音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■エドウィン・フィッシャーのCD集と、斎藤明子さんリサイタル■

2010-08-29 15:24:20 | ■私の作品について■

■エドウィン・フィッシャーのCD集と、斎藤明子さんリサイタル■
                                010・8・29 中村洋子




★昨日、8月28日は、ドイツ・ドルトムントで、

私の 「 チェロ 三重奏曲 」 が、演奏され、また、東京では、

私の 「 無伴奏チェロ組曲第 3番 」が、

ギタリストの 斎藤明子さんにより、演奏されました。

 
★斎藤さんは、バッハの 「 無伴奏チェロ組曲 1番 」 と 「 同 2番 」、

それに、私の 「 無伴奏チェロ組曲 3番 」 を、演奏されました。


★バッハの 「 無伴奏チェロ組曲 」  は、これまで、

通常のギターで弾く場合、 「 6弦で、低音域が足りない 」  という、

楽器上の制約から、バッハの原調を移調し、

音も加えられたり、編曲されたうえで、演奏されてきました。


★バッハは、 「 無伴奏チェロ組曲全 6曲 」  全体を、

大きな構想の下に、作曲しています。

これは、 「 平均律クラヴィーア曲集 」  と全く、同じです。

平均律クラヴィーア曲集を、移調して弾くピアニストが,

いないのと同様に、

「 無伴奏チェロ組曲 」  を、移調して弾くことは、

不愉快なこと、ともいえます。


★斎藤さんの楽器は、 6弦ギターより、

低音部が増弦されている  「 10弦ギター 」。

この 10弦ギターを用いることで、

バッハの原調のままでの、演奏が可能です。


★リサイタルでは、アンナ・マグダレーナ・バッハの手書譜

(  バッハ自身の手書譜は、現存していない ) により、

一つの音の増減もなく、原調でバッハの世界に、

ひたり切ることが、できました。


★素晴らしい、ポリフォニック解釈で、

彼女は、この名曲を弾き切り、聴く人たちに、

感銘を、音楽の楽しみを、心から与えてくださいました。


★私の 「 無伴奏チェロ組曲 3番 」 の演奏は、

ベッチャー先生のチェロとは、別の世界、

新しい魅力が、引き出されていました。


★チェロは、弦を弓で擦 ( こす )ることにより、

ある音を弾き始めてからも、音色を変えたり、

その音を、crescendo したり、音量を変化させるなど、

さまざまな創意を、表現できます。


★しかし、ギターは、ピアノと同様、

弾いた後、音色などを変化させることができません。

100%、「 減衰 」  しか、ないのです。

チェロに可能な  「 レガート 」  は、

ギター、ピアノで は不可能です。

チェロは、ある音を弾き始めますと、次の音が始まるまで、

演奏し続けることができる、つまり、意思の下に置けますが、

ギター、ピアノはできません。


★ギター、ピアノにとって、 「 レガート 」 をどう作るか、

それが、演奏家の力量とも言うことができます。

日本のピアニストに、よくみられますのは、

例えば、音階的パッセージで、

音の粒を揃えることに、汲々として、

音階から、どのようにモティーフを引き出し、

曲を構築していくか、それが往々にして、欠けていることです。


★斎藤さんは、「 無伴奏チェロ組曲 3番 」 を、

ご自分の解釈で、チェロのベッチャー先生とは、

違うアプローチで、弾き切りました。

チェロでは、大変に困難な、音階的な早いパッセージも、

ギターでは、それほど難しくはありません。


★その特性を生かし、チェロ演奏を聴き慣れた耳に、

ある種、新鮮な驚きを感じさせつつ、

魅力に満ちた新しい世界を、提示しました。

私が、作曲しながらイメージしました、

日本の秋の風景が、彷彿としてきました。

同じ曲を演奏しても、チェロとギターとでは、

別物という、印象さえ与えられました。


★斎藤さんは、日本が誇ることのできる、

本当の 「 音楽家である 」  ギタリスト  です。

この 「 無伴奏チェロ組曲 3番 」 の CD 録音を、

現在、計画中です。 




★嬉しいことは、重なるものです。

帰途、立ち寄りました  「 HMV 」  で、

素晴らしい CD集を、見つけました。


★エトヴィン・フィッシャー ( Edwin Fischer、 1886~ 1960 )

演奏の CDが、12枚も収録されている CD集です。

価格は 四千八百円、偉大なマエストロの集大成ともいえる

演奏集が、かくも安価で販売されていいものであろうかと、

正直申しまして、複雑な気持ちでした。


★すぐ近くには、音楽とは別の要素を “ 売り ” にして、

大々的に宣伝されている、まだ若い幼い日本人ピアニストの、

派手な大きな写真、そのたった 1枚の最新 CD盤が、

偉大なマエストロの 12枚分にも、匹敵しそうな、

三千円 という価格。

この矛盾。
 

★フィッシャーの大半の演奏は、個々のCD盤として、

既に、所有していますが、

やはり、嬉しさから、躊躇せずに、購入しました。


★この CDボックスには、当然のことながら、

バッハ 「 平均律クラヴィーア曲集 」 の  1、 2巻  も収録され、

その他、

バッハ:       Keyboard Concerto、Brandenburg Concerto、

モーツァルト: Piano Concrto No.17、20、22、24、25、

                ピアノソナタ K330 、K331、Rondo K382,

                Fantasias K396、K475

ベートーヴェン: Piano Concrto No.3、4、5、

                  ピアノソナタ Pathetique、Appassionata、

シューベルト:  Impromptus D899、D935、Moments musicaux D780

ブラームス  :  Piano Concrto No.2  など、
                   
溜息の出る、陳腐な表現ですが、 「 珠玉の名演 」 ばかりです。


★この輸入版は、
※■ EMI CLASSICS  EDWIN FISCHER  50999 6 29499 2 7 MONO ADD

 
★EMIの、このCDボックスでは、

アリシア・デ・ラローチャ ( Alicia de Larrocha, 1923~ 2009 )

の名演奏集も、ありました。


★輸入版の最大の利点は、安価であるということよりも、

日本人の “音楽学者 ” や、 “評論家もどき”、

“音楽ライター ” 、 “作曲家”  による、愚かな解説や、

誤解に満ちた、したり顔の、受け売り、孫引き解釈を、

読まされずに済む、という点です。


★英、独、仏語で、真に必要な解説、情報が、

ブックレットに、書かれています。

辞書を片手に、それを読めばいいのです。

 



                               
                      ( 斎藤明子さんと10弦ギター、朝顔、八月の満月 )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント

■バッハ・インヴェンション 4番と ドイツ菓子 “ aus LIEBE (アウスリーベ) ”■

2010-08-25 21:28:04 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■ バッハ・インヴェンション 4番と  ドイツ菓子 “ aus LIEBE (アウスリーベ)  ” ■
                            2010・8.25 中村洋子




★昨日8月24日は、ピアノの先生方のお勉強会、

≪「音楽講座  自筆譜から読み解くバッハ」
             インヴェンション 4番 シンフォニア 4番 ≫に、

講師として招かれ、鎌倉に参りました。


★会場は、緑豊かな鎌倉山でした。


★バッハの自筆譜を、深く読み解いていけばいくほど、

≪ エドウィン・フィッシャーの校訂版 ≫が、

どれほど、優れた内容であるか、

それが、じわじわと、分かってきます。


★フィッシャーの校訂版楽譜は、ほとんど 「 原典版 」 と言えるほど、

バッハの楽譜に、変更は加えていません。


★校訂者 「 フィッシャー 」 が、記入した

≪ 指使い ≫  と  ≪ 脚注 ≫  を、読み込むことで、

彼が、バッハをどのように解釈し、 演奏したか、

実によく、分かってきます。


★具体的に、一例。

インヴェンション 4番 の 38小節目 については、

「 脚注 」 で、 ≪ f p ≫ としか、記していません。


★これは、≪ 38小節目1拍目までを  「 フォルテ 」 で演奏し、

それ以降を、急に 「 ピアノ 」  で演奏しなさい ≫という、指示です。


★実は、この  ≪ f p ≫  という指示だけで、

「 38小節目 1拍目までが、この曲の第 2部分であり、

それ以降から、第 3部分が始まる、つまり、この  ≪ f p ≫ が、

その境目である  」  ということを、

フィッシャーが伝えている・・・、

感度のいいピアニストなら、そういうことに、

すぐ、気付きます。


★さらに、42小節目の上声 「 A、 F、 E、 F 」のところに ≪ f ≫、

43小節目の上声 8分音符 「 G 、E 」に、 ≪ マルカート ≫ と、

フィッシャーが、脚注しています。


★これにより、フィッシャーが、この 2小節を、

インヴェンション 4番の、頂点とみていることが、分かります。


★さらに、注意深く見ますと、 44小節目 下声 1拍目  「 F 」  を、

「 4 」 の指使いと、わざわざ指定し、

45小節目 下声  「 E 」  もまた、 「 4 」 の指使いにするよう、

記しています。

 

★この 44、 45小節目の 「 4 」 は、決して、

弾き易い指使いでは、ありません。

5本の指のなかで、最も不器用な 「 4 」 の指で弾くように、

あえて、指定したのは、

その音を、何気なく、弾き流すのではなく、

≪ 大変に 重要な音であり、意識して弾くように ≫ という、

フィッシャーのメッセージが、込められているのです。

 

★44小節目  「 F  」 と 45小節目の  「 E 」  が、

なぜ、重要であるか、

それは、もう一度、 42、 43小節に、立ち戻って考えれば、

鮮やかに、分かります。

 

★フィッシャーが  「 f 」  と記した

42小節目上声 2拍目  「 F、E 」  の、

拡大形が、44、 45小節目の  「 F 」  と  「 E 」  なのです。

 

★さらに、 42小節目の上声 2拍目 「 F 」 、

 43小節目  上声 2拍目 「 マルカート 」 の「 E 」  が、

 44、 45の下声    「 F、E  」   と、

カノンの関係にありことも、分かってきます。


★「 校訂者フィッシャー 」 の、見事なアナリーゼと演奏法を、

ここから、読みとることができます。


                              ( 朝顔の蕾 )

★もしかして、フィッシャーは、 44、 45小節目の

「 4 」 の指使いを、自分では、「 4 」ではなく、

他の指で、弾いていたかもしれません。

私が、皆さまにお勧めしたい練習法は、

この 2つの音を、 “ 不器用な  ”  4の指で、心を込めて、

丁寧に、弾いてみることです。


★その後、自分にとって、弾き易い指で、

先ほどの弾き方をなぞって、弾くようにすることです。


★この方法は、私が講座で、絶えず、お勧めしています

「 暗譜の方法 」 と、同じ考え方です。


★このように、フィッシャーの楽譜は、

手とり足とり、弾き方を、

親切に、アドヴァイスしていません。

読みとる方に、相当の音楽的力量が求められますが、

バッハと同じように、限りなく、奥深いものです。


★残念ながら、フィッシャー校訂  「 二声のインヴェンション 」 は、

絶版となっています。

「 三声のシンフォニア 」 は、「 EDITION WILHELM HANSEN 」 から、

≪ 三声のインヴェンション ≫  として、まだ出版されています。

是非、これを手にとって、勉強してください。


★この指使いと、演奏との関連につきましては、

9月9日の 「 カワイ・平均律アナリーゼ講座 」 で、

詳しく、お話いたします。


★講座を終え、鬱蒼とした緑の鎌倉山から、今度は、

お隣の、太陽が燦々と明るい、藤沢・片瀬山へと回りました。


                                                   ( テーゲベック )


★「 aus Liebe アウス リーベ 」 といいますと、

バッハ 「 マタイ受難曲 」 のなかの名曲、

「 アウス リーベ 」 ( 愛ゆえに )を、思い起こされるでしょう。


★今回は、バッハの  「 aus Liebe 」 ではなく、

飛び切り美味しい、ドイツ菓子のお店  「 aus LIEBE 」  のお話です。


★お店の名前は、この店でお菓子を焼いていらっしゃる

「 曽根  愛 ( めぐみ ) 」 さんの 「 愛 」 に、由来します。

 
★彼女のクッキーは、絶品。

「 日本で屈指の味 」 と、

賞味するたびに、いつも、感動しています。


★初めて、味わったときの感動は、

カルチャーショックに、近いものでした。

甘みは、少々物足りないほど控えめ。

しかし、噛むほどに、

小麦粉、バター、ナッツ、チョコレートなどの素材が、

バッハのフーガのように、最初は、力強くからみあい、

そして、次第に、やさしく、最後は、混然一体となっていきます。

高貴な味わいが漂い、いつまでも去りません。

ファーストフラッシュの紅茶と、一緒に召し上がりますと、

「ああ、なんて幸せ!!!」 という、気持ちになります。


★なにも特別なものは、入っていません。

誠意を込めて、最高の技術で、

手抜きせず、焼き上げますと、

素材の良さが、際立ってくるのでしょう。


                           ( モカ・クヌスプリ )


★愛さんは、小学生のときから、

「 ドイツ菓子作りのマイスターになりたい 」 という、

夢をもち続け、高校卒業と同時に、ドイツに渡りました。


★ジグマリンゲン職業訓練学校を 「 首席 」 で卒業、その後、

ドイツ国立製菓学校 「 ボルフェンビュッテル 」 、

スイスの 「 リッチモンド 製菓学校 」で学び、

7年後に 「 ドイツ国家製菓マイスター資格 」 を、

ケルンで、取得されました。


★最近、日本のクラシック音楽家の経歴には、やたらと、

海外留学で「 1等賞卒業 」 や 「 満場一致で首席卒業 」 などと、

書かれています。

その記述を見ないほうが、珍しいほどです。

日本でいえば、単に、ある講座の単位が 「 優 」であった、

というだけのことを、「 首席 」 と書き、

演奏審査などで、三人いる審査員が 、

全員 「 優 」 を与えた場合を、

「 満場一致 」 と  “ 誇大翻訳  ”  して、表現しているようです。

滑稽です。


★このように、日本の音楽家の経歴には、

ハイパーインフレ気味に、 「 首席 」が、溢れていますが、

曽根さんの 「 首席 」 卒業は、違います。

一口味わうだけで、幸せをもたらす、

素晴らしいお菓子に、結実しています。

真に、価値ある「 首席 」です。


★曽根さんに、初めてお目に掛りましたが、

想像通り、誠実さを絵に描いたような、素敵な方でした。


★「 Megumi Sone 」 を、ドイツ人は、

きっと 「 ゾネさん 」 と、呼ぶでしょうね、

「 n 」 をもう一つ加えて 「 Sonne 」にすると、

「 太陽 」 ですね。

お名前に「 愛 」 と 「 太陽 」が、

あるなんて、素敵ですね、と申し上げますと、

曽根さん 「 太陽のSonne  ゾンネ から n を一つ取った名前です 」 と、

ドイツで、自己紹介してました、と笑いながらおっしゃいました。


★「 昔通りの作り方を、忠実に守って作っている 」そうで、

「 ドイツでも、いまは、このような伝統的なお菓子屋さんは、

数少ない 」そうです。

 

★私が曽根さんと、おしゃべりしているときも、

お客さまが一人、お店にいらっしゃいました。

微笑みながら 「 娘が妊娠して、つわりになっていたとき、

 めぐみさんのお菓子だけは、食べられたんですよ」と、

おっしゃっていました。

 
※ アウスリーベ:〒251-0033 神奈川県藤沢市片瀬山4-11-2 

    TEL/FAX: 0466-61-3596
                    
http://www.ausliebe.net/

   

                                                                     ( お白粉花 )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■ バッハ・インヴェンション 4番と “ aus LIEBE (アウスリーベ) ” ■

2010-08-25 21:28:04 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■ バッハ・インヴェンション 4番と “ aus LIEBE (アウスリーベ)  ” ■
                            2010・8.25 中村洋子




★昨日8月24日は、ピアノの先生方のお勉強会、

≪「音楽講座  自筆譜から読み解くバッハ」
 インヴェンション 4番 シンフォニア 4番 ≫に、

講師として招かれ、鎌倉に参りました。


★会場は、緑豊かな鎌倉山でした。


★バッハの自筆譜を、深く読み解いていけばいくほど、

≪ エドウィン・フィッシャーの校訂版 ≫が、

どれほど、優れた内容であるか、

それが、じわじわと、分かってきます。


★フィッシャーの校訂版楽譜は、ほとんど 「 原典版 」 と言えるほど、

バッハの楽譜に、変更は加えていません。


★校訂者 「 フィッシャー 」 が、記入した

≪ 指使い ≫  と  ≪ 脚注 ≫  を、読み込むことで、

彼が、バッハをどのように解釈し、 演奏したか、

実によく、分かってきます。


★具体的に、一例。

インヴェンション 4番 の 38小節目 については、

「 脚注 」 で、 ≪ f p ≫ としか、記していません。


★これは、≪ 38小節目1拍目までを  「 フォルテ 」 で演奏し、

それ以降を、急に 「 ピアノ 」  で演奏しなさい ≫という、指示です。


★実は、この  ≪ f p ≫  という指示だけで、

「 38小節目 1拍目までが、この曲の第 2部分であり、

それ以降から、第 3部分が始まる、つまり、この  ≪ f p ≫ が、

その境目である  」  ということを、

フィッシャーが伝えている・・・、

感度のいいピアニストなら、そういうことに、

すぐ、気付きます。


★さらに、42小節目の上声 「 A、 F、 E、 F 」のところに ≪ f ≫、

43小節目の上声 8分音符 「 G 、E 」に、 ≪ マルカート ≫ と、

フィッシャーが、脚注しています。


★これにより、フィッシャーが、この 2小節を、

インヴェンション 4番の、頂点とみていることが、分かります。


★さらに、注意深く見ますと、 44小節目 下声 1拍目  「 F 」  を、

「 4 」 の指使いと、わざわざ指定し、

45小節目 下声  「 E 」  もまた、 「 4 」 の指使いにするよう、

記しています。

 

★この 44、 45小節目の 「 4 」 は、決して、

弾き易い指使いでは、ありません。

5本の指のなかで、最も不器用な 「 4 」 の指で弾くように、

あえて、指定したのは、

その音を、何気なく、弾き流すのではなく、

≪ 大変に 重要な音であり、意識して弾くように ≫ という、

フィッシャーのメッセージが、込められているのです。

 

★44小節目  「 F  」 と 45小節目の  「 E 」  が、

なぜ、重要であるか、

それは、もう一度、 42、 43小節に、立ち戻って考えれば、

鮮やかに、分かります。

 

★フィッシャーが  「 f 」  と記した

42小節目上声 2拍目  「 F、E 」  の、

拡大形が、44、 45小節目の  「 F 」  と  「 E 」  なのです。

 

★さらに、 42小節目の上声 2拍目 「 F 」 、

 43小節目  上声 2拍目 「 マルカート 」 の「 E 」  が、

 44、 45の下声    「 F、E  」   と、

カノンの関係にありことも、分かってきます。


★「 校訂者フィッシャー 」 の、鮮やかなアナリーゼと演奏法が、

ここから、読みとることができます。


                              ( 朝顔の蕾 )

★もしかして、フィッシャーは、 44、 45小節目の

「 4 」 の指使いを、自分では、「 4 」ではなく、

他の指で、弾いていたかもしれません。

私が、皆さまにお勧めしたい練習法は、

この 2つの音を、 “ 不器用な  ”  4の指で、心を込めて、

丁寧に、弾いてみることです。


★その後、自分にとって、弾き易い指で、

先ほどの弾き方をなぞって、弾くようにすることです。


★この方法は、私が講座で、絶えず、お勧めしています

「 暗譜の方法 」 と、同じ考え方です。


★このように、フィッシャーの楽譜は、

手とり足とり、弾き方を、

親切に、アドヴァイスしていません。

読みとる方に、相当の音楽的力量が求められますが、

バッハと同じように、限りなく、奥深いものです。


★残念ながら、フィッシャー校訂  「 二声のインヴェンション 」 は、

絶版となっています。

「 三声のシンフォニア 」 は、「 EDITION WILHELM HANSEN 」 から、

≪ 三声のインヴェンション ≫  として、まだ出版されています。

是非、これを手にとって、勉強してください。


★この指使いと、演奏との関連につきましては、

9月9日の 「 カワイ・平均律アナリーゼ講座 」 で、

詳しく、お話いたします。


★講座を終え、鬱蒼とした緑の鎌倉山から、今度は、

お隣の、太陽が燦々と明るい、藤沢・片瀬山へと回りました。


                                                   ( テーゲベック )


★「 aus Liebe アウス リーベ 」 といいますと、

バッハ 「 マタイ受難曲 」 のなかの名曲、

「 アウス リーベ 」 ( 愛ゆえに )を、思い起こされるでしょう。


★今回は、バッハの  「 aus Liebe 」 ではなく、

飛び切り美味しい、ドイツ菓子のお店  「 aus LIEBE 」  のお話です。


★お店の名前は、この店でお菓子を焼いていらっしゃる

「 曽根  愛 」 さんの 「 愛 」 に、由来します。

 
★彼女のクッキーは、絶品。

「 日本で屈指の味 」 と、

賞味するたびに、いつも、感動しています。


★初めて、味わったときの感動は、

カルチャーショックに、近いものでした。

甘みは、少々物足りないほど控えめ。

しかし、噛むほどに、

小麦粉、バター、ナッツ、チョコレートなどの素材が、

バッハのフーガのように、最初は、力強くからみあい、

そして、次第に、やさしく、最後は、混然一体となっていきます。

高貴な味わいが漂い、いつまでも去りません。

ファーストフラッシュの紅茶と、一緒に召し上がりますと、

「ああ、なんて幸せ!!!」 という、気持ちになります。


★なにも特別なものは、入っていません。

入っていないからこそ、最高の技術で焼きますと、

素材の良さが、際立ってくるのでしょう。


                           ( モカ・クヌスプリ )


★愛さんは、小学生のときから、

「 ドイツ菓子作りのマイスターになりたい 」 という、

夢をもち続け、高校卒業と同時に、ドイツに渡りました。


★ジグマリンゲン職業訓練学校を 「 首席 」 で卒業、その後、

ドイツ国立製菓学校 「 ボルフェンビュッテル 」 、

スイスの 「 リッチモンド 製菓学校 」で学び、

7年後に 「 ドイツ国家製菓マイスター資格 」 を、

ケルンで、取得されました。


★最近、日本のクラシック音楽家の経歴には、やたらと、

海外留学で「 1等賞卒業 」 や 「 満場一致で首席卒業 」 などと、

書かれています。

その記述を見ないほうが、珍しいほどです。

日本でいえば、単に、ある講座の単位が 「 優 」であった、

というだけのことを、「 首席 」 と書き、

演奏審査などで、三人いる審査員が 、

全員 「 優 」 を与えた場合を、

「 満場一致 」 と  “ 誇大翻訳  ”  して、表現しているようです。

滑稽です。


★このように、日本の音楽家の経歴には、

ハイパーインフレ気味に、 「 首席 」が、溢れていますが、

曽根さんの 「 首席 」 卒業は、違います。

一口味わうだけで、幸せをもたらす、

素晴らしいお菓子に、結実しています。

真に、価値ある「 首席 」です。


★曽根さんに、初めてお目に掛りましたが、

想像通り、誠実さを絵に描いたような、素敵な方でした。


★「 Megumi Sone 」 を、ドイツ人は、

きっと 「 ゾネさん 」 と、呼ぶでしょうね、

「 n 」 をもう一つ加えて 「 Sonne 」にすると、

「 太陽 」 ですね。

お名前に「 愛 」 と 「 太陽 」が、

あるなんて、素敵ですね、と申し上げますと、

曽根さん 「 太陽のSonne  ゾンネ から n を一つ取った名前です 」 と、

ドイツで、自己紹介してました、と笑いながらおっしゃいました。


★「 昔通りの作り方を、忠実に守って作っている 」そうで、

「 ドイツでも、いまは、このような伝統的なお菓子屋さんは、

数少ない 」そうです。


※ アウスリーベ:神奈川県藤沢市片瀬山4-11-2  TEL/FAX: 0466-61-3596
                    http://www.ausliebe.net/

   

                                                                     ( お白粉花 )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■≪「稚魚の会」の お軽、勘平 ≫ その劇的表現と、バッハの音楽的構成■

2010-08-21 16:16:32 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■≪「稚魚の会」の お軽、勘平 ≫ その劇的表現と、バッハの音楽的構成■
                                                    2010.8.21      中村洋子


★今秋、ドイツで出版される3冊目の楽譜  「 チェロ 四重奏曲集 」 の、

最終的な見直しで、忙しい毎日です。


★本日は、トルコで、ベッチャー先生のリサイタルがあり、

私の 「無伴奏チェロ組曲第 1番」 が、演奏されることになっています。


★また、浜松ではきょう、斎藤明子さんにより、

私の 「無伴奏チェロ組曲第 3番」 が、ギターで演奏されました。

明日、名古屋でもこの曲が、演奏されます。


★どちらも、無伴奏のリサイタルで、

バッハの 「 無伴奏チェロ組曲 」 と合わせて、演奏されます。


★気分転換に、国立劇場での 「 青年歌舞伎公演 」 を見てきました。

「 稚魚の会 」 などによる 「 仮名手本忠臣蔵 」 で、

その 五、六、八段目 を見て参りました。

 
★五、六段目 は、いわゆる 「 お軽・勘平の物語 」。

どこか軽く、そそっかしい性格の  「勘平 」 が、

偶然に振り回され、

最後は 「 自害 」という悲劇に、向かっていくお話。


★プロットの積み重ねが、相思相愛の男女を破滅に導く、

シェイクスピアの 「ロミオとジュリエット」 を、思い起こさせます。


★五、六段目を、独立した物語とみた場合、

さまざまな偶然、思い違い、誤解が、少しずつ絡みあい、

中間部以降、悲劇の連鎖が、加速度を増し、

最後に、大きな悲劇のクライマックスとなり、爆発する。


★これは、ヨーロッパクラシック音楽の作り方にも、似ています。

例えば、バッハの 「 フーガ 」 が、そうです。


★まず、テーマの提示部から始まり、

その提示部に、いろいろなエピソードが挟み込まれます。


★そして、最後は、クライマックスの  「 ストレッタ 」 です。

提示部、エピソードが、複雑に絡み合います。

即ち、テーマが終わる前に、次のテーマが始まり、重なり合うのです。


★仮名手本忠臣蔵を上演すると、必ず興業が成功する、

というジンクスが、昔からあるそうですが、

それは、名作という条件を、満たしているからであり、

その点では、クラシック音楽も、

歌舞伎芸術も、変わることはないのでしょう。


★「お軽・勘平」の筋書きは、以下のようです。

大変に巧妙に、よく練りこまれたプロットです。


★浅野内匠守が殿中で、刃傷沙汰を起こした時、

お伴として、一緒に来ていた 「勘平」 は、

内匠守の妻の腰元「お軽」と、お城の外で逢引きしていました。

一大事のときに、お傍にいなかったのです。

どこか、抜けています。


★内匠守の切腹後、浪人となり、猟師に身を落とした勘平。

お軽とその両親と、同居しています。

当然、仇討グループに入ることも許されません。

入れてもらうためには、「たくさんのお金を貢ぐこと」と、

固く、思っています。


★しかし、お軽の両親は貧しく、無心もできず悶々とした毎日。

その勘平の苦渋を察した、お軽と両親。

勘平に内緒で、お軽を「祇園町・一文字屋」に、

百両で、身売りさせます。

「婿殿を世に出したい」、つまり、

「仇討に加わり、武士としての名前を残して欲しい」ためです。


★次の舞台。

漆黒の闇のなかを、武士の千崎弥五郎が、

提灯を掲げて、歩いている。

その提灯をみた猟師が、「雨で火縄の火が消えた、

火を貸してほしい」と頼む。

弥五郎は、火を借りるのは口実で、

追剥にドスンと撃たれるのでは、と疑いますが、

顔をかざしあうと、なんと、かつての同僚の勘平。

お互いの居所を、教え合います。

身売りの件を、善意から勘平に言わなかったことが、

最初の掛け違い、です。


★お軽の父親・与市兵衛は、祇園・一文字屋で、

手付の五十両を、受け取ります。

夜道は危ない、という忠告を振り切り、

「早く家族の喜ぶ顔を見たい」と、暗い夜道を急ぎます。

帰途、激しい雷、びしょびしょに濡れ、

着物を絞ろうと、座り込んだところ、

悪党が、背後から刀で一突き、絶命してしまいます。


★次の場面

猪が、舞台を突進してきます。

暗闇で、勘平が火縄銃を一発、どかん。

猪を仕留めたと思い、縄で足を縛ると、なんと人間。

まだ、生きているのではと思い、

なんとか助けたい、薬でももっているのでは・・・と、

懐を、探ります。


★ずっしりと重い、巾着があるではないか。

縞柄の巾着の中には、大枚五十両。

震えて思い悩む勘平。

猪と思った男は、もう息はない。

真っ暗闇で、どんな顔かも、見えない。


★勘平は、この五十両をすぐさま、千崎弥五郎のもとに、

仇討に加えて欲しい一心から、持参します。


★勘平が、その帰途、籠に出会います。

なんと、愛しいお軽が乗っているではないか!!!。

籠の脇には、祇園・一文字屋の女将と、女衒の男も。

合点がいかない勘平、

家まで、籠を連れ戻し、

どういう訳だと、問い詰めます。


★ついに、お軽の母「おかや」が、すべてを話します。

 

★勘平は、理解するものの、

「もう、女房を売る必要はなくなった」と話す。

しかし、さすがは、やり手の一文字屋の女将、

「手付の五十両をせしめるために、

お前たちが打った芝居ではないかいな」と、責めたてます。


★「父親の与市兵衛さんが、書きしたためた証文が、

ちゃんと、ここにありますよ。

与市兵衛さんが、五十両を手拭いに包んで帰ろうとしたので、

私は、縞柄の巾着を貸しました」、

「ほら、これが、その縞柄の巾着ですよ」と、かざす。


★愕然とする勘平。

袖から、血濡れた空の巾着をこっそりと見る。

「同じ縞柄だ」。


★お軽は、「身売りしなくていい」といわれ、

本当にそうなりそう、と、一抹の希望を抱きはじめます。

「私は身売りすべきか、どうすべきか」と、問い詰めます。

お軽の顔を、正視できない勘平。

横を向いたまま、「行ってくれ」という表情。

「愛情より忠義」が、勝ります。


★ここまでのやりとりを、聴いていた「おかや」は、

「夫が帰ってこない、おかしい」と不審に、思い始めます。


★一文字屋の女将「一刻も早く、働いてもらわないと、損する」。

「いま、女を減らしたいほど、景気が悪いのに、

年寄りが、たっての願いと頼むから仕様がなく、抱えてやった」

 
★舞台は、勘平と「おかや」だけになります。

しんみりと、おかやは「お前さんは、

病弱な夫と、私の面倒を見ておくれ」と頼みます。


★そこに、猟師三人が、

戸板に、与市兵衛の遺体を乗せ、運んできます。

頭には菅笠が。

おかやは、なかなか夫の死を、信じることができませんでしたが、

ついに、 「 これで合点がいった 」。

“ 勘平が殺し、その金を奪った  ”

「 お前、逃げる気だろう 」 と、

後ろから勘平の帯を引っ張って、離さない。


★その時、千崎弥五郎が同僚と一緒に、訪れます。

「 昨夜の五十両、不忠を働いた家臣の金、

受け取れないとの、大星由良之介様のお言葉 」 と、

返却に来たのです。


★勘平は、ここで、最大の絶望に包みこまれます。

「 おかや 」 も、 「 私の夫を殺した !!」 と、泣き叫びます。


★用件だけを言い残し、さっさと帰ろうとする千崎たち。

勘平は、その脇差を、掴んで離さず、

「 話だけは聴いてください 」  と、

すべてを、打ち明けます。


★話し終えたと同時、

勘平は、やにわ、腹に脇差を突き立て、

自害を、図ります。


★千崎は、ふっと 「峠で、強盗が殺されていた、という話を、

道で聞いてきた、ちょっと、親父さんを検分させてくれ 」と、

筵を、めくります。

「 紛らわしいが、与市兵衛殿の傷跡は火縄でない、刀傷だ 」。

それを聴き、おかやは仰天。

「婿を責め立て、自害にまで、追いやってしまった」


★虫の息の勘平は、

「自分が、舅を殺したのではなかったこと 」を、悟ります。


★千崎たちは、改めて血判状を出し、虫の息の勘平に

「 いま、四十五人、お前も加え、四十六人とする、血判を押せ 」。


★勘平は、腹に突き立てた刀で、さらに、腹を十字に切り開き、

その血潮で、血判を押します。


★「 私は死にません、必ずや、主君の仇を果たします。

私の死を、お軽には伝えるな 」 と、言い渡し、

勘平は、息絶えます。

(この言葉は、7段目以降の重要な伏線になって行きます)


★千崎たち二人は、「 昨日預かった五十両は、勘平と舅の弔い費用に、

残りの五十両は、御用金として、ありがたく使わせていただく 」


★舅が殺されるまでの、状況を作って行く場面は

=フーガの提示部。

一文字屋の女将とのやりとり

=フーガのエピソード、状況の補完。


★最後の3分2以降で、一気に、すべての要素を総合して、

クライマックスの劇的状況に持っていく

=フーガのストレッタ、

ここで全部の要素が、絡み合います。


★「 お軽・勘平 」 の物語は、単に、

音楽と共通しているだけでなく、人の心を打ち、

引き込む芸術の一典型である、といえそうです。

「 規範フーガ 」 ともいえますが、すべてがその通りとはいえず、

それをどう、変化させていくか、それが、劇作家や作曲家の腕です。


★「 稚魚の会 」 は、歌舞伎が大好きで、

「 国立劇場の新人研修 」 に、入門された若い方たちの会です。

歌舞伎の名門の家に生まれなければ、主役を演じることは、

できない、という 「 仕来たりの世界 」 ですので、

「 稚魚の会 」 の、メンバーにとって、

このような機会でしか、 「 仮名手本本忠臣蔵 」 などの

大作を、演ずることができないかもしれません。


★その切実な演技が、お軽・勘平の悲劇とともに、

私の胸を、打ちました。

                                                                 ( 花梨の実 & 雑草の花  )

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■ベートーヴェン・ピアノソナタ  31番、作曲家の意図が反映された楽譜の見分け方■

2010-08-18 23:56:19 | ■私のアナリーゼ講座■

■ベートーヴェン・ピアノソナタ  31番、作曲家の意図が反映された楽譜の見分け方■
                                    2010・8・18 中村洋子



★ベートーヴェンの、 「 後期ピアノソナタ 」 について、

≪ 耳の病気のせいで、音域のバランスが悪い ≫

というような趣旨の、誤った意見が、

いまだに、ときどき見受けられます。

しかし、それは、明らかに誤りです。


★ベートーヴェンに限らず、プロの作曲家であれば、

楽器を使わずに、頭の中で実際に音を鳴らし、

頭の中でそれを、聴きとることは、自明の理で、

日常的に、歩いたり、食事をすることと、

全く、同じ次元の話です。


★作曲家としての、私の経験からいいますと、逆に、

楽器を、使わずに作曲する場合、

バランスの取れた音の配分で、作曲することが、

かえって、容易なのです。


★幼少のころから、和声、対位法を身につけていますと、

調和した、整った響きの音楽こそ、最も、作りやすいのです。


★しかし、 「 美は乱調にあり 」 は、洋の東西を問わず真実です。

ベートーヴェン晩年の、ピアノソナタでの、

極端な高音や、低音域への飛躍、

標準的な和声の配置から、大きく外れた 「 四声体和声 」 などは、

決して、耳が聞こえなくなったためでは、ありません。


★ベートーヴェン・ピアノソナタ 31番 As-Dur Opus 110 の、

第 1楽章の 第 1、 2小節は、≪ 四声体和声 ≫ で、

書かれています。

左手が、バスとテノールを、受け持ち、

右手が、アルトとソプラノを、担当します。


★左手のバスとテノールの音程は、完全 5度、短 3度、

完全4度、長2度、と極めて、狭い音域にとどまっています。


★同様に、右手アルトとソプラノの音程は、長3度、完全4度、

減 5度、短 3度、と、これまた、狭い音域です。


★ところが、左手と右手との間、

すなわち、テノールとアルトの音程は、

完全 11度 (  1オクターブ + 完全 4度  ) 、 1オクターブ、

長 10度 ( 1オクターブ + 長 3度 )  、長 10度というように、

大変に、かけ離れています。

まるで、大きな空洞が、存在しているようです。


★ベートーヴェンは、耳の病気のせいで、

このような“バランスの悪い ”和声を、書いたのでしょうか?


★なぜ “バランスの悪い ”和声を、書いたか、それを解くカギは、

やはり、≪ バッハ ≫ にあります。


★バッハの作品に、親しんでいる人にとっては、

次のようなことは、当たり前のことでもあります。


★バッハの曲では、ある声部や音域に、大きな空洞が出現した後、

その空洞を、埋めるかのように、

重要なテーマ、モティーフ、旋律などが、

姿を、現します。


★丁度、お芝居で主役が登場する前、舞台を暗くして、

次に何が起こるのか、観客の注意を喚起するのと、

同じようなもの、かもしれません。


★次の瞬間、明るい光が差し込み、主役が登場します。

同様に、ピアノソナタ 31番 3小節目で、

その空洞に、光が射すように、

左手テノール声部に、 Es、 As、 C、 B、 C、 Des

という8分音符の、重要で美しい旋律が、

やさしく、姿を現します。


★ベートーヴェンが、なぜ、自筆譜の、

テノール声部の上のところに crescendo を書き込んだか、

その意味が、これで、分かると思います。


★しかし、あくまで、これは、 ≪ テノール声部 ≫ に、

書き込まれた crescendo です。

3小節目 Es、 As、 C、 B、 C、 Des の後半、

B、 C、 Des の和音と、4小節目前半の和声の配置は、

教科書通り調和のとれた、 「 開離配置 」 になります。


★その場合、4声体コラール  と同じように、

ソプラノが美しい旋律を担当しますので、ベートーヴェンは、

3小節目  ≪ ソプラノ声部 ≫  の上にも、

自ら、crescendo を、書き込んでいます。


★ベートーヴェンはこのように、3小節目で、

並行して、 ≪ 2つの crescendo ≫ を、書き込んでいるのです。

ここに、 ≪ 和声と対位法の美の極致 ≫ が、読みとれるのです。


★3小節目の crescendo は、ベートーヴェンが書き込んだように、

テノールとソプラノの 2声部に、各々、存在しなければなりません。


★しかし、定評ある 「 原典版楽譜 」 のほとんどは、

crescendo が、大譜表のト音譜表と、低音部譜表の間に、

一か所、記入されているだけです。


★これは、この部分が、ベートーヴェンの意図、

つまり ≪ 独立した4声 ≫ で作曲された、

という認識に、欠けているからでしょう。


★この作品を弾くに当たり、ヘンレ版、ヴィーン原典版、

ペーター版・・・の、どれを選択すべきか、

迷われた場合、

この第 3小節目に、きちんと ≪ 2つのcrescendo ≫ が、

記載されている楽譜を、お探しください。


★また、前回のブログで指摘しましたように、

2楽章の冒頭 1、 2小節の「 スラーの位置 」 が、

ベートーヴェンの記載通りに、なっているか、

その点も、選択する際の、判断基準としてください。


★もし、現在お持ちの楽譜が、

ベートーヴェンの意図と、異なった記載の版であった場合、

せっかく、勉強されるのですから、

ためらわずに、どうか、正しい版を探して、お求めください。


★ 9月 9日の 「 カワイ・平均律アナリーゼ講座 」で、

詳しく、お話いたします。

また、音楽雑誌 「 ぶらあぼ 」 9月号 136ページにも、

この 「 アナリーゼ講座 」 の、ご案内が載っております。




                                                                 (  百合の花 と 蝉  )
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■ベートーヴェンは平均律1巻第7番から何を学び、ピアノソナタ第31番を作曲したか■

2010-08-08 17:13:58 | ■私のアナリーゼ講座■

■ベートーヴェンは平均律1巻第7番から何を学び、ピアノソナタ第31番を作曲したか■
                  2010・8・8 中村洋子


★酷暑のなか、9月14日の「カワイ・平均律アナリーゼ講座」に向け、

ベートーヴェンのピアノソナタ31番 Op.110を、

勉強しています。


★ベートーヴェンの 「 直筆譜 」を、詳細に検討していますが、

直筆譜を見れば見るほど、ベートーヴェンが、

この曲を、どのように演奏したかまで、

手に取るように、分かってきます。

大変、示唆に富んだ楽譜です。


★市販の「 ヘンレ版 」 をただ、眺めているだけでは、

百年たっても、絶対に、気付かないようなこと、

分からないことが、洪水のように、

このファクシミリから、伝わってきます。


★具体的に、

「 第 2楽章 」 Allegro molto 冒頭、

1、2小節 「 右手 」の、「 スラー 」 についての、

重大な改竄についてすこし、見てみます。


★ここでは、 2和音が 4回続いています。

直筆譜では、 2和音の上部の音をつないだ

≪ C  B  As  G  ≫ に、「 スラー 」 が掛けられ、

「 符尾 」 は、「 上向き 」 に、記されています。


★ところが、驚いたことに、

私が学生時代から、使用しています 「 ヘンレ版 」 では、

「 スラー 」 は、 2和音の下部の音をつないだ

≪ As  E  F  Des ≫ に、掛けられています。

「 ペーター版 」 も、全く同様です。


★「 ヘンレ版 」 の編集者が、そのように改竄した理由は、

多分、楽典の教科書的な規則を、“ 官僚的 ” に、

単純に、当てはめたからかもしれません。

「 スラー は、 符尾と、反対の方向に付ける 」 ことに、

なっていますので、そのようにしたとしか、思えません。


★私は、学生時代、この内声の 「 As  E  F  Des 」 に、

ベートーヴェンが、スラーを、敢えて付けたのには、

深い理由があるはず、と思い込み、

この4つの音を、幾分、強調して弾くべきか、

とすら、思いました。


★しかし、この曲は、後ほど指摘しますように、

≪ 両手を合わせて4声体和声、右手はソプラノとアルト声部 ≫ で、

書かれていますので、

敢えて、アルト声部の 「 As  E  F  Des 」 を、

際立たせる必要は、なく、

ベートーヴェンが、直筆譜で書きましたように、

ソプラノの 「 C  B  As  G  」 を、

「 常識的 」 に、歌わせればいいのです。


★さらに、付け加えますと、このスラーは、開始音より

若干前のところから、書き込まれ、

最後の部分は、2小節目終わりの小節線を越え、

3小節目の第 1音の、「 スタッカート 」 の直前まで、

伸びて、終わっています。


★そのように記された理由は、前の 1楽章の右手最終音と、

2楽章の右手冒頭音が、「 As C 」 で、重なっており、

さらに、ともに 「 ピアノ 」 ですので、

「 1楽章の気分を残したまま、 2楽章に移りなさい 」、

という指示のようにも、読みとれます。


★さらに、

 17、 18小節目の 「  As  As  G  F  Es 」 の,

右手単旋律について、ベートーヴェン直筆譜では、

敢えて、符尾をすべて「下向き」にして、

記しています。


★この旋律は、五線の第 2間= As 、第 2線= G 、

第 1間= F 、第 1線= Es  に、

位置しますから、本来、符尾は  「 上向き 」  に記すのが、

教科書的には、正しい書き方です。

ベートーヴェンは、なぜ、教科書に反した書き方をしたか?


★実は、この旋律は、 ≪ アルト声部 ≫  なのです。

そして、 ≪ ソプラノ声部 ≫  は、この2小節では、

「  休止  」 させている、という意味なのです。


★当然、「 ソプラノ声部  」  の符尾は  「 上向き 」、

アルト声部の符尾は、 「 下向き 」 ですので、

この 2楽章が、 4声体で出来ていることが、

理解できる方にとっては、常識的な書き方である、といえます。


★ 1小節前の  「 16小節 」  が、 「 スフォルツァンド 」 で、

それが急に、 17小節で  「 ピアノ 」  となります。

つまり、そこで 「 ソプラノ声部 」 が、急に休止し、

「 3声体 」 の薄い響きとなることを、意味します。


★ヴィルヘルム・ケンプなど、

真の  「 マエストロ 」  の、演奏を聴きますと、

この指摘が、よくお分かりになると、思います。


★現代の   “ マエスロト ”  の演奏は、

音の強弱の、刺激的な対比でしかなく、

この構造を読めていない演奏であることが、多いのです。


★さらに、このベートーヴェンの直筆譜では、 30小節目まで、

1段を  6小節で書いていますが、

34、 35小節は、  3小節分のスペースを使い、

とても、ゆったりと広い面積を使って、書かれています。

33小節目から始まる、 「 リタルダンド 」  の指示どおりに、

ベートーヴェンの記譜も、おおらかになり、

ソプラノのスラーも、現行市販楽譜のように、

決して、  1小節を、区画整理のように、

均等に割り振ることは、していません。

楽譜を眺めるだけで、ゆったりと、

歌わせているのが、よく分かります。


★ベートーヴェン直筆譜の 「 スラーの掛け方 」  を見ていますと、

「 ショパン直筆譜のスラー 」  に、とても似ていることを、

発見しました。

ショパンが、ベートーヴェンの直筆譜を、見ていたかどうか、

分かりませんが、

両天才の 「 スラーの掛け方 」 、

即ち  「 フレーズの作り方 」  が、

酷似していることが、分かります。


★このことは、ベートーヴェン同様、

ショパンの楽譜も、

(  さらには、バッハ、シューマンについても  )

決して、満足のいく市販楽譜がない、

ということを、意味します。


★このように、不完全な、

作曲家の意図をたわめた楽譜が、大半であり、

それが、大手を振って出回っている事実に、悲しくなります。


★以前、カワイの講座で、

「 バッハ・平均律と月光ソナタ  」 の関係を、お話しましたが、

「 月光ソナタ・初版楽譜  」 は、

ベートーヴェンの直筆譜を、できるだけ忠実に再現しようとした、

大変に優れた楽譜であると、お伝えしました。


★もし、現在の市販楽譜を見ながら、

勉強し尽くしても、 “ どうもおかしい  ” 、

“  納得いかない ” というところに遭遇されましたら、

どうぞ、ご自身の感性を信じてください。

現状の出版楽譜の水準が、低いのです。

巷で、 「 権威 」 として宣伝されています、

ショパンの  「  エキエル版  」  も同様です。

★これらのことにつきましては、アナリーゼ講座で、

また、お話いたします。



                                                              ( ギボウシ、昼間のオシロイ花 )
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■真鶴の「貴船まつり」と、ドビュッシーの「月の光」■

2010-08-01 23:57:26 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■真鶴の「貴船まつり」と、ドビュッシーの「月の光」■
                  2010・8・1 中村洋子


★神奈川県・真鶴町に赴き、

幻想的な「貴船まつり」を、楽しみました。

真鶴町在住の友人から、お誘いを受け、

東京の酷暑から逃れようと、喜んで出かけました。

楽しむと同時に、得るものがたくさん、ありました。


★真鶴町は、小田原と熱海の途中にある、それはそれは、

小さな半島です。

東京から電車で、約1時間半、それほど遠くありません。

半島全体が、原生林ともいえるほど見事な、深い樹林に覆われ、

漁業が、盛んです。

さらに、江戸城造営で、お堀の巨大な石垣は、

この真鶴から運んだといわれ、石材業の町でもあります。

近隣の湯河原や、熱海のように、

観光客で生きる町、ではないようです。


★「まつり」は、地元の方の生活の中に、しっかり息づいてました。

国指定「重要無形民俗文化財」ですが、観光客もあまり、

多くなく、地元の方と一緒に、まつりに浸ることができました。


★「貴船神社」は、九世紀に創建されたという、古い神社。

港のすぐ近く、急な石段を、百段ほど登った山腹にあります。


★「貴船まつり」は、漁師さんの大漁と、

昔は危険の伴った石材運搬など、海上安全を祈願するお祭りです。

7月27、28の両日、町は、まつりの心地よい、

さんざめきに、包まれていました。


★お神輿の周りには、手甲を巻いた小学生の男の子たちが、

浴衣姿で、鉦 ( かね )を叩き、

「真鶴鹿島唄」という典雅な唄を、歌いながら、

一日中、町を練り歩きます。

お母さんやお父さんに、抱きかかえられた幼児の頭に、

紙吹雪を振りかけます。

健やかに育つ、という言い伝えです。

「鹿島唄」は、力の籠った、風雪に耐えたいいメロディーです。


★7月28日の夜が、まつりの頂点。

幸せなことに、28日は、ちょうど、満月でした。

真ん丸の大きな月が、夜空に皓皓と輝き、

赤い提灯に彩られた屋形船が、幾艘も揺らめき、

幻想的な美しさ。

花火も時折、控えめに打ち上がり、華を添えます。

風情があります。


★夜の帳が下りますと、凛々(りり)しい法被姿の町衆によって、

幾重にも囲まれた「お神輿」は、

港から船で、海に漕ぎ出します。

海の神様に、ご挨拶でしょうか。

港を一巡して、また、上陸。

百段近い石段を、熱気とともに、一気に駆け上がります。

興奮に包まれます。


★クロード・ドビュッシー ( 1862 - 1918 ) の

「ベルガマスク組曲」 第3曲目「月の光」は、

以前、当ブログで、詳しくご説明しましたように、
http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20090316

ドビュッシー若かりし頃の曲とは言い切れない、

彼のマスターピースの一つです。


★この曲は、最初 「 Promenade sentimental」という題でした。

それをなぜ、「月の光」と改題したのか、

その理由が分かるような体験を、真鶴でいたしました。


★私は、2004年3月のある日夕刻、真鶴を訪れました。

海を一望に見渡す、切り立った林の斜面に座り、

月の出を楽しむ、「観月会」に、出席しました。

陽が落ちます。

心地よい春風を浴びながら、真っ暗闇のなかで、

海面から昇る満月を、待ちました。


★月の出の瞬間、海面が泡立つように、

金色のさざ波が、立っていました。

無限に続く、揺らめきです。

恍惚とする美しさ。

満月が中空に、昇っていきます。

光の束が海面まで、途切れることなく、

糸を引くように届き、そして、海に吸い込まれ、

消えていきます。

溜息が出ます。


★この曲が「月の光」と改題され、

その冒頭の、上声旋律 ( メロディー )の 14小節が、なぜ、

ブレスのない、途切れることのない「レガート」となっているのか、

その意図が、理解できたような気がしました。


★この曲のドビュッシー自筆譜は、現在、行方不明で、

初版本しか見ることができませんので、本当のところ、

どのようなレガートを、ドビュッシー自身が書いたか、

分かりません。

この「糸を引くような光」を、「ブレスなし」というフレーズに、

当てはめますと、冒頭14小節の、異常なまでに長い旋律と、

符号します。

これは、ドビュッシーが自分流に、

ワーグナーを咀嚼した結果であると、私は思います。


★「月の光」は、一般的には、

ヴェルレーヌの「雅な宴」に影響を受けた、

「ロマンティックな、甘い曲」と思われているようですが、

実際は、 「月の光」という題を付けるとき、

ベルギーの詩人 Albert Girauds アルベール・ジローの

「月に憑かれたピエロ」 ( 1884 )に、影響を受けた、と

されています。


★後に、シェーンベルクが、この詩に基づき「月に憑かれたピエロ」

を作曲しています。

シェーンベルクの曲は、ご存じのように、

「甘い、ロマンチック」な内容では、ありません。


★「月の光」に対しては、和声、対位法、構成などの

基本的アナリーゼをしたうえで、

ご自分のイマジネーションを羽ばたかせるべきです。

月を百回見ても、ピアノの演奏がうまくなるものでもありません。


★なお、ヘンレ版と、ヴィーン原典版 ( UT 50084 )、

Editions JOBERT ( ジョベール版 )と、DURAND ( デュラン版 )、

それに、ベーレンライター版は、それぞれ、

レガートの書き方が、微妙に異なっていますが、

演奏してみますと、これらの版は、

結果的に、ほとんど同じ奏法となります。


                    
                     ( 真鶴の貴船まつり )
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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