イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「枕草子 (ビギナーズ・クラシックス)」読了

2018年03月05日 | 2018読書
角川書店/編 「枕草子 (ビギナーズ・クラシックス)」読了

去年の今頃も古典の入門書のようなものを読んでいた。今年は枕草子だ。
最初の書き出しはあまりにも有名だが、枕草子に書かれている文章は1段目のような自然を愛でた文章、宮廷内の生活を写したもの、いろいろなものを羅列した「ものづくし」の3つに分類されるらしい。
自然を愛でた段はなんとも優雅で繊細な世界の見方をしているなと思うけれども、「ものづくし」の段となるとけっこう毒づいている内容があったりしてこれはこれで、ああ、女の人が書いているのだという感じがする。宮廷生活について書かれた文章もきっとかなり控えめな表現をしているだけで、本当の清少納言の心の中は、あいつは嫌いだとか、どうして私がこんな目に遭わなきゃいけないのよ!みたいなけっこう生々しいものだったに違いないと思うのは僕だけだろうか。
一般に広まる前には推敲もされていたそうだから、これを書いたままにしておくとちょっとまずいのではないかなどと、僕がブログに勝手なことを書きなぐっているよりも慎重であったのではなかろうか。
それでも、けっこう際どいというか、下々の人々のことはけっこう汚らしく書き、当時は普通のことであったのかもしれないけれども、夜這いのことを平気で書いていたりして、そういうところも長年読み継がれてきたことの一因ではなかったのだろうかと下衆なことを考えてしまった。癪に障るものなどという段は、今の電車の中の様子とうり二つだ。

まあ、1000年前の人も現代の人も基本的に考えていることはまったく同じであるということか。方丈記もそうであったが、時代が変わっても、自然の美しさも変わらないけれども人間関係の悩みや他人と自分を見比べて何やら思うということはまったく同じだ。
紙に筆でしたためるか、キーボードをポコポコ叩くか、それ位の違いでしかない。

清少納言が仕えた中宮定子はいとこの彰子が入内してその座を追われるようにして寂しい最後を終え、清少納言もやはり晩年は寂しい最後であったらしい。彰子に仕えた女房は紫式部。紫式部日記には清少納言の悪口も書かれていたりするそうで、それを聞くにつけても、人間関係の悩みや恨みの奥深さ、栄枯盛衰というのはやっぱり1000年経っても変わらない。人間というのはまったく進歩のない生物であったりするのかもしれない。

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