音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■■ 山の恵みとチェロ組曲第一番 ■■

2007-12-24 17:15:21 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/11/19(月)

★山形県の置賜地方に在住のお友達から、素敵な秋の恵みを頂きました。

天然のナメコです。

包み紙の地方新聞をゴソゴソとほどき、ビニール袋をあけますと、

生命力で弾けそうなナメコたちが、押し合いへし合い、こぼれんばかり。

大きなものはシイタケと間違うほどです。

黄、茶、黒、白、透明な粘液までが、キラキラと光り、

自己主張しています。

秋の色、秋の森の色です。

陳腐ですが、宝石より輝いています。


★不思議なことに、森の底知れない静けさ、そう!、魂を包み込んでくれる

あの静けさまで、ナメコの饗宴を見つめておりますと、聞こえてきました。

ナメコの根っこにくっ付いている腐葉土からは、

森奥に踏み分けて入っていったような、錯覚を覚えるほど、

心休まる土の匂い、森の冷気が伝わってきます。

自然の森はなんと豊かなのでしょう。


★お手紙によりますと、彼女は、小国町の森を七時間ほど、

友人とさまよってナメコを採ってきたそうです。

一句添えられていました『きのこ汁 椀に盛らるる 木霊(こだま)かな』

さまよいながら、山の精たちのおしゃべりや歌声、溜息が、

きっと木霊となって聞こえたのでしょう。


★お手紙の続きです。

『今秋は、雨が少なくてきのこは不作です。でも、人の入らないところでは、

一本のブナの倒木から、二キロぐらいもナメコが採れたりします。

今回の収穫は、六キロでした。

ナメコは、ブナにしか生えません。』

彼女は、開発の手からブナの森を守る活動も一生懸命なさっています。

歯に滲みるような美味しい日本酒の里として、東京ではつとに有名ですが、

この置賜地方は、溜息の出るような美しい山里です。

どの季節でも素晴らしい。

イザベラ・バードという英国人女性が1885年に出版しました

「日本奥地紀行」(平凡社ライブラリー)という本でも、

置賜を『実り豊かに微笑む大地。美しさ、勤勉、安楽さに満ちた魅惑的な地域。

アジアのアルカデヤ(桃源郷)』と書いています。


★彼女の「ベッチャー、日本を弾く」を聴いての感想です。

『まるでチェロの音色に、土産神が宿っているかのようです。

村の文殊堂のお祭り、外では祭囃子の笛、太鼓、耳元ではチェロ。

なかなかの調和でした。

次は、夏から晩秋までの二番を作っておられるのでは、と想像しています。

素敵な季語の組曲を楽しみにしております』。

そうです、組曲の二番を作り始めています。

しかし、これは、夏から晩秋ではありません。

それは、組曲三番で、存分に書くことになりそうです。


★二番の内容については、まだ内緒ですが、

出来ました部分を、ベッチャー先生にお送りしましたところ、

とても気に入っていただけました。


★彼女と一緒に、ブナを守る運動のリーダーをなさっている男性からも、

心温まるお便りを頂きました。

『葉山(地元の美しいブナの森)も紅く色づき、

間もなく落ち葉とともに、長い冬が訪れます。

光り輝く春のための眠りです。

組曲一番は、雪国のブナの山々を表現した珠玉のチェロ曲です。

“葉山讃歌”として、大切に聴かせていただいております』


★また、都内にお住まいのご高齢の女性からも、

「ベッチャーさんの、低く、深い、祈りの様な旋律を味わい、

美しく、懐かしく、素敵なうたに満ちた日本を、

しみじみと感じております」というお便りを頂きました。


★このように、熱心にお聴きいただき、そして心より喜んでいただけることは、

作曲家冥利に尽きます。

私のほうこそお礼を申し上げます。


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■ ベッチャー先生との出会い ■■

2007-12-24 17:14:15 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/10/16(火)

★2000年春「11月の東京リサイタル用に“荒城の月”の編曲が欲しい」と、

依頼されました。

これが、ベッチャー先生との出会いです。

その初演は、大変素晴らしかったのですが、

イントネーションがどこか“ドイツ訛り”。

先生も完全には納得されていなかったご様子。

その後、04年6月の東京リサイタルで、再び演奏していただきました。

日本人の演奏よりさらに立派な“荒城の月”に仕上がっていました。

その二年後の06年にも来日され、三度目の演奏は、

月光の下で、ススキが揺れる荒涼とした、

お能の一場面のような情景を、音楽でつくりだされていました。

これが「芸術」である、と実感しました。


★その後「日本を表現した私の曲を、録音してくださいませんか」と、

厚かましくもお願いしました。

即座に「Yes」と、予期せぬ嬉しいご返事を頂きました。


★07年4月末、先生はチェロを背負い、新緑の清々しい日本に、

飄々と降り立たれました。

録音が終わるまでご一緒しました1週間は、私にとって、

生涯忘れえぬ日々となりました。

先生は、ご自分のプロフィールの最初に

「ボリス・ブラッヒャー、エルンスト・ペッピングの下で学んだ」と、書かれています。

チェロの経歴は、その後です。

当時最高の作曲家二人に、徹底的に作曲理論を学んだという自負、

それが演奏家には絶対に必要である、ということを問わず語りに示されています。

日本人の演奏家に最も欠けている和声、対位法、アナリーゼなどの作曲理論を習得し、

その上でチェリストとしての研鑽を積まれた方です。


★私の新作「チェロ組曲」は、実は先生の来日一週間前、

ベルリンのご自宅にファックスしたばかり。

「録音は次回でね!」と言われても仕方ありません。

しかし、先生は物凄い集中力で深夜まで練習され、完璧に読みこなし、

溜息のでるような“ベッチャーの日本”を創造されました。

譜読みの確かさ、これこそアナリーゼの裏打ちなくして不可能です。


★お蕎麦、焼き魚、味噌スープ、ご飯、お好み焼き、煎餅、

これが先生の大好物です。

庶民的な食べ物ばかり。

「イッツ ソバ タイム」、練習や録音の時、お昼は、先生のこの掛け声で、

いそいそと近場のお蕎麦屋さんに出掛けます。

お蕎麦は毎食でも飽きないほど。

お酒もコーヒーも召し上がらず、その代わりに温かい緑茶。

日本人以上の日本人です。


★練習の合い間、先生は私に何年分もの宿題を課されました。

無駄口がない先生のお話は、一言一言、いまでもそのまま耳に残っています。

日本ではほとんど勉強されず、演奏もめったにされないラヴェル、R・シュトラウス、

現代作曲家等々の隠れた本当の名曲の数々。

そこに「創作の秘密が潜んでいる、最高のモデルです!」、

「(楽譜を読み解き)自分で発見してこそ勉強になります」と、

宝が大体どの辺りにあるか、それだけを穏やかに暗示されます。

“それらを学ばずして本当の西洋音楽が分かりますか!”と、

おっしゃりたいのでしょう。


★既に亡くなった著名な現代作曲家の名前を挙げ、そして、

口笛で見事な旋律を吹かれました。

ヨーロッパの田舎町、街角で楽士が演奏しているかのようです。

「彼の音楽は、実は、これなんだよ」、

「自分のルーツを大切にしなさい」と、最後におっしゃいました。

本当に含蓄のある言葉です。



▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■≪ヴォルフガング・ベッチャー 日本を弾く≫が完成■■

2007-12-24 17:13:19 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/10/15(月)

★金木犀が芳しく香り始め、ようやく秋らしくなってまいりました。

お元気でお過ごしのことと存じ上げます。


★ことし5月、チェロのマエストロ「ヴォルフガング・ベッチャー先生」に、

演奏していただきました私の作品集が、CDとして完成いたしました。

≪ヴォルフガング・ベッチャー 日本を弾く≫という題のCDです。

 新作の「無伴奏チェロ組曲第1番」のほか、「箱根八里による変奏ファンタジー」、

「平成越殿楽」、「荒城の月幻想」、「童謡集」など5曲が録音されています。


★ベッチャー先生は、日本ではあまり有名ではありませんが、

チェロ奏者として、最高の演奏家であると、私は、かねてより尊敬しております。
 
音楽の骨格を捉えた解釈、心地よいリズム感、甘くかつ知性に裏打ちされた歌わせかた、

襞に染み入るようなヴィブラート、心を湧き立たせるピッチカート・・・など、

音楽を聴くことがこんなにも喜びをもたらし、心が豊かになることかと、

先生の演奏に接するたび、いつも感動いたします。

同時に、先生は、大変優れた教育者でもあります。

限りなく優しく、丁寧な教えをお受けになった方は、終生の師と仰がれます。


★先生は、私の無伴奏チェロ組曲第1番について、

「たくさんのチェリストが、これから弾くことでしょう」と、評価してくださいました。

ことし6月7日、ベルリン市庁舎でのフンボルト財団・記念演奏会で、

この第1番のプレリュードと終楽章を、わざわざ初演していただきました。

とても光栄なことです。


★CDのマスタリング(原盤製作)は、日本で第一人者のJVC・杉本様が、

ご多忙にもかかわらず、一生懸命、作ってくださいました。

臨場感溢れる素晴らしい音質のCDとなりました。(詳細は、ブログに掲載中です)。

 どうぞ是非一度お聴きいただき、ご意見を賜れば、幸甚に存じます。

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★ヴォルフガング・ベッチャー 

1935年ベルリン生まれ。現在のベルリン芸術大学で、ボリス・ブラッヒャー、

エルンスト・ペッピングに作曲理論を、リヒャルト・クレムにチェロを学ぶ。

後に、モリス・ジャンドロン、エンリコ・マイナルディに師事。

カラヤン時代のベルリン・フィルハーモニーで、1963年から76年まで首席チェリスト。

「ベルリン・フィル12人のチェリスト」のメンバーとしても活躍する。

1976年、クレムの後を継ぎ、ベルリン芸大のチェロ教授に就任、

同フィルのコンサートマスターだったトーマス・ブランディスと

「ブランディス弦楽四重奏団」を結成し、活発な演奏活動をする。

門下からたくさんのソリスト、室内楽奏者などを輩出し、

現在、ベルリンフィルのチェロ奏者12人のうち7人が、ベッチャーの下で学ぶ。

ソリストとしては、ヨッフム、イッセルシュテット、マタチッチ、ツェンダー、

チェリビダッケ、ロビツキーなどの名指揮者と共演。

また、デュティーユ、リゲティー、ブリテン、ルトスラフスキーなど

現代作曲家のチェロ協奏曲も、積極的に演奏している。

チェロは、ヴェネチアのマッテオ・ゴフリラー1722年製作。

弓は19世紀ペテルスブルグのキッテル作。

(故パブロ・カザルスのチェロは1733年ゴフリラー)


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■「ヴォルフガング・ベッチャー 日本を弾く」■

●無伴奏チェロ組曲 1番

 1 雪国の祝い歌  2 山笑う(春の胎動) 3 惜春 4 山の神への祈り

 5 田植え歌  6 五月雨(さみだれ) 7 田植え歌   8 青田波

●9 箱根八里による変奏ファンタジー

●10 走馬灯~9つの日本の童謡

●11 荒城の月幻想

●12 平成越殿楽
 


▼▲▽△▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲▽△▼▲
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■■ CDのマスタリングについて(ベッチャー先生のCD) ■■

2007-12-24 17:12:14 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/10/6(土)

★前々回のブログで、「ベッチャー先生のCDが完成」をお知らせしました。

そこで、「マスタリング」という言葉を使いました。

耳慣れない「マスタリング」とはどういうものか、ご説明いたします。

製品となる「CD」をプレスする前に、CD原盤を作る必要があります。

そのCD原盤に刻み込む音を、最良の状態にする作業です。


★テープ、DAT 、CD-Rなどに録音されたデータには、

さまざまな雑音が、不可避的に入ってきます。

さらに、録音現場で、人の耳には聴こえていた最弱音も、

データを再現してみると、あまりよく聴こえなかったり、

弦を弓で擦(こする)る音は、うまく出ていても、

指で弾(はじ)くピッチカートの音が、現場で聴こえたように、

エネルギーをもって飛んで来なかったりします。

また、高音や特定の音が、耳障りに聴こえたり、

暖かい厚みのあった音が、痩せて聴こえる・・・・などなど、

記録された録音データには、録音現場での生演奏が、そのまま

再現されていることは、全く、ありません。


★CD原盤に、いかにして、実演時の生の音楽に近いものを、埋め込むか、

それが、マスタリングの使命です。

あたかも、オーケストラの指揮者のような知的営為です。

録音データに含まれている、膨大な万華鏡のような音の群れの中から、

あるものは“救い出し”、でしゃばったものには、“自重してもらう”、

か細くなって漂っている音を盛り立て、生演奏に近い臨場感を生み出す、など

どの要素を拾い出すか、捨てるか、強めるか、弱めるか、殺すか、

狙い通りの結果に辿り着くためには、高度な技術が要求されます。

真の名人芸です。


★それは、ほとんど創作に近いといえます。

音楽を完全に理解し、優れた演奏家と同等か、それ以上の

音楽的感性を備えた人だけが、成功します。

そうした努力の結果、

録音現場に立ち会っていた作曲家、演奏家が、

心から納得する“音楽”が、「CD」から生まれ出るのです。

そのように満足できるCDは、なかなか存在しないようです。

過度にお化粧した“整形美人CD”も多いようです。


★意外に思われるかもしれませんが、

CDを通して聴く場合、一曲が終わり、次の曲が流れるまでの

「なにも聴こえない時間」(ポーズ)の長さが、とても重要です。

聴く人の頭の中で“聴こえない音楽”が、滑らかに、

音楽的余韻をもって流れ、そして、自然に次の曲へと繋がっていくか、

あるいは、流れが分断され、興ざめを起こしてしまうか、

それを決める要が、「ポーズの長さ」なのです。

音楽で最も大切な要素である「リズム感」を、

マスタリング技術者がもっているかどうか?、

そのリズム感の良し悪しが、

ポーズの質を、左右します。


★今回、ベッチャー先生のCDマスタリングは、たくさんの方のご支援の結果、

JVCの「杉本一家」さんに、奇跡的にも、お願いすることができました。

(「一家」は、ファーストネームで、「かずいえ」とお読みするそうで、

おどろおどろしい組織とは、決して、関係ございません)

杉本さんは、前々回で触れましたが、ピアティゴルスキーの名演奏、さらに、

フリッツ・ライナー指揮、シカゴ交響楽団のバルトーク作曲

「弦楽器、打楽器、チェレスタのため音楽」、

アルトゥーロ・トスカニーニによるNBC交響楽団の指揮など、

歴史的な名演を復活させる、「リマスタリング」のお仕事を、

精力的になさっています。

依頼が殺到して、寝る間もないほど多忙だそうです。

また、マスタリングだけでなく、ギュンター・ヴァント指揮の

北ドイツ放送交響楽団「ブルックナー、マーラー」や、来日した演奏家、

例えば、マイスキー、アルゲリッチなどの録音も

依頼され、数多くなさっています。


★今回、ベッチャー先生の録音を聴いた瞬間、

杉本さんは一言、「マエストロですね!!!」。

そして、全身全霊を込め、長時間没頭して、このCD原盤を、作っていただきました。

私もスタジオでその作業に立会い、いろいろな意見を申し上げました。

それがすべて、CDに反映されました。

会心の出来のようです。

「音楽という“産業”は、このような方々の努力によって、支えられている」と

感動しました。


★事情により、DAT録音を録音データとすることができず、

杉本さんは、CD-R から原盤を作られました。

にもかかわらず、その結果は、録音の現場に立ち会った作曲家として、

「よくぞ、ここまで再現していただきました」の一言です。

目を瞑り、恍惚とした表情で、チェロを弾いていらっしゃった

ベッチャー先生の顔が、息づかいまでが、よみがえってきます。

言葉でいくら表現しても、音は再現できません。

どうぞ是非、お聴きください。



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■■チェロ独奏曲のベルリン初演■■

2007-12-24 17:10:56 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/6/13(水)

★ヴォルフガング・ベッチャー先生が、6月7日、ベルリン市庁舎大広間で、

私のチェロ独奏曲を初演してくださいました。

フンボルト財団の記念式典です。

演奏曲目は、私の「Festive song of snow country」(雪国の祝い歌)と

Gentle breeze waving the young riceplants (青田波)の2曲、さらに

Kirchner(キルヒナー1942~)の「und Salomon sprach」(そして、ソロモンは語った)の3曲でした。


★演奏の3日前に頂きました先生からのお便りでは、私の別の曲を弾かれる予定でした。

どちらも気にいっている曲でしたので、嬉しかったのですが、

直前に変更されるということは、両方とも暗譜されている、ということでしょう。

先生の不断の努力に、頭が下がります。


★演奏後に、また「Your composition had a real great success in Berlin Bravo Yoko !」

という嬉しいお便りを頂きました。

ベルリン市庁舎の天井の高い大空間に、ベッチャー先生の感じられた、美しい日本の

田園風景が音で、表現されたことでしょう。



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■■ベッチャー先生との録音 その6 真の教育とは■■

2007-12-24 17:09:55 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/5/29(火)

★ 録音も終了し、5月7日の朝、先生は大阪へ、私は東京へと発ちました。

先生は大阪で、マスタークラスのレッスンがあります。

それまでの6日間、お昼の休憩中や、時差で目が覚めてしまわれた夜中でも、先生は、

私の「無伴奏チェロ組曲」の演奏が困難な二小節を、ボーイングや運指を変えたりして、

なんとか演奏できるように工夫を重ねていらっしゃいました。

お別れするときも、「ベルリンに帰ったらもう一度、研究しなおしてみます」。


★録音の二日間、皆さんが飲み物で、談笑しているときも、先生は控え室で、

その二小節を飽きることなく、弾いていらっしゃいました。

ドア越しに、聴いていました私は、マエストロをここまで、

「追い込んでしまった」ことに、涙がこぼれそうになりました。

作曲家が、一音一音を書くことの重みについて、身をもって教えられたのです。

どんな音の一つ一つでも、決して、安易には書けない、という極当たり前のこと。

分かっているつもりでも、分かっていないことを自覚させ、

私の骨の髄に滲みこませてくださったのです。


★普通のチェリストでしたら、「ここは、演奏困難です、書き直してください」の一言です。

しかし、先生は「I try  my  best」です。

後日、5月12日、先生の帰国二日前のリサイタルを聴きに、大阪へ参りました。

リサイタル後、喫茶店でお茶を飲みながら、先生は「なぜ、あの箇所がそれほど難しいか」、

初めて、懇切丁寧に説明されました。

そして、厳かな顔で「ヨウコ!以後、この5度音程を使うことを固く禁ずる」

と宣告され、そして破顔一笑。

晴れやかなお顔でした。

困難なことに挑戦する背中を、ずっと見せ続け、それを克服し、

それから、理由をおっしゃる。


★「教育」とは、「教え」「育てる」ことです。

このエピソードこそ、教育の本当の意味を、示唆しています。

このブログをご覧になっていらっしゃる方々には、ピアノの先生や

いろいろな意味で、教育に携わっていらっしゃる方がおいでのことと存じます。

今回、私はこのブログで、ベッチャー先生のことを、何回も書きました。

先生の人となりは、幾分かは、皆さまに伝わったことと存じます。

そのなかで、私がもっとも、言いたかったことは、実は、この「教育」の話なのです。


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■■ベッチャー先生との録音 その5 お人柄■■

2007-12-24 17:08:46 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/5/27(日)

★5月6日、録音も2日目に入りました。

一日目で、かなり満足できるいい録音が取れましたが、さらに良いものを目指すため、

この日は、ゆったりとした気持ちで、新たに録音に臨みました。

合間には、楽しい会話も弾みました。


★「ヨウコは、お能を習っているのですか」と先生

「私も能を観たことがありますが、ワーグナーのオペラ的な長さですね」

「能の演者は、歳をとればとるほど、いいのですか」とご質問。

「私のお能の先生は、40代ですが、まだ若手といわれています」と答えますと、

ベッチャー先生は、満足そうにうなずいていらっしゃいました。


★歳を重ねることにより、芸術の真の姿が現われてくる「お能」と、

いま現在、歳とともに充実し、追随を許さない高みへと上昇しているご自身を、

重ね合わせられたのでしょう。

世阿弥の「風姿花伝」でも「若さによる一時的な花の珍しさで、その時は勝つこともあり、

世人も立派な役者だと感服し、青年自信も“俺は俊秀だ”と思い込む。

これは当人とっては仇である。

これは真の花でなく、ただ年の盛りと、観る人が、一時的に珍しく感ずるに過ぎない。

まことの目利きは、これが一時の花である、と見抜くであろう」と、書いております。


★何人かの知人が、練習や録音風景を、見学にいらっしゃいました。

通常は、「集中できない、妨げになる」などと拒否される演奏家も多いのですが、

ベッチャー先生は、即座に「It's OK」と本当に、心の寛い方です。

細部についても、何度も何度も、奏法やアプローチの角度を変えては弾き直し、

曲の秘めた可能性を、とことんまで追求される芸術家としての真摯な態度に、

皆さまは、感動を通り越し「豊かな贈り物をいただいたようです」と感銘されていました。

まだ高校生で、作曲を勉強中の私のお弟子にも、ベッチャー先生はやさしく

「ヤングコンポーザー!!!」と、声を掛けられました。

彼女にとって、一生、忘れ得ない“励まし”の言葉となったことでしょう。


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■■ベッチャー先生との録音 その4 ソルフェージュの重要性 ■■ 傑作(0)
2007/5/24(木) 午後 2:27作曲した曲が初演されるまで・・・その他芸術、アート Yahoo!ブックマークに登録 ★いよいよ5月5日、録音初日となりました。

山梨のホールで、録音作業は快調に、進んでいきます。

大阪でのリハーサルでは、音色の微妙な差を出すのに、

ミュート(弱音器)が、かなり使われていました。

しかし、録音では、ほとんどそれをお使いになることもなく、

ボウイング(弓の使い方)のみで、

驚くほどの色彩変化を出されていたのに、感嘆しました。


★そのボーイングとは、弓を当てる位置を、駒から離す「スル・タスト」や、

駒に接近させる「スル・ポンティチェロ」という技法の絶妙な配合、

さらに、弓の弦に対する圧力のかけ具合によるものです。


★録音の合間、先生は、リゲティのチェロコンチェルトのお話をしてくださいました。

Pが7つも並べられている、冒頭のPPPPPPP“ピアニシシシシシシモ”の

無限に続くかのような長い音を、実際に弾いて聴かせてくださいました。

滔々と流れる大河も、すべては泉から始まります。

音もなく、静かに、滾々(こんこん)と湧き上がる泉から、始まります。

泉から、水が湧き出でる形態を「涓」と、漢詩で表現します。

ベッチャー先生のPPPPPPPは、「涓」を思い起こさせました。

その水滴の一音、一音が、空間に向かって、

音楽の魂を懐胎しながら、“音もなく”、ほとばしっていくようでした。

周囲にいた私たちは、声も出ませんでした。


★最も感動したのは、指で弦を弾く「ピッチカート」の、リズム感の素晴らしさ、力強さでした。

弓を使わないのですから、ある意味で、ほとんど打楽器的な奏法といえるかもしれません。

音楽性がむき出しになり、全く誤魔化しがききません。


★沖縄島唄の名人「嘉手苅林唱(かでかる・りんしょう)」さんの存命中、その名演を聴きました。

演奏会が盛り上がった最後、それまで握っていた三線(さんしん)を、息子・林次さんに任せ、

林昌さんは、いきなり、太鼓の撥(ばち)を握りしめました。

一瞬、この名人の歌や三線がもう聴けないと、がっかりしました。

しかし、幸運にも、幸福にも、一生涯、絶対に忘れ得ない名演奏に遭遇しました。

僥倖でした。

音楽の根源は、リズムにあるのです。

この島唄の名人が「名人たる根源」も、やはり、リズム感にあったのです。


★林昌さんが、「ドン、ドン、ドン」と、力みもせずに、太鼓を叩き始めますと、

客席の私たちは、湧き上がってくる不思議なエネルギーに突き動かされ、

椅子から天井に向かって、飛び跳ねていくようでした。

何の変哲もないごく普通の「太鼓」です。

その太鼓への、林昌さんの一撥、一撥が、客席全体を揺り動かし、

魂を酔わせ、解放するのです。

まさに、最高の“指揮者”です。

音楽を聴く至福の瞬間、醍醐味といってもいいでしょう。

「林昌さんは日本最高の音楽家である」と確信しました。

ベッチャー先生のピッチカートを聴き、林昌さんと同じような体験をしました。

ピッチカートに酔います。

今回の録音にも、ピッチカートは随所に入っておりますので、どうぞご期待ください。


★ベッチャー先生は、20世紀のチェロ独奏曲のみを録音したCDを

英国の「Nimbus Records」から出されています。

ヒンデミット、リゲティ、ヘンツェ、イベール、ルトスラフスキなどの作品です。

先生のお父様で音楽学者だったハンス・ベッチャーさんは、

ヒンデミットの友人で、往復書簡が残っているそうです。

そのヒンデミットに始まり、1920年代から80年代までのチェロ作品の中で、

先生が特にお気に入りの「キルヒナー」の曲中で、奏されたピッチカートは、絶品です。

躍動と歌に、満ち満ちていました。


★日本でのソルフェージュ教育を思いますと、リズムの勉強は、無味乾燥な教材で、

ただ手拍子や机を叩いてこと足れり、としていることが、なきにしもあらずです。

音楽を好きになりながら、生きたリズム感を、自然に身に付いていけるようにするには

どのようなレッスンをすべきか、深く考えさせられました。

私もこれから、さらに工夫を重ねていきたい、と思います。



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■■ヴォルフガング・ベッチャー先生との録音 その3 素顔のベッチャー先生■■

2007-12-24 17:07:49 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/5/16(水)

★マエストロ(巨匠)・ベッチャーのチェロを離れた微笑ましいエピソードを、ご紹介します。

5月4日は、午前中に大阪で最後の練習をした後、ホールのある山梨に移動しました。

名古屋から中央西線で、塩尻に向かいました。

スーパーヴュー特急の席は、先頭車両の最前列でした。

運転席と運転士を目の当たりに見ることができます。

マエストロは、実は、チェリストでなければ、電車の運転士になりたかったそうです。

直立して、子供のように、額をガラスにくっつけ、

チェロを弾く大きな手は、ヤモリの吸盤のようにピッタリと貼り付いています。

運転士が信号確認で指差しをするのを見て、それを真似して無邪気に喜んでいらっしゃいました。

ガラスには、5本の指の跡がくっきりと残っていました。

先生が、大好きな運転士さんでなく、チェリストになっていただき、私たちは、本当に幸せです。


★この列車からは、日本の美しい田園風景が見えました。

特に、田植え直後のキラキラと光る水田や、小糠雨に煙る田園風景、

霧に霞む山並みを見ることができました。

今回、録音いたしました「無伴奏チェロ組曲」のなかの、「田植え歌」や「五月雨」の風景です。

先生は、「これを見ることができ、とても、よかった。

曲のイメージがつかめました」とお喜びでした。


★3日目に「マエストロと呼ばないで、ヴォルフガングと呼んでください」とおっしゃいました。

「ヴォルフガングは、モーツァルトと同じ名前ですね」と私。

「ゲーテもヴォルフガングだよ」と、ご満悦な表情。

つい、その後も「マエストロ!」と言ってしまいますと、

「イエス、マエストリエ~ンヌ!」とふざける先生。


★乗り換えの塩尻駅で、ホームにワインの樽が展示してありました。

「僕の名前の“ベッチャー”は、この“樽”という意味ですよ」と先生はニコニコ。

「映画監督の“ファズベンダー”も、同じく樽という意味です」と解説してくださいました。


★このように、新緑の滴る美しい季節を旅しながら、録音ホールに辿り着きました。

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■■ヴォルフガング・ベッチャー先生との録音 その2 アナリーゼの必要性■■

2007-12-24 17:06:14 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/5/15(火)

★5月3日は、練習日の2日目でした。

朝10時から夜の9時まで、濃厚な練習が続きました。

前回、書きましたように、先生は、作曲家の譜面を尊重され、

なんとか、それをそのまま演奏できるように努力される方です。

その先生が、たった一回だけ、大変丁寧に、

「ヨウコ、この音を一つだけ高いFに替えたらどうですか」と、ご提案されました。

先生は、2ページ前を示し、「このモティーフ(要素)は、なだらかな山型に

展開しながら上昇しています。高いFに替えると、そこが山の頂点になり、

数ページにわたって、美しいチェロの旋律線が形作られていきます」

と、説明してくださいました。

そのように変更すると、そのページが、突然、輝き始めました。

曇りガラスが、一気にプラチナの輝きとなりました。

これぞ、巨匠マエストロによる“絶品の一筆”でした。


★演奏家が音を変更したがる場合は、演奏が困難な時や、派手に聞こえるように、など

作品の構成とは関係ない理由で、要求されることがあります。

しかし、今回は、曲の構成を深く見通したうえで、一つの音を変更することにより、

さらに、曲の完成度を高めようとする提案でした。


★先生にお伺いしましたところ、ベルリン芸大で、

ドイツの著名な作曲家ボリス・ブラッヒャーに、アナリーゼを学ばれ、

エルンスト・ペッピングに対位法を学ばれたそうです。

先生が年齢を重ねて、ますます音楽に輝きを増してきたのは、

音の構造物である「音楽」の骨組みが、どのように出来ているか、

それをしっかりと分析する力を、若いときから十分に養われ、

その上に、卓越した技量と音楽への熱い情熱、愛情に満ちているからだと思います。

そのどれ一つが欠けても駄目なのです。

「大作曲家メシアンも、アナリーゼの先生だったよ」とベッチャー先生は

おっしゃっていました。


★クラシック音楽をいま、学ぼうとされている方に、私から提案したいことは、

どんな簡単な作品であっても、バッハやシューマンのような大作曲家の作品は、

非常にガッチリとした和声や対位法の構造をもっています。

是非、それを早い時期から学び始めて欲しいものです。

それは、指の訓練やテクニックの修練と同じくらいに、

あるいは、それ以上に大切なことです。

何歳からでも遅くはありません。

たとえ大人になってから音楽を学び始めた方でも、年齢は関係ありません。

そうすることによって、真の音楽家、本当の音楽愛好家に

一歩一歩近づいていくことが出来るのです。


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■■ヴォルフガング・ベッチャー先生との録音 その1■■

2007-12-24 17:05:07 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/5/14(月)

★暫く、ブログをお休みしていました。

5月2日の午前、ベッチャー先生は、関空に到着されました。

私はその時刻、まだ東京で、ピアノ二重奏のチェロ用パート譜を書いていました。

(パート譜とは、ピアノ伴奏を除いたチェロだけの楽譜です。

オーケストラでも、各奏者は、総譜ではなく、自分のパートだけが書かれた譜面を見ています)

インクが乾かぬ間に新幹線に飛び乗り、夕方、先生と半年ぶりの再開をはたしました。


★先生は、関空で「チェロを抱えた怪しい外人」と睨まれ、マリファナの運び屋ではないか、と

別室に連れ込まれ、荷物を徹底的に検査されたそうです。

お煎餅好きな先生が、ポケットのなかにこぼしていたお煎餅の屑まで、

ピンセットで摘み出し、紙の上に置いて、調べられました。

私の送った楽譜のコピーも、一枚一枚めくり、パタパタとはたき、

マリファナの粉末が落ちてこないか、確認されたそうです。

日本のお役人は、先生の高貴な芸術家の顔と態度を、見分けられないのでしょうか。

悲しいことです。

「取調べは、大変丁寧でしたが、イスラエル並みですね」と先生は、笑っていらっしゃいました。



★夜は、先生お好みの清潔で家族的、かつ静寂な日本旅館に宿泊しました。

翌朝、先生は、「時差で、夜中の2時半に目が覚めてしまいました。

あなたの独奏チェロ組曲で技術的に演奏が難しいところを、なんとかうまくいくように、

フィンガリングやボーイングを、さらに工夫していました。

チェロの音が漏れて、あなたを起こさなかったですか」

と、かえって、私を気遣ってくださいました。


★2日から4日までの3日間のリハーサルは、何年分ものレッスンを受けたのと同じくらいの

勉強を先生から、させていただきましたが、

先生も「私は、ヨウコの曲からたくさんのことを学びました」と言われ、却って頭が下がります。


★上記の演奏困難なところについて、後日、先生のマスターコースを受講された

日本人チェリストから「先生は、技術的にどんな難しいところでも、

絶対に“弾けない”とはおっしゃらない方です。作曲家の表現したい音を、意図通りに

そのまま弾くように努力を重ね、最後には困難を乗り越える方です」と伺いました。


★これから、ブログで、録音の様子を少しずつご紹介していきたい、と思います。

ベッチャー先生のような、高潔な芸術家とつきっきりで過ごした6日間は、

私の人生で、最良の日々で、計り知れない影響を受けました。

そのお裾分けを、皆さまにこれから、お伝えしたい、と思います。


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■■ チェロのヴォルフガング・ベッチャー先生の録音 ■■

2007-12-24 17:03:53 | ★旧・曲が初演されるまで
2007/4/27(金)

★明日から、ゴールデンウイーク、木々の新緑に真紅のツツジが映えます。

チェリストのベッチャー先生(Wolfgang Boettcher)が、来週、来日されます。

ゴールデンウイークは、先生と5日間みっちり、CD1枚分を録音いたします。

今回は、ピアノとチェロの二重奏が4曲、チェロ独奏曲が1曲の計5曲です。

すべて、日本にちなんだ音楽です。

ドイツ人でクラシック音楽の真髄を極められた先生が、どのようにお感じになるのか、

一抹の不安がありました。


★しかし、3日前、最後のページを、ベルリンの先生のお宅にファックスいたしましたら、

先生から「もう直ぐ、あなたの国でお会いできることを楽しみにしています」

「I try my best!」「特に、チェロ独奏組曲の5番目が気に入っています」

とすぐにお返事のファックスが届きました。

5番目は、特に日本的な曲で、先生の日本への深い愛情を感じました。

私の定期入れには、先生と二人で撮った写真が入っています。

先生のお財布のなかでは、天使のように可愛らしいお孫さんが微笑んでいます。


★先生は、1935年ベルリン生まれ、現ベルリン芸術大学で学び、チェロをリヒャルト・クレム、

後に、モリス・ジャンドロン、エンリコ・マイナルディに師事。

カラヤン時代のベルリン・フィルで、1958年~76年までの18年間、首席チェロ奏者を務める。

また、「ベルリン・フィル12人のチェリスト」や、

当時のコンサートマスター、トーマス・ブランディスと「ブランディス弦楽四重奏団」を結成。

1976年から、ベルリン芸大教授を務める。

現在のベルリンフィルのチェロ奏者の半数以上が、ベッチャー先生の教え子です。


★日本では、2年に1度、「草津音楽祭」で、マスターコースと、コンサートに出演され、

その熱く、暖かい指導が、生徒さんから慕われています。

愛器のチェロは、1722年製のマッテオ・ゴッフリラー(ヴェネチア)。

4月のシューベルト・アナリーゼ講座で、この録音をお知らせしましたところ、

草津音楽祭に参加されたことがあるベッチャー・ファンの方がいらっしゃり、

「CDができたら、是非、聴かせて下さい」とおっしゃり、本当に嬉しかったです。


★無伴奏のチェロ組曲は、全7曲から成り、日本の雪深い冬から、山笑う春、惜春、

田植え、五月雨を経て、青田波の夏までを、表現しました。

ドイツ人であり、山や自然を深く愛する先生が、どんな世界を表現してくださるのでしょう。

楽しみでたまりません。

完成しましたら、是非、皆さま、お聴きください。


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■■ バッハの無伴奏チェロ組曲をピアノで弾く ■■

2007-12-24 17:02:59 | ★旧・曲が初演されるまで

■■ バッハの無伴奏チェロ組曲をピアノで弾く ■■

2007/3/17(土)



★5月に録音を予定しております、ベッチャー先生のため作曲は、

CD一枚分ですが、4分の3まで、楽譜をベルリンに送りました。

最後の一曲は、おこがましくも無伴奏チェロ組曲です。

録音は2日間にわたりますが、先生は、その3日前に来日され、

3日間もリハーサルに当ててくださるそうです。

計5日間も私の曲を弾いてくださるのは、本当に光栄であり、感動です。


★無伴奏チェロ組曲といえば、バッハです。

カザルスなど名演はたくさんありますが、

近頃、テレビのコマーシャルやBGMで、シンセサイザーなどの人造機械音などで、

あまりにも安易にムードミュージックのように使われているのを聞きますと、

悲しくなってしまいます。

しかし、どんな使われ方をしても、びくともしない曲であるのもまた、事実です。

ということは、この曲を、ピアノで弾いて楽しむことも当然、可能です。

なにせ、バッハは編曲の大家。

マルチェルロやヴィヴァルディの協奏曲をたくさん、鍵盤楽器に編曲して、

領主を楽しませた人でもあります。


★私も以前は、楽譜を見ながら頭の中で音を鳴らしていましたが、

たまたま、ピアノでそのまま、無伴奏チェロ組曲を弾いてみますと、

大変に楽しい、ということを発見しました。

原典版を所持することは当然のことながら、

佳いエディションの楽譜で弾くのも大変、勉強になります。


★私は、ヤーノシュ・シュタルケル版で、弾いています。

シュタルケルが2001年9月に来日されたとき、

マスタークラスを聴講しました。

無伴奏チェロ組曲の第2番を講義されました。

その時のメモがいま、大変に役立っています。

シュタルケルによりますと、彼が持っているだけでも、

無伴奏チェロ組曲のエディションは89種類もあるそうです。

彼は「search for treasures」といっていました。

ケンプもシューベルトのときに「hidden treasures」と、同じtreasureを使っています。

★私は、その折、シュタルケル版の楽譜を購入しました。

彼は、2番のクーラントで「私はスラーを混ぜて弾くのが好きだ」といっていました。

シュタルケル版では、歌わせるところはスラーで、

切る音もテヌートなのか、アクセントなのか、

弓はダウンなのか、アップなのか、明確に指示してあります。

イメージを膨らませやすくなっています。


★そのまま、ピアノで、単旋律を両手を使って、弾いてみてください。

なんだか、チェリストになったような気持ち。

これをやりますと、バッハの鍵盤作品を弾く際に、

旋律をどう歌わせるか、どのように扱うかなど、おおいに勉強になります。

お薦めです。


★JOHANN SEBASTIAN  BACH  SIX SUITES for unaccompanied violoncello
edited by Janos Starker
PEER INTERNATIONAL CORPORATION NEW YORK
PEER MUSIKVERLAG G.M.B.H.HAMBURG



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■■ ヴィオラ・ダ・ガンバ四重奏「みじか夜」の初演 ■■

2007-12-24 17:01:35 | ★旧・曲が初演されるまで
2006/11/29(水)

★11月26日の夜、駒込・上富士前の「カソリック本郷教会」で、私の新曲「みじか夜」が、初演されました。

「みじか夜」(Transient Night in Summer)は、4人のヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のための曲です。

4人は、弦楽四重奏のバイオリンにあたる「トレブル」ガンバ、

ヴィオラに相当する「テノール」ガンバ(2人)、チェロに当たる「バス」ガンバの4人の奏者です。

「ガンバ」は羊腸弦を使うため、とても柔らかい典雅な響きがします。

その響きを残しつつ、弦楽四重奏とは異なる新しい表現を探りました。

特に、ガンバ4人による「ピッチカート」は、沖縄の音階とあいまって、

11月の肌寒い教会堂を、南の島の暖かい微風が包み込むような感じになりました。

当日のコンサートの最初の曲マイネリオ(1535~1582)というイタリアの作曲家の

「スキアラズーラ マラズーラ」という面白い呪文のような曲は、調弦をしているうちに、

曲が始まるような錯覚をおこさせる曲です。

「スキアラズーラ」は「隙あらば」の洒落だったのでしょうか???


★ガンバという楽器は、調弦の音を聞いているだけで、その柔らかで、たおやかな音色に陶酔しそうになります。

コンサートには、おヒゲの殿下の三笠宮寛仁さまも、来場されていました。

ご退院されてまだ日も浅いと存じますが、このガンバのやさしい響きで、きっと心を癒されたことでしょう。


★私は、チェンバロやガンバの曲をいくつか書いていますが、

バロック時代にすでに完成している「古」楽器のために作曲したり、聴いたりしますと、

「近代」楽器のときといつも違った印象を受けます。

その印象とは、誤解を恐れずに表現いたしますと、

「人を威嚇しない」ような楽器、ということです。

産業革命前のヨーロッパ、現代のように人間が歯車ではなく、

人と人が濃密に顔をつき合せ、会場もせいぜい教会程度の収容人数、

奏者の息遣いまで聞こえるような空間で演奏する楽器だからなのでしょうか。



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■ 傳通院・納涼コンサートを終えて ■≪お子さまたちが、食い入るように・・・≫

2007-12-24 16:59:57 | ★旧・曲が初演されるまで
■ 傳通院・納涼コンサートを終えて ■ ≪お子さまたちが、感動して食い入るように聴き入っていました≫

2006/7/25(火)

★連日の梅雨で、お天気が心配でしたが、22日(土)は、幸い、雨もなんとか降らず、

暑くもない曇り空に恵まれました。


昨年の納涼コンサートは、お箏と篠笛、日本舞踊で、お子さまはあまり多くありませんでした。


ことしは、「懐かしい童謡の夕べ」とあって、可愛いお子さま連れのご家族がたくさん、来ていただきました。


ヨチヨチ歩きの坊やから、浴衣姿の若いカップル、親子連れ、お婆ちゃまたちまで、

あらゆる年齢層の皆様で満員でした。


“浴衣”に赤い帯の真っ白な子猫ちゃんも、飼い主のお膝の上で、耳をピクピクと傾け、

飼い主と一緒に前足で拍手をしてくださったそうです。


時々、小さく「ニャ」と鳴くと子供たちが大喜びだったそうです。


ソプラノ・五十嵐郁子さんの音楽は知性に満ち、彼女の暖かく愛情溢れるある歌声で、

本堂の空間全体が包み込まれたような、至福の時間が流れました。


お聴きになった皆さまは、心の中に、いつまでも消えない赤い蝋燭の“贈り物”を抱いて、

帰途に就かれたことと思われます。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



今回のギター伴奏版は、実はオリジナルのピアノ版をギター譜に編曲し直したものです。


しかし、ギターという弦楽器の特性に合わせるため、大変に難しい作業でした。


少し書いては、軽井沢の斎藤さんにファックスし、彼女の的確な指示を基にまた、作り直すことの連続でした。


全26曲、気の遠くなるような仕事でした。


その結果、最初の練習は、とうとう本番のわずか4日前になってしまいました。


斎藤さんは、それから連日、新幹線で軽井沢から上京して、五十嵐さんと火の出るような練習を繰り返しました。


難しい楽譜を、昔から何度も弾いたことがあるかのように、見事にさらりと弾きこなしていただきました。


五十嵐さんとは、実は、最初の練習日に初めて顔を会わせただけでした。


それでも、お二人の息は見事に合いました。このようなことは、めったにありません。


斎藤さんは演奏後「五十嵐さんの歌を聴きながら“ああ幸せ!”と思って演奏していました」と、

率直におっしゃていました。


聴く側からみますと、童謡はよく耳に馴染んだ曲で、単純にみえますが、演奏者からみますと、

逆に、ごまかしがきかず、奏者の品性がもろに現れてしまう最も難しい分野です。


童謡のメドレーですので、拍手は最初と最後でいいのですが、五十嵐さんが一曲歌うたびに

溜息のような拍手が自然に湧き起こってきました。


通常、歌曲を歌う場合、演奏者は立って歌いますが、今回、五十嵐さんは椅子に座ってお歌いになりました。


椅子に座った高さで発声しますと、立った時よりも美しく聞えることが分ったためです。


本堂のご本尊様の前に座りますと、ぶ厚い檜の板が声を柔らかく美しく反射してくれます。


何百年という歴史の厚みでしょうか、能楽堂に匹敵する音響です。


お経をお読みになる場合も同じですね。



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



お客さまの感動が、思いがけなくたくさんのアンケートとして返ってきました。


いらっしゃったお客さまの半分近くの方がお書きくださいました。


演奏終了後、すぐに五十嵐さん、斎藤さん、私ですべて拝見しました。


率直に感動をお書きいただいた好意的なものばかりでした。


「感動しました。本当の芸術家とはこんなに凄いものか、と初めて分りました」


「ホールとは一味ちがい、演奏者も身近に感じられた心温まる一夜でした。

日ごろ、口ずさんでいる歌を一流のアーチストに歌っていただきますと、

あらためて歌の楽しさを感じました」


「あっという間に過ぎ、あらためて童謡の美しさを感じ、子供たちに伝えていきたいと思います」


「終戦直後の物のない時代、食べ物のない時代に、今日のような童謡を口ずさみ元気づけられたことを

思い出し、感無量でした」


「美しい声と演奏で、まるで夢の国にいるようでした。

仏様を見送りした後の素晴らしいプレゼントでした。遠路はるばる来た甲斐がありました」


「歌の途中で朗読された三好達治の詩もよかったです」


「来年ももう一度、歌をきかせてください」


「子供さんがたくさんに聞いていることを嬉しく思いました」


「2回、3回と毎年、童謡を続けてください」



◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆



私もお客さまを前にして、お子さまたちが、本当に感動して食い入るように聴き入っている様子に

最も心を打たれました。


一流の芸術家の最高の歌を、目の前で、生で聴くという得がたい体験をされたお子さまは、多分、

この演奏会を、その感動を一生涯忘れないことでしょう。


そして、その感動こそが真の音楽を理解し、愛し、育てていく原動力となるのです。


次の世代が文化を育んでいく肥やしとなるのです。


このような機会をつくっていただきました「傳通院様」には、あらためて心より、お礼と感謝を申し上げます。


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■ ウットリと漂うようなギターの和音 ■

2007-12-24 16:58:06 | ★旧・曲が初演されるまで
2006/7/21(金)

『傳通院納涼コンサート』・懐かしい童謡の夕べ(22日)のリハーサルをいたしました。


童謡17曲と詩の朗読からなる「かげぼうし」と、9曲の童謡からなる「走馬灯」です。


ソプラノは五十嵐郁子さん、10弦ギター伴奏は斎藤明子さんです。


今回は、既にあるピアノ版をギター版に直す仕事をいたしました。


ピアノの10本の指をフルに使う伴奏から、右手のみのギターに編曲することは、

どの音をカットするか、という作業から入りました。


音の数からいいますと、なにか響きが減るようなイメージがあり、

ピアノ版の録音を聴いていた斎藤さんも、その点を心配されていたようです。


しかし、実際にギター版を音にしてみますと、ギターの豊かな響きに圧倒されました。


特に、開放弦を伴った和音は、楽器が共鳴し、音響が飛び散らないで、空間にそのまま

ウットリとして漂っているような感じすらいたしました。


この美しさに、私たち3人は、あらためてびっくりいたしました。


歌曲のギター伴奏に、根強い人気がある理由がよく分りました。


現代は、シンセサイザーなどの「電器楽器」による無機的で均一な音による、音楽といえない音楽を、

テレビや飲食店、街中で、これでもか、これでもかと絶えず、無神経にガンガン垂れ流しています。



聞きたくなくても否応なしに、耳に押し付けてきます。



神経が逆なでされます。



ギターの開放弦を伴ったとてもよく響く和音、あるいは、やや響きにくいポジションの音の微妙な差を

味わうことは、無意識のうちに贅沢な快感を味わっていることかもしれません。


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