族連れで、昭和の時代に立ち返ったような、

和やかな雰囲気に、満たされます。


★伝通院は、家康の生母「於大(おだい)の方」の、

菩提寺で、由緒ある名刹です。

納涼コンサートは、本堂で開催いたします。

檜張りの床で、能舞台並みの、美しい音響が得られます。


★1時間少々の演奏会で、ギターの斎藤明子さん、

尾尻雅弘さんご夫妻、フルートの大保麗香さん、そして、

私が、チェンバロ演奏と解説をいたします。


★曲目は、バッハ「シチリアーノ」、ビゼー「カルメン組曲」、

ロドリーゴ「アランフェス協奏曲より」そして、

私の作品「刈り干し切り唄による主題と変奏」、

「荒城の月幻想」、「もがみ川」です。


★午後6時開演、午後5時より、入場整理券(無料)を、

先着順に、お配りいたします。

お近くにお住まいで、お時間がございましたら、

夕涼みのついでに、どうぞお出でかけください。

伝通院:東京都文京区小石川3丁目14-6


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■ Brahms 3つの間奏曲 Drei Intermezzi Op.117 の楽譜について■

2009-06-25 23:58:45 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■ブラームス Brahms 3つの間奏曲 Drei Intermezzi Op.117 の楽譜について■
09.6.25 中村洋子


★一昨日のブログで、書きました ルービンシュタインの CDには、

ブラームスの作品が、12曲、収録されています。

2曲を除き、残り10曲は、ルービンシュタインが、

84歳だった、1970年6月10日~12日にかけて、

ローマの RCAイタリアスタジオで、録音されています。

いままで、何歳の時の録音か、あまり、

気に留めていませんでしたが、

今回、CDのブックレットを見て、

その84歳というお年に、感嘆いたしました。


★一度、世に出た後、ひたむきな勉強をしないで、

大輪の花を、咲かせることなく、

蕾のまま萎れてしまう演奏家も、多いのですが、

ルービンシュタインは、年齢とともに、

さらに、輝きを増していった、

ということが、よく分かります。


★ルービンシュタインは、あるインタビューで、

「若いピアニストが上達する秘訣とは?」と聴かれ、

「毎日、バッハの平均律クラヴィーア曲集を練習すること」と、

答えています。


★ピアノの「マエストロ」といえば、アルフレッド・コルトー

Alfred Cortot も、忘れることができません。

私は、ブラームスの 3つの間奏曲 Drei Intermezzi Op.117

の校訂譜として、コルトーの版を、

ずいぶん、勉強いたしました。

出版社は「 Edizioni Curci-Milano 」社(クルチ社)です。

この出版社は、シュナーベル校訂の、

ベートーヴェンソナタ全集も、出しています。


★このコルトー版と、ヘンレ版のUrtext を比較しますと、

コルトー版は、ブラームスの自筆手稿譜(Autograph)を基に、

コルトーの校訂を、加えています。

ヘンレ版は、ブラームスの Handexempler(Auther'copy)を

基にしています。

このHandexemplerは、ベルリンのSimrock ジムロック社から、

ファーストエディションが、出版される折、

ブラームスが修正を加えた、ブラームス自身によるコピーです。


★ブラームス自身によって書かれた、

2種類の楽譜が、存在するのです。

一般的に、作曲家が版を重ねるごとに、手直しをすることは、

よくありますが、一番新しいものが、

優れているとは、言い切れない面があります。



★ベッチャー先生から、うかがった話ですが、

コダーイの「無伴奏チェロソナタ」は、第一版と、

後の版とでは、相違する点があるそうです。

シュタルケルが、コダーイの前で、第一版を演奏し、

「後の版と、どちらが正しいのか」と、

本人に直接、尋ねたそうです。

コダーイは、「It's OK」としか、いいませんでした。

それは、シュタルケルの演奏が、素晴らしかったので、

作曲家として納得した、ということなのでしょう。

質問には、答えてはいなかったようです。


★ブラームスの Drei Intermezzi に、話を戻しますと、

どちらがいいかは、別にして、

そのNo.2 について、両者を比較してみます。


★①=ブラームスの自筆手稿譜(Autograph)

 ②=ブラームスの Handexempler(Auther'copy)と、します。

22小節目で、

①には、フェルマータは記載されていない。
     
②には、P記号の直前に、上声と下声に、
       1つずつフェルマータが、記載されている。

42小節目で、

①には、crescendoのみ記載。
      
②は、3.5拍目の位置に、fが記載され、そのfの直前まで、
   crescendoが続いている。


84小節目の第1拍目、

①では、B♭/d♭/b♭ シ♭、レ♭、シ♭の和音。

②では、B♭/b♭ シ♭、シ♭のオクターブ。


★以上の3点が、大きな相違点です。

ずいぶんと、曲の表情が変わりますね。

両方弾いて、確かめてください。


   
                     (花梨の若い実)     
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■《第12回インヴェンション・アナリーゼ講座》のご案内~インヴェンションをどう暗譜するか~

2009-06-24 23:46:38 | ■私のアナリーゼ講座■
■《第12回インヴェンション・アナリーゼ講座》のご案内
    ~インヴェンションをどう暗譜するか~■
                   09.6.24   中村洋子



★第12回講座は、7月 28日(火)午前10 時~12 時30 分です。

「インヴェンション & シンフォニア12 番 イ長調 」を素材に、

バッハをどのように暗譜するか、お話いたします。

漫然と、反復練習して、≪ 曖昧に指先で覚える暗譜 ≫ではなく、

≪ 心と頭に、インヴェンションをゆるぎなく、

定着させる暗譜 ≫が、必要です。

そのような≪ 暗譜 ≫ができますと、

「本物」の音楽と、そうでない音楽とを、

判断する能力が、自然に身につきます。


★バッハの最高の演奏家であったアルベルト・シュヴァイツァーは、

次のように著書で、書いております。

≪作曲理論の知識が乏しい、平均的な音楽家が、

もし、本物の芸術と偽物の芸術とを、厳しく見分ける能力を、

もっていたならば、それは、まさに、

バッハのインヴェンションのお陰である、

ということができる。


★インヴェンションを、練習したことがある子どもは、

ピアノ習得のための、機械的な練習だったとしても、

多声部の作曲法を、既に身につけたといえる。

それは生涯、消えないものである。

それを習得した子どもは、どんな音楽に接しても、本能的に、

その音楽の中で、インヴェンションと同じように、

多声部が、巧みに見事に、織り込まれているかどうか、

探求するようになる。

多声部が、紡がれていない部分は、

貧困な音楽である、と感じるのである≫。


★この言葉を、単純化しますと、次のようになります。

≪子どもに限らず、大人でも、インヴェンションを学びさえすれば、

本物の芸術と偽物とを、区別できる能力が、自然に養われる。

そして、それは、終生、消え去らないのである≫。


★今回は、フーガの導入の観点からも、

インヴェンションとシンフォニアの12番を、分析いたします。

夏休みです。真夏の太陽のように明るく、

力に満ちた2声と3声の12 番をお楽しみください。

普段、バッハ・インヴェンション講座に、

参加することのできない生徒、学生の皆さまも、

是非、ご参加ください。


講師:中村 洋子
日時:2009 年 7月 28日(火)午前10 時~12 時30 分
会場:カワイ表参道 2F コンサートサロン「パウゼ」
会費:3000 円 (要予約)
参加ご予約・お問い合わせは カワイミュージックスクール表参道
Tel.03-3409-1958 omotesando@kawai.co.jp


講師:作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会、日本音楽著作権協会(JASRAC)の各会員。ピアノ、チェロ、ギター、声楽、雅楽、室内楽などの作品を発表。2003 年~05 年、アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で、新作を発表。自作品「無伴奏チェロ組曲」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『W.ベッチャー 日本を弾く』を07 年に発表する。このチェロ組曲やチェロアンサンブル作品がドイツ各地で演奏されている。08年9月、CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」とソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表。
 

★第13 回は、9月 29日(火)インヴェンション第13 番、
              シンフォニア第13番 イ短調。

★第14 回は、10月 29日(木)インヴェンション第14 番、
             シンフォニア第14 番 変ロ長調。

★第15 回は、12月 4日(金)インヴェンション第15 番、
             シンフォニア第15 番 ロ短調。


                   (ヒオウギズイセン・檜扇水仙の花)
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■「第11回インヴェンション」講座を開催、バッハの“小川”は、ブラームスからシェーンベルクに注ぐ■

2009-06-23 18:59:37 | ■私のアナリーゼ講座■
■「第11回インヴェンション」講座を開催、
     バッハの“ 小川 ”は、ブラームスからシェーンベルクに注ぐ■

                        09.6.23 中村洋子


4月中旬に、写真家・野町和嘉さんの「聖地巡礼」という写真展を、

ご紹介いたしましたが、野町さんから、お便りをいただきました。

「聖地巡礼」には、若い人たちがたくさん、見に来られ、

予想以上の反響と、手応えを、感じられたそうです。


★今後の予定は、「十数年ぶりにチベット文化圏へ行き、

チベットの精神性を、時間を掛けて、広範囲に見て来たい」

と、おっしゃっています。

「生きる」ということはどういうことか、思わず居ずまいを正し、

考え直させられるような、鮮烈な写真が、

また、届けられることでしょう。

楽しみですね。


★きょうは、カワイ「第11回インヴェンション」講座を、開催しました。

毎回ご出席される方のみならず、このブログをご覧になって、

参加された方も、多数いらっしゃいました。

ピアノを教えていらっしゃる方が、とても多く、

野町さんが、若い人の参加に、手応えを感じられたように、

私も、その先生方が、若い生徒さんたちに、

バッハの音楽がもっている≪本当の力と魅力≫とを、

伝えていただければと、いつも、思っております。


★きょうは、「バッハとブラームス」というテーマでも、お話をしました。

ブラームスが、最も影響を受けたのは、シューマンですが、

そのシューマンが好んだ、長調の

「Ⅰ(トニック)~Ⅵに進行するための属七~Ⅵ」という、

三つの和音からなる、独特な和音進行が、

インヴェンションの11番にも、存在していること、を指摘しました。


★さらに、シューマンとバッハの、その「独特な和音」を比較し、

皆さまに、書き留めていただきました。

ただし、シューマンとバッハが、半音階と3度の順次進行を、

どの声部で使うかは、異なっています。

それが、「個性」というものです。

これを覚えてしまえば、シューマンが生涯にわたって使い続けた、

この独特なシューマン和音を、容易に、

どんな音楽の中でも、見つけ出すことができます。


★Brahms「作品 117 3つのインテルメッツォ」の第 2番を例に、

ブラームスがいかに、バッハから学び、彼の独奏的な音楽を

作り出していったか、詳しく、お話いたしました。

ブラームスを深く知ることが、バッハを知ることであり、

逆に、バッハを知る事が、

ブラームスを知ることでも、あるのです。


★この「作品 117の2」は、あたかも、

シェーンベルクの作品か? と見まがうばかりの

楽譜の様相を、呈しています。

実は、シェーンベルクは、ブラームスを深く研究し、

彼の理論書でも、ブラームスの分析に、多くのページを割き、

ブラームスを、編曲することにより、

ブラームスの音楽を、自家薬籠中のものにしていました。


★20世紀の、優れた音楽作品で、

シェーンベルクの影響のない作品は、あり得ません。

ということは、バッハのこの小さな「シンフォニア 11番」が、

Brahmsをかくも、とらえ、晩年の傑作群を生み出す原動力となり、

それが、20世紀の音楽を“支配”した、といえましょう。


★まさに、バッハは“ 小川 ”だったのです。


★Brahmsのインテルメッツォの演奏については、

私は、ルービンシュタインの演奏を愛聴しています。

「Brahms Romantic Piano Pieces」RCA NEWBEST100 BVCC9350

「ブラームス ロマンティック・ピアノ小品集」


★「作品 116~119」までの、ブラームスのピアノ小品集は、

20世紀音楽の扉を開ける、画期的で、革新性に富んだ作品です。

創作意欲が衰え、小品しか書けなくなったとは、

絶対に、誤解すべきではないと、思います。


                   (ユキノシタの花)
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■バッハ「インヴェンション」の楽譜で、理想のものは存在するか■

2009-06-22 00:05:50 | ■私のアナリーゼ講座■
■バッハ「インヴェンション」の楽譜で、理想のものは存在するか■

                      09.6.22  中村洋子


★昨日は、終日、音もなく降る梅雨の日曜日でした。

明23日の「インヴェンション講座」のテキスト作りで、

バッハ自筆の、「手稿譜ファクシミリ版」を、

「大譜表」に書き写す作業を、しておりました。


★バッハの手稿譜は、大変に見やすく書かれております。

ソプラノ記号やアルト記号を、自由に読みこなせる方でしたら、

この手稿譜を、そのまま、日々の練習に使うことができます。


★私も毎日、手稿譜を見て、ピアノを弾いています。

そこから、次々とイマジネーションが立ち上り、あたかも、

バッハ自身が、親しげに、語りかけてくれているような、

その「楽譜」に、すっかり慣れてしまいました。


★きょう、通常の「市販楽譜」を、久しぶりに開き、

それを、弾いてみました。

「手稿譜」からは、たくさんの声部が、美しい声で、

歌い、響きあっているのが、聞こえきましたのに、

それが急に、口をつぐみ、音楽が色褪せてしまった、

そんな感じが、いたしました。


★「大譜表」に書き写す作業でも、もっと工夫を凝らせば、

バッハの手稿譜に近づける書き方は、たくさん、

見つけ出すことが、できると思います。

私が理想とするインヴェンションの楽譜は、次のようなものです。

見やすく印刷された「自筆手稿譜」に加え、

できるだけ忠実に、手稿譜を「大譜表に移した楽譜」の、

2種類の楽譜が、一冊に合わさったものです。

もし、これが、実現しますと、現在、おびただしく流布しています

膨大な「原典版」の楽譜は、姿を消すかもしれません。


★残念なことには、この「手稿譜」は、かつては2社以上から、

出版されていましたが、現在は、ほとんど入手困難のようです。

その代わり、多種多様な「原典版」が、わが世の春を謳歌しています。

どれも、その校訂者が、独自に設定した規則に基づき、

バッハの自筆譜とは、かなり変容した楽譜となっています。


★「シンフォニア 11番」を、例にとり、

最も権威のある「原典版」を4種類、比較してみます。

①新バッハ全集による「ベーレンライター版」

②「ヘンレ版」

③エルヴィン・ラッツとカール・ハインツ・フュッスル校訂の
 「ヴィーン原典版」UT 50042a

④ライジンガー校訂の「ヴィーン原典版」UT 50253


★昨日、指摘しました「第1小節目上声」については、

どの版も、符尾は「上向き」と、なっています。


★「第34小節目の内声」について、

バッハ手稿譜では、「譜表上段」ソプラノ記号を用い、

完全にアルトの声部として、書いています。

①と②は共に、譜表上段と下段にまたがり、

アルト声部から、テノール声部に、移行する書き方にしています。

③と④は、バッハの意図どおりに、「譜表上段」に、

アルト声部として、書いています。

この場合、若干の加線を加えなければならない、

という問題点は、あります。


★「第44~47小節目の4小節間」は、上声ソプラノ声部を、

バッハは、高い音域であるにもかかわらず、

符尾をすべて、「上向き」にしています。

上段は、このソプラノ声部しかないので、常識的には、

符尾は、すべて「下向き」にします。

①は、符尾をすべて「下向き」、

②は、バッハの意図どおり、符尾はすべて「上向き」

③と④は、符尾をすべて「下向き」

ヘンレ版は、バッハの意図をよく捉えています。

バッハが、どういう意図でそうしたかは、講座でご説明いたします。


★ヴィーン原典版でも、③と④とでは、かなり相違点があり、

「第24~28小節までの内声」を、③では、

下段のテノール声部に、書いていますが、

バッハの意図は、④の上段アルト声部が、正しいと思います。


★ほんの一例を挙げましたが、定評ある4種類の楽譜ですら、

このように、たくさんの相違点が存在します。

ヴィーン原典版も、表紙の色がおなじでも、

違う校訂者による2種類の版がありますので、お気をつけ下さい。


★日ごろ、私が思っております、

「理想とするインヴェンション楽譜」について、記しました。


                          (空也の和菓子)
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■江原昭善先生の「自然人類学者の独り言」と、バッハの「手稿譜」■

2009-06-21 02:04:08 | ■私のアナリーゼ講座■
■江原昭善先生の「自然人類学者の独り言」と、バッハの「手稿譜」■
                      09.6.21 中村洋子


★本日は 6月21日、「夏至」です。

ベルリン時間の20日午後8時は、ベッチャー先生が、

私の作品を、弾いてくださる時間です。

日本時間では、21日 午前4時 に相当します。

ドイツの音楽会は、ほとんど午後8時開演と、

日本より、遅めです。


★先生は、ご自身の音楽活動を、

姉でピアニスト、オルガニストの、

ウルズラ・トレーデ=ベッチャーさんとの、

二重奏から、始められました。

毎年、デュオリサイタルを、続けていらます。


★ことしは、ベートーヴェン、シューマン、ブリテンと、

私の「無伴奏チェロ組曲」ですが、

去年のプログラムも、送ってくださいました。

ドイツのチェロリサイタルが、どのような曲目で、

構成されているか、興味をもたれる方も多いと、

思われますので、ご紹介いたします。


★Wolfgang Boettcher Violoncello

  Ursula Trede-Boettcher Klavier

・ Ludwig van Beethoven, Sonata op.5,Nr. 2 in g-moll

・ Paul Hindemith,3 Stuecke op.8

・ Debussy, Cellosonate

・ Feruccio Busoni, Variationen ueber das finn.
   Thema Kultaselle

・ Max Reger, Adagio aus Sonate op.116

        30. Mai 2008 ・20.00 Uhr


★堂々とした、このプログラムは、

耳ざわりのいい曲だけを並べた、日本のプログラムとは、

ずいぶんと異なっていると、お感じになるでしょう。


★私の「無伴奏チェロ組曲」が、2007年6月7日、

ベルリン市庁舎大広間での、

「フンボルト財団」の記念式典

≪Zukunftsmodell Humboldt≫で、

ベッチャー先生によって初演された、ということが、

取りもつご縁から、素晴らしい方と

お知り合いになりましたので、ご紹介いたします。


★自然人類学の江原昭善先生です。

江原先生は、私のCD「W.ベッチャー 日本を弾く」を紹介した

中日新聞の記事をご覧になり、ご連絡をくださいました。

その後は、お手紙や電話で、実り多いお付き合いを、

させて頂いております。

ご著書もたくさんお送りくださり、ポンと、膝を打つような、

先生の慧眼に、いつも驚かされています。

また、先生は、自然人類学の観点から、私の作曲活動にも、

ご興味を、もたれているようです。


★先生は、「フンボルト財団」により、西ドイツに留学されました。

キール大学客員教授、ゲッティンゲン大学客員教授、

京都大学霊長類研究所教授、椙山学園大学学長などを歴任。

京都大名誉教授で、理学博士、医学博士。


★私が感銘を受けました著書は、

「人間はなぜ人間か」(雄山閣出版)、

「稜線に立つホモ・サピエンス」(京都大学学術出版会)などです。


★先日、先生の近著をお送りいただきました。

共著ですが、「科学技術を人間学から問う」(学文社)のなかの、

「自然人類学者の独り言」です。


★先生の文章は、簡潔で、分かりやすく、軽妙、

一度読めば、何の抵抗もなく、頭に染み入るように入ります。

つまり、名文です。


★「独り言」のなかで、特に、私が感動した章を、ご紹介します。

【研究室での不思議な体験】

 ドイツで研究に従事していたある日のこと。
すぐ傍の大きな机の上には、いつも、サルの頭骨が
100個ほどずらりと並んでいた。
同僚たちと、議論やよもやま話に花を咲かせるときも、
この机の前。
暇さえあれば、これらのサルの頭骨を眺めて、
気がついたことがあれば、それをメモに書き留めた。
 
 半年も続いたそんなある日のこと。
眼窩(眼球が収まる穴)の外縁部に
毛より細い一本の線が走っているのに気がついた。
その線の外側と内側では、骨の繊維の走り方が微妙に違う。
他の種類のサルでもヒトでも、やはりその線が認められる。
そのつもりで見ないと、見ても見えない特徴だった。
 
 このとき以来、筆者の骨を見る目は変わった。
「どのような特徴か」だけでなく、
「どのような意味が隠れているか」を読み取るようになったのだ。
だから形態学はおもしろい。
カントは哲学を感じ取り、
ゲーテは自然の秩序や神の意思を読み取り、
ダーウィン以後の形態学者は、進化の微妙なメカニズムや
道すじを理解するようになった。
 
 その骨は、持ち主が骨になるまで間違いなく生きていた。
そして生まれてから死ぬまでの間の生活が
微妙に骨に刻み込まれている。
その意味を探るのが形態学だ。
 
 ある日、いつものように、頭骨の特徴をメモしていた。
どういうわけが、面白いように、骨は語りかけてくる。
あっという間に何ページもの記録になった。
翌朝、この記録を片手にもう一度、同じ頭骨から
直接にその特徴を読み始めた。
ところが不思議なことに、
同じ頭骨なのにメモのようには見えてこない。
時間をおいて、また眺めてみた。
繰り返すうちに、
やっとメモが正確であることを知った。
同じ特徴が、まるでだまし絵のように
見えたり見えなかったりしたのだ。
 
 後に画家の友人に、この不思議な体験を話した。
友人は驚いて、「絵を描くときも同じだ。
同じ風景が、見えたり見えなかったりするんだ」。
このような体験を繰り返しているうちに、
骨を見る目がいつしか、一定したものに落ち着いてきた。
どの骨を見ても驚かなくなった。
「骨が理解できる」という自信だ。
科学の世界でもこのような非合理な次元があることを知った。
恐らく絵や彫刻や音楽や芸能の世界でも
同じではないだろうか。


★サルの頭骨を、半年の間、眺め続けるという、

忍耐強い、知的営み。

その結果、ある特定の部位での、表面の微妙な形状から、

サルの進化のメカニズム、道筋までを、

読み取ることが、できるようになる。

「眺め続ける」という行為から、学問的方法論まで、

導き出されています。


★同じことが、音楽の世界でも言えると、思います。

「バッハ」でも「ショパン」でも、作曲家の手稿譜は、

江原先生のように、“見る目”がありませんと、

何も見えてきません。

それも、毎日、見て考え続けないと、

分かるようには、ならないのです。


★例えば、バッハの「シンフォニア 11番」の、

第1小節目の上声の「 レ シ♭ ソ ソ 」を、見てみます。

この部分の手稿譜は、現代の楽譜で用いられている

「大譜表」の「ト音記号」ではなく、

「ソプラノ記号」で、書かれています。

このため、5線譜上では、第5線(レ)、第4線(シ♭)、第3線(ソ)、

上第2間(ソ)と、なります。


★「第3線より上の音符の符尾は、下向きにする」という、

一般的な記譜の約束に従えば、この4つの音の符尾は、

すべて、「下向き」となるのが、当然です。

しかし、バッハ手稿譜では、この4つの音について、

最初の 「レ シ♭ ソ 」を「上向き」にしています。

最後の 「ソ」だけが「下向き」になっています。

≪なぜ、バッハがそのような変則的な記譜をしたのか?≫。


★音楽学者の先生が、おっしゃるように、

“スペースがなかったから、バッハがそのように書いた“とは、

とうてい、考えられません。

毎日、手稿譜を見て、弾いておりますと、バッハの意図と、

音楽の大きな骨格が、手にとるように、分かってきます。


★23日の「インヴェンション講座」では、

この≪なぜ・・・≫の、謎解きについて、

私が見て、感じ取ったことを、お話したいと、思います。


                         (梔子の蕾)
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■ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」Op34-14 の原調は、なぜ嬰ハ短調?■

2009-06-18 15:47:41 | ■私のアナリーゼ講座■
■ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」Op34-14 の原調は、なぜ嬰ハ短調?■
                 09.6.17 中村洋子


★来週 23日火曜日 午前10時からの 「アナリーゼ講座」

≪インヴェンション&シンフォニア11番≫の勉強で、

忙しい、毎日です。

もう11回目となりますが、今回は、特に、

バッハとブラームスの関係を、お話し、

充実した内容にしたいと、思っております。


★ピアニストに、人気のある ≪ラフマニノフ ≫ Sergey Rakhmaninov

(1873 ロシア・セミョーノヴォ生~1943 米・ヴィバリーヒルズ没 )の、

最も有名な歌曲「 ヴォカリーズ Vocalise 」Op34-14 は、

さまざまな楽器に「編曲」され、親しまれています。


★この曲は、「14の歌」Op34 の14番目(最後)の曲で、

ラフマニノフが40歳を過ぎ、円熟期の1912年に書かれた作品です。


★皆さまが、この曲に親しむ際、問題となる点が二つあります。

一つは、「編曲」作品のみを知り、ラフマニノフが、

もともとは、何調で書いたか、さえご存じないことです。


★もう一つは、14曲の作品集の中で、どのような位置にあるか、

それを知らず、ムードミュージックのように、演奏し、

あるいは、聴いてしまう、ということです。


★この14曲から成る Op 34 は、例えば、

シューベルトの「冬の旅」のように、一人の奏者が、

続けて歌うことは、「想定されていない」と、思います。


★その理由は、第一曲が「ソプラノ or テノール」のために、書かれ、

第2曲目が「コントラルト or バス」、第3曲が「テノール or かソプラノ」、

4、5曲目は「テノール or ソプラノ」、6曲目「バス or コントラルト」、

7、8曲目「メッツォソプラノ」、9曲目「バリトン or メッツォソプラノ」、

10曲目「テノール or ソプラノ」、11曲目「バス or コントラルト」、

12曲目「テノール or ソプラノ」、13曲目「ソプラノ」、

14曲目≪ヴォカリーズ≫が、「ソプラノ or テノール」と、なっています。

1曲目から13曲目は、すべて「歌詞」を伴った曲です。


★一人の奏者が、続けて歌うものではないにしても、

「ヴォカリーズ」が、単独の曲として、作曲されたものではない、

ということを、押さえておくべきです。


★「終曲」つまり、「前13曲を総合した性格」をもつ、

と考えることも、重要です。


★ドビュッシーの「前奏曲」の最後の曲「花火」に、

相当する、かもしれません。


★「ヴォカリーズ」を、作曲家の意図どおりに、

「歌う、弾く、聴こう」とする場合、

できれば、全14曲を、勉強するべきです。


★第1曲目「 The Muse 」は、「ホ短調」の曲ですが、

途中の、Un poco piu vivo ウン ポコ ピゥ ヴィーヴォから、

「ホ長調」に、転調します。

この「ホ長調」の部分は、わずか、6小節ですが、

大変に、重要な部分です。


★「ホ長調」(♯を4つもつ調号)が、その並行調である

「嬰ハ短調」(♯を4つもつ調号)の、

≪ヴォカリーズ≫に、つながっていると、考えられます。


★「♯4つ」の嬰ハ短調は、馴染みにくく、簡単な調号の曲に、

編曲されてしまい、それが、実に多く、演奏されているようです。


★しかし、少なくとも、その原調を知り、その調のもつ「味わい」を、

知っておく必要は、あります。


★第1曲目の「ホ短調」と、ヴォカリーズの「嬰ハ短調」の調号は、

「短3度」の関係にあります。

この「3度」(長3度も含む)の調関係は、

シューベルトを初め、ロマン派以降の作曲家が、

意外性のある場面で使う「転調」にも、効果的に使われています。

一度聴きましたら、心に刻印を押されたように、残るのです。


★その源流は、バッハにあります。

マタイ受難曲で、劇的な場面転換となるシーンで、

この「意外性を伴った2つの調の関係」が、

極めて効果的に、使われています。

シューベルトは、それを、学んだのでしょう。


★この「ヴォカリーズ」については、

ヴァーグナーの、「半音階進行」が消化され、

巧みに、使われています。

それが、この「ヴォカリーズ」の息の長い旋律を、

支えているのです。


★作風として、全く異なりますが、同時代のドビュッシーも、

愛用した、「主和音(トニック)の代用」としての、

「Ⅲの和音」も、効果的に、使われています。


★15小節目の、「 h-d-fis 」 の 3和音と、

「 d-fis-a 」の 3和音の、和音どうしの 3度の関係も、

大変に美しく、是非、味わってみてください。


★ピアニストで、ピアノ作品にしか興味がない方も、多いのですが、

演奏する曲の作曲家を、真に理解しようとされるのなら、

その作曲家の母国語で、書かれ、歌われている「歌曲」を、

研究するのが、一番の近道です。


★作曲家が、話し、書き、考えている言語、

すなわち「母語」で、作曲された音楽、つまり、

「歌曲」を、知ることが、その作曲家の核心に、

触れることに、なるのです。


★少々、脱線しますが、シューベルトの歌曲で、

「独特の歌い回し」があった場合、その旋律に、

ある特定の「歌詞」が、付けられていることが、

よく、あります。

シューベルトの「ピアノ作品」で、

歌曲と同じ「独特な歌い回し」が、出てきた場合、

歌曲で、その節回しに付けられた「言葉」を、

探し出しますと、その曲を演奏する上での、

大きなヒントに、なることがあります。

シューベルトを、学ぶのでしたら、

歌曲を勉強することも、必須です。


★ラフマニノフの「ヴォカリーズ」は、円熟期の作品ですので、

楽譜を読み取ることは、少々、難しいかもしれません。

ですから、ラフマニの音楽の、典型的な例を、

いくつか、勉強したいのであれば、

初期の作品である「6つの歌曲」 Op-4 (1890~93に作曲)の、

4番(1893年作曲)「Oh, never sing to me again」を、お薦めします。

「ロシアの半音階」、「ロマの音階」、「Ⅲの和音」

「ドッペルドミナントの5音下行変質」などの、

分かりやすい例が、たくさん出てきます。


(睡蓮の花)
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■ ショパン「エチュードOp 25-1」の、手稿譜とエキエル版との相違点 ■

2009-06-12 01:55:37 | ■私のアナリーゼ講座■

■ ショパン「エチュードOp 25-1」の、手稿譜とエキエル版との相違点 ■
                 09.6.12 中村洋子


★6月7日の「アナリーゼ講座」で、お話しました、

ショパンの「エチュードOp 25-1」の、

「手稿譜」と、「ナショナルエディション・エキエル版」との、

大きな相違点を、具体的に挙げてみます。


★手稿譜を①、エキエル版を②とします。


 ● 4小節目 : 

①ペダルを離す記号が、2拍目6連符の5番目の
 音の位置にあり、次ぎに踏むペダル記号の位置が、
 2拍目と3拍目の中間に、記載されている。
 
②ペダルを離す記号が、2拍目と3拍目の間にあり、
 次ぎに踏むペダル記号の位置が、3拍目の頭部に記載。


 ● 4小節目と5小節目との間 :

①小節線の真下に、ペダル記号が記載されている。

②それに相当するペダル記号が、5小節目の頭部に記載。


 ● 5小節目と6小節目の間 :

①5小節目の1番最後の音符の真下に、ペダルを離す記号。
 5小節目と6小節目の小節線の真下に、ペダル記号。

②ペダルを離す記号が、①より右にずれ、5小節目のすべての音を
 引き終わった後に、離すように、記載されている。
 ペダル記号は、6小節目の1拍目頭部に記載。


 ●7小節目 :

① crescendo と diminuendo は、記載されていない。

② crescendo と diminuendo が、記載されている。


● 8小節目 :(相違点ではありませんが)


手稿譜では、1拍目のフォルテ記号が、極めて大きく、

力強く書かれています。

さらに、手稿譜では、楽譜の譜割りを、1段目を3小節、

2段目を4小節、3段目を4小節と、しています。

(エキエル版は1段を2小節で、機械的に割り振る)

このため、この8小節目が、楽譜の3段目の最初の小節となり、

楽譜全体を見ますと、1段目曲頭のピアノ記号

(この記号も大きく、明確に書かれています)と、

この3段目冒頭のフォルテ記号とが、ともに左端にあり、

視覚的に強く、訴え掛けてきます。


 ● 8小節目と9小節目の間 :

① piano記号が、小節線上にある。
② piano記号が、9小節目の1拍目頭部にある。


 ● 8小節目と9小節目の間 の上声フレーズ :

①スラーが、9小節目の1拍目頭部の Es の音まで、繋がり、
 その Es から、新しいフレーズが始まる。
②スラーは、8小節目の最後の音で、一度閉じ、
 9小節目の頭部 Es から、また新しく始まる。


 ● 9小節目 :

① crescendo が、2拍目の6連符の5番目の音から、始まり、
10小節目の1拍目6連符の2番目の音の位置で終わる。
② crescendo は、2拍目6連符の1番目の音から始まり、
 10小節目の1拍目の音の位置で終わる。


 ● 10小節目と11小節目 :

①ディミニュエンドは、記載されていない。
 4拍目6連符の4番目の音から、11小節3拍目の6連符の
 3番目の音にかけて、crescendo が記載されている。
②ディミニュエンドが、2拍目から小節の最後まで、
 記載されている。
 11小節目1拍目頭部から、3拍目6連符の1番目と
 2番目との音の間に、crescendo が、記載されている。


★以上、最初の10小節について、「エキエル版」と

「手稿譜」との、主な相違点を、抜き出してみました。


★「手稿譜」ファクシミリは、ショパンがこの

「エチュードOp 25-1」を、ピアノを弾きながら、

作曲していたときの気持ち、ペダルの踏み方、

フレーズの取り方、さらに、

ショパンが、どんな演奏をしていたかということまでが、

手に取るように、分かる楽譜です。


★私が皆さまに提案したいのは、お持ちの楽譜に、

実際に鉛筆で、上記の、ショパンが指定した記号などを、

付け加え、一度、弾いてみることです。


★ショパンの音楽、特にこの「エチュードOp 25-1」は、

決して、ペダルでぼかされた、ムード音楽ではなく、

「前奏曲」様式が、厳しく造形された曲であることが、

よく理解できると、思われます。

 

★私の著作「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」
http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1006948955

148~152ページ「ショパン エキエル版は本当に原典版か?」の

150ページに、譜例付きでご説明しております。



                        (ヒメシャラの花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■W・ベッチャー先生が、6月20日にベルリンで、チェロ組曲1番を演奏■

2009-06-08 23:57:45 | ■私の作品について■
■W・ベッチャー先生が、6月20日にベルリンで、チェロ組曲1番を演奏■
                 09.6.8  中村洋子


★ヴォルフガング・ベッチャー先生から、お便りが届きました。

先生は、早めのヴァカンスを南欧で、おとりになったそうです。

そこで、私の「無伴奏チェロ組曲2番」 と 「同 3番」 を、

study されたそうです。

「また、忙しい日々が始まった」と、お書きになっています。


★6月20日には、ベルリンで、ベッチャー先生と、

ピアニストでお姉様のウルズラ・トレーデ・ベッチャーさんとの

デュオ・リサイタルを、なさるそうです。


★曲目は、ベートーヴェン、シューマン、ブリテン、そして、

私の「無伴奏チェロ組曲1番」の4曲です。


★コンサートのパンフレットによりますと、

『ことしは、古典と近代との調和のとれたプログラムで、

ベートヴェンが、25歳のときに、

プロイセン王フリードリヒ・ヴィルヘルム2世のために書いた作品と、

ベッチャーのために、長年、作品を贈っている、

日本の作曲家 中村洋子の独奏チェロ作品などが演奏される』


★毎年、その会場で、ベッチャー先生とお姉さまが、

リサイタルをなさるのを、音楽を愛する方々が、

待ち望んでいるそうです。


★ウルズラ・トレーデ・ベッチャー:ハンス・ベルツHans Beltz教授に
ピアノを、ヨーゼフ・アーレンスJoseph Ahrens にオルガンと教会音楽を、
エンリコ・マイナルディ Enrico Mainardi に室内楽を学ぶ。
弟のヴォルフガングと、ミュンヘン国際コンクール(Internationalen
Musikwettbewerbs der ARD Muenchen)の、デュオ部門で優勝。
また、数々のオルガンコンクールで表彰される。
彼女のために作曲された曲を、多数初演。
ベルリン芸術週間(Berliner Festwochen)、ワルシャワの秋
(Warschauer Herbst)、ザルツブルグ音楽祭(Salzburger Festspiele)、
ヴィーン芸術週間(Winer Festwochen)、ベルリン・バッハ音楽祭
(Berliner Bachtage)、ヒッツァッカー音楽祭
(Musiktage Hitzacker音楽祭、音楽監督:ヴォルフガング・ベッチャー)
など世界各国の音祭祭に招待され、演奏。
また、ミュンヘン国際音楽コンクールの審査員を務めた。


★http://www.mutter-fourage.de/pdf/archiv2009/boettcher_plakat.pdf

★KONZERT

WOLFGANG
BOETTCHER
Violoncello
und
URSULA
TREDE-BOETTCHER
Klavier

spielen Werke von

Ludwig van Beethoven,
Yoko Nakamuro,
Robert Schumann und
Benjamin Britten.

Samstag, 20. Juni 2009, 20 Uhr

Eintritt: 15 €
ermäßigt :12 €
Chausseestr. 15a Vorbestellungen: Tel: 030 - 805 23 11
14109 Berlin-Wannsee e-mail: karten@mutter-fourage.de


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■第5回 カワイアナリーゼ講座「前奏曲とは何か~」を、開催しました■

2009-06-07 23:56:05 | ■私のアナリーゼ講座■
■第5回 カワイアナリーゼ講座「前奏曲とは何か~」を、開催しました■
                  09.6.7    中村洋子


★紫陽花の花が、家々のお庭から顔をのぞかせています。

日曜日のきょう、午後3時から、カワイアナリーゼ講座の

「前奏曲とは何か~」を、開催いたしました。

バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシーの4曲を、

私が要約して、「手書き」しました「テキスト」を、

皆さまに、お配りしました。


★毎日見慣れた楽譜ですと、つい、新鮮味がなくなり、

ルーティンな仕事、演奏になり勝ちですが、

バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻、

第1番プレリュードの全35小節を、

一段目は5小節、あとは6小節ずつ、計6段に割り振って、

ご自分の手で、実際に、書き写してみてください。


★「1段目、2段目」、「3段目、4段目」、「5段目、6段目」の

≪3部構成≫で出来ていることが、明確に理解できることでしょう。

この≪3部構成≫こそが、

バッハの「前奏曲」の、根幹を成すものです。

ゆるぎない、力強い構成なのです。

35小節を、「6段」で手書きされることを、お薦めいたします。


★ベートーヴェンの「月光ソナタ」第1楽章の、

構成を分析しますと、まさに、ベートーヴェンは、

独自のモティーフ展開を、絡ませながら、

バッハの前奏曲の≪3部構成≫を、取り入れていることが、

よく、分かります。

ベートーヴェンが、いかにバッハをよく学び、そして、

発展させていったか、それが見えてきます。


★「月光ソナタ」全3楽章の、調性の配置方法も、

バッハが起源ですが、それは、

ショパンの前奏曲「雨だれ」に、引き継がれていきます。

さらに、「月光ソナタ」第1楽章の「前奏曲」としての構成原理は、

ショパンの練習曲Op.25 の1番に、そのまま、

踏襲されていることが、分かるはずです。


★バッハを源流とする「前奏曲」の流れは、20世紀初頭の、

ドビュッシーの前奏曲集、特に第1巻の第1番にも、

滔々と、流れ込んでいくことを、

皆さまにご説明し、充実した講座となりました。


★アンケートに、「前奏曲」と作曲家ラフマニノフとの関連を、

知りたい、と書かれた方が、いらっしゃいました。

月2回水曜日に、カワイ表参道で開いております

「アナリーゼ・グループレッスン」で、ちょうど、

ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」を、取り上げたばかりです。

この「ヴォカリーズ」にも、バッハの「前奏曲」の構成原理が、

巧みに、応用して取り込まれています。

20世紀の、「フランス」のドビュッシーに限らず、

ラフマニノフの「ロシア」にも、

バッハの “小川” が、伏流水のように、

静かに広く、浸透していたのです。


★バルトークの校訂した「バッハ平均律クラヴィーア曲集」、

シュナーベルの校訂した「ベートーヴェン・ピアノソナタ全集」の、

素晴らしさと、演奏への生かし方も、お話いたしました。


★どの楽譜を使ったらいいか?、というご質問を、

いつも、受けます。

以前のブログで、書きしましたように、

「Urtext」は、決して「原典版」とはいえない現状ですので、

なるべく、最新の「Urtext」と、その脚注を、

細心の注意をもって、読みつつ、

さらに、作曲家の手稿譜を、入手できれば、

それを可能な限り、照らし合わせて、

研究することが、ベストである、といえます。


★学生時代に買った楽譜を、ずっと、ボロボロになるまで、

使い続けることは、決して、美談ではありません。


★同時に、「校訂譜」は、バルトーク、シュナーベル、

フィッシャー、アラウ などの歴史的な、

真の大家、マエストロのエディションを、

座右の楽譜として、絶えず、学び続けてください。

あたかも、巨匠から、個人レッスンを受けているかのように、

得られるものが、たくさんあることでしょう。

これらの楽譜が、一部、入手困難になっていることは、

とても、残念です。

本当の芸術は、決して、古びることはありません。


★きょうも講座で、平均律クラヴィーア曲集の

「バルトーク校訂版」を、演奏しながら、考察しましたが、

バルトークが、「1番前奏曲」の、22小節以降に付けました、

神秘的ともいえる、エスプレッションに、

改めて、感動いたしました。

身震いするような、美しさです。

バッハを素材に、バルトークが“創作した”作品と、

言うことも、できるでしょう。

「ピアノ」で、バッハをどう弾くかについての、

一つの美しい、解答例です。


★訂正です。

講座でお配りしましたテキスト7ページの、最下段にあります

≪★★「ドリア旋法 Faの旋法」≫を、

≪★★「ドリア旋法 Reの旋法」≫に、訂正いたします。

よろしくお願いいたします。

                      (紫陽花の花)
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■ドビュッシー前奏曲集第1巻第1番「デルフィの舞姫」の複縦線は何のため?■

2009-06-06 00:27:09 | ■私のアナリーゼ講座■
■ドビュッシー前奏曲集第1巻第1番「デルフィの舞姫」の複縦線は何のため?■
               09.6.6   中村洋子


★明7日に開きますアナリーゼ講座「前奏曲とは何か~」の、

テキストを、準備しています。

バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシーが、

「前奏曲」という形式の曲により、音楽史上、

一本の線の上に、スーッ と見事に並んで、

位置していることが、いまさらながら、さらによく分かり、

少々、興奮気味です。


★この4人の楽譜を、手で写し取ってみることにより、

発見できることが、多々ありました。

ショパンの手書きの楽譜を、じっくり見ますと、

「ナショナル・エディション・エキエル版」とは、

同じ曲とは思えないほど、異なっています。


★「エキエル版」を、「Urtext」 といえないことは、

前回のブログで、述べましたが、

さらに、ショパン手稿譜には、2小節ごとに、小節線の真上に、

「1、2、3」と、練習番号のように、

ショパン自身によって、数字が書き込まれています。

この数字は、この曲を読み込む上で、とても重要です。


★「Metrum」 という、ドイツ語の楽語があり、

ドイツでは、音楽のレッスンで、よく使われる言葉ですが、

日本では、まともな訳すらなく、

私たち日本人の音楽理解のなかで、最も欠落した分野であり、

実は、クラシック音楽の、最も大切な部分なのです。


★この「Metrum」 は、日本語では「拍節」あるいは

「韻律」と訳されていますが、

このショパンの「1、2、3」と、どのような関係があり、

ショパンがどのように、演奏して欲しいと望んだか、

エキエル版は、それを無視している、という点についても

講座で、お話をいたします。


★ドビュッシーの「前奏曲集 第1巻 第1番」は、

31小節というとても、短い曲ですが、

曲中に複縦線が 3ヶ所もあります。


★ショパンの「練習曲集 Op.25の1」について、

前回のブログで述べましたように、エキエル版は、

8小節目の最後の音で、フレーズを終わらせていますが、

ショパン自身は、9小節目の最初の音まで、

フレーズを、延長しています。


★この部分が、ドビュッシーの複縦線の部分に、

実は、照応しています。

これらは、「Metrum」 と「前奏曲」という概念にも、

深く、関係しており、

ドビュッシーが、バッハやショパンから、

なにを学んだかが、大変よく分かります。


★私のアナリーゼ講座は、曲がどう出来ているか、

機械的に冷たく、分析するためのものでは、ありません。

その音楽を、作曲家がどのように作曲し、演奏したか、さらに、

“どのように演奏されたいか”と望んでいたかを、探り、

私たち自身の音楽を、より豊かにしていくための、手段です。


★バッハ、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシーが、

どうして「天才」であったと、言えるのか、

その秘密の一端を、皆様にお伝えできれば、と思っております。


                       (グミの実)
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