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イレグイ号クロニクル Ⅱ

魚釣りの記録と読書の記録を綴ります。

「フードテック: 中小企業によるフード業界の変革」読了

2025年02月19日 | 2025読書
日本政策金融公庫総合研究所/編集 「フードテック: 中小企業によるフード業界の変革」読了

この本もほぼ1日で読んでしまった。昨日の病院の待ち時間も3時間であったが、今日の帰宅に要した時間は先週に引き続き発生した人身事故のせいで4時間もかかってしまったからである。もっと読みが深ければ3時間で家に帰れたが甘かった。しかし、JRの情報提供は再び劣化してきたようだ。当初の情報では列車に異音を検知したということであったが次の情報では人身事故で運転再開が18:30、その次の情報で事故がトンネルの中で起こっているので運転再開は20:00とどんどん変わっていった。



どこからどんな情報を集めていたのか、異音と人身事故とでは全く違うし、その現場がどこかなどいうのをわからずに第一報を流したというのではまったくバカじゃないのかとしか思えない。最初から20:00の運転再開ということが分かっていたら振替輸送のルートを選んでいた。大半の人がそう思っていたようで、和泉砂川の駅のホームでは落胆の声が響いていた。
しかし、電車に轢かれた人というのはどうして山間部のトンネルの中を歩いていたのだろう。自殺の場所としては奇妙だが、こんな場所で事故が起こったらニュースになって世間に一矢報いることができるとでも思ったのだろうか。しかし、結局、この人が何者でどんなに世間を恨んで死んでいったかなど誰も知ることはなかったはずなので犬死でしかない。それとも単にボケ老人が家に帰る道筋を忘れてしまって線路に紛れ混んでしまったのだろうか。
どちらにしてもこういう人の供養のためにも事故の詳細を公表してあげてほしいものだ。この時に迷惑を被った人たちもどうして自分たちがこんな目に遭わねばならなかったのかということを知る権利があると思う。少なくとも僕はそう思っている。

そんな状況の中で読んでいたのがこの本である。
食品作業の生産性というのは他の産業に比べるとかなり低いそうだ。2021年の数値では全産業のひとり当たりの労働生産性803万円に対して農林水産業の生産性は214万円。食品製造業では製造業全体の従業員ひとり当たりの労働生産性1184万円に対して食品製造業は644万円、飲食サービス業についても199万円で産業全体の893万円を大きく下回っている。
それを様々なテクノロジーを投入することで生産性を向上させ、SDGsにも貢献しようとしている中小企業を紹介しているのがこの本である。
この本を作ったシンクタンクの日本政策金融公庫総合研究所が所属する日本政策金融公庫という政府系の会社は中小企業支援のための組織であるらしいので、紹介されている企業はここから融資を受けている会社なのであろう。
食品アレルギーでの事故を未然に防ぐITサービス、外食産業で食材の仕入れや人員配置を予測するシステムを開発、TI技術で魚の養殖を効率化、フードロスを削減するシステム開発、ドローンを使った農機具の開発、新しい冷凍技術の開発、小規模の植物工場、人工肉、野菜の人工栽培と魚の養殖を組み合わせた産業、加水分解で新たな食材を開発するなど、IT技術やロボット、バイオ技術などを農林水産業、食品製造、サービス業に組み合わせ、創業者たちが経験した困りごとや問題点の解決策をビジネスチャンスと捉えて起業している。
ユニークというかよくこんなことを思いつくものだと思うが、それよりも、ここでまた、こういう人たちと自分はどこが違ったのだろうと本題のフードテックよりもそんなことを考えてしまう。
編者のひとりは、『困りごとを当たり前と思わない』ことがそのひとつであるというが、確かに、僕は困りごとはこちら側がそれに合わせて修正するかそれでもだめなら迂回して生きてきたように思う。解決策を考えようにもいつもどこでもそのためのスキルが無かったというのも確かだ。
人脈を広げようともしなかった。長く働いていた会社は新しい取引先を連れてきても既存の取引先の間に割って入っていかせることができるような環境ではなかった。それは自分の力の限界でもあったのだが、成果が出る前に上の方からこんなものダメと決めつけられてしまう世界であった。上の人たちは基本的に既存の取引先の既得権を守るために存在していたようなものであった。

ここ数冊読んだ本は全部そんなことを思うばかりの本であった。自分が空しくなるばかりである。老人たちが読む本というのは時代小説でそれも実在の人物ではなく架空の主人公が活躍する痛快時代劇が多いと聞いたことがあるが、それ以外の本を読むと自分の来し方を顧みて空しくなってしまうからだったのかと自分なりに納得してしまった。

この本に取りあげられているテクノロジーは今のところおそらくコストも高くて市場に出ていたとしても僕の口に入るものではないだろう。今は紙の上で味わうしかないようである。

「我がシゴト、ツリーハウスビルダー」読了

2025年02月18日 | 2025読書
木村勝一 「我がシゴト、ツリーハウスビルダー」読了

この本も眩しすぎてちゃんと読めない。
“ツリーハウス”、“ビルダー”というワードに心をうごかされたのと、著者が僕と同じ年生まれであるというので読んでしまった。
モノ作りの面白さや楽しさに重点が置かれているのかと思ったが、著者の半生記のようなのであった。

俳優やトラックドライバーなどいくつかの職を転々とし、最後に自分がやりたかった本当の仕事を見つけました。というお話である。
だから眩しい。どうやったらこんな生き方ができるのか、おカネや生活の心配というものをこういうひとはしないのか、それとも元々経済的なバックボーンがあるがゆえこういうことができるのか・・。
著書の中では、ツリーハウスビルダーになるまえから大きな作業小屋を建てたり、初期に造ったツリーハウスの場所は自分が所有する山の中であったり同時にカフェバーみないなものを経営していたようなことが書かれていたのをみるとそれなりの資産を持っていたのかもしれない。
ツリーハウスというのは建造物というよりも芸術作品に近いものだそうだが、加えてそういうセンスを持っているひとだから好きなことを仕事にして生きてゆけるのだろうかとも思う。
なんだかそんなことしか考えられないのだから哀れなのだが、その反面、それよりも人脈というものが大きいのだと別のことも思う。色々な人との出会いが次のチャンスと商売の種を生む。人嫌いな僕にとってはとても真似ができないのである。

だから眩しい。

人脈がなくてもひとつやふたつ何かのスキルや資格を持つべきであった。そうすれば少なくとも嫌になった場所にいつまでもしがみついていなくてもよい人生を歩めたのかもしれない。
この本のページは半分くらいが写真で埋まっていたので長い病院の待ち時間の間に読み終わってしまった。



母の主治医の口腔外科の先生はこの病院を退職して自衛隊の医官になるそうだ。もうひとりの主治医の消化器外科の先生の弁から想像するとこの病院の口腔外科は他の科に比べるとかなり虐げられているようなので、本当に居心地が悪かったのかもしれない。しかし、そこにしがみついていなければ生きてゆけないというのではなく、医師というスキルがあればさっさと出てゆくことができる。そして全く新しい世界を見ることもできる。
この先生も僕にとっては眩しすぎる。

こういう本を読んでいると自分がみじめになるだけなのでできるだけ読みたくはないと思っているのだが、タイトルを見ているとつい手が伸びてしまう。これはきっと編集者の手腕に負けてしまっているということなのだろう・・。

加太沖釣行

2025年02月15日 | 2025釣り
場所:加太沖
条件:中潮8:05満潮
潮流:5:13転流 8:56上り2.7ノット最強 12:22転流
釣果:真鯛2匹 ハマチ2匹

今日から潮流の時刻の表示が分単位に戻った。図書館の新着図書の書架を物色していると、「海の暦」という本が並んでいた。あれ、これって友ヶ島の潮流表が掲載されているやつじゃなかったかしらと手に取ってみたら確かにそれであった。



こんな本も図書館には蔵書されているのかと感激してしまったのだが、調べてみると毎年の分が蔵書されていた。ただ、蔵書に入るのが例年2月だと1月の分がわからない。それは残念だがこれからも潮流表を手にできるのだから貴重な発見というものだ。

そして今日はこの潮流表を持って久々の加太に行く。
潮は上りなのでいつものコースで釣りの戦略を作る。

まずは四国ポイント。そんなに早く到着したわけでもないのに誰もいない。とりあえずはスパンカーの準備をして仕掛けを下ろし始める頃に少し船が集まってきた。



みんな釣れると思っているのかどうか、全然魚の反応がない。これはダメだとすぐにテッパンポイントに移動。



しかし、ここにも反応がない。サビキ仕掛けが根掛かりしてしまったので少し早いが高仕掛けに変えてみても何の好転もない。

ここで釣れないとかなりまずい。潮は潮流表ほど流れていないのでこれはもう少し北上した方がよいのかと思い、ナカトシタまで移動。



ついでに腹ごしらえだと縁起物のおはぎをほおばる。今日はきちんと黒い方を買ってきた。



そして、おはぎの神様の微笑みか、小さなアタリがあった。ちょっと眠気をもよおしていたのだが一気に目が覚めた。真剣に竿先を睨んでいるとオモリが海底に届いた瞬間にアタリが出た。そんなに引かなかったがハマチが2匹。なんとかボウズを脱した。
この時が時合だったか、すぐに次のアタリがあって30センチくらいのカズゴが上がってきた。
午前10時を過ぎると潮はどんどん緩くなり強くなり始めた北風に押されて船は南向きに流れ始めた。もっと潮の早いところを探してさらに北を目指し、そこで2匹目の真鯛。高仕掛けのお手本のようなアタリが出たことだけが救いだ。

もう少し粘ってみようと午前11時12分まで頑張ったが北風に押される状況を見てこれではもうダメだと考え終了とした。

もう少しハマチが釣れると思ったけれどもあれからひと月近く経ってしまっていては海の状況も大分変わってしまったようである・・。


「世界のビジネスエリートが大注目! 教養として知りたい日本酒」読了

2025年02月14日 | 2025読書
八木・ボン・秀峰 「世界のビジネスエリートが大注目! 教養として知りたい日本酒」読了

結論から書くと、読んでも読まなくてもどちらでもいい本であった。本当に世界のビジネスエリートが大注目していたのだろうか・・。ビジネスエリート“たち”と複数形になっていないところに本当の意味が含まれているのかもしれない・・。

去年、日本酒が世界遺産になったし、“教養として”という言葉が書かれていたので何か新しい薀蓄を知ることができるかと思ったけれども、4分の3は個別の日本酒の銘柄の紹介で、残りは著者の実業家としての自慢話のような構成になっていた。
僕の口には到底入らない高級品を造る蔵の製品ばかりが紹介されているようなのでまったく興味が湧いてこない。
著者は若くしてアメリカに渡り日本食レストランをいくつも経営している人らしく、選ばれている蔵も海外への輸出を志向しているところが多くて、かなり偏っているようにも思えてしまう。著者は、自分がいかに海外への日本酒の普及に取り組んできたのかということをたくさん書いているが、そこで紹介されている日本酒は名前からして日本酒離れしている。まあ、これが自国のものを海外に売っていくためのマーケティングの手本だと言われればそうなのかなとも思うが、僕が知りたいと思うのはそこではない。
そして、何のスキルもなく成し遂げたいこともなくここまで来てしまった僕には著者のような成功した人は眩しすぎる。特に、人身事故があった日に、これでは今日は往復の通勤時間が5時間を超えてしまうと思うと一体僕は何をしているのだ・・。



そんなに時間をかけてまでやる仕事ではないと振替輸送の車内でこの本を読みながら悲しくなるのである。
起きている時間の3割ほどを電車の中で過ごしていると、今日の1時間のロスタイムは、飛びこんだあなたの人生よりも重いのだよと悪態をついてしまう。著者がよけいに眩しく見える日なのである。

本を読み終えて出版社を見てみると、PHP研究所であった。なるほど、この出版社なら主眼は日本酒ではなくビジネスなのだと納得した。
しかし、日本の文化として日本酒を広めたいというのなら日本語の使い方には注意してもらいたと思う。
神社の紹介のところで「名刹」という言葉を使っていたり、「計り知れない時をかけて浄化された雪解け水」というなんだか矛盾した表現があったりする。この出版社の校閲係りは気にならなかったのだろうか。それとも著者は意外とワンマンで人の言うことを聞かないから遠慮してしまったのだろうか。
どちらにしてもこういう些細な間違いがあると本の中身全体の信頼感を損なってしまう。
そういう意味でも読んでも読まなくてもどちらでもよい本であったと思えるのである。

「SFアニメと戦争」読了

2025年02月13日 | 2025読書
高橋杉雄 「SFアニメと戦争」読了

以前、よく似たタイトルの「アニメと戦争」という本を読んだことがある。この本はアニメ制作者と戦争の距離感を主眼において書かれた本であったが、「SFアニメと戦争」はアニメファンであると同時に、原題軍事戦略を専門とする国際政治学者が、SFアニメで描かれる戦争について、国際政治学における安全保障の視点から分析をおこなったというものである。現実の世界で起こってきた戦争とSFアニメで描かれる戦争のギャップを見ていこうというものだ。まあ、柳田理科雄の著作の軍事バージョンといったところか。ただ、柳田理科雄よりもかなりお堅い文章なのでそういったところの面白さはない。
読み始める前、そのギャップというのはアニメでは絶対に表現できない戦場の臭いや、主人公だけがどうして生き延びることができるのかというようなものかと思ったが、そこは全然違っていた。僕が考えていたのは「戦争」ではなく、「戦闘」であったというのをこの本を読んではっきりした。
小学生のころの国語のテストで、「平和」の反対語を問うという問題があった。この答えは「戦争」であったのだが、この答えにはどうしても違和感が残った。それが「戦争」と「戦闘」の違いであったのだ。
19世紀のプロイセンの軍人であったカール フォン クラウゼヴィッツが著した「戦争論」に書かれている戦争の定義というのは、『戦争は、政治的行為であるばかりでなく、政治の道具であり、彼我両国の間の政治的交渉継続であり、政治におけるとは異なる手段を用いてこの政治交渉を遂行する行為。』ということだ。すなわち、戦争も平和もある状態を示しているということで同等なのでお互いを反対語とすることができるのである。

SFアニメの中の戦争についてはとりあえず置いておいて、国際政治学が考える戦争についてまずは書いておく。
戦争が起きる原因について、ケネス・ウォルツという国際政治学者が、人間、国家、国際システムの三つに帰するとしている。それぞれ順番に、第1イメージ、第2イメージ、第3イメージと名付けているが、求められる戦争の原因とは、
人間:人間の欲望や邪悪さかに戦争の原因を求める
国家:戦争を志向しやすい国家が存在する。資本主義は帝国主義を追究する傾向にあり、戦争を志向しやすくなる。
国際システム:主権国家が最高の権威と最大の権力を有している。これらの国家の上位に立つ超国家組織が存在しない(アナーキーとよぶ)ことがそれぞれの国家は自己の生存を自助に頼らざるを得ない。その場合、最も安全なのはほかの国に優越した軍事力や経済力を持つということになる。
だから、基本的に世界から戦争はなくなることはないし、各国の軍備は縮小されることはない。ニュータイプ理論における、人々が心からわかり合うことができれば戦いを無くすことができるというのは理想論でしかない。
これを元にSFアニメで繰り広げられる戦争が起こった理由をみてみると、大半は敵キャラがいかにもというようなデザインの軍服を着ているくらいなので第1イメージ、もしくは第2位イメージの中で起こっているとみえる。

逆に、戦争が起こらない条件というのは次のふたつだ。これは、ケネス・ウォルツというアメリカの国際政治学者が論じたものである。
①敵と味方のすべての情報が手に入っており、戦争になった場合の結果が予測可能である。合理的な政策決定者であれば、負けると分かっている戦争をあえてたたかうことはない。②国家が約束を絶対に守ることが保証されていること。
である。これもそんな情報を得ることは実質不可能であるので、世界から戦争が無くなることはない。

その他、戦争には、「必要による戦争」、「選択による戦争」という分類がある。これは、アメリカの外交政策の専門家であるリチャード・ハースという人が論じたものであるが、「必要による戦争」は、戦わなければならない状況で開始した戦争、「選択による戦争」は、強い法的な根拠や国際世論の支持が無いのにもかかわらず開始された戦争である。実世界では、前者は1991年の湾岸戦争、後者は2003年のイラク戦争であると言われる。
SFアニメの世界では、前者は地球側から見たガミラスとの戦争、後者は、ジオン公国が起こした一年戦争がそれに当たりそうである。
これらの論理から、SFアニメに描かれている戦争にリアリティがあるかどうかというと、それは間違いなく、ない。
こんなことを事細かく描いていたら1クールで放送が終わらないし、かなり退屈になってくる。「銀河英雄伝説」はそういう意味ではかなり特異なSFアニメであったのだと思う。
元々、SFアニメの主人公のほとんどすべては政治家でもなく上級軍人でもなく前線で戦う一戦士である。そこでは政治的なかけ引きは関係ない。毎回、「機動戦士ガンダム」の次回予告の最後にナレーションで入る、「君は生き残ることができるか」ということがすべてだ。
まあ、これを最初に言ってしまうとこの本の存在意義がなくなってしまうのではないかと思うが、前書きに、『SFアニメは報道でもドキュメンタリーでもなく商業作品としての創作であり、戦争を描くことそれ自体が目的ではない。多くのSFアニメは登場人物たちが織りなす群像劇であり、その中での主人公たちの成長が主題である。いってみれば、戦争は彼らの成長を描く上での舞台装置でしかなく、国際政治学における議論に忠実に戦争を描くことが目的ではないし、そもそもその必要もない。』と本当に身もふたもないことを書いている。
しかし、それでも著者がこの本を書くのは、『SFアニメが広く視聴されるようになり、社会にある程度の影響力を持つようになっている今では、創作だからといって、現実世界の戦争のダイナミクスを完全に無視したかたちで戦争を描いていくことは好ましくないように思われる。・・・アニメを通じて戦争を感じたり、あるいは知ったつもりになる視聴者は少なくないように感じられる。』からだという。
確かにそう思う。僕でも、徴兵されて前線に出たとしても、主人公になぞらえて自分は多分死ぬことはないだろうと思っている。そんなはずはないのであるが・・。

国際政治としての戦争を知るというところまでいかなくても、戦場の臭いや音、そういったものに想像を巡らせるという必要はあるのではないかとこの本を読みながら思うのである。

この本の内容のおそらく三分の一は取り上げられているアニメのあらすじになっている。なんだかムダのようにも思えるが、僕にはありがたかった。すべての回を見たことがあるアニメもあったし、数十年前に観たきりのものあった中、あのアニメのストーリーの本質はそこにあったのかとか、そういえばそんなストーリーだったなと改めて思い出す機会になった。還暦を過ぎてアニメのストーリーなんてどうでもいいじゃないかと思われるかもしれないが、アニメにどっぷり浸かって生きてきた僕にとってはけっこう重要なところでもあるのである。


この本を読みながら、トランプ大統領の動きに思いを巡らせていた。ロシアのウクライナ侵攻とイスラエルのガザ地区への侵攻を終結すべく、いろいろな動きを見せている。ガザではパレスチナの難民を移住させアメリカが統治すると案を打ち出した。ウクライナでもロシアが占領している地域を放棄させて戦争を終わらせようとしているのだというような報道もある。
それぞれ、到底受け入れることができないような解決案だが、この本の著者が言うように、戦争が無くなることはないというのなら、また、今、これらの問題を解決する妙案がないのであれば、無茶苦茶な案を使ってもとりあえず戦争を終わらせ、次の世代にそれを委ねるというのもありうる考えなのではないかと思うこともある。そうすればとりあえず、今死ぬ人はいなくなるということは間違いがない。
これは僕の考えではなく、「銀河英雄伝説」の主人公が言った、『恒久平和なんて人類の歴史上なかった。だから私はそんなもの望みはしない。だが何十年かの平和で豊かな時代は存在できた。吾々が次の世代に何か遺産を託さなくてはならないとするなら、やはり平和が一番だ。そして前の世代から手渡された平和を維持するのは、次の世代の責任だ。それぞれの世代が、後の世代への責任を忘れないでいれば、結果として長期間の平和が保てるだろう。忘れれば先人の資産は食いつぶされ、人類は一から再出発ということになる。要するに私の希望は、たかだかこの先何十年かの平和なんだ。だがそれでも、その十分ノ一の期間の戦乱に勝ること幾万倍だと思う。』という言葉から思ったことだ。そんな短い平和を繋いでいくしかないということなのだが、トランプ大統領もそんなこと考えているとしたら、あながち変人でもないような気がする。(どうもそうでもなさそうだが・・)

たかがアニメ、されどアニメだ。創作とはいえ、現実世界に対して意見する力も持っているのである・・。



水軒沖釣行

2025年02月11日 | 2025釣り
場所:水軒沖
条件:大潮6:25満潮
釣果:ボウズ

今日は大失敗を犯してしまった。正常性バイアスとこっちから誘っておいて断れないという、正直さからなのか決断力のなさからなのか気の弱さからなのか、それらが災いして同行してくれた人たちに無駄足を踏ませてしまった。
無駄足を踏まされたのはNさんとanothreNさんだ。



以前から、アマダイは美味しいので釣りに行きたいと言ってくれていて、僕もいつも乗せてもらってばかりなので一度は僕の船にも乗ってもらいたいと思っていた。(小船にはすでに乗ってもらってはいたのだが・・)
週間予報を見ていると、やっと休日と風の無い日が重なってきたので声をかけておいた。ところが、日が進むにつれて風が強く吹く予報に変わってきた・・。
しかし、せっかく声をかけているし、最終の予報が5メートルならなんとかなるのではないかと思い決行を決断した。



朝の友ヶ島の風速は4メートルだったので大丈夫なはずだった・・。



しかし、海に出てみるとものすごい風と波だ。ひとりならすぐに引き返す(というよりも、港に来た時点でエンジンを回さずに帰る)ところだが、今日はそうもいかない。目的の30メートルラインを目指して出港した。

それでもまだ正常性バイアスは働いていて、スパンカーを立てればなんとかなると思っていた。準備をしていると、Nさんから、「もうだめ・・」という声が聞こえてきた。以前からNさんに聞いていたのが、自分は船酔いをするので陸からしか釣りをしないのだということであった。この人がする話は半分は冗談か謙遜なのであまり信じていなかったけれどもこれは本当だったようだ。船の上でもどすひとを久しぶりに見た・・。
正常性バイアスの裏側にいるもうひとりの冷静な自分は、「今日はアカン日だ・・。」と思っていたのでこれは渡りに船だとすぐに帰りましょうということにした。

今日の大失敗には心当たりがふたつある。ひとつは今日買ったおはぎがいつもと色が違っていたこと。



もうひとつはあまりよろしくない工程で懐に転がり込んできた今日のエサ代に限りなく近い1010円だ。
このふたつの要因が今日に反映されてしまったに違いない。

買っていった2パックのイソメは手つかずのまま海に放つことになってしまった。冷蔵庫に入れておけば次の休日まで生かしておけるかもしれないがそれを奥さんが許すはずがない。それならば、タイで生き物を買って放流することで功徳を積むという放生会という習慣に倣ってそれをやってみて数々の悪行の因果がご破算になればと思うのだが、あのイソメたちはきっと船の下でウロウロしているチヌに喰われてしまったはずなので僕の悪行の呪いは当分続くことになるのかもしれない・・。


「芸人本書く派列伝」読了

2025年02月04日 | 2025読書
杉江松恋 「芸人本書く派列伝」読了

いつも思うのだが、テレビに出ている人たちというのはみんな頭がいい。バカがテレビに出てお金を稼げることはないのだから当たり前のことである。
創造力はもちろん、記憶力、集中力、その他もろもろの力。それに加えて芸人というひとはコミュ力、人間観察力、などなど並外れた力を持っている。もちろん本業の「芸」を分析する力も・・。
そして一度でも、本を書く機会を持てるくらいに売れた芸人でもそれまでには数々の辛酸をなめてきている。厳しい現実を隠して甘い香りと夢を届けているのが芸人なのである。
この本は、そんな経験をしてきた芸人たちが書いた本に対して書かれた著者の批評を集めたものだ。
著者はライター・文芸評論家・書評家という肩書を持っているそうだが、演芸にも造詣が深いそうだ。当たり前だが、書評を書く人の著者に対する知識の豊富さ、内容の分析力はすごい。著作についての評価だけではなく、著者がたどった歴史、相方を含めた人間関係、その他の著作、あらゆる面から書評を展開している。

書評は感想文と違って客観的にしかもこれから読みたい人に対して、「これを読みたい」と思わせてしかもネタバレしてはいけないという、ある意味ゼロから文章を書くよりも難しいことかもしれない。僕は芸人が書く本に興味があるわけではないが、それでも393ページを読めてしまうほど著者の“書く力”の強さに感嘆してしまう。
それでも著者は足りないと思っている。そのジャンルを評論するためには、世間の人を量で圧倒するほどの実地体験があり、それによって培われた見識があることが望ましいという。
それなら、僕のブログはどうなっているんだと思ってしまう・・。

もっと時間があれば取り上げられていた本のいくつかは読んでみたいと思うが、残念ながら通勤電車の中でしか本を読まない現在では優先順位が低い。しかし、「これを読みたい」と思わせてくれるほどよい文章であった。



「歴史とともに楽しむ 日本の美しい色―古代からたどる287の伝統色」読了

2025年01月30日 | 2025読書
魚田昌美 「歴史とともに楽しむ 日本の美しい色―古代からたどる287の伝統色」読了

枕草子を読んでいて、平安時代というのは想像以上に色彩豊かな世界であったと感じた。どんな色かは想像できないが、字面を見ていると当時の人たちの感性の豊かさ、自然を見る感覚の鋭さを感じる。加えて、大河ドラマ「光る君へ」の総集編を観ているとその通りカラフルな世界が再現されていた。当時のものというと古い寺院や仏像しか見ていないからモノトーンの世界を想像してしまうが、それはまったく違うのである。

そんなことを思っていたら、図書館の新刊書の書架こんな本を見つけた。古代の神話の時代から近代までのその時代に流行した色を取り上げ解説している。
時代時代で、その時の政情、誰が本当の権力を握っているかで流行色も変わってゆく。

ここで日本の色と外国の色の大きな違いを書いておく。時代を経てキリスト教の信仰が強くなっていくヨーロッパでは、「色々な色を混ぜるという行為は神の創り出した自然へのぼうとくである」という考えから混色によって新たな色を作り出すことは避けるようになった。そのために必要な色彩を持つ着色原料を見つけ出して利用するということが行われた。ラピスラズリの青やマラカイトの緑などがそれだ。
対して、日本では着色原料の多くが植物染料で種類も限られるため様々な色が混色によって作り出され、混色する材料の比率の塩梅で数えきれないほど多彩な色が作り出された。
ヨーロッパでは二流の色とされる、混色でできた二時色のオレンジや緑、紫などは日本ではむしろ尊重されていたくらいなのである。

ここからは時代ごとにどんな色が流行したか、そしてその理由は何だったのかということを書き残してゆく。

神話の時代の色はシンプルだ。赤と黒と白の世界である。赤の語源は、「明け」「明かし」という言葉であるという。黒はなんとなくわかる。「暗い」「暮れる」という言葉が語源である。
人間の時代になると、色は魔よけとして使われるようになる。辰砂(しんしゃ)、赭(そお)、弁柄(べんがら)などの赤系統の色が流行色となる。

飛鳥・奈良時代は遣唐使がもたらした中国の文化の影響を色濃く受け、華やかな色彩がもてはやされた。冠位十二階というのは有名だが、これも色で階級分けをしているくらいだからやはり色というのは社会の中では重要な意味を持っていた。
緋色(ひいろ)、黄丹(おうに)、纁(そひ)、木蘗色(きはだいろ)、桑染(くわぞめ)、黄土色(おうどいろ)紫、緑青色(ろくしょういろ)、紺色


平安時代は遣唐使が廃止になり、「国風化」が進む。法令集である「延喜式」による規制や身分階級による「禁色」があったものの、許可制によって選べる色の葉には格段にひろがった。これが同時代のヨーロッパに比べてはるかに豊富な色が日本で生まれた要因となった。
顔はもちろん、姿すら見せない平安貴族の女子たちは「歌や文」「香り」「色彩」などで自分のセンスや教養をさりげなく表現した。季節と行事、人柄、品位、年齢などで着る色を区分した「かさねの色目」を使い、季節を先取りした色を着ることや、上品で洗練された配色を組み合わせることはインテリの証でもあった。
「かさねの色目」の分類には諸説あるらしいが、十二単の中間の衣、「五衣(いつつぎぬ)」の部分の色目であったり、着物を作るときに表裏に別の色を組み合わせて作る袷仕立て(あわせじたて)での色の組み合わせのことを指す。この本では五衣の組み合わせを「襲の色目」、袷仕立ての色目の組み合わせを「重ねの色目」という表現で区分けをしている。
「襲の色目」では、「紅梅の匂」「松重」「桜重」「萌黄の匂」「山吹の匂」「二つ色」というような組み合わせがある。
「重ねの色目」では、「梅」「柳」「紅梅」「桃」「躑躅」「山吹」などというような組み合わせがある。当時の絹織物は厚みがなかったので、それそれの色が透けて混色のような効果もあり、さらに色表現の深さを醸し出していたそうだ。

今様色(いまよういろ)、紅梅色(こうばいいろ)、桜色、山吹色、黄櫨染(こうろぜん)、蘇芳(すおう)、萌黄色(もえぎいろ)、薄青(うすあお)、二藍(ふたあい)
この中の「黄櫨染」という色は天皇だけが使用を許された色だ。今生天皇の即位のときにもこの色の束帯をお召しになられていたが、けっこう地味な色だと思いながらもなぜだかやっぱり高貴な色に見えてしまう。

鎌倉・室町・安土桃山時代は、武士の時代だ。戦乱が続く中、精神性を尊ぶ「禅宗の思想」から質実な印象を与える簡素な色が好まれるようになった。
室町時代は舶来思考の北山文化、「わびさび」の東山文化へ続いてゆく。濁色、無彩色(墨の五彩)が好まれる幽玄な世界観が生まれる。
安土桃山時代は覇者の時代である。戦国時代を生き抜いた勝ち組の武士たちは派手で華やかなものを好んだ。「絢」と呼ばれる「金色礼賛」が特徴である。金色を主体に、朱や、緑青、紺青、黒などがそれを引き立てた。
猩々緋(しょうじょうひ)、麹色(こうじいろ)、檜皮色(ひわだいろ)、支子色(くちなしいろ)、鶸色(ひわいろ)、海松色(みるいろ)、虫襖(むしあお)、青褐(あおかち)、檳榔樹黒(びんろうじくろ)

江戸時代、戦国の世が終わり平和な時代が訪れると経済的な主導権を町人が握るようになる。裕福な町人が文化の担い手となり、絵画、工芸、俳句、浄瑠璃、芝居などの元禄文化が生まれる。
幕府は庶民が贅沢やおしゃれをすることを禁ずる奢侈禁止令などの倹約令を何度も出すが、それが逆に江戸庶民の美意識を刺激することになった。地味な色合いに「粋」を求め、わずかな色の違いにしゃれ心をみいだし、「四十八茶百鼠」といわれる淡い色彩が人気を博す。
江戸中期以降は庶民の娯楽として歌舞伎が定着し、人気役者の名前を付けた茶色や鼠色が「役者色」として流行した。アイドルのメンバーカラーの原点はここにあったようだ。
甚三紅(じんざもみ)、樺茶(かばちゃ)銀鼠(ぎんねず)、鬱金色(うこんいろ)、白茶(しらちゃ)、藤紫(ふじむらさき)、岩井茶、舛花色(ますはないろ)、栗梅(くりうめ)

江戸時代に流行した色には京紫(京紫)という色もあるが、今週の新聞には京都の嵐山本線でこのカラーの電車が走り始めたという記事が出ていた。今も歴史的な色が息づいているということだろう。



近代になると、工業化がもたらした合成染料が明るく済んだ色をもたらした。西洋化とその反動の「復古調」を経て、「大正ロマン」「昭和も段」という近代化の風潮が現代に続いている。
桜鼠(さくらねずみ)、新橋色(しんばしいろ)、裏柳(うらやなぎ)、藤紫(ふじむらさき)、海老茶(えびちゃ)、宍色(ししいろ)、薔薇色(ばらいろ)、素鼠(すねずみ)、琥珀色(こはくいろ)

この本に紹介されている色はまだまだあるが、それらすべては現代では光や色の三原色の割合で表現できるらしい。印刷でもモニターでもその分量で混合すると古の色を再現できるそうだ。それはそれで現代の技術のすごさを感じるのであった。
できればそれぞれの色をこのブログにも残しておきたかったが相当な労力になりそうだったのであきらめた。
しかし、それぞれの色はネットで検索するときちんと画面に表示される。だから、色の名前を残しておくだけで大丈夫なのである。すごい時代になったものだ。

水軒沖釣行

2025年01月27日 | 2025釣り
場所:水軒沖
条件:中潮11:18干潮
釣果:アマダイ1匹

最近、いつものスーパー以外にもう一軒スーパーに寄り道して港へ向かっている。ただの縁担ぎだがそのスーパーではおはぎを買っている。ここのおはぎを船の上で食べるとボウズがない。そして今日もそうなったのである。

SNSから流れてくる情報ではアマダイが釣れているらしい。確かに去年の今頃もよく出かけていた。先週のハマチのストックはまだあるので今日はアマダイ狙いだ。
週末の天気は強風ということだったので最初からあきらめていたがたまたま意味なくとった有給休暇の月曜日は雨の予報が少しずつよくなってきた。今の会社は積極的に有給休暇を取らせてくれるのがありがたい。前の会社で教えられたことは、「有給休暇はいざというときのために残しておくものだ。」で、30年以上ほとんどの有給休暇を捨ててきた。これが常識と思っていたがそれはまったくタコツボ的な思考だというのを知るのにこんなに長い年月を必要とした。

朝の予報では洲本でにわか雨ということだったがオーニングのある大きい方の船だとそれも気になるまい。
それでもやっぱり雲が多い朝は午前6時半過ぎでも少し明るい程度でなかなか明るくなって来ない。しかし、ゆっくり出港の準備をしているとまたたく間に明るくなってきた。雲を通しても太陽の偉大さを実感するのである。



ここがアマダイのポイントだと思い込んでいる場所は双子島の沖と紀ノ川河口の沖の2ヶ所だ。今日はお昼に向かって潮が緩んでいくので少しでも川の流れがあるであろう紀ノ川河口方面を目指した。



3本の竿をセットしてしばらく様子を見ていたがアタリはなく、今日の朝ごはん代わりのおはぎをラジオを聞きながら食べているとその時が来た。

 

舳先にセットした置き竿にアタリが出た。割り箸を置いてリールを巻くとまずまずのアマダイが上がってきた。これは間違いなくおはぎ効果なのである。
しかし、すでに2個のおはぎを食べてしまっていたので次は無いかと思ったけれども2匹目はさらに大きなアマダイがヒットした。
1匹目から30分あまり、まったくアタリがないので沖に浮かぶ遊漁船が気になってきた。



やっぱりプロのポイント選定のほうが確度が高いだろうとそちらの方に移動をしようと舳先のリールを巻き始めると魚が乗ってきた。アマダイあるあるだが、仕掛けを回収するタイミングで喰ってくるパターンだ。アマダイはエサが海底から上昇していく動きに相当興味があるようだ。だからタイラバにも喰ってくるのだろう。今日は面倒くさいのでタイラバの道具を持ってこなかったかが次回はきちんと仕掛けを持っていこうと思う。竿を4本となると運ぶのが大変だがここは我慢をしなければならないのだ。

2匹釣れたのでおそらくこの辺りが今日のポイントに違いない。それに、遊漁船は釣れなかったのか、知らない間に視界から消えてしまっていた。流れは沖に向かっているのでもういちど位置をずらして浅い水深のところに移動。今度は真ん中の置き竿にアタリ。これもまずまずの大きさだ。次は舳先の置き竿。これは小さい。5匹目のアタリは真ん中の置き竿。それなりに喰い込ませたつもりだったがすっぽ抜けた。これまでの4匹も鉤を飲み込まず唇にかろうじて掛かっている状態だった。水温が低いからなのか、潮が動かないからなのか、今日はどうも喰い込みが悪い。
最後にやっと手持ちの竿にアタリがあった。これもアマダイあるあるだが、置き竿のほうがよく釣れる。アマダイ釣りは面白いか面白くないかというと、そういう意味ではどちらかというと面白くない釣りの部類に入るかもしれないのでなおさらタイラバを導入したくなるのである。この釣りは動きがある分だけまだ面白みがある。

午前11時前にはまったく潮が動かなくなったのでこれが引き時と今日は終了。

アマダイは美味しい魚でしかも“超”がつくほどの高級魚だ。今日の釣果も市場価格では軽く万円を超えるだろう。しかし一方ではこの魚ほど調理が難しい魚もないと思う。テレビや雑誌に出てくるようなウロコを活かした調理となると至難の業だ。というよりも不可能だ・・。だからいつももったいないことをしていると思っている。そういうこともあるし、今日は午後から3時間の映画を観たいと思っていたので釣った魚はすべて嫁いでもらうことにした。その代わりとして大量の野菜をもらって帰ってきた。野菜は今や高級アマダイよりも高級食材となっている。僕は最近、魚よりも野菜のほうが嬉しいのである。



居眠りをしながら5時間かけて映画を観終わってもフジテレビの記者会見は続いていた。



結局、10時間以上もやっていたそうだが、畢竟、大概の会社はこういう体質なんじゃないかなと思う。兵庫県しかりだが、僕が知っている、自身が勤めていた会社も、コンプライアンス相談をしたら3か月後に縁もゆかりも資本関係もない会社に有無を言わさず出向させられたというのが現実だ。煙たいやつは消したほうが楽だし、ややこしい問題はもみ消したほうがいいと思うのがどの会社の経営者でも持っている本音なのだと思う。おそらく、現在の経営者で60歳以上の人たちが最も嫌いで最も無視してよいと考えている言葉は「コンプライアンス」だろう。人事も、よくこんな島流し先を見つけたもんだと感心してしまうと同時によほど嫌われていたのだろうなと思った。僕はそれ以来、一度も元の会社に出向くことなく退職した。
僕の場合は、捨てられた先のほうが先進的なところで、そこで教えてもらった投資方法で自分の小遣いと釣りの資金と船の修理代を賄えたのだから、コンプライアンス相談ありがとうというところだったが、それは稀に見る幸運だったのかもしれない。
フジテレビはフジテレビだからあんな会社なのではなく、あれがこの国のスタンダードな企業およびその他組織の姿なのだと思う。だからそこは諦めねばならないのである・・。


 「AIにはできない  人工知能研究者が正しく伝える限界と可能性」読了

2025年01月23日 | 2025読書
栗原聡 「AIにはできない  人工知能研究者が正しく伝える限界と可能性」読了

この本は、日本のAI研究の最先端を行っている研究者がAIの過去、現在、未来について語っている。
著者は手塚治虫の「ブラックジャック」の新作をAIを使って作り上げたプロジェクトのメンバーのひとりだそうだ。
本業は慶応大学の教授で専門は人工知能、複雑ネットワーク科学、計算社会科学だと著者紹介で書かれている。ここからすでにわからない・・。


AIの開発の歴史はけっこう古く、1950年代にコンピューターが開発されたときから、その基礎はできていた。現代のコンピューターはノイマン型と呼ばれる形式の構造をしているが、すでにこのコンピューターには「自己再生機械」という構想があり、この、生物だけが持つ機能を持たせることで名前として残っている、フォン・ノイマンは人が持つような知能を備えた機械の実現を夢見ていたようである。
そして、1956年AI(人工知能)という言葉が生まれる。ジョン・マッカーシーという計算機科学者が十数人という少人数による「ダートマス会議」と呼ばれる勉強会で初めてこの言葉が提唱された。
AIが注目されたことは今まで3回あった。「ダートマス会議」の後、「推論問題」「パズル」「迷路」という、人ならではの能力でしか解けない問題を解く技術が生まれた。
この時がAIの第1次ブームであった。ただ、その技術力はあまりにも弱く、実用としてはまったく役に立ちそうもなく次第に注目されなくなった。しかし、このときすでに、ディープラーニングという、現代のAI技術の基礎になっているニューラルネットワークの技術も考案されていた。
次のブームは1980年頃、人が持つ専門的な知識を教え込み、その分野の専門家でなければ解けない難問をコンピューターで解決させる「エキスパートシステム」という発想が生まれた。しかし、ここで、教え込む知識の「質と量」の壁にぶち当たる。それは、専門知識に加えて常識も教え込まなければ正しい答えが導き出せないというのである。
そしてその常識の量が膨大過ぎて当時のコンピューターのスペックをはるかに超えていた。ここでも実用に耐えられるような能力を確保することができないとわかりブームは下火になってゆく。
そして、2010年頃から、第3次のブームが訪れる。2011年、人工知能分野の音声認識に関する著名な国際会議でおこなわれる音声認識の性能を競う競技会で、「ニューラルネットワーク型の音声認識プログラム」が2位に大きな差をつけて優勝したことに始まる。
この手法こそがディープラーニングであり、初めて著名な舞台に登場した瞬間であった。
このブームは現在まで続いているのだが、その到達点のひとつがOpenAI が創り出したChatGPTであったのだ。その大きな特徴は、学術分野で生まれたのではなく、産業側から生まれたことであった。
ここで、ディープラーニングとは何かということを少しだけ説明しておくと、AIが学ぶのは情報だけではない。それよりも、単語のつながりを学ぶということが重要だそうだ。
この技術をTransformerというが、ひとつひとつの単語(データ)が、その単語の前後に位置する膨大な数の単語とどれくらい関係しているかの度合いを学習しているのだという。文章を作るには文法がわかれば作れると思うが、どうもそうではないらしい。それよりもひたすら単語と単語のつながり方を学習するほうがよい。ただ、そのためには膨大なデータを取り扱える手法が必要であった。それがTransformerであった。

ただ、AIの未来はこんなものではないと著者は考えている。著者が想像するAIの未来は自律型のAIと人間の共存である。“自律型”とは目標を与えるだけでそのためには何をするのが最適かということをAI自身が考えて行動するということだが、AIが人間に奉仕する存在であるということを前提にすると、それは、“おもてなし”の行動ができる能力を備えているというのが未来のAIの姿だと著者は考えている。
著者はさらに、AIのゆりかごの中で生きてゆくのが人間にとって最善の生き方であると語る。この頃のAIはすでにAIを超えて、ASI(Artificial Super Intelligence:超人工知能)まで進化し、すでに人間が理解できるレベルを超えていて人間が生み出すデータで学習するAIの延長線には存在しないものとなる。当然人間の知能をはるかに超越している。いってみれば神のような存在だ。それは政治、経済、資源管理、インフラ、すべてを最適に配分してくれる。
こういう発想が生まれるというのはAIの未来を信じて研究している科学者だからこそだろうが、例えば、その目標設定が、「地球を人が住むために最適な環境にせよ。」とされたとき、そのためには人間自身がこの地球上から抹殺されなければならないとAIが考えてしまわないかと僕は考えてしまう。

その前に、AIのゆりかごとはどんなものなのだろうかと想像してしまう。身の回りのことはAIロボットがすべてやってくれて、人間はボ~っとしているだけの生活を続けるのか、もしくは、AIが示した選択肢の範囲のみでしか生きられないのか、どちらにしてもあまり面白くはなさそうである・・。

現代のAIはまだ“おもてなし”には程遠い性能だ。著者が、“壁打ち”と表現しているが、利用者が求める答えを得るために、何度もAIとやり取りをしなければならない。そのためには当然ながらAIをあやつる専門知識が必要になってくる。

すでにAIは一般企業でも活用されているそうだが、一体どんな使い方がされているのかというのが想像がつかない。自分がかつて在籍した会社を思い出してもどんな場面でどんな答えをAIから引き出せたのかがわからない。しかし、今日の新聞には孫正義のグループがアメリカに対してAI開発に78兆円も投資をするのだと記事が出ていた。



日本株もアメリカ株も価格けん引しているのはAI関連だ。投資の世界ではすでにAIが主役に躍り出ている。
好むと好まざるとにかかわらず、AIと関わらずには生きていけない世の中になってしまってきたようである・・。

最後に直前に読んだ本の追加を書いておく。
同じく今日の新聞に「転んでもいい主義のあゆみ  日本のプラグマティズム入門」に登場していた哲学者の、鶴見俊輔の名前が出ていた。このコラムを読んでみると、プラグマティズムとは何かということの一端が見えるような気がする。もう少し色々な本を読んでみようという気になってきた。