電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

有岡利幸『桃〜ものと人間の文化史157』を読む〜その2

2023年01月14日 06時00分44秒 | -ノンフィクション
大正時代、在来種の桃は「果形小さく肉質固くして酸味多く果汁に乏しく、品質極めて劣等にして」と称されるようなものであったとされていたようです。大正4年刊の恩田徹彌『果樹栽培史』によれば、明治政府はサクランボなど各種果樹の苗木を主として米国から導入していたけれど、桃の場合は違っていたようで、明治6(1873)年にヨーロッパから桃7品種とネクタリン6品種、明治8(1875)年に中国から華北系品種の天津水密桃および華中系品種の上海水密桃とバントウ(幡桃)を導入しているそうです。

しかし、食味が向上したその分だけ、病害虫被害が高まることは自明の理で、人間が食べて美味しいものは虫にも美味しいらしく、まだ効果的な防除技術などもなかった時代に、虫食い果実を食べるのは子供の趣味で、大人は食べないものだったらしい。こうした桃の害虫被害を防止するために、明治18年(1885)年に、上海水密桃の結実後、梨にならって袋かけを実施したところ、ヒメシンクイムシの被害を免れ、確実に収穫できる見込みがついたことから、岡山県の桃栽培が本格的に増加していったのだそうな。なるほど、それで岡山県が桃の本場とされているわけか。



桃の世界史的な伝播の経路を見ると、これもまた興味深いものです。原産地は中国で、縄文時代には九州に伝わっており、これが在来種のルーツでしょう。一方で、中国からペルシア経由でヨーロッパに伝わり、そこからペルシア原産だと誤解されて桃の学名 Purunus percica でペルシア産とされたらしい。ヨーロッパで品種改良されてさらに米国に渡り、これが米国産の桃のルーツとなります。明治以後に日本に伝播してきたのは、これら欧米産のものと中国で品種改良されたものが移入されたもので、いわば日本は桃の伝播の終着点にあたる(p.278)ようです。

桃の産地変遷については、その原因の一つに、連作障害があると書かれており、興味深く読みました。桃を栽培した跡地に再び桃を植えると、樹が衰弱し栽培を続けることが困難になるのだそうです。いわゆる「嫌地(いやち)」現象で、桃樹の根に含まれる青酸配糖体の一種であるプルナシンの分解により生じる有機物質や線虫によるもの(p.293)だそうな。プルナシンが分解されて生じるベンズアルデヒドや安息香酸などが根の呼吸を阻害するのだそうで、なるほどと納得です。

著者、有岡氏は林業、森林の専門家のようで、関連の著書も多いようですが、桃を栽培した経験はあるのかどうかは不明です。たぶん「果物の中では桃が一番好き」なタイプで、それが高じて桃の歴史をまとめることとなったのかも(^o^)/ 地味ですが、たいへん興味深い本でした。



専業農家だった父の死去でサクランボ農家を受け継ぐこととなり、勤め人のかたわら週末農業を営んでいたのでしたが、亡父が植えていた川中島白桃の味が忘れられない妻が少しずつ手をかけていて、虫食い桃の中にも多少は食べられるものがあったことから、本式に桃栽培に取り組むようになったのでした。やってみたら、案外におもしろい。経営的にはなかなか大変ではありますが、喜ばれる度合いはサクランボ「佐藤錦」に次いで、いや、受ける印象としてはそれと同等かもしれません。我が家では「午前収穫、午後配送」のスタイルですので、軟らかくなる前のかたい桃が食べられ、しだいに追熟して軟らかくなる変化を味わえる、というのが喜ばれるのかもしれません。桃は味も歴史も実に興味深い果物です。


コメント (2)    この記事についてブログを書く
« 有岡利幸『桃〜ものと人間の... | トップ | 鼻づまりで眠れず耳鼻咽喉科... »

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (kumaneko48)
2023-01-14 06:31:17
「農業は化学」というけどなるほど。
私には難しいけど興味深いです。
因みに「料理は科学」だと言いますね

「料理の科学大図鑑」と言うのがあって、中古やヤフオク、メルカリで見てるんですが、それでも高い。
町の図書館に頼んでいれてもらおうかなと思ったりするけど、やっぱり欲しいので根気よく見つけてみます
kumaneko48 さん、 (narkejp)
2023-01-14 07:16:26
コメントありがとうございます。農業は、別に化学がわからなくてもできるけれど、そういう視点を持って見ると背景がよくわかる、ということだと思います。料理も同じかな。そうそう、某化学の先生いわく、生徒の実験の様子を見ていると料理の腕が予測できるそうです。先読みで器具や薬品を準備しておく人と、その場になってから慌てる人との違いだそうな。経験で覚えることも多いですが、操作の意味がわかってくると、次の段階の準備を済ませておくことが大事だと感じるのは確かです。

コメントを投稿

-ノンフィクション」カテゴリの最新記事