サロマ湖100キロマラソンは、後日、レースのダイジェストがテレビで放映された。
おかげで、知る由もなかった優勝選手の壮絶な走りっぷりなどを見ることができた。
男子は小島という選手が、女子は遠藤という選手が優勝した 。
女子でトップを走っていた遠藤が、原生花園で前を走る一人の男性ランナーを抜いた。
そのシーンをよく見たら、抜かれた選手は、我らの仲間、キタちゃんだった。
ゴール近くで、女子の優勝選手と一緒にテレビに映るのだから、キタちゃんもすごい。
42キロ過ぎでは、マルちゃんの走る姿が、一瞬、映った。
僕やドイロンは、チラリとも映らなかった。
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100キロを走り抜き、いよいよ目の前にゴールが見えたときは感無量である。
僕とドイロンは、ゴールの時に、それぞれちょっとしたハプニングがあった。
僕は90キロあたりから、ランナーの中に変なオヤジがいるのが気になっていた。
そのオヤジは、給水所のボランティアの女子高校生を怒鳴りつけていたのだ。
「水をくれ、水を。 こんな味のついたドリンクじゃない。 水だ、水!」
怒鳴られた女の子は、「すみません」 とあやまり、あたふたと水を探す。
「早くしろ。 こっちは疲れとるんじゃっ」
いくらランナーだと言っても、これはひどい。
陰で支えてくれるボランティアの地元女子高生を罵倒するなど、最低の行為である。
そのオヤジの走るペースが、僕とほぼ一緒だった。
いよいよゴール会場である常呂町民センターの前の運動場に入ってきた。
ゴールではテープが待ちうけ、あと50メートルほどのところまできた。
周囲の大会関係者の方たちが、「おつかれさま~」 と拍手を送ってくれる。
ゆっくりと、一歩一歩をかみしめるように、僕はゴールに近づいた。
至福の瞬間だった。
そのとき…
「ウォーッ」 というとてつもなく大きな声が、真後ろから響いてきた。
まるで猛獣が吼えるような、わけのわからない叫び声であった。
普通の喜びの声ではない。 気が狂ったような絶叫だ。
そしてゴール寸前で僕を抜き 、「ウォーッ!」 と叫びながら両手を上げ、
ピョンピョン飛び跳ねてテープを切ったそのランナーは…
さきほどの、変なオヤジであった。
オヤジは、最後の直線コースでいきなり全力疾走して僕を抜いた。
人が大勢いるゴール前で僕を抜こうと、あらかじめ狙っていたかのようだ。
しかしなぁ。
お互いに苦しい思いをして100キロを走ってきた、いわば同志である。
僕の前にもランナーが一人いたが、たとえ追い抜く力が残っていたとしても、
そういう行動を取らないのが、マナーというものではないか。
611名の中の583位か584位か…というポジションで、何を競うのか。
給水所のボランティアを怒鳴りつけたり、ゴールで 「ひとりバカ騒ぎ」 したり。
こんな頓珍漢なオヤジも、100キロを走るランナーの中にいるのである。
ランナーもいろいろ、である。
さて、ドイロンのほうは、膝の故障に泣かされたレースだった。
ストレッチや歩きを入れながら、なんとかゴール付近へたどり着いてきた。
ゴールまであと1キロというところで…
ドイロンの横を走っていた女性ランナーは、すでに感極まって涙を流していた。
「あと1キロね。 あと1キロね」 と、声を震わせ、泣きながら走っていた。
ドイロンも思わず胸がキュンとなり、その女性に、
「そうなんですよ。 あと1キロですよ。 がんばりましょうね」
と、やさしくその女性を励ました。
「そうね。 あと1キロね。 あと1キロね」
女性の足元はふらふらで、今にも倒れるのではないかと思われた。
「大丈夫ですか…? もう少しですから、何とかがんばってくださいね」
ドイロンはやさしい。 その女性にペースをあわせ、見守ってあげた。
「そうね。 あと1キロね。 あと1キロね」 と、
泣きながらその女性は…
…急にスルスルとスピードを上げた。
コロッと人が変わったように、軽快な足どりになり、ドイロンを引き離して行った。
ドイロンはとてもそのスピードには付いて行けず、置いてけぼりをくっちゃった。
…というのが、ドイロンの、サロマ湖100キロマラソンのエンディングでした。