音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■インヴェンションを小学生で学べば、本物の音楽が身につき、終生忘れない■

2016-02-27 22:44:41 | ■私の作品について■

■インヴェンションを小学生で学べば、本物の音楽が身につき、終生忘れない■
~《クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり》に新しいレビュー~
                 2016.2.27    中村洋子

 

 


私の著書《クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり》に、

新しいブックレビューを、四人の方からいただきました。

 

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■みずから学ぶための手引き
               2016年2月27日

ピアノの勉強は小学生で止めてしまいました。

「大人になったとき続けていたらよかったのに、と思うよ」
という周りの大人たちの声を背にしながら。

それから人生の折々に、音楽は宿題のように感じて、
そのたびにあれこれ書物を手にとりながらも、
独り学ぶ方法が分かりませんでした。

好きだったバッハのインヴェンション、シンフォニアから
再開できるかと、
楽譜を用意した直後に、
WEB検索で著者のブログを知ったのは一年前のことです。

あやうく別の道でまた迷うところだったと、楽譜を買いなおしました。

ブログの教えてくださることを音で確かめながら進めることにしました。

以来、美しい写真とともに端正なブログの文章を愛読しております。

力づけられたことを数点あげれば、
 ・自分の感じ方を大切に
 ・弾けなくとも弾ける範囲で自分で音にして聞くこと
 ・無味乾燥な和声学の教科書や用語に惑わされることなく、
  曲そのものから学ぶこと

また、fingeringが単なる弾きやすさのための指番号ではなく、
曲の構造を示すために使われることを、初めて知りました。

この度、ブログの内容を補って本を出版されると知り早速求めました。

本では、著者の手書き譜がさらに沢山加わり、ていねいに説明されています。

暗譜しようと努力することは、私にとっては曲をまず理解するために
役立っています。

何度も忘れますが、譜面を離れて思い出し、
そこで再度譜面を見ると、初めて気づくことがあります。

これからの生活の中で少しずつ、音をよく聞き、味わい、
楽しむことができる、
その手引きとなる本だと思います。

どなたでもご一緒に学んで参りましょうという中村先生のことばに
励まされます。
                               (了)

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お好きでした「インヴェンション & シンフォニア」の勉強を再開された、

という、とても嬉しいお話です。

それは、小学生の時代に「インヴェンション & シンフォニア」を学ばれ、

知らないうちにそれが身につき、滋養となり、宿っていたからなのです。


★私の著書の Chapter 2 ≪対位法とはどういうものでしょうか≫に、

以下のように書いております。

 

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≪  インヴェンションを学べば対位法が身につく

 「対位法」について、余すことなく語っているのが、Albert Schweitzer アルベルト・シュヴァイツァー(1875-1965)です。バッハのオルガン作品について最高のオルガニストであったシュヴァイツァーの著書「Johann Sebastian Bach」には、インヴェンションについての記述があります。本文中の「多声部の作曲法」は、まさに「対位法」そのもののことです。

  現代の平均的な音楽家が、作曲理論について、 乏しい知識しかもちあわせていなかったとしても、その音楽家が、もし本物の芸術と偽物の芸術とを厳しく見分ける力を、もっていたとすると、それは、まさにバッハのインヴェンションのお陰である、ということができる

  このインヴェンションを、練習したことがある子どもは、ピアノ習得のための一過程として、機械的に練習していたとしても、その子どもは、 多声部の作曲法を、身につけている、といえる。それは決して、消え去ることのないものである。

  それを習得した子どもは、どんな音楽に接しても、 本能的にその音楽の中で、インヴェンションと同じように、 多声部が巧みに見事に織り込まれているかどうか、探求するようになるのである。そして、多声部が紡がれていない部分は、 貧困な音楽であると感じるのである

 この言葉を、もっと単純化すると、次のようになります。
≪インヴェンションを学びさえすれば、対位法=多声部の作曲法が身につき、本物の芸術と偽物とを区別できる能力が自然に養われる。そして、それは終生消え去らないのである≫(子どもに限らず大人でも、同様のことが言えると思います)。
 初心者でも弾けるくインヴェンションに対位法が縦横に張り巡らされている
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★このシュヴァイツァーの言葉どおり、≪インヴェンションを、練習したことがある子どもは、ピアノ習得のための一過程として、機械的に練習していたとしても、その子どもは、 多声部の作曲法を、身につけている、といえる。それは決して、消え去ることのないものである。

≪インヴェンションを学びさえすれば、対位法=多声部の作曲法が身につき、本物の芸術と偽物とを区別できる能力が自然に養われる。そして、それは終生消え去らないのである≫(子どもに限らず大人でも、同様のことが言えると思います)。

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音楽を楽しむのに、年齢は関係ございません。

Bach先生は、懐が深いのです。

Bachの音楽に触れ、勉強すれば、

シュヴァイツァーが書きましたように、

《本物の芸術と偽物の芸術とを厳しく見分ける力》が備わるのです。


★そうなれば、Bach先生はあなたの傍らに立ち、

直接、優しく指導してくださっているのです。


★日本では、今までも、そして今も、Bachを苦手とされる

ピアノの先生方が、多いようです。

苦手意識をもって、嫌々Bach を教えていらっしゃる方も、

少なからずおられるようです。

その結果、生徒さんたちがBachを楽しみ、感動しながら学ぶ機会を

逸してしまいます。

本当のクラシック音楽の扉を、そうした先生に通ったがために、

閉ざされてしまうことは、残念で、そして生徒さんにとっては、

とてもお気の毒なことです。

 

 


《・自分の感じ方を大切に
  ・弾けなくとも弾ける範囲で自分で音にして聞くこと
  ・無味乾燥な和声学の教科書や用語に惑わされることなく、
    曲そのものから学ぶこと
   また、fingeringが単なる弾きやすさのための指番号ではなく、
    曲の構造を示すために使われることを初めて知りました


無味乾燥な教科書ではなく、Bachの作品を教科書として、

Bachを学びさえすれば、商業主義の大宣伝に惑わされることなく、

自信をもって、ご自分の感性で、審美眼で、

いい音楽、悪い音楽を見分けることができるのです。


Edwin Fischer やRöntgen、Bartókなどによる秀逸な校訂版は、

Fingeringによって、作品の構造を解き明かしているのです。

しかし、それはほとんど理解されていません。

上記の校訂版が絶版になりかかっている事実が、

それを物語っています。

 

 

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■より大きな学び
        愛好家 2016年2月21日

手書きの譜例付きで初心者の私でもわかり易いアナリーゼからは、バッハやショパンなど作曲家の意思に直結する和声や構成を愉しく学べます。「なぜバッハの音楽が美しいのか」といった私の「永遠の謎」が解明されるような感覚を味わい、一音一音が秘める素晴らしさにさらなる興味を掻き立てられます。人それぞれ音楽に使える貴重な時間を、濃密に有機的に学べるような示唆が沢山語られ、生涯出会う楽曲共通の課題やアプローチの仕方が凝縮されています。クラシック音楽を演奏する、聴く、とはどういう事かという原点を考える機会を頂き、教養のような普段より大きなことを学ぶことができ、感謝いたします。

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《バッハやショパンなど作曲家の意思に直結する和声や構成を愉しく学べます。「なぜバッハの音楽が美しいのか」といった私の「永遠の謎」が解明されるような感覚を味わい、一音一音が秘める素晴らしさにさらなる興味を掻き立てられます》

 

★「なぜバッハの音楽が美しいのか」・・・

バッハの音楽を美しいと感じることから、すべてが始まります。

美しいと感じさえすれば、もう勉強が始まっています。

 

 


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■音楽の学び方
             まりねこ 2016年2月20日

「音楽を深く知るには作曲家の自筆譜を研究すること」--中村さんが主張するこの本を読み、心の底から、なるほど!と思いました。私は、権威ある老舗の出版社の楽譜なら間違いはないと信じ、子どもの頃からピアノやチェロなど練習をしてきました。しかし、それが空しいことだったのでしょうか。確かに一般の楽譜は原作者の思いもよらない内容が書き加えられたり変更されたりしていることが少なくないようです。コピーから学んでも単なるニセモノの上塗りにすぎないとも言えるのでしょう。今まで展覧会で見るだけだった自筆譜にじかに接することで、これからは作曲家の本当に表現したかった音楽について考え、その真の面白さを探していきたいです。


★《権威ある老舗の出版社の楽譜なら間違いはないと信じ・・・、
今まで展覧会で見るだけだった自筆譜にじかに接することで、これからは作曲家の本当に表現したかった音楽について考え、その真の面白さを探していきたいです》


★不思議な感覚ですが、自筆譜を学んでおりますと、

その作品から、音楽の真の楽しさが、つくづく感じられるのです。

作曲家の肉声が聴こえ、このように演奏していたと、

音を伴ったかたちで、眼前に現れてきます。

しかし、実用譜からは、その生きた音楽は固く口を閉ざし、

冷たい沈黙があるのです。


★それは、例えば Chopinが、スラーをフレーズの始まる符頭の

遥か前から書き始めている場合がよくあります。

これは、音が実際に発せられる前から既に、

フレーズの音楽が始まっている、という意味です。

実用譜は、四角四面に冷たく判で押したように、符頭から始めています。


★あるいは、一見しますと一つの和音にみえるところでも、

作曲家は、個々の音の符尾の向きを上か下か区別して

書き分けている場合がよくあります。

符尾の向きで、どの声部の音かを示しているのです。

どの声部かが分かりますと、音色も決定できます。

アルトとテノールを比べますと、女声、男声の差があります。

ソプラノとアルトでも、大違いですものね。


実用譜は、それらを全部一つの方向に“串刺し”のように揃えてしまいます。

それでは、作曲家の意図は見えてきません。

色褪せたモノトーンの音楽しか、表現できません。

 

 


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■おもしろい
               なまえ 2016年2月19日

ブログを見ていたので読みました。
暗譜の仕方が面白かったです。
自分は23歳くらいまで何もしなくても15分くらいの曲(バッハ〜ドビュッシー、
ラフマニノフのエチュードも)1週間で覚えてしまう人で、
1ヶ月で本番でも全く平気だったのでこういう方法をしたことがありませんでした。
演奏者は若い時はほとんどそうではないかと思います。
年をとってから苦労してます。
機械的に区切るのは抵抗がありますが
(例えば、セリフを文字数で単語の途中で区切って覚えるのことはないだろう)
とりあえずはやってみて判断しようと思います。

声部わけの練習は普通の事だと思いました。
加えて片方を声で歌うのが常識かも。


★《23歳くらいまで何もしなくても15分くらいの曲(バッハ〜ドビュッシー、
ラフマニノフのエチュードも)1週間で覚えてしまう人で、
1ヶ月で本番でも全く平気だったのでこういう方法をしたことがありませんでした。
演奏者は若い時はほとんどそうではないかと思います。
年をとってから苦労してます》


《年をとってから苦労してます》

若い時には、確かに暗譜は楽ですね。

正確に申しますと、「楽に思える」ということではないでしょうか。


★ミスをすることなく、最後まで弾き通す能力と、

本当の暗譜は、少し異なった性格かもしれません。

もちろん、記憶力はだんだんと衰えていくのは否定できませんが、

毎日毎日、倦まず堪えまず声部の一つ一つを検討しながら、

大作曲家の作品を勉強する、

それこそが、本当の「音楽を楽しむ」ことになると、思います。

「暗譜」は、その結果に過ぎないのかもしれません。

 

★Wilhelm Kempff ヴィルヘルム・ケンプ (1895-1991)や、

Arthur Rubinstein アルトゥール・ルービンシュタイン

(1887-1982)など、ヨーロッパの本当のマエストロが、

演奏家として最晩年の80歳代まで、暗譜で演奏をしていた、

という事実を、深く噛みしめたいものです。

Rubinstein ルービンシュタインが、若い頃の勢いのある奔放な

演奏から、中年以降、精緻にして考え抜かれた演奏へと、

変貌していったことも、関連しているでしょう。

 

 

 


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■Bach 和声の妙味《読み替え》による転調、一瞬にして別世界へ■

2016-02-26 01:53:31 | ■私のアナリーゼ講座■

■Bach 和声の妙味《読み替え》による転調、一瞬にして別世界へ■
~第3回平均律1巻アナリーゼ講座は、3番 前奏曲とフーガ&Chopin雨だれ~
           2016.2.26   中村洋子

 

 


★名古屋で24日開催しました「平均律第1巻2番」アナリーゼ講座には、

地元だけでなく、東京から4人、京都や金沢、

さらには札幌からも空路、お越しくださいました。


★2番 Preludeで、Bachの和声について、ピアノで音を出しながら

詳しくじっくりと、お話することができました。

ご理解が深まったことと思います。


★理解が定着するよう復習を兼ねて、その一部を、

簡単に、ご説明いたします。


5小節目は、c-Moll の「Ⅵの和音」ですが、

 

 

 

これは、g-Moll の「ナポリのⅡ」と、同じ和音なのです。

 

 


“振り向けば c-Moll 「Ⅵの和音」が、g-Moll 「ナポリのⅡ」に、

なっていた・・・“

”気が付けば、一瞬にして別世界に運ばれていた・・・”

ということです。

これが、Bach和声の妙味です。


★そして、6小節目 g-Moll の「属七」、7小節目のg-Moll の「Ⅰ」

というように、c-Moll から、するすると転調していきます。

 

 

 

★この≪読み替え≫により、ナポリの和音を転調する手法

につきましては、

私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫の、

Chapter 4【平均律2巻4、5、12番はバッハ自筆譜が行方不明】の

P132~134で解説しておりますので、ご参照ください。

 

 

 

 

15小節目 Es-Dur の「ドッペルドミナント」も、

 

 

c-Moll の「ドリアのⅣ」と、読み替えることができます。

 

 


10小節目から15小節目まで続く Es-Dur が、ここで、

くるりと c-Moll に戻ってしまうのです。

 

 


★この「ドリア」につきましても、Chapter 4 

【平均律2巻12番 f-Moll を例に、Bachの和声を見てみましょう】の、

《ありふれた和音の「ドリアのⅣ」に、Bach は多彩な変化を加える》で

詳しく、説明しておりますのでご覧ください。

 

 


★次回の名古屋 KAWAI 「平均律第1巻アナリーゼ講座」は、

6月29日(水)午前10~12時半

平均律第1巻3番 Prelude & Fuga Cis-Dur &「雨だれ」です。

~Chopin Prélude 「雨だれ」 Des-Dur  Op.28  Nr.15 は、

平均律1巻3番から生まれた~

 

 

 


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■変化に乏しく単純そうな2番Preludeは、複雑で絢爛たる対位法の曲■

2016-02-22 00:00:07 | ■私のアナリーゼ講座■

■変化に乏しく単純そうな2番Preludeは、複雑で絢爛たる対位法の曲■
   ~ KAWAI 名古屋平均律第1巻2番アナリーゼ講座~
             2016.2 . 22     中村洋子

 

 

KAWAI 名古屋で2月24日(水)、「Wohltemperirte Clavier Ⅰ

平均律クラヴィーア曲集 第1巻」 2番のアナリーゼ講座を開きます。

これまで、東京と横浜で平均律第1巻全曲のアナリーゼ講座を終えましたが、

東京での開催は、Bach の 「Manuscript Autograph  自筆譜 」を

わくわくしながら手で書き写しました。


★横浜では、 Chopinが所蔵していました平均律の楽譜も参考にしました。

この楽譜には、 Chopinの手になる貴重な書き込みが記されています。

さらに、Bartók Béla バルトーク(1881-1945)校訂版も、参照しました。

これにより、 Bachの申し子であるChopinとBartókが、

Bachをどう分析していたかが、分かり、

平均律に新しい光を、当てることができました。


名古屋の講座では、平均律の各曲が全48曲の中で、

どういうポジションにあるのか、具体的にご説明いします。

さらに、Bachは何故、平均律第1巻を書き終えた後、第2巻を書いたか?

人類の宝であるこの曲集を、Bachがどういう意図で編んでいったのか?

についても、触れてまいります。


大切なのは、それらを知ることにより、平均律を弾く楽しみ、

聴いて味わう楽しみ、つまり、音楽の喜びを探求していくことにあるのです。

その為には、一にも二にも、

Bachの自筆譜を、丹念に学んでいくしかないでしょう。


★今回、「平均律第1巻2番ハ短調 c-Moll」 を学ぶに当たり、

“先達”は、 Julius Röntgen ユリウス・レントゲン(1855-1932)

先生に、“お願い”いたします。


Röntgen版のフィンガリングを読み解きながら、

Bach自筆譜を見ますと、発見に次ぐ発見の、連続です。

今まで、私の目にはなんと多くのウロコがくっついていたのか・・・

という気がします。

そのため、もう一度、Bach自筆譜を書き写しました。

 

 


★既に講座案内でお知らせしていますように、

平均律1巻は基本的に、1ページ6段、左右見開きの紙に記されています。

2番Preludeは、1番Fugaが書き終わった後直ぐ、そのまま書き始めています。

具体的には、右ページの4段目から、始まっています。

これは変則的です。


★しかし、陳腐な学者が毎度書いていますように、

“Bachは紙を惜しんだ”、のではありません。

この Preludeは次の紙の右ページ4段目初めで、終わっているのです。

そして、その後をBachは余白として放置、何も書いていません。

この物理的側面からでも、“Bachは紙を惜しんだ”説は不成立でしょう。


★さらに、2番 Preludeは、最初のページが10小節目で終わりますが、

その下の小さな余白に、Bachは≪Volti Presto すぐにページをめくる≫

と、手で書いています。

 

 

ごく普通に、この Preludeを左ページ冒頭から書いていますと、

見開き左右2ページ分に、ほぼすっぽり収まる長さです。

つまり、わざわざ≪Volti Presto≫と書く必要もないでしょう。


★演奏者にとって、譜めくりがないことは大変に有り難いことです。

通常は、それを優先させて書くものです。


★では、Bachはなぜあえて通常の書き方を無視し、

1
番 Fuga のすぐ後から、書き始めたのでしょうか。

そのレイアウトにより、作曲の意図を知って欲しいということを、

演奏者の便利さよりも、優先させたのです。

親切なBach先生は、噛んで含めるように

≪2番 Preludeは、1番 Fugaが発展して生まれたんだよ≫と、

演奏者に知らせているのです。


★Bachがお弟子さんや息子たちに、二言三言指示しますと、

彼らはきっと直ちに、作曲の意図を譜面のレイアウトからどう読み取るか、

分かったことでしょう。

それが、演奏法にも直結していると言えるのです。


★講座では、この読み取り方をお話し、ご自分で“Bachの宝”を

発掘できるようご説明いたします。

 

 


★さらに、Röntgen 版の素晴らしい Fingering により、

一見すると、短く変化に乏しい単純な曲に見えるこの2番 Preludeが、

複雑で絢爛たる counterpoint 対位法で構築されていることが、

分かってきます。

例えば、1小節目上声に以下のようなFingeringが付けられています。

 

 


★大方のピアノの先生方は、Fingeringがなくてもこれに近い指使いで

無意識に、弾かれると思います。

1拍目の「c² es¹ d¹ es¹」にある二つの「es¹」に対し、Röntgenは、

最初の「es¹」に「2」、二つ目の「es¹」に「3」の指を指定しています。


★わざわざ敢えて書く必要のない、当たり前の指使いを

書くということは、それにより、

二つの「es¹」が非常に重要な音であることを、示しています。

3拍目も、1拍目の反復ですから、これまた、書く必要のないのに、

丁寧に、最初の「es¹」に「2」、次の「es¹」に「3」指を記しています。


★これにより分かることは、

 

 


切なく追い立てられ、何かが差し迫ってくるような気持にさせる旋律、

それが、内声に浮かび上がってくるのです。


★Röntgen はさらに、2拍目の「c¹ es¹ d¹ es¹」の3、4番目の音に、

「1」と「2」の指を指定しています。

4拍目も同様に「c¹ es¹ d¹ es¹」ですが、

ここも「1」、「2」と書いています。


★「d¹ es¹」の motif がどれだけ重要か、よく覚えておいて欲しい、

というRöntgenの“指令”なのです。

このメロディーはどこかで聴き覚えがありませんか?

そうです、Mozart の「第40番ト短調シンフォニー」の冒頭に出現する

「es² d² d²」に、つながっていくのです。

 

 


★さらに、1小節目の左手下声に応用して弾きますと、

この1小節目がどれだけ複雑華麗で、

Bachのオーケストラ曲すら想像させる曲であるかが、

分かってきます。

あたかも、湖の底に沈んでいだ宝物が、少しずつ湖面に浮上し、

その美しさを目の当たりにして、息を呑むような感動です。


この偉大な曲を “指使いの練習曲” としか、

理解できない方もいらっしゃるようです。

和声や counterpoint 対位法 の能力欠如を指摘するのみならず、

その美しさを感じ取れない、心の貧しさに憐みすら感じます。

 

平均律での和声、対位法につきましては、私の著書

≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫で、

詳しく説明しています。

 

 

 

 

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■サリエリの汚名晴れる?、宝生閑さん、志賀山葵さん訃報■

2016-02-21 01:20:16 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■


■サリエリの汚名晴れる?、宝生閑さん、志賀山葵さん訃報■
            2016.2.20    中村洋子
 

 

 

 

Antonio Salieri アントニオ・サリエリ(1750-1825)と

Mozart モーツァルト(1756-1791)が共作した曲を発見ー

というニュースが、新聞などで報じられました。

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■2016.02.17
モーツァルトとサリエリの共作発見、200年超ぶりに演奏

2月16日、モーツァルトと対立関係にあったとされるサリエリが共同作曲した作品の楽譜がチェコの国立博物館で見つかり、発見後初めて演奏された。写真は共作の楽譜(2016年 ロイター/DAVID W CERNY)

[プラハ 16日 ロイター] - モーツァルトと対立関係にあったとされるサリエリが共同作曲した作品の楽譜がチェコの国立博物館で見つかり、16日に発見後初めて演奏された。作品は、モーツァルトがオペラ「ドン・ジョバンニ」や「魔笛」を作曲するなど最も活躍した時期に当たる1785年に書かれた。
  モーツァルトとサリエリの音楽を手掛けた英歌手の快復を祝うために作曲され、「オフェリアの健康回復に寄せて」と題されている。当時の演奏会で披露されたかどうかは不明だという。
 
 モーツァルトは1791年に35歳で死亡したが、サリエリに毒殺されたという説がある。博物館の調査担当者は「映画『アマデウス』で描かれたことは誤りだった。サリエリはモーツァルトを毒殺していない。ただ、2人ともウィーンで活動し、ライバルだった」と述べた。また、この担当者は「これは小品だが、少なくともオペラ作曲家モーツァルトのウィーンでの日常生活に新たな光を当てるものだ」と語った。

■2016.02.17
 モーツァルトとサリエリの共作発見、演奏を披露 プラハ

(CNN) 長い間行方不明になっていた作曲家モーツァルトの楽譜がチェコの首都プラハの国立博物館で発見され、16日に演奏が初披露された。

楽譜は先月、モーツァルトの同僚でライバルだったアントニオ・サリエリの研究をしていた音楽学者がチェコ音楽博物館の収蔵品の中から発見した。

ザルツブルク・モーツァルト財団によると、この学者はウィーンの宮廷詩人ロレンツォ・ダ・ポンテが手がけた30節の詩を発見。この詩がモーツァルトとサリエリ、および比較的無名の作曲家コルネッティが共作した楽曲の一部だったことが分かった。この作品は長い間行方不明になっていた。

モーツァルトとサリエリを巡っては、1984年の映画「アマデウス」の中で、サリエリが対抗心をむき出しにする様子が描かれている。しかし今回見つかった作品は、2人の対立がそれほど激しいものではなかったことをうかがわせている。

共作が作曲されたのは1785年。モーツァルトが実際にはサリエリと親しかったことがこれで裏付けられ、サリエリによるモーツァルト毒殺説も疑わしくなった。

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サリエリがMozartを毒殺したという映画「アマデウス」が大流行したため、

大作曲家・サリエリに対する誤った認識が、定着してしまうのではないかと、

私は、危惧しておりました。

このブログでもかつて、それについて書いたことがあります。

再度、サリエリについて記述した部分を掲載いたします。

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■ Mozartモーツァルト「 きらきら星変奏曲 」の、自筆譜実物を見る■
                      2011.11.21  

(略)

★会場では、モーツァルトの生涯を、20分ほどにまとめた、

ビジュアル&サウンド アーキテクチャー「 モーツァルトの素顔 」

という、ビデオを放映していました。


★まるで、宝塚の男役スターのようなナレーションが、

「 Wolfgang Amadeus Mozart モーツァルト 」 本人かのように、

一人称で、生涯を語っていました。

またまた、 「 サリエリ陰謀説 」 を、訳ありげに仄めかしていました。

エンターテインメント映画に、いつまでも、

振り回されるのは、どんなものでしょう?


Antonio Salieri アントニオ・サリエリ (1750-1825) は、

実は、天才Franz  Schubert(1797-1828)

シューベルトを、陰になり、日向になり、育て上げた人です。

シューベルトが今日あるのも、このサリエリのお陰である、ともいえます。

才能に満ち満ち、しかし、それゆえ偏狭と取られがちの天才を、

≪真の天才である≫  と見抜き、それゆえ暖かく庇護し、

慈しみ、育てた感服すべき人です。

まことに、度量の広い人物です。

このような敬服すべき偉大な人が、 “ 嫉妬 ” のあまり、

天才  Amadeus を、毒殺するのでしょうか。


★サリエリの音楽をまず、聴いてください。

通俗娯楽映画が吹聴する、胡散臭い、

俗説に惑わされることなかれ!!!

そんな俗説は、一笑に付されることでしょう。

まず、原典に当たってください。

 
★映画では、モーツァルトの妻に宛てた手紙に基づき、

さも、モーツァルトが下品な人物であるかのように、描いていますが、

皆さんが、親しい友人や恋人に書いた “ 携帯メール ” が、

そのまま暴露され、本として刊行されたと想像してみてください。

赤面しない人は、いないでしょうね。


★その轍を、踏まなかったのが、

ブラームス Johannes Brahms (1833~1897)です。

晩年には、クララ・シューマンと交わした手紙も、数多く、

廃棄しています。

モーツァルトのように、誤解されるのが、たまらなかったのでしょう。

(略)

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★今回、Mozart との共作が発見されたという事実から、

やっと、サリエリは汚名を晴らすことができそうですね。

商業主義に搦められますと、歴史上の人物の性格、役割などを、

面白おかしく、歪めて伝えられてしまう、

しかも、それが定着してしまう、といういい例かもしれません。


あらゆるものは、可能な限り原典に自分で当たり、

自分の頭で評価する姿勢を保ちたいものですね。


★≪Mozartモーツァルト「 きらきら星変奏曲 」の、自筆譜実物を見る≫は、
 
私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫の

Chapter 7 にそのまま掲載されています。

 

 


お能の宝生 閑さんがお亡くなりになりました。

1934年生まれ、81歳。

何度も舞台を拝見し、いつも感動しました。

真の芸術家でした。


★毎日新聞2016年2月1日
宝生閑さん

 能楽ワキ方宝生流宗家で文化功労者、芸術院会員、人間国宝の宝生閑(ほうしょう・かん)さんが亡くなったことが1日わかった。81歳。通夜は9日午後6時、葬儀は10日午前10時、東京都渋谷区西原2の42の1の代々幡斎場。喪主は長男の能楽師ワキ方の欣哉(きんや)さん。
 同流の宝生弥一の長男に生まれ、父と同流十世宗家の祖父宝生新に師事。1941年に初舞台を踏んだ。ワキ方として優れた技芸を身に着ける一方で、シテ方の観世寿夫や新劇俳優らとともに「冥の会」に参加し、ギリシャ悲劇にも挑んだ。94年に人間国宝に認定。96年に紫綬褒章受章、2001年にワキ方宝生流を十二世として継承。
 02年に芸術院会員、14年に文化功労者に選ばれた。長男で同流の宝生欣哉さんをはじめ、後進の育成にも尽力した。


★宝生閑さんの名人芸につきましては、
当ブログにかつて掲載いたしましたが、再掲いたします。
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■ 「宝生閑」さんと、「ベルリンの壁」崩壊から20年 ■
                  09.11.9  中村洋子

★本日は、1989年11月9日に、東西を分断していた
「ベルリンの壁」が崩壊してから、20年が経過した記念の日です。
 先週、来日中の「ライプチッヒ・ゲバントハウス管弦楽団」の、
 楽団員の3人と、夕食をご一緒いたしました。
ライプチッヒは、バッハが後半生を過ごした地であり、また、
1743年に、創立された「ゲバントハウス管弦楽団」は、
 世界屈指の、オーケストラです。
 東ドイツ自由化の運動は、ライプチッヒの教会が発祥の地でした。

★楽団員の方は、お一人は、7代続く音楽家の家系、
また、もう一人は、コンサートマスターであったカール・ズスケさんの、
お嬢さんで、ご兄弟すべてが音楽家の方でした。

★最後のお一人は、ヴィオラ奏者でしたが、その方は、
 「父は牧師で、私の家系には音楽家はいませんでした。
しかし、私の兄弟はすべて、音楽家になりました。
もし、旧東ドイツ時代に、普通の職業に就いていましたら、
絶えず、政府から干渉される毎日でした」。
そして、「音楽をしている時だけは、心の自由は誰からも、
奪われません。ですから、私は音楽家になったのです」と、
静かに、語っていました。

★このように、切実に音楽を求め、
 演奏している方と、出会うことができ、
 私は、とても、幸せでした。
バッハの息吹が残るライプチッヒで、厳しい政治状況の下で、
ひたむきに、音楽と向き合ってきた姿勢に、打たれました。
 日本でも、このような真摯な音楽家が増えるといいですね。


★先週は、7日の土曜日、国立能楽堂で、お能「安宅」を観ました。

ワキ「宝生閑」さんの、「富樫」が、絶品でした。

ワキは、一般的に、主役のシテに対し、旅の僧などを演じ、

 物語を進行させる“脇役”に、徹することが多いのです。

しかし、「安宅」は、シテの「弁慶」に対し、

 対等に、渡り合う演目です。


★この二人の葛藤を、鮮烈に描くため、

 義経は敢えて、子供が演じます。

 「富樫」が、義経一行を、義経と見破ったかどうかは、

 演じ方次第、でしょうが、

 宝生閑さんは、明らかに “義経と見破った“ うえで、

 自らの命を賭して、彼らを救ったと、

 私は、舞台を観ながら、そう思いました。


★弁慶が、お礼の舞いを披露し、

 足早に立ち去っていく姿を、眺める「富樫の横顔」。

 宝生閑さんが、一瞬見せた表情は、

いずれ、義経ではなく、自分が殺されるであろう、

という近い将来の虚空を、眺めている目でした。

“それも人生である”と、達観した姿でした。


私は、宝生閑さんに、このような人間的な表情を、

 見たのは、初めてです。

“感情を表さない”、という厳格なお能の様式を守りながら、

ふっと一瞬、真の人間性を浮び上がらせる業、

 至難の業である、と思いました。


★先週は、ドイツと日本の、本当の芸術家の方々に、

 接することができ、勇気を、頂きました。

 

 

★また、以下でも宝生閑さんについて触れております。

■新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ■
             09.1.2  中村洋子

                            (略)

★随分前になりますが、私は平成16年(2004年)、

月刊誌「観世」7月号の、巻頭随筆として

「シテとワキとの照応は、フーガにも似る」を書きました


能「井筒」のシテとワキの関係を、

フーガの主題と対主題になぞらえ、主題と対主題が、

シテとワキと同様に、お互いに補完し合う関係にあることを、

書きました。


★「平均律クラヴィーア曲集第1巻」最後の

「24番フーガ」のテーマ(主題)は、

重い十字架を背負ったイエスが、ゴルゴダの丘を、

よろめき、つまずき、喘ぎながら上っていく様、

その動きを、表現しています。

バッハは、平均律で唯一、24番だけ演奏速度を指定しています。

フーガは、「ラルゴ」つまり、「ごくゆっくり」です。

キリストの歩みと、重なります。


対主題は、静かに寄り添うように、目立たず、

順次進行していきます。

しかし、対主題の出現により、主題の全体像、つまり、

構成和音、調性などが明らかになり、

リズムが、補完されていくのです。


★「井筒」は、観世寿夫さんがシテを演じた

名演のビデオ(1977年)を、見ました。

能面「増女」の、やわらかい眼差し。

最愛の人への、絶ゆることなき追憶、それにひたる幸福感、

人間のもつ、最も美しい一面を、

これほどやさしく讃えるお顔はない、と思われます。


★「暁毎の閼伽の水・・・」

聴く者の全霊を、まだ見ぬ深淵へと引き込み、

その魂をあらゆる桎梏から、解き放ち、

救済してくれるかのような、寿夫さんの謡。

一瞬、一瞬に永遠の均衡、力、美が宿る寿夫さんの動き・・・。

見終わるたびに、ぐったりとしている自分に気付きます。

シテとともに、歩み、謡い、舞ったかのような高揚感。

まさに、芸の極致です。


★しかし、その名演が、歴史的名演たり得るのは、

ワキの宝生閑さんの、存在があってこそなのです。

「井筒」で、シテの正体が「有常の娘」であることを、

暴くのは、「旅の僧」のワキです。

つまり、補完する対主題です。


★人類永遠の芸術である「バッハ」と「能」。

尽きぬ感動を呼ぶのは、ともに普遍的な様式を、

根底に持つからでしょう

 

★この≪新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ≫は、

私の著書 Chapter 7 に掲載しております。

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★もう一人、素晴らしい舞踊家がお亡くなりになりました。

 

志賀山葵さん 日本舞踊家
                                      2016年2月17日 東京新聞

 志賀山葵さん(しがやま・あおい=日本舞踊家、本名酒井尚子=さかい・ひさこ)1月27日、急性心筋梗塞のため死去、90歳。大阪市出身。葬儀・告別式は近親者で行った。しのぶ会は3月5日午後2時から東京都港区南青山5の2の20、NHK青山荘で。喪主は長男章(あきら)氏。


★志賀山さんの舞いは、実は一度しか拝見したことがありません。

しかし、その立ち居振る舞いは、私の心に焼き付き、

絶えず反復して現れ、昇華されていきました。


★もうおおよそ四半世紀も前のことになりますが、

知り合いの舞踊家の発表会に招かれました。

そのお師匠筋に当たる方が、志賀山葵さんでした。

志賀山さんも、舞いを披露されました。


★体の節という節が、まるで絹でできているかのように、

滑らか、音もなく動かれます。

重心は、大地に根が生えたように揺るぎません。

手を中空に挙げ、静かに手の平を脇に振ります。

空気が揺らぎ、たおやかな風が客席に押し寄せてきます。

匂い立つような舞いでした。


★それ以来、私の心の中で、絶えず、

志賀山さんが美しく、舞っています。

一期一会です。

最高の日本舞踊家でした。

一般には、ほとんど知られていない流派のようです。

本当の芸術家は、有名になる必要はないのでしょう。

 

 


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■「まだクラシック音楽界も捨てたものではない」との書評を頂きました■

2016-02-19 23:59:43 | ■私の作品について■

■「まだクラシック音楽界も捨てたものではない」との書評を頂きました■
             2016.2.19      中村洋子

 

 


★私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫

書評が、アマゾンのカスタマーレビュー欄に、新たに投稿されました。

大変に好意的な内容ですので、ご紹介いたします。


★真に音楽を理解し楽しむ為の鍵がここに在る
2016年2月18日

・音を楽しむと書いて音楽。楽しくないのは音楽じゃないとばかり、軽佻浮薄な流行音楽に溢れ返っている風潮は今に始まったことではない。
それに反して最近の所謂クラシック音楽と称される西洋音楽の衰退ぶりには目を覆うものがある。

・それはマエストロ不在の現代音楽の危機的状況そのものである。
一昔前までは、秋葉原でも荻窪でもよい、たとえ儲からなくてもごく少数のクラシック音楽好きの為に、レコード店では数多の巨匠演奏による名盤LP/CDがふんだんに展示されていたものだった。

・ところが今ではCDショップに行くと、「クラシックコーナー」は風前のともしび状態である。演奏家はアイドルのように顔立ちの良い女性だらけ。別にきれいな女性が悪い訳ではない。しかし顔より音楽性だろうと思わず突っ込みを入れたくなる。
楽しくなければ音楽ではないも良いが、そもそも音楽は人類にとって、もっと奥深く関わりのある存在だ。既に古代中国では孔子の時代に、詩に興り・礼に立ち・楽に成る、即ち音楽を習って人格の完成を図るのが最上級の教養とされた。

・そんな古い話をしなくても現代音楽だって、煎じ詰めて元を辿れば大バッハの音楽語法が土台である。

・そう、モーツァルトやベートーベン、ショパンだけではなく所謂現代音楽家から坂本龍一に至るまで、バッハのお世話になっていない音楽家はいない筈。
ところが、音楽を生業にしているプロですら、バッハの教養が根底にある者がどれだけいるのか疑わしい現実がある。

・本書の著者で作曲家の中村洋子氏は、音大生のほとんどは基本的な和声・対位法を理解していない、とある意味痛烈な批判をされているが、それが現実なのだろう。

・いやクラシック専門の音楽評論家ですら、音楽史的なバッハ音楽の意義について自覚している者が少ないのではないかと感じる事が時折ある。
こんな有様ではクラシック音楽が衰退するのは当然であろう。

 

 

・氏は、音大教育の問題点を指摘する。
音楽のそしてバッハ音楽の奥義を知るうえで最重要な和声・対位法がまともに教育されてこなかったツケが来ているのか。

・学ぶ側よりもむしろ教える側の資質に問題があるのではないか? 
巷の書店には音大生向けの音楽学に関する専門書は数多く存在するが、氏はそのようなものを勉強しても役に立たないと豪語する。これはハッタリでも何でもない。氏は真実を述べているに過ぎないのだろう。

・本書34ページでは、大家とされる作曲家とピアニストによる対談本を痛切に批判している。

・氏は、彼らが「バッハの独創性、天才性が読み取れない」人達であると嘆いている。

・私が氏の立場だったら舌鋒鋭く「大先生」の馬鹿さ加減を罵倒するところ。
しかし日本人がそれをやると喧嘩になる事必定。
だが氏は、gentleにさりげなく、むしろ大先生の教養のなさを憐れんでいるかのようだ。スマートである。物事須らくこう行きたいものだ。

・権威が正しいとは限らないのはどの分野にも当てはまることだろう。ところが日本人は、権威に殊の外弱い。自分の頭で考える習慣が身についていない国民性、これは一朝一夕に改善するものではない。

・権威というフィルターを通さず音楽そのものに向き合うしかあるまい。しかしそうは言っても、「只管打座」では凡人は「悟り」を開けない。禅の臨済宗に「公案」が有る様に、音楽にもやはり何らかの指南が必要なことは言うまでもない。
楽曲注釈学が発達し、シェンカー・ロラン・リーツラーといった歴史的に有名な著者による楽曲分析本にいつでも触れることの出来る恵まれた我が国でも、
こと和声・対位法に関しては真に身につく名著がない。何故なのか?

・諸説あろうが、私はその理由の一つはバッハ音楽に対する愛情の差ではないかと思う。氏の文章はバッハの音楽への愛情に満ち溢れている。

 

 

・「和声を学ぶための最良の教科書は<バッハのコラール>なのです」と述べる氏の精神には、音楽学の高い教養が裏打ちされているだけではなく、バッハの音楽への深い尊敬・愛情が感じられる。これは単純明快で奥の深い指南である。

・バッハの音楽を愛する音楽愛好家のみならず、音大生、更には広く音楽で生計を立てているプロの音楽家への最高の助言であると感じた。

・分厚く高邁そうな大著を読む暇があったら、まず本書を紐解くべし。
但し本書は氏のブログからの抜粋推敲文であり、傍らで氏自らが語りかけているように親密で読みやすい良文である。

・気軽に楽しく読める極上の音楽学随筆集と言えよう。
類書はあるようで、実際にはまず他に例を観ない。

・私は本書を読み、まだクラシック音楽界も捨てたものではないと勇気を貰い、またバッハの音楽を真に理解し楽しむ為の重要な道筋を教えられた。

・この書が、ただ音楽関係者ばかりでなく、音楽を愛する者一般ひろく江湖に迎えられることを望むものである。

 

 


★クラッシック音楽は、本来その時代の「最高の知性」により創られ、

演奏される音楽です。

私がいま聴いておりますCDは、 Wilhelm Kempff

ヴィルヘルム・ケンプ(1895-1991)が1961年に来日し、

ベートヴェンのピアノソナタ全32曲を、7夜にわたり

全曲演奏した際の、実況録音CDです。

NHKがラジオ放送用に収録した音源を、CDにまとめたものです。
                   (KKCー2064/72)

 

★その際のインタビューで、 Kempff は次のように話しています。

「ベートーヴェンのソナタは、彼の偉大さと、太陽の輝く様な明るさを
彼の音楽の言葉で表したものです。
その言葉は、我々に本当の喜びを与えて、尽きる事がありません」


Kempff は同時に、

「バックハウス、フィッシャー、ギーゼキングといった
大家の後には、才能はあっても、大きな人間性のある人は少なくなった」

と、嘆いています。

いまから半世紀以上前の1961年です。


★書評で「私は本書を読み、まだクラシック音楽界も
捨てたものではないと勇気を貰い、
またバッハの音楽を真に理解し楽しむ為の

重要な道筋を教えられた。」と書かれています。

とても嬉しく、励まされる言葉です。


 ★Kempff の嘆きは、いつの時代にもあったものです。

≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫の、

Chapter 9 『 Woody Allen ウッディ・アレンの映画

「Midnight in Paris」を見る 』 で、

その永遠ともいえるテーマについて、私なりの意見を述べています。

この映画は、そのテーマを寓話的に面白可笑しく描きながら、

本質を突いた、見事な映画です。


私はこの本で、毎日の音楽生活、

本物の音楽とどう向き合っていくべきかを、

皆様にお示しできたと、思っております。

 

★銀座・山野楽器2F・CD売場に、

私の本とSACDが丁寧な紹介文を添えて、展示されています。

 

 

 


★こちらは、銀座のヤマハ楽器 楽譜・音楽書 売場です。

 

 

 

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■月光ソナタは、「遠隔転調」が次々と繰り出される劇的な音楽■

2016-02-18 23:57:49 | ■私のアナリーゼ講座■

■月光ソナタは、「遠隔転調」が次々と繰り出される劇的な音楽■
  ~第3回「月光ソナタアナリーゼ講座」は、3月16日~


              2016.2.18   中村洋子

 

 


★私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫は、

お陰さまで、好評です。

銀座山野楽器本店では、「女性作曲家特集」としまして、

クララ・シューマン、ファニー・メンデススゾーンとともに、

私のSACD「「無伴奏チェロ組曲1~6番」(GDRL1001/1002)が、

この本と一緒に、展示されています。

銀ブラをされた折、どうぞついでにお立ち寄りください。

 

 


★昨日は、金沢カワイで第2回「月光ソナタ・アナリーゼ講座」

開催いたしました。

私の本をご覧になって、初めて参加という方もいらっしゃいました。

とても嬉しいことです。


★講座では、 Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)の

「月光ソナタ」と、 Chopinの「雨だれ」がどれだけ密接な関係にあるか、

さらに、両曲の 「Manuscript Autograph  自筆譜 」を

読み解くことで、演奏法までが、はっきりと浮かび上がってくる

ということを、具体的に、お話いたしました。


★表面上は「月の光が湖面に、淡々と降り注ぐような静寂な世界」です。

しかし、表面上の静けさとは正反対に、湖の水面下では、

「遠隔転調」が、次々と繰り出されているのです

共通音が非常に少ない「遠隔調」への転調が、息つく間もないほどに、

次々に繰り出される、これは≪劇的≫としか形容できません。

「ウルトラC和声」の連続技です。

それでいて、曲を聴くだけでは、それを全く感じさせないのです。


★この両曲の関係につきましては、

私の本の「ChapterⅠ」 P25~29で、

詳しく説明しましたので、どうぞ、お読みください。

 

 


★淡々と繰り返される分散和音のため、

穏やかで静かな曲と誤解されてしまいますが、

そうではありません。

冒頭の4小節を見てみましょう。


和声要約しますと、

1、2小節は、「cis Moll」 の

1小節 主和音 Ⅰ
2小節 主和音に第7音楽が付加した「Ⅰ₇」

この2小節で、cis Moll の主和音が確定されます。

 

 


★続く、3小節を要約しますと、

 

 

3拍目は何故 cis Moll の音階音の「dis¹」ではなく、

「d¹」(ナチュラルが付されています)なのでしょうか。

短調のⅡの和音は、減三和音なのですが、

cis Moll で説明しますと、

Ⅱの和音の根音「dis¹」を、半音下げて「d」にしますと、

やや不安定感のある減三和音が、ほんのりと“雪明り”のように

暖かみのがある長三和音に、変身します。

 

 


★この長三和音を「ナポリのⅡ」と、呼びます

そして、この「ナポリのⅡ」は、三和音の基本形(5の和音)ではなく、

第1転回形(6の和音)で使われることが多いので

「ナポリの6」とも、いいます。

 

 

4小節目の1、4拍目は≪属七の和音(Ⅴ₇)≫です。

 

 


★(2拍目はⅠの第2展開形(Ⅰ²)とみることも可能ですが)、

2拍目「e¹」は、

1拍目属七の和声音「fis¹」と、3拍目属七の和声音「dis¹」をつなぐ、

経過音(非和声音)と、みなすことができます。

2、3拍目の内声「cis¹」も、

1拍目と4拍目の属七和声音「his」に対する「刺繍音」です。


★このように、2、3拍目の和音は、非和声音によって、

偶然形成された和音のため、≪偶成和音≫と呼びます。


★2、3拍目は、偶成和音ですので、この4拍目は、大きく見ますと

≪属七の和音(Ⅴ₇)≫と、とらえることができます。


★そして、続く5小節目は、主和音(Ⅰ)なのです。

つまり、

1、2小節目    トニック(T)
3小節目      サブドミナント(S)
4小節目      ドミナント(D)
5小節目      トニック(T)  です。


★一見、何の変哲もない和声進行です。

しかし、3小節目をじっくり見ますと、

 


≪cis Moll 嬰ハ短調 のⅥ、ナポリのⅡ≫を

≪D Dur ニ長調 の Ⅴ、 Ⅰ≫と読み替えることも可能です。

 

 


Beethovenは、冒頭5小節の常識的な

cis Moll の T→S→D→Tのカデンツの中に

cis Moll からは遠い調(遠隔調)を、忍び込ませています。


★そして、 8、9小節目は E Dur (ホ長調)
      10小節目は e Moll(ホ短調)
      11小節目は C Dur (ハ長調)
      12~19小節目は h Moll (ロ短調)です。

めくるめく劇的な転調が、次々と繰り出されています。

 


 
「静謐な音楽」という美しい衣を纏い、波風立たせず、

大変に革新的なことをしているのです。


★この「月光ソナタ」の第3回アナリーゼ講座は、 KAWAI 金沢で、

3月16日(水)午前10~12時半です。

Beethoven ベートーヴェンの自筆譜と初版譜を基に、

Bartók Béla バルトーク校訂の「月光ソナタ」の楽譜に付された

ペダルによるアナリーゼも一緒に勉強いたします。

合わせて、Chopinのプレリュード「雨だれ」の自筆譜も参照します。


★ Beethoven 、 Chopin という天才を育てたBach の大きな翼が、

彼らの背中を覆い包んでいることが、深く実感できるのです。


2月24日(水)は、 KAWAI 名古屋での

≪平均律第1巻第2番≫アナリーゼ講座です。

カワイ名古屋2F コンサートサロン「ブーレ」

午前10:00 ~ 12:30です

 

 


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■たくさんの方が私の著書を理解し、立派な投稿をしてくださいました■

2016-02-15 23:18:19 | ■私の作品について■

たくさんの方が私の著書を理解し、立派な投稿をしてくださいました■
   ~≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫~
             2016.2.15   中村洋子

 

 


私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫が、

書店の店頭に並び始めましてから、1週間ほどたちました。

幸い、お手にとってご覧になり、ご興味を示される方が少なからず

いらっしゃると、お聴きしました。


★また、アマゾンの販売ページにあります「カスタマーレビュー」へも、

五人の方から投稿をいただきました

いずれも、よく理解されたうえで、好意溢れる、

とても嬉しい内容ばかりですので、ご紹介させていただきます。

http://www.amazon.co.jp/product-reviews/490758377X/ref=cm_cr_dp_see_all_btm?ie=UTF8&showViewpoints=1&sortBy=recent

 

 


欲しかった一冊です! 2016年2月15日

読み手が一切考えなくても手っ取り早く曲の解釈や奏法、答えを教えてくれる、
よくあるハウツー本とは、全く異なります。

深く広い音楽の沃野へいざなってくれる、本物を知る楽しみを教えてくれる一冊です。
音楽家に不可欠なバッハのアナリーゼ、敷居が高いと諦めている人でもこの本を読めばアプローチの仕方がわかり、バッハから古典、ロマン派、近代現代までの音楽を知る礎を自分の中に築くことができます。

まさに自発的行為(勉強すること)を刺激してくれる一冊です。

とくにピアノ指導者は必読でしょう。ピアノ指導者はピアノのコンサートしか行かない、
ピアノ曲しか聴かない、生徒にもピアノばかり聴かせる傾向にありますが、
それではピアノは上達しないということも痛感します。

音楽のみならず、芭蕉や朔太郎などの文学、レンブラントやフェルメールなど西洋絵画、あらゆる本物から吸収された著者の言葉は説得力がありますし、俗世間の薄っぺらなものや商業主義に走っている音楽界への警鐘もとても公正な考えの基に切れ味の良い口調で書かれています。

自筆譜を使った説明などは非常に勉強の手助けとなってくれますし、アナリーゼを
することの楽しさが存分に味わえ、なにからどうやって勉強したらいいかわからない
という方にはまさに垂涎の一冊。

いままで誰も教えてくれなかった音楽の本質がぎっしり詰まったこの著は必携。

目次から興味のある章を抜き出して読んでいけるので、内容は濃いですが気軽に手にとれます。

まずは最初の章のエリーゼのために、この一曲から読み始めても、目からウロコが落ちることまちがいなしです。
こんな深い曲だったとは!

気付きだらけの嬉しい一冊。この本(元となったブログも)との出会いで人生が変わりました。

★≪ハウツー本でなく、音楽家に不可欠なバッハのアナリーゼ、敷居が高いと諦めている人でもこの本を読めばアプローチの仕方がわかり、バッハから古典、ロマン派、近代現代までの音楽を知る礎を自分の中に築くことができます≫

≪自筆譜を使った説明などは非常に勉強の手助けとなってくれますし、アナリーゼをすることの楽しさが存分に味わえ、なにからどうやって勉強したらいいかわからないという方にはまさに垂涎の一冊。≫

≪興味のある章を抜き出して読んでいけるので、内容は濃いですが気軽に手にとれます≫

私がこの本で訴えたかったことを、本当によく理解していただけ、
とても嬉しく思います。(中村洋子)

 

 


★ピアノの先生に是非読んで頂きたい、愛の詰まった貴重な本です
                      2016年2月13日


音楽の楽しさを生徒に伝えたいと思っているピアノの先生方には勿論のこと、
アナリーゼがどうして必要なの?
アナリーゼをした所で演奏に結びつかない!!
どうやって教えたら良いかわからない・・・
そんな先生こそ、是非読んで頂きたいです。

私は、著者のアナリーゼ講座に長年通い、音楽の楽しさを実感している
ピアノ教師です。
それまでの「知識としての音楽を勉強する講座」とは違い、「音楽を探究する喜び」を教えてくれました。
他の曲で自分でも謎解きをしようという気持ちになり、それが少しずつ出来るようになりました。

この本でも 濃密な内容を具体例を上げて分かり易く丁寧に説明し、その実践を積み重ねていくと 大作曲家達と対話が出来るように導いてくれます。

著者が作曲家だからわかる事、自筆譜の読み解き方、指使いが意味するもの等々、目からウロコが満載です。

又、CDの紹介や 音楽だけでなく様々な分野のお話もありますが、そこには「本質を見極める」というテーマが貫かれ 著者の心意気を感じました。


★≪それまでの「知識としての音楽を勉強する講座」とは違い、「音楽を探究する喜び」を教えてくれました。
他の曲で自分でも謎解きをしようという気持ちになり、それが少しずつ出来るようになりました。≫

≪濃密な内容を具体例を上げて分かり易く丁寧に説明し、その実践を積み重ねていくと 大作曲家達と対話が出来るように導いてくれます。≫


ご自分でアナリーゼができるようになり、大作曲家と対話ができるようになる、
これこそが、究極の目標です。そして、それが可能になられたのです。
これ以上の喜びはありません。(中村洋子)

 

 


★音楽以外の部分も面白い
                       2016年2月13日

私は、絵を見るのと本を読むのが好きで、コンサートやオペラには、年5回程度の「音楽素人」ですが、この本は面白かったです。

話しかけられているような読みやすい文章で、内容が明快。びしっと真実を突いているけれど、傍若無人ではない品の良さが伝わって来ました。

最初からきちんと読まなくても、好きな個所から読んで行ける一話、一話の構成なので、まとまった読書時間がとれない私には便利でした。

レンブラント、ルターの肖像画の「眼差し」についての考察に、なるほど!と同感し、さらに、マネの「クレマンソーの肖像画」、「笛を吹く少年」に潜む三角形のコンポジションから、絵の構成がバッハの音楽の構築性と似ているという結論づけに爽快感を覚えました。

映画「Midnight in Paris」「人生に乾杯」について書いてあったり、アマデウスの「サリエリ」のこと、さらに東京・銀座のこと、偉大な音楽家の先生たちのさりげない話などと、私にとって興味深いことが多く、楽しく、読みました。

楽譜の書いてある部分は、とばして読みましたが、音楽の基礎力が少しついた気がして、豊かな気持ちになっています。


★≪レンブラント、ルターの肖像画の「眼差し」についての考察に、なるほど!と同感し、さらに、マネの「クレマンソーの肖像画」、「笛を吹く少年」に潜む三角形のコンポジションから、絵の構成がバッハの音楽の構築性と似ているという結論づけに爽快感を覚えました。映画「Midnight in Paris」、「人生に乾杯」、東京・銀座のことなど
楽しく、読みました≫


★この本では、クラシック音楽だけでなく、映画、絵画などについても少なからず、
力を入れて書いております。本物の芸術は、音楽に限らず共通するものがあります。
商業主義に流されたマスコミの論評を読んでいては到達できない真実を少しは伝えることが出来たかもしれないと、思います。結構、自信作なのです。(中村洋子)

 

 

 

 


★ピアノ上達への扉が開かれます。
                            2016年2月10日

私は中村洋子さんのアナリーゼ講座を受講しているピアニストです。
中村さんの講座を受けたくても、遠隔地にお住まいであったり、様々な理由で受けられない方、何か疑問を感じていらっしゃる方々に、この講座の内容や考え方を知って頂けたら良いのに・・と常々思っていました。その意味で、この本は待ちに待った本です。

 私は毎朝、この本に書いてありますように、バッハの楽譜とこの本を譜面台に並べて、この『本によるアナリーゼ講座』から、ピアノの練習を始める事にしました。この本は、ピアノの譜面台に広げても、ページがパラパラと捲れてしまわないので、読み易いですね。

 Chapter2の『一生忘れない暗譜の方法』を実践していますと、今までに感じられなかった目と耳と指の感覚が生まれてきました。この感覚が、本にあります『楽譜を視覚で追いながら演奏するよりも、心と体に染み、焼き付いた作品を演奏する・・・』ということなのでしょうか。

  『楽曲の分析、アナリーゼをする能力』が、少しずつ身に付いてきたように感じます。自力で、バッハやベートーヴェンの対位法を発見できるようにもなり、その時は、一人ニコッとしています。
『Bachのコラールこそが、和声を学ぶ最良の教科書』と書かれています。バッハのコラールを、漫然とではなく、日々学んでいく事が大切なのですね!
これまで以上に、深く新しい音楽の世界を感じることができるのでは、と強く期待しています。


★まさに、≪遠隔地にお住まいであったり、様々な理由でアナリーゼ講座を受けられない方≫のために、この本を書いたとも言えるのです。そういう方の勉強の手助けとなることは本望です。
≪『一生忘れない暗譜の方法』を実践≫されているとのこと、なかなかできないことです。しかし、努力は必ず報われます。

≪『楽曲の分析、アナリーゼをする能力』が、少しずつ身に付いてきたように感じます。自力で、バッハやベートーヴェンの対位法を発見できるようにもなり、その時は、一人ニコッとしています。≫


★この文章を読みまして、私も思わずニコッとしました。

ご自分でアナリーゼされ、それを演奏に反映することこそが、音楽の喜びですね。
                            
(中村洋子)

 

 

★「流通している楽譜は誤りだらけ、バッハの自筆譜を勉強すれば理論から演奏法まですべて簡単に分かる」と、目から鱗の学び方を提案
                                     2016年2月9日

中村洋子さんのブログ「音楽の大福帳」を以前から愛読していましたが、ブログの内容を充実させ、一冊の本としてまとまったことを知り、早速、求めました。

一読しただけではとても消化しきれないほど中身の濃い本です。
ヨーロッパのクラシック音楽とはどういう音楽なのか、丁寧に解説されています。
源はやはりバッハであり、そのバッハを十分に学んでいないがために、現在のクラシック音楽が瞬間的なエクスタシーだけを求める方向へとに衰退しつつある、と著者は嘆いています。

おおもとのバッハを学ぶには、ではどうしたらよいのかについては、
砂を噛むような理論書に依るのではなく、バッハの作品を通して学ぶべきであり、そうすればバッハの和声と対位法、つまり、クラシック音楽の基礎というか構造が苦痛なく理解でき、なにより音楽の喜びが得られると指摘しています
(無味乾燥な和声などの教科書と、それを使った授業は本当に苦手でした、実感!!!)。
陳腐な表現ですが、本書で示されている具体例は目からウロコの話ばかりです。

原典版として、いま人気の高いポーランドのエキエルによるショパンの楽譜が、実は原典版とは言えず、エキエル本人による独断的で恣意的な解釈による楽譜に過ぎない、ショパンが目指した音楽には到達できないことを、ショパンの自筆譜との比較を通して具体的に指摘しています。説得力があります。
では、ショパンを弾く時にどの楽譜を使ったらよいかに対する、納得のいく回答も書かれていました。

エキエルの「ショパン」に限らず、その他の海外の有名出版社による楽譜も、編集者による意図的な手直しや改竄が横行していると主張しています。いままで日本の楽譜はともかく、海外の有名楽譜は信じられる、と思っていましたので、ここで又目から鱗が、何枚か剥がれました。

著者は、なにより作曲家の自筆譜をまず詳しく勉強すべきであると強調しています。
実用譜(楽器店で売っている楽譜を、実用譜と言うそうです)で一つの和音として書かれているところでも、バッハはそれを多声部の流れの中で書く場合、符尾を異なる方法に書き分けている、それを見るだけで声部分けが判別でき、対位法的分析ができる。
バッハは曲のレイアウトにも工夫を凝らし、大事なテーマを最も見やすい場所に置いている。実用譜で画一的に符頭から描かれているスラーも、ショパンは実は、符頭の前から描いていることも多い、それを意識して弾くとショパンが、どのように自作を弾いていたかが分かる等々。そうした分析ができると、ピアノがとても弾きやすくなるそうです。

それがこの本の一番言いたいことでしょうね。
しかし、一般の人にとって、作曲家自身の自筆譜を見ることが、なかなかできないことも事実で、それがネックですね。自筆譜のコピー版も高価ですし、何とかならないものでしょうか!

「絶対音感」という言葉が有名になっていますが、それが絶対的な価値ではないと、バッサリ。ホロビッツなどの大ピアニストも、自分ではそれをもっていると主張したそうですが、実際はそうではなかったというお話(これは、ホロビッツの専属調律師が書きました書物からの引用ですが、なるほどと感心しました)。

「一生忘れない暗譜の方法」は、これも大変に有益な方法であると思います。漫然と指で暗譜するのではなく、どうやって頭の中に定着させるか、三声のシンフォニアを例に、曲を6等分して一週間で覚える方法が示されています。面白いのは、内容に従って6等分するのではなく、機械的に6等分して覚えることが秘訣と、あります。
そうしますと、演奏会などで絶対に度忘れしないそうです。さっそく実践!

当分ピアノでなぞりながら、この本を何度も読む日が続きそうです。楽しみが増えました。載せられている楽譜が、少し小さいのでもう少し大きければよかったと思います。


★≪「流通している楽譜は誤りだらけ、バッハの自筆譜を勉強すれば理論から演奏法まですべて簡単に分かる」≫

≪バッハを十分に学んでいないがために、現在のクラシック音楽が瞬間的なエクスタシーだけを求める方向へとに衰退しつつある≫。

≪バッハを学ぶには、砂を噛むような理論書に依るのではなく、バッハの作品を通して学ぶべきであり、そうすればバッハの和声と対位法、つまり、クラシック音楽の基礎というか構造が苦痛なく理解でき、なにより音楽の喜びが得られる≫

≪原典版として、いま人気の高いポーランドのエキエルによるショパンの楽譜が、実は原典版とは言えず、エキエル本人による独断的で恣意的な解釈による楽譜に過ぎない、ショパンが目指した音楽には到達できない≫

≪エキエルの「ショパン」に限らず、その他の海外の有名出版社による楽譜も、編集者による意図的な手直しや改竄が横行している、なにより作曲家の自筆譜をまず詳しく勉強すべきである≫

≪バッハはそれを多声部の流れの中で書く場合、符尾を異なる方法に書き分けている、それを見るだけで声部分けが判別でき、対位法的分析ができる。
バッハは曲のレイアウトにも工夫を凝らし、大事なテーマを最も見やすい場所に置いている。実用譜で画一的に符頭から描かれているスラーも、ショパンは実は、符頭の前から描いていることも多い、それを意識して弾くとショパンが、どのように自作を弾いていたかが分かる等々。そうした分析ができると、ピアノがとても弾きやすくなる≫

≪「絶対音感」という言葉が有名になっていますが、それが絶対的な価値ではないと、バッサリ。ホロビッツなどの大ピアニストも、自分ではそれをもっていると主張したそうですが、実際はそうではなかった≫

≪「一生忘れない暗譜の方法」は、曲を6等分して一週間で覚える方法が示されています。面白いのは、内容に従って6等分するのではなく、機械的に6等分して覚えることが秘訣と、あります。そうしますと、演奏会などで絶対に度忘れしないそうです≫。


★この本で、私が力を入れて書きましたことが、見事に要約されています。

感謝申し上げます。

 

 

 


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             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■≪クラシック音楽の真実は 大作曲家の「自筆譜」にあり!≫出版■

2016-02-03 18:47:02 | ■私の作品について■

≪クラシック音楽の真実は 大作曲家の「自筆譜」にあり!≫出版■
   ~「音楽の大福帳」が本となり、2月5日に出版されます~
  
 
       2016.2.3        中村洋子

 

 


私の著書≪クラシック音楽の真実は 大作曲家の「自筆譜」にあり!≫が、

2月5日から、書店の棚に並びます。

 私が長年にわたって書き溜めてきました当ブログ「音楽の大福帳」の中から、

特に、皆さまの関心が強いと思われる記事を選び出し、加筆したものです。


★西洋クラシック音楽とはどういうものか、Bachをどのように学ぶべきか、

その具体的方法などを、詳しく分かりやすく説明いたしました。

特に、私が手書きいたしました譜例を豊富に載せておりますので、

きっと、理解が深まることでしょう。

「一生忘れない暗譜の方法」などの学習法は、大変に価値のある内容であると、

自負しております。

歴史的名演奏のCDなども、紹介しております。


★ピアニストや音楽を学んでいらっしゃる皆さまにとって、必ず、

座右の著となることと、確信しております。

 
★また、音楽が専門ではないものの、音楽を深く愛する皆さまにとっても、

クラシック音楽を理解、鑑賞するうえでの大きな手助けとなることでしょう。

さらに、音楽だけでなく、西洋絵画、映画、日本の古典や文化、芸術家

などについての、楽しいお話も豊富に盛り込んでおります。

音楽理論のお話で頭が少々お疲れになった際、ポーズカフェとなります。

どうぞ、おくつろぎ下さい。 

 

 

 

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★  前 書

 この本は、私が2007年から始めましたブログ「音楽の大福帳」に掲載いたしました記事の抜粋です。このブログでは、私が開催しましたバッハの「インヴェンション」や「平均律クラヴィーア曲集」などの「アナリーゼ講座」について、その一部をご紹介したり、西洋クラシック音楽の名曲の解説と分析、名演奏のCD、私の作品に関する話、美術の展覧会や映画の感想、書評などを随時、思いつくままに載せてきました。大福帳は、江戸時代に商家で使われた帳簿のことですが、ここでは原義からやや離れ、思いつくまま雑多に書き記すという意味合いで「音楽の大福帳」と命名いたしました。
 現在、「アナリーゼ講座」という名前で各種の音楽講座が溢れていますが、私は、30年以上前から「アナリーゼ講座」を開催してきました。「アナリーゼ講座」という言葉を初めて使ったのは私です。

 この本で私がお伝えしたいのは、バッハを根源とするクラシック音楽は、どういう構造で出来ているのか、構造を理解するためには、それを支える「和声」や「対位法」の勉強が不可欠であり、どのような方法でそれを学び、勉強すべきかということです。それは難しいことではありません。バッハなどの名曲を具体例として学べば、たやすく理解できます。日本では、「和声」「対位法」を苦手とされる音楽家や音大生の方々が多いようです。しかし、それらを身に付けさえすれば、より豊かな音楽の世界への扉が開かれるのです。

 私は、日本の音楽界とはお付き合いがなく、無名です。しかし、2007年6月7日、ベルリン市庁舎でのフンボルト財団・記念演奏会で、世界中からお集まりになった知性を前に、私の作品「無伴奏チェロ組曲第1番」をチェリストWolfgang Boettcherヴォルフガング・ベッチャー先生が、初演をしてくださいました。とても光栄なことです。
 さらに、ベルリンの歴史ある「Musikverlag Ries&Erler Berlin リース&エアラー社 」から、その「無伴奏チェロ組曲第1番」の楽譜が2009年に出版されたのを皮切りに、2014年までに「無伴奏チェロ組曲」全6曲すべてが同社から出版されました。日本人作曲家として、同社から楽譜を出すのは初めてのことです。
 Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー先生は、カラヤン時代のベルリンフィルで首席チェリスト、ベルリン芸大教授、ミュンヘン国際音楽コンクール(Internationaler Musikwettbewerb der ARD)のチェロ部門審査委員長もなさっており、欧州でいま最も尊敬されているマエストロです。
 また、2014年には私の「無伴奏チェロ組曲」全6曲が、先生の演奏により「ディスクユニオン・disk UNION」社から「SACD」で発表されました。

 私の作曲活動の柱は、当然と言えば当然ですが、Johann Sebastian Bach バッハ(1685-1750)を絶えず勉強するという営為です。2008年から2015年まで8年がかりで音楽愛好家やピアニストを対象として、「インヴェンション&シンフォニア」全15曲、「平均律クラヴィーア曲集1、2巻 前奏曲&フーガ」全48曲のアナリーゼ講座を、カワイ表参道で開催いたしました。同様の講座を横浜、名古屋、金沢でも続けています。
 講座は、バッハの「Manuscript Autograph自筆譜」を厳密に読み解くことを基本としました。自筆譜には、驚くほど明確に分かりやすくバッハの作曲意図、曲の全体構造が記されています。それを読み解いたうえで、和声や対位法の綿密な分析を加えます。この手法によるアナリーゼ講座は、世界でも類がないと思います。平均律第2巻の4、5、12番は、残念ながら自筆譜が発見されていません。しかし、残されている自筆譜を長年にわたって分析してきました経験の蓄積から、4、5、12番についても、ほぼ“自筆譜はこうであったであろう”と解明できたと自負いたしております。
 この長期にわたる「自筆譜」の勉強を通して分かりましたことは、世界に流布しています権威とされている楽譜が、いかに不正確で作曲家の意図をねじ曲げた楽譜になっているかということです。改めてそれを実感いたしました。

 幸い、私のアナリーゼ講座は大変に好評でした。ブログにも、その内容を掲載いたしましたが、ごく一部でしかありません。内容をさらに書き足して是非、出版して欲しいという要望がかねてからありました。そして今回、やっと出版に漕ぎつけました。

 この本は、クラシック音楽を心から愛している方、音楽大学を卒業したものの和声や対位法をいま一つ十分に理解していないとお思いになっている方、いま音楽を学んでいらっしゃる学生の方々、さらに、クラシック音楽がとても好きですが、巷で“天才演奏家による極めつけの演奏”などと派手に宣伝されている音楽に、「自分は感動しない、とても天才とは思えない」、「なんとなく馴染めない」、「好きでない」などと感じていらっしゃる方に是非、お読みいただきたいと思います。そうした宣伝は、売らんがためのメッキでしかないことをご理解され、自分の感想は間違っていなかったと安心されると思います。そして、本物の音楽とは何か、真に感動を呼ぶ演奏とはどういうものかが理解できると思います。その結果、ご自分の審美眼を確立し、宣伝に惑わされず、自らの価値観で本当に美しい音楽、演奏を見いだすことができるようになると確信しております。

          2015年12月          中村洋子

 

 

  

 

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■クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!
~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、演奏法までも分かる~                        中村洋子著            2,700円(税込) 
  発行:  DU BOOKS(ディーユー・ブックス) / ISBN 9784907583774 / JPN

★音大生の99%は、基本的な「和声」「対位法」を理解できていない。
   それは西洋クラシックの基礎であるバッハを本当に学んでいないからです。

 ピアノの先生方、クラシック愛好家、音大生に
大好評の中村洋子・アナリーゼ講座(人気ブログ「音楽の大福帳」)を補筆、
歴史的名演奏のCD解説も収録。



●本書の主な内容

・流通している楽譜は、「誤り」だらけ

・一生わすれない「暗譜」、その方法教えます

・「絶対音感」という、意味不明の言葉に幻惑されるのは止めましょう

・エリーゼのために」7小節目「ミドシ」は誤り、「レドシ」が正解

・バッハ「無伴奏チェロ組曲全6曲」の調性がもつ本当の意味

・バッハの「コラール」こそが、和声を学ぶ最良の教科書

・ピアノ上達には毎日、「平均律クラヴィーア」を弾くこと

・ラフマニノフ「鐘」の特徴はロシアの半音階、その源泉はブラームス




●各章

   ▼chapter 1

・「エリーゼのために」の7小節目「ミ ド シ」は誤り、「レ ド シ」が正しい
・「Für Elise エリーゼのために」がなぜ名曲なのか&ケンプの名演
・「エリーゼのために」手書き草稿は、声部ごとに符尾の方向を変えている
・ベートーヴェンの自筆譜は、指摘されているように乱雑なのでしょうか?
・芭蕉の「 奥の細道」自筆は、Bachの自筆譜に通じる


   ▼chapter 2

・そもそも「和声」とはどういうものでしょうか?
・対位法とはどういうものでしょうか
・一生忘れない暗譜の方法
・ソルフェージュ=音楽家にとって大事な、土台のような訓練
・絶対音感について
・Bachのコラールこそが、和声を学ぶ最良の教科書
・ハンガリー映画「人生に乾杯!(81歳の老人が、銀行強盗)」を見る


   ▼chapter 3

・《浅田真央&キムヨナさんへの感想》が、東京新聞「こちら特報部」に掲載
・ラフマニノフ「鐘」の特徴は「ロシアの半音階」、その源泉はブラームスにあり
・ラフマニノフの歌曲「ヴォカリーズ」Op.34-14の原調は、嬰ハ短調
・ヴィシネフスカヤ「チェチェンへ」を見る
・《浅田真央さんへの感想》に驚くほどの反応
・レンブラント、ルターの肖像画と二枚のフェルメールを見る


   ▼chapter 4

・バッハ「無伴奏チェロ組曲全6曲」の調性がもつ本当の意味
・バッハ「無伴奏チェロ組曲全六曲」の白眉「5番」のサラバンドを分析する
・Bachの原曲を移調し、音を加えることは、Bachの世界の破壊
・バッハ・インヴェンション第1番の「3連符」がもつ重い意味
・平均律第2巻「12番 f-Moll」を例に、バッハの和声を見てみましょう。
・平均律2巻4、5、12番はバッハ自筆譜が行方不明
世界で通用した唯一のリート歌手中山悌一先生
・中山悌一先生と、シューベルトの歌曲「春に」「盲目の少年」
・中山靖子先生の「リート」に中山悌一先生の「ピアノ」、忘れ得ない体験


   ▼chapter 5

・ショパン・ナショナル・エディション(エキエル版)は、本当に原典版か?
・ショパン「ÉtudeエチュードOp.25-1」の自筆譜とエキエル版との相違点
・ドビュッシー校訂「Chopin Étude」は、本当に素晴らしい。
ChopinのPolonaise-Fantasie 幻想ポロネーズを、自筆譜から読み込む
・作曲家の「自筆譜」について
「森繁 久彌」さん、「萩原朔太郎」の「純情小曲集」、そして「西洋音楽」


   ▼chapter 6

「エクスタシーの連続が現代のクラシック音楽」と、アファナシエフの批判
・Ugorskiウゴルスキについての、Afanassievの貴重な証言
・聴衆に媚びる演奏家と、演奏家に媚びを要求する聴
・質の高い聴衆となるためには、連弾などで自ら勉強を
・アファナシエフの続、限りない優しさがにじみ出るシェルヘン指揮「フーガの 技法」。
・深く失望したアファナシエフのBeethovenピアノソナタ演奏
・“現代のBeethoven” を批判する資格がありや&Kripsの見事なTchaikovsky


   ▼chapter 7

・モーツァルト「きらきら星変奏曲」の自筆譜実物を見る
・モーツァルトはバッハの4声フーガを弦楽四重奏に編曲して勉強。
Mozartピアノソナタの源泉もBachにあり
・モーツァルトKV331の自筆譜見つかる、エレガントではなく劇的な音楽だった
・岡本文弥さん百歳の演奏会、生涯忘れ得ぬ感動
・新春 能狂言 山本東次郎 能 バッハ


   ▼chapter 8

・シューマンの音楽評論、音楽の本質を珠玉の言葉で表現
・「子供のためのアルバム」は、シューマンの「インヴェンション」
・シューマン「予言の鳥」の自筆譜から、どう演奏すべきかが見事に分かる
・ベルガマスク組曲は「調性崩壊の音楽」の一里塚
・ドビュッシー「子供の領分」は、どこの出版社の何版を使うべきか
・エリック・ハイドシェックの「Brahms Op.118」ピアノ・レッスン
・私の“道標” ともいえる塗師・山本英明さんが、逝去されました


   ▼chapter 9

・Beethovenのピアノソナタに見る調性の性格について
・リフシッツによるシェーンベルク、ヴェーベルン・ピアノ作品の名演
・ヴィルヘルム・ケンプ85歳、最後のコンサートと彼の言葉
Woody Allen ウッディ・アレンの映画「Midnight in Paris」を見る
・世紀の名チェリスト ピアティゴルスキー、シューマンの「チェロ協奏曲」
・伝統文化の粋、名古屋「亀末廣」が突然閉店、なんと悲しいことでしょう
・フルトヴェングラーの記念碑的なMatthäus-Passionマタイ受難曲の指揮
・マネ「笛を吹く少年 Le Joueur de fifre」は三角のcomposition、バッハに似る

     デザイン:高橋力、北村卓也(m.b.llc)  A5 / 328ページ / 並製
                           2016年2月発売

 

 

 

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後 書 

「アナリーゼ講座」が終わってホッとしていますと、いつも受講者の方から、次のようなご質問をいただきます。「もっと和声などを勉強したいのですが、いい理論の本はありませんでしょうか?」。「はっきり言ってございません。理論書として出版されている本をお求めになっても、失望されるだけです。逆に嫌いになってしまい、かえって害になるかもしれません」とお答えしています。真面目に音楽を勉強したいと意欲に燃えていらっしゃる方にとって、本当に、残念な状況にあるのがいまの日本です。

 私は作曲家ですので「音で伝える」ことが本来の筋です。しかし、シューマン、フォーレ、ドビュッシーなどの作曲家も、止むにやまれず批評などを書いています。音楽を理解せず、世俗受けを狙った的外れな評論などが多すぎたからです。それはいつの時代でも、同じことかもしれません。「平均律クラヴィーア曲集」の全曲録音という偉業を初めて成し遂げたエドウィン・フィッシャーも、「Dreistimmige Inventionen(当時は三声インヴェンションと呼ばれていましたが、これはシンフォニアのことです)」校訂版(1955年)で、第1番の冒頭脚注に「it would be a mistake to concentrate only on the theme.・・・You should study every individual voices.・・・ every voice had its own melodic life.」と書いています。その意は、「テーマだけに集中するのは誤り、個々の声部を勉強すべき、かつては、多声部の各声部に命が宿っていた」。つまり、クラシック音楽の基本である対位法が崩れてきている、テーマだけ強調する演奏となってきており、各声部の役割を分析し理解した上での正しい演奏がされなくなってきている、と嘆いているのです。フィッシャーはフルトヴェングラーと一緒に活躍し、現在から振り返りますと“黄金時代”ともいえる時代であったにもかかわらず、フィッシャーは自分の時代を嘆いているのです。

 「アナリーゼ講座」では、私がピアノを弾きながら口頭でご説明いたしますので、耳と頭で理解していただけます。しかし、書物ではそれは無理です。そのため、この本では、まず音楽を言葉で表現すること、つまり、楽譜の言語化に多大な努力を注入しました。楽譜の分析を理論的に記述して説明することは、想像以上に大変な作業でした。多大な時間も必要でした。しかし、成し遂げました。
 次は、その記述をより理解しやすいよう、可能な限り、譜例を載せました。 「Manuscript Autograph 自筆譜」がある作品については、自筆譜を忠実に真似て手書きしました。例えばショパンの場合、スラーがどこから始まるかが、曲を演奏するうえで決定的に重要な要素となります。実用譜は判で押したように、符頭からスラーが始まるように記譜されていますが、ショパンは符頭の前からスラーを書き始めていることがよくあります。即ち打鍵される前からフレーズが始まっているように書いています。そしてその通りに演奏しますと、ショパンがこのように演奏していたであろう、その音楽が立ち上ってくるのです。譜を読むことができる方、ピアノを弾くことができる方は、譜例を見ながらお読みいただきますと、理解がきっと深まることでしょう。

 手書きをすることによって得ましたことは、その労苦を補って余りあるほど豊かでした。作曲意図、全体の構成、どう演奏すべきかなどが、思わず膝を叩きたくなるように、分かってくるのです。バッハやベートーヴェン、ショパンの大天才が私の横に立ち、“直接に指導して下さった”と言えるほどです。

 自筆譜の筆写は、それを実践した人でなくては、その恵みを到底理解できないでしょう。皆さまにも、是非、実行されることをお勧めいたします。これから演奏しようとされる曲について、作曲家の自筆譜を探し出し、私の写譜を参考にしてゆっくり写してください。印刷された楽譜を目で見るだけでなく、書くことによって、切実に伝わってくるものがあります。お経の写経と同じかもしれませんね。人間の手は偉大なのです。パソコンの記譜ソフトは忘れましょう。
 この本は、内容が濃密です。ご自分にとって興味がある部分だけを選択し、少しずつお読みになるのもよいでしょう。
 きっと、バッハ先生、ショパン先生があなたの家を訪れ、ドアをノックされることでしょう。この本は、編集者の平野真佐志氏の尽力なくしては作ることができませんでした。心より感謝申し上げます。

                  2015年12月         中村洋子

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中村洋子(なかむら・ようこ)・作曲家
東京芸術大学作曲科卒。

08~09 年「Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien Analysis インヴェンション・アナリーゼ講座」 全15回を東京で開催。

10~15年「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier I & II Analysis 平均律クラヴィーア曲集 1、2巻 アナリーゼ講座」全48回を東京で開催。

自作品「Suite Nr.1~6 fur Violoncello 無伴奏チェロ組曲第1~6番」、「10 Duette fur 2 Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、ベルリン・リース&エアラー社「Ries & Erler Berlin」が出版。

自作品「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、「Zehn Phantasien fur Celloquartett (Band 1, Nr.1-5) チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」の楽譜を、ドイツ・ドルトムントのハウケハック社「Musikverlag Hauke Hack Dortmund」が出版。

2014年 自作品「Suite Nr.1~6 fur Violoncello 無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、 Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表。

2016年「Barenreiter-Verlag ドイツのベーレンライター出版社」が刊行した Johann Sebastian Bach 原典版 Urtext「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」など、バッハ鍵盤作品楽譜の「序文と注」の日本語訳と、「訳者による注釈」を担当。

 

 

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★この本の性格上、地方では多分、大きな書店以外には並ばないと思われます。

お近くの図書館に、この本の「購入リクエスト」をされ、

お借りなってお読みになることも可能です。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

 

http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1006948955

 
http://www.amazon.co.jp/%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%82%B7%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%AE%E7%9C%9F%E5%AE%9F%E3%81%AF%E5%A4%A7%E4%BD%9C%E6%9B%B2%E5%AE%B6%E3%81%AE%E3%80%8C%E8%87%AA%E7%AD%86%E8%AD%9C%E3%80%8D%E3%81%AB%E3%81%82%E3%82%8A-%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%8F%E3%80%81%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%83%91%E3%83%B3%E3%81%AE%E8%87%AA%E7%AD%86%E8%AD%9C%E3%82%92%E3%82%A2%E3%83%8A%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%82%BC%E3%81%99%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%80%81%E6%9B%B2%E3%81%AE%E6%A7%8B%E9%80%A0%E3%80%81%E6%BC%94%E5%A5%8F%E6%B3%95%E3%81%BE%E3%81%A7%E3%82%82%E5%88%86%E3%81%8B%E3%82%8B-%E4%B8%AD%E6%9D%91%E6%B4%8B%E5%AD%90/dp/490758377X

● [ ISBN 9784907583774 ] でも検索可能です。

http://www.hanmoto.com/bd/isbn/9784907583774 の
 右下に、取扱い書店の案内などのコーナーがあります。

 

                     2016.2.3      中村洋子

 

 

 

 

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■Mozartの誕生日、KV.485「Rondo」自筆譜■

2016-02-02 01:32:05 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■Mozart の誕生日、KV.485「Rondo」自筆譜■
              2016.2.2   中村洋子

 

 

★2月に入りました。

寒いですね、震えながらも多忙な毎日です。

1月27日は Wolfgang Amadeus Mozart 

ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト(1756~1791)の誕生日でした。


★最近は、Mozart の 「Manuscript Autograph  自筆譜 」

Facsimileで見ることが出来る曲を、重点的に勉強しております。

例えば、ピアノのためのKV.485 「Rondo D-Dur」は、

Wiener Urtext Edition+Faksimile

(Schott/ Universal Edition) に、

自筆譜のFaksimileが、添付されています。

(日本で購入できます、いわゆるウィーン原典版には、

Faksimileは付いていません、輸入版の UT 51022です)


★この自筆譜Facsimileを見ることができることは、

計り知れないほど、有益です。

Bach の「Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集」

「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」を

勉強した後に、Mozart の自筆譜を見ますと、以下のことが、

明瞭に認識できるのです。


Mozart もBach と同様、 soprano、 alto、tenor、bass という

四声の、どの声部に音を配置すべきかを、まず考え、

そして作曲を進めていくという手法、

それを解明していくことが、Mozart を

理解することになります。


★例えば、KV.485 「Rondo D-Dur」の第1小節目は、

左手声部が「ヘ音記号(バス記号)」ではなく、

「ト音記号」で、書かれています。

ということは、この第1小節目左手の開始音「d¹ fis¹」は、

bass と tenor ではなく、この場合、tenor と alto と

見るべきでしょう。


第1小節目は、bass 不在ということになります。

Mozart には、たくさんの室内楽曲があります。

そうした曲で、tenor と alto がどういう役割を担っているか、

それを勉強いたしますと、このKV.485 「Rondo D-Dur」を

どう弾くか、音色、アーティキュレーションを決定するうえでも

大変に参考になると、思います。

 

 


ヴォルフガング・ベッチャー先生が昨年、

チャイコフスキーコンクールの審査員をなさっていた折、

先生がインタビューされたYouTubeがあります。

https://www.youtube.com/watch?v=2gEyNPFxh88

気さくなお人柄がにじみ出ています。


★かつて先生が、カラヤン指揮のベルリンフィルのメンバーとして、

1969年、当時のソビエトを訪問したときのお話などをされています。

Dmitri  Shostakovich ドミートリイ・ショスタコーヴィチ(1906- 1975)

の No.10 Symphony を、ショスタコーヴィチの前で演奏し、

彼が感激して、分厚い眼鏡の奥から涙を流し、

会いに来てくれた思い出などを、

優しく包み込むようにお話されています。

 

 


★ロシアといえば、大ヴァイオリニスト David Oistrakh

ダヴィッド・オイストラフ(1908-1974)との残念な思い出も、

先生から、何度もうかがいました。


Boettcher ベッチャー先生の演奏を聴いた Oistrakh から、

≪Brahms「Das Doppelkonzert a-Moll für Violine, Violoncello

und Orchester」を、一緒に録音したい≫という申し込みが突然、

舞い込んだそうです。

まだ、40代初めの先生は、「本当に嬉しかった!!!」、

大マエストロから指名があったのです。

録音の日程も決まり、練習を重ね演奏に臨むばかりの時、

悲しい連絡、 Oistrakh の思いがけない訃報でした。

 

 


★人生、いつ何が起き、どうなるか分かりません。

行動できることは、迷わず、ためらわず、

行動したいものですね。


★ Boettcher ベッチャー先生は、

この「Doppelkonzert」を、Hoelscher 先生のviolinで、

録音されています。

Radio-Sinfonieorchester Stuttgart

Sir Neville Marriner : Conducter
                                   《CAPRICCIO 10496》。

いい演奏です。


★ロシアの偉大な cellist Gregor  Piatigorsky

グレゴール・ピアティゴルスキー(1903-1976)との先生の、

これまた残念な思い出話も、よくお聞きしましたが、

この話はいずれまたの機会に。


Bachの誕生日 3月 21日、Boettcher ベッチャー先生が、

私の「Suite für Violoncello solo Nr.3無伴奏チェロ組曲 第3番」の

全曲初演を、 ドイツのWittenでなさいます。

心待ちにしております。

 

 

 


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