■ Invention No.3 Bärenreiter ベーレンライター版の無惨な改竄■
~アナリーゼ講座≪ Invention & Sinfonia №3 D-Dur≫~
2014.11.17 中村洋子
★9日水曜は、KAWAI金沢 「Bach インヴェンション・アナリーゼ講座」で、
≪第3番 Invention & Sinfonia №3 D-Dur≫です。
そのための準備で、忙しくしております。
★念のため、現在、最も権威のあるとされる「新 BACH 全集」の実用譜、
≪Bärenreiter-Verlag ベーレンライター≫版を、見てみました。
残念ながら、Bach の 「Manuscript Autograph facsimile 自筆譜 」
と比べ、改竄ともいうべき編集がなされているところが、多々あり、
いつものことながら、驚き、そして、悲しい思いで一杯です。
★その具体例は、後で挙げますが、
9日の Inventionアナリーゼ講座では、1、2番に引き続き、
二声 の Invention を、四声体化し、
三声の Sinfonia につきましても、各声部が実際は、
soprano、 alto、tenor、bass のどこに相当するかを、
明確に示したスコアを作成し、それを基に、
ピアノで実際に音にしながら、お話いたします。
★そうすることにより、これまで以上に、
Invention と Sinfonia が、どれほど深く、
豊かな音楽であるか、実感できることでしょう。
★二声 の Invention3番 は、八分の三拍子で、書かれています。
1、2番は、四分の四拍子であるのに対し、
3、4番は、八分の三拍子です。
3、4番で 1セットとなっていると、見ていいでしょう。
二声 の Invention を四声体化することにより、
見事に、この二曲が“舞曲”であることが、
分かってくるのです。
★この“舞曲”を、バロック時代のどんな舞曲か?などと、
詮索することには、意味がありません。
自然に、体を思わず動かしたくなるような音楽、
踊ることによってしか表現できないような音楽、
そういう音楽、つまり“舞曲”が、
Bach の中から、湧き上がってきた、ということなのです。
★八分の三拍子は、1小節に16分音符が6個存在します。
3、4番とも、6個の16分音符が、絶え間なく動き続けている曲、
という点でも、よく似ています。
★Bach は、この Invention 3番 に、大変多くの
≪slur スラー≫ を、書き込んでいます。
その≪slur スラー≫の位置により、
6個の音譜からなる1小節が、単なる「6個の音譜の塊」
であるのか、あるいは、例えば「1個」と「5個の音譜」による、
2グループに、分割されるかどうか、が決まります。
実は、その分割、つまり≪slur スラー≫を記すことにより、
Bach 先生が自ら、
“音楽がこんなにも、違った表情を見せるのだよ”と、
親切にも、教えていてくれるのです。
★3番では、たくさんのslur スラー が記されているのに、
4番では、一つもslur スラー はありません。
これは、3番で勉強したから、“次は自分で勉強できるよね”と、
Bach 先生が、おっしゃっているのでしょう。
★では3番を、具体的に見てみましょう。
冒頭「 d1 e1 」の二つの16分音符アウフタクトの後から、
第1小節目が始まりますが、
「 fis1 e1 g1 fis1 e1 d1 」 の六つの16分音符のうち、
Bach は、二番目の「e1 」から slur スラー を書き始めています。
★それに対し、≪Bärenreiter-Verlag ベーレンライター版≫は、
注で、『Bach の自筆譜では、slur スラー の長さは、
首尾一貫していない or はっきりしない(not consistent)。
明らかに、この slur は第1小節目全体をカバーしているはず。
The legato(スラーのこと) is obviously meant to
cover the complete bar. 』と記して、見事に、
第1小節目全体、つまり、1~6番目までの音譜に、
slur スラー を、長々と、掛けています。
★Bach 「Manuscript Autograph facsimile 自筆譜 」 では、
第1小節目は、誰が見ても、二番目の「e1 」から slur スラーが、
始まっています。
★ちなみに、3番のBach の自筆譜で一見、≪not consistent≫と、
みえるところは、
《上声》:1、2、5、6、7、8、9、15、33、35、42、43、
44、51、56 小節です。
《下声》:3、4、10、12、13、21、22、27、31、34、
36、38、39、40、41、45、46、47、48、49、
50、52、54、57 小節です。
★≪Bärenreiter ベーレンライター≫に次ぐ権威のeditionである、
≪Henle Verlag ヘンレ≫版や、《Edition Petersペータース》版も、
第1小節目は、Bärenreiter同様、
slur スラー を、ブルドーザーで地面を均すように、
1~6音まで、長々と掛けています。
★それでは、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー校訂版や、
Röntgen レントゲン校訂版では、第1小節目は、
どうなっているのでしょうか?
★両者とも、自筆譜に忠実に2番目の音譜から、
slur が、始まっています。
Röntgen レントゲン校訂版は、注で、「 Autograph による」 と、
そこから始める理由を、記しています。
この方法こそが、editor 編集者に求められるものである、と思います。
古い HANS BISCHOFF版も、Röntgen 版と同様に、
自筆譜に、則っています。
★第1音から始めようが、第2音から始めようが、いいではないか。
重箱の隅を突っつくような、細かいことを、
詮索すべきではない、という意見も出るかもしれません。
しかし、ここは、この第3番 Invention をどう解釈するか、
そして、どのように演奏するか、さらには、
Bach をどう理解すべきか、という根幹に関わることなのです。
★Bach がなぜ、第2音から slur スラー を記したか、
私の考えは、以下のとおりです。
第1小節を「 fis1 e1 g1 fis1 e1 d1 ファ ソ ファ ミ レ」と、
6音を一括りにしますと、アウフタクトの 「 d1 e1 」 が、
独立した2度の motif モティーフとなります。
★しかし、 2番目「 e1 」からslur スラー を始めますと、
アウフタクトの「d1 e1」と「 fis1」が、 「d1 e1 fis1」 として、
一つの motif モティーフ、
「 3度の motif 」 を形作ります。
★ここで、 Invention 第1番を、思い起こして下さい。
1番の冒頭上声は、「 c1 d1 e1 」 の「 3度の motif 」 。
2番の冒頭上声は、「 c2 h1 c2 d2 es2 」 ですが、
「 c2 h1 」 と に、分けられ、
「c2 d2 es2 」 は、「 3度の motif 」 です。
★従いまして、3番冒頭でも、 「d1 e1 fis1」 という
「 3度の motif 」 が出現するのは、極めて自然です。
さらに、その後、第1小節目2番目の音「 e1 」と、
3番目の音「g1」とで、また「 3度 」 が姿を現します。
★それ以外にも、たくさんの理由があり、講座でお話いたします。
Bärenreiter ベーレンライターの Dadelsen editor は、
どういう根拠で、自筆譜のslur スラー を否定するのか、
その根拠を、注に記していません。
★Bärenreiter ベーレンライター版の問題点を、
指摘し出しますと、きりがありませんが、もう一つ、
驚愕したことがあります。
★5小節目と33小節目の、上声1拍目冒頭音に、
Bachは、≪staccato スタッカート≫を付けています。
Bärenreiter ベーレンライターの Dadelsen editor 編集者は、
「偶然に着いたインキのシミである」と、注に記し、
楽譜で、その≪staccato スタッカート≫を、取り除いています。
≪staccato スタッカート≫が、ないのです。
★この部分、 Bach 自筆譜では、
第1音の「cis2」の上に、≪staccato スタッカート≫があり、
3番目「d2」~4番目「cis2」にかけて≪ slur スラー ≫が、
付けられています。
しかし、≪Bärenreiter ベーレンライター版≫は、小節のすべて、
1番目cis2 ~ 6番目 a1 に ≪ slur スラー ≫を、掛けています。
★ここも、私は、明白に≪staccato スタッカート≫であると、
思いますので、講座でご説明いたします。
そもそも、一ヶ所ならともかく、二か所も≪staccato スタッカート≫
に見えるところに、偶然、インキが落ちるものでしょうか?
★≪Bärenreiter ベーレンライター≫に限らず、
現代の editor 編集者は、 Bach について、
“紙を惜しむ”、 “slur スラー を曖昧に雑に書く”、
“インキを落とす”、“注意力が散漫で記号を付け忘れる”
ような人物と、認識しているのではないか、
とすら、思いたくなります。
★悲しいことに、それは、Bachへの分析力、理解力の不足の結果、
その自覚もないまま、常識的な書法からみて、
逸脱して書かれているようにみえる、
Bach の独創的な、音楽構造の根幹を成す部分を、
独善的に、狭いあまりに狭い“常識という鉋”で、
削って、“手直し”してしまうのです。
その結果、無惨な改竄へと、つながっていく、
ということのようです。
★くれぐれも、海外の有名出版社の楽譜だから、
ということで、盲信なさらないでください。
さらに、日本の楽譜は、それらを模倣し、孫引きし、
コピペしたものが、多いでしょう。
★何度も繰り返しますが、 Bach を理解するには、
まず、 「Manuscript Autograph facsimile 自筆譜 」 、
そして、Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー版、
Julius Röntgen ユリウス・レントゲン 版などの、
真の editor 編集者によるものを、お使いください。
Bach 先生が伝えたかったことが、いとも簡単に、
明快に伝わってきます。
そして、演奏しやすくなるのです。
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■第 3回 Invention・アナリーゼ講座
Invention & Sinfonia №3 D-Dur
■日 時 : 2014年 11月19日(水)午前 10時 ~ 12時 30分
■会 場 : カワイ金沢ショップ、南町5-9
( 尾山神社前 南町バス停より徒歩3分 )
■予約 : Tel.076-262-8236 金沢ショップ
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■ 講師 : 作曲家 中村 洋子 Yoko Nakamura
東京芸術大学作曲科卒。作曲を故池内友次郎氏などに師事。
日本作曲家協議会・会員。ピアノ、チェロ、室内楽など作品多数。
2003 ~ 05年:アリオン音楽財団 ≪東京の夏音楽祭≫で新作を発表。
07年:自作品 「 Suite Nr.1 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 などをチェロの巨匠
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー氏が演奏した
CD 『 W.Boettcher Plays JAPAN
ヴォルフガング・ベッチャー日本を弾く 』 を発表。
08年: CD 『 龍笛 & ピアノのためのデュオ 』
CD 『 星の林に月の船 』 ( ソプラノとギター ) を発表。
08~09年: 「 Open seminar on Bach Inventionen und Sinfonien
Analysis インヴェンション・アナリーゼ講座 」
全 15回を、 KAWAI 表参道で開催。
09年: 「 Suite Nr.1 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 1番 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
10~12年: 「 Open seminar on Bach Wohltemperirte Clavier Ⅰ
Analysis 平均律クラヴィーア曲集 第 1巻 アナリーゼ講座 」
全 24回を、 KAWAI 表参道で開催。
10年: CD 『 Suite Nr.3 & 2 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 3番、2番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Regenbogen-Cellotrios 虹のチェロ三重奏曲集 」 を、
ドイツ・ドルトムントのハウケハック社
Musikverlag Hauke Hack Dortmund から出版。
11年: 「 10 Duette für 2 Violoncelli
チェロ二重奏のための 10の曲集 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
12年: 「 Zehn Phantasien für Celloquartett (Band 1,Nr.1-5)
チェロ四重奏のための 10のファンタジー (第 1巻、1~5番)」を、
Musikverlag Hauke Hack Dortmund 社から出版。
13年: CD 『 Suite Nr.4 & 5 & 6 für Violoncello
無伴奏チェロ組曲 第 4、5、6番 』
Wolfgang Boettcher 演奏を発表 。
「 Suite Nr.3 für Violoncello 無伴奏チェロ組曲 第 3番 」 を、
ベルリン・リース&エアラー社 「 Ries & Erler Berlin 」 から出版。
スイス、ドイツ、トルコ、フランス、チリ、イタリアの音楽祭で、
自作品が演奏される。
★上記の 楽譜 & CDは、
「 カワイ・表参道 」 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/
「アカデミア・ミュージック 」 https://www.academia-music.com/ で
販売中
★私の作品の CD 「 無伴奏チェロ組曲 第 1 ~ 6番 」
Wolfgang Boettcher ヴォルフガング・ベッチャー演奏は、
disk Union クラシック館で、購入できます。
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■今後のスケジュール
第4回 2014年 12/24 (水) Inventio & Sinfonia 第4番
第5回 2015 年 1/14 (水) Inventio & Sinfonia 第5番
第6回 2015 年 2/11(水・祝) Inventio & Sinfonia 第6番
第7回 2015 年 3/18 (水) Inventio & Sinfonia 第7番
各回とも、10:00-12:30
※copyright © Yoko Nakamura
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