電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

吉村昭『大本営が震えた日』を読む

2008年06月13日 05時09分51秒 | -吉村昭
単身赴任を始めたときに持参した本のうち、新潮文庫で吉村昭著『大本営が震えた日』を読了しました。

太平洋戦争の開戦を指示する極秘文書を携えた航空機が中国奥地で遭難します。12月8日に向けて緻密に組み立てられた奇襲のシナリオが一気に瓦解してしまいかねない重大な事態です。奇跡的に生存していた杉坂少佐と久野曹長の二名は、極秘文書を処分したのですが、その事実を伝えようと逃亡を続けます。
続いて、南方派遣作戦と真珠湾奇襲作戦の緊迫した姿が描かれます。開戦前夜、隠密船団の動きを英国に悟られてはならないとする緊迫感や、タイ進駐にまつわる 謀略なども、乱暴な話です。
悪天候の中の上陸作戦のさなか、海中に落ちてしまう兵士が続出しますが、机上の作戦の犠牲者でしょう。これらの描写からも、作者の視点がどこにあるかがわかります。作戦司令部から一歩も動かない視点ではありません。
真珠湾を目指し、北方ルートをたどる隠密艦隊の動きや諜報活動もまた、12月8日に向かって収斂していく動きの一つでした。

 庶民の驚きは大きかった。かれらは、だれ一人として戦争発生を知らなかった。知っていたのは、極くかぎられたわずかな作戦関係担当の高級軍人だけであった。
 陸海軍人230万、一般人80万のおびただしい死者をのみこんだ恐るべき太平洋戦争は、こんな風にしてはじまった。しかも、それは庶民の知らぬうちにひそかに企画され、そして発生したのだ。

という棹尾の作者の言葉は、この戦争の本質をよく言い表していると思います。
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