電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

益川敏英『科学者は戦争で何をしたか』を読む

2020年02月09日 06時02分26秒 | -ノンフィクション
2015年8月刊の集英社新書で、益川敏英著『科学者は戦争で何をしたか』を読みました。2008年のノーベル物理学賞を受賞した1940年生まれの物理学者が受賞記念講演で「戦争」を語った意味を出発点に、戦争と科学者の関係について語ったものです。本書の構成は次のとおり。

はじめに
第1章 諸刃の科学―「ノーベル賞技術」は世界を破滅させるか?
第2章 戦時中、科学者は何をしたか?
第3章 「選択と集中」に翻弄される現代の科学
第4章 軍事研究の現在―日本でも進む軍学協同
第5章 暴走する政治と「歯止め」の消滅
第6章 「原子力」はあらゆる問題の縮図
第7章 地球上から戦争をなくすには

全体に、年配の老科学者が、半生にわたる反戦活動や労働運動を振り返りながら、昨今の社会や政治の情勢にも触れたもので、ノーベル賞科学者がこんなに象牙の塔の住人ではない、型破りな人だとはまるで思いませんでした(^o^)/

しかしながら、時折はさまれる視点にはさすがに興味深いものがあります。例えば、

  • 巨大化した科学は人々の生活からどんどん遠のいていってしまうのです。(中略)一般市民は科学にどんどん置いていかれるばかりです。(p.76)
  • STAP細胞問題や論文不正問題、あるいは発明技術を巡る特許訴訟など(中略)、こうした事件や訴訟問題も科学政策の「選択と集中」がもたらした政治とカネの問題だと私は見ています。(p.82)
  • むしろ潤沢な資金を調達できている研究機関ほど腐敗や不正を生む。STAP細胞問題も、そうした流れで起きた事件です。(p.93)
  • 民生にも軍事にも使える「デュアルユース」問題(p.98)。例:テレビの電波がビルに反射し、画像がブレるゴースト現象が発生、ある塗装会社に勤める科学者がフェライトを主成分とするセラミック入り塗料を開発し、ゴースト現象を起きにくくしたが、十年後、その塗料は米軍のステルス戦闘機に使われた。(要旨、p.99〜100)
  • 専門的技術や知識を政治家や軍人に渡してしまうと、科学者は用がなくなり、ポイ捨てされる。アメリカで原爆開発の中心となった人は、スパイの疑いを受けて拘束された。朝永振一郎さんが軍に提出した論文は肝心のところがぼかしてあった。(要旨)

などなど。

ただし、益川先生はやはり物理学者です。例えば、原子炉を廃炉にするにしても大きな課題であり、放射性廃棄物をどうするかという問題をクリアするためにも「研究が必要」としています。たしかに、現実的に様々な研究が必要なのは確かでしょうが、「えっ、それだけ?」と、ちょいと不満もあります。

昭和20年代の終わり頃に第五福竜丸事件が起こったとき、原子力政策の方向性が論議されましたが、物理の人は利用できるエネルギーの巨大さに惹かれて「原子力の平和利用ならいい」と了解した人が多かったけれど、化学の人は「放射性廃棄物はどうするんだ」と慎重だったはず。それに対する当時の説明が「これから研究していけばいい」だったと理解しています。政治が学者を札束でひっぱたいて「原子力の平和利用」に見切り発車のゴーサインを出させた時代の説明から、一歩も進んでいないように見えてしまいます。

うーむ。難しい問題です。読後感も、なかなかスッキリとはいきませんでした。

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