写真①:会場入り口に立てられた「講座むなかた! ムナカタ! 宗像!Ⅱ」の看板
=宗像市赤間の福岡教育大学教育実践センター1階・大Ⅰ教室で、2011年9月10日撮影
世界遺産の暫定リストに記載された「宗像・沖ノ島と関連遺産群」や江戸時代の宗像などについて、市民に無料で講義する福岡教育大学公開講座「講座むなかた! ムナカタ! 宗像!Ⅱ」が、9月10日午後1時半から宗像市赤間の同大教育実践センター1階・大Ⅰ教室で開かれましたので、受講してきました。
約300人の受講者で、会場は満席の盛況。宗像市出身の花田勝広氏(滋賀県野洲市教委文化財保護課)が「宮地嶽古墳と胸形君」の演題で、続いて板坂耀子・福教大名誉教授(国文学)が「江戸時代の紀行と宗像」と題して講義されました。
このうち、板坂名誉教授は江戸時代の九州の紀行文は約百点あると指摘。広島の若い武士・林英存(はやし・ひであり)が江戸後期の文化元年(1804年)に著した紀行文『筑紫道草』で、津屋崎を訪ねた印象について〈浜辺にて漁家多し。波折宮と云、小祠有(しょうしあり)。社前の献厨家(にうりや)にて中喰(ちゅうじき)せり。魚肉鮮美にて(後略)〉と津屋崎の魚が新鮮で美味だったと記述していることを紹介されました、
また、林は〈沖近く一つの小嶋見ゆるは、アイの嶋とて、韓客渡来の海駅と云〉と書いているとし、福岡藩が朝鮮李王朝から日本の信頼を深めるために国書(信書)を持って来日した「朝鮮通信使」を相島(福岡県新宮町)で接待していたことが旅行者にも知られていたとが分ると解説されました。