とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2020東大山河津桜まつり

2020-02-17 22:18:18 | いろいろ
毎年、2月中旬くらいから花川堤防には400本の河津桜が優美なピンクの花をつける。今年もそろそろ咲き出すだろうと、15日(土)にマラニックをしながら走って見に行ってきた。

和地小学校前の荒巻川ほたる公園の駐車場に車を止め、花川の堤防沿いを走っていく。河津桜の並木がある場所まで来ると、「東大山河津桜まつり」の幟が立っていて、ちょうど2020年2月15日(土)~3月8日(日)まで開催するとあり、ちょうど祭りの初日だった。祭り用の駐車場には、既に多くの車が止まっていた。肝心の桜の開花状況は、もうばっちりの見頃だ。


奥まで進むと、売店もたくさん出ていてお客で賑わっている。




水面に写る河津桜が美しい。ただ、残念なことに曇り空で青空が見えない。




売店での買い物はあとの楽しみにして、長寿の鐘を鳴らして先に進む。


東大山河津桜まつりの会場だけでは、マラニックの距離としては短すぎるので、さらに先にある花川運動公園まで足を延ばす。花川運動公園内にも、河津桜が30本近く植えられておりこちらも満開だった。




花川運動公園の端まで走って行ってから、反対側の堤防に移動して、東大山河津桜まつりの会場まで戻ってくる。こちら側は、菜の花畑の黄色と河津桜のピンクのコラボで、一際写真映えする。




菜の花畑の中に入って写真を撮る人も多い。


その後、売店に寄っておでん、焼きそば、うどんなどを食べる。お腹いっぱいになって、走るのが苦しかったが、ゆっくり走って駐車場に戻った。やはり、今年は温かいせいか例年に比べると開花が早い。天気がいい日にもう一度見に行ってもいいかなと思った。
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2020西表島マラソンツアー:4日目竹富島おさんぽコース

2020-02-16 21:28:32 | 観光
今回のツアー最終日だ。西表島の民宿「マリウド」さんの車で上原港まで送ってもらう。ずっと欠航だった西表島上原港⇔石垣島の定期船がやっと運行できるようになり、朝の出発に余裕ができた。


上原港から見た朝日。


上原港に貼ってあったイリオモテヤマネコの写真。世界で西表島だけに生息する希少種で、種の存続ぎりぎりの100頭ほどしかいないと言われている。今回、本物を見る機会は、全くなかったが、国の天然記念物で、絶滅危惧種に指定されている動物である。夜中に、飛び出して交通事故死にあうイリオモテヤマネコが少なくないとの事で、西表島では、ドライバーに制限速度の40km/hを守るよう注意を呼びかける運動が行われているそうだ。


午前8時発の石垣島行きの定期船に乗る。


石垣島に着くと、すぐさま竹富島行きの定期船に乗りかえて、竹富島に向かう。竹富港からは、バスで竹富観光センターの水牛車乗り場に移動。これも初めてだが、まずは、水牛車に乗ってゆっくり島内を観光だ。


水牛は何頭もいて、我々の牛車を引っ張ってくれたのは「劉」くんだった。


次から次へと、別の水牛車が付いてくる。


竹富島の家々は、琉球石灰岩の石垣、ふく木の防風林、屋根は赤瓦といった伝統的な建築様式をふまえていて、古い沖縄の集落景観をそのまま残している。


水牛車に揺られ、ガイドの案内を聴きながら景色を見ていく。


赤瓦の屋根にシーサーを置くのは、魔除けの意味合いがあるという。石垣越しに咲くブーゲンビリアの花々も南国特有の雰囲気を醸し出している。


竹富島の道は、浜から運んだ白砂が敷き詰められている。毎朝、島民が道の砂をきれいに掃いて均しているそうだ。


石垣の中に置かれたおびただしい数のレンタサイクル。シーズンにもなると、島はレンタサイクルで動き回る人で一杯になるようだ。


最後は、ガイドさんの三線の演奏と民謡を聞いて水牛車観光が終わった。


水牛車観光が終わった水牛車。


我々メンバーで、水牛の「劉」くんと記念撮影。


この後は、歩いて島内を観光する。日差しが強くなり、ガイドさんから配られた傘を被る。


水牛車では回れなかった場所も含めてのガイド付きの散歩コースだ。


ここは有名な民謡"安里屋ユンタ"のモデルとなった美女クヤマが生まれた家だ。琉球王国時代の竹富島に実在した絶世の美女・安里屋クヤマは役人に逆らい求婚を撥ね付けた。クヤマの気丈さは、八重山の反骨精神の象徴として語り継がれているという。


石敢當と呼ばれる魔よけ。市中を徘徊する魔物は直進する性質を持つため、丁字路や三叉路などの突き当たりにぶつかると向かいの家に入ってきてしまうと信じられている。そのため、丁字路や三叉路などの突き当たりに石敢當を設け、魔物の侵入を防ぐというわけだ。魔物は石敢當に当たると砕け散るとされ、悪いことが人ではなく、石に敢えて当たってくれという意味があるそうだ。


白砂が敷き詰められた道は、よく見ると真っすぐではない。緩やかにカーブがつけられている。ガイドさん曰く、台風が多い地域だけに風が真っすぐ通り抜けないよう、あえてカーブをつけ、家屋への被害を少なくなるようにしてあるそうだ。


ガイドさんの説明を聞きながら、十字路に立って道の様子を確認している様子。


世持御嶽(ユームチオン)。竹富島の集落の中央にあり、火の神、農耕の神を奉る行事が行われる御獄。10月ごろに行われる『種子取祭』は、五穀豊饒と島民の繁栄を祈願して行われる竹富島最大の行事で、この『種子取祭』の期間の内の2日間はツアー等も一切行われないそうだ。


お散歩中にも、水牛車が何度も通り抜ける。


竹富郵便局。竹富島唯一の郵便局。本土の郵便局と違い、木造でできており赤瓦の屋根とシーサー、そして昔ながらの赤いポストがある。ここで手紙を出す時に係の人に伝えると、赤瓦屋根とミンサー織の帯、星砂がデザインされた風景印を押してくれるとの事。


最後に、「あかやま展望台」というお土産屋さんの屋上に登る。以前は、「なごみの塔」という高い展望台から島の景色を見ることが出来たのだが、現在は、「なごみの塔」が老朽化のために立ち入り禁止となってしまい、かわりに「あかやま展望台」から島の東西南北を見渡すことが出来る。


赤い瓦屋根の家屋が並んでいる様子を見ると、これが竹富島の風景だというのがよくわかる。


竹富島を水牛車とお散歩で楽しんだ後、ふたたび定期船で石垣島に戻り、バス、飛行機を乗り継いで帰路に着いた。本土を出る時は、雪もちらつく寒い日だったが、南の島々に来ると、気温は一気に上がり汗ばむ気候にビックリ。日本は、南北に細長く、四季を数日間で一気に楽しんだ気分だった。
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2020西表島マラソンツアー:3日目西表島ピナイサーラの滝・カヌー&トレッキング

2020-02-15 20:16:17 | スポーツ
3日目は西表島のアクティビティを1日楽しむ。宿で開催している「ピナイサーラの滝・カヌー&トレッキング」の参加だ。初めての西表島を楽しむならこれが一番人気だという事で楽しみにしていた。

参加者は、我々のグループ9人と他の観光客の3名が2グループに分かれて、ツアーガイドと共に現地に向かう。スタート前に、カヌーのパドル捌きの練習を一応練習する。


一同、パドルを担いでカヌー乗り場に向かう。


途中で見かけたマルハチの木。名前の由来は、葉が落ちたあと、幹に丸の中に逆「八」字形のある跡が残るからだ。南の島に多く自生し、小笠原諸島に行った時もよく見かけた植物だ。


途中途中で、ガイドからこの辺りの植生の話なども聞く。


シングルカヌーに乗り込み、これからヒナイ川の上流に向けて遡っていく。


緩やかな流れなのでカヌーが揺れることもなくゆったりと進んで行く。


さらに漕いでいくと、目の前の崖に大きな滝が見えてきた。これが今回の目的地であるピナイサーラの滝だ。沖縄で一番落差のある滝だという。


一旦、カヌーから降りて、ピナイサーラの滝上まで行くためにトレッキングとなる。上陸して最初に見たのが、板根と呼ばれる板状に張り出した根を持つ植物だ。樹木の地表近くからの側根の上部が、平板状に著しく偏心肥大し、樹木の支持や通気の働きをする根になっている。熱帯雨林の高木やマングローブ植物に多く見られるという。


板根の中に入って記念写真だ。人間と比べても、いかに板根が大きいかがよくわかる。こんな植物は初めて見た。


滝上までのルートは、かなり険しい道だ。ロープ場や岩場をいくつも登っていく。




やっと滝上の流れまでたどり着く。


流れの中をジャブジャブと踏み分け、滝上先端まで進む。


ここから滝つぼまで、水が流れ落ちている。


岩の上に這いつくばって滝つぼを覗いてみる。


凄い勢いで水が流れ落ちているのがわかる。落差は約54mあり沖縄最大だ。名前の由来は、“ピナイ”が顎髭を意味し、“サーラ”が下がったものという意味で、遠くから見ると老人の長い顎髭のように見えることからだという。


滝つぼ覗きが終わり、一旦安全で広い場所まで行って昼食休憩をすると、ちょうど後続グループが到着した。


この日の昼食は、ガイドさんお手製の八重山そばだ。


岩盤の上で出来立ての八重山そばを頂く。


休憩場所は、結構広く、大勢のツアー客が集まってきていた。


昼食が終わり、今度は滝つぼまで行くために、山を下っていく。


ピナイサーラの滝つぼに到着する。たしかに老人の長い顎髭のようにも見える。時折、風で水飛沫が横に流れると髭がなびいているかのようだ。


滝つぼ前の岩に登って、滝と一緒に記念撮影。


滝つぼ前で、ハイビスカス茶とマンゴージャムを乗せたクラッカーで午後のティータイムだ。


ピナイサーラの滝をまること楽しんだ後、沢沿いに下り、カヌー乗り場に戻る。


色とりどりのカヌーが並んでいる様は、なかなか絵になる。


再び下流に向かって漕ぎ出す。


マングローブの森を眺めながら、ゆったりと川を下っていく。


最初は、カヌーの操縦に不安だった仲間たちも、帰りは難なく見事なパドル捌きでスタート地点に戻ることが出来た。


「2020西表島マラソンツアー:4日目竹富島おさんぽコース」に続く。
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2020西表島マラソンツアー:2日目西表島やまねこマラソン

2020-02-14 20:35:01 | マラソン
石垣島のホテルの朝食は、なんと朝から海鮮丼だ。あらかじめスタッフが用意したシートに、海鮮丼のネタ、トッピング、ご飯の銘柄、醤油の種類等をチェックして渡すシステムである。ネタは12種類もあり、選択に迷うが、なんとかチェックを入れてスタッフに渡すと、厨房にいる寿司職人が希望通りの海鮮丼を作ってくれるのである。しかも、それ以外にサラダやてんぷら、漬物、フルーツ、味噌汁もバイキング形式で取ることが出来る。


これが、自分が頼んだ海鮮丼。まさに朝から贅沢な朝食になった。


さて、石垣港から西表島への定期船に乗る。西表島には二つの航路があり、西表島の上原港と大原港に向かう二つだ。マラソンのスタート地点に近いのは上原港なのだが、北風が強いと欠航になることが多く、この日も欠航になってしまい、風の影響の少ない大原港への定期船に乗り、大原港で下船する。


大原港からは、上原港近くのマラソン会場に行く直行バスが出ており、そのバスに乗って会場に向かう。


1時間ほどでマラソン会場に到着する。既に大勢のランナーで賑わっていた。


中に入っていくと、やまねこ帽子を被った可愛い女の子たちが、帽子を売りに来た。みんな、やまねこ帽子と子供たちの売り込みが気に入って、我も我もと買い込む。


買い込んだやまねこ帽子を被って、ヤマネコ君と記念撮影だ。


受付会場は、上原小学校となっており、校庭にはヤギが飼われている。


受付を済ませてから、この日に泊まる民宿の人にお迎えを頼み、一旦宿に帰り荷物を置いていく。マラソンのスタートは、12時40分からなので、しばらく休憩してから、会場に戻る。我々の参加種目は全員23キロで、参加者は600名近くだ。大会委員長の挨拶などを聞き、スタートを待つ。


12時40分。スタートとなり、結構早いペースで走り出す。フルマラソンやウルトラマラソンとは違い、最初からハイペースな流れなので、付いていくのがいささか苦しい。


コース上からは、牛が放し飼いされている風景も見え、のどかな感じだ。


天気は薄曇りで、この時期としては涼しくて走りやすい。


浦内橋を渡ると、マングローブ林やヤエヤマヤシの群落が見える。


橋の上では、みんな写真を撮っていく。


子午線モニュメント。1997年、西表島に123度45分6・789秒の子午線が通っていることが発見され、「子午線のモニュメント」が建てられたそうだ。何故か、あわもり君も一緒に写っていた。


「おーりたぼーりょー!(また来てくださいね)」と地元の方言で応援してくれる。


西表漁港が見えてくると、8キロくらいだ。


10キロくらいで西表トンネルの中を通過する。


11.5キロの折り返し地点だ。これからは同じ道を戻っていく。


沿道のブーゲンビリアが満開だ。


残り1キロ地点。晴れてきて暑くなってきたが、残り僅かだと思い頑張る。


そして、ゴール。タイムは、2時間30分ほどだった。


仲間のHさんは、年代別で第1位。さすがだ。


Hさんを入れて、表彰台で記念撮影。


午後6時からは、ふれあいパーティーがあり、ほとんどのランナーが残っている。竹富町体育協会会長の挨拶でパーティーが始まった。


その後、来賓の挨拶や舞踊が行われた後、ランナーお待ちかねのサバニの登場だ。サバニとは、琉球列島で漁や運搬に使われていた木造の舟のことだ。そして、サバニの上には山盛りの刺身が乗っかっている。


サバニの前には、あっという間にものすごい人だかりとなり、刺身の状況を撮るのも一苦労だったが、決死の思いで何とか撮ることが出来た。


しかし、写真を撮れたものの、刺身を取ることはとんでもない状況だ。押し合いへし合いでなかなかサバニに近寄ることができない。まさに人間の本性を垣間見た感じだ。


喧噪が終わり、サバニの上に残ったのは、刺身のつまとフルーツのみ。ほとんど刺身を取ることはできなかった。


そして、そのあとに登場したのはスペシャルゲストの“ティンクティンク”だ。“ティンクティンク”は、りんけんバンドの照屋林賢氏がプロデュースする沖縄県の女性音楽ユニット。紅型の衣装で登場し、三線、三板、太鼓を演奏する。グループ名は沖縄方言で三線の音を表現する擬声語に由来するそうだが、最初グループ名を聞いたときは、ピンクピンクだと思い込んでいた。この大会では、過去にはBEGINや夏川りみがゲストで登場したらしい。


“ティンクティンク”の演奏に合わせて、メンバーたちも踊り出す。




その後の抽選会では、誰一人当たることなく、がっかりして会場を後にする。ただ、あとでわかった事だが、その後も抽選会があり、残っていれば何か当たったかもしれない。

ただ、良かったことは、ゲストの“ティンクティンク”が我々の宿と同じだったらしく、宿で一緒になり、ちゃっかり記念写真を取れたことだった。


参考.マラソンのコースマップ


「2020西表島マラソンツアー:3日目西表島ピナイサーラの滝カヌー&トレッキング」に続く。
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2020西表島マラソンツアー:1日目小浜島観光

2020-02-13 22:18:36 | 観光
7~10日にかけて沖縄八重山諸島の島旅に出かけてきた。一番の目的は、西表島の「竹富町やまねこマラソン」に出場する事だが、ついでに周辺の島々も観光して回ってきた。

1日目は、中部国際空港から那覇空港で乗り継いで石垣空港に向かう。石垣空港からはバスで石垣島離島ターミナルに向かう。石垣島離島ターミナルは周辺の島々に向かう船が沢山出ており八重山諸島の玄関口だ。まずは、仲間とともに小浜島への定期船に乗りこむ。


定期船の後方デッキから、石垣島離島ターミナル方向を見る。


小浜島の小浜港に到着する。結構風が強い。


小浜港のターミナルの看板には、「ちゅらさんばし 旅ぬかろい」と書かれている。「ちゅらさんばし」は、「ちゅら=美しい」とNHK朝ドラの「ちゅらさん」、そして桟橋をかけているらしい。また、「旅ぬかろい」は、旅の安全祈願を意味し「良い旅を」とのメッセージが込められているそうだ。


小浜港からは、あらかじめ予約しておいた島内観光バスに乗る。我々のメンバーで貸し切り状態だ。


まずは、車上から島の景色を見て回る。道路の両側は、ほとんどサトウキビ畑だ。


ちゅらさんのロケ地となった小浜小中学校。ドラマでは、古波蔵恵里、古波蔵恵達、上村文也が通っていた学校だ。


こちらも、ちゅらさんのロケ地となった民宿「こはぐら荘」の看板のある古波蔵家。一般の人の家屋であるため、中の見学はできない。




バスから一旦降りて、小浜島の西の浜に向かう。浜の入り口には、貝殻のアクセサリー類が何気なく置かれている。値段がつけられているが、誰も近くに人はおらず、おおらかな島だ。


砂浜に出ると、やはり風が強いが、前方には美しい海が広がっていた。


この浜と、反対側に見える西表島の間の海峡は、「ヨナラ水道」と呼ばれ、別名「マンタウェイ」とも呼ばれているそうだ。マンタは、大きな胸ビレを優雅にはばたかせて大海を泳ぐ巨大エイの事だが、この海峡でよくマンタが目撃されることから絶好のマンタスポットとなっていて、ダイビングする人たちのあこがれの海峡だ。


浜から戻り、待っていたバスに乗り込む。


海人(うみんちゅ)公園のシンボルでもあるマンタ展望台が見える。


最後に寄ったのは、西大岳(にしうふだき)展望台だ。250段ほどの階段を上っていく。


階段の途中からは、オレンジ色の可愛い屋根の建物がかたまって見える。かつて「コーラルアイランドリゾート」などと呼ばれていた「別荘村サンゴ倶楽部」だ。その向こうに見える島は「嘉弥真島」、そして更に向こうに見えるのが石垣島だ。


西大岳展望台には、「ちゅらさんの碑」があり記念撮影ができる。ここからの眺望は一際いい。


さとうきび畑の中を走り、小浜港に戻る。


小浜港からは、25分ほどで石垣島に戻る。石垣島離島ターミナルの桟橋に立っているのは、石垣島生まれでプロボクサーとして大活躍した具志堅用高の像だ。石垣島の大スターとして、今もマルチタレントとして活躍している具志堅用高の栄誉を讃える記念像である。人気の写真スポットになっており、我々もさっそく記念撮影する。




石垣島のホテルにチェックインするが、夕食がないので近くの居酒屋に向かう。居酒屋の前にも、具志堅用高の顔ハメ看板。なかなか面白い絵柄だ。


9人のメンバー全員がそろったところで、乾杯。


ホテルへの帰り道で見つけた「もーもー神社」。幸運の神様「ビリケンさん」に似た御神体「うし神様」が2体置かれ、「もーもー神社」としてお参りできるようになっている。左のうし神様は厄払いと金運、右のうし神様は縁結びに御利益があるといわれている。もともとは、焼き肉店のオーナーが設けたもので、今や石垣島の観光名所の一つだ。




それからホテルに戻る。翌朝は、西表島に渡り、「竹富町やまねこマラソン」に出場する予定だ。

「2020西表島マラソンツアー:2日目西表島やまねこマラソン」に続く。
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2020JRさわやかウォーキング~城跡コース~

2020-02-03 22:19:33 | ウォーキング
1月に続いて、2月もウォーキングに参加してきた。今回は、JRと天竜浜名湖鉄道の共催で天浜線桜木駅からJR袋井駅までの約13キロのコースだ。パンフレットを見ると、体力に自信のある方向けの健脚向けコースとなっていた。

まずは自宅から遠州鉄道西鹿島駅まで向かい、天浜線に乗り換え桜木駅で降りる。桜木駅は、周辺に大手企業があり、結構通勤客の乗降が多いそうだ。桜木の由来は近隣にある雨桜神社とこの周辺の地区名である垂木のそれぞれから一文字ずつとって桜木という地名が生まれたという。桜木駅本屋及び上りプラットホームは国の登録有形文化財に登録されており、レトロな雰囲気がなかなかいい。


駅前で、JRさわやかウォーキングの受付があり、コースマップを貰ってスタートする。


住宅地を抜けると、直ぐに田園地帯となり、青空のもと、サクサクと歩いていく。


1時間ほどで、油山寺に到着する。遠州三山の一つ医王山薬王院油山寺(いおうざんやくおういんゆさんじ)は、大宝元年(701)に行基大徳によって開山された真言宗のお寺だ。油山寺という名前は、昔この山から油が湧き出ていたため「あぶらやま」と呼ばれていたことに由来している。


油山寺は、行基大徳による開山から1300年あまり、目や足腰にご利益があると、親しまれ、目の霊山として知られている。


「瑠璃の滝」。孝謙天皇が御眼の病気を患った折、境内を流れる「るりの滝」に加持祈祷を行い、この霊水で御眼を洗ったところ、病気が全快したといわれている


瑠璃の滝前にある滝堂の天井には見事な「白龍の画」が描かれている。


三重塔。建久元年(1190)に源頼朝公から眼病平癒のお礼として建立された。その後、戦国時代の兵火にさらされ、安土桃山時代から江戸時代前期にかけて再建したといわれている。滋賀県の長命寺と京都府の宝積寺(ほうしゃじ)の三重塔と共に「安土桃山期の三名塔」の一つに数えられている。塔の高さはおよそ23メートル。上層にいくほど塔身が細くなるよう設計されており、安定感のある美しい塔だ。


一番上まで上がって行くと、薬師本堂がある。本堂には本尊の薬師如来と油山寺の守護神である軍善坊大権現が祀られている。


本堂の内部を見ると、目の霊山という事で「め」という文字が目立つ。絵馬には、目の病が治るようにと書かれたものがほとんどだ。


油山寺からさらに1時間ほど歩くと、可睡斎に到着する。東海道一の禅の修行道場である可睡斎は悠久六百年の歴史を刻む徳川家康公が名づけた古刹。現在は、曹洞宗・専門僧堂として多くの雲水(修行僧)が修行をしているそうだ。


可睡斎には何度も来たことがあるのだが、国登録有形文化財に登録された瑞龍閣にはまだ入ったことがなかった。今回は、目玉である「ひなまつり」のイベントが開催されているという事で、入場料を払って初めて中に入る。ウォーキング参加者には、入場料の割引がある。迷路のように張り巡らされた会場の中には、あちらこちらにお雛様が飾られている。


庭園前の廊下にも、お雛様がずらっと飾られている。




瑞龍閣のなかにあるトイレは「日本一の東司(とうす)」と呼ばれ、炎の神「宇烏瑟沙摩明王(うすさまみょうおう)」が祀られている。炎の神様は「烈火で不浄を清浄とする」とされ、本来清浄なる自己に目覚めさせる徳をもつといわれている。その効力なのか、とても清潔で綺麗なトイレだ。


さて、油山寺の「ひなまつり」イベントのメイン会場に入る。2階の「菊の間」と「牡丹の間」は各50畳もあり、木造建築物としては日本有数の規模だ。そして「牡丹の間」には、高さ3.5メートル・重さ50キロの巨大な「傘福」と、可愛らしい「2,000体さるぼぼ」が展示されている。




圧巻なのは、「菊の間」に飾られた"日本最大級のひな飾り"だ。きれいに並べられた32段・約1,200体のおひな様は、今にも天井に届きそうである。ひな壇は、幅9メートル・高さ3メートルにも及び、凄い迫力を感じる。




1階では室内ぼたん園も開園しており、展示・グルメ・体験など、ひなまつりに関連したいろんなイベントが開催されていた。




可睡斎では、寺院に参拝する事より「ひなまつり」イベントで十分満足してしまった。かなり見学で時間もかかり、ゴールの締切り時間も考えると、次に行かなければならない。その後も、せっせと歩き、タイトルにもある城跡に着いた。場所は、久野城址だ。久野城は袋井市鷲巣に所在する平山城で、東海道を見渡せる位置にあり、明応年間(1492~1501)に久野宗隆によって造られたと伝わっている。


久野城址は、「袋井メロンマラソン」のコースとして、いつもこの横を通り過ぎていたのだが、一度も意識したことがなく、今回初めて城址だったことを知った。整備された階段を登っていくと、“北の丸”の場所に出た。枯草が生い茂り、城址らしきものはない。


さらに上に上がって行くと、“本丸”があった場所に出た。“北の丸”よりもかなり広い。


南側は見晴らしがよく、袋井市内が良く見える。ベンチの横には、大きな看板が立っている。


何が書かれているのかと、回って前を見てみると「久野城址」と書かれていた。これだけ大きければ、市内からよく見えるのだろう。


久野城址を出ると、14時を回っていた。ゴールの15時には1時間もない。東海道どまん中茶屋に着いたのは14:45。お茶を頂いて、いそいで袋井駅に向かう。


最後は、小走りや速足で14:57くらいにゴールに到着。ぎりぎりセーフで完歩のスタンプを頂くことが出来た。


袋井駅からは、JR掛川駅まで戻り、天浜線の西鹿島から遠州鉄道経由で帰宅する。さすが健脚コースというだけあって、自宅に着くと歩数は3万歩にも達していた。このところ良く歩いているので、ちょうどいい足慣らしになった。

参考.今回のコースマップ
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2020三峰山(みうねさん)

2020-01-27 22:26:58 | 山登り
このところ毎冬は、霧氷の美しい山を探して登りに行っているのだが、今回は、冬になると手軽に霧氷が楽しめる山の一つである三峰山に行ってきた。奈良県と三重県の県境に位置する1235mの山で、近くにはすすきで有名な倶留尊山(くろそやま)や霧氷で人気の高見山がある。

直前の天気予報では、現地の天気は雪予報だったが、登山口についてみると雪どころか、雨模様の天気で当てが外れていた。駐車場も、霧氷見物の登山者で満車になるのではという不安もあったが、ガラガラで苦も無く止められた。それでも、ここまで来たからには登らないわけにはいかない。雨具を着て登山口を出発する。


山の上の方を見ると白っぽいが、雪雲ではなく雨雲みたいだ。


しばらく進むと分岐があり、不動滝へのコースに向かう。不動滝は、高さ約21メートルの滝で、樹齢を重ねた杉の木の間から見える滝は見事だ。冬期には、氷結すると聞いていたが、気温が高いこともあって全く氷結していなかった。


橋を渡って、滝の上部に向かう。


滝の真横まで行くことが出来、上から滝つぼに流れ落ちる様を見ることが出来る。


不動滝から50分ほどで、避難小屋に到着する。


避難小屋の中を覗くと、登山者で一杯だったので、そのまま先に進むことにした。


やっと登山道に雪が見えてきた。全く雪がないのでは、何を見に来たのか分からなくなってしまう。


しかし、雪道とはいえ、気温が高いうえに雨が降ったせいか、道がぬかるんでいる。


ぬかるんだ登山道は滑りやすく、慎重に足を進める。




11:25。三百名山・三峰山山頂1235mに到着する。残念ながら霧氷は全くない。


山頂を示す標柱の上には、可愛い雪だるま。


霧氷はないのに、やはりこの時期はそれなりに登ってくる登山者が多い。いつの間にか、他の登山者で山頂がにぎやかになってきた。


近くの木の幹の上にも、誰かが作った雪だるまが。


山頂から避難小屋まで戻り、しばらく昼食休憩する。そして、下山は登尾ルートに向かう。登尾ルートの入り口には、かなり樹齢がありそうな立派な樹があった。


下山していく途中、木々の間から雲海が浮かんでいた。


つづら折りの道をグングン下っていく。


視界が開けた場所から、雲海を臨む。雲の切れ間からは、御杖(みつえ)村が見える。


登尾ルートの途中にも避難小屋とトイレがあった。


橋を渡ると、不動滝コースとの分岐だ。


登山口から少し上ったところにある、みつえ青少年旅行村まで行くと「三峰山霧氷まつり」が開催されていた。


霧氷は見られなかったが、会場で温かい“ぜんざい”の振る舞いがあり、美味しくいただく。また、「姫石の湯」の割引券もいただく。


みつえ青少年旅行村から7キロ先にある「姫石の湯」で温まってから帰路に着いた。


今年の天気は、やはり異常である。1月とは言え、3月上旬くらいの気温で全国的に雪が少ない。冬の風物詩が、だんだん減っていくことが悲しい気分になった。

参考1.今回のコースマップ


参考2.今回の高低図とコースタイム
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2020天浜路ヘルシーウォーク:天竜区二俣周辺

2020-01-22 22:47:04 | ウォーキング
スキーから帰った翌日の日曜日は、特に予定がなかったのだが、妻がウォーキングに出かけるというので一緒についていくことにした。遠州鉄道に乗って西鹿島駅で降りると、妻の友達とも合流しウォーキングをスタートする。9:15。まずは、天竜川に向かって歩き出す。


天竜川に架かる鹿島橋を渡る。青空が広がりこの日もいい天気だ。


天竜川に架かる鉄橋は、天竜浜名湖鉄道の線路だ。


鹿島橋を渡り切り、右側の細い道に入ると、筏問屋「田代家」がある。田代家は、徳川家康の遠州経略に協力した功績で、天竜川の筏川下げと諸役免除の特権を与えられたことを機に天竜川の筏問屋経営を始めた。重厚な佇まいの屋敷には天竜川舟運の資料などが展示されており、主屋と土蔵の2棟は国の登録有形文化財だ。




田代家の庭には、遠州最古の紀州みかんの木が植わっている。来場者には、この遠州最古のみかんを味わうことが出来る。実の色は温州みかんと比べるとやや薄く、種がたくさんあって多少酸っぱい。


田代家から二俣の中心部を抜け、二俣小学校を過ぎると清瀧寺がある。清瀧寺には、徳川家康の長男で、織田信長に謀反の疑いをかけられ二俣城で切腹したという岡崎三郎信康の墓がある。岡崎三郎信康は、本来なら徳川家康公の嫡男として二代将軍になっていたかもしれない戦国時代の悲運の武将だ。清龍寺は、まさしく信康を供養するために家康により建立された寺であり、清瀧寺の名を与えたのも家康自身である。




信康ゆかりの清龍寺には、本田技研の創始者である本田宗一郎が、少年時代弁当を早く食べたいために正午を知らせる鐘を30分前に、ここで突いたという。




清瀧寺の本堂へ向う坂の途中には池があり、その池に一筋の水が滝のように落ちている。この水は、裏山から湧き出た水で、未だに枯れたことがないという。


清瀧寺の隣には、本田宗一郎ものづくり伝承館がある。国の登録有形文化財(建造物)に登録されている旧二俣町役場を改装した建物で、昭和初期の面影が残っている。1階には本田宗一郎の軌跡をたどる年譜や写真・映像、関係者の談話、遺品、初期のバイクなどが展示されている。2階は関連図書が閲覧できるほか、ものづくりの楽しさを伝えるワークショップや、特別展などのイベントスペースになっており、本田宗一郎の「人となり」や「ものづくりの精神」に触れることができる施設である。初めて入館したが、無料で見学出来るのがありがたく、今回のウォーキングでは一番面白かった施設だ。


バイク好きにはたまらないようなイラストが、売店で販売されている。


本田スーパーカブ。耐久性と経済性に優れ、発売開始後50年以上を経ても多くの原設計を引き継ぎ、改良を続けながら継続生産販売されている。本田技研工業の調べでは、スーパーカブの累計生産台数は2017年10月時点で1億台に達し、輸送用機器の1シリーズとしては世界最多の生産台数および販売台数を記録しているという。まさに本田の最高傑作だ。


初期の名車もずらりと展示されている。


2階には、精密イラストレーションの第一人者柴田制作所柴田賢二氏のイラスト原画が展示されている。


陸軍中野学校二俣分校校趾碑。陸軍中野学校二俣分校とは、ゲリラ戦要員の短期育成を目的とした大日本帝国陸軍の教育機関。帝国陸軍の解散とともに廃止された。諜報や防諜、宣伝など秘密戦に関する教育から、ゲリラ戦術の教育に変化していった中野学校とは異なり、当初からゲリラ戦術、破壊工作の訓練を目的に設置された施設だったという。しかし、二俣にこのような学校があったとは思いもよらなかった。


浜松市天竜区山東にある光明山光明寺は、奈良時代(養老元年・717年)に行基により開創された遠州地方の名刹だ。毎年1月の第3日曜日に大黒天像の大祭「初甲子祭」が開かれる。この日はちょうど「初甲子祭」の日に当たり、多くの参拝者で賑わっていた。




周囲約10mの一本杉の木で彫られた日本最大級の黄金に輝く大黒様(高さ約4m)。この日、光明山の大黒様にお参りをした後に、新しいお財布をおろすと特にご利益がいただけると言われているそうだ。


光明寺の前には、光明山古墳(墳長83m)がある。浜松市内最大の前方後円墳だ。ただ、残念なことに雑草が生い茂り、一見するとただの小山にしか見えないような状態になっている。


ウォーキングも後半になってきたころ、ケーキ屋さんがあったので、ランチのデザート用にショートケーキを買っていく。


“天竜山の市”の広場で、ランチとデザートでしばらく休憩する。その後、曹洞宗の古刹で、可睡斎(袋井市)の末寺に当たる栄林寺に立ち寄る。


東谷山栄林寺の毘沙門天を祀る毘沙門堂。


12:50。天浜路ヘルシーウォークのゴールとなる天竜二俣駅に到着する。ここで、ウォーキングを完歩したというスタンプがもらえる。約7キロのお手軽ウォーキングだった。


しかし、ここで終わりではやや歩き足りない。そこから、さらに歩いて飛龍大橋を渡り、西鹿島駅まで歩く。


西鹿島駅まで歩くと10キロほど歩いたことになる。この辺りは何度も来たことがあるのだが、いろんな施設や名所をゆっくり見た事がなく、名前は知っていても、初めての場所が多く新鮮な気持ちで見て回ることが出来て良かった。

参考.今回のコースマップ
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2020白馬スキーツアー

2020-01-20 21:51:47 | スキー
今年の初滑りも、例年通り白馬に向かう。白馬といってもいくつもスキー場があるが、今回はスキーを始めて間もないメンバーもいるので、初心者向けのゲレンデが多い栂池高原スキー場に行くことにした。通常だと、初心者向けの“鐘の鳴る丘ゲレンデ”がお勧めのゲレンデなのだが、今年は何せ雪が少ない。“鐘の鳴る丘ゲレンデ”は、所々ブッシュが出ていてアイスバーンで雪質も悪く、動いているリフトは2本のみ。それなら上部のゲレンデに行った方がいいと、ゴンドラで終点まで向かう。ゴンドラ駅を降りると、標高がある分、雪質もまずまずだ。


白馬としては気温は高く、風もないので、ゆったり滑るにはちょうどいい。視界もクリアで、進行方向は、雲海に向かって滑っていくようなイメージだ。


Gさんは、気持ちよさそうに滑っていく。


まずは、ロング林間コースだ。


Yさんも楽しそう。


コースからは、鹿島槍ヶ岳、五竜岳が良く見える。


何度かゴンドラに乗って滑った後、ゴンドラ中間駅のレストランでランチ。この日は、ハンバーガーショップで一息ついた後、外のテラスで雪景色を楽しむ。


テラスからは、白馬鑓ヶ岳、杓子岳が良く見えていた。


この日は暖かく、テラスに出ていてもそれほど寒くない。それにしても、白馬エリアは、外国人が多い。周りを見渡しても八割方外国人だ。奥に見えるネットが張られた施設は、「白馬つがいけSNOW WOW!」だ。スキー・スノボをしなくても一日楽しめるウィンターアドベンチャーパークとして昨シーズンからオープンしている。


一日滑り、最後は“鐘の鳴る丘ゲレンデ”の“とんがり帽子の塔”で鐘を突いて最後とした。


この日の夜は、ペンションオーナーのSさんと共にエコーランドの居酒屋“稗“で新年会。


居酒屋“稗“は、スキーシーズンは外国人に超人気の居酒屋らしい。日本料理なのにお店の客の8割方は外国人ばかりで、とても日本の飲み屋とは思えない。


居酒屋からは、酔いを醒ましながらエコーランドの中心部を歩いて帰る。ライトアップされたレストランやペンションがきれいだ。




翌朝、ペンションの玄関で記念写真を撮り、白馬47に向かう。


白馬47は、八方尾根スキー場とエイブル五竜スキー場の間にあるスキー場だ。名前の由来は「4シーズン、7デイズ」。一年を通して楽しめるパークにしようという意味が込められている。


白馬47は、長い林間コースが売りのスキー場だ。適度の傾斜があり、少しスキーが楽しくなってきた頃の人には、お勧めのスキー場だ。ゴンドラとリフトを使ってしょっぱなから最上部まで行く。ゲレンデからは、五竜岳の雪形「武田菱」がしっかり見える。「武田菱」とは、菱形四つを菱形に組み合わせた、戦国武将・武田氏の家紋のことだ。


半日ほど白馬47のゲレンデを滑り回るとお昼になった。ランチは、ルイスというピザ屋に寄ることにした。


ペンションのSさんお勧めのピザ屋さんだ。4人でシェアして美味しくいただいた。


今回のスキーツアーは、ここで終わりとして帰路に着く。帰り道の安曇野インター手前で、今年は白鳥が来ているのかどうか気になって白鳥湖に寄っていく。昨年は、近くで工事を行っていたので、白鳥は少なかったのだが、今年は工事も終わり、例年通り二百羽ほどの白鳥が戻ってきていた。しかもその周りには、その10倍近い鴨が泳いでいた。


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2020指宿菜の花マラソンツアー:3日目鹿児島市内&桜島観光

2020-01-16 19:16:28 | 観光
3日目は、朝早く宿を出発して、一路鹿児島市内に向かう。鹿児島市内で、まず最初に寄ったのは城山公園だ。城山は市街地の中心部に位置する標高108mの小高い山で、遊歩道での散策も楽しめ、市民の憩いの場ともなっている。


展望台からは桜島をはじめ錦江湾や鹿児島市街地を一望できる。


そして、山並みの上からちょこっと頭を出している円錐状の山は開聞岳だ。城山公園から開聞岳が見えるのはめったになく、いい日にくることが出来て良かった。


城山は西南戦争の最後の激戦地となったため、西郷洞窟や西郷終焉の地など、西南戦争にまつわる史跡が多く存在している。城山公園を下り、直ぐ近くにある西郷洞窟に立ち寄る。ここにも、“せごどん”の像が建っている。


洞窟内には、西南戦争始末記として資料が展示されている。


かごしま県民交流センターの駐車場に車を置き、周辺を歩いて回る。県民交流センターの敷地内にある建物は、かつて鹿児島県庁舎本館として建てられた建物の、正面玄関と階段部分だ。大正期におけるネオ・ルネサンス様式の典型で、玄関の柱は威厳のある正面をつくり上げている。現在は県政記念館として保存され、平成20年(2008年)、国の登録有形文化財となった。


ここは、鹿児島城のお堀周辺。別名「鶴丸城」と呼ばれている。別名の由来は、屋形の形状が、鶴が羽を広げたようであったことから。現在、御楼門(ごろうもん)の復元工事が行われていて御楼門には入ることが出来ない。今年の3月には完成予定だという。


御楼門より数百m先にあるのが、鹿児島では最も有名な西郷隆盛銅像だ。わが国初の陸軍大将の制服姿で、城山を背景に仁王立ちしている。道路を挟んで反対側に絶好の撮影スポットがあり。西郷さんが飼っていた犬と友に撮影ができる。ちょうど観光ボランティアの人が出てきて、しっかり写真を撮ってくれた。


西郷隆盛銅像 身長5.257メートル 5.7頭身。西郷隆盛銅像は、鹿児島市出身の彫刻家安藤照により、1937年(昭和12年)に建てられたが、太平洋戦争の空襲で亡くなったため正確な寸法がわからなかったそうだ。西郷隆盛生誕180年、没後130年、西郷銅像建立70年の節目の年にあたる平成19年の4月、県立鹿児島工業高等学校の女子生徒4名が、西郷銅像の実測に挑戦し、綿密な計算作業を経て、実測結果が算出されたという。


西郷隆盛銅像からさらに数百m先にあるのが、照国神社である。主祭神は、照国大明神(島津斉彬公)だ。


照国神社で一番印象的なのが「斉鶴」という翼を広げた大きな鳥の形の木だ。鳥居と主に、斉鶴がひときわ目立つ。


敷地内には、照国文庫資料館があり、無料で観覧ができる。中は、島津斉彬や島津氏にかんする資料が展示されている。


その後、鶴丸城内に入り天璋院(篤姫)像を見てから、車に戻る。


鹿児島港からはフェリーに乗って桜島に向かう。鹿児島市内・桜島間は24時間運航のフェリーで簡単に行きかうことが出来る。乗船時間は15分ほど。あっという間に桜島が大きくなってきた。


桜島に着くと、有名な桜島大根がお土産売り場に展示されていた。試しに持ってみると、ずっしりと重い。


一つ1500円前後で売られているが、買って帰ると荷物になるのでやめておいた。


桜島港近くにあるのは、月讀神社だ。和銅年間(708〜715年)には創設されたと伝わる由緒ある神社だ。


月讀神社は、「桜島」の名前の由来とされる「コノハナサクヤヒメ」もあわせて祀られている。 大正噴火で溶岩の下に埋没したが昭和15年現在の位置に移設された。パワースポットとしても人気の高い場所である。


月讀神社の展望台より桜島を臨む。


赤水展望広場にあるのは、桜島溶岩を使ったモニュメント「叫びの肖像」だ。2004年8月21日、桜島で長渕剛のオールナイトコンサートが開催されたのを記念して、制作されたという。


長渕剛の真似をして、叫びのポーズを取って記念写真を撮る。


まさに桜島に向かって叫んでいるかのようだ。


最後は、山道をグングン上った先にある湯之平展望所に寄っていく。標高373mのこの展望所は、4合目に位置し、桜島において一般の人が入ることの出来る最高地点だ。二百名山の桜島に足を踏んだという事にしていい場所だ。


鹿児島空港に戻り、最後に霧島連山の景色を眺め、鹿児島を後にする。


当初はあまり天気予報が良くない3日間だったが、実際行ってみたら雨には全く降られず、2日目を除けば快晴だったと言ってもいい。やはり晴れ男だと自負してもいいのかなあ。
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