音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■ ラヴェルに対する誤解について ■

2007-12-25 19:27:50 | ■私のアナリーゼ講座■
  07.12.25

★メリー・クリスマス!!!.

皆様どのようなクリスマスをお過ごしでございましたか。

イブが休日であったため、街も静かで、

往年の賑やかな風景は影を潜めておりました。

私も、家で落ち着いて作曲に励んでおりました。


★モーリス・ラヴェル(1875~1937)のアナリーゼ講座を、

来年(08年)1月に、日本ベーゼンドルファーで開催予定でしたが、

倒産事件の余波で、残念ながら中止となりました。

そこで予定していましたお話を、時々、掲載したいと思います。


★ラヴェルの「ピアノのためのソナチネ」は、1905年の作曲です。

ラヴェルについては、一般的に昔から二つの誤解があります。

一つは、“その作風がスイス製時計のように精緻で正確だが、

冷たく、暖かみに欠ける”

二つめは、“ドビュッシーは、ピアノの名手だったが、

ラヴェルはピアノが下手だった”


★ラヴェルの「ソナチネ」は、

彼自身による演奏により、一楽章と二楽章を聴くことができます。

ペーパーロールに記録された彼の演奏を、CDで聴きますと、

二楽章は、これ以上の演奏は望めないような名演、と私は思います。

それは、ラヴェルがこの二楽章を、

どのような意図で作曲したかが分かるように、

暖かく、憧れに満ちた音色と表現方法で、演奏しているからです。


★最近、ときどき見受けられるゾッとするような冷たい音色と、

この人の感受性は一体どういう質なのか、と考え込んでしまうような

自己顕示に満ちた演奏とは、対極的な世界です。

作曲家の自作自演は、自分の作品との距離の取り方が難しく、得てして

演奏家によるものの方が、優れた場合が多いのですが、これは違います。

このCDは、比較的入手しやすいので、是非、お聴きください。


★二楽章のテンポは、メヌエットに指定されています。

冒頭の和音を、彼はアルペッジオで奏しています。

ラベルは、この二楽章の和音に

一つもアルペッジオ記号を付けていませんが、

多くの箇所でアルペッジオ奏法をしています。

バロック時代は、記譜がなくても

和音をアルペッジオにすることが多くありました。

ということは、この曲は、チェンバロの奏法を意識して、

演奏しなければなりません。



★さらに、彼は、和音の性格によって、

アルペッジオの速度を微妙に変えています。

この速度を勉強すれば、

どの和音が重要か、

どの和音が経過和音の性格を持っているのかが、

よく分かります。

たとえ皆さまが、アルペッジオでなく演奏される場合でも、

表現法の絶好なガイドとなります。

この自演を聴かずして、この二楽章は本当に勉強できない、

演奏することがとても難しい、歯が立たない、とも言えます。


★私は、サンソン・フランソワが大好きです。

ドビュッシーの作品では、

とても素晴らしい演奏をしたフランソワが、

この「ソナチネ」では、どう弾いていいのか、

戸惑いを隠せないような演奏を残しています。

それだけ、手強い曲なのです。


★ラヴェルは、ロベール・カサドシュ(1899~1972)の

演奏を好んでいました。

カサドシュの妻・ギャビーが校訂した「ソナチネ」の楽譜が、

シャーマー社から出版されていますので、ご参考ください。


★ここで気を付けるのは、

ロベール・カサドシュの意見が、ラヴェルの考え方と、

すべて一致しているわけではない、という点、さらに、

ギャビーの考え方が、ロベールとすべて一致している訳でもない、

ということです。

ギャビー版は、ラヴェルの≪孫引き≫ぐらいに位置付け、

勉強してください。


★以前、シューマンの「子供の情景」を例にして、書きましたように、

ロベルト・シューマンの考えが、妻のクララの校訂によって、

間違って、長年伝えられてきた例があるからです。


★“作風が、精緻で正確だが、冷たく暖かみに欠ける”

という誤解については、

一楽章を例にして、次回に書いてみたい、と思います。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする