とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2022山本山~賤ヶ岳縦走

2022-04-19 18:18:26 | 山登り
ウッディパル余呉に宿泊した翌日、車で余呉駅まで向かう。この日は、前日余呉湖を数周走ったランナーたちの一部が参加し、総勢18人の大パーティで山を登ることになった。

余呉駅からは、ウッディパル余呉のマイクロバスで山本山の登山口まで送って貰う。スタートは、山本山の登山口がある朝日山神社からだ。


山本山は、朝日山ともいい、神社の名前はそこから付いているようだ。かなり歴史のある神社らしく、この辺りは、近江高天原の一説があるそうだ。


神社の脇にある登山口から山本山に登り始める。


天孫御降臨御聖域という石柱があり、こんな所にも天孫降臨伝説があったとは思いもよらなかった。霧島の高千穂峰がよく知られているが、やはり各地にそんな伝説が伝わっているのだろう。


しばらくすると常楽寺の参道に入り、個性的な表情の石仏群に出迎えられる。


30分ほどで、山本山城址に到着する。ここから眺める琵琶湖と竹生島はまさに絶景だ。


山本山山頂324.4mの三角点に到着。


山本山城は、今から約800年前、近江源氏の山本義経が居城したと伝わるそうだ。本丸、二の丸、三の丸、馬の蹴り跡等が残っており、本丸の土塁は高さ2メートルを超えるという。


山本山から1時間ほど歩いてきた。開けた場所から後方を振り返ると、お椀を伏せたような形の山本山がくっきり見える。


さらに緩やかな稜線が続く。西野山320mを通過。


丸山360.4mを通過。この稜線沿いには数多くの古墳群が点在している。こんもりと高くなっているのはすべて古墳だと考えてよいようだ。


登山道を下っていくと、前方に大きな山塊が見えてきた。最後のピークとなる賤ヶ岳だ。


竹生島が最初よりずいぶん遠くに見えるようになった。


琵琶湖の北端が見える場所まで歩いてきた。


再び登り返すと、合戦で有名な賤ヶ岳山頂は間近だ。


もう一度振り返ると、ずっと歩いてきた稜線が手に取るようによく分かる。山本山や琵琶湖の位置関係がよく分かる。


東側を見ると、小谷城のあった小谷山、そしてその奥には百名山の伊吹山も見える。


賤ヶ岳山頂421mで記念撮影。余呉湖をバックに最高のロケーションだ。


余呉湖の湖面は、まったく揺るがず鏡のように穏やかだ。前日の天気が嘘のように、素晴らしい天気となった.


賤ヶ岳は、1583年(天正11年)、羽柴秀吉と柴田勝家が覇権を争った「賤ヶ岳の戦い」の戦場跡で、山頂付近には戦跡碑、戦没者の碑がある。


賤ヶ岳からは余呉湖の東岸の稜線を歩いていく。この辺りも賤ケ岳の合戦に絡んだ史跡が数多くある。柴田勝家側の武将左久間盛政に奇襲をかけられ、討ち死にした中川清秀の遺体は、土民達により谷に降ろされ、そのときこの池で首を洗ったといわれる。


大岩山砦跡には、羽柴秀吉側の武将である中川清秀の墓があり、地元では毎年法要が行われているそうだ。




ゴールまであと僅か。鐘を突いて無事下山の礼を念じる。


鳥居をくぐれば、すぐに車道だ。


歩道を歩くと余呉駅が見えてくる。


余呉川沿いの桜はもう散ってしまっていたが、菜の花はまだきれいに咲いている。


14:14。余呉駅に到着する。山本山~賤ヶ岳縦走コースを無事踏破。気持ちのよい縦走路だった。


参考1.山本山~賤ヶ岳の高低図&コースタイム


参考2.山本山~賤ヶ岳のコースマップ

2022岩籠山(いわごもりやま)

2022-04-18 23:03:03 | 山登り
滋賀のNさんのお誘いで、琵琶湖周辺の山巡りに1泊2日で行ってきた。1日目は、隣県の福井県にある岩籠山だ。野坂岳、西方ヶ岳とともに敦賀三山に数えられる山のひとつで、敦賀の山々では、沢の多い山だという。

まずは、集合場所となる北陸本線の新疋田駅まで向かう。早朝、家を出たときは晴れ間も有り、台風の影響も収まり好天になってくるものと期待していたのだが、福井県内に入ると、みるみるうちに気温が下がり、雨も降り出し、太平洋岸の天気とはまったく違う様相になっていた。新疋田駅には8時半ころには到着し、登山の支度をするが、気温が10℃以下となりあまりの寒さに身震いする。

当初は、沢沿いに登山道が続く市橋ルートから行く予定だったのだが、前日この辺りでは大雨が降ったらしく、沢が増水して歩けないだろうと言うことで、森の中を歩く駄口ルートから登ることにして駄口の登山口まで移動する。広い駐車場には、思ったよりたくさんの車が駐車しており、我々もカッパを着込んで出発する。


雨は小降りになっていたが、寒いことには変わりないので、カッパが防寒具代わりだ。国道を渡り登山口に向かう。


序盤から急登が続く。


雨は止んできて、見通しがよくなってきた。


周辺の山の谷筋には雪渓が残っているのが見える。


木々に間に、タムシバの白い花が見られるようになってきた。雪解けが終わるころ山ではよく見られるコブシに似た花だ。


駄口コースの登山道脇にも雪渓が残っている。


ブナ林を抜けると、笹原の中に入っていく。


山頂手前に広がるクマザサの平原は「インディアン平原」と呼ばれ、なだらかに起伏する草原にいくつもの花崗岩の巨石が点在する奇景が目に飛び込んできた。


山頂の東側にも奇岩が点在するピークが見られる。


まずは、岩籠山山頂765.2mに登頂する。風は相変わらず強いので、山頂写真だけ撮って、風があまり当たらない東側のピークに向かう。


途中にあった巨岩は、まるで水木しげるの描いた妖怪「百目」みたいだ。


しかし、90°回って横から見ると「イルカ」にも見える。


さらにその先に見えた巨岩の塊は、鯨の親子にも見える。


これは「カエル」だろうか。


東側のピークの岩陰で昼食を済ませ、下山を開始する。


ブナ林の間に見える白いものは、残雪だ。


さらに下ると、タムシバの白い花びらもあちらこちらに見える。


13:30。駄口登山口に戻ってきた。


駐車場にあった岩籠山の登山ルートマップ。


岩籠山から早い時間に下山できたので、琵琶湖岸にある西野水道(にしのずいどう)に寄っていく。西野水道は、西野の西山という山の麓に、琵琶湖へ向かって貫かれている高さ約2m、幅約1.5m、長さ約250mの排水用の岩穴だ。昨年も見学したのだが、初めての人もいたので、2度目のトンネル探検となった。


西野水道を掘削した人たちを称えるモニュメント。


そして、西野水道歌まで作られている。


西野水道掘削の歴史を読む仲間たち。


そして、トンネル探検が始まる。西野水道は、今から170年前、たびたび洪水に見舞われていた西野地区を、洪水から守るために、充満寺の第11世・恵荘上人の発起により行われた土木事業である。能登、伊勢から石工を招き、実に6年の歳月と1275両をかけてノミだけで掘り抜かれた手堀りの岩穴だ。


西野水道は人ひとりが通れるぐらいの穴の大きさで、足元も水でゆるくなっているので、ヘルメット、長靴、ヘッドランプ等の装備を整えて入り、10分ほどで通り抜けた。


通り抜けた先には、雄大な琵琶湖が目の前に広がっていた。


帰りは、隣の新しいトンネルを通り、入り口側に戻る。


西野水道を出ると、佃煮の魚友商店と清酒「七本槍」で有名な富田酒造に立ち寄ってから、この日の宿泊先となるウッディパル余呉に泊まる。

参考1.岩籠山の高低図&コースタイム


参考2.岩籠山のコースマップ

2022第40回天竜歩け歩こう大会

2022-04-11 22:20:58 | ウォーキング
昨日は、天竜区横山町スタートの第40回天竜歩け歩こう大会に参加してきた。初夏のような温かい日差しの中、天竜川沿いの山の中を歩き、ちょっとした森林浴になった。

スタート会場となる横山小学校の枝垂れ桜が見事だ。


早速、小学校の校庭の入り口で受付をする。


校庭には、早くも鯉のぼりが30旒ほども吊り下げられていた。風がないので、泳いではいない。


9時にスタート。廃校となった竜川中学校の横を通り過ぎる。


すぐ先にある宝珠院のツツジが満開だ。


50分ほどで、秋葉橋に到着する。この橋は、天竜川にかかる吊り橋で最も長い吊り橋だ。


竹林を抜け、反対側の岸に向かう。


真ん中くらいまで来ると、結構揺れているのがわかる。


下の流れは、天竜川だ。


奥の方に見える赤い橋は、雲名橋。車も通り、天竜スーパー林道に続く橋だ。


秋葉橋からしばらく歩くと、気田川の畔にある小川の里オートキャンプ場だ。


小川の里オートキャンプ場でしばらく休憩する。


オートキャンプができるキャンプ場で、数組がテントを張っていた。


売店では、バーベキュー用品などのレンタルもしているようだ。


休憩が終わり、小川の里オートキャンプ場を出て、少し来た道を戻る。気田川を望む場所には、3つの椅子が置いてあり、ここからなら川を見ながらのんびりするのも良さそうだ。


直ぐに、気田川橋を渡る。こちらも吊り橋だが、車も通行できる。大勢が通るので揺れているのがわかる。


車と共に、気田川橋を渡り切る。


早くもシャクナゲが咲いている。


民家の壁には、懐かしい昔のホーロー看板が何種類も飾ってある。


スタート時に見た宝珠院のツツジが反対岸に見えてきた。ゴールは近い。


駐車場になっている竜川中学校の校庭にゴール。


歩行距離8.8キロ。歩行時間2:25のウォーキングだった。ちょうどお昼近くになり、近くの古民家カフェでは、ダムカレーを食べて半日のウォーキングを楽しんだ。

参考1.高低図&コースタイム


参考2.コースマップ

2022京都トレイル第2回京北コース:2日目

2022-04-06 18:37:46 | 京都トレイル
あうる京北を出発する。


当初は、朝から雨の予報だったが、意外と天気がよく、しばらくは持ちそうだった。


京都トレイルのコースに向かう。


京都トレイルの標柱を見つけ、ここから前日の続きを開始だ。


しばらくは川沿いの道を行く。


水面を見ると、まったく揺らいでいない。鏡のように景色が写っていて、流れが止まっているかのようだ。


さらに川沿いに進む。


やっと桜が咲き出した木を見つけた。


その後は、次第に山道となり、周山城址(明智光秀の居城址)のある城山まで一気に登る。


昨年は、京北周山町からこの周山城址まで登ったのだが、今回は反対側のルートから登り、一つのルートに繋がった。


周山城址からは元来た道を引き返す。帰りは、迂回した黒尾山山頂509mに登る。


黒尾山は、周囲が木々で覆われ展望は無い。


黒尾山の下りは、かなりの急坂だ。滑らないよう気をつけながら下る。


下谷林道を歩いていると、植林した苗木にカバーが被されていた。遠くから見たとき、まるで墓石が林立しているように見えてギョッとした。


魚ヶ渕に近づいたころ、お昼になったので、川原の上でランチ休憩だ。


それほど寒くも無く、きれいな川の流れを見ながらのランチはいいものだ。


しばらく行ったところにあった枝垂れ桜はかなり蕾が膨らんできていた。数日も経てば、見頃になりそうだ。


魚ヶ渕の吊り橋に着いた。ここの桜は、まだまだだ。


少人数で吊り橋を渡る。結構揺れるがそれほど怖くは無い。


先頭に続いて後続のメンバーも吊り橋を渡り始める。後方の桜が咲いていれば絵になるのだが‥。


吊り橋を渡りきったところには、すでに桜が咲いていた。


山道が終わり、京北細野町に入ると遂に雨が降り出した。ゴールまであと僅かだが、慌てて雨具を出す。


元細野小学校前の京北コースの起点・終点ポイントに到着する。これで、京都一周トレイルの全コース(東山、北山東部、北山西部、西山、京北)をすべて完踏だ。


起点・終点ポイントから5分ほどで、JRバス細野口のバス停だ。数分後にバスが来て、ちょうどいいタイミングで京都駅まで帰ることができた。


参考1.2日目の高低図&コースタイム


参考2.2日目のコースマップ

2022京都トレイル第2回京北コース:1日目

2022-04-05 17:53:02 | 京都トレイル
昨年に引き続いて、京都トレイルの西北コースの続きを歩いてきた。1日目は、京都駅から周山までJRバスで移動し、周山からは京北ふるさとバスで、山国御陵前で下車。山陵橋から常照皇寺に向かって歩き出す。


常照皇寺の入り口には桜の木があったが、まだ蕾も膨らんできていない。


由緒ありそうな山門に向かって石段を進む。


山門の前で記念撮影。


杉の木がやたらと赤い。何なんだろうと、近くにいた職人に聞いてみると、お寺の屋根に葺くために皮をむいたあとが赤くなっているという。


苔むした石段が歴史を感じさせてくれる。


拝観料を払って、境内に入ると、国の天然記念物「九重桜」があった。残炎ながら、この桜もまだまだだ。


御所より枝分けした「左近の桜」などの名木もあるが、4月中旬ごろが見頃だという。この辺りは京都でも標高が高く北の方なので、平地よりは桜の開花が遅いようだ。


本堂の中に入り、庭を見ていく。常照皇寺は臨済宗天龍寺派の禅寺。北朝初代の光厳天皇が開き、南北朝の動乱という歴史の渦に巻き込まれ、ここに隠棲した。また天皇は周辺の自然を庭に見立て、寺の裏山を猿帰嶂、滝を白玉泉、山全体を万樹林と名付け、周囲の十勝を選ばれたという言い伝えがあり、今もこの景観をほとんど楽しむことができる。


広間には大きな玉座があり、天皇が座ったのだろうか。


一通り、寺の拝観を終え、山門前の石段でもう一度記念撮影。


常照皇寺を出ると、京北コースの続きが始まり、井戸峠を越える。


山道が終わると、しばらく舗装道路を歩く。


道路の脇の田畑の境界には、害獣よけの柵が張り巡らされている。


熊野神社御旅所の前を通る。御旅所とは、神社の祭礼で、祭神が巡幸するとき、仮に神輿(みこし)を鎮座しておく場所。


民家の庭で見つけた巨大な足の指。


廃校になった学校の庭にある大きなご神木。


水車の前を通る。


石積みの橋を渡る。


橋の先にある広い敷地は山中城跡だ。平安時代末期の平地に築かれた楕円形の珍しい城だったという。


広い通りにあるパン屋さんで、翌日の昼食用にパンを購入する。


京北病院の横から小高い丘に登ると、この日の宿となる“あうる京北(京都府立ゼミナールハウス)”の入り口が見えてきた。


あうる京北が1日目のゴールだ。歩行距離7.8キロ、歩行時間3時間の短いウォークだった。


この日の宿泊者は、小学生の団体と我々の2団体だけだった。食堂で夕食を済ます。


翌日は、天気が悪くなる予報のため、何とかカッパを着ないですむことを祈りながら眠りについた。

参考1.1日目の高低図&コースタイム


参考2.1日目のコースマップ


「2022京都トレイル第2回京北コース:2日目」に続く。