■私の新しい著作が、間もなく刊行されます■
~Debussy「2つのアラベスク」は、春風に舞う天女の世界~
2022.4.24 中村洋子
苧環(オダマキ)
●ゴールデンウィークも間近です。
前回ブログの日付を見ましたら1月末でした。
もう3ヶ月も経ってしまったのですね。
その間、近く出版します本の執筆で忙しい毎日でした。
●最後になって、新たに「バルトーク」の章を追加することになり、
全部で計11人の大作曲家について、有名な作品一曲を、
「自筆譜」を基にして、詳細な分析を施しました。
★一人の作曲家につき、30近い「譜例」を、私が手書きで写譜し、
添付しましたので、とても時間がかかります。
文章だけでも十分ご理解いただけると思いますが、
「譜例」があるとさらに鮮明に、イメージが湧くことでしょう。
★原稿と譜例は、ゲラ刷りの段階に到着しました。
校正を重ね、万全を期して皆様にお届けしたいと思います。
★11人の大作曲家の作品は、前回ブログで書きましたように、
モーツァルト「Sinfonie g-Moll 交響曲40番ト短調」KV550 や、
ブラームス「Sinfonie Nr.4 交響曲第4番 e-Moll ホ短調」Op.98
のように、オーケストラ作品や、Bartók Bélaバルトーク・ベーラの
「Sonata for solo violin無伴奏ヴァイオリンソナタ」の室内楽、
バッハの「フーガの技法」のように楽器編成不明の曲等、
多岐にわたっています。
水芭蕉
★モーツァルトやブラームスの交響曲、バルトークの晩年の傑作、
バッハの畢竟の大作は、その巨大な作品のどこを取り上げるべきか、
書く前から身構えたのですが、ドビュッシーのピアノ独奏のための
「Deux Arabesques 2つのアラベスク」は、ほんの少し息抜きの
気持ちがあったことは否めません。
★ドビュッシー初期の、優雅でエレガントな「アラベスク」の
自筆譜は、曲想通り、流れるように美しく、見ているだけで
うっとりします。
http://www.academia-music.com/products/detail/159002
しかし、分析しながら書き始めますと、豈図らんや(あにはからんや)
想像を絶する大建造物でした!
★シューマンが、ショパンを評する言葉のChopinをDebussyに
置き換えるだけでよいのですね。
Chopins Werke sind unter Blumen eingesenkte Kanonen“
"Chopin's works are guns buried in flowers." Robert Schumann
ショパンの作品は花々の陰に隠れた大砲だーロベルト・シューマン
(直訳:ショパンの作品は花の下に埋もれた大砲である)
"Debussy's works-Deux Arabesques are guns buried in flowers."
-Yoko Nakamura
★冗談はさておき、「Deux ArabesquesⅠ」は、著作で
微に入り細に入り考察しましたので、このブログではほんの少し
「Deux ArabesquesⅡ」について書きましょう。
★ドビュッシーの自筆譜を見ますと、「ArabesqueⅠ」、「ArabesqueⅡ」
というタイトルの書き方はしていません。
1曲目は「Deux ArabesquesⅠ」、「2曲目は Deux ArabesquesⅡ」です。
日頃、気にも留めていなかったのですが、自筆譜を見ますと、
ドビュッシーは「C.A.Debussy」という自分の名前の署名より、
タイトルの方を、とても大きく、そして目立つように書いています。
★ドビュッシーの「この曲はアラベスク1番、アラベスク2番、という
二つの曲ではなく、“二つのアラベスク”という、一曲の曲なのです」
という声が、聞こえてきそうです。
ショウジョウバカマ
★それでは「二つのアラベスク」の調性の関係はどうでしょう。
1番は「E-Dur ホ長調」、2番は「G-Dur ト長調」です。
「E-Dur」の主音と「G-Dur」の主音は、「3度の関係」にあります。
★「3度の関係」の調性につきましても、本で詳しく論じましたが、
バッハ由来の、意外性もあるうえに、実に美しい転調です。
ショパン、シューベルト、ブラームスの、「3度の関係」の転調は、
一度聴いたら忘れられないほど、強い印象を与えます。
★この譜例に書きました二つの三和音を、是非、
続けて、弾いてみてください。
それだけでも、この美しさを実感できると思います。
★ドビュッシーは「Deux ArabesquesⅠ」で、徹底した
「motif 動機」による構造設計を試みています。
この曲の、麗らかで雅な外見からは、想像もつかないような
峻厳な構造です。
その中の一つ、「Deux ArabesquesⅠ」の冒頭1、2小節で、
さりげなく登場するバス声部の motif「cis¹ h a ド♯、シ、ラ」は、
「Deux ArabesquesⅡ」では冒頭1、2、3小節では堂々
全音符の「c¹ h a ド シ ラ」に、成長しています。
★ただし、この2番は「G-Dur」ですので、「cis¹ ド♯」は、
「♯」のない「c¹ ド」になっています。
細い蔦の枝が成長し、見事な「アラベスク」模様を
形作るかのようです。
「アラベスク」という語の意味するものについても、
本でご説明しました。
★もう一つ、この曲の特徴として挙げられるのは、いくらか憂愁を
帯びたような、魅惑的な響きは、「Ⅲの和音」によるもの
でもあります。
「Deux ArabesquesⅠ」の1、2小節を、和音要約しますと
こうなります。
「E-Dur のⅣ、Ⅲ、Ⅱ、Ⅰ」の和音第一転回形「Ⅳ¹ Ⅲ¹ Ⅱ¹ Ⅰ¹」の
並行移動になりますが、その2番目の「Ⅲ¹」の魅惑的なこと!
この和音要約も、是非音に出して弾いてみてください。
「Deux ArabesquesⅡ」では、2小節目の和音が、
「G-DurのⅢ」の和音です。
譜例4
長調の「Ⅰ」の和音が「長三和音」なのに対して、
長調の「Ⅲ」の和音は、少し陰のある「短三和音」です。
★その点も、はっきりした色彩ではなく、マリー・ローランサン
Marie Laurencin (1883-1956)のパステル画のような
淡い色調になるのですね。
ちなみに、ドビュッシーは1862年生まれ、ラヴェルは1875年生まれ、
ローランサンはその少し後の世代ですね。
★そういえば作曲家のアントン・ヴェーベルン
Anton Friedrich Wilhelm von Webernも1883年生まれでした。
ドビュッシーとヴェーベルンが、20歳しか年齢差がないのは、
少々、意外な気がします。
この二人が、20世紀の音楽の行く末を決定付けた作曲家です。
★お話を戻しますと、ドビュッシーは、天女が春風に吹かれて
空中で舞うような「Deux ArabesquesⅠ」と、
春の光を一杯浴びて、蝶や小鳥が舞い飛び回るような
「Deux ArabesquesⅡ」という、夢のような世界を
作り上げました。
★しかし、その世界は、少しの風で、もろくも揺らぐような
脆弱な土台ではなく、盤石な石組みの上に、その夢の世界を
繰り広げたのでした。
“Es ist des Lernens kein Ende.”―Robert Schumann
シューマン曰く「学びに終わりはありません」ですね。
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