電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

佐伯泰英『紅花ノ邨~居眠り磐音江戸双紙(26)』を読む~ご当地愛読者の視点

2009年07月29日 05時38分36秒 | -佐伯泰英
西の丸の徳川家世嗣・家基を狙う乱波集団を撃退した前巻に続き、佐伯泰英著『居眠り磐音江戸双紙』シリーズ第26巻、『紅花ノ邨』を読みました。本巻の舞台は、なんと、当方のご当地・山形です。地元の利で、地名にも風景が即座に浮かびます。

第1章「老いた鶯」。三味線職人ですでに名人の呼び声の高い鶴吉が作った作品第1号は、佐々木玲圓の妻にして磐音・おこん夫婦の養母おえいのためのものでした。いいですねぇ、新しい楽器。おえいの端唄も、まんざら素人芸でもない様子。会話の中で磐音が出羽山形に出かけていることが明かされます。この辺の自然な展開はうまいものです。
第2章「夜旅の峠」。今津屋吉右衛門は、出羽山形秋元藩における紅花専売制導入にからむ内紛の情報をすでに掴んでいる様子。磐音らの一行は、福島信夫山付近で、山形城下の紅花商人・奥羽屋徳兵衛の番頭とやらの一行に付け回されます。上方弁の山形商人、どうやら磐音らを幕府の公儀隠密と見たようなのです。もちろん難なく撃退し、羽州街道(*0)は今の宮城県七ヶ宿町あたりから蔵王連峰を越えて山形県上山市に抜ける峠道に入ります。ここを徹夜で歩き通し、山中の敵も撃退、楢下(ならげ)宿から上山(かみのやま)城下に到着(*1)します。現在の上山温泉、今ならば楢下のこんにゃく料理を食べ、利久堂のかりん糖を買って土産にするところですが、徒歩旅行の磐音クンらには、まだ道は遠いようです。


■上山城~ただし季節は冬です。

第3章「花摘む娘」。上山の温泉宿を出発し、山形盆地の南端に、紅花(*2)の畑が広がっている風景を眺めます。残念ながら、現在は、あたり一面が紅花畑という景色は見ることができませんで、山形市高瀬地区や天童市貫津(ぬくづ)地区など、一部地域に栽培農家が点在する(*3)のみです。


■老母が育てている紅花~まだ蕾が多い「半夏一つ咲き」の頃

珍しく奈緒の回想などをはさみながら、山形城下、湯殿山神社近くの最上屋に到着します。江戸末期には東北地方最大の人口を有した山形。はて、湯殿山神社といえば、今も文翔館わきにありますが、あの周辺の旅館といえば、まずは往時350年の歴史を誇った後藤又兵衛旅館(*4)でしょう。バブルの崩壊で廃業して建物は銀行管理下に入り、結局は取り壊されてしまったのがかえすがえす残念でした。作者の想定は、たぶんここでしょう。最上屋の主人に奈緒の幸福を願う所以を語ったことで、上方商人播磨屋三九郎が紅花奉行として登用され、専売制が浮上したいきさつを知ります。検地と免税というアメとムチによって紅花生産農家を切り崩した辣腕は、ついに前田屋の密輸疑惑を捏造し、前田屋を竹矢来で囲い、主を屋敷に押し込めるという暴挙に出たのでした。しかし奈緒は、秘密の紅花文書を握ったまま姿を隠している様子。前田屋と奈緒の運命は、山形・秋元藩の政争と深く絡んでいるようです。
舞台となった長源寺は、同名の寺があります。Googleの地図等で「山形市 長源寺」で検索すれば出てくるはず。七日町の後藤又兵衛旅館のすぐ近所で、老舗割烹千歳館の筋向かい、映画館「ミューズ2」の裏あたり。なるほど、和尚に会ったのはこのあたりですか。でも、磐音クンらはケータイなんて持ってませんからね~。


■文翔館となりの湯殿山神社

第4章「籾蔵辻の変」。江戸では、おこんとおえいの三味線と端唄の師匠に、若い文字きよが通うことに。いっぽう山形では、城下の北の外れ、最上川の畔に庵を構える先の年寄・久保村双葉を訪ねます。おそらく現在の船町あたりでしょうか。最上川の川岸で久保村双葉と会ったことで、山形秋元藩を二分する騒動が始まります。
第5章「半夏一ツ咲き」。前田屋の屋敷に潜入し、拷問を受けていた前田屋内蔵助を救出します。前田屋さんは、生命の希望とともに、磐音の言葉の中から、もう一つの希望も得たことでしょう。そして奈緒の行方の手がかりは、山形行きを勧めたのは磐音の妻おこんであることを了解した清月院の桃李尼によって与えられ、一行は山形から北に十里、大石田(おおいしだ)に向かいます。大石田の土屋紅風のもとへ向かう一行は、羽州街道からややそれて谷地(やち)の里に差し掛かり、追手を確かめますが、谷地の里は最上川の対岸にあり、羽州街道からはかなり離れておりまする(^o^)/
また、山形~天童~羽州街道を荷馬が歩くとありますが、実際は寺津(てらづ)や河北町谷地などの最上川舟運(*5)を通じ、紅花の集積地・大石田に運ばれたものでしょう。このあたり、作者が取材旅行で山形市から河北町谷地の旧堀米家、現在の紅花資料館(*6)あたりを訪れたときの記憶が、紛れ込んだのかもしれません。もっとも、当方は理系の日本史音痴、事実関係は当てになりませんが(^o^)/
さらに楯岡(たておか)の宿を越えますが、楯岡の北のあたり、林崎居合神社(*7)には、現在も林崎甚助重信による林崎無想流の居合術が伝えられております。
磐音らの一行は、ついに大石田に到着。紅葉山水流寺という名前が石段の先の山門に記されていたとあります。さて、石段を有する寺と言えば、現在の向川寺(*8)がモデルでしょうか。ここで播磨屋の番頭・銀蔵を捕らえ、山形の町奉行に急送します。そして、土屋紅風のもとで、紅花の花摘みをしていた奈緒に対しますが、林崎無想流の館野桂太郎との対決の合間に、土屋紅風に紅花文書の所在を伝言し、姿を消してしまいます。山形城下に戻ると、藩を二分した騒動は、紅花文書を手にした前田屋~久保村双葉らの側の勝利に終わり、播磨屋らの策謀は潰えます。

いや~、ご当地山形を舞台にしたエンターテインメント、大いに楽しみました。作者は、何だってまた奈緒さんネタをいつまでも引っ張るのだろう、などという疑問はちらりと感じつつ、女性読者を考えた作戦だろうなどと不届きな解釈をしております。本巻の周辺調査を通じ、「居眠り磐音江戸双紙」シリーズ『紅花ノ邨』現地ツァーをガイドすることもできそうなほどです。紅花の季節に、どこかの旅行社で企画しそうな……って、さすがにそれは無理か(^o^)/

(*0):羽州街道~Wikipediaの記述
(*1):現在の上山城は、お城の姿をした博物館です。
(*2):半夏前の一ツ咲き~天童温泉湯元・松の湯のブログより
(*3):紅花、満開で出迎え~山形・高瀬地区~山形新聞ニュースより
(*4):往時の後藤又兵衛旅館の写真がこのページの下の方に
(*5):最上川舟運と紅花
(*6):河北町・紅花資料館~旧堀米家屋敷~ヴァイオリニストの堀米ゆず子さんも一族です。
(*7):村山市・林崎居合神社
(*8):大石田町の町並みと歴史建築
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