音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■音楽史上に燦然と輝く「異名同音調」による前奏曲&フーガ■

2019-10-25 22:39:30 | ■私のアナリーゼ講座■

■音楽史上に燦然と輝く「異名同音調」による前奏曲&フーガ■
~次回「アナリーゼ講座」、平均律1巻8番前奏曲「es-Moll」とフーガ「dis-Moll」~
~悲しいお知らせ、クラシックCDのマスタリング第一人者・杉本一家さんが逝去~


               2019.10.25  中村洋子

 



★突然ですが、悲しいお知らせです。

JVCケンウッド・クリエイティブメディア マスタリングセンターの

杉本一家さんが逝去されました、まだ59歳でした。

杉本さんは、私のCDの全ての録音とマスタリングを、担当して下さり、

ある意味で、作曲家としての私を育てて下さった方です。

茫然自失です。

近くとり行われるご葬儀に、私も参列させて頂きます。

落ち着きましたら、杉本さんについて、当ブログで詳しく

書きたいと思います。





10月19日の「アカデミアミュージック・アナリーゼ講座」は、

台風19号の影響で、止む無くご欠席の方も、おいでになりました。

不便な交通をものともせず、遠方よりご参加いただきました方も

たくさんいらっしゃいました。

感謝申し上げます。

台風で被災された皆さまに、心よりお見舞い申し上げます。



★講座後の何となく心が落ち着かいない日々の中、映画を見ました。

タイトルは「“樹木希林”を生きる」です。

NHKの同名ドキュメンタリー番組に、未公開映像を加えて、

再編集した映画です。

https://eiga.com/news/20190820/2/



★TVでご覧になった方も、いらっしゃると思いますが、

我家にTVがありませんので、すべてが初めて見る映像でした。

監督、撮影、語りは、NHKの木寺一孝さん。

要するに、木寺さんが一人で一年間、希林さんを取材した

ドキュメンタリーです。



★木寺さんは率直に自分のプライバシー、例えばヨメさん(奥様)との

関係や、家を買うか、子供をつくるかどうか・・・諸々を、希林さんに

話します。

映画を見始めたときは、彼の私生活はこの映画に関係ないのでは、

と思っていたのですが、108分の映画の中で、彼が希林さんと

向き合うことによって、徐々に変化していく様子が面白く、

“成程、こういうドキュメンタリーの手法もありか!”と感じました。



★映画の中ほどで、二人の会話が段々と少なくなり、

途切れがちになります。

木寺さんの反応があまりに常識的で物足りなく、

つまらなかったからです(典型NHKか)。

希林さんから「(このドキュメンタリーは)達成感がない」と、

厳しく批判され、一時は二人の交流が途絶えるところなどは、

逆に、長い108分の中で起承転結が、上手に配置されている、

と感心しました。





★このドキュメンタリー撮影の一年間に、希林さんは4本の映画に

出演されています。

《モリのいる場所》は、画家熊谷守一の妻「秀子」を演じましたが、

楽屋で、希林さんのヘアーセットをする若い美容師さんを、

叱る場面が、印象的でした。

秀子さんは実在の人物ですから、希林さんは、

写真で秀子さんの髪型を詳細に、研究していました。

美容師さんは勉強不足。

彼女のセットでは、両脇の膨らみや、頭頂部の丸めた部分の、

巻き方が本物と異なり、希林さんはそれを指摘したのです。

美容師さんは、大雑把で曖昧にしか捉えていませんでした。

 

★しかし、その叱り方は、決して追い詰めるのではなく、

これから、どうやってプロフェッショナルな仕事をしていくかを、

教え導くような言い方でしたので、見ていて納得。

突き放すような言い方をするところに、希林さんの若い人を育てる

親切心がにじみ出ていました。


★他の出演映画《日々是好日》では、長年にわたって希林さんと

仕事をしてきたベテラン美容師さんの、行き届いた配慮と

的確な仕事と好対照でしたが、あの若い美容師さんもきっと

“こうなる!”と思わせる、爽やかな映像でした。


★その他の二作は、《万引き家族》、《命みじかし恋せよ乙女》です。



 


-------------------------------------------
■次回アナリーゼ講座のご案内です。
-------------------------------------------


《Bach「「平均律第1巻」と、この「1巻を源泉とする名曲」》全4回の4回
■ 「平均律1巻」8番プレリュード 「es-Moll」とフーガ「dis-Moll」
・音楽史上に燦然と輝く「異名同音調」によるプレリュード&フーガ、
 「5度圏の調」の妙
・平均律1巻全24曲の中で「8番」の意味する重要性


https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture

             


---------------------------------------------------------

■日時 : 2020年1月18日(土) 14:00~18:00
■会場 : エッサム本社ビル4階 こだまホール
       東京都千代田区神田須田街1-26-3
(JR神田駅北口 徒歩3分)※エッサム1、2号館ではありません
■定員 : 70名

---------------------------------------------------------
■ 12月3日(火)よりお申し込み受付開始。
---------------------------------------------------------

★明るく屈託のない「7番フーガ」と、魂の奥底から絞り出されたような嘆きの
「8番プレリュード」は、各々が独立した別個の曲のようにみえます。しかし、
「8番プレリュード」のバッハ自筆譜を、7番フーガの上に重ねてみますと、
そのレイアウトやモティーフ、和声があまりにも見事に一致していることに、驚愕します。
これが平均律クラヴィーア曲集第1巻の凄さです。全24曲が、一つの有機体のように
息づいています。


★「8番プレリュード」の調性は「es-Moll 変ホ短調」、「8番フーガ」はその異名同音調
の「dis-Moll 嬰二短調」です。この調性につきましては、私が書きました
≪ベーレンライター版平均律1巻楽譜に添付の「前書きに対する注」≫14~15ページの
【注5】「5度圏の調」を、お読み下さい。

★この音楽史上、画期的な調整設定のアイデアは、前回講座で取り上げました
ベートーヴェンの「月光」、ショパン「雨だれ」へと、天才がリレーして続けています。

★「8番フーガ」の15小節目上声「h¹」から「h²」へと駆け上る音階のベクトルは、
「24番プレリュード h-Moll」の1小節目「H」から「h」へと上行する音階へと、
つながります。この「8番プレリュードとフーガ」は、平均律1巻24曲のちょうど
3分の1に位置していることと、偶然の一致ではありません。


●[プレリュード es-Moll]
爪弾かれたリュート風の分散和音を下声の伴奏とし、上声のソプラノで受難のアリアを
切々と、全曲を通して歌い上げているかのような曲想です。
8小節目上声では、一時的に、リュートの分散和音のような音型が、上声に移動します。
当時の楽器ではとても高い音である「ces³」音(≪ベーレンライター版平均律1巻楽譜に
添付の「前書きに対する注」≫の23~26ページ【注21】を参照)を、3回畳み掛けます。
この「ces³」音が、その後どの箇所でどのように奏されていくかを、自筆譜により追跡
していきますと、バッハの大きな構想が忽然と浮かび上がってきます。


●「フーガ dis-Moll」
1小節目の主題(Subject)冒頭は、1拍目「dis¹」から2拍目「ais¹」 です(これは横の線)。
3小節目3拍目の応答(Answer)の開始時は、ソプラノ声部「ais¹」とアルト声部「dis¹」が、
空虚5度(和音)を形成します(縦の線)。このやや古風で空虚な響きは、その後の「主題の
反行、拡大」など充実した発展の中で、忘れ去られたかのようにみえますが、
52小節目1拍目の半終止の後、2拍目「dis-ais」、3拍目「dis¹-ais¹」に二つのむき出しの
空虚5度(和音)を再度、現出させます。
バッハは何故、滔々とした大河のようなフーガの流れに水を差すように、
音の流れを堰き止めたのでしょうか? 
その訳は、プレリュードとフーガの「調性」にあります。
講座で詳しくご説明いたします。





---------------------------------------------------------------
■講師: 作曲家 中村 洋子 東京芸術大学作曲科卒。

・2008~15年、「インヴェンション・アナリーゼ講座」全15回を、  

 「平均律クラヴィーア曲集1、2巻アナリーゼ講座」全48回を、東京で開催。

  自作品「Suite Nr.1~6 für Violoncello無伴奏チェロ組曲第1~6番」、

「10 Duette fur 2Violoncelli チェロ二重奏のための10の曲集」の楽譜を、

 ベルリン、リース&エアラー社 (Ries & Erler Berlin) より出版。

「Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集」、  

「Zehn Phantasien fϋr Celloquartett(Band1,Nr.1-5)

 チェロ四重奏のための10のファンタジー(第1巻、1~5番)」をドイツ・

 ドルトムントのハウケハック社 Musikverlag Hauke Hack Dortmund

 から出版。


・2014年、自作品「Suite Nr. 1~6 für Violoncello

 無伴奏チェロ組曲第1~6番」のSACDを、Wolfgang Boettcher

 ヴォルフガング・ベッチャー演奏で発表               

(disk UNION : GDRL 1001/1002) 「レコード芸術特選盤」
                     

・2016年、ブログ「音楽の大福帳」を書籍化した   

 ≪クラシックの真実は大作曲家の自筆譜 にあり!≫     

 ~バッハ、ショパンの自筆譜をアナリーゼすれば、曲の構造、

 演奏法までも 分かる~ (DU BOOKS社)を出版。


・2016年、ベーレンライター出版社(Bärenreiter-Verlag)が刊行した  

 バッハ「ゴルトベルク変奏曲」Urtext原典版の「序文」の日本語訳と  

 「訳者による注釈」を担当。

   CD『 Mars 夏日星』(ギター二重奏&ギター独奏)を発表。      

 (アカデミアミュージック、銀座・山野楽器2Fで販売中)


・2017年「チェロ四重奏のための10のファンタジー(第2巻、6~10番)」を、   

 ドイツ・ドルトムントのハウケハック社

 Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。


・2017年、ベーレンライター出版(Bärenreiter-Verlag)刊行のバッハ   

 平均律クラヴィーア曲集第1巻」Urtext原典版の≪「前書き」日本語訳≫     

 ≪「前書き」に対する訳者(中村洋子)注釈≫

 ≪バッハ自身が書いた「序文」の日本語訳≫     

 ≪バッハ「序文」について訳者(中村洋子)による、詳細な解釈と解説≫を担当。


・2016~18年、「ゴルトベルク変奏曲・アナリーゼ講座」全10回、

「平均律クラヴィーア曲集第1巻 第1~6番・アナリーゼ講座」全6回を、

東京で開催。

 

 

                                                           (私の指に止まった赤蜻蛉)


※copyright © Yoko Nakamura  
             All Rights Reserved
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

■芭蕉とバッハの真筆を見る、Chopin「雨だれ」の骨格はBachのmotif■

2019-10-10 13:57:43 | ■私のアナリーゼ講座■

■芭蕉とバッハの真筆を見る、Chopin「雨だれ」の骨格はBachのmotif■

~第3回≪Bach「平均律第1巻」と、この1巻を源泉とする名曲≫アナリーゼ講座~

           2019.10.10       中村洋子

 

 

 

 

 

 

松尾芭蕉(1644-1694)が、「奥の細道」を旅した1689年

(3月下旬~8月下旬)から、今年は330年たちました。

先月、出光美術館開催の企画展「奥の細道三三〇年芭蕉展」

拝見しました。

 

 

★開催中に是非、このブログで皆さまにご紹介したいと

思ったのですが、慌ただしく過ごしている間に、

会期も終ってしました。

芭蕉の「奥の細道」の自筆につきましては、私の著書

「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」の、

30~32ページ《芭蕉の「奥の細道」は、Bachの自筆譜に通じる》を、

是非、お読み下さい。

 

★今回の展覧会には、「奥の細道」の自筆は展示されず、

出光美術館所蔵の、短冊や懐紙に書かれた発句(現代の俳句)の

芭蕉真跡(真筆)が、多数出品されていました。

 

★芭蕉の真筆をこれだけ一同に見ることは、

初めての得難い経験でした。

 

★「奥の細道」を少しずつ読んでいきますと、クラシック音楽の規範

である「平均律クラヴィーア曲集」のように、俳諧の規範であり、

与謝蕪村(1716-1783)が、何故、あれほどまでに芭蕉に心服したか、

まで段々と分かってきました。

 

 

★展覧会にはその蕪村の書画一体となった「奥の細道図」も、

その一部が、出品されていました。

京都国立博物館蔵で、以前、全巻を美術館で見たことがあります。

今回その一部と、更にそれの模写が出品されていました。

 

 

 

 

蕪村真筆は、気迫に満ちた名品

横井金谷・よこい きんこく(1761-1832)という浄土宗の僧侶で

文人画家による 蕪村の「奥の細道図」の模写も出展されていました。

横井 金谷の蕪村に対する尊敬と、その天才を己が物にしようとした

気持ちの良い作品でした。

模写を見る時に興味深いのは、「真実を写そう、写そう」としても、

思わず溢れ出る「模写」氏の個性でしょう。

 

 

★模写とは少し異なりますが、クラシック音楽では「編曲」が、

同じ意味を持っているのかもしれません。

若いBachが、Vivaldiヴィヴァルディ(1678-1741)の

Violin協奏曲を鍵盤楽器に編曲した作品が、数曲残っていますが、

Vivaldiの作品から、Bachの天才が溢れ出て、

渦を巻いているような作品です。

Bachの個性を、ここからはっきりと、つかみ取ることができます。

 

 

★前述の私の著書、231~235ページにかけての

「モーツァルトは、バッハの4声フーガを弦楽四重奏に編曲して勉強」

も、同じことでしょう。

 

 

 

 

 

10月19日の≪Bach「平均律第1巻」とこの1巻を源泉とする名曲≫

アナリーゼ講座(全4回)第3回目は、Beethoven(1770-1827)の

「月光ソナタ」、Chopin(1810-1849)の「雨だれ」です。

幸いなことに、「月光」の冒頭13小節分の欠損を除き、

「月光」、「雨だれ」とも、自筆譜が現存しています。

 

 

蕪村の「写譜」氏の顰に倣い、まずは、この二曲の写譜をしました。

Chopin「24のプレリュード」Op.28の第15番、通称「雨だれ」の

自筆譜は、横長の五線紙3ページにびっしりと書き込まれています。

1ページ目は、大譜表5段分で、1~31小節。

2ページ目は、大譜表4段分で、下段の1段分は余白で、32~66小節まで。

3ページ目も同じく、大譜表4段で、最後の1段分は余白、67~89小節まで。

 

 

★大譜表1段の横は、長さが23~23.2㎝です。

この小さくびっしりと書き込まれた楽譜の中に、Chopinの「大宇宙」が

存在します。

 

 

★この曲を勉強するためには、先ず「自筆譜」から学び、

その水先案内として、天才Debussyドビュッシー(1862-1918)の

校訂版 https://www.academia-music.com/products/detail/128676

を紐解き、さらに2016年に出版されたBärenreiter

ベーレンライター版  https://www.academia-music.com/products/detail/129883

参考にするのが、最良の方法と思います。

 

 

 

 

Bärenreiter版の優れているのはChopinがお弟子さんを

レッスンする際に自分で書き込んだ Fingeringを、掲載していることです。

この「自筆譜」、「ドビュッシー版」、「ベーレンライター版」について、

講座で詳しくお話し、Chopinの音楽に迫っていくつもりです。

 

 

★ところで、「雨だれ」は1~27小節が「Des-Dur 変ニ長調」、

28~75小節は「cis-Moll 嬰ハ短調」、76~89小節は、

「Des-Dur 変ニ長調」に復調します。

「Des 変ニ音」と「cis嬰ハ音」は異名同音です。

 

 

★この冒頭1~27小節を「Des-Dur」でなく、異名同音調の

「Cis-Dur」に書き換えてみますと、興味深い発見が

たくさんあります。

 

 

★まずは、Chopinが書いたまま「Des-Dur」で写します。

 

 

 

 

 

★これを、Cis-Dur で書いてみます。

 

 

 

 

1小節目冒頭の上声「eis²-cis²-gis¹」が、何やらBachの

「平均律第1巻」3番Cis-Dur プレリュード冒頭に似ています。

 

 

 

 

★「平均律第1巻」3番プレリュードの下声を見てみます。

バス声部は、「cis-dis-eis-fis-dis-cis」と進行していきます。

 

 

 

 

Cis-Durに書き換えた「雨だれ」2小節目4拍目から、

4小節目3拍目上声も「cis²-dis²-eis²-fis²-dis²-cis²」です。

 

 

 

骨格となるmotif モティーフを共有していることに、

驚かされます。

これは、ChopinがBachの真似をした訳ではありません。

Chopinは、プレリュードOp.28を、ほぼ書き終えた後、

旅先のマジョルカ島に持参した楽譜は「平均律クラヴィーア曲集」と、

その他わずかな楽譜だけだった、と言われます。

 

 

★それだけ深く勉強したBachが血肉化し、滋養をたっぷりと

吸い取った後、プレリュードOp.28の太く豊かな幹となり、

枝葉を繁らせたと、見るべきでしょう。

 

 

★先月は、芭蕉の真筆だけではなく、Bachの自筆譜の実物を

見る機会がありました。

Choral From the Depth

Passion music according to St,Luke No.40

Handwriting Written in 1740's

 

冒頭に、Bachの字で「Aus der Tiefen( 深きところより)」

と書かれていました。

1730年にバッハが書いた「ルカ受難曲」の40曲目と一致するコラールで、

1740年代に再演した際、コラール旋律を改変し、

終結部を書き換えたコラール、という説明がありました。

 

 

★いつもファクシミリでしか見たことのない、

Bachの紛れもない真筆。

9月は、同じころに活躍した芭蕉とBachの作品を直に見ることの

できた得難い月でした。

 

 

 

※copyright © Yoko Nakamura              

All Rights Reserved

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする