■ベートーヴェン:二種類のスタッカートが曲の構造を正確に示す■
~10月31日:オンライン・アナリーゼ講座Beethoven 悲愴2楽章~
2020・10.20 中村洋子
★日没が日に日に、早くなってきます。
散歩の途中、地面に落ちて鳥がついばんだ柿を見かけました。
「栗おこわ」や、「栗の茶巾絞り」は、秋の味覚です。
≪行(ゆく)あきや手をひろげたる栗のいが≫ 芭蕉
★芭蕉、最晩年の句です。
地に落ちて、割れた毬(いが)の中から、
はち切れんばかりの栗の実が、天を仰いでいます。
行く秋に寂寥だけでなく、生の充足を感じている芭蕉です。
「成し遂げた」という、満ち足りた心延(ば)えすら、
うかがえます。
★生誕250年のBeethoven ベートーヴェン(1770-1827)も、
57歳で世を去る時には、恐らく、
そういう感情をもったことでしょう。
★10月31日のアナリーゼ講座は、
Beethoven「ピアノソナタ第8番 c-Moll 《悲愴》」ですが、
この曲は1779年12月に初出版されました。
Beethoven 20代最後の年です。
今回は、第2楽章のみの講座ですが、あまりに人口に膾炙した曲
ですので、ついうっかり、単に“優しく美しい曲”と見がちです。
しかしながら、 内に秘められたその“凄さ”を、
見逃してしまう曲でもあります。
★この講座のために、今一度勉強し直しましたら、
「ゆるぎない構造」と「和声」、「対位法」に圧倒されました。
例えば、Beethoven の「staccato スタッカート」表記法を、
見てみましょう。
現代の大部分の実用譜では、ただの黒い点「・」に、
統一して記譜されていますが、
Beethoven は自筆譜で、「丸い(点)スタッカート」と、
「楔形のスタッカート」の二種類に区別し、書き分けています。
★その二種類はかなり厳密に、使い分けられています。
例えば、1楽章の序奏(1小節目から10小節目)が終わり、
ソナタ形式の第1テーマ が始まる11~14小節目の
右手の上声は、「楔形スタッカート」にしています。
★続く15、16小節目上声の4個の二分音符の和音にも、
スタッカートが付いていますが、これは楔形でなく、
「丸い(点)スタッカート」です。
★それは当然のことでしょう。
音を長く伴って延ばす2分音符に、「楔形の鋭いスタッカート」を
付けることは、この場合矛盾しています。
2分音符で記譜する必要は、無くなってしまうのです。
★11小節目冒頭に、Beethoven は「Allegro di molto e con brio
とても快速に、そして生き生きと」という指示を、書き込んでいます。
「丸い(点)スタッカート」を、15、16小節目の2分音符に
付けることにより、Beethoven はこう言っているように
聴こえます。
★《2分音符は、長い音価をもつ音です。
しかし、ここにスタッカートを付けたのは、
それを切れ目なく、ずっとレガートで弾く必要はない、
という意味です。
かといって、2分音符なのですから、
音をそれなりに延ばすことも、忘れないで下さい》。
★この11~18小節を反復する19~26小節も同様に、
19~22小節間の上声は「楔形スタッカート」、
23~24小節間の上声は「点(丸い)スタッカート」です。
さぁ、次に出現するスタッカートは、
どうなっているのでしょうか。
★次のスタッカートは、35~37小節の上声で、
「楔形スタッカート」です。
★11小節目から、ソナタ形式の「第1テーマ 」が始まりますが、
この部分(35~37小節)は、「第1テーマ」と51小節目からの
「第2テーマ」をつなぐ「推移部(移行部)transition」です。
そしてその素材は、「第1テーマ」の11~14小節目までの素材に
よって作られているため、「楔形スタッカート」を使うことは、
当然過ぎる程、「当然」です。
★続く38~41小節は、35~37小節の同型反復です。
ここで見落としてはならないことは、この4小節間の調性が、
「As-Dur変イ長調」である、ということです。
実にさりげなく「As-Dur」が登場しています。
★主調「c-Moll ハ短調」から見ますと、「As-Dur」は
主調「c-Moll」の下属調である「f-Moll」の「平行長調」です。
このため、「As-Dur」は「c-Moll」の近親調の一員ですので、
意外性は本来ない筈ですが、この場面では、
耳をそばだてるような「新鮮さ」です。
★そして大事なことは、この「As-Dur」が、第2楽章の主調になる、
ということです。
この1楽章38~41小節と、2楽章1、2小節の譜例を見比べて下さい。
和音の種類とmotif モティーフ(緑色とピンクで区別)まで同一
であることに、ハタと気付かれる事でしょう。
Beethoven の恐るべき天才の発露が、ここに見られます。
★第2楽章の調性(As-Dur)やmotif(動機、要素)は、
突然現出したのではなく、Beethovenが用意周到に第1楽章で
準備し、作曲した賜物なのです。
★第1楽章にお話を戻しますと、51小節目からは、
ソナタ形式の第2テーマが奏せられます。
49小節目に「p(ピアノ)」が設定されていますので、
51、52小節も、「p」のままです。
この場合のスタッカートが、「点(丸い)スタッカート」
になっているのも、実に自然です。
11小節目から始まる第1主題の厳しい「楔形スタッカート」
に対し、柔和な「点(丸い)スタッカート」が、
好対照となります。
★ソナタ形式の第1、第2テーマを作曲する際、
第1主題と第2主題を相反した性格にするというのは、
基本のイロハです。
★51小節目、両手が交差しているため右手で弾かれる
下声の「B-es」を見て下さい。
実は、この耳に焼き付く4度音程の「B-es」は、
第2楽章の1小節目2拍目の「b」と、2小節目1拍目の
「es¹」の4度音程によるmotifに発展していくのです。
★スタッカートの区別一つをとりましても、これだけ深く、
Beethovenの作曲技法に迫ることができるのです。
10月31日のアナリーゼ講座では、第2楽章に使われている
「楔形」と「点(丸い)スタッカート」を、Beethoven が
どのような考えによって区別しているのか、
それによって曲の構造と、この曲をどう演奏すべきかが、
理解できる、というお話も、詳しくご説明いたします。
★先日、アカデミアミュージック様の皆さまと、
我が家のピアノ室とをリモートでつなぐ実験をしました。
私はパソコンに疎いのですが、拍子抜けするほどスンナリと
お互いの顔など映像を、映し出すことができました。
もちろん、肉声も即座、同時に届きます。
★コロナ禍で、外出もままなりませんので、
この「リモート講座」にどうぞ、ご気軽に参加ください。
PCによるリモート講座の敷居は、高くありません。
★ところで先ごろ、私の作曲いたしました
「チェロとピアノのためのDuo」がドイツで、
出版されることが、決まりました。
ヨーロッパもコロナ禍で大変な状況のようですが、
それにもかかわらず、彼らの倦まず弛まず、
着々と仕事を続けていく姿勢に、感服しました。
★ドイツではコロナ禍が始まったことし3月、
モニカ・グリュッタース文化相が、
「私たちの民主主義社会では、創造的な人々の創造的な勇気が
危機を克服するのに役立ちます。私たちは未来のために、
質の高いものを創造するあらゆる機会をとらえるべきです。
芸術家は必要不可欠な存在であるのみならず、
命の維持に必要なのです。特にこの状況にある現在においては」
と述べ、文化機関や文化施設はこれからもずっと維持し、
芸術や文化で生計を立てている人々の生活を確保することは、
現在のドイツ政府の文化的政治的最優先事項であるとして
大規模な資金支援を実践しました。
★《芸術家は必要不可欠な存在であるのみならず、
命の維持に必要なのです》
素晴らしい認識ですね。
そして、この発言が文化相によるものであることに、
さらなる感銘を受けます。
★Beethoven が発する天才の息吹に触れ、私たちも少しづつ
歩を進めていきましょう。
https://www.academia-music.com/user_data/analyzation_lecture
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