■大作曲家の「自筆譜」を子細に学ぶと、驚くほど曲の理解が深まる■
~ドビュッシー「シランクス」について、嬉しい感想を頂きました~
2023.12.31 中村洋子
蝋梅
★戦争に明け暮れた波乱の2023年が、幕を閉じます。
2024年は、昭和では「昭和99年」です。
私の著書《11人の大作曲家「自筆譜」で解明する音楽史》の、
「column 4」(102~106ページ)で、
作家「半藤一利」さんについて、書きました。
タイトル《歴史探偵・半藤一利さんの言いたかったこと
~音楽史を「自筆譜」から学ぶ意義もそこにあり~》です。
★この短いコラムの、小見出しを列記しますと
・人間の目は、歴史を学ぶことではじめて開く
・確かな音楽観を築くには、大作曲家の「自筆譜」から学ぶ
・熱狂に流されない、時の勢いに駆り立てられない
・むずかしいことをやさしく、ふかいことをゆかいに
・バッハもモーツァルトも、難しい音楽は書いていません
・聡明な青年でも、洗脳教育に染まる
★半藤さんは「歴史」について書いていますが、
これは「音楽」についても、そのまま当てはまります。
華々しく宣伝される演奏家には、組しない。
時流に流されない、洗脳されないためには、
ご自身の確固たるクラシック音楽観を、確立することが
必要です。
その音楽観を獲得するには、市販の実用譜だけに頼らず、
音楽の真実を知ることができる、
大作曲家の「自筆譜」を、ひたすら勉強することが、
何より重要である、と思います。
★半藤さんは歴史の「40年周期説」を唱えています。
「50年周期説」を唱える方もいらっしゃいます。
さて再来年が、昭和100年で、50年が二巡するとなると、
世界情勢やクラシック音楽は、一体、
どう変化するのでしょうか。
★2023年9月30日と10月9日の当ブログで
ドビュッシーの独奏フルート「Syrinx シランクス」を、
取り上げました。
9月30日■ドビュッシー「シランクス」は「牧神の午後への前奏曲」
「小さな羊飼い」が源、その1■
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/a4a4d16c50652ee7226a20408ad9e7e4
10月9日■Debussy「シランクス」は「小さな羊飼い」と、
構造が瓜二つ■
~「シランクス」は、「牧神の午後への前奏曲」「小さな羊飼い」
が源、その2~
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/f88af4afa245cd9fffdaf29349c07283
★これについて、読者の方から、素晴らしい感想を頂きました。
「ご感想」と私の「コメント」を、皆様にもお知らせします。
★《ご感想1》
【2023年11月30日ブログ
■ドビュッシー「子供の領分」を俯瞰すると、バッハが見えます■
https://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/e/1f09505ac749fdcc23caa6cbc48f6cdb
の、レイアウトについて書かれていた部分を、読んだ後、
「Syrinx シランクス」の写譜を、じーっと、じっくり何度も何度も、
見ていましたら、「あれ、同じだ!!!」と、驚きました。
それは、3段目の右端9小節目のところです。
余白部分に、五線が手で書き足され、なんとそこに、1小節目の
「主題の前半」が、1オクターブ下げて書き込まれていました。】
★《私のコメント》
ドビュッシーは「シランクス」も「ゴリウォーグのケイクウォーク」
も、3段目の右端に、最重要の主題や旋律を配置しています。
「シランクス」は、余白に五線を書き足すことまでして、
3段目に、「主題」を置いています。
★11月ブログでの当該文章は、以下です。
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★ドビュッシー「子供の領分」自筆譜レイアウトを見てみましょう。
Golliwogg は1ページを、大譜表6段で記譜しています。
「Wiener Urtext Edition∔ Faksimile」で、このGolliwogg
1曲だけですが、自筆譜ファクシミリを見ることができます。
https://www.academia-music.com/products/detail/32645
★自筆譜1ページ目は1~35小節が書き込まれ、2ページ目、
3ページ目と続き、全部で計3ページです。
そしてこの重要な17小節は、どこにあるかと探してみますと、
驚くべきことに、1ページ目●3段目の一番●右端(最後の小節)に、
「レイアウト」されています。
★3段目の右端ということは、全6段の真ん中です。
ドビュッシーの意図が、実に明確に把握できる配置ですね。
バッハもドビュッシーも、そのページの最初の小節、最後の小節、
真ん中の小節には、構造上重要な小節を配置します。
★この重要な位置に、第1曲「パルナッスム博士」の冒頭motif
であり、しかも、バッハの「平均律クラヴィーア曲1巻1番Prelude」
の幕開けでもあるmotif ≪G-c-d(G₁-C-D)「 ソ ド レ」≫を
配置するとは・・・
ドビュッシーの天才と、その大胆不敵さには感嘆します。
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★私のコメント:
ドビュッシーは、3段目の右端に、特別のこだわりをもち、
極めて重要視しています、この点については今後、
さらに、考察していきたいと思います。
山茱萸の実
★《ご感想 2》
【9小節目の1拍目「b¹」と、ほぼ同じ位置に、
「b¹」が、(5段目を除いて)全ての段に出てきます。
この曲をフルートで演奏する時に、ずっと「b¹」を頭の中で
響かせて演奏していたのは、間違っていなかった・・・と
確認できた事が、とても嬉しくて・・・】
★私のコメント:
ドビュッシーの、凄い技法ですね。
こんなに各段の右端に、「b¹」がありながら、飽きさせない
ばかりか、それがこの曲の基調となっているのです。
(6段目は、「heses¹」ですが、「シ」には違いありません。)
いつも、この「b¹」に戻ります、それがこの曲を支配する世界、
神秘的でけだるく、どこかに進行するのではなく、
方向性を排除して、一点に留まるような曲想を見事に
導き出しています。
★この曲の最後を見ると、「Des-Dur 変ニ長調」にみえますが、
まるでこの「b¹」は、「b-Moll 変ロ短調」の主音のような扱いです。
「シランクス」全曲を通して、「b¹」と「b²」が、あたかも
「保続音 organ point(英) Orgelpunkt(独)」のように
鳴り続ける手法も、バッハ由来でしょう。
平均律2巻1番prelude冒頭、3小節にわたる左手保続音
(C-c のオクターブ)が、全曲にわたって響いているかのような
作曲技法です。
前回ブログでも述べましたが、「子供の領分」第1曲「グラドゥス・
アド・パルナッスム博士」を、透かし見ますと、
バッハ平均律1巻1番のpreludeが、姿を現してきます。
★《ご感想 3》
【21小節目2拍目、4つ目の16分音符から続く3拍目も「b¹」。
22小節目は、次のページの冒頭。
それは、ブログで指摘の「ゾウの子守歌」のレイアウトと、同じ。】
★この感想の11月ブログでの当該文章は、以下です。
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第1曲と、第2曲「ゾウの子守歌」 Jimbo's Lullaby を
見てみましょう。
第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の4小節目は、
ドビュッシーの「自筆譜」1ページの2段目に位置します。
この上声部(ソプラノ声部)の「h¹-a¹-g¹-f¹ シ ラ ソ ファ」
というmotifは、第2曲「ゾウの子守歌」の63~66小節の
内声(アルト声部)に、ゆったりと二回現れる
「motif b¹-a¹-g¹-f¹」につながっていきます。
蜘蛛の巣に、美しいレース編みの糸が掛けられるかのようです。
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★私のコメント:
ドビュッシーに限らず、大作曲家の「自筆譜」では、
ページの最後と、次のページの冒頭で、極めて重要なシグナルが
点滅しています。
これを常に意識されますと、非常に有益と思います。
★《ご感想 4》
【ブログにあった「パルナッスム博士」のレイアウトの所では、
1ページ、4段目冒頭に大切なモチーフが…とあり、
シランクスの4段目を見ると、そこにも「b¹」が・・・。】
★11月のブログの当該箇所は以下です。
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★第3曲「お人形のセレナーデ Serenade for the Doll 」は
どうでしょうか。
冒頭1~2小節は、お人形さんがブリキのギターをかき鳴らすような、
何ともかわいらしい「E-Dur ホ長調」の主和音が、続きます。
この和音、どこかで聴いたことがあるような・・・。
そうです! 第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の
11小節の分散和音と同じ和音です。
第1曲は「C-Dur ハ長調」なのに、この11小節で突然
「E-Dur ホ長調」の主和音が出現します。
実は、「C-Dur ハ長調」の主和音と、「E-Dur ホ長調」の主和音は、
≪3度の関係≫にあります。この≪3度の関係≫は、まさに「バッハ由来」です。
★さて、この第1曲「グラドゥス・アド・パルナッスム博士」の
11小節は、ドビュッシーの自筆譜には、どのようなレイアウトで
書き込まれているでしょうか?
なんと、自筆譜1ページの4段目冒頭に、この小節があります。
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★私のコメント:
自筆譜2ページ一段目は、この曲の頂点です。
全曲35小節の、三分の二にあたる「22小節」から、
頂点のこの段が、始まるからです。
頂点は、22小節「b¹」から始まり、23、24、25小節の
「b²」で、極まります。
ここでも、また筆写譜は、2ページ1段目右端の五線を、
手書きで、延長させています。
★「伝記クロード・ドビュッシー」フランソワ・ルシュール著
笠羽映子訳の「クロード・ドビュッシー作品目録ー自筆譜」に、
1888年からドビュッシーが亡くなるまで親交があった
スイス人ジャーナリスト・ロベール・ゴデ(Robert Godet
1866-1950)の、以下の文章が掲載されています。
★『ドビュッシーの手稿譜は、端正かつ明確な、この世で最も優美な、
そして擦って消した跡などない書記法のモデルを提供していた。
…中略…
ドビュッシーは、ひとつの作品を、自分の頭の中で、そして楽器には
一切頼らずに、仕上げてしまってからしか、書き始めなかった。
その代わり、頭の中での熟成期間‥‥は往々とても長くかかった‥‥
彼の非常に重要なピアノ作品の数々は、
具体的な資料をひとつとして目の前に置かず、
まるで聴きとめられたものであるかのように書かれた。』
★笠羽さんが「書記法」と訳されている言葉は、
おそらく「記譜法」のことだと思います。
ドビュッシーの記譜は、芸術品のように、流れるように美しい
「フランス式の記譜」です。
★ドビュッシーの「子供の領分」の作曲も、発想から完成までの
時間は、短くありません。
作品は、頭の中で既に完全に出来上がっています。
それを記譜する際、意図した通りにレイアウトされているか、
念入りに確かめ、確認しながら書いたものが、
ドビュッシーの「自筆譜」なのです。
★ドビュッシー自筆譜「3段目の最後の小節」が重要、
と指摘しましたのは、それが彼の「作曲航海図」の
重要な「羅針盤」の役割を果たしている、とも言えるからです。
モーツァルトの「自筆譜」も、同様の発想で書かれています。
例えば「ピアノソナタ KV333」を挙げることができます。
この曲は「自筆譜」ファクシミリも出版されていますので、
是非、勉強してみてください。
★今回は、私のブログを丁寧にお読みくださり、
一生懸命学んでくださっている方のお便りを
ご紹介いたしました。
読者の皆様から、時々ご質問をいただきます。
なかなか多忙で、ゆっくりお答えできず、
申し訳なく思っています。
拝読はしていますので、どうぞお返事は
気長にお待ちくださいね。
★それでは今年一年ブログをお読みいただきまして
有難うございます。
皆様にとりまして、よい年明けとなりますことを
お祈り申し上げます。
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