音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■インヴェンションは平均律1巻と2巻とをつなぐ「扇の要」■

2015-11-21 02:09:10 | ■私のアナリーゼ講座■

■インヴェンションは平均律1巻と2巻とをつなぐ「扇の要」■
~第15回金沢「Inventionアナリーゼ講座」は、15番 h-Moll~
               2015.11.21   中村洋子

 

 

★18日は、金沢で第14回「Inventionアナリーゼ講座」でした。

「第14番 Invention」の冒頭第1小節目は、トニック(主和音)、

2小節目はサブドミナント(下属音)、3小節目はドミナント

(正確には、主音上の属七)、そして、4小節目冒頭で

トニック(主和音)に、回帰します。


★この和声進行で用いられている motif モティーフは、

「Wohltemperirte Clavier Ⅰ平均律クラヴィーア曲集 第1巻」 の

第1番 Prelude と、非常によく似ています。

1番 Prelude は、1小節目がトニック、2小節目がサブドミナント、

3小節目がドミナント、4小節目はトニックへと進行した後、

5小節目からは、ゼクエンツ(反復進行)が始まりますが、

この「Invention 14番」も、4小節目がトニックで始まり、そこから、

[Ⅰ Ⅳ]、[Ⅶ Ⅲ]、[Ⅳ Ⅱ] へと、ゼクエンツが続きます。


平均律1巻1番は、

和声の種類が Invention14番とは異なりますが、

5小節目からゼクエンツが始まるという「構造」は、

同じです。

 

 


★前回のブログでは、

Invention14番と平均律2巻24番 Preludeとの関係を、

指摘いたしましたが、このように見てきますと、

この≪静かで穏やか、親しみやすい Invention14番≫が、

平均律1巻1番、平均律2巻24番を「つないでいる」という、

驚くべき構図が、浮かび上がってきます


★講座でもお話いたしましたが、

それはすべて「 Invention 15番 h-Moll」へ、

滔々と流れ込むための、

Bachの大いなる構想に基づいている、といえます。


★まさしく、

「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」が、

「Wohltemperirte Clavier Ⅰ平均律クラヴィーア曲集 第1巻」と、

「Wohltemperirte Clavier Ⅱ 平均律クラヴィーア曲集 第2巻」

との、「扇の要」の役割を担っているのです

 

 

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★次回の金沢第15回「 Inventionアナリーゼ講座」のお知らせです。

■日  時 : 2015 1216日( 午前 1012 30

■会  場 : カワイ金沢ショップ 金沢市南町5-9 
           ( 尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 )
■予  約 : Tel.076-262-8236 金沢ショップ


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★ Invention15曲と、Sinfonia 15曲の計30曲は、
Invention1番を
Thema 主題とする 29の変奏曲と、考えられます。

この 30曲から成る「Inventionen & Sinfonien」は1723年と序文に
記されています。「平均律クラヴィーア曲集 第1巻」は、1722年。
つまり、平均律第1巻のほうが、1年前なのです。

★相次いで成立した 「人類の宝」 ともいうべき二つの曲集は、
お互いが、深く、関連付けられています。

★Sinfonia15番のThema 主題は、 Invention15番を土台にして生まれ、
両者は一心同体であり、Invention & Sinfonia 全30曲の、Codaコーダ、
あるいは Kadenz カデンツ と見ることができます。

★逆に、この15番の高みから、1年前の平均律 第1巻全体を、
眺めることもできるのです。平均律 第1巻の最終曲24番が、
平均律第2巻を予兆しているのと、同じような関係です。

つまり、この三つの曲集が、縦横無尽に絡み合っているのです。
講座では、この大きな流れをお話するとともに、
15番の素晴らしい和声についても、詳しく解説いたします。

★また、 Invention & Sinfonia15番の記譜について、
ヨーロッパの有名なUrtext 原典版が、どうして各々異なっているか、
それをどのように取捨選択すべきか、具体的にお話いたします。

★さらに、15番の repeated notes 同音連奏と、Bachと同時代の
Scarlatti スカルラッティ(1685-1757)の repeated notes が
どう違うのかも、ご説明いたします。
これが、≪ Bach をどう弾くべきか ≫という問いへの、
回答になります。

★汲めども尽きない 15番の二曲から、exercise を抽出し、
etude とすることも出来ます。
Bach が、この作品により、息子やお弟子さんたちを、
いかに深く豊かな音楽世界へといざなったか、
目に浮かぶようです。

ご一緒に、探求いたしましょう。

 

 

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 ■講師 :   作曲家  中村 洋子  Yoko Nakamura

      東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
     日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。

          2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。

          07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
         無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
         Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
    CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
                         ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。

          08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
        CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。

          08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
                  Analysis  インヴェンション・アナリーゼ講座 」
                    全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。

          09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」  から出版。
 
         10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
                  Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
                    全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。

          10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
       「 Regenbogen-Cellotrios  虹のチェロ三重奏曲集 」の楽譜を、
             ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
       Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。

          11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
                         チェロ二重奏のための 10の曲集 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
      チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」の楽譜を、
      Musikverlag Hauke Hack  Dortmund 社から出版。

          13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
         「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」の楽譜を、
      ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          14年:「 Suite Nr.2、4、5、6 für Violoncello
        無伴奏チェロ組曲 第 2、4、5、6番 」 の楽譜を、
       ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

           SACD 『 Suite Nr.1、2、3、4、5、6 für Violoncello
                            無伴奏チェロ組曲 第 1, 2, 3, 4, 5, 6番 』 を、
     「disk UNION 」社から、≪GOLDEN RULE≫ レーベルで発表。

            スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
      自作品が演奏される。

         ★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/ 
「アカデミア・ミュージック 」         https://www.academia-music.com/academia/s.php?mode=list&author=Nakamura,Y.&gname=%A5%C1%A5%A7%A5%ED
 https://www.academia-music.com/                           で販売中。

        ★私の作品の  SACD 「 無伴奏チェロ組曲 第 1 ~ 6番 」
   Wolfgang  Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
  disk Union や全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/

 

  


※copyright © Yoko Nakamura    
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■穏やかで親しみやすい14番Invention、しかし、冒頭から緊迫のカノン■

2015-11-17 00:41:50 | ■私のアナリーゼ講座■

■穏やかで親しみやすい14番Invention、しかし、冒頭から緊迫のカノン■
~KAWAI 金沢「Inventionアナリーゼ講座」第14番B-Dur~
            2015.11.17   中村洋子

 


★2015年11月13日金曜の夜、パリで起きたテロ事件。

本当の真相は分かりませんが、なんとも悲しく、重い気持ちです。

そういう時にこそ、Bachの音楽が心の慰めとなります。


18日、KAWAI 金沢で開催しますBachの

「Inventionアナリーゼ講座」は、14番B-Dur変ロ長調。

この曲の清澄な世界に触れますと、心が洗われ救われるような

気持ちになります。


★Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー(1886-1960)は、

14番Inventionについて

「雲一つない晴れやかさが、この Idylle 牧歌に息づいている」と、

脚注しています。

Idylle はイエスの生誕を暗示しているのです。

 

 

★金沢「Inventionアナリーゼ講座」も14回と、

最後に近づきました。

勉強するにつれ、大団円に向けてこの曲集を束ねようとする

Bach の意欲がますます強く、感じられます。


★例えば、「14番 Invention」冒頭の上声に現れます

「b¹  c²  d²  c²  b¹  f²」の6音をよく見ますと、

 

 

 


それは、平均律第2巻の最終第24番 Preludeの

9小節目上声にあります、

「h¹  cis²  d²  cis²  h¹  fis²」の6音と、呼応しているのです。

 

 

 

 ★同様に、「14番Invention」冒頭の下声にあります

「B  d  f」の3音も、

平均律第2巻第24番 Preludeの1小節目下声にあります

「H  d  fis」と、対応しているのです。

 

 

 


Edwin Fischer は、

この14番Inventionの性格がIdylle 牧歌で、

「Ruhig und freundlich 静かで親しみやすい」と、しています。

しかし、その親しみやすさの中に、

Bachの秘術がすべて尽されている、とも言えるほど、

円熟し、均整のとれた曲である、とも言うことができるでしょう。


★「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」を

読み解くには、Edwin Fischer 校訂版と、その源泉である、

Julius Röntgen ユリウス・レントゲン (1855-1932)校訂版、

そして、Bach の 「Manuscript Autograph  自筆譜」 を、

勉強すれば、それに勝るものはないでしょう。

 

 


★14番Invention第1小節目の上声に対し、Fischerは、

次のように、 Fingering を記しています。

 

 

★煩雑にも思える Fingering をどうして付けたのでしょうか?

冒頭の「b¹  c²  d²」に対し、「2 3 4」とわざわざ付けたのは、

「よーく、注意しなさい」という合図です。

その答えは、

第1小節目の下声の「B d」と、≪canon カノン≫に、

なっている、と言うことなのです。


穏やかな曲想であるのですが、実は、曲頭から、

大変な緊迫感をもって、開始しているのです


★その後、譜例にありますように、1小節目上声の5番目「b¹」と、

7番目「d²」に、Fischerは各々「1」と記しています。

これも、その下声「B d」と≪canon カノン≫になっていることを、

Fingering で解釈しているのです。


★まるで≪strettoストレッタ≫であるかのような≪canon カノン≫が、

冒頭から、始まっています。

それは、「Wohltemperirte Clavier Ⅱ 平均律クラヴィーア曲集 第2巻」

24番 Prelude の冒頭と寸分違わない発想です。

 

 

 


★このFischerの解釈は、Röntgenのアナリーゼを引き継いだものですが、

Röntgenは炯眼にも、さらに、

14番Invention第1小節目の下声「d」に「4」、

第2小節目下声「es」に「3」の指を付しています。

 

 


★これは、大変に重い意味をもっています。

4小節目下声2拍目の「es¹」、同4小節目「d¹」の、

≪反行形canon カノン≫となることが、

その Fingering により、一目瞭然に明らかとなるのです。


★その後、それらがどう発展していくかは、

講座で詳しく、ご説明いたします。

 

 

 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

■KAWAI 金沢「Inventionアナリーゼ講座」第14番B-Dur

■日  時 : 2015年 11月18日(水) 午前 10時 ~ 12時 30分

■会  場 : カワイ金沢ショップ 金沢市南町5-9 
           ( 尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 )
■予  約 : Tel.076-262-8236 金沢ショップ

 

■講師 :   作曲家  中村 洋子  Yoko Nakamura

      東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
     日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。

          2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。

          07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
         無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
         Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
    CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
                         ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。

          08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
        CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。

          08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
                  Analysis  インヴェンション・アナリーゼ講座 」
                    全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。

          09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」  から出版。
 
         10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
                  Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
                    全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。

          10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
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             ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
       Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。

          11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
                         チェロ二重奏のための 10の曲集 」の楽譜を、
    ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
      チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」の楽譜を、
      Musikverlag Hauke Hack  Dortmund 社から出版。

          13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
                  無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
                        Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
         「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」の楽譜を、
      ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

          14年:「 Suite Nr.2、4、5、6 für Violoncello
        無伴奏チェロ組曲 第 2、4、5、6番 」 の楽譜を、
       ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。

           SACD 『 Suite Nr.1、2、3、4、5、6 für Violoncello
                            無伴奏チェロ組曲 第 1, 2, 3, 4, 5, 6番 』 を、
     「disk UNION 」社から、≪GOLDEN RULE≫ レーベルで発表。

            スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
      自作品が演奏される。

         ★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/ 
「アカデミア・ミュージック 」         https://www.academia-music.com/academia/s.php?mode=list&author=Nakamura,Y.&gname=%A5%C1%A5%A7%A5%ED
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   Wolfgang  Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
  disk Union や全国のCDショップ、ネットショップで、購入できます。
http://blog-shinjuku-classic.diskunion.net/Entry/2208/

 

 


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■Mozartの作曲はBach由来の厳格な対位法:新発見自筆譜を読む■

2015-11-08 13:15:14 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■Mozartの作曲はBach由来の厳格な対位法:新発見自筆譜を読む■
   ~ヘンレ新版、相変わらず頑強に、自筆譜通りには記譜せず~
           2015.11.8    中村洋子

 

 

★先月28日は KAWAI 名古屋で、「平均律第1巻第1番」の

アナリーゼ講座を、開催いたしました。

遠方からもはるばる、たくさんの皆さまがご参加下さいました。

これから、皆さまと一緒に平均律1巻を勉強していきたいと思います。

次回は2016年2月24日(水)、第1巻第2番を予定しています。


★8月の KAWAI 金沢でのアナリーゼ講座で、「公開レッスン」として

勉強しました Wolfgang Amadeus Mozart 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756-1791)の、

PianoSonata KV.331 A-Dur を、引き続いて勉強しています。

この曲は、Mozart が27歳の1783年、ウィーンかザルツブルクで、

作曲されたとみられます。


★2014年秋、このKV.331の「Manuscript Autograph 自筆譜」が、

4ページ分だけ発見され、世界的なニュースとなりました。

第1楽章の55小節目の「Var.Ⅲ」から「Var.Ⅳ」、

「Var.Ⅵ」 の最後まで(143小節目) が3ページ。

そして、第2楽章「Menuetto」冒頭から、

「Trio」の58小節目までが、1ページです


この4ページを子細に見るだけでも、

一般に思われているような、“シンプルで美しい Mozart”という

通説が、陳腐な表現ですが、目から鱗が落ちるかのように、

崩れ落ちていきます。


Mozart の音楽は、Bach と同じ厳格な counterpoint対位法 と、

harmony和声の構築物そのものであことが、

ひしひしと伝わってきます。

 

 


★後の Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)や、

Frederic Chopin ショパン(1810-1849)に見られるような、

考え抜かれた記譜、即ち、

スラーの掛け方やその位置と形、dynamic記号の位置、

和声構造が一目で分かる緻密で精緻な和声の記譜法が

目の当たりに、実感できます。


現在の実用譜は、「Manuscript Autograph 自筆譜」が、

繊細に提示している、最も重要な要素を、

まるでブルドーザーが地面をのっぺりと平らにならすように、

刈り取ってしまっているのです。


Mozart の記譜が、Chopinの記譜に極めて似ていることに、

驚きます。

名古屋の講座でもお話しましたが、Chopinはおそらく、

Bach 平均律の「Manuscript Autograph 自筆譜」を、

見ていなかったと、思われます。


Chopinは、あの欠陥だらけの Czerny チェルニー校訂版の

平均律を持っていました。

にもかかわらず、そのChopinが Czerny版に自ら記した

様々な書き込みを見ますと、

Bachが「Manuscript Autograph自筆譜」で

訴えたかったことが、そのまま浮かび上がってくるのです。

まさに、天才は天才を知るということでしょう。


新発見の Mozart 「Manuscript Autograph自筆譜」と、

Chopinの記譜とが、あまりに共通点が多いということは、

それが「西洋クラシック音楽」の本質を指し示している、

ということになるでしょう。

つまり、「名曲の構造」と「どう演奏するか」は、一体不可分であり、

構造を明確に分析してとらえることができれば、

素晴らしい演奏、作曲家が意図したような演奏が可能になる、

ということを示しているーと言い換えることができるでしょう。

 

 

★G.Henle Verlag ヘンレ出版が、いち早く2015年版として、

Mozart の新発見4ページ分を考慮した改訂版を出版したことは、

立派であると思います。


★しかし、このHenle新版でも、

私がいつも苦言を呈しているChopin 「Manuscript Autograph」

に対する、「Ekier エキエル版」の問題、つまり、

「Manuscript Autograph」の趣旨を理解せずに、

あるいは、理解できないがために、

自筆譜通りに記譜しなかったり、

恣意的な変更をしたり、根拠不明な記譜をするなどの問題点が、

ざっと見た限りでも、やはり、数多く見つかりました。


★気付きました所を、当ブログでこれから、

少しずつ指摘していきたいと、思います。

皆さまのMozart 理解、

Mozart をどうとらえていくかという点での、

手助けとなると、思います。

 

 

★発見された最初のページを観察してみます。

まず、Var.Ⅲの1小節目(55小節目)は、≪p ピアノ記号≫で、

始まりますが、ヘンレ新版を含めどの実用譜も、≪p ピアノ記号≫は、

第1拍目の上声と下声の間のスペースに、きれいに記されています。


★しかし、Mozart は実は、≪p ピアノ記号≫を二か所に記しています。

一つは、実用譜と同じく、第1拍目の上声と下声の間に位置しますが、

重要なのは、その「p」の字体が斜め左に大きく傾いており、

下端は上声第1音「c²」よりかなり、左に位置していることです。


もう一つの「p」は、下声の下のスペースに記されてますが、

下声の第1音「a」の位置より、明らかに少し左に置かれています。

この「p」も、流れ星のように下端が左になびいています。

 

 (Mozart は上声をト音記号でなく、ソプラノ記号で記譜)

 

★どうしてこのように記したか・・・その理由はいくつか考えられます。

直前の「Var.Ⅱ」までが「A-Durイ長調」であることから、

この「Var.Ⅲ」が「a-Moll イ短調」となることで、

世界は激変します。

そのためには、54小節目で「Var.Ⅱ」が終了した後、

55小節目の「a-Moll イ短調」の開始前に、

≪心の中で「p」を準備しておきなさい≫という、

強い強いメッセージを、発しているのです。


★さらに、現在の実用譜のように、上声と下声との間に

一つだけポンと置くのではなく、

≪上声も、下声も≫という「声部」に対する強い認識が

働いているのです。

これは、大変に重要な視点です。

 

 


★「Var.Ⅲ」の4小節目(58小節目)の

上声4拍目「a¹ c²」、同6拍目「gis¹ h¹」の音についても、

ヘンレ新版は、次のようになっています。


★「a¹ c²」の符尾を上向きに揃えて、“串刺し”にしています。

この書き方では、単なる二和音、あるいは3度の重音が

二つ続いている、という風にしか理解できません。

 

 


★しかし、Mozart は明らかに上声と下声の二声部に分割して

記譜しています。

符尾の向きが異なり、上向きと下向きにしているのです。

つまり、「c²  h¹」はソプラノ声部、「a¹  gis¹」はアルト声部として、

作曲していたのです。

 

 


★Bach の時にもよくお話しましたが、

作曲家は、≪四声体のパレット≫の上に、

“音の絵の具”を落として作曲するのです。

そうでなければ、緊密にして壮大な音の構築物は、

作り上げられないのです。


スラーの書き方についても、Mozart は大変に詩的に、

書いています。

Chopinと本当に、似ています。


★例えば、第1小節目(55小節目)にあるスラーは、

1小節目上声最後の、16分音符「c²」で、閉じられていません。

55小節目と56小節目を分ける小節線の上にまで、

優美に、たなびいているのです。


第2小節目(56小節目)の最初の音「h¹」の前から、

二つ目のスラーを始めていますが、

これも、小節線の上から開始されているように見えます。


★後世の Claude Debussy クロード・ドビュッシー(1862-1918)が、

有名な「月の光」が入っている「ベルガマスク組曲」などで、

よく使った手法です。

先行するスラーが閉じないうちに、続くスラーが始まるのです。

大きく見ますと、非常に息の長いスラーになるのですが、

実用譜が判で押したように記している、

1小節に1スラーという、官僚的なのっぺりとしたものとは、

別物でしょう。


★さらに驚いたことには、三つめのスラーである3小節目

(57小節目)のスラーが、3小節目から始まるのではなく、

その前の2小節目の最後の上声音「h¹」から、始まっているのです。


★これの意味するところは、次のようなことです。

56小節目上声最後の「h¹」は、二番目のスラーを

閉じる音であると同時に、三番目のスラーの始まりを兼ねている、

ということなのです


56小節目最後の「h¹」は、57小節目のAuftakt

アウフタクトと意識して、Mozart は弾いていたのでしょう。

それは、畳み掛けるような緊迫した演奏になります。

そして、その頂点として、4小節目(58小節目)の、

先述しましたソプラノとアルトの二声

「a¹  c²」と「gis¹  h¹」が、あるのです。

 

 


★Mozart のスラーは、それを分析して読めば読むほど、

彼自身がどういう音楽を書き、それをどう演奏していたかが、

読み取れるようになるのです。


★続く5、6小節目(59、60小節目)では、Mozart はなんと、

その下声部分について、一つのスラーで両小節をくくっています。

5、6小節目の和音は、1、2小節目の和音と同じです。

正確には、下声は同じで、上声はユニゾンにしたものです。

1小節目はトニックⅠ(主和音)、2小節目はドミナント(属和音)です。

1、2小節目では、それぞれの左下声にスラーをつけ、

和音をクッキリと浮かび上がらせています。


★Mozart は、5、6小節目について、単なる反復として、

とらえていません。

そのために、両小節にまたがる長いスラーを架したのです。

これにより、緊張感に満ちてくっきりとした1、2小節に対し、

緊張を和らげつつ、開放された華やかさをもった、

別な相貌を提示しているのです。

しかし、ヘンレ新版は1、2小節に合わせ、

5、6小節ごとに1つずつプツンプツンと、スラーを付けています。


★続く61、62小節目については、Mozart は61小節目は第1段に、

62小節目はその下の第2段目に書いていますが、

61小節目のスラーは末尾が先頭より高く跳ね上がっています。

そこでスラーが終わるのではなく、やはり、62小節目まで続く

スラーと見た方がいいでしょう。


★当然のことながら、ヘンレ新版は、ここもぶつ切りに、

一つずつスラーを機械的に書いています。

これらの点について、コメンタリーでは何の説明や注釈も

書いていません。


Mozart をどう勉強するか・・・。

このわずか4ページを手掛かりに、推理していくしかないでしょう。

ヘンレが、頑強に「Manuscript Autograph 自筆譜」通りに

変更しないのは、もし、そのように直しますと、

彼らが作った記譜に関する規則が、ガタガタになってしまい、

Mozart の作品全体を、改訂しなくてはならなくなるからでしょう。

 

 

★私が、ヘンレなど海外の定評ある楽譜を批判いたしますと、

「それでは、日本で出版されている楽譜はどうですか?」

という質問を、必ずと言っていいほど受けます。


★はっきり言いまして、日本の楽譜はほとんどが海外の楽譜の

“Copy and Paste”です。

いろいろな版から部分的にピックアップし、

それらをごちゃ混ぜにしたものである場合も多く、

それは一貫した分析ではありませんので、

真摯に勉強すればするほど、戸惑うだけでしょう。


★あるいは、昔に出版され現在は入手困難な名校訂版を、

かなり張り付けたものもあるようです。

しかし、その名校訂版に、勝手に余分なことを加えるなどの

“加工”が施されているため、それを勉強すればするほど、

論理不統一で、精神錯乱をきたすことになりかねません。

従いまして、当ブログでは、日本の楽譜については、

言及いたしません。

 

 

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