■Casals編曲 「 Song of the Birds 鳥の歌 」 が、なぜ名曲なのか■
2014.1.26 中村洋子
★1月 16日、あるロータリークラブで、「 音楽 」 について、
お話しをさせていただきました。
≪ なぜ、BACH バッハが、ポピュラーまで含む西洋音楽の源泉なのか、
そして、私の作品『無伴奏チェロ組曲』について ≫ という題でした。
★Bach の 「 無伴奏チェロ組曲 」 について、そして、
埋もれていた人類の宝のようなこの作品を、
世に広めた Pablo Casals パブロ・カザルス(1876~1973) についても、
少し、お話しいたしました。
★Casals は 13歳の時、バルセロナの海の近くの楽譜店で、
触れるとボロボロになりそうな、黄ばんだ一束の楽譜を見つけました。
これが、Bach の 「 6 Suiten für Violoncello solo
無伴奏チェロ組曲 全 6曲 」 でした。
それから何年もの間、すべての情熱と魂を傾け、
組曲の研究に没頭しました。
★Casalsが聴衆の前で無伴奏チェロ組曲を演奏するようになると、
だれもそんなことをしたチェリストがいなかったため、
一般の人も批評家も一様に驚いた。
ある高名な学者先生の、たっぷりと眉に唾したもの言いは、Casalsを批判する立場を代表している。 「 あの練習曲をほんとうに人前で演奏するんだって? 」
Casalsは、同業者たちの非難には当惑したものの、
新聞や雑誌に論陣を張る批評家たちのことは無視した。
だいいち、彼の Bach 演奏に対する評価は賛否相半ばしていたし、
聴衆が彼の 「 自由な 」 演奏に感動していたことは、疑いようもなかったから。
組曲第 3番のクーラントを、スタッカートで弾いたことについて、こう言った。
「純性主義者たちは、私の演奏に憤慨している。
なぜなら、 Bach の時代にはスタッカートは存在しなかったらしいー
そうらしいからって言うんだね 」
よくあることだが、このたびも、Casalsの直観の正しさが証明された。
後の研究で、スタッカートとスピカートの両方の技法が
タルティーニとジェミニアーニによって使われていたことが判明し、
1687年というかなり古い時期に書かれた 「 ヴァイオリン論 」 という
文章のなかでは、ジャン・ルソーが 「 リコシュ 」、小石の水切りと呼ばれる、
跳ね返る弓のストロークに言及していたのである。
「 組曲は、アカデミックな作品と考えられていた。テクニック一辺倒の、
機械的で温かみのないものだと。考えてごらんよ!
広がりと詩情が一点の曇りもなく輝きあふれるあの曲が冷たいだなんて、
だれが言えるのだろう! あの作品はBach の音楽の本質そのもので、 B
ach は音楽の本質そのものなのに 」
= パブロ・カザルス 「 鳥の歌 」 J. ウェッバー編 ちくま文庫 より。
★私もピアノで、Casalsの 「 Song of the Bird (Cant dell Ocells)
鳥の歌 」を、演奏しました。
★Casals が1971年、国連でこの曲を弾いたのは有名ですが、なぜ、
「 Song of the Bird 」 が、 Bach の 「 無伴奏チェロ組曲 」 同様、
彼の心を終生とらえて、離さなかったのでしょうか。
★「 Song of the Bird 」 は、弦楽合奏の前奏に続き、
チェロ の ソロが始まります。
Auftakt の 「 e ( ミ ) 」 の 8分音符です。
そして、 「 a ( ラ ) 」 の付点 8分音符が、後続する小節の 1拍目となり、
次に、 「 h ( シ ) 」 の 16分音符が続きます。
★この 4つの 「 e - a - h - c1( ミーラーシ ード) 」 の音だけで、
胸が締まるような美しさです。
Casalsは、「 この曲は、 Bach や Beethovenなどすべての偉大な音楽家が
愛したであろう曲です 」 とまで、語っています。
★カタロニア地方のキリスト降誕を歌った古い祝歌 ( キャロル )が、どうして、
このように、偉大なチェリストの心を捉えたのでしょうか。
その理由を、少し、分析してみます。
★チェロソロの開始に現れる 「 4つの音 」 について、
私はいつも、どこかで聴いた懐かしい曲のように、感じていました。
★そうです!
Robert Schumann ロベルト・シューマン (1810~1856) の、
CelloConcerto 第 1楽章 4小節目の orchestra前奏の後、
Cello solo が切々と歌う 「 e1 - a1 - h 1- c2 ( ミーラーシード ) 」
と、そっくりなのです。
★「 e1 」 は全音符で、 5小節目終わりまで、ずっと音が延ばされますが、
次に奏されます 「 a1 」 は、6小節目の 1拍目で、なんと付点 2分音符。
そして、続く 「 h1 」 は、4分音符です。
★音価 ( 音の長さ ) は、付点 2分音符 「 a1 」 の 「 3 」 に対し、
4分音符 「 h1 」 は 「 1 」 で、 「 3 対 1 」。
いわゆる 「 付点のリズム 」 です。
「 Song of the Bird 鳥の歌 」 も、 「 a1 」 と 「 h1 」 の音価は、
「 3対1 」、 「 付点のリズム 」 です。
★この 「 a1 」 に、Schumannは、accent を付けていますので、
5小節目の p の全音符 「 e1 」 は、Auftakt ではありませんが、
6小節目の accent の付いている 「 a1 」 を、目指していく音となります。
★「 Song of the Bird 鳥の歌 」 の Auftakt 「 e ( ミ )」 と、
Auftakt e ( ミ ) が目指す 1拍目 ( 強拍 ) の 「 a(ラ) 」 に、
似ています。
★これは、偶然の一致でしょうか?
そうかもしれませんが、指摘できることは、この二曲が、
「 名曲の条件 」 を満たしているから、とも言えます。
冒頭の 「 完全 4度 」 と、それに続く 「 3度 」 です。
★3度音程は、調性を規定する音程で、
完全 4度音程は、和声を規定する音程です。
★例を挙げますと、 主音「 C ( ド ) 」 に対し、
上方に長 3度高い 「 E ( ミ ) 」 が音階の第 3音となる
「 C-Dur ハ長調 」 をイメージさせます。
★Cに対し、上方に短 3度高い 「 Es ( ミ♭ ) 」 を配置しますと、
「 c-Moll (ハ短調 ) 」 と認識します。
★長調と短調の違いは、主音と第 3音の関係が、
長3度であるか、短3度であるかが、最も大きな要素です。
それゆえ、調性を規定する音程の最も重要な音程が、
「 3度音程 」 となるのです。
★それに対し、 「 4度音程 」 は、講座でいつも指摘していますように、
「 和声 」 を規定する、重要な音程です。
★そして、大半の名曲の重要な motif は、この 2つの音程が、
精緻に組み合わさっているのです。
「 Song of the Birds 」 と Schumann の Cello Concerto は、
この 2つの要素が、装飾されずにむき出しで奏されているのです。
そして、 rhythm も、極めて共通するところが多いのです。
「 名曲 」 の必須条件を、満たしているのです。
★ちなみに、Schumannに見出された彼より 23歳若い、
Johannes Brahms ブラームス (1833~1897) は、
2つの Cello Sonata を作曲していますが、
その Sonata für Klavier und Violoncello e-Moll Op.38 の、
冒頭の Celloは、 「 E - G - H - c - H 」 、
E - G ( 短 3度 ) 、 G - H ( 長 3度 ) という、
3度の積み重ねです。
★Eは 2分音符、Gは付点 4分音符、Hは 8分音符ですが、
この 3つの音の音価を、各々 2倍にしてみますと、
E は全音符、G は付点2分音符 H は4分音符となります。
SchumannのCelloConcertoの 5、6小節目と同じリズムで、
音も Schumannは、 「 e1-a1- h ミ ラ シ」 で、
Brahmsは 「 Eー G- H ミ ソ シ 」 ですから、
高さはともあれ、 「 ラ 」 と 「 ソ 」 の 1音が違うだけです。
★これは、 「 剽窃 」 などでは毛頭ありません。
どれもこれも、名曲はよく似ている、ということなのです。
そして、その源泉は、勿論、 Bach という 「 宝庫 」 に、
すべて、蔵されているのです。
★ロータリーでの講演では、「 counterpoint 対位法 」 を、
分かりやすくご説明したのですが、ふと思いついて、
マタイ受難曲の有名なコラールを、弾きました。
このコラールは、 「 E - A ( ミ ラ )」 の、
完全 4度音程から始まるからです。
鳥の歌と全く、同じだからです。
★また、有名なムード音楽 「 白い恋人 」 が、
インヴェンションのある曲から、和声を取り出して作られていることを、
実際に音を出しながら、お話ししました。
Bach の断片を使うだけで、甘いムード音楽も見事に、
簡単に出来上がるのです。
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