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 僕のほそ道   ~ のん日記 ~

  
これと言ったテーマはなく、話はバラバラです。 つい昔の思い出話が多くなるのは年のせい? 

宮古 釜石 気仙沼

2011年05月25日 | 旅行

高校生の頃から東北にあこがれていた。
大好きだった 「おくのほそ道」 の影響もあった。
太宰治にも、大きな影響を受けた。

20歳の時に自転車で放浪の旅に出たのも、東北へのあこがれからである。
このとき、往路は日本海側を走り、復路は太平洋沿岸を走った。

しかし、八戸からは三陸海岸を通らず、盛岡、花巻、一関の国道4号を走った。
そして、一関から石巻に入り、仙台湾を下って松島、仙台、岩沼、相馬と、
今回の大震災で甚大な被害を受けた地域を走った。

そして、沿岸部である国道6号を走った。

相馬では、食堂でご飯を食べていると、見知らぬおじさんが
「おお、君じゃないか。いま、ここを走っているのかね」
と声をかけてきたのに驚いた。
青森の八戸の時計屋さんで何泊かお世話になったとき、僕と会ったそうなのだ。

相馬から南下して、原町というところで、また食堂に入った。
ここでカレーライスを注文した僕は、生涯忘れられない思い出を得た。
ここのカレーライスに入っている肉の多さにびっくりたまげたのだ。
お皿からはみ出るほど、ゴロゴロとカレー肉がご飯の間や上に乗っていた。
常にひもじい思いをしていた僕は、このカレーの肉への感激が、今も忘れられない。

そして、いわきで泊まったユースホステルでは、知り合った女の子が、
僕が早朝に自転車で出発する時、伊豆の踊り子のラストシーンのように、
姿が見えなくなるまで、屋上から手を振ってくれたことも忘れられない。

今回の震災報道で、相馬や原町、いわきが映ると、そんなことを思い出す。

福島に最初の原子力発電所ができたのは、その2年後のことである。

 

       
       20歳の時(1969年)に走った東北のコース (復路)


2年前、60歳で定年になり、妻と2人で青春18切符を使い、東北旅行をした。
このときも、東京から常磐線に乗り、水戸~いわき~原町~相馬~岩沼
~名取~仙台と通過した。
その日は仙台で1泊し、翌日は松島を巡り、平泉から、盛岡へ行った。

このときも、自転車旅行の時と同様、三陸海岸は通らなかった。 
なかなかチャンスに恵まれなかったのだ。

 ♪  みなと~、宮古・釜石・気仙沼  ~

森進一が歌って大ヒットした 「港町ブルース」 の良港を、いつか巡りたいと思っていた。

それが、こんなことになろうとは … 。

 

 

 

 

 

コメント (5)
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