とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2016年の山を振り返る

2016-12-31 18:31:19 | 山登り
今年は、3月を除いてほぼ毎月山に行っていた。特に、7月~9月は百名山を中心にかなり登ることができた。やはり北海道の山は印象深い山が多い。大雪山の雄大な景色や広大なお花畑、トムラウシ山の雪渓、十勝岳の荒々しい溶岩流の跡等スケールの大きさは半端じゃない。また、東北の出羽三山や鳥海山も好天に恵まれ、海外など行かなくても日本にはこんな素晴らしいところが数え切れない程あるということを思い知らされた。百名山は97座となり2017年ですべて達成できそうになってきた。また、静岡県の沼津アルプスと奥沼津アルプスを一気に縦走したが、本場のアルプス以上に険しいルートにビックリする。その他、白馬から雪倉岳、朝日岳はお花畑が連続する楽園のようなルート、岩場の連続する穂高連峰縦走ルート等、思い出に残る山は数多くある。

1.1月 清八山1593m、本社ヶ丸1631m(山梨県)
 秀麗富嶽十二景の12番山頂にあたる二つの山を踏破。 どちらも富士山の展望が素晴らしい。本社ヶ丸山頂で新年を祝してシャンパンで乾杯。
2.1月 丹沢:塔ノ岳1491m、鍋割山1273m(神奈川県)
 雪山が気軽に楽しめる丹沢山系の山に行く。塔ノ岳からは相模湾の展望が素晴らしい。鍋割山の山荘では、名物の鍋焼きうどんを食べる。
3.2月 九鬼山970m、馬立山797n、御前山720m(山梨県)
 九鬼山は、秀麗富嶽十二景の10番山頂にあたる。日だまりの広場で昼としたが、豊富な具材の鍋料理が美味しかった。
4.4月 沼津・奥沼津アルプス:茶臼山128m、大嵐山191m、大平山356m、鷲頭山392m、小鷲頭山330m、志下山214m、徳倉山255m、横山183m、香貫山193m(静岡県)
 前から温めていた奥沼津アルプスから沼津アルプスの全山縦走を企画。出だしは雨に見舞われたため道がぬかるみ何度も滑りそうになる。傾斜も急なところが多く超ハードな山行になったが、全山縦走できた事ですごい充実感を得ることができた。
5.5月 比叡山:大比叡838m(京都府)
世界文化遺産登録の比叡山に登る。ケーブルなどを利用すれば簡単に行ける山だが、延暦寺だけでなく、登山として最高峰の大比叡に登ったあと、延暦寺の境内を抜け京都大原三千院までの山道を歩く。参加者は、現地集合の3人を入れて全部で12人となり、賑やかなパーティになった。
6.5月 大杉谷(三重県)
 日本三大峡谷の一つである大杉谷を歩く。以前秋に行ったことがあったが、今回は新緑の大杉谷を楽しむ。土砂崩れで行くことができなかった堂倉滝にも行けて、美しい渓谷と多くの名瀑を楽しむことができた。
7.6月 伊吹山1377m(滋賀県)
 花の百名山としても知られる伊吹山。女性6人とともに高山植物を鑑賞しながら山頂を往復する。平日ながら多くの登山者がいた。
8.6月 燧ヶ岳2356m(島県)
 尾瀬は何度行ってもいいところだ。水芭蕉の時期を狙って東北最高峰の燧ヶ岳に登る。残念ながら水芭蕉は終わりに近く大群落には出会えなかった。それでも、尾瀬沼のほとりで朝靄の向こうに見える燧ヶ岳が幻想的で素晴らしかった。
9.6月 氷ノ山1510m(兵庫県)
 こおりの山と書いて”ひょうのせん”と読む。小説「孤高の人」で有名な加藤文太郎が愛した山である。神戸や大阪のメンバーも集まり総勢8人で登る。遠出をしたので、兵庫県の観光地巡りとして竹田城や玄武洞、城崎温泉等にも寄る。
10.7月 仙丈ヶ岳3033m(山梨県)
 南アルプスの女王と知られる仙丈ヶ岳。山頂からは、南アルプスの貴公子とも言える甲斐駒ケ岳を始め、標高日本一、二、三の富士山、北岳、間ノ岳が並んで見えるというのがすごい。
11.7月 大雪山:旭岳2291m(北海道)
 北海道遠征の初日は、旭岳ロープウェイを使って旭岳山頂まで歩く。広大なお花畑や今も噴煙を上げる火口等、北海道の屋根の広さに圧倒された。
12.7月 十勝岳2077m(北海道)
 十勝岳は、地球とは思えないような荒涼とした砂礫の原が広がっている。溶岩流の跡もいたるところに有り火山の山というのがよくわかった。
13.7月 トムラウシ山2141m(北海道)
 短縮コースから登ったが、それでも往復12時間もかかった。日帰りで登った山としては、一番キツイといえるが、めまぐるしく変化する景色に疲れを忘れさせてくれた。
14.7月 小蓮華山2766m、白馬岳2932m、雪倉岳2611m、朝日岳2418m(長野、富山、新潟県)
 蓮華温泉からぐるっと周回するコース。白馬岳までは登山者も多いが、雪倉岳まで行く人は少ない。高山植物の群落がどこまでも続く楽園のようなコースだ。朝日小屋は女性オーナーが経営する山小屋で、ワインや富山特産品で揃えた夕食は山小屋の食事とは言い難い。
15.8月 ニセコアンヌプリ1308m(北海道)
 北海道登山ツアー第2弾。ニセコスキー場で有名で、冬はスキーのメッカとなる山だ。山頂からは、後方羊蹄山が目の前に見える。
16.8月 後方羊蹄山1898m(北海道)
 北海道では、蝦夷富士と呼ばれる後方羊蹄山。端正な円錐状の山並みは、本物の富士山以上に美しい。日帰りでは結構きついと思っていたが、8時間弱で下山できた。
17.8月 樽前山2418m(北海道)
 お鉢めぐりをしながら、東山と西山の両方をぐるっと回るつもりでいたが、雨と風の悪天候となり最高峰の東山だけ登って下山する。
18.8月 月山1984m(山形県)
 東北登山の初日。姥沢小屋からリフトに乗って山頂を目指す。山頂の小屋に泊まるが、この日の深夜はペルセウス座流星群の出現がピークとなり、満天の星、天の川、流星群を堪能する。
19.8月 鳥海山:新山2236m、七高山2229m(山形、秋田県)
 鳥海山は、中央火口丘の新山(最高峰)を中心に、外輪山の行者岳、伏拝岳、七高山などから成る複式火山である。特に新山は、大きな岩がゴロゴロしていて歩きづらい山だが、スリルがあって面白い山だ。
20.8月 富士山3778m(静岡県)
 突然登ることになり、日帰りでの強行登山。5合目から登りだし、7時間ちょっとで下山できた。
21.9月 鳥甲山2037m(長野県)
 秋山郷マラニックに行く度に、気になっていた山。日本二百名山の一つにも数えられ、大鷲が両翼を広げて屹立したような形に見える険しい山である。予想通り険しい山で、下山するまで9時間近くもかかったが、きつかっただけに下山後の達成感は大きかった。
22.9月 北穂高岳3106m、涸沢岳3110m、奥穂高岳3190m、前穂高岳3090m(長野県)
 穂高は、何度も行っている山であるが、北穂から穂高岳山荘まで縦走するコースは初めてだったので、楽しかった。何度行っても、穂高は素晴らしい。
23.10月 南木曽岳1697m(長野県)
 御嶽山、木曽駒ヶ岳とともに、木曽の三岳に数えられている南木曽岳。紅葉を愛でながらの山旅は楽しかった。
24.10月 鷹ノ巣山1736m(東京都)
 奥多摩にある山で、雲取山から東に延びる石尾根の中間くらいにある山だ。紅葉、清流が楽しめるぜいたくなコースだった。
25.11月 雁ヶ腹摺山1874m、姥子山1503m(山梨県)
 雁ヶ腹摺山と姥子山の2座は、大月市が選定している秀麗富嶽十二景の1番山頂にあたる。今年3回目の秀麗富嶽十二景となる。この日も、富士山が美しかった。
26.11月 高水三山:高水山759m、岩茸石山793m、惣岳山756m(東京都)
 奥多摩には、数多く手軽に登れる山が多く、東京周辺では登山者のメッカとも言えるのが高水三山だ。高水山、岩茸石山、惣岳山を4時間半程度で縦走する。
27.11月 金時山1212m(神奈川県)
 箱根山系入門の山だ。平日ながら登山者が多く、山頂に着くといつの間にか登山者で溢れていた。山頂の茶店には、金時娘が健在だった。
28.12月 浜石岳707m(静岡県)
 ランのカテゴリーに入れたのだが、登山でもある。年の瀬の最後に、ラン友たちとトレイルランとして浜石岳からの富士山の眺望を楽しんだ。今年も、大勢のラン友が参加してくれて楽しむことができた。

2016年のランを振り返る

2016-12-30 14:32:02 | マラソン
今年の前半は、奥熊野いだ天ウルトラマラソン完走を目指して、大いに走った。走力がだいぶ落ちてきたと感じるところが有り、走行距離を伸ばすことが一番と4月までは、月間走行距離400キロを目標に頑張った。おかげで、かなり厳しいコースだと言われていた奥熊野いだ天ウルトラマラソンを無事完走することができた。その後、6月の夢街道まではランを中心に活動していたが、暑くなった7月から9月までは山登りに専念し、10月から走り込みを始める。10月は、6回目となるえちごくびき野マラソンに出場するも夏場の走り込みがなかったこともあり、初めて関門に引っかかる。以後、11月は南伊豆ウルトラ、12月はNAHAマラソンなどに参加。少しずつ、ランの距離を伸ばして来春に備えるつもりだ。

1.1月 湖西連峰トレイルラン 23キロ
 7回目の参加。今回も200名近くのランナーが集まり湖西連峰を駆け抜けた。ランのあとは宴会を楽しみ、新年の走り初めとなった。
2.1月 獅子ヶ鼻トレイル&ラン 21キロ
 獅子ヶ鼻公園は、低山ながらスリルのある岩場が多くちょっとした岩場歩きができる。前から面白い場所だと思っていたので、コースを企画立案し、ラン友に呼びかけたら40名も集まり楽しく走ることが出来た。
3.2月 森町ロードレース ハーフ
 唯一20年連続して参加している大会だ。走りやすいコースだが、年々タイムは遅くなってきた。
4.2月 清水いいとこマラニック 35キロ
 3年ぶりに好天となり、日本平や三保の松原等から美しい富士山を眺めながら走ることが出来た。
5.2月 花川お花見ラン 10キロ
 花川沿いに河津さくらが咲きだしていることを知り、練習がてらお花見ランに出かける。菜の花と河津さくらのコラボレーションが見事だった。
6.2月 でんでんころ桜まつり&滝沢展望台ラン 15キロ
 都田の奥にある山里でも河津さくらがたくさん植えられ満開になったということを聞き、都田駅から走って見に行く。さくらは後でゆっくり見る事にして、滝沢展望台まで駆け上がる。展望台からは、浜松市内の展望が素晴らしい。その後、さくら祭りのイベント会場でに寄って帰る。
7.3月 静岡マラソン フル
 第1回から好天に恵まれない大会。3回目となる今回も曇り一時雨という天気で、富士山は全く見えない。来年こそは、富士山を見ながら走ることができるのだろうか。
8.3月 神戸ええとこマラニック 22キロ
 神戸のいいところを走って回るマラニック。前日から泊りで神戸入りし、観光もしっかりして神戸を楽しんだ。
9.3月 姫街道歴史エンジョイマラニック(西編) 37キロ
 姫街道の愛知県側の起点から三ヶ日の国民宿舎までの西半分を走る。終点の磐田市見附までの東半分と比べると西のほうが当時の面影を偲ぶことができる。
10.3月 豊橋古墳巡り&カタクリラン 24キロ
 豊橋市も古墳が多い街だ。市内の古墳を巡り、途中にあるカタクリ山ではカタクリの花を見ながら昼めしを食べ一日楽しんだ。
11.3月 オレンジロード枝垂れ花桃お花見ラン 20キロ
 時々練習に行くオレンジロードだが、枝垂れ花桃が満開になった時を狙って走りに行く。
12.4月 さくら道マラニック 22キロ
 浜北から掛川までの荘川桜を辿って走るマラニック。用事があり掛川までは、時間がかかるので森町まで走って帰る。荘川桜は、まだあまり咲いていなかった。
13.4月 天女の羽衣伝説マラソン 71キロ
 琵琶湖の北側にある余呉湖を10周する大会。1周7キロほどの余呉湖は、さくらと菜の花が咲きだす時期でお花見ランにはうってつけの場所だ。走り終わったあとは宴会、翌日は観光と2泊3日のツアーだった。
14.4月 吉野山お花見マラニック 15キロ
 死ぬ前に一度は見ておきたいといわれるのが、吉野山の千本桜だ。下や中の桜は終わっていたが、上千本桜、奥千本桜を回り春の吉野山を駆け巡った。
15.4月 明日香村古代遺跡巡りマラニック 18.5キロ
 明日香村は古代遺跡の宝庫だ。謎の遺跡も多く、歴史を感じながら明日香村を漏らすことなく走り回った。
16.4月 奥熊野いだ天ウルトラマラソン 100キロ
 今年前半のランの目標大会だった。那智の滝をスタートして奥熊野の山々を駆け抜け、厳しいアップダウンの100キロを無事完走する。
15.5月 竜頭山スーパーマラニック 45キロ
 久しぶりに竜頭山を登り、天竜スーパー林道から水窪まで一気に下り佐久間までのきつい山道コースを走る。
16.6月 忍野高原トレイルレース 23.7キロ
 忍野高原から周辺の山々を走るトレイルレースに出場。悪天候のためロングコースは中止となり、ミドルコースを走るものの泥だらけの山道に苦労する。
17.6月 夢街道 90キロ
 浜松駅から南信濃村の遠山郷までの90キロを走るマラニック。深夜、秋葉ダムから大輪まで走る間には、落雷と豪雨に見舞われる。その後、好天となり、青崩峠のヒルに気を付けながら無事遠山郷に到着する。
18.10月 ぐるっと浜名湖一周エンジョイ・マラニック 60キロ
 100キロのコースもあったが、翌週の100キロマラソンに備えて60キロの部に参加。慣れたコースなので、時間を気にせず、制限時間ギリギリでゆっくり走った。
19.10月 えちごくびき野100キロマラソン 100キロ
 秋の目標にしていた100キロマラソンだったが、80キロを過ぎたあたりで、途中関門の時間に引っかかりバスに収容される。6回目の出場だったが、初めて完走できなかった。もう100キロマラソンはあきらめたほうがいいかなと思い始めた。
20.10月 三島・沼津いいとこマラニック 25キロ
 三島と沼津のいいとこを巡るマラニック。初めて参加したが、水の町と言われるだけあって、三島は、美しい清流が街中を流れているのが良かった。
21.11月 南伊豆みちくさウルトラマラソン 75キロ
 ラン友に呼びかけたところ、今回も20名近くも集まり、民宿を2日間貸切ったマラソンツアーとなった。あいかわらずこの大会のエイドは日本一だ。すべてのエイドに立ち寄るグルメランとなった。翌日は、下田ロープウェイに乗って寝姿山を楽しんだ。
22.12月 NAHAマラソン フル
 初参加。沖縄は暑いとは思っていたが、28℃を超える高温に体が動かず完走が危ぶまれた。それでも、歩かず頑張って6時間以内にはゴールできた。何台も救急車が走り回り、完走率は53%くらいだったという。
23.12月 浜名湖半周忘年ラン 34キロ
 年末の忘年ランとして13回連続の出場となった。知り合いが多く集まるので、それを楽しみに参加している。
24.12月 浜石岳忘年トレイル&ラン 24キロ
 私の方で呼びかけたところ30名を超える仲間が集まり、最後の最後の忘年ランとして無事開催できた。既に3回目となったが過去最高の天気だったのではないかと思う。浜石岳からの富士山は大きく、駿河湾や伊豆半島、南アルプスもよく見え、参加者から来年も是非やって欲しいという声があがりうれしかった。

2016浜石岳忘年トレイル&ラン

2016-12-25 21:42:36 | マラソン
今年で3回目となる「浜石岳忘年トレイル&ラン」を無事終えることができた。年の瀬も押し迫った24日のクリスマスイブの土曜日だ。スタート地点となる興津の駿河健康ランドに集まったのは、30名のランナー。その後遅れて参加した3名を入れると、全部で33名が集まったことになる。8:40。駿河健康ランドの玄関前で記念撮影をしたあと、8:43にスタートする。


今年も、朝からいい天気となり絶好のランニング日和となっていた。国道1号線脇から細い道に入り、薩埵(さった)峠ハイキングコース入口に向かう。すぐに上り坂となるので、みんなゆっくり歩いていく。




9:04。薩埵峠ハイキングコースに入ると、駿河湾越しに富士山の絶景が見えてきた。雲一つない青空に雪を被った富士山が見事に映える。まずここで誰もがカメラを構えて足を止める。




駿河湾の上空には、キラキラと輝く太陽が海面を照らしている。そして、その先には伊豆半島がくっきりと姿を現している。


スイセンの咲き出した山道を進んでいく。


9:10。薩埵峠の展望台に到着する。薩埵峠は、由比町と静岡市の境にある駿河湾に突き出した山裾にある峠だ。歌川(安藤)広重の東海道五十三次「由井」にも描かれている有名な名所である。ここからは、東海道本線、国道1号、東名高速道路が峠の麓で交差している様子が見え、富士山を背景にした写真撮影の名所としても知られている。今回も、素晴らしい絶景に一同感激する。


ハイキングコースから、今回の目的地である浜石岳の登山口に入っていく。1時間ほどは、竹林や雑木林に囲まれた登山道を黙々と登っていく。標高500mあたりで、立花池へ下る分岐があり、一旦立花池まで下っていく。大正時代の初期までは、この立花池の回りで草競馬も行われていたそうだが、今はその面影もなく、静寂な風景を醸し出している。鬱蒼と茂った木々に囲まれた池の水面は、まるで鏡のように神秘的に森を映し出していた。




立花池から再び元の登山道に戻り、浜石岳山頂を目指す。大きな木がなくなり、後方を振り返ると清水港周辺が見えていた。


11:37。最後尾で浜石岳山頂707mに到着する。既に、全員山頂に到着しておりお昼の弁当などを食べていた。山頂周辺は、風がほとんどなくこの時期としては暖かくて昼寝もできそうなくらいの天気だった。やはり、この山頂からの富士山の展望は、最高に素晴らしい。大きく裾野を広げた富士山の全容が見える山は、静岡県では浜石岳が随一だと言っていいくらいだ。


また、北西側に目を転ずれば、南アルプスの北岳などの名峰もしっかり見えている。


12:03。最後に、もう一度富士山の姿を目に焼き付け浜石岳を下山していく。


13:10。由比の町まで下りてきて東海道広重美術館に立ち寄る。


14:15。由比から再び薩埵峠まで戻る。薩埵峠からもう一度富士山を眺めてみる。雲が少し出てきてはいるが、やはり絶景であることに間違いない。


14:32。駿河健康ランドに無事ゴール。着替えを持って、健康ランドのお風呂に入り汗を流してさっぱりする。

16:30。12階の展望レストランで忘年宴会だ。夕闇が迫った駿河湾を見ながら、コース料理を楽しみながら和やかに宴会が始まった。


参加者のスピーチやゲームなどでラン仲間の宴会を楽しむ。


18:15。早めに帰る人もあり、忘年会場での記念写真を撮って一次会が終わった。


18:30。場所を変えて、有志でカラオケルームでの二次会だ。


流行りの「PPAP」のカラオケも登場する。


カラオケも盛り上がり、延長で二時間半も歌い続けていた。最後まで残ったのは6人だけだったが、休憩室で三次会まで付き合う。結局この日は、健康ランドに泊まり、まるまる一日楽しんでしまった。

多くの参加者から、来年もまた参加したいという話を聞き、とても嬉しく思った。来年も天気に恵まれ、多くのランナーが参加してくれる事を楽しみにしている。

参考1.今回のコースマップ


参考2.今回の高低図とタイム

2016那覇・糸満観光

2016-12-08 00:14:17 | 観光
NAHAマラソンの翌日は、那覇市、糸満市周辺を観光した。午後3時すぎの飛行機で帰るのであまり遠くにはいけずマラソンコース周辺の観光スポットに寄った。

ホテルでの朝食を早々に済ませ、ホテルから一番近い首里城に向かった。首里城は、1429年から1879年まで琉球王国の国王の居城だった場所だ。1879年(明治12)春、首里城から国王が追放され「沖縄県」となった後、首里城は日本軍の駐屯地、各種の学校等に使われたが、1945年にアメリカ軍の攻撃により全焼した。戦後、跡地は琉球大学のキャンパスとして使われたが、大学移転後に復元事業が推進され現在の状態になったそうだ。2000年12月には、首里城跡が世界遺産に登録されている。

円覚寺側から首里城に向かっていくと、巨大な石壁と石造アーチ門が見えてきた。本土で見るようなお城の城壁とは全く違う趣だ。この門は、「久慶門(きゅうけいもん)」といい、首里城外郭の北側に位置する。別名、「喜び誇る」を意味する「ほこり御門」とも言われ、主に女性が利用する通用門の役割を担っていたという。


これは、「園比屋武御嶽石門(そのひゃんうたきいしもん)」。沖縄各地にある聖地「御嶽」の一つ。本来、聖地部分はこの石門ではなく門の背後の樹林地だったが、現在では、門自体が拝所となっている。また、この石門単体で世界遺産に指定されているそうだ。




2000円札でお馴染みの「守礼門(しゅれいもん)」。扁額に「守禮之邦(守礼之邦)」と掲げられていることから守礼門と呼ばれるようになったと言われている。まさに、沖縄を象徴する観光施設だ。


首里城の城郭内へ入る第一の正門が、「歓会門(かんかいもん)」だ。首里城へ招き入れる中国皇帝の使者などを歓迎するため、この名が付けられたそうだ。国王や中国皇帝の使者などが使用する男性専用の門。門の左右には、魔除けのシーサー(石獅子)が配置されている。


瑞泉門(ずいせんもん)。首里城内郭にある首里城第二の門。門の両脇には魔除けのシーサー(石獅子)が並んでいる。石の古さからみて、最古のシーサーと言われている。


瑞泉門から中に入ったところから、下の方を眺めてみる。だいぶ高い場所となり、那覇市内が一望できる。また、ここまで来るまでに多くの門があった様子が分かる。


正殿のある御庭(うなー)へ続く最後の門となるのが、「奉神門(ほうしんもん)」だ。「奉神門」は、「神をうやまう門」という意味があり、中央に国王や中国からの使者などの身分の高い人専用の門があり、その右左にもその他の用途で使われた門がある。現在は、中央の門から観光客が出入りしている。


「奉神門」を抜け御庭の先には、3階建ての「正殿(せいでん)」が見えてきた。まさにこれこそ、首里城のシンボルだ。中国の宮殿建築の様式を採用しながらも、日本建築の様式も取り入れた沖縄県内で最大の木造建築である。


正殿の中には、国王が座ったという椅子(レプリカ)が置かれている。


これは、北殿に展示されている祭事の時などの様子を再現した模型だ。正殿の前と御庭に多くの家来達が集まっている。


一通り首里城内を見学し、「弁財天堂/円鑑池(べざいてんどう/えんかんち)」の脇を通って駐車場に戻る。


車に戻り、マラソンコースの中間地点にあった平和祈念公園に向かう。公園内には沖縄戦の写真や遺品などを展示した平和祈念資料館、沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」、戦没者の鎮魂と永遠の平和を祈る「平和祈念像」、摩文仁の丘の上には国立沖縄戦没者墓苑や府県、団体の慰霊塔が建立されている。


公園内はかなり広いので、ガイド付きの電気自動車で一通り回る。霊域参道と呼ばれる参道沿いには32府県の慰霊碑があり、それらを見ていく。




こちらは、静岡県の慰霊碑がある場所だ。碑には、富士山の絵柄が入っている。


「平和の火」。この「平和の火」は、沖縄戦最初の米軍の上陸地である座間味村阿嘉島において採取した火と被爆地広島市の「平和の灯」及び長崎市の「誓いの火」から分けていただいた火を合火したものだ。


「平和の火」の先は、断崖絶壁の美しい景観だ。戦時中は、こんな美しい場所が激戦地だったとはとうてい信じられない。


国籍や軍人、民間人の区別なく、沖縄戦などで亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ記念碑「平和の礎」に向かって黙祷を捧げる修学旅行の生徒たち。


オレンジ色の屋根と白い壁の特徴ある建物は、沖縄県平和祈念資料館だ。戦争の犠牲になった多くの霊を弔い、沖縄戦の歴史的教訓を正しく次代に伝え、全世界の人びとに沖縄のこころを訴え恒久平和の樹立に寄与するため設立された建物。


今年6月23日、ここで、平成28年沖縄全戦没者追悼式が行われ、安倍総理大臣が、献花を行ったそうだ。


その後、平和祈念堂などを見た後、ひめゆりの塔に向かう。ひめゆりの塔は、糸満市にある沖縄戦末期に沖縄陸軍病院第三外科が置かれた壕の跡に立つ慰霊碑のことだ。この塔の近くは、NAHAマラソンのコースになっており、実はすぐ近くを走っていたのだが、その時は、こんな近くにあるとは思ってもみなかった。どんな場所であったかというと、沖縄戦で、看護要員として戦場に動員され、亡くなっていった「ひめゆり学徒隊」の慰霊塔のある場所である。


この塔の手前には、女生徒たちが逃げ込んだ濠があり、この中で多くの死者が出たことを知ると、改めて戦争の悲惨さを思い知らされる。


また、ひめゆり平和祈念資料館には、ひめゆり学徒隊の犠牲者の遺品や、ガス弾によって多くの犠牲者がでた伊原第三外科壕が実物大で再現されており、ひめゆり学徒隊について深く学ぶことができる。前から「ひめゆり学徒隊」の名前だけは知っていたが、詳しいことはここで初めて知ることができた。資料館での多くの文献や亡くなった人たちの顔写真を見ると、目頭が熱くなってきた。多くの修学旅行の高校生たちも見学に来ており、同じ年頃の少女たちの悲惨な運命に心を痛めたに違いない。

観光というよりは、戦争の悲惨さや平和の尊さを学び、慰霊の旅になったのかもしれない。沖縄に来たら、まずこれらの地によることが必要だろう。

2016NAHAマラソン

2016-12-06 16:07:40 | マラソン
沖縄県には、何度か行ったことはあったが、那覇空港から外に出て沖縄本島に足を踏み入れた事はなかった。石垣島、宮古島など行く際は、那覇空港で乗り換えるので、まったく行ったことがないという訳ではないが、那覇市は初めての街だった。今回の目的は、第32回になるというNAHAマラソンに参加するためだ。参加人数は、3万人ということで、東京マラソンが開催されるようになるまでは、日本一のビッグな大会だったという。

大会は、4日(日)の午前9時スタートだ。前日の夜から降っていた雨がやっと7時くらいにあがり、一安心したものの、既に気温は20℃以上にもなっており蒸し暑い日となっていた。8時半までに奥武山陸上競技場の待機ゾーンに集合する。スタート地点前で開会のセレモニーが開催されているのを放送で聞きながら、スタートの合図を待つが、ランナーの熱気もあってすでに背中が汗ばんできていた。スタートの号砲が鳴り、私がスタートラインを通り過ぎるまで10分以上もかかってしまった。

スタートして、すぐに那覇市内の国際通りに入って行く。観光客が必ず買い物などで訪れる有名な通りだ。


沿道の凄い応援の中、国際通りをずっと走って行く。はるか先の道路もランナーで埋め尽くされている。


台湾に近いせいか、台湾の選手も多く参加しており、応援の幟も見える。


沿道に生えている木も、本土では見たことがなく南の島に来たというのが良く分かる。


沖縄自動車道の下を走る。


20キロを過ぎたころ、前のほうに白い塔が見えてきた。平和祈念公園の塔だ。


平和祈念公園内を折り返しするとマラソンの中間点だ。


NAHAマラソンでは、平和祈念公園周辺のみが唯一海が見えるポイントだ。沖縄という事で、きれいな海を見ながら走れるかと思っていたが、景観がいいという場所はそれほどない。むしろ、絶えることにない大声援と私設エイドの充実ぶりが一番の魅力かもしれない。


25キロを過ぎたころから、次第に気温が上昇してくる。日差しが強く、首筋には強烈な熱気を感じるようになってきた。冷たい飲み物がやたらに欲しくなり、水を何度も飲む。頭や手足に何度も水をかけるが、すぐにその効果もなくなってしまう。後で知ったことだが、この日の那覇の気温は、28℃を越え、12月の気温としては、観測史上最高だったという。そんな状況の中、このままエイドでのんびりしたり、歩いたりしていたら完走できないかもしれないと、焦りだしてきた。以後、エイドでものんびりせず、歩くことなく走り続けた。

残り1キロほどとなり、沖縄セルラースタジアム(野球場)が見えてきた。


受付会場となった武道館を過ぎると、ゴールは間近だ。


奥武山陸上競技場のトラックを回ると、ゴールが見えてきた。スタートして6時間ほどでやっと無事ゴールだ。ネットタイムは5時間49分でなんとか6時間を切ることはできたが、フルマラソンでこれほど時間がかかるとは思いもよらなかった。3万人近いランナーのうち、完走できたのは半分ほどの1万5千人ほどで、完走率は53%とかなり低かったという。NAHAマラソンは、制限時間6時間15分で、比較的余裕がある大会だと楽観していたのだが、とんでもなかった。12月でこれほどの暑い大会になるとはビックリである。ゴール後は、会場のオリオンビールがやたらに美味しかった。


完走証と完走メダル。これを受け取ることが出来ただけで良かった。


NAHAマラソンは、コース的には人口の多い街中の道路が中心となっており、景観に見とれるような所は少なかったが、応援が素晴らしいというのは間違いない。大会公式エイドでは、水とスポンジしか用意されていない訳が良く分かった。私設エイドの充実ぶりが半端じゃないのだ。飴やチョコレート、バナナ、水などは良くあるが、それ以外でも、ミカンや栄養ドリンク、おにぎり、塩、レモン、カステラ、コーラなどもあり、ビールやヤクルト、流しそうめん等を出してくれたエイドもあった。手ぶらで走っても、何も心配することのない大会だ。とにかく、暑い事だけが一番の難題である。でも、そんな条件下で完走出来たことで十分満足できた。

参考1.今回のコースマップ


参考2.今回の高低図