とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

「トムラウシ山遭難事故調査報告書」を読んで

2010-08-04 21:47:14 | 山登り
昨年の夏、北海道のトムラウシ山において、日本の登山史上未曽有の大量遭難が起きた。死因は低体温症であったというが、当初夏山でこのような遭難事故が起きることはとても考えられなかった。この遭難事故は、登山を愛する者としては、真に痛ましい限りである。この遭難事故を教訓として、状況や原因を知り、対策をしっかり学んでおく必要があると思った。最近、「トムラウシ山遭難事故調査報告書」がトムラウシ山遭難事故調査特別委員会よりインターネットで公開されていることを知り早速読んでみた。

報告書は91ページにまとめられ、遭難事故パーティ行動概要や遭難事故後の現地調査レポート、遭難事故要因の抽出と考察、今後のガイド、旅行業界および登山界に対する提言、低体温症(Hypothermia)について等の事項が詳細に述べられていた。特にパーティの行動概要を読むと、遭難に至った経緯が良くわかる。まさに成るべくして成った遭難だった。充分な経験をつんでないガイドたち、年齢が高く体力が充分ない参加者たち、強風と雨という悪天候、余裕のないコース設定等、悪条件が重なった大量遭難事故であったのだ。

この遭難では「低体温症」という言葉が大きなキーワードになる。夏山でも、気象や状況次第で「低体温症」になるということを知った。低温、強風、濡れといった悪条件下で激しい運動を続けたことによって、低体温症をより起こしやすくした可能性が高いというだ。

報告書では、低体温症について下記の特徴が挙げられている。

①強風雨下での長い待機が低体温症を発症した。
②強風下の低体温症は加速度的に体温が下がった。
③低体温症は発症から2時間で死に至ることがある。
④低体温症の症状は必ずしも同一に進行しない。
⑤脳機能障害が早期にきて判断力がなくなる。
⑥体温下降がなんらかの理由で止まると、いわゆる「仮死状態」になる。
⑦病態として、代謝性アシドーシス、肝機能異常、白血球増多、CK、CRPが高値になったのは、運動性と低体温による生体への負荷のためと思われる。
⑧強風下での登山行動は骨格筋に大きなダメージを与える。
⑨山中での体温回復可能な温度は34℃が限界。
⑩夏山の強風雨下での登山行動は、体力の消耗、低体温症の危険性などを考えれば、中止またはビバークが最適である。

今回の場合の対策としては、体力を消耗する前にビバークするか、避難小屋に戻るべきだった、ということになる。だが、それが出来なかったというのはガイドの判断ミスといえるだろうが、ツアー参加者たちもガイド任せで自分たちのおかれた状況を判断できなかったのかもしれない。

また、報告書では、この登山の開始以前の問題として、体力的にハードなトムラウシ登山(荷物が重い、1日の行動時間が長い、3日間を要する)に対して、余裕を持って対応するだけの体力の不足、食糧の準備不足、悪条件下での登山に対する知識や経験の不足(持っていた衣類を着ていない、エネルギーを補給していない)などが考えられるという。このようなツアー登山に安易に参加するのも問題なのかもしれない。登山は、やはり観光旅行とは違う。生命の危険とは常に隣り合わせである。ツアーとはいえ、事前に個人で行くつもりでコースや日程をシュミレーションしておいたのかどうかも気になる。

他に医学的なデータの考察があったが、興味深い話があった。生還者のうち3名については、病院に収容された際の血液検査データが残されている。その中で、クレアチンキナーゼ(CK)という筋肉が壊れた時に値が高くなる指標が、約7000~13000U/lという値を示しているそうだ。これは基準値(30~270U/l)と比べると異常とも言えるほど高い値であるそうだ。このようなデータから、遭難パーティがきわめて激しい運動を強いられたことがわかるのだが、他のスポーツのデータが脚注にあった。それによると、72kmの山岳耐久レースで2100U/l、42kmのフルマラソンで1500U/l、100kmのウルトラマラソンで8900U/lといった値が報告されているそうだ。余談だが、これを見ると、100kmマラソンは筋肉には相当過酷なスポーツだなあと思った。

私は、まだ北海道の山には登ったことがないが、今回の報告書を読んで本州の山と同じように考えてはいけない事が良くわかった。2000m級の大雪山の稜線付近の気象状況は、3000m級の北アルプスの稜線付近の気象状況に匹敵するものであり、夏山といえども氷点下近くの低温下、風速20m/sec近くの強風下に曝されることがあり、登山に際して十分考慮しなければならないということである。いずれこの山域に入ることになるだろうが、今回の事故の教訓をしっかり活かして行くようにしたいと思う。

トムラウシ山遭難事故調査報告書
http://www.jfmga.com/pdf/tomuraushiyamareport.pdf