吉村青春ブログ『津屋崎センゲン』

“A Quaint Town(古風な趣のある町)・ Tsuyazaki-sengen”の良かとこ情報を発信します。

〈催事〉0151:あす「金刀比毘神社」放生会

2011-09-08 14:29:51 | 行楽催事

 

 

写真:「金刀比毘神社」放生会のポスター 

          =福津市津屋崎天神町で、2011年9月8日午前10時35分撮影 

      

筑紫路で一番早い放生会
あす大名行列、〈津屋崎千軒〉練り歩く
福津市在自の金刀比羅神社秋季大祭

 五穀豊穣と豊漁を祈願する福津市津屋崎在自・「金刀比羅(こんぴら)神社」の秋季大祭(津屋崎放生会)=写真=が9日、開催されます。筑紫路で一番早い放生会(秋祭り)です。

 午後3時、〈お下り〉の御神幸行列がご神体を乗せた神輿を引いて金刀比羅神社をスタート。黄金の稲穂が揺れる田んぼ道2キロを練り歩き、天神町の「御旅所」(御仮屋)に同4時到着。御旅所での御神幸大祭の神事のあと、同5時には神社へ戻る〈お上り〉行列が繰り出し、福津市津屋崎3丁目の市まちおこしセンター「津屋崎千軒なごみ」のイベント広場では、今年も氏子たちが扮した福岡藩の大名行列と獅子舞を披露します。津屋崎千軒なごみ」で、御神幸出発後に郷土料理「ところてん」が先着2百名に振る舞われます。

 今年も、津屋崎地域郷づくり推進協議会活性化部会が、氏子たちとの交流を図ろうと、8日から12日までの予定で、「津屋崎千軒なごみ」で「金刀比羅神社今昔展・絵馬展」=写真②=を開幕(入場無料)。江戸時代の幡幕=写真③=や江戸後期に遭難して助かった津屋崎浦の船子が神の御加護に感謝して奉納した「難船図」絵馬など同神社の奉納絵馬の写真が展示されています。

 

 

写真:展示された御神幸行列で使われる毛槍や獅子頭、衣装類
     =「津屋崎千軒なごみ」で、8日午前10時55分撮影

江戸末期の安政年間に式場などに張られたという幔幕数点も、展示されています。

 

  

写真③:江戸末期の安政年間に張られたという幔幕

     =「津屋崎千軒なごみ」で、8日午前10時55分撮影

 

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2011年9月8日/〈大阪・町歩き〉009・「守口宿」

2011-09-08 01:34:55 | 大阪・町歩き

 

 

 

写真①:「歴史の道東海道 江戸←→守口宿←→大阪」の案内表示 

    =大阪府守口市河原町10の「守口ロイヤルパインズホテル」で、2011年8月20日午前9時15分撮影 

 

〈大阪・町歩きスポット〉 9 

 

:「守口宿」

 

 8月19日は、大阪府枚方市から京阪電車に乗って守口市駅で降り、同駅前の同市河原町にある「守口ロイヤルパインズホテル」に宿泊。翌20日朝、ホテルを出る際、玄関口に「2005東海道シンポジウム大阪守口宿大会実行委員会」が設置した「歴史の道東海道 江戸←→守口宿←→大阪」の案内表示=写真①=があるのに気付きました。「東海道」の各宿場の歴史愛好仲間が年に一回集まり、この歴史の道を介して知恵や情報を共有してまちづくりにつなげていこうと場所を変えて催されている「東海道シンポジウム」の開催記念のようです。

 

案内表示には「ここは東海道57次 57番目の『守口宿』歴史の地です」の見出しも付いています。東海道は53次と思っていましたが、昔は京都の3条大橋よりつなげて、伏見、淀、枚方、守口、大阪の京橋までを「京街道」、後に江戸幕府が「東海道」に加えて57次と公称したといわれており、「守口宿」は57番目の宿というわけです。

 

「守口ロイヤルパインズホテル」=写真②=に、こんな歴史の案内表示があるとは、思ってもみませんでした。19日、隣の宿駅・「枚方宿」の「鍵屋資料館」を観覧したご縁でしょうか。

 

写真②:「守口ロイヤルパインズホテル」

 「歴史の道東海道 江戸←→守口宿←→大阪」の案内表示のそばには、「東海道57次 宿場町イラストマップ」=写真③=も掲示されていました。この「京街道」は、豊臣秀吉が淀川左岸に築いた堤防・「文禄堤」上の道を「東海道」の延長部として整備し、伏見・淀・枚方・守口の4宿を置いています。「守口ロイヤルパインズホテル」近くには、「文禄堤跡」も残っており、今度機会があれば訪ねたいものです。

 

写真③:東海道57次 宿場町イラストマップ」

=「守口ロイヤルパインズホテル」で、8月20日撮影 

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