音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■「ラヴェルのお薦めピアノ作品」の余談■

2008-02-21 23:43:00 | ■私のアナリーゼ講座■
■「ラヴェルのお薦めピアノ作品」の余談■
                   08.2.21

★「ラヴェルのお薦めピアノ作品」(08.2.18)で、

34歳の作品「ハイドンの名によるメヌエット」は、

ハイドン「HAYDN」のスペリングを、

音に当て嵌めてメロディーをつくり、

曲に折り込んでいることをご紹介しました。


★そのことについての、サン=サーンスから

フォーレへの手紙が、残っております。

サン=サーンスは、フォーレより10歳年上で、師弟関係でしたが、

生涯を通じて、尊敬しあう友人でもありました。

サン=サーンスは、名前を織り込む作曲には

懐疑的で、好意的ではなかったようです。

以下は、「ラヴェル-生涯と作品-」

ロジャー・ニコル著 渋谷和邦訳 泰流社

からの要約です。


★<音楽雑誌S・I・Mの創刊者エコルシェヴィユ氏が、

ハイドン没後100年を祝い、音符でHAYDNの名前を表した曲を

たくさんの作曲家に依頼した。

サン=サーンスは、フォーレに

「エコルシェヴィユ氏は、ハイドンを記念したい、と言っている。

それは好ましいことです。

しかし、音符に名前を当て嵌めた曲を求めています。

(HAYDNは、ロ、イ、ニ、ニ、トと割り振っている)

私は、エ氏に“はたして、YとNがニとトを意味することが可能か、

立証してみせてくれ”と、問い合わせた。

同じことを君にも尋ねてみたい。

しかし、こういう馬鹿げたことに、かかわりでもしたら、

厄介なことになるかもしれない。

ドイツ音楽界に、物笑いの種をまくことになるからです」>


★結局、フォーレも、サン=サーンスと同様、作曲せず、

求めに応じて作曲したのは、ラヴェル、ドビュッシー、

ダンディー、ヴィドール、アーン、デュカなどだったそうです。


★ラヴェルは、前回のブログで書きましたように、

HAYDNの音を、逆行形も使って美しく散りばめ、

わずか54小節ですが、見事な「小宇宙」を創造しました。


★数個の音から成る同一テーマを、素材にして、

何人かの作曲家が、それぞれ作曲することは、

各々の個性が現われ、大変に興味深いものです。

HAYDNについては、デュカとドビュッシーの作品も

とても優れています。


★案外、サン=サーンスとフォーレは、

そのように比較されることを、嫌ったのかもしれません。

さらに、当時の長老であったサン=サーンスは、

“若僧”で、前衛の最たる存在だったドビュッシーやラヴェルと

同じテーマで書くことなど、

プライドが許さなかったのかもしれません。

また、自分ひとりが書かないのでなく、

フォーレにも同調を求めた、ともとれます。

テーマに必然性がない訳ですから、一種の遊びとして

割り切らないと、作曲できません。


★このように、名前を織り込んむ作曲は、最近でも見受けられます。

1976年、指揮者「パウル・ザッハー」の満70歳の誕生日を記念し、

チェリストのロストロポービッチが、ベリオ、ルトスワフスキ、

ホリガー、デュティーユ、ブーレーズなど12人の作曲家に呼び掛け、

「SACHER」の名前を、「変ホ、イ、ハ、ロ、ホ、ニ」という

音にして、曲を作るよう依頼しました。

それらは、技巧的にみて大変、興味深い曲集となっています。


★その曲集は「12 HOMMAGE A PAUL SACHER POUR VIOLONCELLE」

というCDで発売されています。

POLYDOR  ECM NEW SERIES  POCC-1025/6。

ザッハーは、「バーゼル室内管弦楽団」や、

バーゼルの「スコラ・カントルム」の創設者でもあり、

大変な財力を持っていた人で、

多くの現代作曲家の初演を支援しています。


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■ ベートーヴェン・ピアノソナタの楽譜について ■

2008-02-20 23:48:18 | ■私のアナリーゼ講座■
■ ベートーヴェン・ピアノソナタの楽譜について ■
                        08. 2.20

★3月2日の「ワルトシュタイン・アナリーゼ講座」について、

「どのような楽譜を持参したらいいか」という、お尋ねがございます。

普段、お使いになっています楽譜で構いません。

どのような版でも結構ですので、ご持参ください。


★私は曲を勉強する際、「原典版」と

優秀な「校訂版」を数種類、参照するようにしています。

「ベートーヴェン」につきましては、

原典版としては「ヘンレ版」、

校訂版としては、イタリアのEDIZIONI-CURCI社から出ています

「アルトゥール・シュナーベル(1882~1951)版」と

EDITION PETERS社「クラウディオ・アラウ(1903~1991)版」の

2冊をよく見ます。


★一冊だけを、参照していますと、

どうしても、固定観念に捕らわれがちです。

特に有名な曲ですと、悪い意味で、慣れ親しんでしまい、

発見のない退屈な演奏に陥る危険性も、ありえます。


★シュナーベル版は、

指使い一つとっても、考え抜かれています。

決して、弾き易い指使いではないのですが、

何故そのように、弾きにくい指使いを、

あえて、指定するのか、

それを考え、そして、その通りに弾いてみますと、

テーマの重要なモティーフが、

浮かび上がってくることに、

気付かされることが、多々あります。


★それに気付きさえすれば、

あえて、その難しい指使いを採用しなくても、

シュナーベルが、「そこで何が重要であるか」を

指摘しているか、よく分かります。

常套表現、即ち、頭の中で無意識的にはびこっている

固定観念の“煤払い”が、出来るわけです。


★丁寧に、シュナーベル版を読んでいきますと、

このマエストロから、“個人レッスン”を受けている

自分を発見するのです。

それは、決して、シュナーベルと

同じ演奏をするということでは、ありません。

シュナーベルに“指摘され”、

気付かされたベートーヴェンの意図を、

さらに、原典版で突き詰め、

自分独自の表現法を、創造していくのです。

「演奏」とは、そのような営為を指します。


★従いまして、勉強するということは、

○○先生のところに行って、教えを受け、

先生から言われた通りに弾くことでは、ありません。

自分で苦労して、発見してはじめて、

借り物ではない自分の表現が、出てくるわけです。


★「アナリーゼのいい本を、紹介して欲しい」と

よく、お尋ねがありますが、

残念ながら、良い本を知りません。

自分で、アナリーゼする方法のヒントを

この講座で、見出していただければ幸いです。


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■ ラヴェルのお薦めピアノ作品 ■

2008-02-18 13:29:41 | ■私のアナリーゼ講座■

■ ラヴェルのお薦めピアノ作品 ■
                 
                     08.2.18


★モーリス・ラヴェルのピアノ作品は、大曲ぞろいで、

なかなか気楽に弾ける曲がありませんが、

「ハイドンの名によるメヌエット」は、2ページ余りで、

テンポも「メヌエット」の速さですので、弾き易いかもしれません。


★ラヴェルが34歳、1909年に作曲されました。

この年は、ハイドン(1732~1809)の没後100年にあたり、

ハイドン HAYDN のスペリングを

「ソジェット・カヴァート SOGGETTO CAVATO」という手法で、

音に当て嵌めてメロディーをつくり、曲の中に折り込んでいます。


★1909年は、ラヴェルは2曲しか書いておりません。

一つは、歌曲「トリパトス」、もう一つが、このピアノ曲です。

前年に、有名な「夜のギャスパール」や、

「マ・メール・ロワ」(1908~1910)も書いています。

翌1910年には、スペイン、フランス、イタリア、

ヘブライの歌による歌曲を作曲していますし、

1909年からは「ダフニスとクロエ」の作曲も始めています。


★ですから、発表作品が2曲ということであるだけで、

決して、創作の手を緩めたわけではないでしょう。

私は、この「ハイドンの名によるメヌエット」がとても好きです。

まさに、高雅で感傷的(NOBLE and SENTIMENTAL)な

「メヌエット」です。


★曲の冒頭のテーマが、「ソジェット・カヴァート」によって

導き出された「HAYDN」即ち、

「シ、ラ、レ、レ、ソ」のメロディーです。

16小節目3拍目のバスで、「ハイドン」のメロディーが奏でられた後、

19小節目の左手で奏される内声に、

その逆行形の「ソ、レ、レ、ラ、シ」が現われます。 


★さらに、25、27、29小節目から始まる内声にも、

同じ逆行形が見られます。

もちろん、42小節目の3拍目から始まる再現部では、

上声に、「ハイドン」というテーマが出てきます。

再現部の前で、バスに長い保続音があるのも、

バッハの前奏曲でよく見られる形です。

そこが、曲のほぼ3分の2の場所であるのも、

定石通りです。


★54小節の短い曲ですが、楽譜を見て、弾いて飽きない

「小宇宙」です。

ラヴェルの音の使い方を覚えるためにも、大変に役立ちます。

例えば、33小節目、ロ短調の「属九の和音」の五音が、

「ド♯」から「ド・ナチュラル」に、「下行変質」していますが、

変化させずに、「ド♯」のままで弾いてみますと、

その差がよく分かると思います。

是非、お試しください。


★「ソジェット・カヴァート SOGGETTO CAVATO」の

転換表は次の通りです。

ABCDEFGHIJKLMNOPQRSTUVWXYZ (アルファベット)

ABCDEFGABCDEFGABCDEFGABCDE(英語による音名)

「H」は、「ソジェット・カヴァート」の英語版では、

「ラ」になり、「HAYDN」は「ララレレソ」となります。

しかし、あまり美しいメロディーとはなりません。

そこで、ラヴェルは、「H」だけをドイツ語対応にして、

「シ」としたのでしょう。

ドイツ語では「Hはシ・ナチュラル」の表記ですので

「HAYDN」は「シラレレソ」となります。


★ドレミファソラシドは、イタリア語です。

シは、ドイツ語ではH(ハー)、英語ではB(ビー)に対応します。

ちなみに、シ♭は、ドイツ語では、B(ベー)、

英語ではB♭(ビーフラット)となります。

「B」は、ドイツ語と英語では違う音を意味しますので

十分に気をつける必要があります。


★2月18日発行の「ぶらあぼ」3月号に、

3月2日、カワイ表参道で開催いたします

アナリーゼ講座「ベートーヴェン、ワルトシュタインソナタ」の

お知らせが出ています。

ご覧いただけましたら幸いです。


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■「ワルトシュタイン」ソナタのロシア作曲家への影響■

2008-02-10 17:18:21 | ■私のアナリーゼ講座■

                        08.2.10

★ベートーヴェン(1770~1827)の「ワルトシュタイン」ソナタの

第1楽章冒頭に出現する、魂を鼓舞するような和音連打は、

ハ長調で始まります。

一瞬、ト長調を経て、変ロ長調に移調します。

この「同音連打」と、「遠隔調への移調」

つまり、主音から長2度下の調への移調は、

ロシアの近代作曲家の曲に、大きな影響を与えています。


★プロコフィエフ(1891~1953)のピアノソナタ第3番は、

学生時代から約10年もかけて練り込み、1917年に完成させた

一楽章形式の個性的なピアノソナタです。

「D'apre des vieux cahiers」(古い手帳から)という副題をもち、

修行時代のプロコフィエフと、一人前となったプロコフィエフの

両方のスタイルが混在しています。

このソナタの冒頭に「同音連打」が出てきます。

「ワルトシュタイン」ソナタがもし、存在しなかったならば、

この「同音連打」は、このソナタ3番には出てこなかったことでしょう。

プロコフィエフが、ベートーヴェンをどのように

吸収、消化していったか、よく分かる例です。


★ショスタコービッチ(1906~1975)は、チェロ協奏曲第1番の

第1楽章の第1テーマで、この「遠隔転調」を使っています。

この曲は、円熟期に入った50代のショスタコービッチが、1959年、

プロコフィエフのチェロ協奏曲2番(1951年作曲)に、

触発されて作曲しました。


★二人のチェロ協奏曲は、ロストロポービッチが初演しています。

ショスタコービッチは、明らかに、プロコフィエフに負けまいと、

大変に個性的なオーケストレーションを、ほどこしています。

冒頭から45小節目までは、弦楽器が全く登場せず、

オーボエ、クラリネット、ファゴットなどの管楽器と

独奏チェロとの対話で、曲が始まっていきます。


★ショスタコービッチの名前を、音符に当てはめた第1テーマは、

チェロむき出しの独奏で提示されますので、

どんな和音が付くかは、全く分かりません。

58小節で、ようやく、弦楽器のテュッティで第1テーマが奏され、

そこで初めて、和音付けが、明らかになります。


★この和声進行こそ、主音から長2度下に移る

あのワルトシュタインの「遠隔転調」なのです。

若書きのプロコフィエフ、円熟のショスタコービッチ、

この二人の大作曲家に、ワルトシュタインは、

大きな影を落としています。


★名曲を、徹底的に勉強いたしますと、

気が付かないうちに、その形が身に付き、

意識的か、無意識的であるかは別として

自分の作品に、ごく自然に出てくるものなのでしょう。


★3月2日のカワイ表参道2F「コンサートサロン・パウゼ」での、

「アナリーゼ(楽曲分析)講座」では、このようなお話も

織り込んでみたいと、思います。



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■ブラームスの「最後の歌曲」をキャスリン・フェリアで聴く■

2008-02-01 15:41:58 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■
■ブラームスの最後の歌曲をキャスリン・フェリアで聴く■
                        08・2・1
          

★ブラームス作曲「4つの厳粛な歌」Op.121は、

ブラームス(1833~1897)の死の前年、1896年に書かれた作品です。

その後、「オルガンのための11のコラール前奏曲」Op.122を作曲し、

これが、作品番号の付いた最後の曲となります。


★この歌曲の前は、あの有名な「クラリネットソナタOp.120」です。

私は、この歌曲集の楽譜を見るたびに、

晩年のブラームスが辿り着いた最高の作品、といつも思います。

しかし、これまで、コンサートやCDで何回か聴きましたが、

運が悪かったのか、“音楽の泉が枯れ果てた最晩年のブラームスが、

やっとの思いで書いた苦しげな曲” として

歌われるような演奏がほとんどでした。


★自分の譜の読み方がまずいのか、と思うこともありました。

ところが、NAXOSの「グレート・シンガー・シリーズ」にある

『キャスリーン・フェリア』のCDを聴き、

自分の解釈に、やっと自信をもちました。

『ブラームス・アルト・ラプソディ他/シューマン・女の愛と生涯』

CDの番号は「8.1110099」です。

このCDを聴いて初めて、

ブラームスが求めていた演奏はこれだ!、と思いました。


★キャスリーン・フェリア(1912~1953)は、

40代の初めに若くして亡くなり、

いまだにファンが多い、イギリスのコントラルトです。

清らかで暖かく、知性に溢れ、他の追随を許さない深い解釈、

また、その知的で優しい顔立ちもちょうど、

女優の原節子さんに似て、一度写真を見ると忘れられません。


★夭折したフェリアが、亡くなる3年前の1950年7月17日の録音です。

同じ録音のCDが、海外の別の会社から出ていますが、

こちらは、音質が悪くお薦めできません。

NAXOSのリマスタリングはとても優秀で、

古い録音を、立派な音質に再現しています。


★このブラームス歌曲集は、自身の63歳の誕生日(5月7日)を

祝うために作曲した、と本人が語っています。

同年11月9日、ヴィーンの「ベーゼンドルファー・ホール」で

公の初演が、なされました。


★この曲集は、ドイツ語の聖書からとった

死を思う厳粛な内容を表現しています。

ブラームスが、それまでにたくさんの友人たちを亡くして

落ち込んでいた、というエピソードや、

厳粛「ERNSTE」という語に振り回され、

演奏家たちは、“固く冷たく枯れた演奏”をしがちです。


★しかし、フェリアは、死を歌いながら、

死を歌うことによって、生きることの素晴らしさを、

高らかに歌っています。

ブラームスの望んだ演奏も、

多分、このようなものだったのではないでしょうか。

お薦めのCDです。


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