
修理完了したLDプレーヤーが嬉しく、ヴェルディ作曲の歌劇「ドン・カルロ」第1幕を見た。1983年3月26日のメトロポリタン歌劇場公演を収録したものである。
この高価なLDを購入したのは、1985年の秋だったはずだ。当時、長距離通勤に使っていた車をdiesel車に変更し、燃費改善で浮いたお小遣いをそっくりオペラLDにまわすことができたという事情があった。
初めてこのLDを見たとき、冒頭の前奏曲とフォンテンブローの森の情景の暗さに驚き、「冬は長い。生活は苦しい。」という合唱の開始に、ぐいっと引き込まれた。
第1景、フランスの王女エリザベッタは、森の中でスペインとの戦争で息子を失った後家に金鎖を与えて慰め、貧しさに苦しむ民衆を励ますが、一行にはぐれ、スペイン王の皇太子ドン・カルロに出会う。スペイン国王フィリッポ二世の長子である彼は、実はエリザベッタの婚約者であり、父王の意に逆らい、花嫁の姿を一目見ようと森にしのんでいたのだった。互いに婚約者同士であることを知った二人は、愛し愛されていることを知り喜ぶが、突然、停戦と平和条約の一部として、エリザベッタが父王フィリッポ二世に嫁ぐことになったことを知り、悲しみを歌う。
第2景、舞台はスペインに移る。マドリードのサン・フスト修道院で、皇太子ドン・カルロが心の平和を祈るとき、親友のポーサ侯爵ロドリーゴが、スペインの暴政に苦しむフランドルの人々を救うためにフランドル行きを勧め、友情を誓う。
第3景、同じ修道院の門前の庭で、エボリ公女と女官たちがサラセンの歌を歌う。そこへ王妃となったエリザベッタが登場、ついで侯爵ロドリーゴが現れ、苦悩するドン・カルロに会ってほしいと頼む。ドン・カルロは王妃の変わらぬ愛を知り立ち去るが、国王はフランスから同行した伯爵夫人に対し、王妃を一人にした罪で帰国させる。国王は、フランドルに自由をと直言する侯爵ロドリーゴを信頼し、王宮内の悩みを告げ、急進思想の罪は問わないが大審問官には気をつけろと警告して去る。
ジェイムズ・レヴァイン指揮メトロポリタン歌劇場管弦楽団の演奏、皇太子ドン・カルロをプラシド・ドミンゴ、王妃エリザベッタをミレルラ・フレーニ、フランドル解放を策する侯爵ロドリーゴをルイ・キリコ、国王フィリッポ二世をニコライ・ギャウロフ、エボリ公女をグレース・バンブリー、という豪華な配役である。ステレオの音量を上げて聞くと、充実したバスと重唱の魅力、緊迫感のある劇的な管弦楽の響きに魅せられる。
ところで、第1幕の前奏曲と合唱は、しばしば省略して演奏されたという。1867年のパリ初演の際に、パリ郊外のフォンテンブローの民衆の不満を歌う合唱がカットされたのは頷けるが、この素晴らしいドラマの始まりは、スペイン王の圧制とフランドルの解放という新旧の対立の背景を象徴するとともに、エリザベッタがなぜドン・カルロを愛しながら唯々諾々と父王フィリッポ二世に嫁ぐのかを理解する上で、重要な要素になっていると思う。ヴェルディ自身が、この第1幕だけは部分的な細切れ改訂をしていないという。このLDでは、ヴェルディの音楽がノーカットで再現されており、素晴らしい効果を上げている。かつて、私がオペラに開眼したのは、「冬は長い。生活は苦しい。」という合唱で始まる、間違いなくこの場面だった。