電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

藤沢周平『孤剣・用心棒日月抄』を読む〜7年ぶりの再々読

2021年06月25日 06時00分46秒 | -藤沢周平
軽い風邪を引き、念のために休んだ雨降りの日、枕元の書棚から藤沢周平著『孤剣・用心棒日月抄』を取り出して読みました。奥付に記録した読了年月日を見ると前回の読了は2014年の10月で、7年ぶりの再々読です。何度読み返しても面白い、名作シリーズの第2巻です。

前作『用心棒日月抄』で国元の陰謀を阻止したものの、まだ一味の首魁である寿庵保方の反撃が始まります。青江又八郎は、奪われた一味の連判状と証拠となる日記・手紙類を取り戻すために、新婚の妻と母を残して再び脱藩するはめになります。江戸で剣鬼・大富静馬を追うのですが、なかなか手がかりを掴むのが大変です。しかも、日々の糧は自分で稼げという無責任な条件で、生活に追われて探索どころではありません。探索の尻を叩く間宮中老も、その使いの土屋清之進も、暮らしの費用に思い至らない。それは

禄を離れたことがないからだ。

と又八郎は思うのです。このあたりは、中学校の先生だった作者が結核で療養生活を送り、結局は復職がかなわなかった作者の若い日々、生活上の不安という実体験による実感でしょう。

たまたま江戸屋敷から出てきた短刀術に優れた女忍び佐知と遭遇し、協力を得られることとなりますが、前作では敵味方として戦った相手だったはずが、深手を追った佐知を助けたことが幸いして、今作では一転して貴重な味方となっています。

今回も、細谷と米坂という二人の相棒と共に、吉蔵の紹介する大小様々な依頼を解決するというパターンで話が進みますが、不器用な生き方しかできない細谷も愛妻家(恐妻家?)だけれど、こんどの相棒の米坂も無類の愛妻家で、これは明らかに又八郎と佐知の関係を対比的に浮かび上がらせるための設定でしょう。

「それに、そのようなことで、少しでも青江さまのお役に立てましたら、うれしゅうございます」
 佐知は、いつもの表情の少ない顔でそう言っていたが、声には真情がこもっていた。孤立無援と思って来た江戸だが、頼りになる人間がいた、という気がした。
 又八郎は、思わず手をのばした。すると、心が通じたように、佐知も手をのばして、軽く又八郎の手を握った。だが、それは一瞬のことだった。二人は驚いたように、お互いの手をひいた。

このあたりは、まだ同志的な信頼の中で、わずかに互いを意識し合う場面。しかし、公儀隠密と大富静馬と三つ巴の争いの中で、ときに助け、ときに命を助けられる過程を通じて信頼を深め、やがて切ない愛情に変化していきます。

いやいや、国元の新妻はどうするのかと奥様方は抗議するでしょうし、男どもは都合よくロマンスを夢見るだろうという想定のもとで作者は話を組み立てているでしょうが、しかし男女の三角関係の修羅場を描くことはありません。このあたりは、教え子であったはじめの奥さんを病で失い、残された娘を育てながら生活に苦闘する中で、倒れようとする者が支えを掴むように再婚したという作者の半生(*2)が反映されているところでしょう。

(*1):藤沢周平『用心棒日月抄』を読む〜「電網郊外散歩道」2007年5月
(*2):『蝉しぐれ』、あらためて原作の厚みを思う〜「電網郊外散歩道」2005年10月


コメント (2)    この記事についてブログを書く
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2 コメント

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懐かしいです (こに)
2021-06-25 08:36:28
藤沢作品は何度読んでも面白くて色褪せませんね。
私も初読みから早や9年も過ぎていました。
>作者の半生を反映
そうですね。切なくなります。

体調は如何ですか?
読書が出来るのなら安心かしら。

https://blog.goo.ne.jp/mikawinny/e/b2b650aca9df295497fc1e02a073f869
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こに さん、 (narkejp)
2021-06-25 19:07:47
コメントありがとうございます。『用心棒日月抄』シリーズ、いきなり第2作から読み始めました。佐知さんは、もしかしたら教え子だった健気な奥さんの姿もどこかに投影されているのかも、などと思ったりしています。
体調はなんとか回復しました。今日は、雨で伸び放題だった2つの果樹園を、乗用草刈機で乗り回してきれいにしました。後始末も大事です(^o^)/
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