電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

ベートーヴェン「ヴァイオリン協奏曲」を聴く

2011年05月29日 06時04分33秒 | -協奏曲
ベートーヴェンの「ヴァイオリン協奏曲」は、これまですっかり取り上げたとばかり思っておりましたが、実はまだだった(*)と気づきました。そういえばそうだったのかもしれません。うかつなことです。

天下のヴァイオリン協奏曲は、1806年の12月23日に、アン・デア・ウィーン劇場で、同劇場のコンサートマスターであるフランツ・クレメントをソリストとして、ほぼ初見で初演されたそうです。Wikipedia によれば、どういうわけかその後は演奏される機会がごく少なく、ロマン派の時代になって、ブラームスの盟友ヨアヒムがしきりに取り上げたために知名度が急上昇したのだそうな。名曲は必ずしもその真価がすぐに理解されるとは限らない、という代表例でしょう。

1806年といえば、作曲者は36歳。ピアノ協奏曲第4番、3曲のラズモフスキー弦楽四重奏曲、交響曲第4番や「フィデリオ」第2稿が作曲されていると年譜にはあります。まさに充実した豊穣の時代です。

楽器編成は、独奏ヴァイオリン、Fl,Ob(2),Cl(2),Fg(2),Hrn(2),Tp(2),Timp.と弦5部。

第1楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ、ニ長調、協奏曲風ソナタ形式。冒頭、ティンパニが遠くで「トントントントン」と四つの音を刻むと、木管がやわらかに主題を歌います。オーケストラの中でごく自然に独奏ヴァイオリンが音楽を引き継ぎ、やがて華やかに活躍し始めます。このあたり、群舞の中に溶け込んでいたプリマドンナが、ヒロインとして自然に立ち上がるような風情があります。オーケストラによる展開部を経て、経過部、再示部と進み、カデンツァによって盛り上がり、頂点で曲が結ばれます。
第2楽章:ラルゲット、ト長調。弱音器を付けた弦楽合奏で穏やかに主題が示されます。これがクラリネットに受け継がれ、独奏ヴァイオリンがからみながら変奏されていきます。そしてファゴットとヴァイオリン!このあたりの呼吸は、実にステキの一語です。旋律がオーケストラに移っても、やっぱり素晴らしい!中間部、弦楽のピツィカートをバックに、独奏ヴァイオリンが甘美に歌う旋律も、実に魅力的です。作曲者自身による短いカデンツァの後、曲は第3楽章へ続きます。
第3楽章:ロンド、アレグロ、ニ長調。ソロ・ヴァイオリンがリズミカルにロンド主題を提示します。管弦楽とソロ・ヴァイオリンの応答を繰り返しながら、やがて独奏ヴァイオリンによる変奏となり、提示された副主題をファゴットが引き継ぎます。この味わいも、実にいいものです。最後の技巧的なカデンツァがロンド主題を再現すると、オーケストラと独奏ヴァイオリンの協奏が盛り上がり全曲が閉じられますが、聴き終わった後に、快い充実感が残ります。



数えてみたら、当方の小規模のコレクションにも、次の5種類の録音がありました。なお、CD のデータの末尾の西暦年は、録音の年です。

(1) パールマン(Vn)、ジュリーニ指揮フィルハーモニア管 (CD: EMI, TOCE-7053, 1980)
(2) ジャン=ジャック・カントロフ(Vn)、アントーニ・ロス=マルバ指揮オランダ室内管 (CD: DENON GES-9239)
(3) グリュミオー(Vn)、コリン・デイヴィス指揮 (CD: Ph, GCP-1017, 1974)
(4) クレーメル(Vn)、マリナー指揮アカデミー・オブ・セント・マーティン・イン・ザ・フィールズ (CD: Ph, PHCP-10537, 1980)
(5) ハイフェッツ(Vn)、ミュンシュ指揮ボストン響 (録音:1955/11)

このうち、(1)~(3)はクライスラーのカデンツァのようです。音楽的にも演奏効果の面でもバランスの取れたもので、定番の安定感があります。これに対し、(4)と(5)はやや異色で、クレーメルはシュニトケ作、ハイフェッツはヨアヒムのものを自分でアレンジしているのだそうな。私がふだんよく聴くのは、パールマン盤やカントロフ盤などですが、クレーメルの録音をFM放送ではじめて耳にしたときには、たいへん新鮮に感じたものでした。彼は、録音の際に必ずシュニトケのカデンツァを用いているとは限らないようで、エアチェックしたカセットテープを何度も聴き、シュニトケ作のこのカデンツァを用いた録音を探しておりました。マリナー盤を探し当てたときは、かなりうれしかったものです。

ハイフェッツの録音は、最近になって接するようになったもので、著作隣接権が切れてパブリック・ドメインになったことによる、直接的な恩恵の一つです。速いテンポでぐいぐいと進むミュンシュの指揮ぶりも好ましく、快刀乱麻、たいそう見事なものだと感じます。近年の、古楽器奏法による速いテンポの演奏と通じるものがあります。ただし、ハイフェッツの演奏では、このテンポでもしっかりとヴィヴラートがかかっているようなのがすごいですが(^o^)/

参考までに、演奏データを示します。
■パールマン盤  I=24'22" II=9'25" III=10'06" total=43'53"
■カントロフ盤  I=24'25" II=8'54" III=10'44" total=44'03"
■グリュミオー盤 I=23'53" II=8'55" III=8'57" total=41'45"
■クレーメル盤  I=24'09" II=9'55" III=10'20" total=44'24"
■ハイフェッツ盤 I=20'30" II=8'43" III=8'18" total=37'31"
ここで、ハイフェッツのデータは、再生時間を時計で測ってみたものです。

惜しむらくは、ブラームスの協奏曲で素晴らしい演奏を披露した、ダヴィド・オイストラフとジョージ・セル指揮クリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェンのヴァイオリン協奏曲の録音が残されていないこと。このことが、かえすがえす残念でなりません。

(*):私の好きな「番号なし」の曲~「電網郊外散歩道」2011年5月
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