青春・朱夏・白秋・玄冬
春は青、夏は赤、秋は白、冬は黒・・・だという。
「青春」という言葉はここからきてるし、
北原白秋の「白秋」はここからきている。
またこの春夏秋冬は方角にも対応してて、
春は東、夏は南、秋は西、冬は北だという。
皇太子の宮を「東宮」というのはここからきている。
方角についてはたしかにそんな感じがする。
春は命芽生えるとき。
日が昇る東がふさわしい。
夏は命輝くとき。
真昼の南の太陽がふさわしい。
秋は命衰えるとき。
西日に輝く紅葉がふさわしい。
冬は命尽きるとき。
北風が吹き白い雪に覆われた無彩色の世界。
冬は北がふさわしい。
またこの春夏秋冬は人生の年代にも対応している。
春は10代~20代。まさに青春!
夏は30代~40代。もっとも充実した時
秋は50代~60代。熟成するとき。
冬は70代~ 。命悟る時。
というわけでお祝いのときの紅白の垂れ幕や饅頭はここからきている。
葬式の白と黒の垂れ幕もここからきている。
ところで方角や年代はいいとして、昔の中国人の色の感覚、もう一つよくわからない。
春は若葉の季節、緑でしょう!
夏は輝く空と海、青でしょう!
秋は木の葉が色づく、赤でしょう!
冬は雪の世界、白でしょう!
というわけでこれからは、
紅白の垂れ幕の代わりに青と赤の垂れ幕。
う~ん、ちょっとどぎついかな。
白と黒の垂れ幕の代わりに赤と白の垂れ幕。
う~ん、なんか葬式をお祝いしてるみたいだね。
ところでどうして「玄」が黒かというと、
これは素人(しろうと)に対して、玄人(くろうと)。
あるいは白米に対して玄米。
からきている。
でもまあ、こんなことを知ってたからってそんなことはどうでもいいこと。
ほんのちょっぴり知ったかぶりができるくらいのことだ。
でもこの厳しい冬、こんなことでも考えて冬をやり過ごすほかないよね。
春は青、夏は赤、秋は白、冬は黒・・・だという。
「青春」という言葉はここからきてるし、
北原白秋の「白秋」はここからきている。
またこの春夏秋冬は方角にも対応してて、
春は東、夏は南、秋は西、冬は北だという。
皇太子の宮を「東宮」というのはここからきている。
方角についてはたしかにそんな感じがする。
春は命芽生えるとき。
日が昇る東がふさわしい。
夏は命輝くとき。
真昼の南の太陽がふさわしい。
秋は命衰えるとき。
西日に輝く紅葉がふさわしい。
冬は命尽きるとき。
北風が吹き白い雪に覆われた無彩色の世界。
冬は北がふさわしい。
またこの春夏秋冬は人生の年代にも対応している。
春は10代~20代。まさに青春!
夏は30代~40代。もっとも充実した時
秋は50代~60代。熟成するとき。
冬は70代~ 。命悟る時。
というわけでお祝いのときの紅白の垂れ幕や饅頭はここからきている。
葬式の白と黒の垂れ幕もここからきている。
ところで方角や年代はいいとして、昔の中国人の色の感覚、もう一つよくわからない。
春は若葉の季節、緑でしょう!
夏は輝く空と海、青でしょう!
秋は木の葉が色づく、赤でしょう!
冬は雪の世界、白でしょう!
というわけでこれからは、
紅白の垂れ幕の代わりに青と赤の垂れ幕。
う~ん、ちょっとどぎついかな。
白と黒の垂れ幕の代わりに赤と白の垂れ幕。
う~ん、なんか葬式をお祝いしてるみたいだね。
ところでどうして「玄」が黒かというと、
これは素人(しろうと)に対して、玄人(くろうと)。
あるいは白米に対して玄米。
からきている。
でもまあ、こんなことを知ってたからってそんなことはどうでもいいこと。
ほんのちょっぴり知ったかぶりができるくらいのことだ。
でもこの厳しい冬、こんなことでも考えて冬をやり過ごすほかないよね。