音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■【子供の領分】の第6曲「ゴリウォーグのケイクウォーク」は《異名同音》の技法を使う■

2023-08-31 20:41:18 | ■私のアナリーゼ講座■

■【子供の領分】の第6曲「ゴリウォーグのケイクウォーク」は《異名同音》の技法を使う■
 ~第5曲「小さな羊飼い」と《異名同音》で緊密に手を結ぶ~
                     2023.8.31 中村洋子

 

 

 

 

★酷暑の8月もようやく終わりを迎えました。

7月17日の岡山での講演会の後、ブログを沢山更新する

方針でしたが「暑い暑い」と言っているうちに、もう9月に。

宿題を沢山抱え、新学期を迎えてしまった小学生の気分です。

岡山の講演会は、素晴らしいお客様方に多数ご参加いただき、

とても楽しく、心に残る会になりました。


ブラームス「交響曲第4番」についても、

講演でお話することで、自分の理解が更に深まりました。

この講演内容については、この後のブログで報告いたします。


★講演会終了後、岡山城でレセプションが開かれました。

お城から見る、夕闇に囲まれた岡山の街の風景は

一生忘れないでしょう。

夏の遅い夕闇に沈んだ城下町は、詩情豊かな美しさでした。

江戸時代の城主の見た風景を想起させます。

その美しさの半面、人々の個々の暮らしは見えません。

何となく「十把一絡げ」の「民草」の印象です。

為政者は「庶民」をこうやって眺めていたのだなぁ、

という感慨も。

私も「草」の一本ですが、

それでも「考える葦」にはなりたい、と思いました。

 

 

 


★さてブログの更新が、遅れましたが、

「勉強」は、ゆっくり、じっくり、ずっと続けています。

その一つは、Claude Debussy クロード・ドビュッシー

(1862-1918) 「子供の領分」です。


★Debussyの"Children's Corner"が決して「子供用の曲」では

ないのは、自明の理ですが、学べば学ぶほど、その愛らしく優しい

外見とは裏腹に、物凄く峻厳な論理の世界によって

構築されていることがわかります。


★大事なことは、この曲集が「6曲」で構成されていることです。

ドビュッシーは、「Préludes pour Piano」の作曲家であることを

以前お話しました。

「前奏曲集」とは取りも直さず、バッハの「平均律クラヴィーア曲集」

を、根底に持っている作品を、意味します。

ショパンの「Préludes」も、同様です。

ドビュッシーは自らを、“バッハの正当な後継者である”と、

高らかに、宣言しています。


★それでは、「子供の領分」はどうでしょうか。

これは、バッハの「Suite 組曲」を土台に作曲された、と

言うことができます。

"Children's Corner"の第6曲は、バッハの「組曲」の

最終曲の第6曲と同じ意味を、持っているのです。

 

 

 

 

★第6曲"Golliwogg’s cake walk"は明るく楽しい曲です

ので、単独で演奏されることも多く、

気楽なポピュラー音楽のレッテルさえ貼られているようですが、

本当にこの曲の意味を知りたいのであれば、

この組曲の第1曲から第5曲の勉強は必須です。


★私の勉強会でもほぼ1年かけて、この曲を学んでいますが、

ドビュッシー音楽の扉を、やっとノック出来た、という感じです。

さて"Golliwogg’s cake walk"を学ぶのには、その前の曲、

第5曲"The little Shepherd"「小さな羊飼い」の理解が

不可欠です。


★この第5曲は短く、比較的「地味」なので、目だない

存在ですが、ドビュッシーの生涯の全作品を通して、

これ程、重要な曲もないでしょう。

第5曲"The little Shepherd"「小さな羊飼い」は、

オーケストラ曲「Prélude à "L'après-midi d'un faune" 

牧神の午後への前奏曲」と、フルート独奏曲

「Syrinx シュランクス」を、繋ぐ曲でもあります。


★この"Children' Corner"でも、第5曲は、僅か「31小節」

とても小さな作品ですが、これなくしては、全曲がガラガラと

瓦解してしまうほど、大きな役割を担っています。


★この役割について、今回は"Golliwogg’s cake walk"との

関係に絞って、見てみましょう。


"The little Shepherd"は、イ長調「A-Dur」です。

調号は、「♯3つ」です。

"Golliwogg’s cake walk"は  変ホ長調「Es-Dur」

調号は「♭3つ」です。

これだけ見ますと、イ長調「A-Dur」と変ホ長調「Es-Dur」は、

大変遠い「遠隔調」ですから、

二つの曲の調には、何の関連も無いように見えます

(以降、"The little Shepherd"を「小さな羊飼い」、
"Golliwogg’s cake walk"を「ゴリウォーグ」と略します)

 

 

 


★それでは第5曲「小さな羊飼い」の後に、

「ゴリウォーグ」君は、唐突に姿を現したのでしょうか?

そうではありません。

この二曲の調性は、非常に遠い《遠隔調》ですが、

各々の個性を失わせることなく、

「緊密に手をつないぐ方法」、即ち、バッハが

「平均律クラヴィーア曲集1巻8番」のプレリュードを、

「変ホ短調es-Moll(♭6つの調)」で、

フーガを「嬰ニ短調dis-Moll( ♯ 6つの調)」で作曲したのと、

同じ手法を使っています。


★ただドビュッシーは、この二曲の調号をバッハのように、

「異名同音の調」にすることは、しませんでした。

この「小さな羊飼い」と「ゴリウォーグ」の【非常に重要な音】を、

《異名同音》を使うことによって、二曲が全く違う曲でありながら、

大きな一体感を醸し出すことができたのです。


★具体的に見ていきましょう。

「小さな羊飼い」12小節目を、幹音(♯や♭の付いていない音)

以外すべての音を、《異名同音》で書き替えてみます。

12小節目は、もちろん「♯3つ」のA-Durですから、♯系です。

これを「♭系」で、書き替えるのです。

 


 


★続く13~16小節も同様に、「♯」系から「♭」系

《異名同音》で、書き替えてみます。

この様に、異名同音で書き替えましても、

楽譜を見ずに、耳で聴く分には全く音は変わりません。

 

 

 


★「小さな羊飼い」12小節3拍目の「dis² -h¹」は、

異名同音で書き替えると、「es² -ces²」になります。

12~15小節までの各小節に、しつこく「dis² -h¹」

即ち、異名同音「es² -ces²」が出現します。

16小節では1オクターブ低い「dis¹ -h」、即ち

「es¹-ces¹」になります。

ドビュッシーはどうして、同じモティーフを畳みかけるように

連続して使ったのでしょうか?


★解答は、第6曲「ゴリウォーグ」の冒頭にあります。

曲の冒頭2~4小節に、「小さな羊飼い」と同じく、

しつこい位「es²- ces²」→「es¹-ces¹」→「es-ces」の

モティーフが連続します。

 

 

 


★「ゴリウォーグ」は、直前の第5曲「小さな羊飼い」とは、

かけ離れた「遠隔調」でありながら、この「耳で聴くだけ」では

全く同じ音によるモティーフが、両方の曲で連続して奏され、

違和感なく、一体感を醸し出しているのです。

 

 

 

 

★次に「小さな羊飼い」の、21小節を見てみましょう。

この小節の下声(左手)部分を、同じように

異名同音で、書き替えてみます。

 

 

 

1-3拍目の「ais¹-gis¹」の異名同音は、

「b¹-as¹」です。

この「b¹-as¹」は、「ゴリウォーグ」の1小節目、

冒頭音に相当します。

 

 

 

 

★この様に「ゴリウォーグ」の冒頭の主要モティーフは、

「小さな羊飼い」で異名同音ながら、

慎重に、準備されていたことが分かります。

このため、この二曲は、曲想も、調号も全く異なりながら、

違和感なく接続し、それでいて「小さな羊飼い」の静かで

穏やかな牧歌的曲想から、どこか猥雑な雰囲気さえ

漂わせた、都会的な20世紀のパリの劇場へと、

無理なく、移動できるのです。


★更にもう一つ、「小さな羊飼い」24 、25小節

下声(左手)部分の第3拍目の二分音符和音も、

異名同音で、書き替えてみましょう。

 

 

「ゴリウォーグ」の6小節目。

前奏が終わった後の、cake walkの軽やかな踊りの

伴奏の和音「Es-B」

これも「小さな羊飼い」の24、25小節と、

高さは1オクターブ違いますが、同じ音です。

 

 

「ゴリヴォッグ」冒頭部分の重要モティーフは、

「小さな羊飼い」から由来していることが、

お分かりいただけたかと思います。

 

★それでは「小さな羊飼い」の、異名同音変換した

この部分は、「小さな羊飼い」の曲の中で、一体

どんな意味を持っているのでしょう?

遠からぬ次回の当ブログで、ご説明いたします。

 

 

 


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