とっちーの「終わりなき旅」

出歩くことが好きで、趣味のマラソン、登山、スキーなどの話を中心にきままな呟きを載せられたらいいな。

2024志賀高原スキーツアー:4日目志賀高原熊ノ湯でスキー

2024-02-23 18:27:42 | スキー
最終日は、硯川ホテル前から熊の湯スキー場まで歩いていく。


このところ天気が良くて暖かい日が続いていたので、最終日は曇り空となり午後から雨との予想だ。駐車場は雪が解けて水溜りができていたので、熊の湯のゲレンデコンデションは今一つかと思っていたが、リフトに乗って上から滑ってみると思ったよりも滑りやすい。標高1690m~1960mの間に扇形に広がるゲレンデにリフトが5本ある。コンパクトながらも初級者~上級者がそれぞれコースを楽しめ、下で合流できるいいゲレンデだった。


熊の湯を一通り滑ると、横手山への連絡コースがあるというので、ちょっと長い林間コースを滑り、横手山のゲレンデに向かう。


横手山でも何度か滑る。


最後は、リフト乗り場前にあるレストランでランチ。


ランチを済ますと駐車場まで下りて、硯川ホテルの温泉に入ってから帰路につく。


帰り道には、野生サルが何匹も出没。地獄谷温泉でも見かける野猿たちが志賀高原の中を動き回っているのだろう。


3日間の志賀高原でのスキー三昧で、全コース滑走。志賀高原は、やっぱり素晴らしい。

2024志賀高原スキーツアー:3日目志賀高原横手山、渋峠でスキー

2024-02-22 19:22:20 | スキー
3日目は、硯川温泉の宿からスタート。目の前に横手山に向かうリフトがあり、3本乗り継いで一気に横手山山頂に向かう。滑り出す前に、まずは山頂リフトの屋上にある満天ビューテラスに向かう。


2307mの山頂からは、360度の大展望が広がる。すぐ目の前にあるのは、志賀高原の笠ヶ岳。奥には北アルプスの山並み。


こちらは草津白根山と雲海の下は草津の街並み。


横手山の山頂は、広く開放的だ。まずは、渋峠方面に向かう。


渋峠スキー場を一気に滑り降りると、長野と群馬の県境に立つ渋峠ホテルだ。


渋峠ホテルには、ゴールデンレトリーバーの看板犬マーカス君が、愛嬌を振りまいている。以前来たときは、2匹いたはずだが、お父さんのインディーが亡くなり、現在はマーカス君だけとなったそうだ。


渋峠から横手山に戻るころお昼近くとなり、「日本一高いパン屋さん」として有名な横手山頂ヒュッテでランチとする。


パン屋さんは、めちゃ込みでだいぶ待ったが、展望が一番いい場所を確保し、パンとスープ、コーヒーのランチでゆっくり休憩する。


出窓からの景色は、圧巻だ。


お腹もいっぱいになったところで、横手山山頂から一気に滑り降りる。上部の日陰部分が、ガリガリのアイスバーンになっているところがあり、止まらなくなりそうで怖かったが、そこを過ぎれば、気持ち良いロングコースとなり何度も滑りを楽しむ事が出来た。


駐車場まで滑り降りると、目の前はホテル。この日は少し早めにスキーを終え、温泉に入ってゆっくりすることにした。

「2024志賀高原スキーツアー:4日目志賀高原熊ノ湯でスキー」に続く。

2024志賀高原スキーツアー:2日目志賀高原中央エリアでスキー

2024-02-21 19:28:53 | スキー
2日目からやっとスキーができる。宿は、蓮池スキー場近くにあるやまゆり荘だ。宿の前の道路を横断すれば、蓮池スキー場のゲレンデとなり、リフトまで滑っていける。


その後、蓮池、サンバレー、丸池をぐるっと滑る。丸池のチケット売り場で全山共通3日券を購入し、蓮池まで戻る。蓮池からは、トンネルを潜ってジャイアント、発哺ブナ平、東館山を経て寺子屋スキー場まで一気に移動する。

寺子屋は標高が高いので、雪室は抜群に良い。リフト上部の樹氷がきれいだ。


そして、展望はすこぶるいい。昨年も快晴に恵まれた志賀だが、今回も素晴らしい天気に恵まれ、前方には妙高山がくっきり見える。




寺子屋で何度か滑った後、高天ヶ原、一の瀬を経て、焼額山スキー場まで移動する。お昼近くとなり、プリンスホテルの西館レストランでランチ休憩する。レストランの大きなガラス窓の先には、真っ青い空が広がっている。


午後からは、焼額山のゴンドラに乗って焼額山山頂に向かう。2000mの山頂からプリンスホテルまでのロングコースを一気に滑るのは楽しい。


途中にあるビューポイントからは、北アルプスや信越五岳などが良く見える。




志賀高原のだいぶ奥まで来たので、そろそろ帰らなければならない。奥志賀まで行くと、遅くなってしまうので、焼額山からそのまま帰ることにする。帰りは、一の瀬、タンネの森、高天ヶ原、東館山、発哺ブナ平、ジャイアントを経て蓮池まで行くつもりだったが、ジャイアントから蓮池に繋がるコースがよくわからず、登り坂をスキー板で移動したため、かなり手間取り体力を消耗した。それでも何とか蓮池スキー場前の宿にたどり着いたときはホッとした。とにかく朝から晩までスキー三昧の一日となった。

「2024志賀高原スキーツアー:3日目志賀高原横手山、渋峠でスキー」に続く。

2024志賀高原スキーツアー:1日目渋温泉散策

2024-02-20 18:19:53 | 観光
1月の白馬は、雨で全然滑られなかったので、今回の志賀高原が今年の初滑りとなる。1日目は移動のみで、湯田中駅で友人と合流し、渋温泉に寄って行く。まずは、渋温泉有料駐車場に車を止める。入り口には面白いキャラクター像があり、何だろうと調べてみると、渋温泉のイメージキャラクターの「しぶざるくん」だとわかった。兜を被っているとこを見ると武田信玄公もイメージしているようだ。


駐車場を出て、温泉街の中に入っていくと、すぐに目に飛び込んでくる大きな建物は、金具屋という旅館だ。もともとは松代藩出入の鍛冶屋だったが、災害の復旧中に偶然この場所で温泉が湧き出たことから、宝暦8年(1758年)に宿屋となった。前身が鍛冶屋であったため、当時の松代藩主より「金具屋」と名付けられたという。


金具屋は、豪華でどこかノスタルジックな雰囲気が漂う建物だ。そのため、「千と千尋の神隠し」に登場する油屋のモデルになった場所だと噂されている。たしかに、アニメで見た油屋のイメージにピッタリあう。


渋温泉には、地元の人が毎日利用する外湯(共同浴場)が九つある。昔から大切に守られてきた外湯を渋温泉に宿泊するお客にも解放し、渋の湯の恵みを楽しむ「九湯めぐり(厄除巡浴外湯めぐり)」が有名だ。金具屋前には、九湯めぐりの最後の渋大湯がある。九つの湯をすべて回ると、九(苦)労を流し、厄除け、安産育児、不老長寿のご利益があるといわれている。


渋大湯前の長い急階段を上っていく。


こちらは渋温泉九湯巡りの最後にお参りする渋高薬師だ。西暦724~729年(神亀年間)に名僧行基が源泉を発見し、薬師如来を刻んで祀ったのが現在の薬師庵である。


渋高薬師からさらに山道を登っていくと出てくるのが渋湯神社だ。険しい山の斜面に多くの神社仏閣があるのも驚きだ。渋湯神社からは渋温泉街がよく見える。


渋高薬師まで戻ると、御利益散歩道という散歩道がある。この道をずっと歩けば御利益がありそうだ。案内板を見て毘沙門天にも寄ってみる。


その次に寄ったのは、成田不動尊。創建は大正時代末期、豊野町出身の滝沢氏が建立したのが始まりとされる。滝沢氏は不動明王の御利益により奇跡的に命が救われたとされ、その感謝の意により私財を投じて堂宇を建立したという。




成田不動尊も長い石段を上り下りしなければならない。


最後に寄ったのは、渋温泉の一角にある曹洞宗貞祥寺の末寺で、武田信玄より寄進を受けたことで知られる横湯山温泉寺だ。


温泉寺は、川中島合戦の折、兵士の傷を癒したとされることから、信玄が寺領七十貫文を寄進し、温泉地の発展を奨励した。寺紋には武田菱が描かれている。


温泉寺本堂の入口には3匹ずつのお猿さんが左右に置かれている。一方は有名な見ザル・言わザル・聞かザル。そして、もう一方はその反対。見て・言って・聞いて、というポーズをしていて面白い。




温泉寺の裏には、二十数基の丸い石が置かれていて、こんな話が伝わっている。 
志賀高原の大沼池主の黒竜は荒くれ者で、竜王の怒りに触れてしまいました。罰を受け、そして悪行を反省した黒竜は仏門に入ることにしたのです。そこで、温泉寺の門を叩き身分を名乗り、経緯を述べて、節香和尚の弟子になりました。改心した黒竜は修行に励み、ついには受戒を受けるまでになりました。そして、和尚の恩に応えるべく清浄な石を磨いて寿塔を贈ることを約束し、大沼池に帰って往きました。その後、黒竜の約束通り住職が変わる度に、その時々の住職の頭に似た石が、横湯川の橋場に流れ着くという。




温泉寺から温泉街に降りる道には、ビニールハウスの通路が設けられていた。雪の時期では、雪で足元が濡れず、滑らないようにとのお寺の心づかいが感じられた。


温泉街に戻り、駐車場に戻る途中に歌恋会館という卓球場があった。利用料は、なんと無料だ。久しぶりに卓球を楽しむ事ができて面白かった。


渋温泉街を十分散策して、この日の宿泊先となる志賀高原の宿に向かう。

「2024志賀高原スキーツアー:2日目志賀高原中央エリアでスキー」に続く。

2024満観峰(まんかんほう)

2024-02-12 22:53:02 | 山登り
遠くなくて簡単に登れる山に行こうということで、焼津市にある「満観峰」に登ってきた。「高草山」「花沢山」とともに「焼津アルプス」とも呼ばれ、地元民に愛されている人気の里山だ。

登山口は、花沢の里。9時頃到着したが、観光駐車場はすでに満車。しかたなく、その先にある臨時観光駐車場に回っても、ほぼ満車状態だったが、たまたま1台が出て行ったので、かろうじて駐車することができた。


天気は快晴で絶好の登山日和。気温は低いが、登山口に向かって歩き出す。


しばらくすると「花沢の里」に到着する。「花沢の里」は、山の谷地にある30戸ほどの山村集落。江戸時代の面影を残す風情漂う町並みは、観光スポットとしても人気らしい。


花沢の里が終わると、満観峰の登山口が始まる。


登山堂脇には梅の花が満開だ。


よく見るとメジロが花びらを啄んでいる。


そして、山の斜面には桜と菜の花が満開。まさに春本番といった感じだ。


50分ほどで鞍掛峠に到着する。


鞍掛峠で少し休んでから、緩やかな登山道を進む。登山道沿いにあったスダジイの木。


切り株の上には、この日の日付が記されている。毎日、誰かが日付を変えてくれているのだろう。


丸子の出会いに着くと、頂上までは300mだ。


頂上間近になると、焼津港や駿河湾がキラキラと光っている。


10時40分。満観峰頂上470mに到着する。山頂からは、富士山がクッキリと見えるはずであったが、富士山のあたりには雲が出ていて全く見えない。しかたなく、富士山の方向を見ながら早めのランチとする。


低山ながら、山頂からは「満観峰」の名にふさわしく、山頂には広々とした展望広場があり、富士山や南アルプス、伊豆半島や駿河湾を一望できる大パノラマが広がっている。




1時間ほど山頂にいると、白い富士山の山頂がわずかに見えてきた。これだけ見えてきたところで、下山を開始する。


鞍掛峠に戻り、休憩。


花沢の里に戻ってくると、法華寺に立ち寄る。法華寺は、創建が奈良時代と伝わる古刹で、「乳観音」として古くから女性の信仰を多く集めてきたという。


駐車場まで行く途中には、蔵&庭カフェ「カントリーオーブン」という古民家カフェがあり、スイーツ&コーヒーでくつろいでいく。




駐車場に戻ると、相変わらず9割方は車で埋まっていた。頂上では多くの登山者で賑わっていたが、その後も続々と登山者が上がってきており、人気の山であることがよく分かった。


参考1.満観峰の高低図&コースタイム


参考2.満観峰のコースマップ

2024奄美ヨーリヨーリランツアー:4日目

2024-02-11 17:32:39 | 山登り
奄美大島の最終日、観光は半日くらいしかできないので、宿からは遠いが、思い切って奄美大島最高峰の湯湾岳に登ることにした。とはいえ、それなりの登山道を歩いて登るには、ガイド付きで少人数でなければならないという湯湾岳ルールがあり、我々のグループでは、それは無理なので、ガイド不要で短時間で登れる大和村側のコースに向かう。

大和村側のコースは、9合目まで車で行くことが出来る。宿からは1時間半以上かかったが、10時前に9合目の登山口に到着する。


湯湾岳の案内看板。


登山口から木段を登っていく。


木段を登っていく途中で駐車場が見えたが、我々の車しか止まっていない。


登山道は、ずっと木段となっており、地面を傷めないよう整備されている。


10分もかからず、湯湾岳山頂付近にあるほこらの広場(ターサ)に到着する。




ターサの中央には、展望台があり、登り口には湯湾岳の伝承などが書かれている。


高さ5,52メートルの展望台に上ると、世界自然遺産の山並みや、島を囲む海が見える。湯湾岳は国立公園の特別保護地区でもある。


展望台の標高は675mくらいなので、湯湾岳の山頂694mより低い。本当の山頂は、この森の奥らしいが、奄美大島を造った神様「阿麻弥姑(あまみこ)」と「志仁礼久(しにれく)」が降り立ったとされる霊峰で、今でも地元の人から畏れを持って大切にされており、一般の人はそこまで入ることが出来ない。


我々は、展望台まで行けたことで、湯湾岳山頂に着いたこととする。


ターサの入り口にある鳥居を通って、下山することにする。


湯湾岳からの帰り道の途中にあるのが、マテリアの滝だ。マ・ティダ・ヌ・コモリという太陽が輝く滝壺を意味する島口が名前の由来。昔はこの辺はうっそうとした林であったが、この滝壺の上だけが美しく照り輝いていたことからつけられたと言われている。正午頃は太陽が真上から降り注ぎ、名前の通り美しい滝壺を見ることができるという。


階段を下り滝つぼに向かう。


数分で、マテリアの滝が見えてきた。


まだお昼前で、天気も曇っていたので、あまり輝いているようには見えなかったが、光が当たればさぞ美しいだろうと思った。




入口まで戻って、案内板の前で記念撮影。


その後、1時間半かけて奄美空港まで行き、空港で解散し、各地への帰路についた。

参考1.湯湾岳の高低図&コースタイム


参考2.湯湾岳のコースマップ

2024奄美ヨーリヨーリランツアー:3日目

2024-02-10 21:57:36 | 観光
マラソンの翌日は、奄美大島のアクティビティを1日楽しもうという事で、金作原原生林トレッキング、マングロープカヌー、ナイトツアーと朝から晩まで予定を入れ込んだ。

この日は朝から雨模様。しかし、大した雨ではなく昼前には上がる予想だったので、合羽を用意して、金作原原生林トレッキングに出かける。2021年に世界自然遺産に登録された奄美大島は”東洋のガラパゴス”と呼ばれ、他の地域では中々見られないような固有種の生物がたくさん生息している。その中でも金作原原生林は奄美大島の亜熱帯植物が多く残されている。自然環境保護のため、金作原を利用する際には認定ガイドの同行が必須だ。原生林に入る前に、ガイドさんからいろいろ入林する上での注意を受ける。


車止めの横から、原生林の中に入っていく。


国内では、奄美大島、徳之島、喜界島のみに分布するシマサルスベリ。


南方系の大柄なシダとして知られる、リュウビンタイ。


ガイドさんの声掛けで、上を見上げる。


頭上には巨大なヒカゲヘゴ。今にも恐竜が出てきそうな風景だ。平成6年の映画「ゴジラVSスペースゴジラ」のロケ地にもなっているというから、それは頷ける。


ショウベンノキ。漢字で書くと小便の木、名前の由来は春先に枝を切ると水液がたくさん出ることかららしい。


サクラツツジ。 花が桜色であることから名づけられた。


深い照葉樹に覆われた森の中。急な階段を下りていく。


階段の下まで降りていき、上を見上げると、オキナワウラジロガシの巨木を見上げることができる。


階段を上り、元来た道を引き返す。巨大なヒカゲヒゴまで来たところで、全員で記念撮影。


金作原原生林トレッキングを終え、町中に戻り、昼食を済ます。

午後からは、マングローブ林の川の中をカヌーで探検だ。まずは、カヌーに乗る前にパドルの使い方の練習。




一通り練習した後、いよいよカヌーに乗り込むため川に向かう。


ガイドさんがカヌーを支えてくれているので、安心して乗り込む。


経験者は何人もいるので、カヌーに乗り込むと、みんな颯爽と漕ぎ出す。


マングローブの森が近づいてきた。


森の中で、ガイドさんの説明を聞く。


一通り説明を聞くと、乗船口に向かって漕ぎ出す。


途中、浅瀬にカヌーを乗り上げて休憩。全員揃ったところで記念撮影。


無事、乗船口に到着。一人一人、カヌーを支えてもらって下船だ。




カヌーも終わり、帰り道で、奄美大島世界遺産センターに寄っていく。


ナイトツアーで見られるであろうアマミクロウサギの剥製。


一旦ホテルに戻り、大急ぎで夕食を済ます。


夕食の後、ナイトツアーの予約をしてあったので、急いで集合場所に向かう。

ナイトツアーは、2台の車に分乗する。1台は、普通のワンボックス。そしてもう1台は、屋根のない四輪バギー車だ。奄美大島とはいえ、夜の山道はかなり寒い。私は、最初は普通のワンボックスだったので寒くなかったが、半分地点で四輪バギー車に乗り換える。雨合羽を着て乗り込めば、寒さもしのげる。そして、何といっても視界が広く開放感はある。


既にワンボックスに乗っていた時に、アマミクロウサギや毒蛇を見ることが出来たが、四輪バギー車の方が間近で見られる。早速、ハブを見つける。


ライトで照らされたハブは、いかにも禍々しい。奄美の人は、夜はほとんどで歩かないというのがよくわかる。我々のような観光客が、車の上から見に行くだけだ。


アマミクロウサギも何匹か見かけたが、動きが早くて写真にはうまく撮れなかった。

最後は、バギー車ならではのパワーで、夜中の山道を走行していく。まるで、ジェットコースターに乗っているかのようだ。


集合場所に戻ったところで、バギー車に乗って記念撮影。こんな車に乗れる機会はめったにない。


奄美大島最後の長い一日が終わった。

「2024奄美ヨーリヨーリランツアー:4日目」に続く。

2024奄美ヨーリヨーリランツアー:2日目

2024-02-09 21:57:45 | マラソン
ウルトラマラソン当日。我々の仲間たちは全員50キロに参加予定だ。スタート前に、記念写真を撮る。


ばしゃ山村の入り口前で、スタートの合図を待つランナーたち。


午前6時。1分ごとの時差スタートで50キロのランナーが走りだす。5分後には、100キロのランナーがスタートする。全種目で200人ほどの参加者だという。


夜中まで雨が降っていたので、スタート時にもパラパラと小雨模様だったが、次第に雨は上がる予定だ。


午前7時頃、東の空が明るくなってきた。


7時過ぎ、水平線から日が昇る。雲は多いが、雨の心配はなさそうだ。


彼岸桜の並木道の横を通る。


浜辺沿いの道を走る。




最初のエイド「あやまる岬」に到着する。スタートから14.3キロ地点となり、いささかお腹が空いていた。スタートから最初のエイドまで距離が長いので、食料を持参していったので何とか持ちこたえたが、できればその中間あたりでもエイドがあるとよかった。


次のエイドは26キロ地点となり、これまた遠い。気温も高く、飲み物にも事欠きそうなので自販機で飲み物を買っておく。最初からアップダウンが小刻みにあり、結構きつかったが、下り坂があると嬉しい。


須野ダムの周回コースに入る。須野ダムは、彼岸桜の名所として奄美では有名な場所らしい。




ダム湖をほぼ一周する。


2番目のエイド「笠利岬」に到着する。26キロ地点となり、ほぼ半分まで来たことになる。ここには、夢をかなえる「カメ」さんがいる。この地には古来より海の彼方には恵をもたらす神の国(龍宮)があり、人々に幸せをもたらすと信じられてきた『ニライカナイ伝説』があったそうだ。この伝説が大和の国に伝わり、浦島伝説として日本中に知れ渡ったといわれている。奄美大島最北端のこの地には亀にまつわる伝説も残っていて、そのことから神の国(龍宮)の使者であると信じられているという。




奥に見えるのが、笠利岬の灯台。


ここでもお腹が空いていたので、クリームパンをペロリといただく。


海を見ながら、後続のランナーたちともすれ違いつつ笠利岬を折り返す。


長い上り坂が続く。上りは、走れないので早歩きだ。


再び海岸沿いのコースに入ってきた。


12時を過ぎたころ、急に雲が晴れ、日が当たってきた。今までどんよりした空が、急に明るくなり日差しも強くなってきた。そして、海の色がエメラルドグリーンの美しい色に変わってきた。


打田原ビーチは、いかにも奄美大島らしい景色だ。そして、この海は東シナ海。


3番目のエイド「まーぐん広場」を過ぎると、残り13キロほど。制限時間は8時間半なので、歩いてでもゴールできる。見知らぬランナーたちとも話をしながら、慌てずにゴールを目指す。

7時間40分ほどで、ばしゃ山に無事ゴール。先にゴールしていた仲間たちとも会って記念撮影。




その後、他の仲間たちも続々とゴール。時間外になっても最後まであきらめず、16時過ぎには全員が無事完走する。

100キロではゴール後のダメージは大きいが、50キロなら余裕がある。全員完走後のビールは一際おいしかった。


「2024奄美ヨーリヨーリランツアー:3日目」に続く。

2024奄美ヨーリヨーリランツアー:1日目

2024-02-08 22:19:13 | 観光
先週末から奄美大島に出かけていた。奄美大島で行われるウルトラマラソンに参加するためだ。1日目は、移動のみで昼前には奄美に到着する。奄美空港で昼食を済ませ、宿の人にお迎えに来てもらう。

宿泊する宿は、奄美リゾートばしゃ山村だ。マラソンのスタート&ゴール地点となり、一番楽ちんな場所だ。


因みに、ばしゃ山とは糸芭蕉の群生林のことだという。高価な芭蕉布のもととなるばしゃ山は財力を意味し、不美人はばしゃ山をつけて(セットで)婿をさがしたということから、奄美では不美人の代名詞であったそうだ。一説では年頃の娘の謙遜語であったとも伝えられている。

ばしゃ山村でマラソンの受付を済ませ、向かいにあるケンムン村を散策に行く。ケンムン村は、シマ唄体験や塩作り体験・お菓子作り・陶芸など島にまつわる体験を楽しむことができる。


ちなみに「ケンムン」とは、奄美群島に伝わる妖怪で、容姿は河童に似ており、ガジュマルの木を住処とし、「木の精霊」とも言われているそうだ。島の精霊ケンムンにお祈りが出来るケンムン神社によっていく。


お社の下にはキレイに輝く夜光貝(やこうがい)の貝殻が敷き詰められている。


ケンムン村を出て、更に周辺を散策していく。ところどころに彼岸桜が咲いており、南の島はさすがに桜の開花が早い。


森の中を進んでいくと「薗家の庭園」と言う案内看板があったので、そちらによってみる。看板を読むと、かつて琉球の役人をもてなした由緒ある薗家住宅(国指定登録有形文化財)と庭園(奄美市指定文化財)だという。


屋敷は、雨戸が閉まっていて誰もいないようだった。この屋敷は、2018年大河ドラマ「西郷どん」のロケ地として使われたという。西郷吉之助(鈴木亮平)が、愛加那(二階堂ふみ)と共に暮らした場所だった。




庭には奄美固有の植物や希少種がたくさん植えられており、奄美大島の中でもあまり見られない珍しい木や植物が見られる。庭には池や水路がめぐらされており、水たまりの中にはアマミシリケンイモリが群がっていた。


彼岸桜の下で記念撮影。


葉っぱの上に桜の花びらが、乗っかっている。


一通り山の中を抜けると海岸に下りていく。


ばしゃ山村の前のビーチ。


ビーチの中にある大きな岩に上ってみる。


ばしゃ山村の看板前で記念撮影。


ばしゃ山の建物に向かって帰る。さすが南国のリゾート地らしい雰囲気だ。


夜は、ケンムン村のレストランでマラソンの前夜祭が始まる。挨拶は、奄美市長だ。


会場は、立食パーティ形式となり、食事の開始が始まるのを待つ。




食事の開始が始まると、一斉に人が並びだす。


奄美の食材を使った料理をいただき、イベントの開始を待つ。




地元の歌手が出演して、奄美民謡を何曲か聴かせてもらう。


最後は、南の島らしく曲に合わせて全員で踊りだす。




翌日は、マラソン本番だ。前夜祭から帰ると、早めに寝てマラソンに備える事にした。

「2024奄美ヨーリヨーリランツアー:2日目」に続く。