電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『橋ものがたり』を読む

2008年10月20日 07時15分19秒 | -藤沢周平
思い込みというのはあるもので、藤沢周平の代表的な市井もの、お気に入りの『橋ものがたり』を、すでに取り上げたとばかり思っておりました。ところが、ふと検索してみたら、書名としては登場するものの、まだ一度も記事にしていないことが判明。この機会に、もう一度読み直しました。う~ん、やっぱりいいですねえ!

本作は、橋にまつわる男女の物語10編を集めた短編集です。
第1話「約束」。錺職人の幸助は、5年前に小名木川に架かる萬年橋の上で会う約束をしたお蝶を待ちますが、病気の母親を抱えたお蝶は、男に体を売る今の境遇を恥じ、幸助と会うことに逡巡します。橋の上で待ち続けた幸助が、ずっとお蝶を思い続けたことを伝えますが、お蝶は幸助を拒みます。別れに心残りはないと思ったものの、お蝶の心の芯はぽっきりと折れたよう。翌日、一晩考えた末に、幸助はお蝶の家を訪ねます。幸助の心を知ったお蝶が、台所で振り絞るように号泣する声は、はじめて読む者の心も動かします。
第2話「小ぬか雨」。不意に訪れ、通り過ぎた恋。たぶん、19歳というおすみの年齢の頃には、よくあることなのでしょう。たまたまそれが、やけにドラマティックだっただけのことかも。
第3話「思い違い」。指物職人の源作は、両国橋でいつもすれ違う女の揉め事に出くわします。身持ちの悪い親方の娘の縁談を断り、職人仲間に無理に連れていかれた岡場所で、思いを寄せた女おゆうに出会います。現代のサラリーマンは、夜の商売の女性と、やはり橋の上ですれ違うのでしょうか。都会の場合はありえますが、田舎では車で通勤ですので、ありえないかも。
第4話「赤い夕日」。夫の新太郎に愛人がいると密告した手代の七蔵は、油断のならない男です。若狭屋の女将のおもんは、夫にも話していない秘密がありました。お父っつあんの名前をかたり呼び出されたおもんの身柄をかたに、悪党たちは夫の新太郎をゆすりにかかります。秘密を持った妻と夫の、思いがけなくほんのり甘さのある解決が印象的です。
第5話「小さな橋で」。「おれ、およしとできた。」思春期の少年と少女の飛躍です。
第6話「氷雨降る」。老いの先に見えたものは、古女房や息子が、店の主人である自分をないがしろにする虚無感でした。たまたま助けたおひさは、約束した男と一緒に出て行ってしまいます。氷雨が、荒涼とした孤独感をいっそう冷たく見せています。
第7話「殺すな」。奔放な女の後に随いて行った男が、結局元の鞘に収まろうとする女にぽいと捨てられます。だが、浪人の小谷善左エ門は、捨てられた吉蔵に、お峯を殺すな、と言います。不義の噂に激昂して家内を斬ってしまった、いとしいなら、生かすことを考えるべきだった、と。
第8話「まぼろしの橋」。父のいない娘が、橋のたもとで拾われて美しく育ち、跡取り息子の嫁になることに。だが、父親の話を種に狂言が仕組まれ、悪党どもに誘い出されてしまいます。第4話と似ていますが、こちらはずっと年若い娘の話です。
第9話「吹く風は秋」。いかさま博奕で江戸を逃れ、逃亡生活に倦んだ初老の男と、死んだ妻にどこかしら似た女郎との、うっすらとした関わり。殺伐とした渡世人の暮らしには、特定の橋での出会いも別れも、もたらされないようです。
第10話「川霧」。島帰りの夫を葬い、戻ってきた女の肩を抱いて橋を渡るシーンは、実に映画的です。

いずれも読み応えのある作品ばかり。市井の庶民の物語として、藤沢周平の代表作でしょう。映画化を期待したいところです。

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2 コメント

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またまたご無沙汰しました (こに)
2012-11-13 20:39:44
藤沢周平さん、これでやっと4冊目を読み終えました。
まったく外れがありませんね。
映画化されたら、これまた涙がポロポロ流れそうです。
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ナイス・タイミング!! (narkejp)
2012-11-13 20:45:59
コメントありがとうございます。ちょうど今、こちらからTBを送ったところでした。藤沢周平作品は、ほんとにまったく外れがないですね。映画化されたら、きっと切なさに涙がボロボロこぼれるのではないかと思います。でも、観てみたいですね~(^o^)/
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