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電網郊外散歩道

本と音楽を片手に、電網郊外を散歩する風情で身辺の出来事を記録。退職後は果樹園農業と野菜作りにも取り組んでいます。

山形弦楽四重奏団第56回定期演奏会でハイドン、尾崎宗吉、ベートーヴェンを聴く(2)

2015年07月22日 20時20分58秒 | -室内楽
山形弦楽四重奏団第56回定期演奏会レポートの続きです。

2曲目は尾崎宗吉「小弦楽四重奏曲第1番」です。
1935年に書かれたというこの曲、2010年の第35回定期演奏会でも取り上げております(*1)ので、団体としては再演となりますが、2nd-Vnが今井さんに交代してからは初めてです。
第1楽章:アレグロ。カッコいい。集中力に富む、若さと情熱をぶつけるような音楽であり、演奏です。第2楽章:アンダンテ。どこか田舎風の、日本音階の要素もあるしっとりとした緩徐楽章で、懐かしさを感じさせながら様式感がしっかりとあります。第3楽章:ロンド、スケルツァンド、ヴィヴァーチェ。ピツィカートで始まります。「スケルツァンド」は「戯れるように」という意味か。不協和音も巧みに使って、若い作曲家の意欲的な工夫が光ります。チェロが雄弁に語ったかと思えば、低音でしっかりとリズムを刻む。アンサンブルが、緊迫感を断ち切るように、音楽が終わります。

15分の休憩のあとは、ベートーヴェンの「ラズモフスキー第1番」です。
第1楽章:アレグロ。2nd-Vn と Vla がリズムを刻む中で、チェロが主題を提示します。印象的な始まりです。続いてヴァイオリンが入って、活力と緊張感のある、いかにも中期のベートーヴェンらしい充実した音楽が始まります。チェロが何度も奏でるこの伸びやかな主題が、好きですね~。
第2楽章:アレグレット・ヴィヴァーチェ・エ・センプレ・スケルツァンド。イタリア語では、「A e B」は「A と B と」という意味になるらしい(*2)。活発にアレグレットで、かつ常に快活に、くらいの意味でしょうか。始まりはチェロから2nd-Vn→Vla→1st-Vnへ。4つの楽器が軽快に動きます。ここでもチェロが活躍、時に意表を突いた動きもします。ベートーヴェンは、チェロを使うのがうまいなあと感じます。
第3楽章:アダージョ・モルト・エ・メスト。悲痛さを感じさせる緩徐楽章。チェロのピツィカートの上でヴァイオリンが切実な訴えをするように歌います。作曲家は何を悲しんでいるのか、全曲中で最も長い音楽です。
第4楽章:ロシア風の主題で、アレグロ。ロシア風と言われればそんなものかと思う程度の安直な理解ですが、やっぱりチェロが重要な役割を果たします。四人の緊密なアンサンブルはもちろんのこと、もう一言よけいなコメントを追加すれば、ベートーヴェンがそう書いたことは間違いないけれど、チェロの茂木さんが、やっぱりスゲーうまいんだなあと感心してしまいました(^o^)/

曲が終わると、聴衆から複数のブラボーが飛び、思わずため息がもれておりました。ハイドンの軽やかさを、だいぶ楽しみましたし、ベートーヴェンの中期の充実を感じることができ、さらに日本人作曲家の室内楽作品を継続して取り上げてきた団体らしい、良い演奏会でした。

次回の定期演奏会は10月17日(土)の18時30分からと発表されています。ハイドンはOp.54-3、バックスのオーボエ五重奏曲、それにメンデルスゾーンの2番の予定とか。1番と3番は山形弦楽四重奏団の定期で聴いた記憶がありますが、2008年7月の第28回定期演奏会は残念ながら単身赴任中で聴くことができず、あらためて第2番が取り上げられるのは嬉しい。しかも、プレシャス・カルテットの山形公演で聴いて(*3)からもう二年になりますので、その点からも大歓迎です。

(*1):山形弦楽四重奏団第35回定期演奏会を聴く~「電網郊外散歩道」2010年4月
(*2):イタリア語の「o」と「e」について~「Yahoo!Japan 知恵袋」より
(*3):プレシャス・カルテット山形公演を聴く(2)~「電網郊外散歩道」2013年7月

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山形弦楽四重奏団第56回定期演奏会でハイドン、尾崎宗吉、ベートーヴェンを聴く(1)

2015年07月21日 20時49分31秒 | -室内楽
「海の日」で休日となった月曜日、山形市の文翔館議場ホールで、山形弦楽四重奏団の第56回定期演奏会を聴きました。今回は、少し前にヴィオラの倉田譲さんの入院という緊急事態もあり、開催を危ぶんでいたのですが、幸いに予定通り演奏会を聴くことができ、まずは良かった良かった~(^o^)/



18時からプレコンサートがあり、渡辺奈菜(Vn)さんと田中知子(Va)さんのデュオで、J.S.バッハの「二声のインヴェンション」から。バッハの音楽は楽器を選ばない面があるけれど、弦楽二重奏の演奏もいいなあとあらためて感じました。演奏の後に、キルシュ弦楽四重奏団の演奏会のお知らせもあり、昨日の山響定期の際もチラシが入っていましたが、ここ山形に、新たなカルテットが誕生したことを祝いたいと思います。

さて、今回のプログラムは、

  1. ハイドン 弦楽四重奏曲 変ホ長調 Op.50-3
  2. 尾崎宗吉 小弦楽四重奏曲第1番 Op.1 (1935)
  3. ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第7番 ヘ長調 Op.59-1 「ラズモフスキー第1番」

というものです。開演前の解説は、山Qの紅一点、2nd-Vnの今井東子さん。プログラムノートと同じことを述べてもしょうがないし、と悩みを話します。でも、あまり明るくないホールで小さな文字を読めるのは、今井さんくらい若い人たちまでですよ~。ですから、プログラムノートと同じ内容を、話し言葉で説明してもらうだけでも、ありがたいのではないかと思います(^o^)/

さて、1曲目のハイドン。
第1楽章:冒頭から、うわーハイドンの音だ。軽やかで楽しそうなアレグロ・コン・ブリオです。心配した倉田さんも、身振りはすっかり音楽に寄り添って、確かな回復ぶりとみました。第2楽章:アンダンテ・オ・ピウ・トスト・アレグレット。イタリア語で A o B というのは A とか B とか、という意味になるそうな。だとすると、「アンダンテとかより速くとかアレグレットとか、いろいろ変わるんだよ~」くらいの意味でしょうか(^o^)/ateninaran
曲の方も、表情が変わります。四つの楽器に、それぞれ聴かせどころが用意されているようです。
第3楽章:メヌエット、アレグレット。けっこう速いテンポで、伸びやかさ、軽さのある音楽。第4楽章:フィナーレ、プレストで。ここは、アンサンブルの聴かせどころでしょう。活力のある音楽です。

うーむ、二日連続の演奏会レポートはけっこうきつい(^o^;)>poripori
続きはまた明日にいたします。m(_'_)m

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文翔館で「チェロ・カルテット」山形公演を聴く

2015年05月04日 06時06分41秒 | -室内楽
晴天続きのゴールデンウィーク前半、5月3日の憲法記念日は、午前中に果樹園で桃の花摘み作業に精を出し、午後からは文翔館議場ホールで、「チェロ・カルテット」山形公演を聴きました。恩師と弟子たちの四人がカルテットを組み、これに弟子の一人が編曲で参加するという形で、早くから興味深く楽しみにしていたものです。



恩師というのは、桐朋学園大学で井上頼豊氏に師事し、東京都交響楽団の首席チェロ奏者をつとめ、現在は東京音楽大学教授である苅田雅治(Kanda Masaharu)氏です。
弟子たちというのは、山響の久良木夏海(Kuraki Natsumi)さん、読響の芝村崇(Shibamura Takashi)さん、日本センチュリー響の渡邉弾楽(Watanabe Dangaku)さんの三人。そして、同じく苅田先生の下でチェロを学んだ伊藤修平(Ito Shuhei)さんが編曲を行っています。今回は山響の久良木夏海さんのご縁で、文翔館における山形公演が実現した、というものらしい。




本日のプログラムは、14:00開演で、

  1. ポッパー 演奏会用ポロネーズ Op.14 ニ短調
  2. リャボフ フィンランドの森の歌
  3. ハイドン ディベルティメント ニ長調
  4. チャイコフスキー ロココ風の主題による変奏曲 Op.33 イ長調
  5. ガーシュイン 「ポートレート」
  6. 日本の四季メドレー(編曲:伊藤修平)
  7. ストラヴィンスキー プルチネルラ組曲(編曲:伊藤修平)

となっています。会場北側にステージを置いて横長に座席を配置し、およそ百席もあったでしょうか、おおよそ埋まっていたのはすごいです。

第1曲:ポッパーの演奏会用ポロネーズは、ステージ左から、1番チェロ:久良木さん、2番チェロ:苅田先生、3番チェロ:渡邉さん、4番チェロ:芝村さん、という順序です。曲はなかなかカッコいいもので、19世紀後半から20世紀初頭のヴィルトゥオーゾ時代に生きた人らしく、素人目には難しそうですが、難なく演奏されているようで、けっこうインパクトがありました。
※余談:誤植を一つ発見。プログラムノートには「作品16」となっていますが、左側のプログラムには「Op.14」とあるナッシー(^o^)/

第2曲:リャボフ「フィンランドの森の歌」。作曲者はほぼ同世代。没年不明ということは、まだ存命? 1番チェロ:久良木さん、2番:渡邉さんに交代し、3番:苅田先生、4番:芝村さんです。第1楽章:でいいのかな? Andante cantabile は、チェロの旋律の魅力を生かしたもので、どことなく民謡風の要素があります。第2楽章:Allegro risoluto、第3楽章:Adagio religioso、第4楽章:Andante tranquilo となります。3番チェロのソロがいいなあ。終わりの音が、ホールに好ましく響きます。

第3曲:ハイドンのディヴェルティメント。苅田先生が退き、若い三人によるチェロ三重奏です。1番チェロ:渡邉さん、2番:芝村さん、3番:久良木さんという配置です。ごくシンプルな構成ですが、高域で旋律を受け持つのと、内声部と、低音域というように、チェロという楽器の多能さがよくわかります。あと、苅田先生に休憩が必要という配慮は、当方の年代にはヒジョーに痛切に感じますですよ(^o^)/
第1楽章:アダージョ、第2楽章:アレグロ・ディ・モルト、第3楽章:メヌエット、第4楽章:フィナーレ、ヴィヴァーチェ。

第4曲:チャイコフスキーの「ロココ風の主題による変奏曲」。Wikipediaによれば、この曲には「フィッツェンハーゲン版」と「原典版」の二種類があるそうですが、今回は演奏効果を考えた「フィッツェンハーゲン版」による演奏です。独奏チェロ:苅田雅治、1番チェロ:芝村さん、2番チェロ:久良木さん、3番チェロ:渡邉さん。本来はチェロ協奏曲風の曲なわけですが、独奏チェロと、3本のチェロがオーケストラ部を受け持つ形で円奏されます。昭和のアニメ「森は生きている」の世界です(^o^)/
苅田先生のソロは、説得力があり、素晴らしいものでした。

ここで、20分の休憩です。



第5曲:ガーシュイン「ポートレイト」。本来はトロンボーン四重奏のための曲だそうです。「ラプソディ・イン・ブルー」や「サマータイム」「アイ・ガット・リズム」「ス・ワンダフル」など、おなじみのガーシュイン・メドレーを楽しみました。1番チェロ:渡邉、2番:芝村、3番:苅田、4番:久良木の各氏。渡邊さんのパートは、難しそうなのですが、洒脱に演奏していました。総じて、ピアノの軽いスウィング感よりも、チェロの多彩な音色を楽しむことができました。

第6曲:「日本の四季メドレー」。1番チェロ:苅田、2番:芝村、3番:久良木、4番:渡邉の各氏。「この道」「茶摘み」「浜辺の歌」「赤とんぼ」「小さい秋」「最上川舟唄」「雪の降る街を」「花」と、日本の四季を順に巡るメドレーです。唱歌の中にいきなり「最上川舟唄」が出てくるのにはビックリ(^o^)/

ここで、「日本の四季メドレー」の編曲を担当した伊藤修平さんを紹介します。次の第7曲も伊藤さんの編曲です。

第7曲:ストラヴィンスキー「プルチネルラ」組曲。シンフォニア、セレナータ、スケルツィーノ、タランテラ、トッカータ、ガヴォッタ・コン・デュ・ヴァリアツィオーニ、ヴィーヴォ、メヌエット~フィナーレ。楽器配置は、1番:芝村、2番:久良木、3番:渡邉、4番:苅田となります。
昨年夏のアフィニス音楽祭で、この曲の演奏を聴いた記憶があるとはいうものの、あいにくCDも持っていませんので、お馴染みの曲目とは言い難い。でも、コメディア・デラルテの伝統を生かそうとしたという軽みのある音楽を四本のチェロで表現する試みを、大いに楽しみました。これは、演奏もさることながら、編曲の貢献も大きいようです。

聴衆の拍手に応えて、アンコールはモーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」でした。

休憩を入れれば二時間半近い演奏、若いお弟子さんたちはともかく、苅田先生のスタミナは大丈夫だったのでしょうか。でも、こういう形で師弟がともに演奏をすることができるというのは、本当に幸せなことでしょう。ある範囲の年代でないと実現できない、多忙さの中でいつでもできると思っていると、いつのまにか時を逸してしまうものだろうと思います。学生時代の恩師の年齢をとうに過ぎ、大学とのご縁も薄らいでしまっているこの頃、お弟子さんたちの若さがまぶしく感じられるとともに、音楽を通じた師弟のご縁をいささかうらやみながら帰路につきました。

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ドビュッシー「弦楽四重奏曲ト短調Op.10」を聴く

2015年04月30日 06時02分00秒 | -室内楽
先の山形弦楽四重奏団の第55回定期演奏会で、アンコールにドビュッシーの弦楽四重奏曲の第2楽章を聴きました。ずいぶん久しぶりのような気がします。
この曲は、もうずいぶん前に記事にしていたと思っていましたが、検索してみたら、なんとまだ取り上げていなかったことが判明。おやおや、うかつなことです(^o^;)>poripori
私がふだん聴いているのは、ヌオーヴォ・カルテットが演奏する1985年春のデジタル録音で、DENON の全集分売のCD(GES-9245)です。

この曲は、ドビュッシーが31歳にあたる1893年に作曲され、同年の12月にパリの国民音楽協会でイザイ四重奏団によって初演されたのだそうです。若い作曲家が、伝統のジャンルに斬新な曲を発表すれば、当然のことながら賛否は割れるでしょう。伝統のジャンルに敬意を表したのか、それとも茶化したのか、作品番号などつけたことのないドビュッシーも、この曲にだけは「作品10」というテキトーな番号を付けたのだそうで、案の定、評価は分かれたようです。

第1楽章:活発に、そしてきわめて決然と。ハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンと続く弦楽四重奏曲のイメージからはだいぶ遠く、斬新な響きです。むしろ、グリーグやボロディンなどの弦楽四重奏曲を連想します。
第2楽章:十分に活気をもって、そして大変リズミカルに。例の、リズミカルなピツィカートが印象的な楽章です。何度も繰り返される音型は、前の楽章の主題の変形と言ってよいのでしょうか。でも、全体としては前の楽章との対比が効果的な音楽になっています。
第3楽章:アンダンティーノ、やや表情をこめて。ゆったりと演奏されるここは、緩徐楽章に相当するところでしょう。優しい表情は、曲線主体のアールヌーヴォーの意匠を連想させます。ロマン派の伝統的な嘆き節とは異なり、湿っぽいところのない響きは、むしろ東洋的と言えるかもしれません。
第4楽章:ごく中庸に。同様に、ゆったりとした響きから、演奏はしだいに熱を帯びてきます。

発表当時の賛否が分かれたのは、時代を考えればある程度は理解できるとはいうものの、現代の耳でよく聴けば、斬新かつ明晰な名曲と言ってよいでしょう。ワタクシは、ラヴェルの弦楽四重奏曲とともに、この曲が大好き。あらためて、いい曲だなあと痛感しております。

参考までに、ヌオーヴォ・カルテットの演奏データを示します。
■ヌオーヴォ・カルテット
I=7'17" II=4'08" III=8'49" IV=7'31" total=27'25"

YouTubeで探したら、アルバン・ベルク四重奏団の演奏がありました。ヌオーヴォ・カルテットの演奏が、いわば太めの筆でたっぷりと書かれる達筆の書家のおもむきとしたら、アルバン・ベルク四重奏団の演奏は、いかにも能筆とわかる、中太の自在な速い運筆が特徴の著名な書家のおもむき。

金太郎飴のように、どこを切っても少し変形した金太郎が出てくるように、第1楽章の主題が少しずつ変形しながら全曲のあちこちに顔を出すように感じられます。そのへんの作曲家の工夫も、素人音楽愛好家には興味深いところです(^o^)/



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山形弦楽四重奏団第55回定期演奏会でハイドン、オネゲル、フォーレを聴く

2015年04月26日 20時30分04秒 | -室内楽
晴天に恵まれた土曜日、早朝から週末農業でせっせと働き、夕方から山形市の文翔館議場ホールに出かけました。文翔館の無料駐車場に車を停め、最も近いお店で腹ごしらえをして、18時30分からのプレコンサートになんとか間に合いました。

プレコンサートは、山響メンバーである小松崎恭子さんのフルートと田中知子さんのヴィオラの二重奏で、ドヴィエンヌの二重奏曲Op.5-1という曲でした。ステージ左側のフルートは活発に伸びやかに、右側のヴィオラは落ち付いてしっとりと。このところ、予習と称して弦楽四重奏曲ばかりを聴いていた耳には、一本の管楽器が入るだけで音色の変化が快いものがあります。



さて、今回の曲目について、担当の中島光之さんが話をします。演奏の順序は、

  1. ハイドン 弦楽四重奏曲 ニ長調 Op.71-2
  2. オネゲル 弦楽四重奏曲 第1番 (1917)
  3. フォーレ 弦楽四重奏曲 ホ短調 Op.121

となっていますが、弦楽四重奏というジャンルは、ベートーヴェン以前と以後に二分できるのだそうで、「以後」の人はベートーヴェンの重圧を感じながら作曲したのだそうな。ハイドンはもちろん「以前」の人ですが、60歳でこの曲を書いたときモーツァルトはすでに亡くなっておりました。長い楽長生活を終えて自由の身になり、招聘されたロンドンで演奏会の人気に驚き、制約なしに音楽を書くことができた、そんな作品であり、作曲家が自分の内面を含めて本当に書きたい音楽を書く時代の始まりを意味するとのこと。
ベートーヴェンを尊敬したオネゲルは、部屋にベートーヴェンのデスマスクを飾るほどだったそうですが、同時に敬虔なクリスチャンでもありました。そんな青年オネゲルの25歳の作品は、第一次世界大戦の従軍経験がもとになっているとも言われ、戦争の暴力的な悲惨さや平和への祈りなどが込められているとのこと。Wikipedia の「オネゲル」の記述にも、弦楽四重奏曲のことは一言も触れられていず、たいへんレアな曲のようです。
最後のフォーレは、以前の定期演奏会(*1)でも取り上げておりますので、再演ということになります。フォーレの代表作は「レクイエム」ということになるだろうけれど、モーツァルトやヴェルディ他の名作「レクイエム」との違いは、怖い「怒りの日」がないこと。フォーレの「レクイエム」が静かでゆったりした曲になっている理由について、「死んで行く人のための安らかな音楽」にしたかったためでは、と推測します。なるほど! ベートーヴェンの弦楽四重奏曲を超えるものは書けないと考えていたのに、死の直前にこの曲を書いた。最後にどうしても書いておきたかったのだろう、と想像します。うーむ、オネゲルといいフォーレといい、中島さんが希望したプログラムは、およそミーハー的感性からはかけ離れておりますが、聴衆の入りは、なんと、予想よりもかなり多いではないですか! すごいぞ、山形(^o^)/

さて、レディ・ファーストで2nd-Vnの今井東子さんを先頭に登場した山形Qは、ステージ左から1st-Vnの中島さん、2nd-Vnの今井さん、ヴィオラの倉田譲さん、チェロの茂木明人さんの順に並びます。皆さん黒を基調にした装いですが、中島さんはトークの担当ということで、ライトグレーのネクタイに少しのオシャレ心を感じました。

ハイドンの弦楽四重奏曲 ニ長調 Op.71-2 という曲は、当方の小規模なCDライブラリには含まれず、初体験かも。第1楽章:アダージョ~アレグロ。ヘンな言い方ですが、四つの楽器に次々に受け渡されていく音がナイスタイミング(^o^;)で軽やかで楽しく、おもしろい。第2楽章:アダージョ。ゆるやかで気品ある音楽です。第3楽章:アレグレット。チェロがきっかけとなり導かれる舞曲風のリズミカルな音楽。第4楽章:アレグレット~アレグロ。こんどはヴィオラから始まります。個人的な悩みなどではなく、音楽の楽しみのために書かれた、たいへん充実したダンディで明快な音楽と感じました。好きですね~、こういう音楽!

続いて、オネゲルの弦楽四重奏曲第1番。第1楽章の冒頭の、アパッショナートと指示された無機的でエネルギッシュな始まり(*2)に、思わず「こりゃ何じゃ!」と目を剥きました(^o^)/
でも、不思議な迫力があり、思わず引き込まれます。
第2楽章:アダージョ、ヴィオラから始まります。不安な緊張感の中での、切実な祈りを感じさせる音楽です。第3楽章:アレグロ。爆発音のような始まりに、思わずびっくり。でも、音楽は不協和に荒れ狂ったままでは終わらず、暴力的な力の象徴のような激しさを見せたチェロもしだいに静まって行き、全曲が終わります。

ここで、10分間の休憩となりました。日中はぽかぽか陽気だったけれど、夜には気温がだいぶ下がり、シマッタ、ベストを持ってくるんだったと今更ながら後悔。この件、来年のために書き留めておきましょう。

後半は、フォーレの弦楽四重奏曲です。再演であるというだけでなく、私のほうも、通勤の音楽で繰り返し聴いておりましたので、この曲に少しは馴染みができていたようです。第1楽章:アレグロ・モデラート。茫漠とした雰囲気だけに頼らず、バランスの明瞭さを保ちながら音の色調が移りゆくようなフォーレの音楽になっていると感じます。第2楽章:アンダンテ。静かで優しい瞑想的な緩徐楽章です。第3楽章:アレグロ。フォーレは、無理やりに解決するようなフィナーレにはしません。最晩年、人生の終わりを感じつつある人が、スパッと割りきり盛り上がるフィナーレを書けるわけもなし、ということでしょうか。ピツィカートも単純ではなく、ポロンという音に続けて、ハーモニクスのような高い音と組み合わせたものになっており、この付点リズムの音がチェロやヴィオラ、ヴァイオリンに移っていきます。まるで、水琴窟に落ちる雨だれの音に引かれて、織物の色合いが次々に変化していくようです。

演奏後、聴衆の拍手に応えて、アンコールを。今回はハイドン以外はフランスゆかりの音楽になりますが、有名でない2曲の後には有名な曲を(^o^)とコメントしつつ、ドビュッシーの弦楽四重奏曲の第2楽章を。
いいなあ! ピツィカートのリズム感、響きの清新さ、エネルギー感。あらためて、こんなにいい曲だったかと、思わずCDを探してしまいました(^o^)/
あ~、良かった。今回もまた、良い演奏会でした。

次回は今井さんの担当だそうで、7月20日(月)の海の日に決定。ハイドンの変ホ長調Op.50-3 に Beethovenのラズモフスキー第1番、尾崎宗吉、というプログラムになるそうです。

(*1):山形弦楽四重奏団第27回定期演奏会を聴く~「電網郊外散歩道」2008年4月
(*2):学生さんの演奏なのでしょうか、曲はこんな感じです。Honegger String Quartet No.1 part.1~YouTube より。
Arthur Honegger - String Quartet №1 part1.

同じく part.2 はこんな感じ。
Arthur Honegger - String Quartet №1 part2.


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ベートーヴェン「チェロソナタ第2番」を聴く

2015年04月03日 06時05分24秒 | -室内楽
春になると、決まって取り出して聴くのが、ベートーヴェンの「スプリング・ソナタ」とシューマンの交響曲第1番「春」の2曲。これはもう、私にとってはいわゆる「ど定番」です(^o^)/
でも、このところ聴いているのは、すでにパブリック・ドメインになった音源の中から、ベートーヴェンの「チェロ・ソナタ第2番ト短調Op.5-2」です。

この曲は、チェロソナタ第1番ヘ長調Op.5-1と同様に(*1)、ウィーンからプロイセンに旅をした1796年の半ばに作曲され、同年ベルリンで初演されたのだそうな。のちに出版された楽譜は、フリードリヒ・ヴィルヘルムII世に献呈されているとのことで、もしかしたらベートーヴェンが宮廷楽長という道を歩んでいたかもしれない、意外な岐路にあった時の音楽だと言えます。

第1楽章:ト短調で、重々しく始まるアダージョ・ソステヌート・エド・エスプレッシーヴォの長い序奏。そしてアレグロ・モルト・ピウ・トスト・プレストの主部からなり、当時としてはたいへん長大な楽章なのだそうです。実際、けっこう長い、充実した音楽です。知らずに聴いたら、第1楽章と第2楽章を続けて演奏したのかな? と思ってしまいそうです。
第2楽章:ト長調のロンド、アレグロ。ロストロポーヴィチとリヒテルの演奏は、テンポが速く、時にはせわしなく感じるほどです。前の楽章との対比がずいぶん大きくとられているようです。

参考までに、RhythmBox でタイム表示を読み取り、演奏開始から終了までの時間を測ってみたら、つぎのようになりました。
■フルニエ(Vc)、グルダ(Pf)盤 (1958,M)
I=12'11" II=8'50" total=21'01"
■ロストロポーヴィチ(Vc)、リヒテル(Pf) (1962,S)
I=19'51" II=7'06" total=26'57"

第1楽章の演奏時間の大きな違いは、テンポの違いはもちろんありますが、むしろ繰り返しの省略の有無によるものと思われます。
たぶん、ホールでナマの演奏を聴いたとしたら、スケールの大きなロストロポーヴィチ盤の演奏は、大きな感銘を受けることでしょう。一方で、日常生活の中で音楽の楽しみや慰めとして聴くことを考えると、いささか身振りが大きすぎると感じられる時もあります。同じPC-audio環境で聴くのですが、「さあて、音楽を聴くぞ~!」と意気込んで再生ボタンを押す場合と、ちょっと疲れたので「何か音楽を聴くか…」と思い付いて再生ボタンを押す場合との違い。後者の場合は、モノラル録音ではありますが、フルニエとグルダ盤の演奏を選んでしまうことがあります。

(*1):ベートーヴェン「チェロソナタ第1番」を聴く~「電網郊外散歩道」2014年8月
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モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304を聴く

2015年02月21日 06時04分08秒 | -室内楽
過日、山形交響楽団のモーツァルト交響曲全曲定期演奏会「アマデウスへの旅」の終結に際して開催された「松田理奈が奏でるモーツァルトwith池辺晋一郎&飯森範親」コンサートで、開幕冒頭に、ヴァイオリン・ソナタ第28番を取り上げておりました。ホ短調K.304 です。
1778年にマンハイムで書かれた6曲のうちの1つで、旅先のパリで母アンナが病死するという不幸に見舞われたときのものだそうです。

第1楽章:アレグロ。ヴァイオリンとピアノがユニゾンで奏でる主題は印象深く、思わず聞き耳を立ててしまいます。やがて、いつもの流暢なモーツァルトの調子が戻ってきますが、やはり悲しみの影が再現してきます。
第2楽章:テンポ・ディ・メヌエット。この曲の儚げで切ない開始が、妙にお気に入りです。たしかにセンチメンタルな曲なのですが、そうとばかりは言っておれない面があると感じます。

この曲は、これまで、ジョージ・セルがピアノを担当しクリーヴランド管のコンサートマスターだったラファエル・ドルイアンがヴァイオリンを奏した1967年のステレオ録音をもっぱら聴いております。CDはSONYにしては珍しい廉価盤で、SRCR-1650 です。
この演奏では、ピアノを受け持つ指揮者ジョージ・セルの腕前に野次馬的興味を持つところですが、これがたいそう立派なものです。いわゆるヴィルトゥオーゾ・スタイルではありませんが、若い頃にピアノの腕前を買われて、R.シュトラウスの下で歌劇場の練習ピアニストとして活動していたというセルの、それもなるほどと思わせる練達のピアノによる表現です。オーケストラでは女房役となるドルイアンとともに、モーツァルトの心細く孤独な心情を垣間見せてくれるような演奏です。
録音は明瞭なもので、ヴァイオリンとともに、硬質なピアノをよくとらえており、音量をあげると、奏者の息遣いがけっこう聞こえます。それもリアルといえばリアル。

■ドルイアン(Vn)、セル(Pf)
I=6'50" II=5'06" total=11'56"

さらに、この哀しさや切なさを感じさせる音楽で、すでにパブリック・ドメインになっている録音がある(*1)ことがわかり、公開されているものをダウンロードして聴いてみました。それが、グリュミオー(Vn)とクララ・ハスキル(Pf)による1958年の録音(FLAC)です。なんとまあ、当時の代表的な演奏の録音が、「廃盤です」「品切れです」という通告でくやしい思いをせずに、すんなりと入手できてしまいました。これがパブリック・ドメインの最大の恩恵でしょう。ただし、録音のほうはやはり時代相応で、必ずしも良好で満足できるレベルとは言えないようですが。

■グリュミオー(Vn)、ハスキル(Pf)
I=6'21" II=5'24" total=11'45"

(*1):モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304~「クラシック音楽へのおさそい」~クラシック音楽|リスニングルーム



写真は、モーツァルトが出入りしていた貴族の館でおやつに出されたチョコレート……ではなくて、過日の菓子業界の陰謀に今年も加担した証拠として押収した物品です(^o^)/

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山形テルサホールで「松田理奈が奏でるモーツァルト」を聴く

2015年02月12日 19時47分48秒 | -室内楽
「建国記念の日」で休日となった水曜日の午後、妻と山形テルサホールに出かけました。正式には「松田理奈が奏でるモーツァルトwith池辺晋一郎&飯森範親」というコンサートです。今週末の土曜日に最終回を迎える、山形交響楽団の八年がかりの「モーツァルト交響曲全曲演奏」企画を応援し盛り上げるために計画されたものでしょう。

ステージ上には、真ん中にピアノが配置され、伴奏者と合図が交わせる位置に独奏者の譜面台が置かれています。そして、ステージの右側には弦楽四重奏のための椅子と譜面台が置かれ、ステージの左側にはちょっとした居間のような雰囲気で、三人分の椅子がテーブルを囲みます。おそらく、ここがトークの場所なのでしょう。




客席はほぼ満員で、人気企画であることがうかがえます。開演とともに、ヴァイオリンの松田理奈さんとピアノ伴奏の小森谷裕子(こもりや・ひろこ)さんの登場です。松田理奈さんは、昨年6月の山響モーツァルト定期でヴァイオリン協奏曲第1番を演奏(*1)しています。このときに、アンコールで披露したイザイの無伴奏がステキで、わざわざCDを購入してサインしてもらっていました(^o^)/

最初の曲目は、若いモーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第28番ホ短調K.304です。この曲は、切なさというか哀切さの中にも軽やかに音楽が息づいている、そんなチャーミングな音楽で、私も大好きで聴いております。松田理奈さんと小森谷裕子さんは、この曲の魅力を充分に表現してくれました。松田さんはもちろんですが、小森谷さんのピアノが素晴らしかった!

ヴァイオリン・ソナタの演奏が終わると、飯森さんと池辺晋一郎さんが登場します。わーお、池辺さんはN響アワー以来でしょうか。ずいぶん久しぶりにお顔を拝見するように思いましたが、全然変わらずお元気そうで、音楽の解説の中に恒例のダジャレをぶちかまします(^o^)/
このソナタはホ短調で書かれているけれど、ホ短調というのは私的な感情の表明にしばしば用いられるのだそうです。古典派の曲で用いられる例は少なく、ロマン派になるととたんに増えてくるのだそうで、この曲あたりが先例になるのだそうな。実に見事なのだけれど、モーツァルト君は実に謙虚で、「プロ?いえいえ、アマでぅす」(爆笑)

二曲目は、山響の首席奏者による弦楽四重奏で、第17番「狩り」から第1と第3楽章です。第1ヴァイオリンが犬伏亜里さん、第2ヴァイオリンが舘野ヤンネさん、ヴィオラが成田寛さん、チェロが小川和久さんです。山響のモーツァルト交響曲全曲演奏では、古楽奏法やオリジナル楽器の採用などを採用しておりますが、これを意識して、ヴィヴラートはごく少なく。八年目にもなると、もうすっかり慣れて、独特の澄んだ響きや軽快なリズム感などを楽しむようになりました。

演奏の後の、飯森さんと池辺さんのトークでは、どうしてもダジャレを期待してしまいます(^o^)/
ハイドン以来、モーツァルトもベートーヴェンも、弦楽四重奏曲というジャンルでは、作曲家は真剣に書こうとする。ほんとに難しいので、「しじゅう相談しながら」(爆笑)

三曲目、「ロンド」ハ長調K.373 です。楽しい曲です。松田さんのヴァイオリンと小森谷さんのピアノの呼吸にあらためて注目。素晴らしい!

ここで15分の休憩があり、後半の四曲目は、再び松田さんと小森谷さんによるクライスラー編曲「ハフナー・セレナード」より「ロンド」。こちらは、モーツァルトの原曲を、クライスラーが技巧的に編曲したものでしょうか。イザイの無伴奏を見事に演奏する松田理奈さんのことですから、安定感があり、思わずため息が出ます。

これに対する池辺大先生のコメント:スラーには暗いスラーと明るいスラーと二人いて、今のは暗いほう(爆笑)

続いて5曲目は、再び山響トップによる弦楽四重奏で、第1番ト長調「ローディ」K.80です。これは、正直はじめて聴きました。なかなかステキな曲ですね。うーむ、やっぱりモーツァルトの弦楽四重奏曲の全集が必要だなあ(^o^)/

池辺晋一郎大先生のネタをあまりバラしてはいけないのかもしれませんが、最後に一つだけ:少し前に、モーツァルトのアニヴァーサリー・イヤーがあったときに、世界で一番盛り上がったのは、実は福岡だった。屋台に入ると、「モツ、あると?」オヤジも「モツ、あるとよ!」(爆笑)
うーむ、最近は博多弁もポピュラーになっているからなぁ(^o^)/

松田さんと小森谷さんの二重奏の最後は、「ロンド」変ホ長調K.269です。ピアノ伴奏の小森谷裕子さんは、実は飯森さんの先輩だそうで、山響のオーディションの際のピアノ伴奏もお願いしているのだそうな。ふーむ、すると近年の山響メンバーの方々には、こわいような、ありがたいような、両面的な存在なのでしょうか。でも、ソロを巧みにサポートしつつ音楽を表現する役割は、実に見事なものだと感じました。

松田理奈さんのモーツァルト観は、と飯森さんに問われて、実は「感謝する」人と答えます。それは、小学校四年生のときに転校することになり、学校になじめなくて不登校状態になっていたのだそうです。手許にはヴァイオリンしかなくて、そのときに28番のソナタを練習していたので、この音楽に悲しい気持ちをぶつけていたのだそうな。そうしたら、ヴァイオリンのレッスンの際に、先生が「どうしたの?」とわかってくれた、ということがあり、ヴァイオリンで気持ちを伝えるという原点になっているとのことでした。
飯森さんも、必ずしも完璧ではない、あるいはわざと完璧から外そうとする傾向のあるモーツァルトに、ますます親しみを感じるようになった八年間だったようです。

最後は、山響の弦楽首席奏者4人による弦楽四重奏で、第21番ニ長調K.575から第3楽章「メヌエット」を。アンサンブルの中でも、小川和久さんのチェロの、高音域の甘い音色が素晴らしく、これに加わる成田さんのヴィオラの音色も、ステキにチャーミングです。この曲は、とりわけチェロの役割が大きいものに感じます。

山響モーツァルト定期の完結記念演奏会を期待させる、飯森さんと池辺さんのトークもたいへん楽しい、良い演奏会でした。



帰りは、例によって「ピザリア」で「季節の野菜ピザ」と「気まぐれ野菜パスタ」をいただきました。写真はありませんが、メニューを見たら、チーズフォンデュがあるみたい。山形でチーズフォンデュが食べられる店はそう多くないので、こんど試してみたいところです。

(*1):山響モーツァルト定期第19回でヴァイオリン協奏曲第1番と交響曲第23・28番等を聴く~「電網郊外散歩道」2013年6月

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山形弦楽四重奏団第54回定期演奏会でハイドン、モーツァルト、ベートーヴェンを聴く

2015年01月28日 06時03分57秒 | -室内楽
例年ならば厳しい寒波に襲われることの多い時期に、珍しく穏やかなお天気で迎えた平日の演奏会、山形弦楽四重奏団の第54回定期演奏会を聴きました。山形市の文翔館議場ホールにおけるプログラム、本日の曲目は

  1. ハイドン 弦楽四重奏曲 ロ短調 Op.33-1
  2. モーツァルト フルート四重奏曲第4番 イ長調 K.209
  3. ベートーヴェン 弦楽四重奏曲第14番 嬰ハ短調 Op.131
      (演奏:山形弦楽四重奏団、フルート:小松崎恭子)

の3曲です。

18時30分からプレ・コンサートがありまして、小松崎恭子さん(Fl)と田中知子さん(Vla)のお二人が、ドヴィエンヌの「フルートとヴィオラのための二重奏曲第4番」を演奏しました。フルートとヴィオラという組み合わせの音色がよく合う、楽しい曲でした。

その後で、第2ヴァイオリン担当の今井東子(はるこ)さんが登場、曲目を紹介します。ハイドンのところはよく聞き取れず、モーツァルトはこの日が誕生日だということと、フルートの小松崎さんを紹介しました。ベートーヴェンの曲については、山形弦楽四重奏団としては今回で全曲演奏することになるのだそうで、最後まで取っておいた曲ということになるようです。今井さんの感覚では、この曲は山登りをするようなもので、登頂のあとの景色を見たいとのことでした。途中、何やら前の方で手を挙げていた人もいたようですが、どうやら「第14番を聴いたことがある人」というアンケートだった模様です。残念! 私はこの一週間、通勤の音楽として毎日聴いていたのでしたが、やや後ろの方に座っていたもので、挙手できず。状況を把握しきれていませんでした~(^o^)/

1曲目、ハイドンのロ短調です。この曲は、けっこうお気に入りの曲の一つなのですが、短調なのに暗くないところがいいですね~(^o^)/
山Qの演奏は、出だしこそベートーヴェンの大曲を意識しすぎていたのか、ハイドンの軽みの点でちょいと重かったようですが、徐々に本領を発揮して、気持ちよく聴くことができました。

第2曲目、モーツァルトのフルート四重奏曲です。比較的聴き馴染みのある曲ですので、明るい音色やリズミカルな動き等、水を得た魚のように活発な小松崎さんのフルートと山Qの音楽を楽しみました。



休憩の後は第3曲目:ベートーヴェンの14番、嬰ハ短調の弦楽四重奏曲です。第1ヴァイオリン~第2ヴァイオリン~ヴィオラ~チェロと加わりながら始まる不思議な音の世界。夢遊病の雰囲気というか、ぼやけた幻想の中を歩く心象風景というべきか。途中のロンド風の第2楽章も同様の性格を持ち、活力に満ちた中期のベートーヴェンではありません。ごく短い第3楽章に続く第4楽章は、主題と変奏の形を取り、いちばん長く、ほんとに聴き応えのある音楽です。第5楽章は速いテンポで奏されるスケルツォで、マリオネットの動きみたいだったりガイコツのおしゃべりみたいな響きもあったり。スピーカで再生する音とは違って、ナマのチェロが迫力で響きます。第6楽章、再びぼやけた世界を散策する短い楽章で、最後の第7楽章は力強さのある音楽です。全曲がアタッカで演奏されますので、メンバーの皆さんはおよそ40分間奏きっぱなし。でもフィナーレはベートーヴェンらしい力強さと覚悟の中に終わります。不思議な厳粛さを感じます。

この一週間、通勤の音楽としてずっと聴いておりました。後期の弦楽四重奏曲だからといって、それほど敬遠される曲だとは思いませんし、変化もあり聴き応えのある音楽だと思います。もちろん、若いベートーヴェンが持っていた清新さや、中期の「オレの音楽を聴け!」みたいな強さよりも、わが道を歩んだ結果わけ入ることとなった荒野を歩く孤独な旅人が、深みへ沈んでいくような感じはありますが。実際、ただ一人でしだいに老いていき、病む中で覚悟を決めていくということは、そういうことだろうと思います。

いや~、今回も良い演奏会となりました。メンバーの皆様、お疲れさまでした。おかげさまで、たいへん充実した時間を過ごしました。今井さんの右腕は大丈夫だったでしょうか。小松崎さんを加え、おそらくゴキゲンな打ち上げとあいなったことと思います。

さて、次回は4月下旬の予定で、第55回となります。ハイドンの弦楽四重奏曲ニ長調Op.71-2、フォーレの弦楽四重奏曲ホ短調Op.121に、まだ聴いたことがないオネゲルの弦楽四重奏曲第1番の予定となっています。楽しみです。

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ドヴォルザーク「ヴァイオリン・ソナタ」を聴く

2014年11月16日 06時05分23秒 | -室内楽
このところ、ドヴォルザークの「ヴァイオリン・ソナタ」ヘ長調、作品57を聴いています。幼少時にヴァイオリンに親しみ、若い時代にはプラハ国民劇場のヴィオラ奏者として生計をたて、スメタナの弦楽四重奏曲の初演にも参加していた弦楽器奏者としてのドヴォルザーク、さらに多くの室内楽の名曲を残した作曲家ドヴォルザークは、ヴァイオリン・ソナタという名前のついた曲を、わずか一曲しか残していません。それが1880年、作曲家39歳のときの作品である、ヘ長調Op.57 です。Wikipedia によれば、実際はもう一つ、1873年(32歳)に作曲されたイ短調の曲があったようですが、これは初演後に破棄されてしまったのだそうです。どうして一曲だけだったのか、よく考えると不思議です。

1880年といえば、「わが母の教え給いし歌」を含む歌曲集「ジプシーの歌」や交響曲第6番ニ長調などを作曲した年でもあります。いわば、2年前の「スラブ舞曲」の成功以来、国際的に有名になりつつあった時期の室内楽作品です。同じ年に、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」(*1)が作られているそうで、いささか割を食った感があり、ヴァイオリン・ソナタとしてはドヴォルザークの他の曲ほどの知名度はないようです。「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」(*2)のような、いかにもドヴォルザークらしい「親しみやすい」音楽というよりも、始まりに半音階ふうの響きがあったりして、民族的な音楽の展開とは少し違った要素をも試みてみたのでしょうか、少々違った角度から受けとめられる音楽だろうという気がします。私は、この音楽、けっこう好きですけどね(^o^)/

第1楽章:アレグロ・マ・ノン・トロッポ。ソナタ形式。始まりの響きは、ちょっぴりフランクを連想させるようなところがあり、親しみやすく生気にあふれたものとは違っていますが、すぐにいつものドヴォルザークに戻ります。全曲で一番長い楽章。
第2楽章:ポコ・ソステヌート、イ長調、二部形式の緩徐楽章。添付のリーフレットでは、1部は下降する音型の、2部は上昇する音型の主題で始まる音楽と解説されています。ヴァイオリンがゆっくりとした旋律を奏で、ピアノもシンプルに応える中で、しだいに情熱の温度は繊細なままに高まっていき、静かに終わります。
第3楽章:アレグロ・モルト。ロンド・ソナタ形式。軽快で、民族的な要素が横溢した音楽です。いちばんドヴォルザークらしいと感じられる楽章かもしれません。たしかに、思わず体が動いてしまうような、楽しく活発な音楽です。

演奏は、ヨセフ・スーク(Vn)、アルフレート・ホレチェック(Pf)の二人で、プラハのドモヴィナ・スタジオにおいて、1971年の6月30日と7月3日の2日間で収録された、スプラフォンによるアナログ録音。ピアノのホレチェックはスークよりも22歳年上だそうで、指揮者ラファエル・クーベリックの父親で、ヴァイオリニストのヤン・クーベリックの伴奏者をつとめた人らしい。この「ドヴォルザーク:ヴァイオリンとピアノのための作品全集」と題するCDは、ほんとに美しい演奏ばかりで、なかなか素晴らしい出来栄えです。DENON COCO-70545/6 の1枚目。

■スーク(Vn),ホレチェック(Pf)
I=12'01" II=7'14" III=5'33" total=24'48"

(*1):ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番「雨の歌」を聴く~「電網郊外散歩道」2006年10月
(*2):ドヴォルザーク「ヴァイオリンとピアノのためのソナチネ」を聴く~「電網郊外散歩道」2007年5月

YouTube には、ちょいと速めのテンポでダイナミックに演奏している動画がありました。

Antonín Dvořák: Sonata for violin and piano F dur, op. 57 (Barbora Valečková)


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スメタナの弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」を聴く

2014年11月03日 06時05分55秒 | -室内楽
いつも聴いていたいというわけではないけれど、時折むしょうに聴いてみたくなる音楽というのがあります。ドヴォルザークの「新世界」交響曲などはその好例でしょうが、私の場合、スメタナの弦楽四重奏曲第1番「わが生涯より」などもその一つです。このところ、通勤の音楽として繰り返し聴いております。本日は文化の日でもありますので(^o^;)アホ猫記事などではなく、この曲を取り上げることといたします。

この曲は、2007年の夏に山形弦楽四重奏団の第24回定期演奏会(*1)で聴いておりますが、最初に聴いたのは高校生の頃にNHK-FMで、後にLPを購入しました。それが写真のスメタナ四重奏団による演奏で、1976年にチェコのスプラフォン・ジシコフ・スタジオで行われたDENONのPCM録音です。OX-7049-NDという型番でした。後にこれをCDで買い直し(COCO-75544)、通勤の音楽としてよく聴きました。また、購入時期は不明ですが、1984年にニューヨークで録音されたグラモフォン盤でエマーソン弦楽四重奏団によるCD(POCG-7074)も入手し、これも好んで聴いております。
一方、この曲のオーケストラによる演奏を考えたジョージ・セル編曲によるオーケストラ版「わが生涯より」の存在を知り、聴いてみたいと念願していたところ、ジェフリー・サイモン指揮ロンドン交響楽団による1985年のデジタル・ステレオ録音のシャンドス盤(CHAN8412)CDに出会いました。さらに、インターネットの時代に入り、本家本元のセル指揮クリーヴランド管弦楽団による1949年のモノラル録音(パブリック・ドメイン)をストリームで、あるいはダウンロードして、聴くことも可能(*2)となりました。まことにありがたい時代です。



DENON盤に添付のリーフレットは佐川吉男氏によるもので、LP/CD共通の内容になっています。それによれば、スメタナは1876年の6月にこの曲の作曲を始め、同年暮れに完成したけれど、全体に、とりわけ第3楽章が、演奏が難しすぎると不評で、ようやく1978年の私的初演が行われ、この時には若いドヴォルザークがヴィオラを受け持ったのだそうな。公開初演は1879年まで待つことになりました。添付リーフレットによれば、友人にあてた手紙の中で、作曲者自身がこの曲の表題的な解説をしているといいます。主としてそれによりながら、でも素人音楽愛好家らしく、印象を整理してみると:

第1楽章:アレグロ・ヴィーヴォ・アパッショナート、ホ短調、2分の2拍子。「青年時代の芸術にひかれた気持ち、ロマンチックな雰囲気、自分ではよくわからない何かへの名状しがたいあこがれ、将来へのある種の不吉な予感」を描いているとのこと。曲はffで始まり、他がppで奏する中でヴィオラがエスプレッシーヴォで主題を奏します。「タター・タ」というこれ、思わずベートーヴェンの「運命」の主題「タタタ・ター」を連想します。楽聖が突然襲われた聴覚の障碍という運命に自分の身を重ね合わせたものでしょうか。その後、ヴァイオリンが情熱と激しさを持って歌い始めます。
第2楽章:アレグロ・モデラート・ア・ラ・ポルカ、ヘ長調、4分の2拍子。「心に楽しかった青春の日々をよみがえらせてくれるもので、当時はダンス音楽を作曲し、熱烈なダンス狂だった」とのこと。なるほど、楽しさ、懐かしさなどを感じさせる音楽です。ダンスといってもたぶん社交ダンスではなくて、民族的なものなのでしょう(^o^)/
第3楽章:ラルゴ・ソステヌート、変イ長調、8分の6拍子。「のちに忠実な妻となる少女(カテジナ・コラージ)との初恋の幸福な思い出をよみがえらせるもの」であるとしているそうな。チェロの雄弁なエスプレッシーヴォの後で第1ヴァイオリンが優しく、しかし表情豊かに歌い、第2ヴァイオリンとヴィオラがこれを支えます。音楽はやがて厳しい表情に転じますが、静かに回想するような後半は、思わず聞き惚れてしまうほどで、ほんとうに素晴らしいものです。
第4楽章:ヴィヴァーチェ、ホ短調~ホ長調、4分の2拍子~4分の4拍子。ここは「民族的な要素を音楽で扱う道を見出し、仕事が軌道に乗り出して喜んでいるところへ待ったがかかり、聴覚障碍に見舞われるという悲劇」と、「悲惨な先の見通しや一抹の回復への希望など」を描いているとのこと。実際、晴れやかで活発な音楽が奏される中での、途中の暗転。キーンというノコギリ波のような音です。これがスメタナの聴覚障碍、高音の耳鳴りを表すものでしょう。少し希望を持たせたピツィカートで曲を閉じます。



どちらかといえばハードボイルドなスメタナ四重奏団の演奏と、高い技術に裏付けられた柔軟さと清新さを併せ持つエマーソン四重奏団の演奏は、どちらもたいへん説得力があります。カルテットの演奏の、速いテンポと鋭い切れ込みを、四管編成の大オーケストラに望むのはいささか無理があるでしょうが、一方で、たとえば終楽章の例の「キーン」をピッコロで表したり、ホルンや木管やハープが登場したりするなど、多彩な楽器の音色を楽しむことができるという面もあります。あのジョージ・セルによる編曲という、好事家心理をくすぐる要素もあり、オーケストラによる演奏も、なかなかおもしろいものです。




参考までに、演奏データを示します。
■スメタナ四重奏団(LP)
I=7'40" II=5'31" III=8'33" IV=5'59" total=27'43"
(CDでは IV=6'04" と5秒ほど表記に違いが見られます)
■エマーソン弦楽四重奏団
I=6'31" II=5'18" III=8'30" IV=5'28" total=25'47"
■ジェフリー・サイモン指揮ロンドン響
I=8'27" II=5'47" III=9'28" IV=6'25" total=30'07"
■ジョージ・セル指揮クリーヴランド管(1949)
I=7'40" II=5'13" III=8'55" IV=6'05" total=27'53"
※「Blue Sky Label」より(*2)。MP3音源を Ubuntu Linux 上のプレーヤーで再生し、タイム表示を読み取ったものですので、若干の誤差があります。それでも、1949年のセル指揮クリーヴランド管の録音が、室内楽なみのテンポで演奏されるのを聴くと、驚いてしまいます。その表情も、真摯で硬派で、また大オーケストラらしい輝かしさもあり、このステレオ録音があったらなあと思うことしきりです(^o^;)>poripori

この編曲というかオーケストレーションは現在も演奏されているようで、YouTube には現代のチェコでの演奏がありましたが、権利関係の問題があったのか、現在は見られないようです。代わりに、ジェフリー・サイモン指揮のロンドン響による演奏がありました。
Smetana String Quartet No.1 orchestrated by George Szell


(*1):山形弦楽四重奏団第24回定期演奏会を聴き、文翔館を満喫~「電網郊外散歩道」2007年7月 この記事の前半はこちら
(*2):スメタナ「わが生涯より」(ジョージ・セル編曲による管弦楽版)~「クラシック音楽へのおさそい~Blue Sky Label」より
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イタリア合奏団のヴィヴァルディを聴く

2014年10月12日 06時03分44秒 | -室内楽
ヴィヴァルディの音楽をはじめて耳にしたのはいつだったのでしょうか。おそらくFM放送などでイ・ムジチ合奏団の「四季」あたりを聴いた1960年代ではなかったかと思います。当時のベストセラーで、LP売上ランキングのトップはこのレコードでした。20世紀に、長年埋もれていた作曲家ヴィヴァルディの再評価が行われ、多くの録音が世に出てきていたことが背景にあったようです。

ところが、当時のレコード雑誌等の風潮は、「似たような曲を何百曲も作った職人ヴィヴァルディ」といったような中傷が散見され、「運命・未完成」=素人、「四季」=ミーハー、という見方が定式化されておりました。学生時代のお小遣いでは、ランキングにのるような正規盤LPなどは滅多に買えず、結局はじめて買ったヴィヴァルディのレコードは、1982年に録音されたクラウディオ・シモーネ指揮イ・ソリスティ・ヴェネツィのエラート盤でした。ミーハーに見られたくないという見栄で、ヴィヴァルディの「四季」を好んで聴いているなんて、ちょっと大きな声では言いにくかったものです(^o^;)>poripori



すでに十年以上前のことになりますが、DENON からクレスト1000シリーズで、イタリア合奏団によるヴィヴァルディの音楽がたくさん発売されました。例の「四季」を含む「和声と創意への試み」全曲が二枚組で、「調和の霊感」も「ラ・チェートラ」も「ラ・ストラヴァガンツァ」も、という具合です。これが、どれも演奏・録音ともに素晴らしいものでした。NHK-TVで、「シャルル・デュトワの音楽都市めぐり」とかいう番組で、赤毛の司祭ヴィヴァルディの素顔が紹介された(*1)ことや、近年は大島真寿美さんの『ピエタ』という本で、ヴィヴァルディの教え子たちが主人公となる物語に親しんだ(*2)ことなどもあって、近頃は堂々と「ヴィヴァルディの生き生きとした音楽がお気に入り」です、と言えるようになりました(^o^)/

イタリア合奏団によるヴィヴァルディの音楽は、単身赴任のアパートのミニコンポで、小音量で流してもそれなりに楽しめます(*3)し、自宅の比較的大型の装置でも、迫力ある合奏を楽しむこともできます。また、近代のオーケストラ音楽とは異なり、ダイナミックレンジの変化がさほど大きくありませんので、ロードノイズの大きい通勤の車中でも、溌剌とした演奏の魅力を、じゅうぶんに楽しむことができます。ここしばらく、「ラ・チェトラ」の二枚組を車に積み込み、音楽を楽しみながら、秋空の下、快適に通勤しております。

(*1):ヴィヴァルディは女学校音楽部の顧問の先生~「電網郊外散歩道」2005年9月
(*2):大島真寿美『ピエタ』を読む~「電網郊外散歩道」2011年7月
(*3):購入したミニコンポで試してみた結果(1)同(2)~NHK-FM「バロックの森」で協奏曲の発展を聴く~「電網郊外散歩道」2008年7月

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モーツァルト「ディヴェルティメント第1番」ニ長調K.136を聴く

2014年10月08日 06時05分55秒 | -室内楽
先の東沢バラ公園における山形弦楽四重奏団の演奏会でオープニングを飾った曲目、そして山形弦楽四重奏団の第53回定期演奏会のアンコールで演奏された曲、ディヴェルティメント第1番ニ長調K.136を聴きました。16歳の若いモーツァルトの作品は、必ずしも娯楽作品という位置づけではなくて、初期のシンフォニーとみなされることもあるのだとか。たしかに、弦楽アンサンブルで演奏しても美しく楽しい音楽です。これを弦楽四重奏で演奏すれば、音楽のエッセンスを再現するというだけでなく、最もシンプルな形で音楽の美質を受け止めることができます。

第1楽章:アレグロ、ニ長調、4分の4拍子、ソナタ形式。曲の出だしがなんともわくわくするような始まりで、イタリア風序曲と言われても納得してしまいそうです。
第2楽章:アンダンテ、ト長調、4分の3拍子。実に愛らしく、やわらかな響きです。長く伸ばす第1-Vnの音に、モーツァルトお得意の、長く伸ばすオーボエの響きを連想したりします。とてもチャーミングな音楽です。
第3楽章:プレスト、ニ長調、4分の2拍子、ソナタ形式。リズミカルな動機に始まり、速いテンポで、最初の明るい主題が奏されます。途中、追いかけっこをするような複雑なところもありますが、全体は軽やかに終わります。

車中で、あるいは自宅のPC-オーディオで聴いているのは、ウィーン八重奏団員によるカルテットで、ロンドン・レコードにより、1961年4月に収録されています。型番は K30Y-1535 というもので、1987年頃のキングレコードのベリー・ベスト・クラシック・シリーズ中の一枚。現在は2014年ですから、すでにパブリック・ドメインになっているのかもしれません。私のは、友人に贈られた記念の品で、当時は高価だった正規盤です。

参考までに、演奏データを示します。
■ウィーン八重奏団員
I=3'56" II=3'58" III=2'36" total=10'30"



YouTube にも、たくさんの演奏が登録されております。昔の有名な演奏家の録音もあれば、現代の若手の生き生きとした演奏などもあります。おそらく、曲があまり長くなく、YouTube むきの適度な時間なのでは、と推測しています。

Mozart - Divertimento in D major KV 136


あるいは、第3楽章ですが、こんなに元気な演奏もありました。

Mozart - Divertimento K. 136


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山形弦楽四重奏団第53回定期演奏会で「ハイドン・セット」の後半3曲を聴く

2014年10月02日 19時27分02秒 | -室内楽
平日の水曜日の夜、山形市の旧県庁・県会議事堂からなる国指定重要文化財の一つ、文翔館議場ホールにて、山形弦楽四重奏団の第53回定期演奏会を聴きました。



今回のプログラムは、前々回の第51回定期演奏会に続き、モーツァルトの弦楽四重奏曲「ハイドン・セット」全曲演奏の第2回となり、第17番~第19番の3曲を取り上げます。

例によって、18時半からプレコンサートがありました。渡邉奈菜さんのヴァイオリン、田中知子さんのヴィオラで、モーツァルトの「ヴァイオリンとヴィオラのための二重奏曲」第2番、変ロ長調K.424です。最初は曲名がわからずにいましたが、チケットに表記があるのにようやく気付きました(^o^)/osoi~

19時少し前に、今回の担当の茂木明人さんが黒いシャツにピンクのネクタイ姿で登場し、少し話をしました。前に担当した中島光之さんが、モーツァルトとハイドンのかかわりについて書いてしまったので、プログラムノートに何を書いたら良いのか、たいへんプレッシャーがあった話から始まり、今日はハイドンとモーツァルトの幸せな出会いの音楽を、四人のメンバーが幸せな音楽として再現したいとまとめます。

1曲目:弦楽四重奏曲第17番、変ロ長調、K.458 「狩」。有名曲ですので、これまでも何度か演奏したことがあるのかもしれません。軽快で溌剌とした音楽、演奏です。とくに最初の第1楽章の始まりが、アレグロ・ヴィヴァーチェ・アッサイの指示のとおりに、晴れやかなオープニングとなりました。これでぐいっと音楽に引きこまれます。1784年に作曲されたものらしい。

2曲目:弦楽四重奏曲第18番 イ長調、K.464。1785年に作曲されたものらしい。やや渋めの音色で始まる曲のせいか、ニックネームは付いていませんが、充実した音楽です。

(10分休憩)


3曲目:第19番ハ長調「不協和音」。当方の本日期待の曲目です。第1楽章:出だしの不協和な音が愛称の由来でしょうか。チェロの音が迫力をもって迫ります。第2楽章:アンダンテ・カンタービレ。チェロ・パートの対旋律などは、小型スピーカで小音量で楽しんでいるだけでは知り得ない、低音の魅力です。第3楽章:メヌエット。実験的な性格を随所にちりばめた曲の中でも、興の趣くままに書き上げたような音楽ですね~。第4楽章:アレグロ・モルト。アンサンブルは緊密で、楽器がよく鳴っていて、ほんとにカルテットを聴いたぞ~という感じでした。良かった~!

アンコールは、同じくモーツァルトの「ディヴェルティメント第1番」K.136から、第3楽章。「ハイドン・セット」と比べると、なんと屈託のない、若々しい音楽でしょうか。



ほんとにモーツァルト尽しの一日でした。帰りの車中は、偶然にも、まさにこのモーツァルトの「ディヴェルティメント」から、第17番と第1番を聴きながらとなりました。

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東沢バラ公園で山形弦楽四重奏団の演奏会を聴く

2014年09月29日 06時03分41秒 | -室内楽
雲一つない晴天となった日曜日、村山市の東沢バラ公園に出かけました。お目当ては、恒例となった山形弦楽四重奏団の演奏会です。少し早めに到着したため、偶然にも事前の音合わせに遭遇。今年はログハウス内での演奏会ではなくて、ログハウス入り口付近にテントを張り、奏者の皆さんはこの中で演奏するという設定です。聴く方は、テントを前に野外に椅子を並べ、思い思いに着席します。パラソル席もありましたので、ログハウスでローズティーを注文し、紙コップをかかえながら気楽にくつろいだ演奏会となりました。



向かって左側から、第1ヴァイオリンの中島光之さん。その右に第2ヴァイオリンの今井東子さん。続いてヴィオラの倉田譲さん、右端にチェロの茂木明人さん。今回の司会はチェロの茂木さんで、ちゃんと役割を意識して、ブレザーに白いワイシャツ、赤~ピンク系のネクタイ姿です。

最初は、モーツアルトのディヴェルティメント ニ長調 K.136から第1楽章。演奏会のオープニングにふさわしい、楽しい始まりです。この楽章の演奏後に、司会の茂木さんがマイクを手にして、メンバーの紹介と弦楽四重奏における各パートの役割を説明します。会場の性質上、偶然に聴くことになったお客さんも多く、各パートの役割を実際に耳にして、なるほど~! と納得していました。そしてその後に、第2楽章、第3楽章と続けて演奏。いいですね~。

モーツァルトの後は、日本民謡です。当方はすっかりお馴染みになっていますが、本日のお客さんのうち、かなりの方々は初めて耳にするのではないでしょうか。幸松肇編曲、弦楽四重奏のための日本民謡集から、「八木節」「南部牛追唄」「ソーラン節」「会津磐梯山」の4曲を演奏します。



この日本民謡シリーズは、何度聴いてもいいものです。以前も何度か感じたのですが、写真のように、ごく幼い子どももなぜか耳を傾けるのが不思議(*1)です。大人向けのセンチメンタルな映画音楽などには飽きてしまう子どもも、不思議に日本民謡のリズムや旋律には魅力を感じるのでしょうか。

茂木さんが再びマイクを手にして、幸松肇さんがこの曲集に「最上川舟唄」を追加作曲してくれたいきさつを紹介します。そうですね、文翔館議場ホールでの初演も聴きました(*2)が、すっかりお気に入りの音楽になってしまいました。曲そのものは、けっこう「現代音楽」している面もあるのですが、今回のお客さんも偏見なく楽しんでいただけたようです。

ここで再び趣向が変わり、宮崎アニメ「千と千尋の神隠し」から、「いつも何度でも」「命の名前」。この夏に孫の強力プッシュにより「アナ雪」は見ましたが、実はこのアニメはまだ見たことがありません(^o^)/
ですから、音楽がどういう場面で使われていたのか、まるで見当もつきません(^o^;)>poripori



そして、恒例の「小さい秋」「百万本のバラ」。これを聴くと、ああ、今年も無事に秋になったなあと思います。アンコールは「情熱大陸」。

司会をつとめた茂木さんは、人の前で話すのが苦手で、とブログに書いていますが、どうしてどうして、さりげなく次の曲目を確かめたりしながら、上手にスムーズに進行しておりました。今年も良い演奏会でした。



(*1):今年も東沢バラ公園で山形弦楽四重奏団の演奏会を聴く~「電網郊外散歩道」2013年9月
(*2):山形弦楽四重奏団第30回定期演奏会~「電網郊外散歩道」2009年2月

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