音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

●前ブログのコメント集です●

2007-12-24 17:59:04 | ★旧・ とびきり楽しいお話
●これまでのコメントを集めました。

■■ 伴大納言絵巻を観る ■■ その他のとびきり楽しいお話

2007/11/13(火) 午後 4:18

はじめまして。国宝の「伴大納言絵巻」の特集を先日NHKhiにて見ました。途中からでしたので絵巻の話の流れを掴みきれないところがあったのですが、こちらにお邪魔したお陰で詳しく読むことが出来ました。ありがとうございました。



■■≪ヴォルフガング・ベッチャー 日本を弾く≫が完成■■ 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ parifuwa2525 ]
2007/11/10(土) 午前 9:07

中村様
「ヴォルフガング・ベッチャー 日本を弾く」を拝聴致しました。どの作品も疲れた心に染み入るような優しさ、
美しさに溢れていてとても安らかな気持ちになりました。
中村先生、ベッチャー先生の思い、CD作りに携われた方々の思いが伝わってくるような作品の数々。感謝です。
山崎 香世



■■ エリック・ハイドシェックのピアノ・レッスン ■■ [ trefoglinefan ]
2007/9/2(日) 午前 9:38

はじめまして。ハイドシェックのレッスンの内容は本当に参考になると思います。ペダリングのことは本当にそのとおりですね。私も公開セミナーを聴いたことがあるのですが、爪の長い高校生に対して「これはピアノを弾く手ではない」と言ったり、とかく本番から余りにもかけ離れた練習に対して、戒めているような気がします。あと小学生に言った言葉で「本番で苦労を見せないために練習をするのだ」というのも実に味わい深いと思います。



■■ヴォルフガング・ベッチャー先生との録音 その3 素顔のベッチャー先生■■ 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ 畔 ]
2007/5/18(金) 午前 1:10

>「僕の名前の“ベッチャー”は、この“樽”という意味ですよ」 その"樽"の中では、ワインの精にかわって、音の精が歌いつづけて らっしゃるのかしら?;-) 素顔のエピソード、興味深く読ませていただきました。 思い浮かんだ言葉は、「純粋」、この方の目を通した 日本の風景,,どんなでしょうね~興味津々♪


■■ イタリア・サルデーニャ島の音楽と踊り ■■ 日本の伝統芸術、世界の民族音楽[ kazu ]
2007/4/22(日) 午後 6:51

はじめまして☆私の島について話してくれて心から感謝します。ではまたね。カズ


■■ 春のフキノトウ・スパゲッティー ■■ その他のとびきり楽しいお話
[ ルナ・エ・ソーレ ]
2007/4/4(水) 午前 11:06

こんにちは!とっても美味しそう! 私は、ふきのとうをはじめ春の山菜が大好きです。山菜のほろ苦味がVIOLAとの相性もとても良いですよね。イタリア人にも食べさせてあげたいと思います。 うちの庭でも採れるのですが、今年はこのパスタにしてみましょう! 素敵なレシピをありがとうございました。 春~。


■■ シューベルトからシューマン、そしてブラームスへ ■■ アナリーゼ(楽曲分析)講座
[ Oku ]2007/3/10(土) 午後 10:16

はじめまして。シューベルトのアルペジョーネソナタで使用した楽器の復元をしています。




■■ 「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」に感動 ■■~テレビや放送と「音楽」とのかかわりについて~ その他のとびきり楽しいお話
[ kemukemu23611 ]2007/2/20(火) 午後 9:26

こんにちは。 大道芸観覧レポートという写真ブログをつくっています。 昭和40年前後の雑誌「テレビジョンエイジ」の一覧も とりあげています。 よかったら、寄ってみてください。 http://blogs.yahoo.co.jp/kemukemu23611



■■ 絶対音感について ■■ アナリーゼ(楽曲分析)講座
[ tanone4041 ]
2007/2/3(土) 午前 10:42

私は絶対音感を持っていると言われながらその意味をいまいち把握できていませんでした。勉強になりました。


■ 次回のアナリーゼ講座は、シューベルトです ■ アナリーゼ(楽曲分析)講座
[ 海 ]
2007/2/2(金) 午後 9:20

はじめてコメントさせていただきます。私は茨城県のひたちなか市に住んでいます。「平磯」という言葉に反応し、記事を読ませていただきました。私の父によると、水戸市南町に「つる屋」という本屋さんがあったということです。今でもやっているかはわかりませんが・・・。 音楽のことはよくわかりませんが、とても雰囲気のあるステキなブログですね^^




■■ 「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」に感動 ■■~テレビや放送と「音楽」とのかかわりについて~ その他のとびきり楽しいお話
[ 畔 ]
2007/1/13(土) 午前 1:55

「溝口組」だった依田さんが東映の作品で書かれているって、なんか珍しいですね。亡き親父が松竹時代の「溝口組」にいたもので日々、黒板前にゴテケンに 依田さんが、しごかれていたハナシは、ミミタコなぐらい聞かされてましたけど,,そうか、"オンナもの"ってことで、マキノさんが希望されたのかもしれませんね。「夫婦善哉」は豊田四郎のほうをみてるんですけど、ことあるごとに「なんか、うまいもん、たべにいこ~」って台詞が印象的だったなあ。不思議とカレーの匂いまで甦ってしまう(^^;,



■■ 私のクリスマス休暇とお正月休み ■■ その他のとびきり楽しいお話
[ 畔 ]
2007/1/7(日) 午前 4:12

「いちご」が「雪割り草」の花、12月の神..印象深く記憶にあるのは、やはり12月の神々とともに少女達が囲む「たき火」、目まぐるしく移ろう"季節"。。北の地方の人々の季節~自然に対する想いとか、畏敬とか、共存するバランス感覚とか,現代においてはだいぶ薄れてきている感覚のようではありますけど、化石燃料の争奪に明け暮れる今こそ、胸に手をあて再考する価値のあるテーマが底流に ながれているように思えてなりません;-)



■■ 私のクリスマス休暇とお正月休み ■■ その他のとびきり楽しいお話
[ 畔 ]
2007/1/7(日) 午前 4:10

スロバキアの民話ですか~あたしも、似たような劇を幼少のころに観た記憶があります。たしか、「森は生きている」って邦題だったと。。俳優座あたりの子供向けの企画だったと思います。




■■ ヴィオラ・ダ・ガンバ四重奏「みじか夜」の初演 ■■ 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ nom_50 ]
2006/12/11(月) 午後 10:43

>中村様 古楽器を対象の作曲していらっしゃるんですね!私は楽器屋なので良質の古楽器を手ごろな(なるべく!)値段で提供しようとしています。おっしゃるように古楽器を聴いたあとにモダンな楽器をきくと、とても暴力的な気がします。拙宅でチェンバロを初めて弾きまくったピアノ愛好家の方が、帰宅してピアノを弾いたらうるさくて弾けなかった、とおっしゃっていました。中村様は演奏される素材を創っていらっしゃる。うらやましい!いつか作曲されたものの演奏会があったら聞かせて戴きたいですね。



■■ 「バルトーク・ミクロコスモス」について ■■ その1 アナリーゼ(楽曲分析)講座
[ karumiakalmia ]
2006/10/3(火) 午後 2:21

先日講座を受講したものです。 その中で話題になりました 教本の名前を知りたいのですが、 教えていただけませんでしょうか。 ピシュナーと、もう一つ アンドロプティドワでよろしかったでしょうか 楽譜店へ問い合わせてみたものの、みつからなかったため、 申し訳ありませんがよろしく願い致します。 バルト-クについて知ることができ、 また、漠然とフシギな音使いだなと思っていた曲のこともよくわかりました。有意義な講座をありがとうございました。


■■ 銀座百点 皆川達夫先生 音楽界批判 ■■ その1 その他のとびきり楽しいお話
[ 畔 ]
2006/9/4(月) 午前 0:33

銀座百点。。大抵、レジの横に重ねてあって、表紙を眺めるのが楽しみのひとつでした。親のエゴで喰いたくもない店に連れていかれたりしたときなどなおのことで(^^;,、子供の目からは不可思議な表紙の絵に 首をかしげていたころが懐かしいです;-) 国会図書館に創刊号から、すべて揃ってるってハナシですね。 表紙だけなら、こちらで↓ http://www.hyakuten.or.jp/hyosi/index.html



■■ 緑陰読書・・・and「舞いクッキー」のお話 ■■ その他のとびきり楽しいお話
[ ykinuka ]
2006/8/17(木) 午後 1:44

「謡い本を読む」のは確かに空間が広がりますね。毎日は無理としても、継続ですね。そのほかの示唆も大変ためになりました。キヌ


■東北(とうぼく)への路■ その5 リハーサル 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ ojiriakiko ]
2006/6/13(火) 午前 8:47

はじめてブログというものに投稿しています!私達のことをかいてくださったのですね。ありがとうございます。次号の記事メールで拝見しましたが、何を隠そう私はバックハウスの大FAN!でも大抵の場所で趣味が悪いといわれてしまうんですよ。だからバックハウスが好きな方が見つかると嬉しくなってしまいます。


●テオ・アンゲロプロス監督「ユリシーズの瞳」 私が感動した演奏会や、CD、論文
[ 畔 ]
2006/5/14(日) 午後 4:32

北千住の西口側はひと頃の整備も一段落して駅前は、立体歩道等、異空間のごとく様変わりしましたね;-)旧街道沿いは、劇場とは逆方向、行列のできる老舗居酒屋方面にばかり目がいっていて そんな工事がおこなわれていたことなど、まったく知りませんでした(^^;,旧作などを観るのは、京橋のフィルムセンターあたりが主だったのですが、これを機会に常磐線組や東武線組の映画仲間と親交を密にするきっかけになりそうな予感がいたします。情報の御入力、ありがとうございました。



●テオ・アンゲロプロス監督「ユリシーズの瞳」 私が感動した演奏会や、CD、論文
[ 畔 ]
2006/5/14(日) 午後 4:30

うむ、まるで詩神が 中村さんの目を通し、語られるその指の隅々に宿ったかのような熱さを感じてしまいます;-) 今まで何人かの方々のアンゲロプロス作品の評を読んだりはしたのですが ここまでつきうごかされることはありませんでした。「第三の男」でアリダ・ヴァリ演じる「女優」と同じく?愛憎のやるせなくやりばのない「悲劇」を嫌うあまり、目を背け続けた末の食わず嫌いだったのかもしれませんが、なにやら、苦手だったはずの牛乳が こともなげにノドを潤していった遠い昔の不思議が今再び、甦るかのような心持ちがします(^^;,



■東北(とうぼく)への路■ その4 楽琵琶のお話の続き 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ 畔 ]
2006/5/6(土) 午前 8:45

それにしても「今日はなにして遊ぼか?」「カラオケ?」あたりが関の山なあたしにとって、音をもって季節に"遊ぶ"殿上人、楽人の打々発止なやり取りは うらやましくもあり、宮仕えの苦労を想像してみたりと(^^;, 科学機器では解析もできぬような繊細な音にとって めぐまれた時代だったのかもしれませんね;-)



■東北(とうぼく)への路■ その4 楽琵琶のお話の続き 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ 畔 ]
2006/5/6(土) 午前 8:40

「玄象」のお話、ただ者ではなさそな主(あるじ)が どこかで印篭でもだしはすまいかとの下衆な好奇心は横において(^^;, ますます調絃、六調子への興味がわいてきます。黄鐘調は、梵鐘の手本?ともなっているようですし、そこからは鐘の「アタリ」「オシ」「オクリ」のような部分が楽器の場合にもあるのだろうか?などといった想像がふくらんでゆきます。



■東北(とうぼく)への路■ その3 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ 畔 ]
2006/4/28(金) 午後 10:29

中村さんの思い描く「東北(とうぼく)への路」、ブログも、また、機会があれば夏のコンサートも楽しみにしつつ、乱文にて失礼いたしました。 追伸:「第7天国」の、危険きわまりない道板を渡るジャネット・ゲイナー、大好きです。


■東北(とうぼく)への路■ その3 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ 畔 ]
2006/4/28(金) 午後 10:27

また、音楽の演奏者と聴衆の関係を無謀?にも シテとワキに置き換え、 であるなら、そのときに、演奏者と聴衆の間に横たわる『青山』とは、いったいなにをさすのだろうか?などとあらぬ妄想にアタマめぐらせてもおりました。どうも、すみません。中村さんのブログからは、好奇心をそのままにはしておけないような素敵でアブナイ魔力のようなパワーを感じてしまって。。(手前勝手な言い訳です~)


■東北(とうぼく)への路■ その3 作曲した曲が初演されるまで・・・
[ 畔 ]
2006/4/28(金) 午後 10:23

はじめまして、東北→とうぼく,,の検索から寄らせていただきました。 楽琵琶のお話、とても興味深く、四季で異なる調弦には、この国の風土に 思い至ってみたり、また、「経正」のお話では、幼少の頃に観た小林正樹監督の「怪談」,,そのオムニバスのひとつ、「耳無し芳一」を思い起こしてみたりと、たのしいひとときを過ごさせていただきました。




■「ベーゼンドルファー」物語 その1■ 知られざる楽器の特性と歴史
[ シマダ ]
2006/4/14(金) 午前 7:56

いつもありがとうございます。 知人がやはりベーゼンドルファーのピアノを愛用していらっしゃいますので、興味深く読ませていただきました。 177年で4万7千台のピアノ・・・てことは、年に265台ってことですよね。 私自身はピアノのことは詳しく分かりませんが、こういう話を聞くと「良いものは沢山作れないんだな」と実感し、祈りに似た真摯な気持ちで仕事に取り組んでいるのだと感じさせられます。 これだけ数が少ないと、”なんとか”さんという卓越した職人さんがいた時代のものは高く評価されたりしているのでしょうかね。 またお伺いいたします。


ヴォルフガング・ベッチャー&益子明美デュオリサイタル お薦めコンサート
[ ykinuka ]
2006/3/10(金) 午前 6:17

何時の日か「竹生島」の小謡ー魚木に登る気色や、兎も浪を奔るー情景が中村さんの手で曲になるのかと楽しみです。



デザイナー 島田佳幸さん その他のとびきり楽しいお話
[ shimada ]
2006/2/27(月) 午前 5:10

ご紹介ありがとうございました。
NHK・FM放送 名曲リサイタルで“夏日星”が演奏されます。 お薦めコンサート
[ ykinuka ]
2006/2/25(土) 午前 11:18

先刻の放送、家内と共に楽しく拝聴しました。幻想的な調べですね。宮沢賢治や十弦ギター、中村さんの力の思いが素人なりに伝わった気がします。ギタリストの斉藤明子さんも名手なのですね。次は邦楽(能楽?)とのフュージョンを楽しみにします。



NHK・FM放送 名曲リサイタルで“夏日星”が演奏されます。 お薦めコンサート
[ ykinuka ]
2006/2/23(木) 午前 5:03

夏日星の放送予定と解説有難うございました。番組司会の加羽沢美濃さんも貴女と同じ作曲・演奏家ですね。10弦ギターは大弦小弦の青山の琵琶でしょうか。放送がたのしみです。


●ゲストブック
ゲストブック作曲家・中村洋子が日常生活の中で感動した、
①演奏会や演奏家
②CD、DVD、書籍、雑誌、論文
③お薦めコンサート
④アナリーゼ(楽曲分析)講座・・・などの紹介。
さらに、⑤演奏家・芸術家との交流
⑥日本の伝統芸術・世界の民族音楽についての感想
⑦作曲した曲の初演に到るまでの行程と舞台裏の話
⑧意外と知られていない楽器(ピアノ、ギター、雅楽器、チエンバロ等)の特性・歴史の解説
⑨音楽以外の分野での飛び切り素晴らしく楽しいお話・・
投稿数:4件
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taeko_www2006/3/5(日) 午後 1:59
■洋子さん、ブログ開設おめでとうございます!

洋子さんのコンサートでのお話は楽しいだけでなく、内容的にひとりで聞くのが
もったいない深さと厚みと思っていました。
これからブログで、いろいろなお話、うかがえるのを楽しみにしています。p(^ 。^)q

ps:荒川静香、髪をアップにしていない時の横顔表情を見ていると、洋子さんに似ている!と思うときがあります。
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■■ 春のフキノトウ・スパゲッティー ■■

2007-12-20 00:08:47 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■■ 春のフキノトウ・スパゲッティー ■■
2007/4/3(火)

★春爛漫です。

桜に続き、海棠、花梨、花桃・・・ピンクの花盛り

山吹も、可憐な黄色いお花を、ぼんぼりのように燈し始めました。

気が付かないうちに、姫リンゴも純白な花を、枝一杯びっしり飾っていました。


★先日、都内のイタリアレストランで、美味しい「フキノトウ・スパゲッティー」をいただきました。

小麦色のスパゲッティに、萌黄色の細切りフキノトウが、お星さまのように散りばめられています。

他にはなにも入っていません。

麺にはオリーブオイルが、まったりと、からまっています。


★そっと口に運びます。

若い春の息吹のような香りが、鼻をくすぐります。

お口の中では、奥ゆかしいほろ苦さが、縦横に駆け巡ります。

苦味は、脳の奥まで細い糸のようにたなびいていきます。

しゃきっと、目覚めました。

大地を割って頭をもたげる野草の生命力を、そのまま頂いたような気持ち。


★早速、私なりに再現してみました。

かなり満足のいく出来具合でしたので、レシピをお知らせします。

どうぞ、お試しあれ。


★1)熱湯に重曹を少し入れ、フキノトウを丸のまま、さっと茹でます。

すぐに取り出し、氷水に入れて、鮮やかな色を出します。

(重曹と氷水がカギです)

2)茹でたフキノトウを軽く絞り、好みの大きさに刻みます。

3)スパゲティーは、塩をたくさん入れた湯で茹でます。

塩味が麺にうまく移ります。

4)冷えたフライパンに、みじん切りのニンニク、赤唐辛子、オリーブオイルを同時に入れます。

5)点火し、香りが立つまで、弱火で熱します。

6)そこにフキノトウを入れ、塩コショウを少々散らし、

スパゲティーの茹で汁をお玉一杯弱くらい加え、乳化させます。

7)そのお汁にスパゲティーを和え、さらにバターとオリーブオイルを加えて、こくと香りを出します。

これで完成です。

ベーコンでもマイタケでもお好きなものを、炒め合わせても結構です。


★オリーブオイルの質が、やはり、このお料理の要です。

以前にお知らせしました「VIOLA」というオイルを使いました。

このスパゲッティーの美味しさは、「VIOLA」に負うところも大です。

http://blogs.yahoo.co.jp/nybach321/folder/1310049.html?m=lc&p=2 の

06年10月7日の欄でご紹介しています。


★春を、目と舌で、どうぞお楽しみください。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽
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■■ ケンプの「シューベルト・ピアノソナタ全集」と、古今亭志ん生 ■■

2007-12-20 00:05:36 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■■ ケンプの「シューベルト・ピアノソナタ全集」と、古今亭志ん生 ■■
2007/3/2(金)

★ケンプの演奏した「シューベルト・ピアノソナタ全集」

=Deutsche Grammophon COLLECTORS EDITION= を聴いています。

7枚CDセットで、ピアノソナタが18曲、収録されています。

シューベルトのピアノソナタ全曲ではありませんが、有名な作品はほとんど網羅されています。

特に名高い最後のピアノソナタ変ロ長調D960は、いろいろな名ピアニストの録音を聴きましたが、

どれもいまひとつ、もの足りなく感じていたところ、やっと、究極の演奏に出会えた気がします。

この演奏法については、4月15日のアナリーゼ講座で、お話できる時間があれば、と思っています。


★私の好きなイ短調D845(Op.42)は、グルダの演奏を愛聴していましたが、

演奏の方向性が違うとはいえ、ケンプの深さには脱帽です。

私が自分で弾いてみますと、単調な一本調子な演奏になってしまいます。

ケンプは、あたかも、声楽家がするような微妙なリタルダンド、

アッチェレランド、ポルタメントをつかい、多声部を弾き分けています。

何声部の音楽だったのかと、唖然とします。

(どうして、シューベルトは対位法が苦手だった、と言うことができるのでしょうか)

休符のもつ意味の恐ろしさは、モーツァルト譲りでしょう。

ケンプが告白しているように、若いころ、彼がこの曲に耽溺したのも納得します。

口幅ったいったい言い方ですが、この凄さを理解するには、

聴く方にも、それなりの勉強や感受性が必要かもしれません。

何度も聴いて、得るものが多い演奏です。

いま流行の「すぐ分かる、華やかな」演奏とは、正反対です。


★付録の解説に、ケンプが「Shubert's hidden treasures 」という一文を寄せています。

彼は若い頃(第一次世界大戦前)、このイ短調 D845(Op.42)に、深く傾倒しました。

ケンプは、シューベルトが後の作曲家に与えた影響についても、

「これは、私自身の経験によるものだが」と前置きし、

ブラームスや、ショパン、さらにブルックナーにまで言及しています。

ケンプの演奏や、ルービンシュタインの演奏が、かくも深く、

いつまでも私たちの心を離さないのは、残念なことであるのですが、

彼らが、第一次、第二次世界大戦を経験していることがかなり大きいと、私は思います。

この素晴らしいCDが、録音されたのは、1965年から69年にかけて、ケンプの全盛期であると同時に、

“戦後”が終わり、安定した世の中となり、生と死について、あらためて

自ら深く思いを馳せている時期だったからかもしれません。


★シューベルトは31歳の若さで亡くなり、20代はほぼ病気との闘い、共存の時期でした。

青年らしい明るさや、希望、激情とともに、病や死への恐怖と背中合わせに生きていました。

それが、シューベルトの音楽を深く、普遍的にした大きい要素かもしれません。


★一昨晩、NHKラジオの深夜便で、古今亭志ん生の落語「大工調べ」を偶然、聞きました。

母親と長屋に二人暮しで、家賃を滞納している大工、その親方、大家の3人のお話です。

仕事は丁寧、腕はいいが、世事にうとく、万事にのろいため、小馬鹿にされている大工。

大家は、支払いが滞った家賃のかたに、大工道具を取り上げてしまいます。

そのために何日も仕事ができない大工、それを何とかしたいと思う親方。

お奉行所で、三人三様の言い分を面白おかしく並べ立てます。

奉行所のお役人は、大工に家賃の支払いを命じますが、

大家が質草のように大工道具を取り上げたのは、「質屋の鑑札をもっていないのに、

不届きである」として、「その間の利子を大工に払え」、

しかも、「家賃以上の額を支払え」と、大工に味方する大岡裁き。


★家賃払わないと、道具を取り上げられる。

道具がないと仕事ができず、家賃も払えない。

親方も、助けてやりたいと思いながら、内心では、

“腕の良いこの大工は、少々トロいので安く使え、儲けが多い、

この男が働いてくれないと、自分が損する”と思っています。

大家も親方も、小ずるく、うまく立ち回ろうとする人たちで、

しかも、どこか憎めない人たち。

志ん生の噺は、大笑いしているうちに、面白い“サゲ”であっという間に終わってしまいます。

聞き終えた後、これはいまの世でも、あちこちで起きているお話、

さらに、いつの世も、世の中とはこのように動いている、という重い感慨にひたらされます。

志ん生は、各登場人物に共感をもって、その性格、心理までくっきりと浮かび上がらせます。

顔付きまで浮かぶようです。

志ん生の凄さです。


★なにも現代の難しい「不条理劇」を見なくても、

同じような話は、江戸時代から、延々と現代まで続いているのです。

近頃、狂言もよく見ますが、狂言は“サゲ”すらなく、

太郎冠者、怖い女房、大名が三つ巴となり、いつまでも、

言い争いをしながら、楽屋に走り去って行きます。

狂言も同じことを言っているのだ、と思います。


★ケンプは、小さな旋律一つにも、それがソプラノ歌手の歌なのか、

フルートの響きなのか、チェロの朗々としたメロディーなのか、

聴衆に分かるよう、音色と歌い方に変化を与えて演奏しています。

ケンプのシューベルトを聴いた後は、オーケストラを聴いたような感じがします。

指揮者ケンプが繰り出す音楽は、実は、

本当に「作曲家」でもあったケンプの美しい創造物でもあったのです。


★志ん生も、第二次世界大戦中、中国に渡り、九死に一生を得た人ですが、

とうとう中国での苦しい体験は、一言も語らなかったそうです。

しかし、戦前、才能は評価されながらも、しくじりを重ね、

不遇の落語家であった彼は、戦後に大化けし、亡くなった現在でも、

越えることのできない存在として、いまだに人気は尽きることがありません。

ケンプ、ルービンシュタイン、志ん生のもつ、人間の大きさ、芸術の偉大さは、

そうした人知れない苦労を、芸術に転化し得たことにもあるのかもしれません。


★ケンプは「Shubert's hidden treasures 」で、

シューベルトのピアノソナタについて、こう書いています。

「大部分のピアノソナタは、巨大なホールの光輝くライトの下で演奏されるべきものではない。

これらのソナタは、とても傷つきやすい魂の告白だからです。

もっと正確にいいますと、独白だからです。

静かに囁きかけるため、その音は、大きなホールでは伝わりません。

(シューベルトは、そのピアニッシモに、自分の心の奥底の秘密を託しているのです)


★このケンプのCDは、外盤ですが、7枚で7000円弱のお値段でした。

お求めになることを是非、お薦めいたします。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽
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■ 龍雲庵のお料理と佐川さんの漆器 ■

2007-12-20 00:02:39 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■ 龍雲庵のお料理と佐川さんの漆器 ■
2007/2/19(月)


★先日、佐川泰正さんの漆器展に行ってまいりました。

今回は、ヒノキで作ったお箸が、特に私の興味をそそりました。

塗り箸は、一年も使いますと、通常は先端の漆が剥がれ、醜くなります。

そこで買い換えることになります。

業界は、そうなるように作っているのでしょう。

佐川さんは、それを「もったいないなあ!」と思われる方です。

そこで今回、長い間、使うことのできるお箸を考案されました。

先端や頭の部分が鋭角に尖っていると、塗った漆が磨り減ったり、

剥がれやすくなります。

角に丸みをつけ、先端部に入念な布着せをするなど工夫を凝らしました。

それでいて細身、上半分は小粋な朱色、下半身が深い黒、どこか歌舞伎調の艶やかさ。

しっとりと手に馴染み、幾久しく使えることでしょう。


★展示会では、「おしのぎの御献立」をいただきました。

すべて佐川さんの器に盛られています。

とても贅沢なことです。

新宿「龍雲庵」のお料理は、季節感や色彩感に溢れ、切れ味鋭く、感動の美味しさでした。

「龍雲庵」の主・後藤紘一良さんが自ら、節分にちなんだお献立の解説をしてくださいました。

そのお話は、平易、明快、的確な言葉、まさに「簡にして要」でした。

ほんの数分で、お料理のすべてが伝わってきました。

お料理の出来栄えと同じぐらい、感銘しました。

日本語をかくも使いこなせるとは。

「料理」は究極のところ「知性」である、と得心しました。

その他の領域でもさぞかし達人のお方であろうと思われます。

さっそく、おうちに帰り、真似っこ料理を作ってみたくなってしまいます。

メモいたしましたお話のすべてを、皆さまにお伝えしたい、と思います。


★★ 御献立のご紹介 ★★

●【 先附け 】 ・高足付き朱色のデザート皿

「胡桃豆腐 割しょうゆ、山葵添え」=国産の姫クルミを素揚げ、ペースト状にして葛と混ぜて練る。

(山葵の緑が新鮮、香りが鼻をくすぐります。お豆腐のプルンプルンとした舌触り、

割しょうゆの切れのよさ、塩気を感じさせない清流のような爽やかさ。

こんなに美味しいものが最初なら、次はどんなに素敵なものが・・・と、心ときめきます)


●【 和風盛り合わせ(節分皿) 】 ・拭き漆の楕円盆

「枡大根」=豆撒きの枡の形に刳り抜いた大根、その中に、緑鮮やかなお多福豆。

(枡にお出汁がじっとりと滲みています。お豆は蜜で煮てあり、典雅な軽い甘さ)

「赤鬼麩」=やんちゃな赤鬼の顔に似せたお麩、中に味噌餡入り。(遊び心満点です)

「海老芋寿司」=大和芋を蒸して裏ごし、酢、砂糖、塩を加え、手毬のように丸め、

巻き海老(小さい車海老)を貼り付ける。(海老の鮮烈な赤、お芋の滑らかさ)

「独活甘酢」=ウドを甘酢に漬け、細く切る。(目が覚めるような酸味、とても爽やか)

「穴子入り出し巻き」=穴子を白焼きしてから軽く煮る。

(卵のやさしい感触に、穴子のしっかりした食感、焼いた皮の硬質な味が見事に調和)

「鰯梅香煮」=節分に欠かせないイワシを三枚におろし、梅干で煮る。

(口に含みますと、梅干の軽く若い酸味、つぎに、醤油の逞しく香ばしい風味、そして最後に、

イワシ本来の旨みが、じっくり重厚に染み出してきます。

その余韻がしばらく続きます。

お箸がおのずと止まります。

そして、おもむろに消えていきます。

“人の一生とはこんなものかな・・・”と、目を瞑っている自分にふと、気付きました。

最も感動した一品です)

「ひいらぎ」=柊の小枝が一本刺してあります、厄除け用です。


●【 汁 】 ・檜の四季椀

「菜の花スープ」=菜の花、京人参、牛蒡、蒟蒻、椎茸、白味噌、酒粕。

(立春が旬である菜の花を茹で上げ、それをすり鉢で摺りおろします。

その色鮮やかな菜の花ペーストを、白味噌と酒粕のお汁に混ぜます。

真っ黒いお椀の中は、萌え黄色の大海原でした。

早春が溢れています。

崩れそうに柔らかい真っ赤なニンジン、椎茸や小岩のような蒟蒻たちが泳いでいます。

そんな中、笹がきゴボウのシャリシャリ感と土の香りには参りました。

刃を食べているかのような舌触り。蕎麦の喉切れをさらに鋭角的にした心地いい食感。

視覚を、触感をとことん追求して、異次元の美味に到達する。

「これが割烹である」と理解しました)


●【 洋風盛合わせ 】 ・楕円形の乾漆皿

「合鴨鍬焼き」=アイガモの皮側を焼き、そぎ切りして小麦粉を付ける。

フライパンで焼き、たれを絡める。

(これまでの、軽い品々と比べ、お肉のしっかりした旨みと脂分が、充実感を与えます)

「ししとう」=サッと素揚げ。(鮮やかな緑)

「きざみ野菜」=レタスの細切り。(サクサクとした歯応えの心地よさ)

「芽キャベツ」=半分に輪切り。(緑、黄、白と断面の色彩変化が見事)

「ドレッシング」=経験したことのない軽やかな味。


●【 ご飯 】 ・外周に茶の模様が入った黒の大椀

「芋粥」鼈甲餡かけ=おイモの入ったお粥に、清流で育った芹を細かく刻んで混ぜます。

甘酸っぱい醤油味の餡(ベッコウあん)を、粥にトロリと垂らす。

(白いお粥に描かれるベッコウ色の文様は、琳派の川流れの図のようです。

緑のセリから、早春の香りがプンプン)


★すべてのお料理は、一口で召し上がるそれはそれは可愛い「おしのぎ」ですが、

いただき終わりますと、気持ちのいい腹心地でした。

季節の肌触り、大地の恵みを余すところなく感じさせていただいたお料理でした。

私たちは、なんと豊かな国に生きているのでしょう。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽
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■ 佐川さんの器 ■ ~漆と漆器のお話~

2007-12-19 23:59:35 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■ 佐川さんの器 ■ ~漆と漆器のお話~
2007/1/18(木)

★私が「本物の日本人」と敬愛しております塗師(ぬし)・「山本英明」さんの

弟子・「佐川泰正」さんの展示即売会が1月26日と27日の両日、東京で開かれます。

正確に申しますと、佐川さんは、お「弟子」さんではなく、「押しかけ弟子」です。

このお二人の本物度は、次のような一端からも分かります。


★現在、漆器用に生の漆を自分で精製する方は、ほとんど皆無だそうです。

精製は、次のような重労働です。

漆の木から掻き取ったばかりの生漆は、どろりと濁り、ちょうど黄砂の色です。

真夏の炎天下、お庭に巨大な鉢をどっかりと据え付けます。

大鉢を斜めに傾け、そこにバケツ2杯分の生漆を注ぎます。

山本さんと息子の隆博さん(彼も名人です)、佐川さんの3人で、直射日光を当てながら、

5時間という長い間、ひたすら漆を捏ね回し、かき混ぜ続けます。

漆に25%~30%含まれていた水分が、2~3%にまで激減します。

メープルシロップのような色をした透明な液体になります。

陽光に晒す、という過程が必要なのでしょう。

それを極上の薄い和紙で漉し、不純物を取り除く作業を繰り返します。

そういう過程を経て、やっと、本物の「漆」ができます。

愚直なまでに手抜きをしない山本さんと佐川さん。

一方では、電熱器で温めて水分を飛ばしただけの「漆」が、たくさん売られており、

塗師は通常、それを購入して使うそうです。


★「国産であるか、中国産であるかは関係ない。その漆がもつ本来の質が問題だ」

これは、山本さんが、いつもおっしゃることです。

つまり、「いい物はいい。産地は関係ない」ということです。

一樽が数百万円ともいわれる「生漆」は、一樽一樽すべて個性があり、異なるそうです。

そうした個性豊かな「漆」たちを、10何種も手元に常に備え、

個々の木地に最も適した「漆」を選び出すのも、塗師の技のうち。


★ちなみに、漆に色がついているのは、さまざまな染料を加えるからです。

「黒漆」は、水酸化第一鉄を微量加えることで、化学反応して真っ黒に、つまり「漆黒」に。

「朱漆」は、朱の顔料を少し加えます。

何も加えない漆は、塗った後、空気に触れますと、淡い茶色に変化します。


★佐川さんは、最近、ヒノキの木地を使ったお椀を造り始めました。

手に取ると、木地がとても薄く、重さを感じないほどの軽さ。

少々小ぶりのお椀で、手の内にすっぽり、これでいただく軽いお茶漬けの味は、格別です。


★ヒノキのお椀が何故、いままで造られなかったか、奇異に思われるかもしれません。

さまざまな理由が重なっていたようです。

良質のヒノキは高価なうえ、轆轤を回して木地を造る際、他のケヤキ、トチなどと比べ、大変に厄介。

ヒノキには、硬い部分と柔らかい部分が混在しており、轆轤の刃を、飛び切り鋭利にする必要があります。

いつも鋭利でないと、ヒノキの柔らかい部分が、ぼろぼろに削れるそうです。

よく乾燥させる必要もあります。

一方、トチの木は、素材に硬柔がないため、乾燥させないものを簡単に削ることが可能です。

木地師にとって、最も嫌な、手ごわい相手がヒノキでした。


★漆を木地に塗る工程は数え切れないほど何段階もありますが、そこでも苦労が多いようです。

まっさらなヒノキの木地に、初めて漆を塗ると「すべて吸われてしまう」。

そう愚痴りたくなるほど、大量の漆が木地に吸収されるそうです。

その後、外縁部や底に「布着せ」をしたり、地の粉を塗ったり、研いだり、たくさんの作業があります。

大量の漆が吸われるということは、強度が増すことでもあり、逆にコストアップにもなります。


★「塗師が、漆を思う存分、自由に使えるようになったのは、ここ数十年のこと」

これは、かつて、山本さんから伺った話です。

戦前は、生産された漆のほとんどすべてが、軍に徴発されました。

弾丸、砲弾の錆止めとして、漆は最高の性能をもっています。

「戦前の漆器には、まともな漆がほとんど使われていない」(山本さん)

戦後もかなりの間、「叙位叙勲」の箱などを塗装するため、大量の良質漆が使われました。

この間、塗師は、そこそこの質の漆や、混ぜ物漆を使うことで妥協せざるを得なかったようです。

戦争が、伝統工芸の世界でも、戦後の長い間、暗い影を落としていたのです。


★佐川さんのお人柄は、とても暖かく誠実な方で、お話をしていますと、心洗われます。

音楽についても、なまじのプロといわれる音楽家より、クラシック音楽を深く理解されています。

毎日、工房でいい音楽を聞きながら、お仕事をされています。

私の好きなCDを差し上げますと、ご丁寧なお礼のお手紙が参ります。

ご自身の近況に加え、差し上げたCDの演奏について、評価の的確なこと。

そして、本物の音楽を聴く喜びを、ご自身の言葉で見事に綴られます。

佐川さんの器には、そうした性格のすべてが、巧まずして反映しています。

山本さんの天才的な鋭い世界とは別な、味わい深い優しい世界です。


★展示会では、佐川さんから漆にまつわるお話をうかがいながら、佐川さんの器で、

新宿「龍雲庵」後藤紘一良さんが入念に用意された、軽い懐石料理をいただきます。

お料理は、器に負けない、真剣勝負の優れた美しい一品の数々です。

料亭に詳しい、山本さんの子息の隆博さんからうかがった話ですが、

最高級の京都の料亭でも、山本さんたちの器を使うことはありません。

一軒だけ、最後の水物をお出しするときに、隆博さんの作品が使われているそうです。

佐川さんや山本さんの入魂の器を、決して高価でないお値段で購入でき、

自分の家庭で毎日、存分に使うことのできるこの幸せ。


★佐川さんの工房は、山本さんと同じく、福井県鯖江市から内陸部の河和田という山里にあります。

●展示会は、1月26日と27日の両日、開始時間が午前11時と午後2時の2回。

東京駅近くのホテル「八重洲龍名館」3階「牡丹の間」=東京都中央区八重洲1‐3‐22=

●「漆宝堂」が主催、予約が必要で、参加費は2000円。

フリーダイヤル 0120-4810-55 電話 048-622-2725

漆宝堂http://www.shippodo.jp/index.html



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲
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■■ 「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」に感動 ■■

2007-12-19 23:55:56 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■■ 「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」に感動 ■■~テレビや放送と「音楽」とのかかわりについて~
2007/1/9(火)


★皆さま、新しい年が巡ってまいりました。

本年こそは、平和で、人々が安心して生活できる世の中であって欲しいものですね。

このブログを始めましてから、間もなく一年となります。

ことしも、美しい音楽とともに生きることの喜び、幸せを

皆さまとご一緒に体験してまいりたいと思っております。


★お正月のテレビは、スイッチを押しても、新年恒例のスポーツや芸能人の隠し芸、

ドタバタのお笑い番組などが多く、なかなか見たいものがありません。

しかし、ケーブルTVの映画専門チャンネルで、感心する映画に出会いました。


★「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」1965年の東映映画です。

脚本は依田義賢、マキノ雅弘監督の作品です。

「ミヤコ蝶々原案」となっていますところから、彼女の自伝に近い作品のようです。

1965年は、昭和40年、つまり、新幹線開通、東京オリンピックの翌年です。

室内の造作も木戸もすべて、まだ建具屋さんの手により、木で丹念に作られていた時代です。

下駄や草履の音が聞こえてくるようなこじんまりとしたお店、

商店街の町並みが、白黒の画像に美しく映えています。

懐かしさから、“ながら”で見ていましたが、途中から座りなおして画面に釘付けになりました。

蝶々さん、雄二さんだけでなく、登場する俳優すべてが名人ばかり、全部が飛び切りの芸達者。

話芸の極致といえるほど緩急自在な会話、寸分の隙なく練りこまれた演技の連続です。


★女性を見たら誰にでも「美人ですなー。わて、あんたが好きになりそうや。映画いかへんか」と、

ちょっかいを掛ける元板前の雄二、現在はヒモ稼業。

その姉さん女房が、法善寺横町で小さなお汁粉屋さんを経営する蝶々さん。

雄二が何度浮気しても、心底惚れ抜いている蝶々さんは、いつもいつも許してしまいます。

金、色、欲が渦巻き、どうしようもないようにもみえる世間ではありますが、

決してやりたい放題ではなく、それに蹂躙されるのではなく、

それほどのワルでもない、ちょぼちょぼの弱いもの同士が、助け合う。

いい面を見つめ合い、愛し合って生きていくことで、

なんとか平和に保たれているのが人の世です、と蝶々さんが、

映画の全編を通じて、愛情もって語りかけているかのようです。

チャップリンの映画に通じるものがあります。

寅さんの映画で、蝶々さんが、関西のラブホテル経営者として登場したことがあります。

寅さんを生んで、捨てて逃げた実の母親役としてです。

母恋しさに、捜し当てて来た寅さんを、冷酷に追い返すシーンは、記憶に残る名演技ですが、

この映画もそれに劣らず優れた演技に思えます。

小柄な蝶々さんが、大きく大きく見えます。

蝶々さんにプロポーズする金満家・柳家金語楼の切れのいい練れた話ぶりと、

歌舞伎の千両役者のような、歳を忘れさせる軽い身のこなし。

(金語楼は落語界で、最高の名人になれる人だったそうですが、突如転身したそうです)

板前の先輩である藤山寛美と茶川一郎による迫真のいじめとしごき、

「成金馬主」役の藤田まことや、中田大丸、ラケット、白木一郎等々、

いまさらながら、当時の関西の役者の名人ぶりを再認識させられました。

惹きつけられて、一時も目が離せませんでした。


★この映画の音楽のつけ方にも大変、好感をもちました。

ほとんど音楽らしい音楽が流れず、ヤマ場のシーンで効果音が入るだけ。

それが、とても新鮮に聞こえました。

それで十分です、必要な場面に最小限の音楽でいいのではないでしょうか。

だから効果があるのです。


★最近のテレビを見て、最も不快なことは、ニュースやドキュメンタリー番組にまで

絶え間なく、音楽もどきの騒雑音をバックに流していることです。

その音楽の質たるや、貧困としかいいようがない質の低さ。

どうして深刻なドキュメンタリーに、ポップやロック、ムード音楽、

コンピューターで作成した反復音などを執拗に入れる必要があるのでしょうか。

そういう音楽もどきしか、音楽的ストックをもたない人たちが作っているのでしょう。

飲食店、商店街でも、獣の叫び声のような騒音を、常時流している店が本当に増えております。


★なぜ、そのような事態になってしまったのかを考えてみますと、

「不必要な公共事業」と同じである、という結論に達します。

その恩恵はほとんどゼロ、あるいは、逆に被害さえもたらす。

その工事を施工するものだけが潤う世界。

ニュースにさえ、音楽をつけることを当然のこととし、

それが、利権になってしまっていますから、「不可欠な予算」として計上され続け、

それを切ることが出来ないところまで、来ているのでしょう。


★「蝶々雄二の夫婦善哉」が、お正月に、普通の民放でゴールデンアワーに

放映されたならば、どういうことになるでしょうか。

いまのテレビ番組に食傷している方、お年寄りなどが拍手を送り、

他の娯楽番組、スポーツ番組を“食ってしまう”ことは間違いありません。

高い視聴率を獲得するかもしれません。

そのような事態は、多分、絶対に避けたいのでしょう。

なぜなら、現在の娯楽番組に出演している「タレント」を、これからも売り込み、

宣伝することで、それに寄宿、寄生しているテレビ、芸能業界が潤う構図だからでしょう。

蝶々さん、金語楼の足元にも及ばない乏しい演技力でも、

そういう「タレント」をいつも、出演させ続ける必要がある世界なのでしょう。


★クラシック音楽でも同じことがいえます。

テレビ、ラジオに登場するのは、現存する演奏家、“新進気鋭”の若手です。

かつて一世を風靡した「帝王カラヤン」は、最近とんと登場させませんね。

ルービンシュタインやケンプなど真の芸術家の演奏を、放送で聴くことはほとんど稀でしょう。

現存する演奏家を宣伝し、放送することで、CDが売れ、演奏会が盛況になる訳ですので、

過去の歴史的な名演を放送することは、いわばご法度に近いものになります。


★ここに、現代人の不幸があります。

大宣伝されている生身の演奏家、テレビのCMに出て、

美しい横顔を見せたりするソリストが、いい演奏をするとは限りません。

そのような演奏を聴いても、感動するとは限らず、

初心者でせっかく、音楽に興味をもち始めても、

演奏に感動しなかった場合、失望して「なんだかつまらない世界」と、

関心を失ってしまう逆効果もおおいにありえます。

聴く人が、優れたものを自発的に努力して選択しなければ、

本当に優れた演奏を聴くことができない、不幸な時代ともいえます。


★NHKラジオも、私は時々聞きますが、2、3日は朝からずっと、駅伝生中継だけ。

駅伝に興味をもてないため、TBSにたまたま切り替えましたところ、

大沢悠里という方が、紅白歌合戦について貴重な意見をおっしゃていました。

「おじさんの私には、全部同じ歌のように聞こえ、最後まで聞け通せなかった」という趣旨です。

私も同感です。

最近の流行曲は、素人の方が、歌っているというよりは、

ひたすら“叫んでいる”ような印象です。

無意識のうちに、抑圧された苦しみを叫びで表現しているのかもしれませんね。

現代という時代を反映しているのでしょうか。


★そういう「歌」や、芸能人の隠し芸、駅伝、ラグビーなどの放送を、放送し続けて

日本国民が納得しているのでしょうか、いまひとつ分かりません。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲

コメント(2) ■■ 「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」に感動 ■■~テレビや放送と「音楽」とのかかわりについて~ 傑作(0)
2007/1/9(火) 午後 1:39その他のとびきり楽しいお話その他音楽 Yahoo!ブックマークに登録 ★皆さま、新しい年が巡ってまいりました。

本年こそは、平和で、人々が安心して生活できる世の中であって欲しいものですね。

このブログを始めましてから、間もなく一年となります。

ことしも、美しい音楽とともに生きることの喜び、幸せを

皆さまとご一緒に体験してまいりたいと思っております。


★お正月のテレビは、スイッチを押しても、新年恒例のスポーツや芸能人の隠し芸、

ドタバタのお笑い番組などが多く、なかなか見たいものがありません。

しかし、ケーブルTVの映画専門チャンネルで、感心する映画に出会いました。


★「蝶々雄二の夫婦善哉(めおとぜんざい)」1965年の東映映画です。

脚本は依田義賢、マキノ雅弘監督の作品です。

「ミヤコ蝶々原案」となっていますところから、彼女の自伝に近い作品のようです。

1965年は、昭和40年、つまり、新幹線開通、東京オリンピックの翌年です。

室内の造作も木戸もすべて、まだ建具屋さんの手により、木で丹念に作られていた時代です。

下駄や草履の音が聞こえてくるようなこじんまりとしたお店、

商店街の町並みが、白黒の画像に美しく映えています。

懐かしさから、“ながら”で見ていましたが、途中から座りなおして画面に釘付けになりました。

蝶々さん、雄二さんだけでなく、登場する俳優すべてが名人ばかり、全部が飛び切りの芸達者。

話芸の極致といえるほど緩急自在な会話、寸分の隙なく練りこまれた演技の連続です。


★女性を見たら誰にでも「美人ですなー。わて、あんたが好きになりそうや。映画いかへんか」と、

ちょっかいを掛ける元板前の雄二、現在はヒモ稼業。

その姉さん女房が、法善寺横町で小さなお汁粉屋さんを経営する蝶々さん。

雄二が何度浮気しても、心底惚れ抜いている蝶々さんは、いつもいつも許してしまいます。

金、色、欲が渦巻き、どうしようもないようにもみえる世間ではありますが、

決してやりたい放題ではなく、それに蹂躙されるのではなく、

それほどのワルでもない、ちょぼちょぼの弱いもの同士が、助け合う。

いい面を見つめ合い、愛し合って生きていくことで、

なんとか平和に保たれているのが人の世です、と蝶々さんが、

映画の全編を通じて、愛情もって語りかけているかのようです。

チャップリンの映画に通じるものがあります。

寅さんの映画で、蝶々さんが、関西のラブホテル経営者として登場したことがあります。

寅さんを生んで、捨てて逃げた実の母親役としてです。

母恋しさに、捜し当てて来た寅さんを、冷酷に追い返すシーンは、記憶に残る名演技ですが、

この映画もそれに劣らず優れた演技に思えます。

小柄な蝶々さんが、大きく大きく見えます。

蝶々さんにプロポーズする金満家・柳家金語楼の切れのいい練れた話ぶりと、

歌舞伎の千両役者のような、歳を忘れさせる軽い身のこなし。

(金語楼は落語界で、最高の名人になれる人だったそうですが、突如転身したそうです)

板前の先輩である藤山寛美と茶川一郎による迫真のいじめとしごき、

「成金馬主」役の藤田まことや、中田大丸、ラケット、白木一郎等々、

いまさらながら、当時の関西の役者の名人ぶりを再認識させられました。

惹きつけられて、一時も目が離せませんでした。


★この映画の音楽のつけ方にも大変、好感をもちました。

ほとんど音楽らしい音楽が流れず、ヤマ場のシーンで効果音が入るだけ。

それが、とても新鮮に聞こえました。

それで十分です、必要な場面に最小限の音楽でいいのではないでしょうか。

だから効果があるのです。


★最近のテレビを見て、最も不快なことは、ニュースやドキュメンタリー番組にまで

絶え間なく、音楽もどきの騒雑音をバックに流していることです。

その音楽の質たるや、貧困としかいいようがない質の低さ。

どうして深刻なドキュメンタリーに、ポップやロック、ムード音楽、

コンピューターで作成した反復音などを執拗に入れる必要があるのでしょうか。

そういう音楽もどきしか、音楽的ストックをもたない人たちが作っているのでしょう。

飲食店、商店街でも、獣の叫び声のような騒音を、常時流している店が本当に増えております。


★なぜ、そのような事態になってしまったのかを考えてみますと、

「不必要な公共事業」と同じである、という結論に達します。

その恩恵はほとんどゼロ、あるいは、逆に被害さえもたらす。

その工事を施工するものだけが潤う世界。

ニュースにさえ、音楽をつけることを当然のこととし、

それが、利権になってしまっていますから、「不可欠な予算」として計上され続け、

それを切ることが出来ないところまで、来ているのでしょう。


★「蝶々雄二の夫婦善哉」が、お正月に、普通の民放でゴールデンアワーに

放映されたならば、どういうことになるでしょうか。

いまのテレビ番組に食傷している方、お年寄りなどが拍手を送り、

他の娯楽番組、スポーツ番組を“食ってしまう”ことは間違いありません。

高い視聴率を獲得するかもしれません。

そのような事態は、多分、絶対に避けたいのでしょう。

なぜなら、現在の娯楽番組に出演している「タレント」を、これからも売り込み、

宣伝することで、それに寄宿、寄生しているテレビ、芸能業界が潤う構図だからでしょう。

蝶々さん、金語楼の足元にも及ばない乏しい演技力でも、

そういう「タレント」をいつも、出演させ続ける必要がある世界なのでしょう。


★クラシック音楽でも同じことがいえます。

テレビ、ラジオに登場するのは、現存する演奏家、“新進気鋭”の若手です。

かつて一世を風靡した「帝王カラヤン」は、最近とんと登場させませんね。

ルービンシュタインやケンプなど真の芸術家の演奏を、放送で聴くことはほとんど稀でしょう。

現存する演奏家を宣伝し、放送することで、CDが売れ、演奏会が盛況になる訳ですので、

過去の歴史的な名演を放送することは、いわばご法度に近いものになります。


★ここに、現代人の不幸があります。

大宣伝されている生身の演奏家、テレビのCMに出て、

美しい横顔を見せたりするソリストが、いい演奏をするとは限りません。

そのような演奏を聴いても、感動するとは限らず、

初心者でせっかく、音楽に興味をもち始めても、

演奏に感動しなかった場合、失望して「なんだかつまらない世界」と、

関心を失ってしまう逆効果もおおいにありえます。

聴く人が、優れたものを自発的に努力して選択しなければ、

本当に優れた演奏を聴くことができない、不幸な時代ともいえます。


★NHKラジオも、私は時々聞きますが、2、3日は朝からずっと、駅伝生中継だけ。

駅伝に興味をもてないため、TBSにたまたま切り替えましたところ、

大沢悠里という方が、紅白歌合戦について貴重な意見をおっしゃていました。

「おじさんの私には、全部同じ歌のように聞こえ、最後まで聞け通せなかった」という趣旨です。

私も同感です。

最近の流行曲は、素人の方が、歌っているというよりは、

ひたすら“叫んでいる”ような印象です。

無意識のうちに、抑圧された苦しみを叫びで表現しているのかもしれませんね。

現代という時代を反映しているのでしょうか。


★そういう「歌」や、芸能人の隠し芸、駅伝、ラグビーなどの放送を、放送し続けて

日本国民が納得しているのでしょうか、いまひとつ分かりません。



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■■ 私のクリスマス休暇とお正月休み ■■

2007-12-19 23:43:42 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■■ 私のクリスマス休暇とお正月休み ■■
2006/12/28(木)

★ことしもあと、数日となりました。

私のことしのクリスマスは、素晴らしいものを二つ観ました。

■【榎並悦子写真展】 Paris ー刻(とき)の面影ー (東京Canon Gallery)

榎並さんは、私の尊敬する写真家・野町和嘉さんの奥さまであり、

ギターの斎藤明子さんのポートレートも撮影されています。

一見、シャンソンが流れるパリのいかにもの写真ですが、

よーく見ますと、人物やパリの建物の窓、ベンチ、空、セーヌ川、エッフェル塔の影、

物乞いをする犬、美女のポッケからひょっこりと顔をだす子犬・・・など

一幅の絵画のような構成感、モノクロームの処理が秀逸でした。

1月には名古屋、2月には大阪のCanon Galleryで、この展覧会を見ることができます。


★人形劇団プークのクリスマス公演【12の月のたき火】を観ました。

スロバキアの民話。吹雪の森に、王様の命令で「イチゴ」を探しに言った少女マルーシャの物語。

1月から12月まで、12人の森の精霊に助けられ、無事にイチゴを見つけ、やさしい青年と結ばれます。

勤労の喜び、継子いじめ、権力者からの無理難題、<見てはいけないものを見てしまった>者の運命。

<約束を守ることによって得る幸せ>は、日本をはじめ世界の民話に伝わっています。

私は、この人形劇を小さいときに観て、このたび、何十年ぶりかで再び観ました。

内容をほとんど覚えていたことに大変、驚きました。

上記のテーマが、どんな人間社会でも起きることだからでしょうか。

森の自然を描写する日本語の科白が、とても美しく、宮沢賢治の詩のようでした。

美しい正確な日本語で、深い内容の物語を、幻想的な人形劇で幼少時に観ることの計り知れない影響。


★客席は100人ほどの小さな劇場でしたが、幼稚園、小学生のお客様たちは、

皆さん実にいい顔をされて、舞台に熱中し、食い入るように観ていました。

この劇場に連れてこようとするお父さん、お母さんの暖かさ、知性が伺われます。

12月23日の東京新聞で、35周年を迎えた「プーク人形劇場」の紹介記事が掲載されました。

「ファンはなかなか増えてこない」

「経営は苦しくなっている。国からは、建物の運営など演劇環境に対する助成が全くない」

私は、子供の心を育てるこのような文化活動こそ、一番求められ、支援すべきことだと思います。


★お正月休暇は、次の2冊を読みたいと思います。

横道萬里雄 著「能にも演出がある」 檜書店

この本の序文である「はじめに」は、含蓄に富む内容です。

要約いたしますと・・・

★能は「舞う」と表現します。舞踊的動作の少ない演目でも「舞う」といいます。

≪俊寛を舞う≫といいますが、歌舞伎の≪寺子屋を舞う≫、狂言の≪棒縛を舞う≫とはいいません。

能には、「型付ケ」という演技譜があり、「型付ケ」どおりに演ずれば、

それで充分という感覚が「舞う」といわせているではないでしょうか。

歌舞伎や狂言は、型そのままになぞっても、さまになりません。

能の鑑賞者は、昔は殿様や、謡や仕舞のお弟子さんが中心であったため、それでよかったのでしょう。

しかし、現在は、演能会の在り方が変わり、観客層も広がっています。

さまになってはいないが、強固な訴えがある能のほうが成功することもありえます。

能役者よ、能を舞うな、能は演ずるものである。


★横道先生は、この序文で、次のようなことをおっしゃりたかったのでしょう。

どんな伝統的芸術でも、時代の変化、要請に敏感になるべきで、変革は必要である。

昔どおりのものを墨守しさえすればいい、という態度からは、創造は生まれない。

型をなぞって舞うだけでは、人々の心は捉えられない。

★「横道先生のように能五流のすべてに通じていらっしゃる方はもう、

いらっしゃらないでしょう」と、いわれています。

※横道先生については、ブログの8月24日「横道萬里雄の能楽講義ノート」でも触れております。


★もう一冊は、東洋文庫「良寛詩集」入矢義高 訳注 

平凡社の新刊です。

漢文で書かれた、良寛さんの飄々とした詩の世界が、現代日本語訳に翻訳されています。

味わい深い詩のひとつをご紹介します。


■私は一生、身を立てようという気にはなれず、

のほほんと天然ありのままの生き方だ

頭陀袋には米が三升

炉ばたには薪が一束

悟りだの迷いだの、そんな痕跡なぞどうでもよい

名声だの利益だの、そんな塵芥なぞ我れ関せずだ

雨ふる夜に苫のいおりのなかで

両の足をのんびりと伸ばす


★皆さま、よいお年をお迎えください。来年が平和で明るい、希望に満ちた年でありますように。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽

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■■ 伴大納言絵巻を観る ■■

2007-12-19 23:41:58 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■■ 伴大納言絵巻を観る ■■  

2006/10/16(月)


★出光美術館で開催中の国宝「伴大納言絵巻」展を観てきました。

美術から音楽、歴史、現代政治まで考えさせられる刺激的で秀逸な展示です。

この絵巻は、12世紀後半に後白河上皇の命でつくられた、とされています。

国宝「源氏物語絵巻」は、それより半世紀ほど早く描かれたようです。

人類の至宝「源氏物語絵巻」で描かれた空間表現、色彩による音楽性は、この絵巻では見られません。

絵画の目指す方向性が異なったのでしょう。

しかし、人物の描写、性格表現の面で卓越しています。

「伴大納言絵巻」の人物表現は、その後の絵画に甚大な影響を与えたことでしょう。

「源氏物語絵巻」の空間構成は、19世紀の「セザンヌ」、20世紀の「マチス」の

構成にも影響を与えていると思います。

シューマンの「子供の情景」は、一見、大変に単純に見えます。

しかし、実は数個の単純な要素から、全13曲すべての音楽が構成され、

どの一音を抜いても全体が瓦解するほどの構成力です。

その考え方が、ブラームスを経て、シェーンベルクまで受け継がれ、

20世紀の音楽を革新していったのと同じです。


★絵巻の筋は、説話集「宇治拾遺物語」の「伴大納言焼応天門事」と同じで、以下のようです。

866年(貞観8年)3月10日夜、大内裏の枢要の門である「応天門」が焼け落ちました。

応天門は、大内裏・正面の「朱雀門」を入り、その先の正殿入口にあります。

20世紀のナチスによる国会放火事件、あるいは、21世紀の米国での

9・11WTセンター崩壊事件のような衝撃だったかもしれません。

この焼失は放火とみられ、大納言伴善男(ばんよしお)が

「左大臣源信の仕業である」と清和天皇に讒言します。

応天門は大伴氏(伴氏)が造ったもので、「伴を呪って、源信が放火した」と。

伴善男は、俊才で野心家の切れ者という誉れ高い人物。

この讒言は、伴の権勢欲から、源信(みなもとのまこと)の失脚を狙ったものでした。

源信が処罰される寸前、最高の行政官・太政大臣藤原良房が現れ「十分な調べを」と、天皇に諫言します。

結局、源信は無罪放免となり、犯人は分らないままに。

★約半年後、下級官吏の家が並ぶ七条左京、いまの京都駅の東あたり。

舎人(天皇や皇族の近くで護衛、雑使する係)の子供と、

伴大納言の出納(文書、道具の管理係)の子供が取っ組み合いの大喧嘩。

泣き声を聴きつけた出納は、舎人の息子の髪を掴み、地面に叩きつけ、踏みつけました。

それを目撃した舎人「幼い子にどうしてこんな酷いをするのか!」。

出納「おれのご主人は大納言様だ!。何を言うか木っ端役人!」。

怒りに震えた舎人「自分が隠して黙っていることをバラすと、大納言は、一巻の終わりだ」。

★隠している話とは・・・。

応天門炎上の夜、舎人が勤めを終えて帰る途中、門からヒソヒソ話が聞こえました。

回廊の脇からこっそり見ると、門の上から伴善男と息子、家来の3人がずり下りてきました。

そして、朱雀門の方に逃げるように姿を消しました。

それから間もなくのことです、応天門から紅蓮の炎が出たのは・・・。

舎人は、街角に立って、この話を大声で言いふらしました。

この“放送局”男の人物描写は、この絵巻でも最も見事なものです。

頬を紅に染めて、熱弁を振るいながらも、どこか打算的で嘘臭い顔付き。

作者の主観が自然に、あるいは意図的に、表れているのでしょうか。

★「私は見た、あの夜、伴善男を目撃した」という話は、瞬く間に、京の街中に流れます。

遂に、検非違使(現在の警察、検察)が、舎人を尋問します。

舎人は、「見たことをすべて」話します。

悪事が露見した伴善男は、検非違使に召し取られ、死罪は免れたものの、流罪となります。

一族も離散します。

★検非違使が逮捕に来る、と知らされた伴家の老家司(けいし・執事長)の姿は、この絵巻の白眉です。

知らせに裸足で庭に飛び出したようです。

目を閉じ、腰を落とし、張り裂けんばかりの悲しみを、静かに堪えています。

彼の脳裏に去来する万感の思いまで、観る者に伝わってきます。

検非違使の一行に引かれる伴善男の場面は、バッハの「マタイ受難曲」を思い起こさせます。

無実の罪を着せられ刑場に引かれるキリスト、それを嘲る愚かな群集。

★権力の威光をかさにきた検非違使の表情も、そのまま現代に通用しそうです。

牛車を引く男たちの野卑な顔付きも見事です。

伴善男の連行される姿は、牛車のはじに、直衣の一部が見えるのみ。

顔は描いていません。

逮捕の場面も、霧の中、なにも描いていません。

牛車の大きな車輪は円形ではなく縦長の楕円形、画面の緊張感を高めています。

驚くべきことに、人物の描写は、下書きなしで描かれているそうです。

大変な筆力ですが、建物の絵は、下書きがたくさんあり、不得手だったようです。

★この絵巻には、いろいろな謎があるようです。

清和天皇が、藤原良房と源信の処分を相談している場面は、上巻での心理描写の要です。

良房の姿は、頭のみ残っており、背中の部分は染料が剥げ落ちています。

出光美術館は、大胆な推理を提供しています。

「“この男が本当のワルだ。この男が仕組んだのだろう”と、この絵巻を見た人たちが、

見るたびに、そのような話をしながら指先で、良房の背中を触ったのであろう」と。

★この場面の直前に、伴善男とみられる貴族が、一人で庭に立っている後姿があります。

その直後に、あるべき詞書がなく、不自然に絵巻が切られ、継がれています。

あるべき詞書は、『良房の諫言で、源信への処罰は見送られた』という内容です。

この部分を切り取った後世の人物は、良房の“善行”によほど不快感をもっていたのでしょう。

★史実では、この炎上事件を起こしたのが誰であるかは別にして、良房がこれを利用して、

自分を脅かす勢力を一掃し、自らの権力基盤を盤石にした、というのが、定説のようです。

事件の翌年867年、良房の弟で、人望のあった右大臣良相が急死します。

868年には、源信も死去、伴善男も流刑地の伊豆で死去。

これで大伴氏の血脈が途絶えます。

伴善男が逮捕されて間もなく、良房を「摂政」にするという「清和天皇」の勅が出ます。

皇族以外での摂政は初めてのことです。

ここから保元の乱(1156年)に至るまでの「摂関政治」の道が敷かれることになります。

ちなみに、「清和天皇」の母は、良房の娘。

「清和天皇」の父である先代「文徳天皇」の母は、良房の妹。

良房が太政大臣になった翌年の858年、「文徳天皇」が32歳で急死し、

「清和天皇」が9歳で即位しています。

また良房は、「清和天皇」に養女(姪)を嫁がせ、生まれた子が後の陽成天皇です。

★この絵巻は、応天門炎上事件から約300年後、後白河上皇の命で描かれたとされています。

後白河上皇も、5代の天皇に渡って院政を敷き、平家一族、木曾義仲、義経、など

絶えず、臣下を操り、競わせ、危険な存在となると征伐する、という

比類なき権力追求の権化のような人物です。

どのような気持ちで、この絵巻を描かせたのでしょう。

★展示会では、本物のほかに、江戸時代の模写も見ることができます。

違いに驚かれることでしょう。

軟弱な浮世絵のようで、人物に全く迫力がありません。

綺麗なだけで、リズム、躍動感がありません。

大変、勉強になります。


★会場で販売されている図録は、素晴らしい出来です。

http://www.bijutsukann.com/ex/mu/idemitsu.html


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■ 楽しい催し:山本英明漆器展、判子屋まなちゃんの出店 ■

2007-12-19 23:35:37 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■ 楽しい催し:山本英明漆器展、判子屋まなちゃんの出店 ■
2006/10/13(金)

★私がかねてから「本物の日本人」と敬愛しています塗師(ぬし)・山本英明さんの

展示即売会が10月19日から21日まで、東京で開かれます。

山本さんの漆器は、現代の日本で、工芸品が到達した美しさの極み、といえそうです。

形は寸毫たりとも変えようがないほど洗練され、力強く、かつ洒脱。

一見地味ですが、毎日毎日使っても飽きず、使えば使うほど堅牢になり、美しく光ります。

器に盛ると、食べ物が存在感を主張し始めるような気さえします。

東京国立近代美術館に、作品が展示されたこともあります。

★山本さんは、漆も自ら精製し、木地から仕上げまでの何十工程、一切の妥協、手抜きなし。

「最高の漆器を日常の什器として使うべき」、これが山本さんの哲学です。

そのため「伝統工芸品」「人間国宝」など上から与えられる権威を否定します。

これらのレッテルには役人が介在し、値段が高くなるだけで「なに一ついいことがない」。

黙々と、超然と、一般人が購入できる価格で、作り続けています。

湯気の立つ味噌汁を朱のお椀に注ぎ、漆黒の飯椀に白い炊き立てのご飯を盛ります。

これが、私の毎日の食卓での基本中の基本作業、これが欠けると情緒不安定になりそうです。

毎日、お椀を手に取るたびに、その使い心地の良さに感心し、心が豊かになります。

★工房は、雪国・福井県鯖江市から内陸部に入った山里にあり、年に一回だけ、上京されます。

●展示会は、東京駅近くのホテル「八重洲龍名館」3階「牡丹の間」=東京都中央区八重洲1-3-22=

●新宿「龍雲庵」後藤紘一良さんの息子・桃太郎さんが用意した軽い懐石料理が、山本さんの漆器に

 盛られて出ます。

それらを召し上がりながら、山本さんの軽妙で楽しいお話、漆全般に関する経験豊かな解説をお聴きし、

その後、作品を拝見する仕組みです。

●「漆宝堂」という会社が主催で、開始時間が午前11時と、午後2時の2回あります。

予約が必要で、
電話は、フリーダイヤル 0120-4810-55
    通常の電話   048-622-2725

定員制で、参加費は2000円。

漆宝堂http://www.shippodo.jp/index.html

山本さんは味覚に鋭く、いつも手作り珍味を持参されます。これまでに鮎の甘露煮、ローストビーフ等、今回は?


■  流しのはんこ彫り「まなちゃん」の出店  ■

★私は、封筒に住所、名前を書くとき、「まなちゃん」手作りの判子をポンと押します。

ゴムに彫刻刀で彫られ、手書きの字以上に暖かみがあり、洒落ています。

本名・田中真那美さん。「流しのはんこ彫り」として、全国のあちこちで、寅さんのように

臨時に店を出し、その場で注文を受け付け、お客さんが散歩しているうちに仕上げます。

これまでに、住所、名前の印から始まり、封印、干支の動物、北斗七星などの星座、贈呈印など

希望したものは、なんでも作って頂け、仕上がりは、想像以上の可愛さです。

私の判子をご覧になった方は、「私も欲しいわ」となります。

お値段も数百円からと、寅さんも負けそうなお値段。

★谷中工芸展2006(10月14日~23日)にまなちゃんが出店されます。

日暮里駅北口を出て左に行き、最初の四つ角を左折して、少し行きますと有名な「朝倉彫塑館」があります。

そこをさらに少し直進しますと、蒲生亭という家があります。

ここは谷中工芸展の本部でもありますが、ここで店を開きます。

★お時間がございましたら、秋の一日、「谷根千」散歩のついでにどうぞ。

まなちゃんの紹介が、東京の銭湯に置かれています「1010」という冊子の10月号に出ています。

●まなちゃんの出店は、14日から20日まで(雨天の場合、21~23日も出店)です。


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■ おいしく、安全で、心が豊かになるオリーブオイル ■

2007-12-19 23:33:36 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■ おいしく、安全で、心が豊かになるオリーブオイル ■ 2006/10/7(土)

★私は、イタリアの有機無農薬のオリーブオイルで、毎日のお料理を楽しんでいます。

スパゲッティなどに、このオイルを使いますと、とびきり美味しくなるのは勿論、

和食の玉子焼き、チャーハン、沖縄チャンプルー料理にもびっくりするほど合います。

先週、銀座・松屋のイタリア展に、このオイルの輸入元「ルナ・エ・ソーレ」が出展されていました。

イタリアで勉強中に、オリーブオイルの魅力にとりつかれた中村ゆきこさんが、

このオイルを輸入するために、わざわざこの会社を設立されたそうです。

★イタリアのオリーブは、産地ごとにそれぞれ個性が異なり、百花繚乱です。

美味しいフランスパンに、オイルを数滴垂らしていただくと、その素性がよくわかります

“ 何もいらない ”と声を上げたくなるほど豊かな甘美な世界が広がります。

日本料理の飛び切りおいしいお出汁を、味わったときの感動に大変よく似ています。

一滴一滴に、光輝くイタリアの太陽の恵みがとじ篭められています。

このオリーブオイルのお値段は、最初は“ 少々贅沢なお値段 ”と、思われることでしょう。

しかし、一度、この「豊穣の世界」に足を踏み入れますと、もう敷居は高くありません。

心も体もこれだけ豊かになるのでしたら、“ 納得のお値段 ”と、思われるでしょう。

アルコールを嗜みません私にとって、アルコールのほうがよほど・・・と思われます。

★「ルナ・エ・ソーレ」の横綱は「Viola(ヴィオラ)」という銘柄です。

イタリア中部・ウンブリア州フォリーニョという町の産。

標高300~400mの高地栽培で、害虫の心配が無く、農薬などは一切不使用です。

色付く前の青い実だけを採取し、農園の敷地内で搾油し瓶詰め、すべて自農園で管理。

オリーヴにストレスを与えないようプレスをせずに、冷温に保ちながら丁寧に丁寧に搾ります。

口に含みますと、青い香りが走り抜け、無重力遊泳のような軽さ。

そしておもむろに、癖のない重厚な旨みがひたひた押し寄せ、横溢します。

旨みのなかに、唐辛子のような辛味がほのかに感じられ、これで味がさらに複雑、重層的に。

★今回のイタリア展では、Tenuta Ducale(テヌータ・ドゥカーレ)という銘柄にも挑戦しました。

シチリアの産、味はヴィオラに優るとも劣らず、さらに青いトマトそっくりの香りがプンプン。

もう一つ、PROBIOS(プロビオス)という銘柄も求めましたが、これは天麩羅にも最適だそうです。

★オリーブオイルは、生でも過熱しても、どんな料理にも合います。

特に、このオイルで焼くポークカツレツやピカタは、“高級洋食屋さんと同じ味がする”となります。

沖縄の「麩ーチャンプルー」は、お麩を微温湯で戻してから、固く絞ります。

溶き卵に多めの醤油、ちぎった麩を入れて卵を吸い取らせ、オイルで焼くだけです。

「ソーメンチャンプルー」は、茹でて水洗い、水切りしたソーメンに、お塩を満遍なくまぶします。

フライパンにオイルをたっぷり、炒めてコショウを振るだけ、トッピングでお好きな野菜なりなんでも。

これらの沖縄料理は、瞬く間につくることができ、後を引く美味しさです。

生野菜の上にふりかけるのは当然のこと、中華や卵焼き、冷奴などの和食にも可能性は広がります。

冷奴には、削り節、大葉、ミョウガ、ショウガなどの薬味、オイルをかけ、さらに

美味しい海の塩を散らすと絶品です。

★「ルナ・エ・ソーレ」のホームページはhttp://www.luna-e-sole.co.jp/です。




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■■ 緑陰読書・・・and「舞いクッキー」のお話 ■■

2007-12-19 23:08:29 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■■ 緑陰読書・・・and「舞いクッキー」のお話 ■■
2006/8/17(木)

東京は湿度が高いですが、気温は西日本ほどは暑くありません。


読書には最適です。


「花のほかには松ばかり」謡曲を読む愉しみ 山村修著(檜書店刊)を読みました。


著者は、「狐」というペンネームで知られた随筆家で、「禁煙の楽しみ」(新潮OH!文庫)、

「遅読のすすめ」(新潮社)などの著書があるそうです。


この本の発想で面白いのは、謡い、あるいは、舞うためのお能の謡本を、純粋に読んでみる、ということです。


考えてみれば、謡本は最高の戯曲集です。


凝縮された科白と一言一句が、日本文学や中国の歴史や文学を背負っており、読めば読むほど、

含蓄がある読み物であることに、気がつきました。


著者はあとがきで「一日に一曲は、謡曲を読んでいます。


普通の謡曲集で一曲は、5、6ページから10ページほどですから、読むのにそれほどの時間は

要しません。・・・それが一日のうちで、私にとってキラキラ光る愉しみの時間です」と語っています。


確かに、世阿弥をはじめ日本文学の頂点をなす人たちの作品を「読む」ことは、大変な贅沢ですね。



★★ 逆に、古典を文章で、目で読むのではなく、朗読で聴きますと、また新たな発見があります。


新潮カセットブック日本の古典(六)「風姿花伝」は、狂言の野村万作さんの朗読、観世栄夫さんの解説です。


観世栄夫さんは、風姿花伝が、芸の道のみならず、現代日本の会社に勤めるごく普通の人にとっても、

いかに身近で得るところがあるか、を説いています。


野村万作さんは、アナウンサーとは違うきびきびした小気味いい朗読で、これだけで一つの芸術と言えます。


この朗読はお薦めです。


同じく、日本の古典(一)「方丈記」は故堀田善衛さんが解説、貴重な肉声です。


堀田さんは、第2次世界大戦中の日本と方丈記の日本とが、どれだけ似ているか、

人間は変わらず愚行を繰り返すかを、分りやすく説いています。


これは最もお薦めで、私は何度も聴いています。


古典は過去の遺物ではなく、現代に生きるために必要であることが分ります。


★★ 檜書店は、約340年の歴史をもつ謡本の出版社ですが、クッキーを販売することになりました。


お能にちなんで【舞いクッキー】と命名。


千葉県いすみ市にある≪社会福祉法人-槙の里-「いすみ学園」≫を『ささやかながら応援するため』です。


「いすみ学園」は、知的障害者の方々の援護施設で、社会自立に向けた訓練等を行っています。


その一環として、入所者の皆さまが、丹精込めてクッキーを焼き上げます。


同学園では、従来から梅干やジャム、漬物などの自然食品、さらに野菜、石鹸なども作り、

その純粋な美味しさで知る人ぞ知る存在です。


クッキーの試作品を頂きましたが、お世辞抜きで高級ブランドのクッキーより美味です。


特に「ショウガ味」は、いつまでもショウガのピリピリ感が心地良く口に漂います。


甘みが極限近くまで押さえられています。


ショウガの鋭角的な刺激を、薄い甘みが“まあまあ”となだめ、丸めているいるような感じがします。


“このようなクッキーもあったのか!!!”と、軽いショックを受けます。


あまり甘いものに手を伸ばさないような方々に、この「大人の辛口のクッキー」は、きっと大受けでしょう。


また、このショウガも入所者の方々が、有機農法でお作りになったもので、香りが抜きん出ているゆえんです。


緑茶や紅茶にとても合いますし、お酒の軽いつまみにもなりそうです。


添加物は極力使用せず、どうやら私の“ 常備菓子 ”となりそうです。


★観世能楽堂の売店、檜書店の店頭などで、9月から販売いたします。


★檜書店へのクッキーの注文は、電話03・3291・9554。
  ホームページはhttp://www.hinoki-shoten.co.jp/

★いすみ学園のホームページはhttp://www4.ocn.ne.jp/~ismigakn/



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■スイスの映画監督ダニエル・シュミットが亡くなりました■

2007-12-19 23:06:14 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■スイスの映画監督ダニエル・シュミットが亡くなりました■
2006/8/10(木)

★訃報:ダニエル・シュミットさん64歳=スイスの映画監督、AP通信などによると、

スイス東部で2006年8月5日死去。がんで闘病していた。


 私がきちんと見た彼の作品は、「書かれた顔」(The Written Face)のみです。


アンゲロプロスの「ユリシーズの瞳」に匹敵するほど感動しました。


観た直後より、後になってからジワジワと映像が甦ってきます。


 1995年の作品で、いまはなき「シネ・ヴィヴァン・六本木」で5月の連休に見た記憶があります。


この映画に対する事前の情報をもっていませんでしたが、たまたま友人に誘われて入りました。


 坂東玉三郎主演のドキュメンタリーとされていますが、監督自身は、これを「フィクション」と主張しております。


「ドキュメンタリーではありません。私は、黄昏についての物語を作ったのです。」


「映画の主題は、歌舞伎のスターである坂東玉三郎と呼ばれる男ですが、

彼は同時に虚構の人物でもあります。・・・。

彼の周辺にはまるで竜安寺の石庭のように、武原はんのような、杉村春子のような、

大野一雄のようなモニュメントが置かれるのです。」とシュミット監督は語っております。


★10年たったいまでも、その映像は鮮烈に心に甦ります。


ところが、それは、主演の坂東玉三郎ではなく、杉村春子や大野一雄の映像なのです。


特に、監督が杉村に≪歩いては、正座をしてお辞儀をする≫という動作を、

何度も繰り返してもらう場面が映画に登場します。


その腰の入れ方、首の微妙な角度、手先の美しさ。


寸分の隙もない、動く彫刻のような完成された「立ち」・「居」・「振る舞い」でした。


大野一雄は女装して、隅田川のような川岸で踊っていました。


グロテスクな扮装ですが、植物が枝をのばし、くねらせているような印象。


彼が踊りから得た「自由」というようなものを強く感じました。


ある種の開放感に満ちていました。


不思議に、日本舞踊の名人といわれた武原はんの映像は、全く心に残っていませんでした。


玉三郎もほとんど記憶に残らず、移動中の高級車の中で、シュミットのインタビューを受け、

話している彼の顔だけが焼き付いています。


★玉三郎を映し出す「光」であった杉村が、玉三郎を圧倒していました。


この映画をきっかけに是非、生身の杉村春子を見たいと思い、数ヵ月後、帝劇での『晩菊』を見ました。


思い立って急に劇場に電話しましたので、残っている切符は1枚だけでした。


それも二階席で、舞台を覗きこむバルコニーのような席でした。


ところが、一階席では絶対に見ることが出来ない杉村の足元を、素晴らしい角度で観察できました。


日本の伝統芸術の基礎である腰の入れ方に、近代的な劇の心理をも反映させた足裁きでした。


シュミット監督の目の付けどころの深さ、鋭さにいまでも驚いております。


彼のお陰でかろうじて、生前の杉村春子を見ることに間に合いました。


シュミット監督の64歳という早すぎる死が残念でなりません。


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★杉村 春子(すぎむら はるこ、1906年1月6日 - 1997年4月4日)は、広島県広島市出身の日本の新劇女優。本名は石山 春子(いしやま はるこ)。旧姓は中野(なかの)であり、杉村は芸名である。築地小劇場より始まり文学座に至る日本の演劇界の背骨を支え続け、文化史に大きな足跡を残した文字通りのカリスマ女優。強烈な個性ゆえに批判も多い。
[来歴・人物]
遊女の私生児として広島市の色街に出生。幼時に両親が死んだため、事業家の養女にもらわれ何不自由なく育つ。山中高等女学校(現広島大学付属福山高)卒業後、声楽家になるべく上京して東京音楽学校(現東京芸術大学)を受験するが、二年続けて失敗。広島に戻り広島女学院で音楽の代用教員をしていたが、築地小劇場(俳優座の前身)の旅芝居を見て感動、再び上京してテストを受けるが、広島訛りがひどくまたも不合格。しかし次回公演の背中を向けてオルガンを弾く役(台詞無し)で採用され築地小劇場の研究生となる。こうして日本演劇史上、最大の大女優が長い演劇人生の一歩を踏み出す。
 1997年4月4日、膵臓癌のため東京都文京区の病院で死去。享年91。
                    『ウィキペディア(Wikipedia)』より


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■春の便りのフキノトウ

2007-12-19 23:02:15 | ★旧・ とびきり楽しいお話
■春の便りのフキノトウ

2006/3/9(木)

 土からポコッと顔を出したばかりの薄い黄緑色のフキノトウ。
生のまま細かく刻み、甘い味噌と和えてそのまま頂きました。
口の中に“春の香ばしさ”が飛び散り、走り回り、星座のようにいつまでも貼り付いていました。
一日中、春の恵みを感じて幸せな気分になりました。

 この淡い苦味は、冬の寒さで鈍り気味になっていた肉体と心とをシャキッと覚醒させてくれますね。
たくさんのフキノトウを摩り下ろすか、みじん切りにし、ホットケーキの粉にに入れて焼き上げますと、
薄緑の「春のときめきケーキ」になりますよ。

 NHK・FMで夏日星が放送されました。
遠くにお住まいでコンサートに足を運べない方からも「聴きました」、というご連絡をいくつか頂きまして、
嬉しかったです。
「10弦ギターをはじめて聴きました」
「ギターはオーケストラのようでした」
「宮沢賢治の童話を曲を聴いてから、もう一度読みました。」
など皆さんに喜んでいただけました。

この曲はDVD七星晶々に入っておりますので、ご興味が
ございましたら、YTTショップでお求めください。
アドレスはhttp://homepage3.nifty.com/ytt/yoko_r.htmlです。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲

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