行徳生活日記

「行徳雑学館」作者の日記。

2019年3月1日(金)の日記

2019年03月01日 | 日記

昨日の雨が今朝まで残るが、出かけるときの微妙なタイミングで止んだ。大きい傘を持って出たから、こういう日は傘を忘れることが多い。週末なので飲んで帰ったが、意識していたので傘は大丈夫だった。

今日は、初めての店へ行く。行徳駅前三丁目にわりと最近オープンした居酒屋で宵待草。なかなか風流な感じの名前。

看板のおねえさんのイラストがいい感じ。

本日時点ではGoogleマップで検索しても出てこない。前にここにあったのは確か居酒屋金だが、居酒屋金だとまだ出てくる。それで、居酒屋金の住所で検索したのを載せておく。

入ったのは午後7時をしばらく回った頃だったが、常連さんで賑わっていた。カウンター席は1人だけ。なので、自分もカウンター席に座る。常連さんたちは、自分と同年代と思える50代ぐらいから60代、70代ぐらいと思える人たち。

最初の一杯は生ビールジョッキ。

お通しは筍の煮物

こうやって写真を写していると、ママさんが横の席に来て、
「どうして写真を写されているんですか?」
と聞く。別に怒っているわけはなく、不審に思ったという感じの聞き方。

これまで入った店で「ブログとかやっておられるんですか?」と聞かれたことはあったが、なぜ写しているのか聞かれたことは初めて。駅から少し離れたところの小さい店だから、料理など写してブログなりSNSなりに投稿するような客はこれまで来たことがなくて、そうしたことに慣れていないのかもしれない。

あるいは自分が会社帰りのスーツにネクタイ姿だったが、飲食店をいろいろ調べている会社の人間だとか、保健所の人間が衛生状態を調べに来たとか、そんな疑いを持ったのかもしれない。

こういうときはすかさずスマホでこのブログ日記を見せる。「日記を書いているんですよ。」と言って、昨日のサイゼリヤで食べた料理や、ここ1週間から10日ぐらいの間で飲み屋に入った日の日記を見せた。すると、ママさんも納得。

さて、お食事のお品書き。他に本日のおすすめが黒板に書いてあったが、品数は数品。

おすすめから、殻付ほたて貝。刺身か焼き物かどっちだろうと思ったが、バター焼きだった。

ビールが終わってハイボールにする。この店のウィスキーはホワイトホース

2品目はレギュラーのお食事メニューからソーセージ。注文すると、辛いチョリソーにするか普通のにするか聞かれる。半々のはできるか聞くと、OKということでチョリソーと普通の半々。

常連さんたちがカラオケを始めた。自分もある程度、飲んだところで歌う。1曲200円とのこと。

最初の1曲は「異邦人」(久保田早紀)。

この歌がヒットしたのは自分が高校を卒業した頃。大学受験の勉強がうまくいかず、その年は浪人するしかないという状況だった。1979年(昭和54年)だが、その2月か3月あたりから、歌番組に久保田早紀が登場して歌うようになったと覚えている。なので、ちょうど40年前。

時間が経つのは早いと思いつつ、それにしても若いときのことはよく覚えているとも思う。

ハイボールはもう1杯。

そしてつまみはポテトフライ

ポテトフライと聞くと、ハンバーガーチェーンのフライドポテトのようなものをイメージするが、これはなかなかのボリューム。そのあとで、もう一品なにか食べようかと思っていたが必要なくなった。

飲むほうはもう1杯で、レモンサワー

テーブル席には他のお客さんたちがいたので、写さなかった。これは自分が座ったカウンター席の正面。

カラオケはあと2曲歌う。

「駅」(竹内まりや)と「面影」(しまざき由理)。

「面影」は自分が10代のころによく見ていた刑事ドラマ「Gメン’75」のエンディングテーマ。

カラオケが始まる前、店内のテレビでバラエティ番組をやっていたが、若林豪が出ていた。若林豪はGメンの立花警部役。しかも、Gメン当時のボス役・丹波哲郎のエピソードを話している。それにしても、若林豪も年を取ったと思えた。

それはそうと、「面影」を歌おうと思ったのは、やはりそのテレビを見たから。

だけど、今日のカラオケで他のお客さんたちが歌った曲を思い出すと、世代交代が進んだと思えた。30年前なら当然、20年前でも50代~70代がカラオケをやると演歌一色。でも、今日はというと、さすがに一番上の年代と思える人たちは演歌だったが、それ以外の人は1970年代前半のフォークソングブームの頃の曲(メッセージフォークというカテゴリの歌のようだったが)を歌う人がいたり、サザンオールスターズの「涙のキッス」を歌った人もいた。

「涙のキッス」というと、1990年代の初めごろ、佐野史郎が演じたマザコン男・冬彦さんと野際陽子が演じたその母の不気味なキャラクターが大ヒットしたドラマの主題歌だった。2人とも脇のキャラクターだったが、ドラマのヒットというよりも2人のキャラクターのヒットと言ったほうがよかった。それも、もう30年近く前となった。

自分が最初に「異邦人」を歌ったときも、皆さん知っているだろうからノリノリな感じだったし、「面影」のときは「おぉっ!Gメン!」という声も聞こえた。

帰ってから思い出したが、たしか数年前、有楽町と新橋の間のJR高架下にある焼鳥屋へ入ったときのことだ。いつだったかと過去日記を探すと、なんと2010年3月で数年前どころか9年前。そのとき、焼鳥屋の店内に有線放送で流れる曲が1980年代初めごろの松田聖子の歌などであるのに驚いた。それまで飲み屋の有線放送というと演歌ばかりと思っていたからだ。その頃から時代の変化はどんどん進んでいた。

それで、今日の宵待草でのお代は4,600円ちょっと。