音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■自筆譜に興味をもったらどう学ぶべきか?まず一曲を徹底的に探究する■

2016-03-28 00:21:35 | ■私の作品について■

■自筆譜に興味をもったらどう学ぶべきか?まず一曲を徹底的に探究する■
  ~レコード芸術4月号に、私の著書への書評が掲載されています~
         2016.3.27         中村洋子

 

 

雑誌「レコード芸術」2016年4月号の書籍紹介欄で、

私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫が、

紹介されました

本書を十分にお読みになったうえで、好意的な評価を下されています。

 

以下がその書評です。
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音楽ソフトとハードの販売会社として知られるディスクユニオンが2012年に
発足させた出版部門「DU BOOKS」。すでに注目すべき出版物を多数
出しているが、この本も高い問題意識に満たされたものである。

 著書の中村洋子は東京藝術大学作曲科を卒業した作曲家。
代表作≪無伴奏チェロ組曲≫
(全6曲)はドイツのベルリン・リース&エアラーから出版され、カラヤン時代のベルリン・フィル首席チェロ奏者、ベッチャーによって録音されている。

 また中村の作曲家としての視点から行われるバッハ作品の「アナリーゼ講座」は好評を得ていて、08~09年「インヴェンションとシンフォニア」(全15回)、10~15年「平均律クラヴィーア曲集」(全48回)を東京ほか各地で開催している。最近ではベーレンライターの原典版≪ゴルトベルク変奏曲≫など鍵盤作品の序文解説の翻訳と注釈を記すなど、活躍めざましい。

 この本は、彼女のブログ「音楽の大福帳」の抜粋。収録順は掲載順というわけではなく、テーマ別にはっきり分かれているわけでもない(中村悌一や岡本文弥などへの言及もある)。「内容が濃密」なので「ご自分にとって興味のある部分だけを選択し、少しずつお読みになるのもよい」(あとがき)とされる。

 この中で一貫しているのは、現代の音楽シーンに対する苛立ちである。「巷で“天才演奏家による極めつけの演奏”などと派手に宣伝」するのは「売らんがためのメッキでしかない」。
≪インヴェンションとシンフォニア≫のエトヴィン・フィッシャーやレントゲンの校訂譜、≪平均律≫のバルトーク校訂版、ショパンのピアノ作品のドビュッシー校訂版などが「埋もれ、存在すら知らない方が多いのです。これらの宝物の価値が分からず、無視されるほど、現代のクラシック音楽のレベルが全体的に低下している」など。確かにそれらのものは古めかしく見えるし、原典版を重視する現代のあり方からすると、校訂者の主張が入りすぎているという考え方もあろう。しかし、中村は天才作曲家が解釈する天才の作品こを「これ以上ない音楽の楽しみに浸ることができる」という。たしかに原典版は作曲家自身の楽譜のレイアウトを全く踏襲していない。作曲家の手による自筆譜を見れば、スラーのかかり方や楽譜の段の切り替え、指示記号の位置など、作品といかに結びついているか。いかに現代の楽譜がそれらの情報を無視しているか。だからこそ自筆譜に立ち返ることの重要性が繰り返し語られるのだ。

 しかし、その視点を大事にすればするほど浮かび上がる大きな問題がある。それはすべての譜例が中村自身の手書きによるものであるということだ。彼女は忠実に書き写しているというけれど当然実物とは違うのであって、ここまで自筆譜からの情報を第一義的に捉えるなら(掲載には困難をともなったとしても)その現物が全く見られないのは画竜点睛を欠くと言わざるを得ない。 それを除けば中村の主張には納得のいく部分も多く、特にピアノ教師には有益な一冊だろう。
■西村 祐(フルート奏者)
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(※中村洋子注:「中村悌一」とありますが、「中山悌一」が正しいです)

 

 


★(掲載には困難をともなったとしても)と、

評者が書かれていますように、実際大きな困難が伴い、

著作権の問題などから、本に掲載するのは、

限りなく難しいのが現実でしょう。

作曲家がこの世を去った後、どのような巡り合わせかは分かりませんが、

たまたま自筆譜を所有している人や組織が、人類の遺産である、

大作曲家の自筆譜の公開を拒否したり、ファクシミリでさえも高価で、

入手がなかなか困難になっている状況に対しては、

つくづく残念に思います。


★絵画でも、ゴッホやモディリアニのように、

極貧のうちに亡くなった画家の絵が、死後に投機の対象となり、

芸術を理解しない金満家の手から手へと、

渡り歩いていく姿は悲しいです。


私が手書きで写しました自筆譜に、興味をもたれましたら、

一つでも結構ですので、是非、実物の自筆譜ファクシミリを

探し当てて下さい。

(探して入手するという努力もまた、勉強の重要な第1ステップです)。

そうしますと私の本に掲載した、たった一ヶ所だけでなく、

その曲全体の巨大な情報量が、あなたのものとなるのです。


★私が本に手書きで写しました自筆譜のファクシミリは、

購入は可能なものが多く、図書館で閲覧できるものもあります。

苦労して探し当てますと、出会いの喜びはまた格別です。

自筆譜からは、作曲家が曲を書いた瞬間の感動、喜びが、

直に伝わってきます。

 

 


★私は、岩波文庫「セザンヌ」ガスケ著/與謝野文子訳を、

時々、自分自身を鼓舞するために読み返しています。


★179ページ
「セザンヌは人生のうちの通算で一年や二年は、
ルーブルで過しているし、フランドルの美術館を見てまわり、
三十年もの歳月にわたってパリの展覧会や教会は全部、
駆け巡ったし・・・・・・(略)」と、あります。

いかに、セザンヌの勉強量が膨大で徹底しているかが、

書かれています。


★26ページ
「(セザンヌは)年老いてからは、仕事で疲労困憊、身体のほうが痛み
ほとんどものを読まなくなっていた。それなのに、幾度も、
田舎でもパリでも、
広がる地平を目の前にして、または、
アトリエにいて描きかけの習作を前に、
立てた筆で音綴(シラブル)の拍子を取りながら、何十行もの

ボードレールやヴェルギリウス、ルクレティウスやボワローの詩を
暗誦しているのを、私(著者のガスケ)は目にしたものだ。
※セザンヌは「悪の華」を空で覚えていた。

 ルーブルを歩いていると、何年に、というくらい正確に、
どの絵がどこから来たかを
知っていたし、どこの教会、
どこの蒐集品陳列室にその写し(レプリカ)が見られるか、
それも知っていた。
ヨーロッパのさまざまな美術館に精通していた。
どうしてそうなったのか。実際に見学したこともなく、

ほとんど旅という旅に出たことのない彼だのに。
一度何かを読んだり、目で見たりさえすれば、多分、
一生記憶に焼きついたのだろうと、私は思う。
ものを見るのも、読書するのも、ひじょうにゆっくり、
ほとんど苦痛を覚えぬばかりにしてするのだった。
しかし、土壌なり、書物なりから奪い取ったひとつの年代、
世界のひとつのかけら、そういうものは自分のなかに深く埋めて、
刻み込んだ形で、何によってももう根こそぎにはされないようにして
持ち帰るのだった。」


セザンヌにとってのルーブル美術館が、私にとっては

大作曲家の自筆譜です。

セザンヌは印刷された画集でオールドマスターの絵画を

研究したのではありません。

本物の絵画=“自筆譜”から、学んだのです。


★自筆譜を勉強しようとする際、

すべてのファクシミリを、買いそろえる必要はありません。

どれか一曲を選び、その曲の自筆譜を徹底的に勉強してください。

その時、できるだけ多くのその曲の実用譜を、見比べて下さい。

“自筆譜と異なっているところが、こんなにも沢山あるのか”と、

気付かれることでしょう。


★また、
真のマエストロの録音された演奏を、

自筆譜を見ながら聴いて下さい。

あらためて、“この曲はこんなに素晴らしい曲であったのか“と、

きっと感動されることでしょう。


★この勉強ができますと、一曲だけであっても、

驚くほどの視界、視野の広さを獲得できるのです。

そうしますと、それまで曇った目で見たり聴いたりしていた

その他の作品が見違えるような輝きをもって、

眼前に迫ってきます。

音楽を学び、演奏する醍醐味を味わえるでしょう。

 

 

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■ST. BLASIENの大聖堂で私の「無伴奏チェロ組曲3番」が演奏される■

2016-03-25 23:06:06 | ■私の作品について■
■ST. BLASIENの大聖堂で私の「無伴奏チェロ組曲3番」が演奏される■
   ~「日経」と「ぶらあぼ」に、私の本が紹介されました~
         2016.3.25  中村洋子
 
 
 
 
 
 
★多忙な日々が続き、ブログの更新が遅れていますうちに、
 
三月もあとわずかとなりました。
 
桜もちらほらと咲き始め、足元に目を移しますと、
 
ムスカリが、可憐に紫の花をつけていました。
 
 
★3月21日は、Bach バッハの331回目の誕生日でした。
 
ちょうどその日、 Wolfgang Boettcher
 
ヴォルフガング・ベッチャー先生が、
 
ドイツの Witten で、リサイタルを開かれ、
 
私の「無伴奏チェロ組曲第3番」の、
 
全曲完全初演をして下さいました。
 
それにつきましては、後日、ご報告いたします。
 
Bachのお誕生日に、マエストロに私の組曲を演奏して頂ける・・・、
 
幸せを感じます。
 
 
★日本経済新聞3月13日朝刊「書評欄」に、
 
私の本≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫の、
 
紹介記事が掲載されました。
 
 
 
 

また、音楽情報誌「ブラ―ボ」4月号のクラシック新刊情報でも、
 
紹介されています(197ページ)。
 
 
 
 
 
 

★ Boettcher ベッチャー先生は、2月7日にも
 
南ドイツの ST. BLASIEN ザンクト・ブラジーンの教会 
 
「Dom St. Blasien」で開かれたリサイタルで、
 
私の「無伴奏チェロ組曲第3番」の抜粋を、演奏されました。
 
 
 
 
 
★ST. BLASIENは、スイス国境にある村で、
 
ヨーロッパで4番目に大きなドームをもつ教会があります。
 
その音響効果の素晴らしさから、
 
著名な音楽家によるコンサートがよく開かれます。
 
 
 
 
リサイタルの音楽評が書かれた新聞も、送られてきました。
 
以下は、Badische Zeitung バディッシェ・ツァイトゥングと
 
いう新聞の電子版です。
 
 
 
 
 
 
 
 
★          PROGRAMM
 
・J.S.Bach            Suite d-Moll  BWV1008(1720)
・V.D. Kirchner      Und Salomo Sprach(1987)
・A. Saygun           Allegretto(1955)
・Yoko Nakamura  5.Satz aus der 3. Suite (2009)
 
      Pause
 
・G.Kurtag             4 Stücke (1984-1999)
・J.S.Bach             Suite C-Dur  BWV1009
 
07.Februar 2016      Musitektur Festival in St.Blasien
 
という堂々たるプログラムです。
 
 
★先生のお手紙にも”Nice critic”とありました。
 
Karin Steinebrunnerさんによる批評も、
 
彼女自身がリサイタルに感動したことが実感できます、
 
とても良い評でした。
 
 
★ほんの一部を訳してみます。
 
『ドイツのチェリストの中で長老(Doyen)である
ヴォルフガング・ベッチャーは、ザンクト・ブラジーンのドーム
(大聖堂)Domでリサイタルを開きました。
 
 大聖堂丸屋根の中心からちょうど真下の位置に、
彼は演奏用の椅子を置きました。
ベルリン芸大教授で、長くベルリンフィルのソロチェリストを
勤めた彼は、J.S.Bachの二つの「無伴奏チェロ組曲」で、
新しい領域の音楽を包み込んだ、“音楽の花束”を
抱きかかえてやってきました。
彼は眼を閉じ、瞑想するかのように、
Bachのニ短調「無伴奏チェロ組曲第2番」
演奏し始めました。・・・・・・略』
 
 
 
 
 
 
★  Boettcher ベッチャー先生の
 
Bach「無伴奏チェロ組曲第2番」の演奏は、
 
和音の根音を長く引き伸ばすことで、
 
フレーズの終結部が延長されていきます。
 
耳を澄まし、沈思黙考し、音が次第に消え去り、
 
そして鳴り止むのを、先生ご自身がじっと聴いていらっしゃる、
 
という演奏だったようです。
 
 
★大聖堂の素晴しい音響空間だからこそ、可能だった演奏
 
かもしれません。
 
以前、教会で録音したリヒテルの平均律が素晴しかったことを、
 
思い出しました。
 
ヨーロッパ音楽の底力でしょう。
 
ホール、音楽会の会場も楽器です。
 
今回は大聖堂が巨大な楽器となりました。
 
 
★私の作品につきましては
 
『ベッチャーは中村洋子の「無伴奏チェロ組曲第三番」の
Eicheln rieseln von den Bäumen(木の実時雨)と、
トリオの関係にあるMorgenreif im Spätherbst(晩秋の朝霜)を、
生き生きと演奏しました。
その際「木の実時雨」の、霞のかかったような情景描写を、
一連のピッツィカート(弦を指で弾く奏法)に移し変えて
演奏しました。
そのピツィカートはスタッカート(弓で、レガートではなく、
短く区切って弾く奏法)を経て、
流れるようなメロディーに変化していきます。
トリオの部分は、優美で気品のある「晩秋の朝霜」です。
ゆったりと伸びやかなレガートの旋律線は、グリッサンド
(左指を弦の上を滑らせながら、右手はその弦を弓で弾く奏法。
ヒューッという音が出ます)やフラジオレットで
装飾されています。』
 
 
 
 
 
★上記のフラジオレットが奏されるところは、
 
例として二か所挙げられます。
 
まずは「晩秋の朝霜」の5、6小節目です。
 
この場合、指を押さえた上、余った指で弦の3等分点に
 
軽く触れる奏法です。
 
完全5度上を軽く触れることで、1オクターブと完全5度上の
 
倍音がでます。
 
 
★e-e-A-Fの音の位置を指で押さえ、
 
余った指で残りの弦の長さの三分の一の所を、軽く抑えますと、
 
h¹-h¹-e¹-c¹の倍音が出ます。
 
音色はか細く、別世界の音のように、幻想的です。
 
Ries & Erler 社から楽譜が出版されていますので、
 
是非ここを確認して、CDの音で確かめて下さい。
 
 
 
 
 
★二つ目の例は「木の実時雨」の41小節目です。
 
h¹の二分音符が、それに続くe²の八分音符にかけてグリッサンドし、
 
そして、そのe²は4等分点を軽く押さえます。
 
それにより、2オクターブ上の倍音が得られる
 
フラジオレット奏法です。
 
指はe²の2オクターブ下のe音を強く抑え、
 
残りの弦の四分の一の所を軽く触れています。
 
ここも大変美しく、情緒のある音がでます。
 
楽譜とCDで是非体験して下さい。
 
 
 
 
 
 
★この長大で心のこもった批評文を読みますと、
 
日本の音楽会評との落差に、愕然とします。
 
この評者は、楽譜を十分に読みこなせるだけでなく、
 
和声や対位法の能力もあると思われます。
 
そして、なにより音楽への愛情がほとばしっています。
 
美辞麗句と形容詞だけの日本の音楽会評とは異なります。


★Bachの「無伴奏チェロ組曲」全6曲の調性については、

詳しく分析した論文を、私の著書
 
≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり!≫に
 
掲載しております。
 
 
 
 
 

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■バッハ「Goldberg-Variationenゴルトベルク変奏曲」全曲アナリーゼ講座■

2016-03-10 00:06:16 | ■私のアナリーゼ講座■

■バッハ「Goldberg-Variationenゴルトベルク変奏曲」全曲アナリーゼ講座■
      ~第1回: 4月9日(土) 14:00~16:30~

             2016.3.10      中村洋子

 

 


★バッハ晩年の傑作、人類の宝ともいうべき

「Goldberg-Variationen ゴルトベルク変奏曲」の

全曲アナリーゼ講座を始めます。


★各曲を順番にゆっくり、じっくりと解説いたします。

このゴルトベルク変奏曲が実在しなかったならば、

ベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」も、

ブラームスの「ヘンデルの主題による変奏曲とフーガ」も

生まれ出なかったでしょう。

ヨーロッパクラシック音楽の根幹を成す曲なのです。

 

バッハの解説書をご覧になって、

“難しそうな理論のことばかり書いてある”、

“意味ありげな記号や暗号のようなことが満載されている”

などと、当惑された経験がございませんか。

バッハは人を当惑させたり、

謎々のような「衒学の森」に誘い込むことを、

楽しんだのでしょうか?

そうではありません。

バッハの音楽がなぜ美しく、私たちの心をとらえて離さないのか、

分かりやすくその説明がなされていないだけなのです。



★偏見のない小さな子供たちは、バッハの音楽を好きになります。

私の「ゴルトベルク変奏曲・全曲アナリーゼ講座」は、

バッハの音楽の基本である「和声」と「対位法」を、

実際にピアノの音で体験していただきながら、

どういう構造でこの曲が成り立っているか、分かりやすく、

詳しく、ご説明いたします。

バッハは、ゴルトベルク変奏曲を弾いて、

聴いて楽しんでもらいたかったのです。

 

 

講座では、まず冒頭の有名なアリア(主題)と変奏曲1、2、3番について、

幕を開けたいと思います(この曲が誕生した背景につきましては、

ベーレンライター社の楽譜に添付いたしました序文の訳と注釈を

お読みください、私が書きました)。


★バッハの時代にピアノが存在しなかったから、ゴルトベルク変奏曲は

チェンバロで弾くべきである、という意見がありますが、

それは間違いであると思います。

バッハの音楽はそのような狭量な音楽ではありません。

現代における最も身近な楽器・ピアノでバッハを弾き、

そして楽しみましょう。

鑑賞するだけでなく、ご自分で弾き、また、

お子さんや生徒さんに教える際、全曲を通して弾かなければいけない、

という考えも誤りです。

 
バッハはこの曲を、音楽愛好家の楽しみのために書きました。

この曲がどのような曲か全体像を把握したうえで、

お好きなところだけを弾くことも、立派な楽しみ方です。

ピアノの先生でしたら、子供の生徒さんに弾きやすい、

美しい曲を一つでもいいですから教えてあげてください。

その子が大きくなってもバッハの和声と対位法が立派に

身についていることでしょう。

曲を奉るのではなく、身近なものして欲しいのです。

 

 


★この曲は、三曲ずつのグループで構成されています。

三曲目はカノンになっています。

第1グループは第3変奏がカノンで、同度(同じ音)でできています。

第2グループの第6変奏は、2度のカノンというように、

順にカノンの音程の幅が広がっていき、最後のカノンは9度

(1オクターブと2度)になっています。


★バッハは、各変奏曲について一段鍵盤か二段鍵盤かを指定していますが、

二段鍵盤で弾く曲はそれほど多くありません。

全30の変奏曲のうち、一段鍵盤の指定は16曲あり

(残り14曲のうち、11曲は二段鍵盤、3曲はどちらでもよいとしています)、

特に前半は15曲中9曲です。

 

二段鍵盤による華麗な音色の変化は、

それほど主要な要素ではないともいえます。

第1~第3変奏は、一段鍵盤を指定しています。

一段鍵盤で和声と対位法により、どれだけ真に音楽の豊かさを獲得できるか、

それをバッハは試みているのです。

変奏曲の一つ一つを丹念に学ぶことにより、最後には、

宇宙にも比すべきバッハの描いた全体像に、迫ることができると思います。

 

 


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■日  時: 2016年4月9日(土) 14:00 ~ 16:30
■会  場: 東京都・文京シビックホール、 練習室1(地下1階)
■受講料: 3,240円(税込)
≪申し込み・お問い合わせは≫
          主催: アカデミア・ミュージック 企画部
                               Tel. 03-3813-6757

E-mail. fuse@academia-music.com

※定員になり次第、締め切らせていただきます。

 

 

 

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■ワルトシュタインの冒頭は「愛の鼓動」、「機関銃」ではありません■

2016-03-09 00:26:28 | ■私のアナリーゼ講座■

■ワルトシュタインの冒頭は「愛の鼓動」、「機関銃」ではありません■
         ~ Beethovenは「pp」の作曲家~

                2016.3.7     中村洋子

 

 


Beethoven ベートーヴェン(1770-1827)の月光ソナタについて、

 「Manuscript Autograph  自筆譜 」 を基に、金沢で、

アナリーゼ講座を続けています。

(月光ソナタについては、
 私の著書≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり≫のP36参照)

 


★講座を側面から支えるため、「Waldstein ワルトシュタインソナタ」

Piano Sonata No.21 Op.53 C-Dur についても、自筆譜と

Artur Schnabel シュナーベル(1882-1951)版、

Claudio Arrau クラウディオ・アラウ(1903-1991)版、さらに、

Henle新版(Edited by Norbert Gertsch・Murray Perahia

Fingering by Perahia)などで、勉強しております。


★このワルトシュタインの第1楽章冒頭の≪repeated notes≫ を、

“機関銃のように弾く”、とお教えになっている先生もいらっしゃる、

と聞きました。

Beethoven はこの曲を作る際、果たして、

人を殺める兵器を思い描いていたのでしょうか?


この高貴なソナタの冒頭は「pp ピアニッシモ」で、始まります。

左手の「C音」、そして八分音符遅れて、

右手の「c-e」の和音が打鍵されていきますが

そのはるか前、即ち、拍子記号と第1拍目との間の空間に、

Beethoven は、上声と下声の両声に対し、

pp」をしっかり書き込んでいます。

 

 


★「機関銃」をイメージされた日本の先生は、

髪を振り乱し、睨みつけるようなBeethovenの肖像画に

振り回されたのではないでしょうか?

しかし、そうした漠然とした世の中の印象とは裏腹に、

Beethoven は実は、「pp」の作曲家です。


★作曲家である私から申しますと、Beethoven の作曲は、

狙いすまされたスポットに、「f」や「ff」が千両役者のように

登場してきますので、それが心に焼き付きます。

それがため、全体すべてが「劇的」であるように、

誤解されるのでしょう。

 

 


★それでは、この冒頭の≪repeated notes≫ は何なのでしょうか。

私は、これは心臓の動きであると思います。

「何かを希求し、狂おしいような胸の高まり」を感じる時の、

トクトクという「鼓動」です。


それを「pp」で表現するのです。

かつての本当のマエストロは、それを表現できました。

「人を殺める機関銃」ではなく、

恋人を待つ「愛の鼓動」、「胸の高鳴り」でしょう。


★1~4小節目までは「pp」、5~9小節目冒頭までも「pp」です。

 

 

Beethoven は、5小節目を自筆譜の2段目冒頭から、

書き始めていますが、ここでも「pp」を、1拍目が始まる前、

4小節目と5小節目を区切る小節線の下に、あえて記しています。


★それが意味することは、1小節目も5小節目も、

心の内で十分に「pp」を準備してから、弾き始めることなのです。

雪に埋もれた野草が、春を前に、静かに蕾を開き、

花を咲かせる準備をしているかのようです。

その蕾の息づかいです。

武器や凶器ではなく、花の生命から伝わる鼓動です。


★自筆譜の3段目は、9、10小節のみです。

9小節目にようやく、「cres.」=「crescendo」が現れます。

 

 

 

9小節目1拍目とその左の小節線にの間は、

余白のスペースが広くあります。

しかし、Beethoven は「cres.」をその余白に書かず、

1拍目の音の真下に記入しています。


★「cres.」は、そこから音が段々と大きくなるという意味です。

「cres.」が付けられた音は、小さいのです。

もし、余白に「cres.」が付けられていますと、

この1拍目は、「cres.」の途上にあるため、

小さな息をひそめたような音にはなりません。


★つまり、急いで「cres.」を準備しないように

という Beethoven の指示です。

9小節目1拍目上声と下声の≪付点二分音符の付点≫につきましては、

≪クラシックの真実は大作曲家の「自筆譜」にあり≫
P25を参照ください、詳しく解説してあります。

 


自筆譜4段目になってやっと、11小節目1拍目に「f」、

2拍目に「sf
現れますが、12小節目2拍目で早くも

decres.」され、13小節目は、「pになっています。

12小節目下声2、3、4小節目は「g-es-c」と、まず作曲し、

後に、1オクターブ下の「G-Es-C」が追加されています。


★13小節目の全音符は、 「fermataフェルマータ」が付されていますので、

長く沈静します。

p」は全音符の符頭よりはるか左側にあります。

p を準備してから打鍵しなさい」という指示でしょう。

 

 


★Beethoven は、ワルトシュタインの自筆譜を、1ページ4段で書いていますので、

この13小節目までで1ページは終わります。


2ページ冒頭14小節目も、1拍目を打鍵する前に「ppを指示しています。

pp を心の中で準備して弾き始める」。

2ページ目も、「pp」が上2段を支配しています。

2段目最後の小節である21小節目に、「cres.」が記されていますが、

3段目23小節目でまた「p」に戻ります。

4段目の最期の小節である27小節目で、

やっと「cres.」がまた登場しますが、

この1、2ページの27小節間を支配するのは、「p」や「pp」です。

 

 


わずか1小節にすぎない「11小節目」に存在する、「f」と「sf」が、

あまりに見事に設計されているため、強烈な印象を受けるのです。


★3ページ冒頭28小節目は「f  sf  sf  f」が、1拍毎に付加されていますが、

2段目31小節目で、またもや「decres.」です。

3段目冒頭33小節目は「pp」、3段目3小節目の35小節目からは、

コラールのような第2主題が、穏やかに静かに歌われます。


機関銃のような攻撃性は、どこにも見出せませんね

                   (続きは次回のブログで)

 

 

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