音楽の大福帳

Yoko Nakamura, 作曲家・中村洋子から、音楽を愛する皆さまへ

■Chopin の平均律アナリーゼ、 Caillebotte の名画「ピアノを弾く若い男」■

2012-04-29 23:55:27 | ■私のアナリーゼ講座■

■Chopin の平均律アナリーゼ、 Caillebotte の名画「ピアノを弾く若い男」■

                          2012.4.29  中村洋子

 

 

★明30日、横浜の 「 Kawai みなとみらい 」 で、

新しいシリーズの、アナリーゼ講座が、始まります。

Chopin が所持していました  「 平均律クラヴィーア曲集 」 楽譜を、

基にしての、Johann Sebastian Bach  バッハ (1685~1750) 、

≪ 平均律 第 1巻 ・ アナリーゼ講座 ≫ です。

この楽譜には、Frédéric  Chopin ショパン (1810~1849)が、

自ら、 「 tempo」 、 「 発想記号」、 「 ディナミーク 」、

「 expression 」 などを、詳細に、たくさん書き込んでいます。


★この書き込みを、 1小節ごとに分析していきますと、

 Chopin が、どのように Bach をアナリーゼし、さらに、

どのように弾いていたかまで、手に取るように、分かってきます。


★Chopin が、眼の前で Bach を弾いてくれているかのような、

錯覚を、覚えるほどです。

それは、類稀な “ 天才の演奏 ” です。

驚きに満ち、刺激的、そして、魅力的です。


★明日の講座では、驚きの数々を、ご説明いたします。

それらは、 Bach をご自分で演奏されるに当り、

きっと、得難い大きな糧となることでしょう。 

 

 


★ゴールデンウイークに入り、私なりに、ささやかな、

「 楽しみ 」 に、行ってまいりました。


映画 「 Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち 」  と、

ブリジストン美術館での、開館 60周年記念

「 あなたに見せたい絵があります 」 展です。


★ヴィム・ヴェンダース監督のこの映画は、

 前衛的な現代舞踊の大家 Pina Bausch ピナ・バウシュ

(1940~2009) の、軌跡を描いた映画です。

日本で活躍する、現代舞踊の源は、

“ なるほど、この Pina から発していた ” ということが、

実感できる映画です


★映画は、 「 3D 」 という立体的な映像を、見せてくれます。

観客の頭上を、ダンサーが飛び跳ねているような感じです。

しかし、慣れてしまえば、

他愛もない仕組みである、ともいえます。

 

 


★ブリジストン美術館の展覧会は、新しく買い上げました

Gustave Caillebotte ギュスターヴ=カイユボット (1848-1894) の、

「Young man playing the piano ピアノを弾く若い男 」 (1876) です。

http://www.bridgestone-museum.gr.jp/news/2012/53/


★私は、ワクワクしながら、見に行きました。

Caillebotte は、フランス印象派の画家であると同時に、

裕福なパトロンとして、仲間の画家を支え続けた人です。

今日、印象派の絵画を、Paris の Musée d'Orsay 

オルセー美術館で、まとまって見ることができるのも、

Caillebotte のお陰です。


★この絵は、期待以上に凄い絵でした。

これを、20代で描くとは、驚嘆ものです。

モデルは、Caillebotte の弟で、部屋は自宅だそうです。

ピアノを弾く人なら、すぐに気付くと思いますが、

ピアノと人間の位置が、実際にはあり得ない構図です


★ピアノの位置が正しいとすると、この男性は、

私たち ( 観客  ) に対し、背を向けていなくてはいけませんが、

男性は、横向きになって、横顔と手もよく見えます。

現実にはあり得ない構図です。

しかし、男性とピアノが目に飛び込んできます。

そうです、「 3D 」 なのです。

 

 


★男性の見ている楽譜も、実に美しい。

遠目にも、 “ 音楽をよく知っている人 ” が描いた楽譜であると、

直ぐ、分かります。

音楽が、 “ 流れている ” のです。


★その楽譜は、 「 ピアノ譜 」 ではなく、どう見ても、

室内楽か、もう少し規模の大きな編成の曲であることが、

縦線の長さから、読み取れます。

楽譜立ての横に、無造作に置かれている 3冊の楽譜も、

 「 ピアノ譜 」 ではなく、 「 スコア ( 総譜 ) 」 としか見えません。

厚みからして、オペラでしょうか、シンフォニーでしょうか?

しかも、表面がめくれ上がるほど、毎日使っている様子。

 

★裕福で教養深い、この若い男性は、

どうやら、 「 スコア ( 総譜 ) 」 を楽々と、

読みこなせる人のようです。

それをピアノで弾いて、毎日、楽しんでいる。

少し開けられた口は、音楽に夢中となり、

恍惚としているのかもしれません

指のフォームも美しい。

素晴らしいピアノ教師に習っていたことが、一目瞭然です。

 

★Caillebotte は、絵画だけでなく、

音楽にも、精通していた人でしょう。

音楽の最高の楽しみを、知っていた人です。

これが、教養、ヨーロッパ文化。

文化の厚み、というのかもしれません。

  
★色彩と構図も、素晴らしいですね。

腰かけている椅子の背もたれが、深紅のベルベット、

画面右端の、無人の椅子も紅、

壁と壁を仕切る縦の線は、ピアノに垂直に突き刺さるよう。

それも、赤。

男性の襟も、カーテンの模様も、赤。


★それらの赤が、大きな漆黒のピアノを、

押さえこむかのように囲み、凄いエネルギーを、

生み出しています。

その緊張感溢れるせめぎ合いを、窓の透明なレースが、

軽やかに、愛撫しています。

完璧な、絵です。

 

★Caillebotte の 「 3D 」 は、まさに、

あの Paul Cézanne ポール・セザンヌ (1839~1906)が、

終生、追及した世界です。

「Young man playing the piano ピアノを弾く若い男 」 を、

鑑賞することは、≪ Cézanne への道 ≫ でもあるのです。


このような人が、印象派の誕生を、物心共に助け、

自身は後年、絵を書くことを、止めてしまう。

美術史の謎ですね。

この名画を、日本の美術館が選び、購入した。

そして、Tokyo 東京で出会えた。

幸せなことです。


★明日のアナリーゼ講座 (午後2時~) は、満席に近いため、

お出かけの際は、ご予約をお願いいたします。

 


                                   ※copyright © Yoko Nakamura
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■Ravelも、 Bachを驚くほど吸収し、Sonatineとして結実させた■

2012-04-27 14:24:31 | ■私のアナリーゼ講座■

■第 23回 平均律クラヴィーア曲集・アナリーゼ講座のご案内■

                       2012.4.27 中村洋子

 

★次回の平均律・アナリーゼ講座は、

第 1巻 第 23番 ロ長調 前奏曲とフーガ

~あの Ravel も、 Bach を驚くほど吸収し、

          Sonatine として結実させた~

■ 2012年 5月 24日 ( 木 ) 午前 10時~ 12時 30分

■ Kawai・表参道 「 パウゼ 」


 
★平均律クラヴィーア曲集第 1巻 23番前奏曲は、

葬列を想起させる 22番前奏曲と、

ゴルゴダの刑場に向かうような、重い足取りの 24番前奏曲に、

挟まれています。

 

23番前奏曲の冒頭バス声部は、H音が 2小節伸ばされています、

つまり、オルガンポイントです。その上に、16分音符の Motivが、

ソプラノで小鳥のさえずりのように、歌い始めます。

その 16分音符は、フーガの第 1小節で、 8分音符に拡大され、

1オクターブ低く、再登場します。

 


H-Dur ( ロ長調 )は、♯を 5つ持つ、当時としては斬新な調性です。

手の位置も、黒鍵を多く弾くため、鍵盤の奥に指を置き、腕も少し伸

ばし気味となるため、23番のもつ「軽やかさ」は、

この H-Dur という調性と、無縁ではありません


★ しかし、 23番は決して、明るく軽やかなだけでは、ありません。

前奏曲 3小節目後半から  4小節目にかけて、

アルト声部として現れる 「半音階進行 」 は、

22、24番と、とても深いところで呼応しているのです。

 

★Maurice Ravel (1875~1937) の Sonatine (1905年出版) は、

Durand社に、 Ravel との独占契約を決意させた曲です。

Sonatine には、23番前奏曲が色濃く反映されており、

Durand社は慧眼にも、それを見抜いたのです。


Sonatineの第1楽章は、♯が 3つの fis moll で、

冒頭 3小節は、 Bach 23番前奏曲の冒頭 2小節と同じ Motiv が、

浮上します。

この相似点をどう理解し、演奏に活かしたらいいのか、

講座で、分かりやすくお話します。


■今後のスケジュール

●第 24回   6月 15日  ( 金 ) 第 24番 ロ短調 前奏曲とフーガ 
                       ≪ Bach ロ短調ミサとの関連 ≫

●イタリア協奏曲・アナリーゼ講座  全 3回
                第1回  7月 31日 ( 火 )  第 1楽章 

                   第2回  8月 28日 ( 火 )  第 2楽章

                 第3回  9月 28日 ( 金 )  第 3楽章

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■平均律1巻22番の前奏曲は、何声部の曲か?■

2012-04-24 23:45:56 | ■私のアナリーゼ講座■

■平均律1巻22番の前奏曲は、何声部の曲か?■
                                         2012.4.24  中村洋子

 


★やっと、暖かくなりましたが、本日は、

Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) の

 「 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集 」

第 1巻 22番 b-Moll 変ロ短調の 前奏曲とフーガを、

 Bach 自筆譜で、じっくり勉強いたしました。


前奏曲の冒頭1小節目から、3小節目の1拍目まで、

バスは、 b音 ( 変ロ音 ) の 8分音符  repeated notes が、

延々と、17回も続きます。

その上に、ソプラノの旋律が、切々と歌われます。


★バスとソプラノの間を埋めているのが、分厚い和音です。

市販の実用譜を見ますと、その和音の書き方は、

お花見団子のように、 “ 串刺し ” にしているのが、多く見られます

和音を構成する複数の音 ( 符頭 ) を、無神経にも、

一本の符尾で、まとめているのです。

 


★しかし、 Bach の自筆譜には、1ヶ所も

“ 串刺し ” の和音は、存在しません

Bach の書き方は、下から上へと、垂直に並べられた和音構成音の、

一つ一つに、丁寧に符尾が書かれています

さらに、そこから伸びる符鉤 (ふこう、 hook = 英語、Fahne = 独語)

も、 一つずつ、分離して記譜されています


なぜ、 Bach がこのように記譜したのか、

それを、理解することにより、

前々回のブログで、書きました

 ≪ Kontrapunkt   counterpoint  対位法 ≫ の意味も、

自ずと、分かってくるのです。


★この前奏曲は、深く豊かな和音で、組み立てられています。

右手が5個、左手が4個と、計9個もの和音構成音から、

成り立っているものも、あります。


★それでは、この前奏曲は一体、「 何声 」 の曲なのでしょうか。

27日の講座で、詳しくご説明したいと、思います。

 


★前奏曲 22番は、冒頭 b1 から、ソプラノの旋律が始まります。

1段目は、4小節目の前半で切断され、

2段目は、4小節目の 3拍目から始まります。

何故、このように変則的なレイアウトにしたのでしょうか。


★2段目の冒頭のソプラノは、 b1 より 1オクターブ高い b2です。

1段目のソプラノのメロディーが、ゆっくり b2 を目指して進行し、

2段目の b2 に、辿り着いたとみていい、と思います。

曲の最初の頂点が、

この 4小節目の 3拍目 b2 であると言えるのです。


★そして、この b2 は、続く 5小節目 1拍目の c3 に向かって、

さらに、上行します。

5小節目の c3 は、この前奏曲の最高音です。

最初の頂点 b2 に、次の頂点 c3 が、畳みかけられているのです。

 


2段目も、8小節目前半で、またもや、切断されています

5小節目の c3 を頂点として、その後、8小節目の前半までは、

緩やかに、下行します。

これで、演奏上のエネルギー配分を、どうしたらいいのか、

お分かりになると、思います


★実は、Frédéric  Chopin ショパン (1810~1849)の、

≪ Mazurka マズルカ ≫ 自筆譜も、

この Bach の前奏曲と、同じような記譜になっているのです。


★さらに、この前奏曲の中に、

Franz  Schubertシューベルト(1797~1828)や、

Tchaikovsky チャイコフスキー(1840~1893)も、

顔を覗かせていることが分かり、一人で、わくわくしました。

 

★この平均律 22番の講座は、4月 27日に 「 カワイ表参道 」 で開催。

★ 4月 30日は、 「 横浜みなとみらい・カワイ 」 で、新シリーズの

≪ ショパンが見た 「 平均律クラヴィーア曲集 」 アナリーゼ講座 ≫の、

第1回 平均律第 1巻第 1番を、開催します。

 

 


                                   ※copyright © Yoko Nakamura
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■このお写真を拝見しますと、希望が湧いてきます■

2012-04-23 13:40:13 | ■楽しいやら、悲しいやら色々なお話■

■この写真を拝見しますと、希望が湧いてきます■
                    2012.4.23       中村洋子

 

 

 

★ご覧ください、この愛情溢れる笑顔。

暗い話ばっかりの日本で、

こんなにも、幸せそうなお顔を拝見したのは、

本当に、久しぶりのことです。


★赤ちゃんを、そっと抱いたお母さんから、

自然に、こぼれる頬笑み、

明るく、やさしそうなお父さん。


★かねてより、とてもお世話になり、

親しく、おつきあいさせていただいておりました方の、

一周忌を兼ねた、「偲ぶ会」に、参列させていただきました。

 

 

★その席で、お亡くなりになった方のお孫さんに、

初めて、お会いしました。

ことし1月に、お生まれになったばかり。

多分、その方はお孫さんのことを、

ご存じなかったかもしれません。

でも、こんな立派な男児が誕生され、

さぞや、飛び上がらんばかりに、

お喜びになっていることでしょうね。


★どこを探しても、明るいお話が出てきませんこの頃ですが、

ご一家の、平和で円満、

お幸せな写真を、拝見いたしますと、

希望が、与えられるような気がします。

 

 

★こうしたお子さまが、何の憂いもなく、

健やかに、元気に、

育っていくことができる日本で、あり続けたいものです。

 

 


                                 ※copyright © Yoko Nakamura
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■ Debussyは、「Chopin のマズルカ」から、 Bach の何を発見したか?■

2012-04-22 18:17:13 | ■ 感動のCD、論文、追憶等■


■ Debussyは、「Chopin のマズルカ」から、 Bach の何を発見したか?■
                                               2012.4.22  中村洋子

 

 

 

★桜が、風に舞って散りましたら、海棠、木蓮、八重桜、シャガ、

山吹、五色散り椿が、次々と、そして、躑躅、あでやかな牡丹も・・・。

 しかし、肌寒い春です。

地球温暖化から一転して、寒冷化に向かう、

という真摯な研究成果も、発表されています。

ことしは、冷夏になるかもしれません。


★今週4月27日、KAWAI表参道で開催します

「 Bach 平均律・アナリーゼ講座」 では、

Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) と、

Frédéric  Chopin ショパン (1810~1849) の、

≪ Mazurka マズルカ ≫ との関係を、お話いたします。


★今日は、 Mazurka Op.33 の自筆譜を眺めながら、

久しぶりに、Samson François の CD を聴き、

Debussy が、この Mazurka にどのような Fingering を、

付けているのか、ピアノで実際に弾いてみました。

知的な、興奮に満ちた一日でした。

 

 


★Durand 社は、1914年から、フランスを代表する作曲家たち、

 Saint-Saëns サン・サーンス (1835~1921)、

 Gabriel Fauré ガブリエル・フォーレ(1845~1924) 、

Maurice Ravel モーリス・ラヴェル(1875~1937) などに、

「過去の大作曲家の作品の校訂」を、依頼しました。


Claude  Debussy  クロード・ドビュッシー (1862~1918)は、

Chopin ショパン のピアノ作品全集 全12巻を、校訂しています。


★私も、この  Debussy  校訂楽譜を数冊、持っていたのですが、

「あの Debussy が校訂した Chopin 」 という、興味から、

購入してみたものの、ほとんど、開いたことがありませんでした。

もったいない、飛び切りもったいない扱いでした。

購入当時、その校訂楽譜の真価が、まだ理解できていなかったため、

 “ ツン読 ”  になっていた、と思います。


★しかし、 Bach を継続して勉強し、さらに、

Bachの 「 Wohltemperirte Clavier 平均律クラヴィーア曲集 」 や、

「Inventionen und Sinfonien  インヴェンションとシンフォニア」 に対し、

 Bartók Béla  バルトーク (1881~1945) や、

大ピアニスト Edwin Fischer エドウィン・フィッシャー (1886 ~ 1960) が、

考え抜いて校訂した楽譜の ≪ Fingering ≫ について、

それが 「 何を意味するか 」 を、学び、理解した後には、

この Debussy の校訂した Chopin の ≪ Fingering ≫ が、

“ どんなに、凄いものなのか ” くっきりと、胸に迫ってきました。

 

 


★これも、一重に Bach のお陰です。

Fischer 、 Bartók 、   Debussy の  ≪ Fingering ≫ は、

≪ 曲の構造を、どのように捉えるか ≫ を、指示しているのです。

「 楽に弾く 」 ための 「 指使い 」 では、ないのです

 
Mazurka Op.33 Nr.1 gis-Moll の、自筆譜を見ますと、

最初に、目に飛び込んできますのは、その音楽のように美しい、

「 slur スラー 」 による、フレージングです。

曲の冒頭上声は、アウフタクト Auftakt dis 1  から、

第 1フレーズが始まり、2小節目の 1拍目 2分音符 gis 1 で、

第 1フレーズは、終わります。


★スラーは dis 1 から、始まりますが、終わりは gis 1 の符頭を、

飛び越え、2小節 2拍目 の真上まで、続いています。

2小節目 1拍目 は、2分音符ですから、

音は実際には 2拍目まで、続いています。

しかし、記譜の習慣上、 slur スラーの終着点は、

最後の音の符頭の上、です。

そのように記された箇所も自筆譜に、実際にあります。


★この話は、どこかで見た記憶がおありになるでしょう。

そうです、前回のブログ 「  Debussy L'isle joyeuse 喜びの島 」、

前々回ブログ 「  Beethoven 弦楽四重奏 」 で、指摘したことと、

同様の、記譜なのです。

 


★上声は、2小節目 3拍目の gis 1 から、

第 2フレーズのスラーが始まりますが、 Chopin は、gis 1 の符頭の

頭上に、たなびく雲のように、まるで、第 1フレーズのスラーが、

終わろうとして終わらず、書き足し、書き継いだように、書いています。


★そして、3小節目 3拍目の e 2 で終わるはずが、フワフワと、

3小節目と4小節目とを区切る 「 小節線 」 の方まで、

たなびいていきます。

1番目のフレーズの後に、言い足りなかったことを、

まるで、 「 つぶやいている 」 、かのようです


★第 1フレーズを、もう少し詳しく見てみますと、

上声冒頭の開始音 dis 1 と 終止音 gis 1 にも、

アクセントが、付いています。

Chopin は、この二つの音を、どうしても強調したかったのです。

この二つの音とは、何でしょう?

そうです!

gis- Moll の dis は属音、gis は主音なのです。


★この間、下声 ( 左手 ) は、何をしていたか?

冒頭の Auftakt は、4分休符。

第 1小節目の 1拍目と 2拍目も、4分休符です。

1小節目 3拍目にやっと、奏される音が Dis 。

それが、2小節目1拍目 Gis にスラーで、結ばれています。

属音 ( Dis ) から、主音 ( Gis ) へと、進行しています


上声の Auftakt dis 1  から、 2小節目 1拍目の gis 1 が、

アクセントで強調され、それにより、この二つの音が、

Motiv を形成することが、分かります。

それを、下声の Dis - Gis の Motiv が、  Kanon カノンで、

追うことに、なります。

Kontrapunkt  ( couterpoint  対位法 ) です。


Debussy は、≪ 上声 ( 右手 ) dis 1 を 2指、 gis 2 を 4指 、

下声 ( 左手 ) Dis を 5指 、Gis を 4指 ≫ と、指定しています。

これは、何を意味するのでしょうか

講座で、詳しくお話したいと、思います。  

 

 

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■私の「Suite für Violoncello solo Nr.5 」が、ドイツで初演されました■

2012-04-14 20:48:48 | ■私の作品について■

■私の 「Suite für Violoncello solo Nr.5 」 が、ドイツで初演されました■

                                                 2012. 4.14  中村洋子

 

 

★私の作品 「Suite für Violoncello solo Nr.5

無伴奏チェロ組曲第 5番 」 が、ドイツで初演されました。


Berlin ベルリンの、Wolfgang  Boettcher

ヴォルフガング・ベッチャー先生から、二通のお手紙が届きました。

3月26日付けには、「 2012年 3月 25日、ドイツの Witten

ヴィッテンで開かれた、“ Großes Cellokonzert  ”」

というリサイタルの、プログラムなどが同封されていました。

-----------------------------------------------------------------
●Johann Sebastian Bach  Suite d-moll BWV 1008 (1720)
                                    無伴奏チェロ組曲 2番 ニ短調

●Yoko Nakamura  5. Suite für Violoncello solo  (2011)
                                    無伴奏チェロ組曲 5番
            Uraufführung  ( 初演 )
            Wolfgang Boettcher  gewidmet  ( 献呈 )

                [ Pause ]

●Volker David Kirchner     Threnos  ( 2005 )

●Johann Sebastian Bach Suite Es-Dur BWV1010
                無伴奏チェロ組曲 4番 変ホ長調
----------------------------------------------------------------
という、堂々たる Program です。

「 Großes Cellokonzert   」  は、 「 Great Celloconcert」 です。

The performance of your 5 Suite went well and was a nice

success と、お手紙に書かれていました。


★先生の古くからの親しい友人から、

「 この曲を、フルートで演奏したい 」 という申し出が、あったそうです。

既に、10弦ギターでも演奏されたことがあり、

フルート版も、楽しみです。

 
★先生は、、昨年12月の石川県津幡町での録音後も、

この 5番をさらに、 quite a lot of practice  猛練習をされ、

Witten での演奏に、臨まれたそうです。

「 特に、 2、 3楽章は、更に色彩豊かに、

5楽章は、テンポも早く、情感も増したと思う 」 と、

書かれていました。


★さらに、3月31日には、ドイツの  Weilburg  ヴァイルブルクで、

4月1日は、Mannheim マンハイムで、

先生と、お姉様の Ursula Trede-Boettcher さんの

pianoで、Duo concert を、開かれました。

 


★ Weilburg  でのコンサートは、

「 Duowerke aus Drei Epochen und Drei Ländern

三つの時代 と 三つの国からのデュオ作品 」 という題。        

★Manheim のコンサートは、

「 Duo - Abend mit Werken aus 3 Stilopochen und 3 Ländern 」

三つのスタイル と 三つの国からの作品の デュオの夕べ 」

★ Program は、
---------------------------------------------------
● Johann Sebastian Bach (1685~1750) 
                                Sonate D-Dur BWV 1028
● Johannes Brahms (1833~1897)
                                Sonte op.38 e-moll ( チェロソナタ 1番 )
● Robert Schumann  (1810~1856)
                                 Fantasiestücke op.73  ( 幻想小曲集 )
●Yoko Nakamura   
      Japanisches Erntelied Einleitung, Thema und Variationen
                                                                         ( 2009 )

●David Hopper  (1843 ~1913)
             Ungarische  Rhapsodie op.68 
------------------------------------------------------

★私の作品 Erntelied も、20分以上のかなり長い曲ですが、

他の曲目も、妥協のない、実に堂々とした選曲です。

「 We  ( 先生とお姉様 ) like the Erntelied  Variationen  and

audiance did appreciate the piece. Bravo ! 」 と、

書かれていました。


★日本のピアノリサイタルでは、最初にBach を弾き、

その後、ロマン派の曲に入り、最後に、

Debussy の 「 L'isle joyeuse 喜びの島 」 で、派手に、

華やかに終わる、というようなパターンを、よく見ます。

ショー的要素の強い、配列です。

そこで弾かれる Bach に感動したことは、ほとんどありません。

“ 指慣らし ” として Bach を弾いているように、思えるからです。

Boettcher 先生の、本格的なプログラムとは、かなり異なるようです。

 

 

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■ Debussy 「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」は、なぜ華やかなのか■

2012-04-11 22:29:12 | ■私のアナリーゼ講座■

■ Debussy 「 L'isle Joyeuse 喜びの島 」は、なぜ華やかなのか■
                        2012.4.11    中村洋子

 


★本日夕方、スマトラ島沖で M8.9の大地震が、起きました。

ちょうどその瞬間、私は、ピアノの音域を遥かに超えた、

極めて高い音、キーンという澄んだ音が、

遠くの方から、耳に突入してきました。

同時に、まるで竜巻に巻き込まれるかのような、眩暈も感じました。

地球規模で、地下の巨大プレートやマグマが動き、

揺らいでいるのでしょうか。

不安な毎日が、続きます。


★前回のブログhttp://blog.goo.ne.jp/nybach-yoko/d/20120406

≪Beethoven弦楽四重奏a-Moll Opus 132に見る真正の対位法 ≫で、

Beethoven (1770~ 1827)の ≪ 自筆譜 ≫ 上で、

「 フレーズ 」 が、どのように書かれているかを、読み解くことにより、

Beethoven自身 “ どのように演奏して欲しい ” と、望んでいたか、

それが、分かってくることを、お示ししました。


★当ブログでは、度々、Frédéric  Chopin ショパン(1810~1849) 

自筆譜の 「 フレーズ 」 が、いかに精妙に記譜されているか、

そして、Chopin 自身が、どのように演奏していたかが、

「 フレーズ 」 の分析により、手に取るように分かることを、

書いてきました。


Claude  Debussy  クロード・ドビュッシー (1862~1918)

についても、同じことが言えます。

ピアノ独奏曲 「 L'isle Joyeuse  喜びの島 」  (1904、Durand) を、

として、見てみましょう。


冒頭の1、2小節目、右手のみで奏される単旋律は、

全く、同じです。

一見しますと、同じメロディーを二回、

繰り返しているだけのように、見えます。

しかし、自筆譜を子細に眺めますと、この 1小節目と 2小節目は、

明らかに、内容が異なっていることが、分かってくるのです。


★Edition de Roy Howat の 2005年 Durand 版は、

「 ドビュッシー全集  Complete works of Claude Debussy

Série Ⅰ volume3 」 からの、 「 抜き刷り 」 です。

冒頭1小節目の1拍目は 「 p 」 、同時に、そこから

crescendo  の hairpin  が始まり、3拍目の前半、

2点ハ音c2の音まで、持続する、という記譜です。

これは、自筆譜通りです。

2小節目の記譜も、1小節目と全く同じになっています


★やや古いのですが、1986年刊行の Henle 版

( Edited by Ernst Günter Heinemann、 Françoir Lesure /Préface ) も、

かなり良い版ですが、ここでも、冒頭 1、2小節目は、

全く同じ長さの hairpin が、記されています


★しかし、Claude  Debussy の自筆譜を見ますと、

様相は、一変します

1小節目の cescendo  hairpin は、前述のように、

3拍目の前半 c2 ( 2点ハ音 ) までですが、

2小節目の crescendo  hairpin は、なんと、2拍目の終わり、

cis2 ( 2点嬰ハ音 ) の 2分音符トリルのところまでしか、

つけられていません。


3拍目の冒頭、タイにより 1拍目から延長されている  cis2 には、

 crescendo  hairpin は、掛っていないのです。


★これを、どのように解釈すべきなのでしょうか?

出版の際、  Debussy が、2小節目の  Crescend  hairpin の長さを、

1小節目と同じく、 3拍目前半まで延長することに、たとえもし、

同意していたとしても、自筆譜を書いていた瞬間には、

Crescendo  hairpin の長さは、違っていたことは、

まぎれもない事実でしょう。


★それでは、これを、どう演奏に活かすべきなのでしょうか

そのヒントは、1小節目に付けられた ≪ slur スラー ≫、

2小節目に付けられた ≪ slur スラー ≫ に、あります。


Durand版も  Henle版も、スラーは、 1拍目の 2分音符

cis2  ( 2点嬰ハ音 ) の符頭から、始まり、

小節の最後の音 gis2  ( 2点嬰ト音 ) の符頭で、終わります

きっちり、小節の冒頭音で始まり、終止音で終わる、

教科書的な、記譜です。


★しかし、 Debussy の自筆譜は、実用譜とは全く違います。

1、 2小節とも、スラーが始まるのは、 ( 実用譜と同じ )

1拍目の cis2 からですが、終わる位置は、異なっています

1小節目は、最後の音 gis2 に向かって、

スラーが、その腕を精一杯延ばし、やっと、 gis2 に到達した、

という印象です。

エネルギーを、感じます。


★それに対し、

2小節目は、最後の音 gis2 の符頭を、軽く飛び越え、

2段目 ( 下の段落) の、 3小節目冒頭 cis2 の、

トリルに向かって、たなびいているように見えます。


★この 「 たなびく 」 という表現は、覚えていらっしゃいますか?

Beethoven ベートーヴェン(1770~ 1827)の弦楽四重奏 a-Moll の、

2小節目の cello のスラーが、符頭の上で終わらずに、

「 たなびいている 」 と、私は書きました。

是非、もう一度、前回ブログをご覧ください。


★ この Beethoven の記譜から、読み取れることを、

この Debussy  「 L'isle Joyeuse  喜びの島 」 に、応用しますと・・・

1小節目は、この曲全体を束ねる 「 テーマに近い内容 」 をもち、

1小節だけで、完結しているため、

スラーが、それ以上触手を広げる必要はありません。


★しかし、 2小節目は、一見したところ、同じ旋律を、

繰り返しただけに見えますが、crescendo は、

1小節目より短く、起伏が小さく、

1小節目の 「 主 」 に対し、 「 従 」 であるとも言えます。

そして、スラーにより表されるフレージングも、 1小節目のように、

独立しておらず、 3小節目に向かって流れています。


★では、その 3小節目は、どのような存在なのでしょうか?

1小節目を一つの単位としますと、2小節目はその反復です。

3小節目は、反復を始めるものの、少し変化させる

「 同型反復 3回 」 の原則に、拠っています

1、 2、 3小節とも、小節の開始音は、同じトリルです。

しかし、3小節目は、1、 2小節のように、 「 p 」 ではなく、

 「 f 」 にしています。

これは、3小節の冒頭で、 「 小さな頂点を作っている 」 と、

いってよいでしょう。


★つまり、 1小節目は 「 テーマに近いもの 」 、

2小節目は、その 「従 」、

3小節目は、 「 小さな頂点 ( high point ) 」 と、考えられます。

これにより、この 3小節を、Debussy がどのように設計し、

演奏していたかが、お分かりになると思います。


★1小節について 「 テーマに近い内容 」 と、書きましたが、

Debussy は当初、この独奏曲 「 L'isle Joyeuse  喜びの島 」 を、

 「 独奏曲 」 として、作曲した訳ではなく、

 「ある組曲 」 の 「 終楽章 」 と、考えていたようです

( 現在の、Suite bergamasque ベルガマスク組曲ではありません )


★ L'isle Joyeuse は、1904年に Durand社から出版されています。

しかし、そこ至るまでには、軋轢やトラブルが、多々あり、

結果的に、Debussy の当初の意図とは異なり、

 「 独奏曲 」 として、出版されたようです

また、作曲時期についても、はっきりしたことは不明です。


★ここで、注意することは、

終楽章のテーマは、組曲 1楽章のテーマのように、

≪ 全楽章を支配し、睥睨する ≫ ものではない

ということです。

構築されている緊張度、密度はやや低く、逆に、

演奏する楽しさ、華やかさは、際立っています。

いわば、 「 カデンツァ 」 のような性格です


★日本では、 「 Debussy 」 といいますと、

 「 L'isle Joyeuse  喜びの島 」  の名前が、

反射的に返ってくるほど、好まれ、

群を抜いて、コンサートで多く演奏されています。

 「 L'isle Joyeuse  喜びの島 」  の、見かけ上の華やかさに、

誘引されるのでしょうか。

「 論理に論理を重ねる 」  組曲の第 1楽章のような曲は、

どうも、苦手のようですね。


★しかし、 「 L'isle Joyeuse  」 を演奏する際には、

書かれていない 「 組曲の第 1楽章 」 の “ 存在 ” を、

念頭に置き、常に、それを意識して弾く必要が、あるのです。


★それをしませんと、この 「 名曲 」 も、

ただ華やかで、技術を誇示するだけの曲に、

なってしまう危険性が、大いにあります。

 


                      ※copyright © Yoko Nakamura
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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■ Beethoven弦楽四重奏 a-Moll Opus 132に見る、真正の対位法 ■

2012-04-06 17:23:47 | ■私のアナリーゼ講座■

■Beethoven弦楽四重奏a-Moll Opus 132に見る、真正の対位法 ■
                     2012.4.6   中村洋子

 

 

 

★新年度が、始まりました。

例年にない寒さで、桜の花も遅れ、鴬やメジロのさえずりも、

心なしか、少ないようです。

4月1日は、福島でかなりの大地震、

3日には、全国で春の大嵐が吹き荒れ、

穏やかな幕開けとは、いきません。


★このところ多忙で、ブログ更新が遅れていました。

最近、Wolfgang Boettcher  ベッチャー先生を見習い、

テレビを “ 捨てました ” 。

テレビから、解放されましたお陰で、

伸び伸びと、日々を、過ごせるようになりました。


★近頃は、Barylli Quartet バリリ弦楽四重奏団で、

Beethoven ベートーヴェン (1770~ 1827) の、

Streich quartett   a-Moll Opus 132

弦楽四重奏 15番 イ短調 作品132 を、聴きながら、

Beethoven  の 「 自筆譜 」 を、読み込むという、

至福の時を、過ごしております。


★この曲は、Beethoven が1824年、54歳で書き始め、

翌年7月に、完成しています。

亡くなる2年前です。


★自筆譜は、72枚の紙の裏表に書かれています。

空白もありますので、全138ページです。

大きさは、B4サイズより、若干小さめで、横長です。

余白が大きく、ゆったりと書かれています。

Frédéric  Chopin ショパン (1810~1849) の自筆譜は、

B5サイズに入るほどの 小さいものが、ほとんどです。

対照的です。

 

 


各ページは、2段構成です。

第 1pageを見てみますと、 1 ~ 4小節が 1段目、

5 ~ 9小節が、 2段目となっています。

8小節目までは、 Assai Sostenuto

アッサイ ソステヌートの指示があります。


★しかし、 1page最後の 9小節目は、 「 Allegro 」 に、

テンポが変更されています。

 Beethoven  が、 1 ~ 8小節目までを 「 序奏 」 と、

位置付けていることが、分かります。


★Beethoven は、 「 序奏 」 の中に、

その曲全体のエッセンスを、凝縮しているのです。


1小節目は、チェロ独奏で、 2分音符 Gis ( ひらがな 嬰と音 )、

 A ( ひらがな い音 ) が 流れ、

2小節目は、チェロの f  ( かたかな ヘ音 )、e ( かたかな ホ音 ) に、

ヴィオラやヴァイオリンが、かぶさってきます。


この4つの音 「 ソ♯、ラ、ファ、ミ 」 が、

Opus 132 の、すべてを支配している Motiv です。

チェロは、 3、 4小節では、休止しています。


★この 4つの音に、Beethovenが記入した

「 slur スラー 」 を見てみます。

「Gis 」 の符頭の真上から、始まっていますが、

4番目 「 e音 」 の符頭を、飛び越し、

2小節と 3小節を区切る 「 小節線 」 に向け、

たなびく雲のように、引き延ばされています。

 

 


★チェロの音は、打鍵したピアノのように減退しませんから、

当然、 2小節目が終わる部分、つまり小節線まで、

弓で弦を擦って、音を出し続けます。

その際のslur スラー の書き方ですが、通常は、スラーが終わる

フレーズの最後の符頭の上で、スラーの線を明確に止めます。

この曲の自筆譜でも、そのような書き方は、たくさんあります。


しかし、この 2小節目の slur スラー の終わり方は、

意図的に、雲がたなびくかのように曖昧に、

どこで終わっているのか、はっきり分からないように、

ぼかすように記されています。


★その意図は、3、 4小節で、チェロは音を出してはいないが、

「 音楽は続いているよ!、その音楽を、集中して聴き取り、

5小節目につなげなさい!」

という、Beethoven の声と、受け取るべきでしょう。


5、 6小節目では、チェロはどのような音楽を奏するのでしょうか?

5小節目は 「 f - e  」 、6小節目は 「 Gis - A 」 です。

そうです、 1、 2小節目の 「 Gis - A 」  「 f -e 」  が、

入れ替わっているのです。


★まとめますと、

1小節目 :  Gis - A
2小節目 :   f - e 
3小節目 :  休止
4小節目 :  休止
5小節目 :  f - e 
6小節目 :  Gis - A 
                            

 

★これは、Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 ) の、

Counter-point 対位法 の世界です。

5小節目のチェロが、「 f - e 」 を奏している時、

violonⅠ  第 1ヴァイオリンは、

「 gis2 - a2  ( 2点嬰ト音 - 2点イ音 ) 」 を、

2分音符で、弾きます。


★これは、 1小節目のチェロの  「 Gis - A 」 を、

3オクターブ上で、模倣しているのです。

これがもし、 6小節目に 「 f3 - e3  」 が続きますと、

violonⅠ  第 1ヴァイオリンの 5、 6小節は、

チェロの  1、 2小節と、 「 Kanon カノン 」 になります。

しかし、Beethoven は、 「 f3 - e3  」 という

2度下行の Motiv を、ここでは、選びません。


★「 gis3 - a3 - h3 - c4 ( 3点嬰ト音-3点イ音-3点ロ音-4点ハ音 )」

(  ソ♯、ラ、シ、ド ) と、グイグイ 高いドの音 ( 4点ハ音 ) まで、

pp ピアニッシモ のまま、引っ張っていきます。


当り前に、 crescendo しながら上行する Motiv より、

pp で極小にしつつ、息を詰めながら集中して、上行するのには、

大変なエネルギーが、必要です。

もし、 「 f3 - e3  」 という、常識的な 「 Kanon カノン 」 にしますと、

「 2度の下行音程 」 も、できてしまいますので、

そのエネルギーが、生まれ出てきません。


★このように、最小単位 ( ここでは、二個の2分音符 ) の配列で、

音楽の構造を、創っていく。

点と点との関係で音楽を作る、つまり Point counter Point 、

これこそが  “ 対位法 ” の音楽です。

日本語訳の “ 対位法 ” の 「 法 」 の文字には、

Counter point の意味は、ありません。

「 音対音 」 とでも、訳するのが妥当でしょう。

 

 


Counter point は、決していかめしいものでは、ありません。

生きた Counter point  が、Beethoven のこの曲にあり、

その源は、Johann Sebastian Bach  バッハ  ( 1685~1750 )

であることは、自明の理です。


★この本当の Counter point  は、

Frédéric  Chopin ショパン (1810~1849)や、

Claude  Debussy  クロード・ドビュッシー (1862~1918)

にも、息づいています。

冒頭で書きました、雲がたなびくような slur スラー の書き方は、

Chopin の自筆譜でも、度々、目にするものです。


★ Beethoven  のこの Opus 132 は、 Bach を源とし、そして、

20世紀の現代音楽にまで、大きな影響を及ぼしています。

一時、流行しました Arvo Pärt

アルヴォ・ペルト( 1935~)の音楽も、

その片鱗をついばんだもの、といえましょう。


Chopin と Bach との関係につきましては、

4月27日 ( 金 ) に開催します、表参道カワイでの

「 Bach 平均律アナリーゼ講座 」 でも、お話する予定です。
 http://shop.kawai.co.jp/omotesando/news/index.html

 

 

 

 

                                   ※copyright © Yoko Nakamura
▼▲▽△無断での転載、引用は固くお断りいたします▽△▼▲

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