音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■私の≪浅田真央&キムヨナさんへの感想≫が、東京新聞「こちら特報部」に掲載■

2010-02-27 17:14:25 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■
■私の≪浅田真央&キムヨナさんへの感想≫が、東京新聞「こちら特報部」に掲載■
                   10.2.27  中村洋子


★昨日お昼前、「バンクーバー五輪、女子フィギュアシングルの演技、

特に、浅田真央さん、キムヨナさんの ≪ 音楽と演技 ≫ について、

感想をお聞かせください」という、突然のお電話が、

東京新聞「こちら特報部」から、ございました。


★普段、ほとんど見ないテレビですが、せっかくのご依頼でしたので、

真剣に2時間あまり、リンクで舞われる美しい演技の数々を、

拝見いたしました。


★本日の東京新聞朝刊、「こちら特報部」の右ページに、

≪芸術性では「浅田真央勝利」≫という見出しで、

私がお話しました内容と、衣装面でのコメントを加えた記事が、

7段で大きく、掲載されていました。


★最初の文は、

「浅田選手の方が、芸術性が高かった。

金選手は大衆性で観衆の受けも良かったけど、

音楽家からすると『無難だが単調な金』より、

『挑戦してミスした浅田』のポイントが高い」。


★お電話では、浅田さんのすばらしいリズム感についても、話しました。

技を出さずに、氷面を滑走している時の彼女の肩には、

音楽の拍子とピッタリと一致した、小刻みな動きが見られました。

これが、観客を飽きさせず、彼女と一体となって、

「4分間」を楽しませる原動力であると、思います。

演技する浅田真央さんの呼吸と、観客の呼吸とが、一致するのです。

観客も、自分自身が演技しているように思ってくるのです。

これが、芸、あるは芸術、技でしょう。

これは、音楽や舞台芸術でも、同じです。


★キムヨナさんも、素晴らしいですが、

大技と大技との間の滑走で、一瞬、

リズムが消える時が、何回かありました。

次の技の準備のために、途切れてしまうのです。


★音楽、例えば、フーガの例を出しましすと、緊張感を伴うのは、

大技に相当します「主題の提示部」、

これは、第一、第二、第三提示部と、続きます。

その緊張を解きほぐすものとして、提示部と提示部をつなぐ、

エピソード(嬉遊部)が、あります。


★実は、ここの処理が、演奏上、一番難しいのです。

聴いている人を、リラックスさせなければいけないのですが、

演奏者自信が、リラックスしてはいけません。


★最新の注意をもって、聴く人の呼吸を、自分の呼吸と、

一致させるような、テンポとリズムを保ち、

次の大技(提示部)へと、向かっていくのです。

キムヨナさんは、この嬉遊部を 

大きな高揚感へと、結び付けることがなく、

平坦な印象を、与えがちです。


★最高得点を獲得した彼女の、次なる課題は、

そこにあると、私は思います。

現状のままを繰り返しますと、すぐに飽きられることでしょう。


★クラシック音楽のコンクールでも、

全く同様なことがいえると、思います。

音楽の場合、コンクール入賞は、単に出発点でしかなく、

その後、どのような音楽を作りたいか、どう燃焼していくか、

本人がコンサートや録音、作品で、一生世に問うていくことが可能ですが、

スポーツの世界は、極めて限られた短い現役期間に、

自分を、表現しなくてはならないうえ、

音楽コンクールと同様、審査員が完全に公正であるとは、

言い切れない面も、あるようですので、

昨日は、美しいものを見た、という感動とともに、

溜め息も、ついたのです。


★クラシック音楽の例えば、ピアノの場合、

ここまで、崇高なレベルに達することができるのかと、

言えるほど偉大な演奏、

例えば、エドウィン・フィッシャー、ヴィルヘルム・ケンプなどの

大芸術家が、若干のミスタッチなど、ものともせず、

自分自身の世界を築き上げた、演奏録音に対し、

日本のCDの解説では、相変わらず、

“現代のピアニストと比べると、テクニックが劣っている”などと、

愚かな孫引きを、繰り返し、貼り付けています。


★戦前、戦後直後のころの録音は、現代のように、

修整に修整を重ねた、お化粧美人のような演奏ではなく、

ほとんど、1回勝負です。

そこで、若干のミスタッチがある、ということは、

“若干のミスタッチしかなかった”ということで、

いかに、恐ろしいほどの“テクニック”で

あったか、という証明でもあるのです。


★これは、浅田真央さんの演技を見て、スケートに全く無知な私が、

体が一瞬ぐらついたから、この人のテクニックは劣る、

と論評するのと全く同じであり、不遜である、と思います。


★上記のような批評や、CD解説を読んだ場合、

まず、それを書いた人の名前を覚え、

以降は、その名前で書かれている著作物は、信用しないのが、

無難で、無視すべきでしょう。


★余談ながら、冬期オリンピック・フィギュアとは、

不思議なご縁が、あります。

4年前のトリノ五輪で、荒川静香さんが感動的な金メダルを、

お取りになり、まだ熱気も冷めやらぬ翌々日の土曜日、

exhibitionで、彼女の優美な“イナバウアー”をもう一度、

披露されました。

日本中が、湧き上がっていました。

その同時刻、NHKFMラジオ「名曲リサイタル」で、私の作品が、

放送されていました。

ギターの斉藤明子さんにより、独奏曲「夏日星」が演奏されました。


★30分を越す大作で、斎藤さんへのインタビューもあり、

とても、いい番組でした。

放送後、親しい皆さんに、お電話で感想をお聞きしましたところ、

半数ほどの方が、「家には、いたのよ・・・」。

きっと、“イナバウアー”に酔いしれていらっしゃたのでしょうね。

次回の五輪フィギュアでは、また、新たな面白い出会いが

あるかもしれません。

楽しみであると同時に、どんな観客を魅了できる才能と

出会えるのか、待ち遠しく思います。


                  (東京新聞「こちら特報部」の記事)
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■佐川泰正さんの漆器 と 湯島・つる瀬の雛霰(ひなあられ)■

2010-02-23 01:48:42 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■
■佐川泰正さんの漆器 と 湯島・つる瀬の雛霰(ひなあられ)■
                 10.2.23  中村洋子


★先日、肌寒い風にもめげず、

新宿御苑前の 「 龍雲庵 」まで出掛け、

「 漆宝堂 」さん主宰の、佐川泰正さんの漆器で、

ミニ懐石を味わう会に、出席して参りました。


★そのお人柄のように、佐川さんの漆器は、

“ 威張った ” ところが、微塵もなく、

しっとりと手に馴染み、とても使いやすく、

それでいて素朴な美しさがあり、私は毎日、愛用しております。


★特に、普通より小ぶりに作られた、檜のお椀は、

すっぽりと、やさしく掌に納まります。

炊きたてのご飯を、少し盛りますと、

真っ黒な漆の表面に、湯気がさっとさし、

お米の白さが、一層際立ちます。

墨絵の世界のようです。


★懐石のお料理は、味わってしまうが惜しいような、

色彩り豊かな料理でした。

「 雲子ポン酢 」 の味わいに、特に感動しました。

塩で揉み洗いした真鱈の白子を、

昆布だしのおつゆで茹でる、のだそうです。


★やや線が細く単調ともいえる、白子の美味しさに、

昆布の旨みをかぶせることにより、

奥行きのある、深い “ 重奏的 ” な味が、生まれて出ていました。

添え物の黄金色の雲丹を合わせますと、さらに円熟。


★「聖護院大根、鱈の子、巻湯葉揚げ煮、菜の葉、蕨の炊き合わせ」

も、懐石の王道を行く味わいでした。

冬の味覚と、春の先駆けとの美しい出会い。


★「もずく と なめこの雑炊」も、

洗練と繊細さの極みのような、一品でした。

出汁は一瞬、味が付いていないかと、思うほどでした。

しかし、出汁を意識させないかのように、軽く抑えてありました。

その出汁の軽い旨みの上で、もずくとなめこ、さらにお米が、

それぞれの味わい、持ち味を存分に出して踊り、

舌を、楽しませてくれます。


★最後の「甘酒」は、麹の香りがゆったりと漂ってきます。

酒粕も、合わせてあり、

その味わいは、濃密、豊潤、大人の甘酒でした。


★「もずく と なめこの雑炊」が盛られたお椀は、

佐川さんの、新作です。

普通のお椀より、高さが少々高く、

さらに、口を付けるところが、薄手にしてあり、

外側に少し、湾曲しています。

これが、佐川さんの見事な創意です。


★その結果、片手でお椀を持ちますと、薄手のところが、

エッジが張るといいますか、

親指に軽く食い込むように、当たります。

それが、実に心地好く、手で持っていることが楽しくなります。


★料理の説明をしていただきました「 龍雲庵 」の後藤紘一良先生も、

この新作椀を「とても素晴らしい」と、お褒めになっていました。

ご自身も、これを求められたそうです。


★写真のお椀が、その新作椀です。

もうすぐ、雛祭りです。

湯島「つる瀬」の雛霰(ひなあられ)を、盛りました。

もち米を煎って爆ぜさせた「はぜ」という、フカフカのお米や、

とりどりの豆に、赤、白、黄、緑色のお砂糖が、まぶしてあります。

色彩感、やさしい上品な甘さ、

江戸の香りが、伝わってきます。


                (佐川さんのお椀と、つる瀬の雛霰)
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■≪第 3回平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座≫のお知らせ■

2010-02-19 22:21:12 | ■私のアナリーゼ講座■
■≪第 3回平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座≫のお知らせ■
            第 1巻 3番 嬰ハ長調 前奏曲とフーガ
     ★ショパンの前奏曲 「雨だれ」 は、平均律 3番の“申し子”

                       10.2.19 中村洋子

★第 3回アナリーゼは、2010年 3月 30日 火曜日です。


★平均律クラヴィーア曲集 第 1巻の 3番は、

「♯が 7つ付く」 嬰ハ長調という、画期的な調号です。

しかし、第 2回講座でお話しました 「暗譜の方法:そのⅡ」を、

実践していただければ、どなたでも、

この 「たくさんの♯」を、臆することなく、

容易に、鳥が羽ばたくような、美しいこの前奏曲を、

弾くことが、可能です。
 

★嬰ハ長調の異名同音調は、「変ニ長調」です。

ショパン「前奏曲集Op. 28の15 変ニ長調」 は、

有名な 「 雨だれ 」 です。

ショパンの前奏曲集が、平均律の前奏曲を規範として、

作曲されましたことは、この第 1回講座で、

両曲集の 1番を対比させて、ご説明いたしました。

「 雨だれ 」 も、この 3番嬰ハ長調の “申し子” のような曲です。

バッハをしっかりと学べば、骨格のはっきりとした、

真の “ショパン” を、弾くことができます。

 
★平均律 3番の前奏曲&フーガは、1番を発展させたものです。

1、 2、 3番の各曲どうしの関係も、ご説明すると同時に、

ショパンが 3番フーガからも、どんな “宝物” を、

見つけ出したか、お話いたします。


★この講座は、音楽をバッハを、

心から、愛している方々のためのものです。

難しいことはやさしく、分かりやすいことは、

さらに、深くご説明いたします。


■日時:2010年 3月 30日(火)午前 10時~12時半
 
 会場:カワイ表参道 2F コンサートサロン「パウゼ」

 会費:3000 円 (要予約)

 参加ご予約・お問い合わせは カワイミュージックスクール表参道
 Tel.03-3409-1958 omotesando@kawai.co.jp

★★第2回講座で、配布しました「第3回目講座の案内」は、開催日の
曜日を、誤って木曜としていましたが、「火曜日」が正しい曜日です。
お詫びして訂正いたします★★

 
■講師:作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会、日本音楽著作権協会(JASRAC)の各会員。ピアノ、チェロ、ギター、声楽、雅楽、室内楽などの作品を発表。2003 年~05 年、アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で、新作を発表。自作品「無伴奏チェロ組曲1番」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『W.ベッチャー 日本を弾く』を07 年、発表する。08年9月、CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」とソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表。09年10月、「無伴奏チェロ組曲第2番」が、W.ベッチャー氏によりドイツ・マンハイムで初演される。08~09年にかけ、「バッハのインヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を開催。
*中村洋子プログ:「音楽の大福帳」
http;// blog.goo.ne.jp/nybach-yoko


・第4回 4月28日(水)4番 嬰ハ短調の前奏曲とフーガ
                  + Beethoven「月光」との関係

       
                          (バレンタインデーの贈り物です)
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■いつでもバッハ、どこでもバッハ 、「 平均律第 1巻 2番 」の講座を終えて■

2010-02-18 21:07:53 | ■私のアナリーゼ講座■
■いつでもバッハ、どこでもバッハ 、「 平均律第 1巻 2番 」の講座を終えて■


                   10.2.18 中村洋子

★東京は、未明から雪が降り続きました。

本日は、「 平均律第 1巻 2番ハ短調 」 のアナリーゼ講座の当日。

遠方より、お出でになる方もたくさんいらっしゃり、

交通機関の乱れに対しても、さまざまな智恵を絞って、

驚くほど、たくさんの方に、ご出席いただきました。


★本日は、前奏曲とフーガを、どのように 「 暗譜 」するか、

というお話を、いたしました。

「 暗譜 」 とは、≪ 正確に記憶する ≫ということですが、

①理論的に、頭の中に定着させること、

②指が記憶して、動くこと、

③心の動き方、つまり、どのように表情をつけるか、その手順。

以上、三つことを、いかなる時にでも、間違いなくできる・・・

ということを、指します。

以下で、その一部をご紹介します・・・


★この前奏曲は、4分の 4拍子、1小節に 16分音符が 16個あります。

頭の中での定着と、心の動き方の、二点については、

1小節を 4分音符 4つに要約し、

まずは、頭の中で、和声の知識を、動員しながら、

憶えることです。


★その要約を、何度も弾くことにより、

バッハが、どのように、心を動かしながら作曲していたか、

それを追体験し、自分の表現法を創造します。


★指の記憶の一例としては、第 1小節目では、右手の部分を、

各拍の頭の音「 ド ド ド ド 」 を、左手で弾き、

それ以外の 「 ミ レ ミ 」「 ミ レ ミ 」

「 ミ レ ミ 」 「 ミ レ ミ 」 を、右手で弾きます。


★この右手を、さまざまな指使いで、練習することは、

大変に有効な 「 トリルの訓練 」 と、なります。

こうしますと、右手だけで全部を弾くより、おそらく、

上手く、正確に弾くことができると、思います。


★それを、自分の理想の弾き方として、記憶し、

右手だけで、その理想に近づくよう、練習する。

それをしますと、右手の部分が、実は 1声ではなく、

2声または 3声であることに、気付きます。

2声というのは、強拍の部分を 1声とし、

「 ミ レ ミ 」 の、内声の部分を、 2声とすることです。

より詳しく考えますと、1拍目と 3拍目のドが、ソプラノ、

2拍目と 4拍目のドが、第一アルト、「ミレミ」の 16分音符が、

第二アルトの、 3声になります。


★左手の部分も同様に、練習します。

ですから、この 1小節は、右手が 3声、左手も 3声、

計 6声として、記憶し、練習すべきです。


★「 フーガ 」 につきましては、

「 インヴェンション講座 」 で、お伝えしました、

「 暗譜の方法 そのⅠ 」 による、 30通りの手順を踏めば、

1週間で、きちんと効率的に「暗譜」できる方法を、お話しました。



★これは、決して機械的な手順、方法ではなく、

それを、実践することにより、

バッハの音楽の本質を、探求するという営みに、ほかなりません。

ですから、無味乾燥な、指の訓練のためだけの、芸術性に乏しい

「練習曲」は、全く、必要ありません。


★バッハの音楽に、ピアノに向かっているときだけ、あるいは、

CDや演奏会で、聴くときだけ向かいあうのは、

もったいない話です。


★「 完璧な暗譜 」 が出来ていますと、

≪ いつでもバッハ、どこでもバッハ ≫ が、可能となります。


★しかし、最も重要なことですが、この2番の前奏曲は、

解説書に書かれている「指の練習曲」では、全くないことは、

上記の要約による 「 暗譜法 」 を勉強すれば、

如実に、分かることです。

2番の前奏曲と深い関連をもつ、「 1巻 24番フーガ 」 、さらに

「 マタイ受難曲 」からの、引用も例にとり、

詳しく、ご説明いたしました。


★この 「 暗譜 」 を、マスターしますと、

「 ♯ 」や 「 ♭ 」が、たくさん付いた調号が、怖くなくなります。

次回の、「 第 3回平均律アナリーゼ講座」の「 第 3番 嬰ハ長調 」は

7つの「♯」を、調号にもっていますが、それをストレスとすることなく、

バッハの美しい音楽に向かい合うことが、可能となります。

次回の講座でも、「暗譜」について、「 第 3番 嬰ハ長調 」 を対象に、

さらに、深めて分かりやすくお話いたします。


                         (雪と瓦)
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■ 「 平均律第 1巻 2番ハ短調 」を、どう暗譜するか ■

2010-02-16 23:57:20 | ■私のアナリーゼ講座■
■ 「 平均律第 1巻 2番ハ短調 」を、どう暗譜するか ■
                     10.2.16 中村洋子


★明後日18日に開催の「 第 2回平均律アナリーゼ講座 」 で、

「 第1巻 2番ハ短調 」 の暗譜の仕方について、お話いたします。


★「 第 12回インヴェンション講座 」 で、ご紹介しました

「 暗譜の方法 そのⅠ 」 を復習し、さらに、具体的に

それを「 2番 ハ短調 前奏曲とフーガ 」 で、どのように、

応用し、実践するか、ご説明いたします。


★私は、高校時代、平均律第 1巻の曲を学ぶ際、

第1回目のレッスンの前に、その曲を暗譜し、それから、

先生のもとに、うかがいました。


★ほぼ 1週間に、 1回のレッスンでしたので、

7日間でどうやって、正確に覚え込むか、

その方法を自分で考え、実践しました。

その結果、いまでも、なんとか、平均律第 1巻は、憶えております。

若かったからだけでなく、その方法が妥当だったからでしょう。


★「 暗譜の方法 」というのは、実は、「 正しい練習の方法 」である、

と、いえそうです。

漠然と、全曲を楽譜を見ずに弾けるのは、

「 暗譜 」 とは、いえません。

それですと、弾くたびに違うところで間違えたり、

忘れたり、してしまいがちです。

何年それをしても、手の内に、入りません。


★暗譜=記憶 ですが、いまつくづく、よかったと思いますのは、

ピアノがなくても、電車のなかでも、お風呂のなかでも、

バッハの音楽を、頭のなかで再現し、楽しんだり、

感動したりすることが、出来ることです。

私の作曲家としての土台は、ここにあります。

この喜びを、皆さまに是非、お伝えしたい、と思います。


★「 平均律第 1巻 2番 」 の前奏曲は、いろいろな解説書で、

「 トッカータ風 」 と、書かれています。

孫引きが多く、その根拠ははっきりとしません。


★確かに、そう思えなくもないのですが、本当にそうでしょうか?

「 トッカータ風 」 とすることで、「 力強い 」、「 活気ある 」、

「 元気はつらつ 」 などの性格づけがなされることが、

多いのですが、そのイメージに、

引きずられないほうが、よいと思います。


★私の方法で、この 「 2番前奏曲 」 を、勉強いたしますと、

大きく、浮かび上がってくる曲想は、

バッハの ≪ 受難曲 ≫ の一節、といっても過言ではない、ものなのです。

この前奏曲が、1番の前奏曲と対を成す曲であると同時に、

1巻の最後「 24番 ロ短調 」 とも、対応していることが、分かってきます。

あの「 ロ短調ミサ 」 の 「 ロ短調 」なのです。


★私自信、正直に申し上げますと、これまで、

「 トッカータ 」という言葉に、惑わされ、暗示を掛けられていました。

今回、自分の暗譜の方法を使って、新たに、2番前奏曲を、

勉強し直しましたところ、

≪ 受難曲 ≫のような、曲想であったことを、改めて発見しました。


★さらに、前回のブログと同様、

バッハの自筆譜と、一部の原典版との相違点を、新たに発見しました。

33小節第 1拍目 上声 「 ソ ド シ ド」 の 「 シ 」に、

≪ バッハの自筆譜 ≫ は、「 ナチュラル記号 」を、付けていません。

しかし、「 ヘンレ版 」 や 「 ヴィーン原典版 」 では、

ナチュラル記号が、付けられています。

「 べーレンライター版 」では、

小さい活字のナチュラルが、付けられています。


★これは、

① 1小節前の、32小節第 1拍目上声の

「 ソ ド シ ド 」 の 「 シ 」 に、

≪ バッハの自筆譜 ≫では、「 ナチュラル記号 」が付いている、

② 32、33小節の他の「シ」でも、

すべて、「 ナチュラル記号 」が付いている・・・ことから

“ バッハが、書き忘れたのであろう ”と、

“ 親切な校訂者 ” が、勝手に、ナチュラル記号を付けてしまった、

と推測されます。


★この曲を、きちんとアナリーゼしますと、

この ≪ シ ≫ が、≪ シ♭ ≫ でしか、ありえないこと、

さらに、そこにこそ、

バッハの天才が、発揮されている、ということを、

講座で、お話いたします。


★前回、第 1回講座のアンケートで、ご質問がありました

≪バルトークの校訂した 「 平均律 」の曲順は、

なぜ、 1番から順番に並べられていないのか? ≫、についても、

講座で、触れる予定です。

「 大作曲家 」バルトークだからこそ、読み取れる バッハ像が、

この校訂版から、浮かび上がってくるのです。



                      (マンサクの初花)
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■「平均律第1巻 2番ハ短調」に加えられた無理解な改竄と、誤解について■

2010-02-14 23:59:38 | ■私のアナリーゼ講座■
■「平均律第1巻 2番ハ短調」に加えられた無理解な改竄と、誤解について■
                10.2.14    中村洋子


★本日は、旧暦のお正月です。

中国では「春節」と呼ばれ、文字通り、きょうから 「 春 」 です。

軒下に吊るした蜜柑を食べに、メジロが時々、尋ねてきてくれます。


★2月 18日(木)の「第 2回平均律アナリーゼ講座」の準備で、

きょうは、「 第 1巻 2番ハ短調 」の「 前奏曲とフーガ 」を、

バッハの 「 自筆譜 」で、勉強いたしました。


★「 2番前奏曲」 は、「1巻 1番 ハ長調」 と、対を成す曲です。

1月 24日のブログ

≪平均律第 1巻 1番前奏曲で、反復」のもつ大きな意味≫を、

是非、もう一度、お読みください。


★日本の有名な、平均律の解説書を、きょう、何十年かぶりで、

本箱から探しだし、中を見ました。

この本では、「 2番の前奏曲」について、

「第一義的には、この曲は、両手のための規則正しい16分音符運動の

練習曲であるといえよう。」

「バッハが、息子の指の訓練のためにこれを書いたことは、明らかであろう」

と、書かれていました。


★私は、この解釈には、全く賛成できません。

バッハの息子たちの、当時の年齢と、

将来、彼らが一流の作曲家になった、

という事実を、考え合わせますと、

息子たちの指や両手は、既に十分に熟達し、正確に弾けていた、

と、考えられます。


★息子の教育用と考えるならば、この曲は、≪ 作曲の手引き ≫ と

見るのが、妥当でしょう。

上記の解説書の筆者には、“ 4分の 4拍子で、小節の前半 2拍を、

後半 2拍で、単に反復しているだけの、単調な曲である ”としか、

見えないのでしょう。


★バッハによる、この 2番の ≪ 自筆譜 ≫ を見ますと、

バッハが、息子や弟子たちが、その楽譜を一目見ただけで、直ぐに、

曲の大きな「まとまり」が、理解できるように、

工夫して書かれているのが、実によく分かります。

段落の分け方、符尾の書き方などで、それが、如実に現れています。

≪ 自筆譜 ≫を、見ずして、なにも語れないと、言えそうです。


★ ≪ 自筆譜 ≫ から、分かることは、

決して、この曲は、 1小節ごとにプツリプツリと、

区分けされているような、単純な曲では、ない、ということです。

第 1回講座でも、この点については、ご説明し、

それを理解することにより、ショパンやシューベルトが、

大変に弾きやすくなる、ということを、お話しました。

18日の第 2回講座では、この点を、さらに詳しく、

分かりやすく、ご説明いたします。


★大バッハが、この大きな平均律という素晴らしい曲集の巻頭、

1番、 2番の前奏曲に、単調な無味乾燥な曲を、当てる訳がないのです。

同様に、1番のフーガを、「 上出来の部類には入らない 」と、

記している本すら、ございますが、

このブログをお読みになる、音楽を愛し、

バッハを愛していらっしゃる皆さまは、くれぐれも、

盲信なさらないで、ください。

ご自身が自分で「美しい曲で、私は大好き!」と、感じられたその

感性を、信じてください。


★「 2番 ハ短調のフーガ 」につきましても、

原典版(Urtext)ですら、バッハの意図を、勝手に捻じ曲げ、

改竄した版が、多く、見受けられます。


★ ≪ 自筆譜 ≫ では、

29小節目の 3拍目、左手オクターブ「 ド‐ド 」の、

下の「ド」(下第2線)だけ、

30小節目1拍目で、同音の「ド」を、弾き直します。

そこでは、「タイ」が付けられてはいない、ということです。


★29小節目の3拍目、左手オクターブ「 ド‐ド 」の、

上の「ド」(第2間)は、

30小節目1拍目で、同音の「ド」と、「 タイ 」 で、結ばれています。

30小節目のオクターブ「 ド‐ド 」は、

31小節目のオクターブ「 ド‐ド 」に、

二音とも、タイで、結ばれています。


★上記と、同じ流れと見て、

29小節目の 3拍目、左手オクターブ 「 ド‐ド 」の、

下の「ド」(下第2線)から、30小節目 1拍目にかけて、

「タイ」が、付いてないのは、

“ おかしい 、バッハが書き忘れたのであろう” として、

勝手に 「 タイ 」 で、つないでしまっている版が、

数多く、見受けられます。


★しかし、バッハの「自筆譜」では、

ここに、「 タイ 」を付けては、いません。

「 前奏曲 1番ハ長調 」 34小節目 1拍目のバス 「 ド 」 と、

3拍目のバス 「 ド 」 も、いろいろな版では、改竄され、

「 タイ 」で、結ばれていますが、これも同様に、

決して、バッハが 「 タイ 」 を、付け忘れたのではありません。

タイを付けると、一見美しく、なめらかに聴こえますが、

そうしますと、バッハの作曲の意図から、

外れてしまうことに、なります。


★第 1回講座で、1番前奏曲については、 2つの理由から、

「 タイ 」が必要ないことを、実際の演奏に反映できるように、

詳しく、ご説明いたしました。

2番の、この部分での ≪ タイ ≫ も同様で、

バッハが、まさに、 ≪ タイをつけなかった ≫、

その理由を、探求し、理解することにより、

前奏曲が ≪ 単なる指の練習曲 ≫ ではない、ということも、

証明されるのです。

                       
                          (フキノトウ)
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■私の室内楽作品が、3月、チューリッヒで初演されます■

2010-02-11 18:48:05 | ■私の作品について■
■私の室内楽作品が、3月、チューリッヒで初演されます■
               10.2.11 中村洋子


★スイスのチューリッチで活躍中の

≪ ensemble für neue musik zürich ≫という団体が、

創設25周年を、記念し、

3月 19日~ 21日にかけ、音楽祭を開催します。


★そこで、私の作品 「 Zürich チューリッヒ 」 が、初演されます。

≪ ensemble für neue musik zürich ≫ は、この音楽祭のために、

世界 23カ国の作曲家に、「 演奏時間 1分間 」 の曲を、

新たに作曲してくれるよう、委嘱しました。


★私のもとへも、作曲依頼が昨年夏、参りました。

作品は、6重奏曲 sextet (+ conductor)が条件です。

instrumentation:
flute/pic/alto fl/bass fl
clarinet B flat/A/E flat/basset horn/bass cl/contrabass cl
drums/percussion
piano/keyboard
violin
violoncello


★私の編成は次のとおりです。

flute / clarinet B / percussion / piano / violin / violoncello


★題名は、アンサンブルの所在地に因み 「 Zürich 」 としました。

テーマ(旋律)は、 ≪ ソジェットカバート ≫ 

Soggetto cavato ( carved out of the words ) を使い、

Zurich の、 「 z を ミ 」、 「 u を ソ 」、 「 r を レ 」、

「 i を シ 」、 「 c を ド 」、 「 h を ラ 」 と

当て嵌めました。


★モーリス・ラヴェルが、1909年に、

ハイドン(1732~1809)の、没後百年を記念して作曲した

「 Menuet sur le nom d'HAYDN  

ハイドンの名によるメヌエット 」 のテーマは、

≪ ソジェットカバート ≫ により、「 H A Y D N 」 を、

「 シ ラ レ レ ソ 」 に置き換えて、作られています。


★同じテーマで、クロード・ドビュッシーも

「 Hommage a Haydn  ハイドンを讃えて」を、

作曲しています。


★≪ ソジェットカバート ≫ は、 16世紀イタリアの

作曲家、理論家であったツァルリーノ 

Zarlino (1517~1590)が、創作した用語で、

特定のアルファベットを、音階のドレミファソラシドに、

当て嵌め、それにより、

ある言葉、例えば、今回の「 Zürich 」 が、

「 ミ ソ レ シ ド ラ 」 という旋律に、なります。


★ここで、誤解していただきたくないのは、次のことです。

ラヴェルが、ハイドンの名前を使って作曲しても、

ハイドンの音楽とは、全く関連がなく、

ラヴェル独自の音楽を展開した、ということです。


★私が「 Zürich 」で、ソジェットカバートを使いましたのは、

テーマを作るための、単なる 「 きっかけ 」 でしかありません。

それに特別の意味が、あるわけではありません。


★しかし、≪ バッハ ≫ になりますと、そうではなくなります。

バッハの音楽のなかの、一部分の形などをとらえ、

特別な暗喩が、込められている、

あるいは、何かが象徴されている、

さらに、数字や図形に、特殊な意味が、隠されているなど、

薀蓄の世界が、繰り広げられているようです。


★しかし、それは、音楽の本質とは、

関わりのないことであると、私は思います。


★「 演奏時間 1分間 」 という制約が、私にとって、

とても面白く、1分間に 72拍ある曲を書く場合、

「4分音符= 72」と、すればいいのです。

6拍子にしましたので、72÷6=12、

つまり、12小節の曲になります。


★ 12小節とはいえ、ゆったりと、優雅な舞曲が出来ました。

また、6人による「 旋律のカノン 」、

「 リズムのカノン 」 が、織り成されています。

演奏日は、3月21日。

「バッハの誕生日」です。

この演奏は、「CD」に記録されるそうです。

それを聴くのが、いまから、楽しみです。


                         (白梅の蕾)
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■バッハの「インヴェンション2番」は、「二声」の曲にあらず■

2010-02-07 19:54:08 | ■私のアナリーゼ講座■
■バッハの「インヴェンション2番」は、「二声」の曲にあらず■
                   10.2.7   中村洋子


★風が強く、とても、寒い日曜日でした。

新潟県十日町市では、積雪が 3メートル近くにもなっているそうです。

本日 2月 7日は、旧暦では「 12月 24日 」と、クリスマスイヴです。

寒くて、当然ですね。

「 旧正月 」は、“ 春の始まり ” ということが、実感できます。


★ 2月 18日の、第 2回目「 平均律クラヴィーア・アナリーゼ講座 」

の準備で、

同じ、ハ短調である「 インヴェンション&シンフォニア 2番 」の、

「 バッハ直筆譜 」を、勉強しています。


★あらためて、インヴェンションの奥深さに、のめり込みました。

同時に、バッハが、ハ短調の「 インヴェンション&シンフォニア 」、

「 平均律の前奏曲&フーガ 」の 計 4曲を、

大きな構想の下で、

作曲していたことも、実感できました。


★バッハの「 直筆譜 」によりますと、

インヴェンション 2番(全 27小節)の下声は、

曲頭から、 22小節目 2拍目まで、

「 バス記号 」(ヘ音記号)ではなく、

「 アルト記号 」で、書かれています。

このような例は、インヴェンションでは、 「 8番 ヘ長調 」 のみです。


★この下声の「 アルト記号 」の部分を、

「 アルトまたはテノール声部 」 と、とらえますと、

22小節目後半から、最後までの「 バス記号 」 部分、

( ほぼコーダに一致 ) の、力強い音色とは、

自ずと、音色が異なってきます。


★この 「 二声のインヴェンション 」 を、

≪ 二声の曲 ≫ と、とらえずに、

「 ソプラノ声部 」、「 アルトまたはテノール声部 」、「 バス声部 」 による、

≪ 三声の曲 ≫、あるいは、

アルトとテノール声部を、分割して、

≪ 四声 ≫ の曲として、演奏してみてください。


★“ソプラノ“、“アルト”・・・というのは、

人間の声をなぞって、そのように称しているのですから、

当然、その音色も、人声すなわち、

バッハの声楽作品や、コラールなどから、

想像することが、できるのです。


★下声が、テノール声部を「 歌っている 」 ときにも、

休止している「 バス声部 」 が、“ 存在している ” ことを、

想像して、あたかも 「 指揮者 」 のような気持ちで、

“ いま、どのパートの人が歌っているか ”、

“ テノールからアルト声部へと、どのようにつなぐか ” などと、

考えながら、弾きますと、

実に、活き活きと、知らぬ間に、

色彩豊かな、演奏となります。


★そうなりますと、「 校訂版 」 に頼ることなく、

フレージング、アーティキュレーション、音色、ディナミークを、

“ 借り物 ” ではない、

「 ご自分の解釈 」 で、創造することができます。


★そのためには、ピアノ作品だけを聴いたり、

弾いたりしているだけでは、足りません。

今後のブログで、バッハの 「 マタイ受難曲 」 の、

「 声楽作品 」 を、例として、

第1回「 平均律アナリーゼ講座 」 で、お話しました

「 アウフタクトとは何か 」 についても、お伝えします。


★その声楽作品を聴いたり、ピアノで伴奏部分を弾きながら、

ご自分で歌ってみるという、一見、ピアノの練習とは、

かけ離れているように、思われることが、

バッハの 「 鍵盤作品 」 を、深く理解し、

その結果として、弾きやすくする

「 最短距離 」 であると、思えてなりません。


★ 2月 18日の第 2回 「 平均律アナリーゼ講座 」 でも、

引き続き、バッハの 「 アウフタクト 」 について、

ピアノで、実際に音を出しながら、

ご実感できるように、ご説明する、予定です。


                         (石畳と雪)
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■バッハ・フランス組曲第 5番クーラントの手稿譜が伝えていること■

2010-02-04 01:24:00 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハ・フランス組曲第 5番クーラントの手稿譜が伝えていること■
                    10.2.3   中村洋子


★昨日の、雪の「節分」に続き、

本日は、「立春」。

凍えるような、寒い春です。


★2009-12-26 の 私のブログ

≪ご質問へのお答えと、バッハとシューマン・「パピヨン」との関係≫に、

以下のようなコメントを、いただきました。

●私は最近、ようやくバッハの音楽の重要性と美しさに惹かれ、
またインヴェンションからもう一度新しくアナリーゼをし直そうと
思っています。ブログの内容を拝見し、本来ならば、ぜひ公開講座に
出席いたしたかったところなのですが、場所もかなり遠く(福岡なので)
状況は厳しかったのです…が、その内容が書籍になる、
という文面を目にし、とてもうれしく思います!!
はやく、その本を手にしたくてなりません!!


★暖かいご声援をいただき、とてもうれしいです。

ご期待に沿えるよう、頑張ります。

病院の解剖室のように、冷たいベッドの上に、

「インヴェンション」が横たわっている、

というような本には、したくありません。

「インヴェンション」を、直ぐにでも弾き、楽しむことができるような、

血の通った、分かりやすい本にしたいと、思います。

バッハが、“音楽愛好家に楽しんでもらいたい”と、思って作曲した、

その願いに、近づくことができるように、努力したいものです。


★インヴェンション序文に記されている「1723年」、

平均律クラヴィーア曲集第1巻の「1722年」、

バッハは、この前後、目もくらむような作品を、たくさん作曲しています。

「ヴァイオリン独奏のためのソナタとパルティータ」(1720年の日付)、

「無伴奏チェロ組曲全 6曲」(1720年ごろ)。

さらに、「フランス組曲」(1722~25年)も忘れることができません。


★チェロ組曲とフランス組曲を、比較しますと、

チェロ組曲は、「前奏曲」、「アルマンド」、「クーラント」、

「サラバンド」・・・。

フランス組曲は、第1曲目が「アルマンド」、2曲目が「クーラント」、

そして「サラバンド」と、続きます。

両組曲とも、「サラバンド」が、「曲の要」の位置を占めています。

チェロ組曲では、「前奏曲」に組曲のすべての要素が、

内包されており、アルマンドからクーラントへと、

テンポが上がり、サラバンドで、落ち着く、

という作り方に、なっています。


★「フランス組曲」は、充実したアルマンドに、

その曲の主要なモティーフが、すべて含まれており、

それを、次々と発展させていく形に、なります。

「要」のサラバンドに対し、第1曲目との橋渡し役の曲は、

クーラント1曲に、なります。

チェロ組曲は、アルマンドと、クーラントの2曲が、

前奏曲とサラバンドの間に、存在します。


★フランス組曲の「クーラント」の演奏は、

一筋縄では、いかないと思います。

フランス組曲第5番の「手稿譜」を、じっくり見てみました。

横長の楽譜で、「アルマンド」は、見開き 2ページに納められ、

1ページは 3段です( 2ページに追加記譜がありますが、基本は 3段)。

以下のクーラントなども、全く同様に書かれています。

長大なジーグだけは、4ページですが、各ページは基本的に 3段です。

( 2ページと 4ページに追加の記譜があり、そこは 4段になります)。


★バッハは、インヴェンションも、このフランス組曲5番と同様に、

同じ寸法の物差し( 2ページ、 3段)で、記譜しており、

同じ考え方で、作曲したことが分かります。


★この手稿譜で、大変に興味深い部分は、「クーラント」の

「 6、 7小節目」の上声です。

現在、流布しています「実用譜」では、ここの部分は、

「符尾」が、 6小節全部~ 7小節 2拍目まで、

「上向き」に、記されています。


★しかし、バッハ手稿譜では、

6小節目 2拍目頭部の「 ミ 」の音のみ、「上向き」とし、

それに続く、「 レ ド シ 」、3拍目「 ラ ソ ラ ド 」から、

7小節目 1拍目「 ファ♯ ミ レ ミ 」 、

2拍目「 ファ♯ ソ ラ シ 」、3拍目「 ド ラ レ ラ 」まで、

すべて、符尾を「下向き」に、しています。

あたかも、8小節目の第 1拍目「シ」の 2分音符に向かって、

駆け上がるように、勢いよく記譜されています。


★7小節目の 1拍目「 ファ♯ ミ レ ミ 」は、

ソプラノ記号で、書かれているとはいえ、

第 2間 第 2線、第 1間 第 2線 となっていますので、

通常の記譜法では、符尾を「上向き」にするのが、常識です。


★しかし、バッハが、あえて、

記譜法の“ルール破り”をして、符尾を「下向き」にしたのは、

ここから、8小節目冒頭までの 5拍分は、

「一つの大きな、途切れることのない、音楽的まとまりである」と、

視覚的に捉えることが、できるようにするためです。


★6小節目2拍目「 レ ド シ」について、1小節目 1拍目上声で、

奏される「ソー ファ♯ ミ」の、主題頭部と同じ、

3度の順次進行下行形を、用いることにより、

テーマを、より膨らませたものであることが、

自ずと、分かるようにしています。

そして、8小節目の第 1拍目、

2分音符の「シ」を、この「音楽的なまとまり」の、

頂点に、据えています。


★ルール違反の「下向き符尾」により、記譜されたこの全 5拍は、

息をもつかせぬ緊迫感をもたらし、ピアノで弾く場合は、

「Crescendo」で、奏されるべきでしょう。


★この 8小節目冒頭の 2分音符「 シ 」は、この楽譜の、

一枚目の、ちょうど真ん中に位置し、

周りの音符を睥睨するように、他より大きく、描かれています。

実に、視覚的です。

バッハが、“ここに頂点がくるのだよ”と、

一目瞭然で分かるように、記譜したのでしょう。


★ 2枚目では、 24小節目の 2分音符「 ミ  e2 」が、同様に、

真ん中に位置し、大きく描かれています。

ここを、このクーラント後半での、

頂点としていることは、明白です。


★この 24小節目の 「 ミ e2 」 が、第3曲の Sarabande の、

2小節目の 2分音符 「 ミ e2 」 に、呼応しているのは、明らかです。

クーラントの頂点が、組曲の要である「 Sarabande 」 を、

大きな力で、手繰り寄せているのです。 


                                     (椿)
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