音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ お能「定家」を、関根祥六のシテで観る ■

2009-10-31 23:58:35 | ■伝統芸術、民俗音楽■
■ お能「定家」を、関根祥六のシテで観る ■
                     09.10.31 中村洋子


★本日は、東京・千駄ヶ谷の国立能楽堂で、

能「松尾」(宝生流)と、狂言「魚説教」(大蔵流)、そして、

能「定家」(観世流)の三演目を、観て参りました。


★四時間超、小休憩一回の長い舞台でしたが、三演目とも、

素晴らしく、長さを感じることもなく、私にとって、

これまでの中でも、特に、心に残る観能体験でした。


★特に「定家」が、素晴らしく、忘れ難い経験となりました。

関根祥六(1930年生)さんが、前シテの「里の女」と、

後シテの「式子内親王=しょくしないしんのう」を、演じます。

演題になっている藤原定家は、舞台には登場しません。

しかし、「式子内親王」の恋人であった定家は、

親王の死後も、彼女への思慕を断ち難く、

彼女の塚に「葛」となって、絡みつきます。

「葛」が、定家を象徴するだけです。


★揚幕が上がります。

時雨降る、寂しい秋。

シテの「里の女」は、「若女」の能面を付け、華やかな橙色の装束。

「里の女」、実は、「式子内親王」の霊が、静々と現れ、

「なう なう 御僧 何しにその宿りへは 立ち寄り候うぞ」と、

低く、呟き始めます。


★「なう なう」という声が、響き始めると、

能楽堂の空間は、この現世から、暗く底知れない、

あの世の深みへと、音もなく落ち込んでいきました。


★呟くような小声、しかし、鍛え抜かれた声、

床を這うように、能楽堂全体を、巡り回ります。


★同じ体験を、したことがあります。

メゾソプラノのフィオレンツァ・コッソット、全盛期の彼女が、

上野文化会館で、オペラのアリアを静かに、歌い始めた時です。

彼女の声が、客席の通路を、まるで蛇が這うように、

床の上を、伝い走りました。


★声に重さがあるわけでは、ないのですが、

お二人の声は、霧が足元にまとわりつくように、

重心が低く、下の方から聴こえてきます。


★また、シテの関根祥六さんは、言葉の一つ一つに、

深い意味と、相互に有機的関連をもたせ、まるで、

バッハの音楽の「モティーフ」のように、謡います。


★能の「定家」は、何回か観たことがありますが、

この長い能を、飽きさせず、一気に終局まで導き、

観客を引き込む技量は、感嘆すべきものです。

それは、彼の描いた全体の設計図が、素晴らしいからです。


★後シテの「式子内親王」は、純白の装束。

この能面は、「霊女」。

刻は、月が出始めた夕暮れ。

「式子内親王」の霊は、旅の僧に、供養してもらいます。

解説書では、「式子内親王」は、喜びと感謝を表し、

格調高く、静かに「序の舞」を舞うと、書かれています。


★きょうの関根祥六さんは、感謝の気持ちで舞いこそすれ、

懊悩は、癒されるどころか、さらに深まっていく・・・、

そのように、演じていたと、私は、感じました。

「序の舞」を舞い終わった後、「式子内親王」は、

舞台上の葛が茂る「塚」に、また、吸い寄せられるように、

入っていってしまいます。


★この「塚」の頂に飾られている「葛」が、「定家」の象徴ですが、

「塚」に引き込まれる、白装束の「式子内親王」の左手に、

赤く鮮やかに、紅葉した「葛の葉」が、一瞬、見えました。

もう一度、目を凝らしますと、それは実は、

左手に握った、朱色の扇の端でした。

紅葉した「定家葛」が、「式子内親王」の体に、

まつわりつく、定家の妄執の凄さを、演出したのでしょうか。


★前シテが一度姿を消した後、この物語の由来を語る「アイ狂言」の、

「所の者」を演じた、山本東次郎(1937年生)の、

一語一語を、かみ締める言葉の強さは、

祥六さんと、互角の力をもち、それにより、

このお能が、破綻することなく、完結したのです。


★地謡の観世清和、関根知孝など八人は、

そのシテ、ワキ、アイをつなぎ、

あたかも、牛車の大きな車輪を、

ゆっくりと引いていくように、

重いテーマのこの物語を、導いていきました。

見事です。


★囃子方も含め、実力者ぞろいの配役を、

求心力をもって、纏め上げることができた、

この「定家」に、観客として、参加できたことは、

とても、幸せで、かつ、幸運でした。


★お能の主人公は、主に亡霊であったり、神であったり、

この世のものでないことが、ほとんどです。

どこまでも、救われることのない主人公が、

静かに舞台から去り、「定家」は、終幕となります。

演者がすべて去った後の、静寂を味わいたいと、

思いましたが、残念ながら、

拍手により、静寂が破られてしまいました。


                          (山茶花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■ギター独奏曲「十三夜」の初演と、ご質問へのお答え■

2009-10-30 23:39:26 | ■私の作品について■
■ギター独奏曲「十三夜」の初演と、ご質問へのお答え■
                  09.10.30     中村洋子


★きょうは、旧暦の「十三夜」です。

澄んだ夜空に、月が、煌々と輝いています。

昨年、私が作曲し、CDで発表しましたギター独奏曲の題名も、

同じ、「十三夜」です。


★先日、この「十三夜」が、斉藤明子さんにより、初演されました。

CDをお聴きになり、この曲を気に入っていただいた方が多く、

てっきり、もう初演されていたと、錯覚していましたが、

今回が、世界初演でした。


◆斎藤明子 ギターソロリサイタル
◆日時:2009年 10月 18日
◆会場:慶応義塾 協生館 藤原洋記念ホール


★ 「十三夜」が収録されています CD「星の林に月の船」には、

ソプラノとギターの「日本の12ヶ月」や、

ソプラノ独唱の「万葉五題」などの長い曲が、入っています。

それらを作曲した後、ふっと両肩の力を抜いて、書きましたのが、

ギター独奏曲「十三夜」です。


★いま、振りかえってみますと、この曲は、

バッハの「前奏曲」の様式で、書いています。

自分以外の曲について、アナリーゼして構成を見通すことは、

容易になってきたのですが、自分の曲となると、

どうして、そのように書いたのか、作曲中は無我夢中ですので、

よく、分かりません。


★これは、どの作曲家にも、多分いえることではないでしょうか。

この無我夢中という状態を、自然人類学者の江原昭善先生 ※ は、

「至高体験=peak experience 」とおっしゃいます。


★至高体験は、米国の心理学者アブラハム・マズロー博士 

Abraham Harold Maslow の説で、

創作中、集中力が異常に高まった時、思いがけず、

素晴らしい創造が、なされることがある、という意味です。

作曲家の、そのような状態も「至高体験」といってよい、と、

江原先生は、おっしゃっています。


★私の「十三夜」は、たくさんの曲を書き終えた後、

高い集中力のまま、作曲されたことは、間違いありません。

斎藤明子さんは、曲の構造も含め、しっかりと理解してくださり、

CDには、いい演奏を録音していただきました。


★彼女は、ゆっくりのテンポと、速いテンポの二種類を、用意されました。

両方とも、大変に説得力があり、一つを選択し難い気持ちになりました。

そこで、「日本の12ヶ月」の前に、速いテンポの「十三夜」を置き、

さらに、「日本の12ヶ月」の後に、遅いテンポの「十三夜」という、

変則的な構成と、いたしました。


★名古屋での「インヴェンション・アナリーゼ講座」の後、

ご質問が、寄せられました。

「生徒さんにインヴェンションを教えていて、どの程度弾けるようになったら、

合格点を与え、次の曲に進んだらいいのか」という内容でした。


★このインヴェンションは、どんな大ピアニストでも、

一生かけて、何度も、真剣に取り組むべき曲ですので、

「合格点=ゴール」は、本来、存在しないというのが大前提です。

では、どこの時点で、一応の“合格”と、するのがいいのでしょうか。


★お子様に教えている場合、その子が、

≪このインヴェンションを、もっと弾きたい、ひたりたい≫という欲求、

心の中の欲求が、高まったときが、“合格”の時である、と、

私は、思います。

それ以上、レッスンで続けますと、ルーティンになる危険性があります。


★生徒さんは、自宅で、楽しみとして、そのインヴェンションを、

弾き続け、さらに、暗譜も完全に、できるようになります。

子供の時に覚えた曲は、一生忘れません。


★私の幼い頃の先生は、レッスンが非常に短く、あっさりし過ぎていました。

すぐに合格点をくれ、次の曲に進んでしまいました。

私としては、もっと詳しく教えて欲しいという、不満がありました。

しかし、いつも、家でインヴェンションを弾き、楽しんでいました。


★合格点をもらったから、もう、インヴェンションを弾かない、

ということでは、決してありません。

講座での「暗譜の方法」その①、その②で、お話しましたように、

自分の求めるピアノの奏法や音、表現、演奏様式などは、

自分で、苦労して身に付けていくしかないのです。


★日本人演奏家の欠陥と、よく指摘されることですが、

いくつになっても、“大先生” から、手取り足取り、

教えてもらわないと、弾くことができない。

外国にも行き、次々と “大先生詣で” を、することで、

やっと、安心できる。


★でも、本当に大切なもの、必要なものは、自分で見つけ出すべきで、

それは、一番身近なところ、すなわち、

自分の心の中から、探し当てるものです。

生徒さんに、合格点を与える先生も、日々、倦まず弛まず、

練習と勉強を、していただきたい、ものです。

先生からにじみ出る、バッハへの愛情や尊敬、理解が、

子供、生徒さんには、敏感に伝わります。

これが、私の「合格点をどこに置くか」の、ご返答です。


★「十三夜」に戻りますが、私が、バッハを尊敬し、

勉強し続けている過程で、この曲が生まれました。

「インヴェンションのお薦めCD」の記事でも、

お話しましたように、一つの曲について、多様な解釈演奏を、

可能にするのが、バッハの曲なのです。


★「十三夜」を、斎藤明子さんが、二つの解釈を示されたことは、

とても、素晴らしいことである、と思います。

それと、もっと、たくさんの方に、この演奏を聴いていただきたい、

というのが、私の作曲家としての、願望です。


★私の本分は、作曲家としての仕事です。

作曲するための勉強の過程で、学んだこと、発見したことを、

「アナリーゼ講座」で、お話しているのです。

画家が、ルーブル博物館で、名画を模写して学ぶのと同じで、

その成果が、「アナリーゼ講座」といえるでしょう。



◆ CD「星の林に月の船」 価格:二千五百円

取扱:平凡社出版販売株式会社 担当:中崎さま
〒102-0074 東京都千代田区九段南3-1-1
久保寺ビル5階
TEL03-3265-5885
FAX03-3265-5714
E-mail:ZXF10613@nifty.com


※当ブログ 09.6.21の 
≪江原昭善先生の「自然人類学者の独り言」と、バッハの「手稿譜」≫を参照

                            (千両の実)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント (1)

■E・フィッシャーの、シンフォニア14番への深い読み■

2009-10-29 18:56:14 | ■私のアナリーゼ講座■
■E・フィッシャーの、シンフォニア14番への深い読み■
                    09.10.29   中村洋子


★カワイ・表参道での「第14回 バッハ インヴェンション・

アナリーゼ講座」を終え、帰宅しました。

もう、夕暮れが迫ってきました。

まさに、秋、「釣瓶落とし」の季節となりました。


★本日も、驚くほどたくさんの皆さまに、ご参加いただきました。

バッハが、インヴェンション「序文」に自ら、書きましたように、

音楽を学んだり、教えていらっしゃる方だけでなく、

音楽を愛する方々にも、ご来場いただきました。


★「インヴェンション&シンフォニア14番」は、

終曲の「15番」を前にした、「要の曲」といえます。

「インヴェンション1番」をテーマとして、残りを、

29曲の「変奏曲」と、とらえた場合、

この14番は、右手で 「1番」 と、がっちり握手しながら、

左手では、15番とともに、「平均律クラヴィーア曲集」への

扉を、まさに開こうとしているのです。

「ミクロコスモス」から、「大宇宙」への、“船出”です。


★本日は、「インヴェンション14番」が、「平均律クラヴィーア曲集」の、

「前奏曲」様式であり、無理なく「平均律クラヴィーア曲集」に、

入っていけるよう、バッハが誘導し、そのように、作曲していることを、

アナリーゼしながら、ご説明しました。

さらに、演奏するうえでの、奏法についてのヒントを、お話しました。


★大ピアニストのエドウィン・フィッシャー Edwin Fischer は、

「シンフォニア14番」の曲想を、Tranquillo-Gesanglich と、書いています。

Tranquillo-Gesanglich は、「静かに歌うように」のような意味です。


★チェンバロの奏法を、ピアノで模倣して、

1小節目に現れる「テーマ」の3拍目、8分音符2個を、

軽快なスタッカートで弾く演奏も、ありますが、

チェンバロでは、それが通常の奏法であるとしても、

ピアノで、ただそれを、模倣するのは、違和感があります。


★私が作りました、この曲の「和声要約」を、ピアノで弾き、

お聴かせしましたところ、この曲が、オルガンの響きや素朴な

コラールの響きを想起させることを、皆さまも、

深く、納得されたようです。


★ピアニストの園田高弘さんのCDでは、インヴェンション各曲に、

彼が自分で、ニックネームを付けています。

シンフォニア14番は、「仕事上手」と名付けています。

軽快な楽しさを、感じ取って命名されたのかもしれませんが、

その軽快さは、シンフォニア15番に譲るとして、

私は、エドウィン・フィッシャーの解釈、

「静かに歌うように」に、心を打たれます。

フィッシャーは、なんと深く、バッハを読み込んでいることでしょう。


★また、フィッシャーは、17小節目の後半から始まる

「ストレッタ」について、各声部の冒頭を、

激しいアクセントで、始めることを戒め、

明確でかつ、注意深く、ちょうど人間が息をするように、

弾くべきである、としています。


★私流に解釈しますと、いかにも、“ストレッタを始めますよ!”、

というふうに、あからさまに、各声部の冒頭を、

強調するのではなく、その声部が始まる前に、

ほんのわずか、息を止め、最初の音を弾く、ということです。


★これが、バッハのストレッタがもつ、本来の効果です。

決して、緊張を強いたり、劇的効果を狙うものではなく、

心の奥底から、湧き上がる「歌」であり、それが、

フッシャーの「Gesanglich」なのです。


★このように、フィッシャー版を深く、勉強しますと、

やはり、14番は、軽快に無邪気に演奏するより、

演奏しながら、バッハの歌を、一緒に心から歌い、そして、

次のシンフォニア15番で、快活に解放すべきものである、

という、結論に到達します。


★12月4日(金)午前10時から、

最後の「第15回インヴェンション講座」を開催します。


★さらに、来年の1月26日(火)午前10時から、

「平均律クラヴィーア曲集のアナリーゼ講座」が、始まります。

初回は「第1巻1番 前奏曲とフーガ」です。


★音楽愛好家のなかには、「インヴェンションと比べ、

平均律クラヴィーアは、難しいのでは?」と、思われる方も、

いらっしゃるようです。

しかし、バッハが、インヴェンション&シンフォニア全30曲を、

後世の私たちに、 “贈り物” として残してくれたのは、

より大きな “宝” である「平均律クラヴィーア曲集」へと、

誘(いざな)うため、でした。


★音楽を真に愛する方が、バッハの音楽に、

バッハのどんな曲であろうと、真摯に向かい、学ぼうとすれば、

バッハは、その努力に必ず、報いてくれます。

初心者であれ、プロであれ、アマチュアであれ、

どんなレベルであっても、汲めども尽きない喜びを、

バッハは、与えてくれます。

それが、音楽をする喜び、生きる喜びではないでしょうか。


★せっかく、バッハの豊穣な世界の入り口に到達したのですから、

畏れることなく、ご一緒に勉強いたしましょう。

きょうお話しました「暗譜の方法、その2」は、暗譜のみならず、

ピアノの練習方法としても、通用します。

一日、数小節、たった10分間練習するだけで、

真の “バッハ体験” を、味わえるのです。

これは、インヴェンションでも、

平均律クラヴィーア曲集でも、全く、変わりません。


★ゆっくりと、分かりやすく、丁寧に、

アナリーゼしていきたいと、思います。

そのアナリーゼが頭の片隅に残れば、

平均律を弾かないまでも、シューベルト、シューマン、

ショパン、ブラームス、ドビュッシー、ラヴェルなど、

後世の大作曲家の名曲が、より身近に、

理解できるようになることを、きょうの講座でも

お話いたしました。

名ピアニストの演奏が、なぜ素晴らしいのか、

どこが素晴らしいのか、ご自分で判断できるようになるのです。


                          (ツワブキの蕾)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント (1)

■バッハの和声と、インヴェンションの確実な暗譜の方法■

2009-10-28 11:32:04 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハの和声と、インヴェンションの確実な暗譜の方法■
                09.10.28 中村洋子


★以前、ご紹介しました「暗譜の方法」を、より確実に、

より音楽的にする方法を、明日の「インヴェンション講座」で、

ご説明いたしますので、いま資料を作っております。


★前回の方法は、「バッハの対位法」を、どのように「暗譜」に活かすか、

という観点からのものでしたが、今回は、さらに、

「バッハの和声」の観点から、暗譜をより確実にする方法です。

難しい和声記号は、まったく、覚える必要はなく、

バッハが書いた、この上ない、美しい和声を、

ひたすら、耳と頭に刷り込み、それに、

対位法的な暗譜方法を、組み合わせることです。


★バッハの和声が、なぜ美しいか、一例を挙げます。

通常の和声規則では、「属和音(ドミナント-Ⅴ)」は、

「主和音(トニック-Ⅰ)」へと、進行していきます。

バッハは、その「主和音」の代わりに、「Ⅲの和音」へと、

進行させることが、あります。


★「トニック」の代わりですので、「代用トニック」とも言われますが、

この手法こそが、シューベルトをはじめ、ショパン、シューマン、

ブラームス、さらに、ドビュッシー、ラヴェルへと、受け継がれ、

広い意味では、「調性」を、徐々に崩壊させていく、

20世紀音楽への、“起爆力”にも、なっているのです。


★ドビュッシーの、「ベルガマスク組曲」のプレリュードは、

89小節の長さですが、この「代用トニック」の和声進行が、

9回も、重要なところで、使われています。

さらに、シンフォニア14番にある、「反復進行(ゼクエンツ)」も、

バッハと同じ用法で、何度も、現れてきます。


★ドビュッシーが、バッハから何を学び、そこから、

自分の作風を、どのように創造していったか、

如実に、分かります。

明日の講座では、それを実際に、ピアノで音に出し、

バッハと、対比いたします。


★シンフォニアの14番でも、数ヶ所、この「代用トニック」が、現れます。

皆さまが、14番で、≪ああ、美しい!!!≫と、お感じになり、

琴線に触れるところこそが、まさに、

この「代用トニック」が、使われている部分なのでは、ないでしょうか。


★20世紀の「ドビュッシー」の音楽を、知ってしまっている私たちは、

この「代用トニック」に、20世紀の、近代的な、

幾分、甘美な和音の響きを、嗅ぎ取るのです。

映画やポップミュージック、流行曲などの、辟易する甘ったるさは、

バッハがもっていた数多いアイデアから、その一つをピックアップし、

それだけを、初めから終わりまで、うんざり延々と、

続けているだけのもので、実に、単純なのです。


★この「代用トニック」に限らず、

当時の「和声の大原則」から、はみ出し、

逸脱してしまった「前衛和声」を、多用したバッハが、

当時の一般聴衆に、すぐに受け入れられるはずもなく、

テレマンなどの作曲家より、下の評価に甘んじていた、

という訳が、実に、よく分かります。


★バッハの、大きな翼は、250年以上先の時代まで、覆い、

その大きな目は、はるか未来を見据えていたからです。


★明日は、バッハを「ピアノ」でどう弾くかについても、お話する予定です。

チェンバロ奏法に、少し振り回され過ぎていると、感じる演奏もあり、

バッハ時代にはなかった「ピアノ」という楽器で、バッハを演奏する場合、

もっと、自由に「ピアノ」の特性を活かした奏法があってもいいと、思います。

ただし、それは、恣意的にするのではなく、アナリーゼを含め、

チェンバロやオルガンの奏法も、知ってのうえのことです。

私のお薦めCDも、ご紹介いたします。

 

 

 私の著書です、「一生忘れない暗譜の方法」を詳しく説明しています。

また、バッハ、ショパン、ラフマニノフなど大作曲家を一層、

深く、理解できるようになると思います。

http://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20160203



                           <壇(まゆみ)の実>
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント

■インヴェンション14番の写譜から、分かること■

2009-10-27 00:38:01 | ■私のアナリーゼ講座■
■インヴェンション14番の写譜から、分かること■
               09.10.27    中村洋子


★10月29日の「第14回インヴェンション・アナリーゼ講座」の準備で、

昨日は3声のシンフォニア14番、本日は、2声のインヴェンション14番を、

バッハの「自筆手稿譜」(ファクシミリ版)を見ながら、

私の手で、書き写しました。


★次回の15番を、書き写しますと、この講座を通して、

インヴェンション全30曲を、私の手で、書き写したことになります。

全曲書き写しは、実は、これで2回目です。


★中学3年生の15歳の時、一度、全曲を写しました。

通学していました中学が、中高一貫でしたので、

高校入試の代わりに、「中学卒業論文」を課していました。

テーマは、自由でした。


★私は、その当時も、(いまもそうですが)、バッハに夢中でしたので、

全曲の「手書き写譜」に、私なりのアナリーゼを加えたものと、

モティーフなどを図解した、いわば全曲の俯瞰図のようなものとを、

合わせ、それを「論文」として、認めていただきました。

和声や対位法の知識もほとんどないまま、徒手空拳の作業でした。


★あきれたことに、五線紙の五線まで、万年筆で引き、

大きな第一部と第二部とを、明らかに区別が分かるよう、

離して、五線を描き、

音符については、主題や対主題、結句、モティーフなど、

すべて色鉛筆で、色分けして書きました。


★いま、これを見ましても、幼く微笑ましい部分もありますが、

それほど、いまの私の考え方とは、乖離していないように、思えます。


★いまは、パソコンで、楽譜を難なく作成でき、

移調や転調も、キーボード操作であっという間です。

しかし、バッハの、自筆譜を見て、それを書き写しますと、

彼がどんなに、音楽を心の底から歌いながら、書いていたか、

それが、手に取るように、分かってきます。


★きょう、バッハの手書き譜を書き写していて、また、

たくさんの発見が、ございました。

と同時に、15歳の折、五線紙まで手で書き、

インヴェンションを写した私から見ますと、

現行の Urtext (原典版)には、大いに不満があります。


★楽譜の一段に何小節を書き込み、全体を何段にするか、

その選択が、大変に重要です。

その視覚的効果により、無意識ですが、

曲のイメージ、さらに、演奏まで大きく影響されます。


★インヴェンション14番は、わずか全20小節の曲ですが、

バッハは、これを、全6段で記譜しています。

「横長」の紙、2枚に納めています。

現在のような、「縦長」の紙では、決してありません。

一枚に3段が、記されています。

一段は、3小節、あるいは3小節半、または、

4小節、というように、変則的な書き方をしています。


★この曲の主題の長さは、3小節です。

一段目には、この主題3小節だけを、ピッタリ入れています。

実に、見やすく、分かりやすく、親切です。


★しかし、現在、市販されています実用譜は、すべて、

「縦長」の紙で、2ページに記しています。

このため、一段2小節で、一ページが4段か5段、

というのが、標準的な表記となっています。


★1段2小節で、全20小節を譜割りする場合、

20÷2で、10段と、単純に考えられますが、最後の20小節目が、

全音符1つだけであるため、最後の19、20小節目の面積バランスが、

どうもよくないと、編集者たちの頭を悩ませているようです。


★これから、4つの原典版を比較してみます。

ベーレンライター版は、単純に、10段で記譜しているため、

10段目は、19、20小節の2小節だけとなり、

その前の9段目までが、1段2小節で、均等に割り振られていたのを、

この最後の段では、19小節目を異様に、長く伸ばし、

全音音符1つの20小節目を、大変に小さい面積で書いています。


★演奏していますと、19小節目で、急に音楽が、

間延びしたような印象を受け、逆に、20小節目の全音符が、

妙に、こじんまりとした存在のように、意識されます。


★ヘンレ版では、7、8段目を1.5小節とし、9段目を2小節、

10段目を3小節にしています。

しかし、最後の全音符一つの20小節は、

大変に、小さいスペースで、書かれています。

苦肉の策でしょう。


★ヴィーン原典版につきましては、音楽之友社が、ライセンス版

として出している「フュッスル校訂」(1973年)の旧版と、

ヴィーン輸入版の「ライジンガー校訂」の新版

(私が所有しているのは2007年)の、2種類が、

現在、市販されています。


★旧版は、ほとんど、ベーレンライターの譜割りと同じです。

しかし、ライジンガー版は、9段目を1.5小節、10段目を2.5小節として、

なるべく、各小節の長さを等しくするような工夫をしています。

つまり、10段目は、18小節目後半と、19小節、そして、

最後の20小節目で、できています。

その結果、全体の流れとしては、違和感がなく、

間延びすることなく、自然に最後まで、

演奏することが、できます。


★ヴィーン原典版の旧版についても、2種類の版が、

音楽之友社から出ており、結局、

ヴィーン原典版は、現在のところ3種類、市販されています。

ライジンガー版は、日本語訳が付いていませんが、

原典版としての精度は、格段に旧版より優れているため、

こちらを、お薦めいたします。


★このように、バッハの「横長の譜」を、無理矢理、

現代の「縦長の譜」で、印刷しようとしたため、

いたるところで矛盾が露呈していることの、

一例として、上記のことを、書きました。


★前回のブログで、書きましたように、

バッハは、曲の頂点で、音符同士の加線を、

つなげて書いてしまう、という癖があります。

私が、この14番の頂点と思っていたところを、

バッハの自筆譜で、調べましたところ、想像通りでした。

そして、その場所は、バッハの自筆楽譜2枚目の

一番上の、右端に、来ているのです。

この理由を、29日の講座で、詳しくお話いたします。


★では、最後の全音符につきまして、

バッハは、自分の手書き譜で、どう書いていたのでしょうか。

小節の横の長さは、簡単に短くしていますが、描かれている

全音符は、まるで、目をむいた龍の目玉のように、

大きく力強く、書かれています。

この全音符が、決して、現在の楽譜から受ける印象のような

か弱い存在ではなく、1小節の4拍分すべてを、この音一つで、

力強く支配する、大きな存在の主音である、

ということが、実に、よく分かるのです。


★私の中学の卒業論文は、写譜に手間取り、たった一人、

期日に、間に合いませんでした。

でも、それを許していただきました担任の先生は、

このブログの、愛読者でいらっしゃいます。

書き写すだけでも、こんなに大変なのですから、

それを作曲したバッハは、なんといいますか・・・。


        (名古屋・亀末広のお干菓子「寒具」 漆器:山本隆博)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■10月29日(木)は、インヴェンション第14番のアナリーゼ講座■

2009-10-26 00:46:17 | ■私のアナリーゼ講座■
■10月29日(木)は、インヴェンション第14番のアナリーゼ講座■
                   09.10.25  中村洋子


★10月29日に、開催いたしますアナリーゼ講座

「インヴェンション&シンフォニア14番」の資料を、作成中です。


★以前、「シンフォニア5番」をアナリーゼしました際には、

ダーフィット・シッケタンツさんを、ゲストとしてお招きし、

シンフォニア5番の「上声」を、彼のヴァイオリンで、

「内声とバス」を、私のピアノで二重奏として、演奏しました。

その折、シッケタンツさんが「この曲は、涙が出るくらい美しい」と、

おっしゃっていましたが、今回の14番も、なんと清らかで、

憧れに満ちた、美しさの曲なのでしょう。


★シンフォニア全15曲を、5曲ずつ、3つのグループに分けた場合、

最初のグループの5番目の曲が、前述しました「シンフォニア5番、

変ホ長調」で、2番目のグループの「シンフォニア9番、ヘ短調」は、

全15曲のなかで、頂点を成す、悲嘆に満ちた曲です。


★そして、3番目のグループの「14番、変ロ長調」が、

今回、取り上げる曲です。

バッハは、全15曲のバランスを、考えて、

このような配列にした、と思います。


★9番に続く10番は、朗らかな明るさに満ちていますし、

14番に続く15番は、シンフォニア全体の「カデンツ」としての、

意味をもち、技巧に満ちた、華やかな曲です。


★また、作曲技法としては、フーガの「ストレッタ」の、

技法を、曲の後半で、多く使っています。

ストレッタとは、フーガのテーマを演奏し終わらないうちに、

次のテーマが始まり、テーマ同士が同時に、

重なって、奏される技法です。


★フーガ前半の提示部では、テーマが奏し終わらないうちは、

次のテーマは、演奏されません。

このため、ストレッタ部分には「緊迫感がある」と、

一般的に言われるのは、確かなことです。

ただ、日本の楽譜の解説には、「ストレッタを多用して、

緊張を盛り上げる」と、書いてありますが、

この14番のストレッタは、「緊張」をもたらすというよりは、

バッハの歌い上げる気持ち、美に対して、心の底から憧れを、

歌い上げる高揚した気持ち、の発露とみるほうがよいと、思います。


★ストレッタ=緊張、と単純に決め付けますと、それにより、

演奏が、硬くぎこちなくなってしまいます。

聴く人にとっても、緊張を強いる結果と、なります。

子供たちを、バッハ嫌いにしてしまう理由のひとつは、

ピアノの先生の、気持ちの在りように、あるのかもしれません。


★バッハの「自筆手稿譜」を、書き写していて気付きましたのは、

バッハは、心の底から、歌いながら楽譜を書いていますので、

気持ちが高まると、音符の加線と加線を、太い線でつなげてしまう、

という、癖があることです。


★その太い線でつながった所を、曲の頂点として演奏しますと、

バッハの意図に沿った演奏になると、思います。

きょうも、シンフォニア14番で、何ヶ所か、

そのような場所を、発見しました。


★先週、カワイ・名古屋で「インヴェンション&シンフォニア1番」の、

講座を開きましたが、私自身、もう一度、曲の出発点である

「1番」を、じっくりと、見ることができました。

それにより、バッハの「インヴェンション&シンフォニア」の、

大きな構成原理が、さらに、よく見えるようになりました。


★名古屋では、10月18日のブログで書きました、

「インヴェンションお薦め楽譜、お薦めCD」を、

どう活用するか、お話しましたが、

今回の講座でも、14番で、どのような楽譜をどう使い、

ご自身独自の、解釈や演奏を作っていくか、

お話したいと、思います。



    (マンハイム・オスト紙の紹介記事:ベッチャー・デュオ、世界初演)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■ドイツ・マンハイムで、私の作品「チェロ組曲第2番」が世界初演■

2009-10-22 17:00:16 | ■私の作品について■
■ドイツ・マンハイムで、私の作品「チェロ組曲第2番」が世界初演■
                       09.10.22 中村洋子


★イタリアのボルツァーノBOLZANOに、滞在されている、

チェロのベッチャー先生から、お手紙が届きました。

ボルツァーノで、現在、マスタークラスを指導されている先生は、

「プロフェッショナルに近い、チェリストたちばかりで、

レベルが、とても高い」と、おっしゃています。


★10月10日に、ドイツ・マンハイム Mannheim で、お姉さまの

ウルズラ・トレーデ・ベッチャー Ursula Trede‐Boettcher さんと、

一緒に開かれた「デュオ・リサイタル Duo-Abend 」で、私の作品の

「無伴奏チェロ組曲第2番」を、世界初演 Welt-Urauffuehrung

してくださいました。


★コンサートのパンフレットと、プログラム、さらに、

「マンハイム オスト MANNHEIM OST」紙に、

初演の3日前に掲載された、紹介記事などを、

送ってくださいました。


★お手紙によりますと、会場の音響は素晴らしく、

先生自身も、「とても満足できた」演奏だったそうです。

「聴衆は、あなたの音楽を楽しみ、喜び、大成功でした」

「ポジティブな反響ばかりでした。冬をイメージした曲なのに、

チェロの音色がtoo warmだった、という意見はありましたが」

「新聞などで、この演奏会評の記事が出ましたら、お送りします」


★プログラムに記された、私の作品(6楽章構成)。

◆Solosuite fuer Violoncello (2008) Yoko Nakamura
 Wolfgang Boettcher gewidmet
 URAUFFUEHRUNG

1)Klagelied - Fuge      
2) Kalter Wind
3) Kalter Windstoss im Winter
4) Frostige Nacht
5) Raue See im Winter
Flackernde Kerze
Raue See im Winter
6) Umherschweifen


★ベッチャー先生とお姉さまは、6月にベルリン、

10月にマンハイムで、「デュオ・リサイタル」を開かれました。

私は、先日、お二人のために、

「チェロとピアノのための二重奏曲」を

新しく作曲し、お送りしました。


★先生は、11月にベルリンに帰宅後、

「二人で、この曲を勉強する」、と書かれていました。

新しいレパートリーに加えていただけましたら、幸いです。

       
         (演奏会のパンフレット:マンハイム)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■本日は、カワイ・名古屋での「アナリーゼ入門講座」でした■

2009-10-21 23:52:47 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■本日は、カワイ・名古屋での「アナリーゼ入門講座」でした■
                  09.10.21  中村洋子


★本日10月21日は、カワイ・名古屋での、

「第1回アナリーゼ入門講座」でした。

バッハの「インヴェンション&シンフォニア1番」を、

詳しく、分析しました。


★名古屋での講座は、初めてでしたが、大勢の皆さまに、

興味をもっていただき、岐阜や豊橋など、

名古屋以外からも、わざわざ、お越し頂きました。

趣味で、音楽を、バッハを、心から愛し、ピアノを弾くことが、

楽しくてたまらない、という方にもお目にかかれ、

とても、うれしく思いました。


★昨年6月から、カワイ・表参道、「インヴェンション&シンフォニア」の

連続講座を始め、来週(10月29日、木曜日)は、いよいよ14番になります。

最後の15番は、12月4日、金曜日です。


★表参道での、連続講座のおかげで、私のなかで、

全30曲の設計図がより、明確に、鮮明になってきました。

1番冒頭に現れる「極小のモティーフ」が、2声、3声を合わせた、

全30曲のなかで、どのように成長し、あたかも、

小さな株が、大きな樹木に成長し、その枝から、緑滴る葉を、

どのように、繁茂させていったか、手にとるように、分かります。


★このため、名古屋での講座では、

インヴェンション全体のなかでの、1番の役割を、

分かりやすく、ご説明できた、と思います。


★10月18日のブログ「 インヴェンションのお薦め楽譜とCD」で、

ご紹介しました、お薦めCDの演奏家たちが、

なぜ、バッハが「手書き譜」に書いていない場所に、

独自のトリルを付けたか、についても、

どのような理由で、そのような演奏をしたのか、

その解釈を、ご説明しました。


★また、トリルの開始音を、どの音から始めるか、についても、

具体的に、詳しく解説しました。

トリルは、その前の音により、開始音が変わることがありますので、

その法則と、その音のモティーフの中で占める重要性により、

いちがいには、これが正解とは、決め付けられません。


★また、インヴェンション1番の3、4小節目の下声の8分音符を、

奏者により、レガートか、スタッカートか、それの混合か、など、

何通りかの奏法がありますが、個々の奏者が、なぜ、

そのように弾いたのか、私の考えを、お話しました。


★分析がしっかり出来ますと、自ずと見えてくるものです。

お蔭さまで、名古屋で来年も、開催することが、決まりました。

この講座の様子が、カワイ・名古屋のホームページで、

近日中に、掲載されるそうです。



                          (不如帰の花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント (3)

■インヴェンション「原典版」と「校訂版」の使い分け■

2009-10-19 15:27:10 | ■私のアナリーゼ講座■
■インヴェンション「原典版」と「校訂版」の使い分け■
                      09.10.19    中村洋子


★昨日の内容を、もう少し、詳しくご説明いたします。

原典版(Urtext-Ausgabe)と、実用版(Praktische-Ausgabe)との、

使い分けについて、私の考えです。


★バッハの「手書き譜」を、研究いたしますと、

原典版(Urtext-Ausgabe)として現在、流布している楽譜も、

バッハの「手書き」どおりでは、ありません。

さらに、その校訂者の意向が、色濃く滲んでいます。

このため、原典版を複数、揃えるのが望ましいのです。


★バッハは、上声を主に「ソプラノ記号」で書き、

下声を、主に「バス記号」や「アルト記号」で、書いていました。

現在は、大譜表(上声がト音記号、下声がバス記号)に、

統一されていますので、符尾や符鉤の位置が、

必然的に、変化してしまいます。

バッハが、「手書き譜」のなかで、符尾や符鉤の位置によって、

それとなく示唆していた、フレージングやアーティキュレーションが、

読み取れにくく、なってしまいます。


★また、昔の「手書き譜」ですから、汚れなども多く、

判読が難しい箇所も、たくさんあり、校訂者を悩ませています。


★「実用版」と呼ばれる楽譜は、原典には書かれていない、

強弱、テンポ、発想、フレージング、アーティキュレーションを、

校訂者が、補った楽譜です。

これは、校訂者の音楽観、分析、研究が、反映されていますので、

立派な校訂者の楽譜は、参考にされて、ご自分の解釈や演奏に、

取り入れるべきものです。


★昨日、列挙しました「実用版」は、「園田高弘版」以外は、

大変に、古いものです。

「実用版」の中には、古くて色あせ、実用に耐えないものと、

古くても、不滅の輝きを放つものの、2種類があります。


★私が、列記しましたものは、今後も、勉強し続けるべきものですが、

それが書かれた時代の、研究成果を反映したものですから、

明らかに、現代では「誤り」と指摘される点も、存在します。

このため、「原典版」と、十分に照合して、それらを修正したうえで、

その意図を、学ぶ必要があります。


★例えば、「インヴェンション1番」の1小節目、上声4拍目のトリルが、

Casella版や、Mugellini版などでは、「モルデント」になっていますが、

「トリル」が妥当であると、思います。


★「22小節目最後の終止和音」の下声が、Casella版や、Mugellini版、

Bischoff版では、主音「C」が、オクターブで奏されます。

現代の楽譜では、ほとんどが、単音としています。

「手書き譜」を見ますと、その部分が、黒く汚れ、

どちらであったのかは、判断が難しいところです。


★校訂譜を読む楽しみは、

大ピアニストの「エドウィン・フッシャー」が、

バッハを、どうとらえていたか・・・、

いまでは、その作品があまり演奏されませんが、

イタリアの作曲家の「Casella カゼッラ」(1883~1947)が、

バッハをどう解釈したか・・・など、

その校訂者の音楽観を、読み取る楽しみも、あります。


★結論ですが、複数の「原典版」、複数の「校訂版」を、

日ごろから座右に置き、それらを照合しつつ学ぶ、

という姿勢が、必要であると、思います。


                      (青いドングリ)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■ インヴェンションのお薦め楽譜とCD ■

2009-10-18 23:32:27 | ■私のアナリーゼ講座■
■ インヴェンションのお薦め楽譜とCD ■
                09.10.18 中村洋子


★10月21日に、名古屋カワイで、「インヴェンション&シンフォニア1番

アナリーゼ講座」を開きます。

講座では、お薦めする楽譜とCDをご紹介し、どのように使うか、

お話いたします。


★楽譜について

◆ 原典版(Urtext)
① Baerenreiter 社版
② Henle 社版
③ Wiener Urtext Edition New Edition
   Leisinger/Jonas 校訂
④ Wiener Urtext Edition 音楽之友社
    Ratz/Fuessel/Jonas 校訂
⑤ Peters 社版
    Landshoff校訂


◆ 校訂版
① Edwin Fischer版  Hansen社
② 園田高弘版     春秋社
③ Hans Bishoff版   Kalmus社
④ Hans Bishoff版   全音楽譜出版社
⑤ Mugellini版     Ricordi社
⑥ Casella版      Curci-Milano社


★ CDについて

◆チェンバロ演奏
① グスタフ・レオンハルト SRCR2426
② トン・コープマン      CAPRICCIO 10 210
③ ケネス・ギルバート    POCA 3078
④ ヘルムート・ヴァルハ  TOCE-7231

◆ ピアノ演奏
① アンジェラ・ヒューイット  Hyperion CDA66746
② アンドラーシュ・シフ     POCL 5099
③ 園田高弘            HTCA 5003
④ アマデウス・ウェーバージンケ   TKCC-15193
⑤ フィリップ・アントルモン    SRCR 1636


★“これ一冊で十分”、という楽譜は存在しません。

なぜなら、バッハの手書き譜を、どのように解釈するか、についても、

さまざまな解釈が、存在しますので、

原典版でも、たくさん出版されているのです。


★アナリーゼ講座では、それぞれの楽譜の長所や問題点にも触れます。

楽譜の選び方についても、お話いたします。

さまざまな奏者による、ピアノやチェンバロでの、演奏の差が、

なぜ、生まれるのか、についても、解説いたします。


★アナリーゼで、曲の構造や、バッハの意図を知ることにより、

参加者の皆さまが、個人個人の解釈や奏法を、

編み出されることを、期待しております。


                           (名残の朝顔)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■中山悌一先生と、シューベルトの歌曲「春に」「盲目の少年」■

2009-10-17 14:17:11 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■中山悌一先生と、シューベルトの歌曲「春に」「盲目の少年」■
                 09.10.17 中村洋子


★中山悌一先生が、9月29日にお亡くなりになってから、

20日ちかく、過ぎました。

先生を追悼し、月2回、カワイ・表参道で開いております

「アナリーゼ教室」で、シューベルトの「Der blinde Knabe

盲目の少年」D833.Op.post.101 no.2 1825年作曲を、

取り上げました。


★この曲は、私が、最も愛しているシューベルトの曲ですが、

中山先生も、“私が最も好きな曲”とおっしゃっていました。

偶然の一致に、驚いたことを、憶えています。


★Op.101は、4つの歌曲から成っていますが、

no.1は「Im Fruehling 春に」、no.2が「 盲目の少年」です。


★「春に」も、素晴らしい曲です。

先生のお通夜の会場「寛永寺・輪王殿」で、

先生が歌われた「春に」が、静かに、流れていました。


★「盲目の少年」と「春に」について、先生の話されたことと、

私の感じていることを、すこし、書いてみます。


★「盲目の少年」冒頭の2小節は、変ロ長調の主和音「 B-D-F 」の、

分散和音が、前奏としてピアノで奏されます。

各小節の3拍目は、低い「B」の音が、8分音符で2回

「トントン」と、メッツォスタッカートで、奏されます。


★中山先生は、この2小節を「ペダルを多く使い、

靄のかかったような伴奏をしなさい。

3拍目は、少年が、壁を触りながら歩く時のような音だ」と、

おっしゃっていました。


★その後、少年の言葉で「O sagt,ihr Lieben,mir einmal,

welch Ding ist's, Licht genannt ? 」の歌が始まります。


★日本のある楽譜では、「おお、親愛なる人々よ、

教えてください/光と呼ばれるものはどんなものなのですか?」

と、訳しています。


★小さい男の子は、こんな言葉は、使いません、

この訳は、直訳にしても変ですね。

「ねー、君たち、光って、どんなもの?」という内容でしょう。


★中山先生は、シューベルトの歌曲全般について、

「“偉大な”作品として、堅くとらえすぎ、

あまりに、大仰に構えて歌うのはどうか」とも、

苦言を、呈されていました。


★冒頭2小節は、フォーレの歌曲にもある、

デリケートで、繊細な響きです。

逆にいいますと、フォーレがいかにシューベルトから、

影響を受けているか、ということかもしれません。

この点については、いつか、また触れます。


★ピアノの奏法としては、非常に難しく、主和音の分散和音として、

無神経に弾くことは、避けたほうがいいでしょう。

要は、バッハの「平均律クラヴィーア曲集1巻の第1番前奏曲」の、

弾き方と同じで、分散和音の中から、多声部を見つけ出し、

対位法の音楽として、演奏する、ということです。

ショパンの「エチュード Op.25-1」についても、同じです。


★右手だけでも、「ソプラノと2つのアルトの3声」として扱い、

左手は、「2つのテノールとバスの3声」、さらに、

先ほど書きました“壁を触りながら歩くような“、

低いバスの保続音を、「1声部追加して、4声」となります。


★演奏の際は、7声部を、以前に、私が「暗譜の方法」で、

お話しました方法で、各声部を、さまざまな組み合わせで、

練習すると、音楽の構造がよく分かると、思います。


★6小節目のピアノパートは、Bdur 変ロ長調の「Ⅰ」から、

「Ⅵに行くための属七」の和音を、経て、

「Ⅵ」の和声進行に、なります。

このとき、内声に「 F-Fis-G 」の、半音階が出来ます。


★シューベルトが愛した、この和声進行と半音階を、

終生愛して、使い続けたのが、ロベルト・シューマンです。

シューマンが、1833~38年に作曲した

「 Sonata no.2 ピアノソナタ ト短調 」の、

第1楽章 第2テーマが、この和声進行です。


★「Im Fruehling 春に」D882 Op.post.101 no.1 1826年作曲 では、

中山先生は、「der Himmel ist so klar 空はそんなにも、澄んで」の

「derを、日本人は、強く歌い過ぎ、必要以上に目立ってしまう」と、

注意されていました。


★この場合、この曲の5小節目の最後の音が「der」で、

6小節目の頭「Himmel」にかけての、アウフタクトです。

「der」は、冠詞ですので、弱調で歌うべきでしょう。


★17小節目後半の、ピアノ間奏について、先生は、

この部分を、前の部分の後奏として扱い、

「この後奏は、前の音楽を引き受けて、次の音楽に移る部分であり、

ritenuto リテヌートし、18小節目では、a tempo アテンポする」

「ドイツに留学していた頃、晩年のエドウィン・フィッシャーによる、

この曲の演奏を聴いて、憶えました」


★フッシャーの名演を聴き、そこから、瞬時に学び取った中山先生。

素晴らしい演奏家は、このように、学んでいくものですね。


                     (亀末広の干菓子Ⅱ)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■私の「チェロ組曲第2番」が、マンハイムで初演&ヒンデミット「チェロソナタ」■

2009-10-10 14:48:03 | ■私の作品について■
■私の「チェロ組曲第2番」が、マンハイムで初演&ヒンデミット「チェロソナタ」■
                     09.10.10    中村洋子


★本日10月10日は、ドイツのマンハイムで、私の作品

「無伴奏チェロ組曲第2番 Yoko Nakamura

Suite Nr.2 fuer Violoncello Solo」が、

ヴォルフガンフ・ベッチャー Wolfgang Boettcher 先生により、

初演 world premier される日です。

この曲は、全6曲から成り、約25分の演奏時間です。


★先生は、8日にベルリンを発ち、マンハイムでのコンサート後、

ザルツブルクに向かわれ、当地で、ヒンデミット

(Paul Hindemith, 1895~1963)の、

「無伴奏チェロソナタ Sonate fuer Violoncello solo」

Op 25-No3を、演奏されるそうです。


★ヒンデミット の「チェロソナタ(1922年作曲)」は、

5曲から成る作品で、演奏時間は、10分前後です。

ベッチャー先生は、この曲をCD【solo cello・Wolfgang Boettcher

20th century works for solo cello 】Nimbus NI 5616 に、

録音されており、久しぶりに、その演奏を聴きました。

これは、「ソナタ」になっていますが、バロック時代の

「ソナタ」の形式に近いように、思います。


★1楽章は、バッハの平均律クラヴィーア曲集第1巻1番の、

プレリュードと、同じ設計思想で、作曲されていることが、

分かり、プレリュードと、いってよいでしょう。

3楽章はサラバンド、4楽章はジーグの様式に近く、

「組曲」ととらえて、間違いでないと思います。


★パウル・ヒンデミット(1895~1963)は、ドイツの中部の町、

ハーナウ(Hanau)で、生まれました。

ハーナウは、ドイツの中部・フランクフルトに近く、

ドイツ・メルヘン街道の、起点となる都市です。


★彼は、9歳の1904年から、ヴァイオリンのレッスンを始め、

17歳の1912年に、作曲の勉強を始めました。


★「戦争」という、時代の大きな影が、彼のうえにも、

例に漏れず、覆いかぶさっていました。

1915年、第一次世界大戦に、志願兵として、

出征していた父が、戦死しました。

家計を助けるため、彼は、カフェで、

弦楽合奏団の一員として、演奏活動を始めました。

1917年には、彼自身も召集され、軍の音楽隊に所属して、

前線から3キロの地点で、演奏をしていたそうです。


★第一次世界大戦では、フランスのモーリス・ラヴェルも、

一兵卒として、参加しています。

軍用トラックの運転手を、していたようです。

クロード・ドビュッシーは、戦争中の1918年、

困窮の中で、亡くなっています。


★ヒンデミットが、ちょうど、ドビュッシーの弦楽四重奏を、

軍楽隊で弾いている最中に、“ドビュッシー死去”の知らせが入り、

彼は、そこで演奏を、止めてしまったそうです。


★その訃報に接した直後と、みられますが、

グローブ音楽辞典に、よりますと、

ヒンデミットは次のように、書いています。


★「初めて、音楽とは、スタイルやテクニック、

個人的感情を超えたものであることが分かった。

音楽が、政治的国境、民族的憎しみ、

戦争の恐怖を乗り越え、広がっていった」


★ベッチャー先生のお父さま Dr.Hans Boettcher も、

第二次大戦末期のベルリン大空襲で、お亡くなりなっています。

お父さまは、音楽学者で、ヒンデミットの親友でもあり、

ヒンデミットのオペラ「世界の調和 Harmonie der Welt」を、

書くよう励まし、助力されたそうです。


★先日お亡くなりになりました中山悌一先生も、

軍隊に召集され、お兄様も戦死されています。


★音楽家が、思う存分、音楽に没頭できない時代とは、本当に不幸です。


★本日の新聞に服部幸三先生の訃報記事が出ていました。

かつてのNHK・FMの名番組「バロック音楽の楽しみ」での、

先生の、音楽への愛情に満ち満ちた、

やさしい語り口が、思い起こされます。

心より、ご冥福をお祈りいたします。

【訃報:服部幸三さん85歳=東京芸術大名誉教授
服部幸三さん85歳(はっとり・こうぞう=東京芸術大名誉教授・
音楽学、元日本音楽学会会長)8日、急性腎不全のため死去。
葬儀は12日午前10時半、さいたま市浦和区常盤7の2の14の
日本バプテスト浦和キリスト教会。喪主は妻コウさん。
NHKFMラジオ「バロック音楽のたのしみ」の解説などで
クラシック普及に貢献。
東京芸術大音楽学部長などを務め、音楽学会設立に参画した。
毎日新聞 2009年10月9日 22時05分】


★ヒンデミットの「チェロソナタ」を、すこし、分析いたします。


★1楽章は、一見、調がないように聴こえるかもしれません。

しかし、注意深く観察しますと、曲頭の和音が、

低いほうから書きますと、CーG-Eis-Cisの和音になっています。

下二つは、「ハ長調の主和音」と同じです。

曲のほぼ真ん中にあたる第17小節、19、20小節の頭のバスに、

Gの音が、フォルテで奏されます。

Gは、「ハ長調の属音」です。

32、35小節目の小節の頭のバスに、Cの音がフォルテで演奏されます。

これは、「ハ長調の主音」です。

最後の小節、42小節の最後の音は、Gが、フェルマータで、奏されます。

これは、もちろん「ハ長調の属音」です。


★このように、バスによって、曲の骨格を辿っていきますと、

その上に置かれた現代的な音とは、裏腹に、

大きく【ハ長調】が、浮び上がってきます。

このバスの、「配置方法」こそが、“バッハそのもの”なのです。


★さらに、2分の3拍子の第3楽章は、最初の2小節が主題です。

そして、1、2小節は、その2拍目に「重心」があり、

これが、「サラバンド」の特徴に合っています。

このテーマが、13、14小節および、25、26小節でも現れ、

「サラバンドの舞曲様式」を、強く感じさせます。


★また、4楽章は、26小節の短さですが、

バッハの「無伴奏チェロ組曲第4番」の、

最終楽章「ジーグ」との共通点が多いと、思います。

ただし、ヒンデミットは、曲頭に拍子を書かず、

1、2小節目は、4分音符を5個分の5拍子、

3小節目が1個分の1拍子、4、5、6小節目は、3個分の3拍子、

7、8小節目は、4個分の4拍子、9小節目が5個分の5拍子、

10小節目が4個分の4拍子です。

これを、5拍子、4拍子、1拍子、3拍子の「変拍子」と、

とらえるよりも、フレーズのまとまりを、

小節線によって示した、と考えたほうがよいと、思います。


★各小節の最後の1拍が、次ぎの小節のアウフタクトを、

意味する箇所も、多く見られます。

4楽章の曲頭には、「表情をつけずに、常にピアニッシモで」と、

書かれています。


★音も現代的で、無表情に早く弾きますと、

いかにも、現代曲に聴こえますが、

バッハの組曲を、徹底的に勉強し、それを土台とした、

若きヒンデミットの意欲的な、実験的作品とみてよさそうです。

                        (韮の花)
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント

■■ 追悼:中山悌一先生が、逝去されました ■■

2009-10-03 16:44:19 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■

■■ 追悼:中山悌一先生が、逝去されました ■■
              09.10.3   中村洋子


★私が心から尊敬していました、バリトン歌手、

二期会の創設者「中山悌一」先生が、9月29日、

89歳で、お亡くなりになりました。


★新聞記事では、簡単に以下のように紹介されているだけでした。

【声楽家、9月29日、老衰のため死去、89歳。大分県出身。
葬儀・告別式は5日午前11時半から寛永寺輪王殿で。
葬儀委員長は栗林義信氏。喪主は妻靖子さん。
東京音楽学校卒。1952年の二期会創設に参加。
東京芸大教授なども務めた。83年に紫綬褒章、
91年に勲三等瑞宝章を受章した】


★この記事では、中山先生の偉大さが、全く分かりません。

肩書きと褒章を列記するだけで、こと足れり、とする、

日本のマスコミのレベルの低さを、反映しています。


★先生は、戦後の日本で、唯一、世界で通用するリート歌手でした。

そして、いまでも、依然として、「唯一」です。

その慎ましやかで謙虚なご性格のため、随分とお若い時期に、

舞台から引退されてから、ほとんど、表にでることもなく、

先生の存在すら、ご存じない若い音楽関係者も多いと思われます。


★幸い、先生が録音されたシューベルトの歌曲集も、

CDで残されていますが、驚くべきことに、

FMなどにそれが、放送されることも、

ほとんどないようです。

本物の芸術を、たくさんの方に聴いていただけないことは、

とても残念で、不幸なことです。

コマーシャリズムで大宣伝される“有名”な歌手の歌は、

いつも、流されているのに・・・。


★10数年前、「ドイツリート研究会」で、

中山先生が、講師をなさったとき、

そのほとんどの研究会に通い、大変に勉強させていただきました。

作曲家の受講生は、私一人でしたので、

個人的にも、先生の素晴らしい体験談や、音楽感を、

お聴きすることができ、私の音楽人生で、ひとつの転機になり、

礎も、築いてくださった方です。


★先生のお話で、記憶に残っていますことを、

いくつか、思い出すままに、書き留めました。

以下、≪≫が先生の言葉です。


★≪ドイツリートを、原語であるドイツ語で、歌うとき、

リサイタル会場では、なるべく若い聴衆、できれば子供に目をつけ、

その子の目を見つめながら歌う。たとえ、言葉が分からなくても、

感受性の鋭い若い人に、音楽を伝えることができるように、歌います。

その子どもが、退屈してしまうようですと、

その演奏は、駄目である、ということです≫


★≪日本のスーパースターである著名な指揮者は、非常に勉強不足。

マーラーの曲について、声楽の作品とオーケストラの作品を、

比較対照して研究していない。読みが浅い≫


★≪日本の評論家は、すぐ「・・主義」と、レッテルを貼りたがるが、

戦後、“新即物主義の代表的な音楽家”とされる方が来日した折、

インタビューで、【新即物主義についてどう思われるか】という

評論家の質問に対し、【新即物主義とはなんでしょうか、

私はその言葉を知りません】と言う返答でした≫


★私の考えですが、上記のことは、現在もあまり変わっておらず、

日本の音楽学者、評論家が、音楽そのものを学ぶ姿勢に薄く、

和声、対位法などの音楽の基礎的勉強に乏しく、

外国の雑誌、論文を翻訳することに、

依拠しているからでしょう。


★シューベルトの歌曲に使われる、

ディミヌエンドとデクレッシェンドの、相違点について、

先日、ベッチャー先生のおっしゃたことと、

同じ結論でした。

真の音楽家は、やはり、同じ様に音楽を経験し、

演奏を続けますと、同じ結論に達するものです。


★この研究会の出席者は、ほとんどが現役の声楽家でしたが、

中山先生が音楽という概念について本質的なお話をされている時は、

興味がなさそうな雰囲気ですが、個々の曲の具体的な歌い方や、

技術のことに触れられますと、急に目を輝かせていらっしゃいました。


★私の考えですが、技術や具体的な歌い方は、適切なアドヴァイスが

必要としても、自分で、苦労して習得していくものではないでしょうか。

さきごろ、お亡くなりになったベーレンス先生が、

まさに、その美しい典型でした。


★それよりも、作曲家の語法や、個性、

独特な曲の構成を、どう、とらえていくか、

というヒントを、中山先生のさりげないお話の中から、

汲み取り、咀嚼していくことのほうが、もっと重要で、

それが、“学ぶ”という根本的な姿勢だと思います。


★先生から、シューベルト、シューマン、ブラームス、マーラー、

リヒャルト・シュトラウス、ヴォルフが、

どういう作曲家であったのか、歌曲を通して、学ぶことが出来ました。


★≪ドイツリート」の「リート Lied 」という世界は、

残念ながら、ドイツの作曲家によるものにしかなく、

ドイツ以外の作曲家の、美しい歌曲は、

リートとはいえないであろう≫


★≪戦前のドイツ歌曲は、現在より、発音をはっきりとさせ、

子音などを強調した歌い方でしたが、

戦後は、大きく変わり、ハンス・ホッターの歌のように、

ソフトな穏やかな発声へと、変化した。

それは、戦前の歌い方が、ヒットラーの激しいアジテーション演説を、

思い起こさせ、ドイツ人がそれを、強く嫌悪したからです≫


★97年2月8日の上野奏楽堂での公開講座

≪歌曲では、詩・言葉と音楽のどちらかを、優先するのではない。

オペラの歌手は、声を大切にしたい人で、それが、

ヴェルディのオペラと、モーツァルトのオペラの違いです。≫


★≪モーツァルトのオペラを歌える人は、リートも歌えるが、

イタリアオペラの歌い手は、リートを歌えない。

シューベルトの 歌曲「Der Neugierige 気がかり」の19小節目、

「mich mein Herz be-」の 「mich」と「Herz」に、ポルタメントを

かける。「 mein」と「be-」には、ポルタメントをかけない。

ポルタメントを2回続けるのは、いやらしくなるのでしない≫


★≪ジーリの歌ったリートを聴いたことがあるが、

ポルタメントの掛け方が、オペラ風で、

あやうく、噴き出しそうになった≫


★私の考えでは、純粋に「音としての言葉」と、

意味をもつ「詩としての言葉」、それに、「ピアノの音」、

この三つの要素を、どのように絡み合わせ、

建築のように構築、積み上げていくか、

それが、ドイツリートの求めるものでしょう。

イタリアや、スペイン、ノルウェーの歌曲には、

それがありませんし、

フランス歌曲も、また、別のフランス固有の芸術分野です。


★私は、いま、シューベルトの「冬の旅」を、

カワイ表参道でのアナリーゼ教室で、

全曲アナリーゼを続けていますが、やはり、

先生の教えてくださったことが、

ヒシヒシと伝わり、実感しております。


★先生は、若い頃、第二次大戦中、南方に出征されました。

兵舎で眠っている明け方、先生のとても仲の良かったお兄様が、

枕元に、立たれたそうです。

先生は、普段、霊感などはほどんど感じたことはない、と

おっしゃっていましたが、

日本に帰還後、「ちょうど、その時に戦死された」と、

知らされたそうです。


★中山先生は、戦争を生き延び、戦後になってやっと、

音楽を自由に出来る喜びを得て、精力的に、

演奏と教育活動をされました。

二期会創設も、その一環です。

素晴らしいリートやオペラを、日本でたくさんの人に

理解してもらおうと、日本語訳もたくさんされ、

さらに、二期会に、多くの私財も投じられました。

先生の師のゲルハルト・ヒュッシュや、

カール・エルプ、については、

以前、このブログでご紹介しました。


★世界的に≪「歌曲=リート」が、下火になっている≫、

ことを、いつも嘆いておられました。

音楽を、音の構築物として、知的に理解することよりも、

感情の発露に任せた、刹那的な賑やかな音楽が、

もてはやされていることは、悲しいことですね。


★≪「魔王」は、シューベルト(Franz Schubert 1797~1828)と、

カール・レーヴェ(Carl Loewe 1796~1869年)の二人が、

同じ詩に、作曲していますが、

ワーグナーは、両方を聴き比べて、「レーヴェのほうが良い」と

言っていた。レーヴェが“ドラマティック”だったからである。

しかし、リートとしての質の高さは、

シューベルトが格段に上なのですから、

世の中にはいろんな人がいるものですね≫


(野の花)

 

★私の著書「クラシックの真実は大作曲家の自筆譜にあり!」
で、中山先生について、さらに書いております。
http://diskunion.net/dubooks/ct/detail/1006948955

 

 

http://diskunion.net/classic/ct/detail/1006437633
http://diskunion.net/diw/ct/detail/1006437641


▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

コメント

■「《第14回》バッハ・ インヴェンション講座」のご案内 ■

2009-10-01 14:42:21 | ■私のアナリーゼ講座■
■「《第14回》バッハ・ インヴェンション講座」のご案内 ■
                 09.10.1 中村洋子


★29日のバッハ・ インヴェンション&シンフォニア 13番の講座は、

とても充実した内容を、皆さまに、お伝えすることができました。

後日また、その一部をお知らせいたします。


★《第14回》 インヴェンション第14 番、シンフォニア第14 番 変ロ長調
(バッハが構想した、インヴェンションの全体像と、フーガの華について)

講師:中村 洋子
日時:2009 年 10月 29日(木)午前10 時~12 時30 分
会場:カワイ表参道 2F コンサートサロン「パウゼ」
会費:3000 円 (要予約)
参加ご予約・お問い合わせは カワイミュージックスクール表参道
Tel.03-3409-1958 omotesando@kawai.co.jp


★「インヴェンション講座」も、あと2回となりました。

最終曲から一つ前の14番は、インヴェンション全体を、

総括する重要な曲と、いえます。


★≪1、2番≫と、≪3、4番≫、≪6、7番≫、≪8、9番≫、

≪10、11番≫、≪12、13番≫の組み合わせは、

長調とその同主短調です。

例えば、1番はハ長調で2番はハ短調です。

それに対し、≪5番変ホ長調、6番ホ長調≫は、

主音どうしが半音の関係にある長調です。


★14、15番は、≪14番が変ロ長調≫、≪15番がロ短調≫という、

主音どうしが半音の関係にある長調と短調です。

この調性の配置を分析しますと、

バッハが、インヴェンションとシンフォニア各15曲で描いた、

大きな設計図が、浮び上がってきます。

今回は、バッハがその設計図で狙った大きな構想について、

お話いたします。


★また、14番インヴェンションの演奏に当たっては、

冒頭にある3小節の長いテーマを、どのようにして、

緊張感を保ちながら演奏するか、

それが最も重要な「要」といえます。

この3小節のテーマを、基本となるモティーフから解き起こし、

どのような和声が内包されているか・・・などを徹底的に分析し、

演奏やご指導に役立つよう、お話します。


★≪シンフォニア14番≫は、フーガのエッセンスを学べる曲です。

前半は、フーガの提示部として、大変に美しいモデルです。

後半は、充実したストレッタが、展開されます。

「ストレッタ」は、“フーガの華”といえます。

この点についても、分かりやすくご説明いたします。

学べば学ぶほど、発見が尽きない≪バッハのインヴェンション≫を、

ご一緒に、探訪いたしましょう。


講師:作曲家 中村 洋子
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。日本作曲家協議会、日本音楽著作権協会(JASRAC)の各会員。ピアノ、チェロ、ギター、声楽、雅楽、室内楽などの作品を発表。2003 年~05 年、アリオン音楽財団《東京の夏音楽祭》で、新作を発表。自作品「無伴奏チェロ組曲」などをチェロの巨匠W.ベッチャー氏が演奏したCD『W.ベッチャー 日本を弾く』を07 年に発表する。このチェロ組曲やチェロアンサンブル作品がドイツ各地で演奏されている。08年9月、CD「龍笛&ピアノのためのデュオ」とソプラノとギターの「星の林に月の船」を発表。
 

★第15 回は、12月 4日(金)インヴェンション第15 番、
               シンフォニア第15番のロ短調です。

★カワイ名古屋 第1回インヴェンション講座:
        「インヴェンション&シンフォニア各1番」
  
                10月21日(水)午前10時~

(京都「亀末広」のお干菓子:洗練の極致。知り合いの結婚祝いに頂きました。)

▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
コメント