僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

あれから2年半が経った

2013年09月13日 | 思い出すこと


一昨日の9月11日という日は、2001年に起きたニューヨークでの同時多発テロが「9・11」として強く記憶に残っているのだけれど、東日本大震災から2年半という節目の日でもあった。もうあれから2年半が経ったのだ。


12日の朝日新聞の1面に、宮城県石巻市の大川小学校の慰霊碑の前で祈りを捧げるご遺族の方たちの写真が掲載されていたのを見て、また目頭が熱くなった。


いま僕は、10数年も走っていないフルマラソンの大会にまたチャレンジしようと決め、練習に四苦八苦しているところだが、思い起こせば数年前にも一度、フルマラソンに出ようと決めたことがあった。2011年のことだ。年の初めに、ネットである大会を見つけ、それをめざして2月ごろから練習計画を立てて、衰えた体力に鞭打ちながら走り込みを続けた。レースは5月の中旬に行われる予定だった。そして「そろそろ書いてもいいだろ」と思い、そのことを3月10日のブログに書き、少し大げさだけど「後に引けない状況」的気分を作って自分自身を盛り立てようとしたのである。


その時のブログでは、どこの大会に出るかは書かず、「少し遠い場所だけど、5月中旬に開催される頃合な大会」に参加する…ということだけを書いた。実はその大会は、仙台で行われる大会だった。仙台市内の「台原森林公園を周回するコース」ということだった。「仙台鉄人会」という団体の主催で、5時間走の部や10時間走の部、あるいは駅伝の部、そして僕が出ようとしているフルマラソンの部など、競技種目はバラエティに富んでいて、おまけに制限時間もゆるい。地元のマラソン愛好者の人たちの温かい手作りの大会に違いない。僕はこの大会をネットで知った時、仙台には親しくしていた知人の方も住んでおられたこともあり、このレースなら何とか頑張れるだろうと思ったのだ。それを3月10日のブログに書いて、決意を新たにしたのであるが…


翌日の3月11日。東日本大震災が起きた。


言うまでもなく仙台市も大きな被害を受け、5月にマラソン大会などを開けるような状況ではなくなった。順調にいっていれば僕も走るはずだった仙台市の台原森林公園は、被災者の物資配給の場としてテレビニュースに映っていた。まさかこんな形でこの公園をテレビで見ることになるとは夢にも思わなかった。そして数日後の大会事務局のホームページに、「本大会は、東北地方太平洋沖地震の影響により、開催中止となりました」と告知されていた。


震災と津波の被害のあまりの大きさに茫然自失となり、僕は徐々にブログを書く気力もそがれ、しばらくしてから、半月余りブログを休むこととなった。一方その間に、10月に開催される第1回大阪マラソンに申し込んだりしたけれど、申込者が殺到して抽選に外れ、それ以来、もう自分にはフルマラソンには縁はない、年も年だし、妙な色気を出すのはやめようと決心したものである。あぁ、それなのに…


それから2年半経った今、僕はまた何を思ったか11月の大会に向けてフルマラソンの練習をしているのである。…というより、まあ、ただダラダラとジョギングを続けているだけのことなんだけれど、2年半前のブログで体力の著しい衰えを嘆いているのに、あれからさらに年を取って、まだフルマラソンにこだわっている自分の心理状態はいったい何なのか…? と、自己分析したりする。


東日本大震災から2年半…というニュースを見て、その前日の自分のブログのことを思い出し、それに関する話を書きました。それにしてもあの大災害からもう2年半が経ったのですね。7年後の東京五輪開催も確定したので、それを被災地復興に向けて、本当に実効性のある政策を展開する原動力にしてほしいと願っています。

 


 

コメント (9)
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