電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

高校文化祭における銀鏡反応の爆発事故について

2005年10月16日 12時20分24秒 | Weblog
さる10月1日、千葉県柏市の芝浦工大付属柏高等学校の文化祭において、銀鏡反応のデモンストレーション実験中に爆発事故がおこり、父親と一緒に参加していた小学校六年生の男児と同校生徒の2名の目に試薬が入り、水洗し病院に運び手当を受けたたものの、男児は角膜の一部に薬傷をうけているとのこと(*1)だ。その後の経過は不明だが、被害にあった2名のすみやかな回復を祈りたい。

無色の水溶液からしだいに鏡ができる銀鏡反応の実験は、初めて見ると本当に感動する。その意味で、デモンストレーション効果のあがる実験だと思う。高校文化祭などで取り上げる意味もわかる。ただ、報道の中で、いくつか気になることがあった。

(1)銀化合物の価格はきわめて高い。材料の硝酸銀は、試薬びん1本で1万円近くするはずだ。高校の文化祭で大量に使うには高価すぎる。おそらく、この高校が文部科学省の指定を受け、スーパーサイエンスハイスクール(*2)として全国数十校程度の高校に7億円の予算が投下され、ふんだんに予算を使える(使わなければならない)、きわめて特殊な環境にあったことが背景にあるためであろう。
(2)高校の化学の教科書にあるような試験管程度の実験ならば、水酸化ナトリウムを加える必要はなく、硝酸銀とアンモニア水だけでよいはずだ。この方法なら、廃液の処理(酸性貯留)さえきちんとすれば、安全性は高い。しかし、平面ガラスや大型のビンの内部など一定の広さにむらなく鏡を作るには、水酸化ナトリウムを同時に用いる処方が書いてある本が多い。
(3)水酸化ナトリウムや水酸化カリウムで強アルカリ性にした条件では、爆発性の銀窒化物(Ag3N)が生成しやすくなるという。たとえば、少々古い本だが『化学実験の安全指針』(日本化学会、初版)には、化学実験の事故例として「銀の窒素化合物」をあげ、「硝酸銀で黒くよごれたポリエチレンビーカーをきれいにしようとして、希硝酸、塩酸、王水、アンモニア水などで洗ってみたがきれいにならず、20%水酸化ナトリウムを入れて放置し(中略)これを動かそうとして爆発した」「銀のアンモニア錯塩を作るため、硝酸銀水溶液に水酸化ナトリウムを加えて酸化銀を沈殿させ、それからアンモニア水を加えて少し加温したら爆発」などの事例が載っている。しかしこれらの知識は、一般的な書籍には書いてない場合が多いのではないか。
(4)学校側も、25歳の女性教諭が指導し、作り置きしたアンモニア性硝酸銀溶液が爆発しやすい危険性は認識し警告していたようだ。また、生徒たちも3ヶ月も前から予備実験を行って準備を行っていたようだ。しかし、水酸化ナトリウムを加えたため「当日調製した」試薬が爆発するとは思わなかったのではないか。爆発を想定していなかったからこそ、防護めがねをするなどの対策をとっていなかったのだろう。
(5)では、文化祭の指導に関連して、安全性を確認するために若い指導者が情報収集するような時間的な余裕はあったのだろうか。たぶん、四つのグループの指導に追われ、予定通り準備をするだけで精一杯だったのではないか。

私の祖母は、緑内障で中途失明し全盲となったため、失明した人のつらさと悲しみ、生活の不便がよくわかる。目は、人間の体の中でもっとも弱い部分である。化学実験では、目を保護することがなにより大切なことだと思う。危険を想定し、対策を講じることは、知識がなくてはできない。危険性を予知するには、徹底した事前の調査しかない。化学に関わる者は、当座の知識だけですまそうとせず、謙虚な意識が必要だろうと思う。

(*1): 事故のニュース記事
(*2): スーパーサイエンスハイスクール指定校一覧
コメント    この記事についてブログを書く
« 平岩弓枝『御宿かわせみ20・... | トップ | WEBやブログ記事と著作権に関... »

コメントを投稿

Weblog」カテゴリの最新記事