音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■名演:ケンプのイギリス組曲3番、 Gardinerのクリスマスオラトリオ■

2015-05-17 21:51:24 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■名演:ケンプのイギリス組曲3番、 Gardinerのクリスマスオラトリオ■
                2015.5.17   中村洋子

       

 

 

ドイツ Dortmund ドルトムントの「ハウケハック音楽出版

Musikverlag Hauke Hack」  http://www.hauke-hack.de/

Hauke Hack ハウケハックさんから、お手紙が届きました。

この夏、私の作品「Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
      チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」の

続編「6~10番」の出版に、取り掛かるという報告でした。


★彼は、その前にまず、各国からの総勢50人のCellistsで、

´Cellosommer`というフェスティバルを、盛大に楽しむそうです。

いまドイツでは、本当にCello愛好家が増え、少年、少女が

熱心に熱心に勉強しているようです。

本当に羨ましいことです。


★前回、カール・リヒターの指揮で Bachの「Wheihnachts-Oratorium

クリスマスオラトリオ」を聴いている、と書きましたが、

Eliot Gardiner エリオット・ガーディナー(1943 - )の指揮も

素晴らしく、このCDも愛聴盤です。

彼の指揮は、“古楽器”を使って、ピッチも現代の音よりも

ほぼ半音低いくらいの、バロック時代のピッチを採用しています。

リヒターの指揮と大きく違うとはいえ、古楽器うんぬんという論議は、

どうでもいいことであろう、といいたくなるよい演奏です。


★実際、Bach 時代はどうであった・・・などの研究、

アプローチ、詮索にあまりに深入りすることは、

Bach の音楽を理解し、楽しむためには、かえって邪魔で、

素晴らしい演奏ならば、なんでもいいではないか、

と言いたくなります。

 

 


★いま、 Invention インヴェンションヴェン全15曲を「一曲」として

見通す作業をしていますが、その過程を通して、

≪ Invention インヴェンションは、独奏鍵盤楽器で作曲された

クリスマスオラトリオである≫という印象を、強くもち始めました。

その理由につきましては、私のアナリーゼ講座や、

私の新しい作曲によって、おいおい解き明かしていくつもりです。


★Eliot Gardiner  ガードナーの演奏は、惜しむらくは、

陶酔するような歌手には恵まれていなかった、ということです。

リヒター版のGundula Janowitz グンドゥラ・ヤノヴィッツ(1937 - )や、

Christa Ludwig クリスタ・ルートヴィヒ(1928 - )などの、

偉大な声楽家との力量の差は、いかんともしがたいでしょう。

 

 

★前回、ご紹介しましたBach「Englische Suite Nr.3

イギリス組曲3番」の、昔からの愛聴盤は、

 Wilhelm Kempff  ヴィルヘルム・ケンプ ( 1895~1991) です。

ここには、「 Französische Suite Nr.3 フランス組曲 3番」や、

Bach:Capriccio 'Sopra la lontananza del suo fratello dilettissimo' B-Dur

カプリッチョ 「最愛の兄の旅立ちにあたって」なども含まれています。
 

このKempff の演奏は、 Richter リヒテルと好対照です。

Kempff 独自の考えで、「装飾音」を大胆にカットしている

部分が、かなり多くあります。


★Kempff が、Bach を現代のピアノで演奏する際の考え方は、

次のようであったと、私は推測します。

“チェンバロを想定して作られた作品の装飾音を、そのまま、

現代のPianoに当てはめて演奏しますと、どうしても、

音が過剰になることがある・・・”

 

 


★トリルは幾つかの役割をもっていますが、その一つは、

トリルを付けられた音を、強調する役割を担っています。

その場合、現代のPianoでトリルを弾きますと、かえって、

Bach の意図をかき乱すように、

音が過剰になる傾向があります。


★現代のPianoは、チェンバロと比べ、

指の圧力、重みで音を変化させることができる、

という大変に進化した特徴を、もっています。

表現の幅がものすごく広がります。


★「Englische Suite Nr.3 イギリス組曲3番」の GavotteⅠ、

18小節目後半~23小節目までの、

左手 「g」 の 「repeated notes」 で、

Richter リヒテルは、人々がイエスの生誕を喜び、

太鼓を打ち鳴らして、祝っているかのように、

見事に表現しています。


Richter リヒテルは、「repeated notes」 に付けられた

「Mordent 」で、現代のPianoの表現力を駆使し、

群衆が、歓喜で打ち震える場面を彷彿とさせました。

 

 


★Kempff は、この 「Mordent 」を取り去り 、

「g」 の音のみで生誕の喜びを、表現しています。

それは、イエスを宿した幼い母マリアの、

内面から、ふつふつとこみ上げて来る喜び、

密やかに、微笑みがこぼれてくるような喜びなのです。


★これが、Kempff の天才です。

演奏とはそのようにして、自分で作るものなのです。

 

 

 

 

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■リヒテルの「イギリス組曲」偉大な演奏、クリスマスオラトリオにも通じる■

2015-05-13 11:32:41 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■リヒテルの「イギリス組曲」偉大な演奏、クリスマスオラトリオにも通じる■
        2015.5.13          中村洋子


 

 


★美しい箱根の山で、噴火の前兆のような火山性地震が頻発するなど、

気の晴れない毎日です。

Bachの「Wheihnachts-Oratorium クリスマスオラトリオ」を、

Karl Richter カール・リヒター指揮で時々、聴いておりますが、

Maurice André モーリス・アンドレのトランペットを聴きますと、

心が晴れます。


★Richard Wagner リヒャルト・ワーグナー(1813~1883)の

「Siegfried-Idyll ジークフリート牧歌」は、

Bach のクリスマスオラトリオが根源、大元であり、

Verdi ヴェルディ(1813 - 1901)の opera オペラ

「La traviata 椿姫」で登場する合唱曲の一部は、意外にも、

「Wheihnachts-Oratorium クリスマスオラトリオ」と、

ほぼ重なる所が多いなど、いろいろな発見があります。

いずれも、Bachを学びに学び、

学び尽していたということでしょう。

そんなことを、考えながら、聴いています。


★「Wheihnachts-Oratorium クリスマスオラトリオ」冒頭に、

感動的なティンパニの連打があります。

「Englische Suite Nr.3 イギリス組曲3番」の Gavotte、

18小節目後半~23小節目までの、

左手「g」の 「repeated notes」 に、

「Mordent 」や「Trill」が付いていますが、

これについて、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーは、

「太鼓を叩くように、鋭くアクセントをつける」と、

校訂版で記しています。

クリスマスオラトリオ冒頭のティンパニと、

同じ位置付けです。

 

 


★このGavotteをはじめとして、「Englische Suite Nr.3」全曲は、

オーケストラを想定して書かれていることは、間違いありません。

前回のブログで書きました Sviatoslav Richter スヴャトスラフ・リヒテル

(1915-1997)の名演奏を聴きますと、

その前の Sarabande がもつ深く沈潜した世界から、

この Gavotte により、一気に天空へと放たれるような、

開放感、喜びに満たされます。


クリスマスオラトリオは冒頭、

イエス生誕を、“いまかいまか”と待ちわびる心の鼓動を、

ティンパニの連打が、厳かに伝えます。

期待に打ち震える心のときめきが、聞こえてくるかのようです。

そして次の瞬間、トランペットが高らかに、

“生誕の扉”を開け放ちます。

天上から眩いばかりの光が降り注ぎ、地上が歓喜で満たされます。

イエスの生誕を、これ以上ない喜びで祝し、

希望と感動の渦に、人々を包み込みます。

天も地も湧き上がります。


★冒頭を聴くたびに、このようなイメージが自然に、

浮かび上がってきます。

短い、この冒頭の音楽がもつ豊饒さは、

なんと表現したらいいでしょうか・・・

 

 


★「Englische Suite Nr.3」の Sarabande を、詳しく見ますと、

反復記号による二部構成ですが、

サラバンドの本体に、細かく装飾を施したサラバンドが、

さらに、追加されています。

「Les agréments de la même Sarabande 同じサラバンドの装飾」

と、書かれています。

ここも反復を伴った二部構成です。


★「Concerto nach Italienischen Gusto イタリア協奏曲」の

第2楽章は、その装飾されたものを、いきなり提示しているのですが、

「Englische Suite Nr.3 イギリス組曲3番」は、

元の形と装飾版を、同時に並列して、

提示していることになります。


★Richter リヒテルの名演を聴いていますと、

緊張感から解き放たれた Gavotteの心地よさが、

“太鼓”で、より一層納得できるのです。

「Englische Suite Nr.3」は、最初の長大な Preludeこそ、

反復記号はありませんが、続く

Allemande  Courante  Sarabande  GavotteⅠ、Ⅱ   Gigue は、

すべて二部構成で、反復記号が付いています。


★Richterは、それを省略することなく、Bach の意図通りに、

全曲を反復しています。

インタビューで、 Richterは「Schubert の長大なSonataの反復すら

絶対に省略すべきではなく、自分も必ず全部弾いている」

という趣旨のことを、語っています。

 

 


このCDを聴く場合、1回目と反復後の2回目を、

Richterがどのように弾き分けているか、

詳細に、聴き込む必要があります。

その努力により、「Englische Suite Nr.3」の偉大さを、

より深く、理解できるでしょう。

私の「無伴奏チェロ組曲」でも、

Wolfgang Boettcher ベッチャー先生が

反復部分をどう弾いているか、是非お聴きください。

 

 


★そのように見てきますと、

この「Englische Suite Nr.3」 第1曲目の Prelude冒頭は、

弦楽合奏とみなすこともできます。

violin1、violin2、viola、cello の順に

弦楽器が導入され、その上に、管楽器がかぶさるように現れると、

想定することも可能でしょう。
 
32小節目までは tutti総奏で、その後、soloの部分が始まります。

 

Edwin Fischer エドウィン・フィッシャーは、

「Englische Suiten」について、 次のように評しています。

≪この組曲を、学び、知れば知るほど、

Bach がこの簡潔な作品で示した感情の豊かさと深さに、

感嘆することであろう≫。

Bach を深く分析できる、 

Richter リヒテルのようなピアニストでなければ、

歯が立たない曲といえるかもしれません。

ちなみに、この録音は1991年、Richter リヒテル76歳ごろの、

ライブレコーディングです。

 

 

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■名曲を聴く楽しみ、パレナン四重奏団 Ravel& Debussy ■

2015-05-05 16:46:00 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■名曲を聴く楽しみ、パレナン四重奏団 Ravel& Debussy ■
                      2015.5.5 中村洋子

 

 

★今日は端午の節句、

牡丹が満開、新緑と薫風に酔いしれます。

美味しい粽もいただきました。


★先日、フランスFranceで活躍されているcellistチェリストから、

お手紙をいただきました。

私の「 無伴奏チェロ組曲 全6曲」の楽譜を手に、

Wolfgang Boettcher  ベッチャー先生演奏のSACDを、

お聴ききになっている、そうです。


★「You composed something of extra-ordinary.
This music is very very fascinating.
I can concentrate on your music,
I will take it into my repertoire,
and play at next concert.」

「素晴らしい曲を作曲されました。この無伴奏チェロ組曲に集中し、
私のレパートリーとして、演奏したい」

と、書かれていました。

嬉しいことです。

 

 


★5月は「アナリーゼ講座」をお休みいたします。

今月の課題は、まず、

「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」の

全15曲を、「一つの大きな曲」として見直す作業に取り組みます。

さらに、私の作品の作曲も進めます。

その合間合間に、真に価値ある演奏を聴くという、

楽しみに浸ります


★お手紙を下さったcellistがお書きになったように、

本当に価値ある演奏のCDを、

楽譜をじっくりと眺めながら、聴くことは、

愉悦といってもいいと、思います。


★華やかな宣伝文句、しかし、空疎な音楽フェスティバルに、

出掛ける気には、なかなかなりません。

 

 


★いま、聴いています曲は、次のようなものです。

1)Quatuor Parrenin パレナン弦楽四重奏団
     「Maurice Ravel  Quatuor à Cordes en fa Majeur
       Claude Debussy Quatuor à Cordes en sol Mineur」
                          1969年録音           (WPCS 12807)   

2)Bach  Matthäus-Passion       Günther Ramin 1952年録音
              Christ Lag In Todesbanden BWV 4     1950年録音     
          
       Archipel desert island collection  (ARPCD 0278-3)

3)Bach  English Suite No.3,4,6      Sviatoslav Richter
                       1991年録音             (UCCD 9947)


★Quatuor Parrenin の録音は、音質もいいです。

Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875~1937) の四重奏は、

彼が20代後半の作品ですが、第1楽章の冒頭を聴きますと、まさに、

Gabriel Faure ガブリエル・フォーレ(1845~1924)の、

弟子という印象です。


Celloによる、4度 motifの連続した畳みかけ、

それにかぶさるように、第2violinが10度音程(1オクターブと3度)で、

同じ motifを演奏していきます。

しかし、これを単純な「重音」とみるのではなく、

「Bach的音楽手法」で、考えるならば、

どのような意味をもってくるのでしょうか?

それを考え、追求しながら聴くことが、音楽の醍醐味、

楽しみは尽きません。

 

 


★「Bach的音楽手法」を、引き合いに出しましたが、

France近代音楽の始祖は、間違いなく、

Frederic  Chopin ショパン (1810~1849)です。

Chopinが、Franceで後半生をおくり、Franceを活動の場としたこと、

即ち、Bachの種をFranceに深く蒔いた、

といっても過言ではありません。


★その Chopin に続くcomposerとして、

Chabrier シャブリエ(1841~1894)、

Saint-Saëns サン=サーンス(1835~1921)、

そのSaint-Saënsの弟子で、後には親友となった、

Gabriel Faure ガブリエル・フォーレ(1845~1924)。

そのお弟子さんがRavel、というようにつながっていきます。


★例えば、 Gabriel Faure の  Piano works ピアノ作品をみますと、

nocturne、 impromptu、valse・・・。

これは、 Chopin の Piano works と全く同じです。


★ Chopin とBach との関係は、

当ブログで絶えず書いてきましたので、お分かりと思いますが、

Chopin の作品の根本原理である「Bach の作曲技法」が、

五月の薫風のような青年Ravelの作品に、しっかりと根付いていた、

ということが、Ravelが大作曲家となった所以でもあります。


★しかし、どんな名曲でも、素晴らしい演奏で聴かない限り、

“心奪われる”ことはありません。

このQuatuor Parrenin パレナン弦楽四重奏団の演奏は、

お薦めです。

 

 

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