金沢のお勧め観光スポットでは、兼六園と共に1、2位を争うといえばひがし茶屋街だ。2年前は行けなかったので、今回はまず行こうと思った。ひがし茶屋街は、国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されており、保存地区内の建築物140のうち約3分の2が伝統的建造物であり、茶屋町創設時から明治初期に建築された茶屋様式の町家が多く残っている。
ナビの案内に従ってひがし茶屋街の駐車場を探していくと、狭い路地の道に入り、訳が分からなくなってしまったが、近くにいた人に教えてもらい、川沿いの観光駐車場に何とかたどり着く。観光案内所のようなところで地図を貰おうと茶屋街に入っていく。地元の人に聞くと、ひがし茶屋休憩館で貰えるという事で、中に入ると、数人の女性がぞろぞろと出てきた。いろいろ話を聞くと、女性たちは観光ボランティアガイドで、茶屋街を無料で案内してくれるという。
まずはひがし茶屋休憩館の案内からだ。この休憩館は、もともとは明治時代初期に建造された町屋で、空き家になっていた建物を江戸時代の町屋様式に改修し、2004年5月に休憩所としてオープンしたという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5e/c0/68c19bb9adaca44dfe09fff69d5de66e.jpg)
二階にも部屋があるが、階段がない。狭い場所を有効に使うため、必要な時に梯子をかけて二階に上がるようになっているという。
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観光ボランティアガイドは、「まいどさん」と呼ばれている。これから、ひがし茶屋街界隈を親切に案内してくれる。
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京都の祇園と並び、江戸時代から明治初期に花街として栄えた茶屋建築の街並みは、一番の記念撮影スポットだ。
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ご多分にもれず、このあたりでも結婚式の前撮りが行われていた。赤い着物姿の花嫁さんが艶やかだ。
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ひがし茶屋街を歩いていると、建物の玄関先に奇妙なものがぶら下げられているのが目に付く。よく見るとトウモロコシだ。このトウモロコシは「門守(かどもり)」と言われる金沢の風習のひとつだという。昔からトウモロコシは「雷除け」とされていたようだが、それが「魔よけ」となり、豆(まめ=実)が多いほど「まめまめしく健康に働け」、毛(もう)が多いほど「儲けが多い」とされて 縁起物になったということだ。
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建物の格子の断面は台形になっていて、外側が太く、内側が細くなっている。これは、室内により多くの光を採り入れる工夫だ。昼間は建物の中が見えづらく、反対に家の中から外は見えやすい。プライバシーを守る構造である。こんな話も、「まいどさん」から教えてもらう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/10/2f6d259d33d9d564cf7a0a15d04dc5ae.jpg)
ひがし茶屋街でも特にお勧めなお店が「箔座 ひかり藏」だ。店の入口には大きく「金箔」と書かれた看板があり、「世界に誇る伝統の技を守り、中尊寺金色堂や西本願寺をはじめ国宝、重要文化財などの修復に使われる金沢伝統箔「縁付」をつくり続ける「箔座」の直営店です。」との案内がある。
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店の中に入ると、金箔を張り巡らした曼荼羅が飾られていてびっくりする。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/49/ba/cc6787451d7060f1ab9029c6553641d8.jpg)
そして、一番の目玉は、店の奥にある「黄金の蔵」だ。外壁は最上級の漆喰の壁に塗り直し、箔座が開発した純金とプラチナの合金箔「純金プラチナ箔 永遠色」を一枚ずつ丁寧に置いて仕上げている。どのくらい金箔が持つのか実験するために、あえて雨ざらしで屋外に建ててあるそうだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/b9/08e58499adb12ddd048db7a7cc611e1f.jpg)
内壁は、本来の壁の土に沖縄の泥藍を合わせ、網目模様の表情を持たせた壁に24Kの純金箔で日昇をイメージしたグラデーションをつくり出しているという。まさに金の輝きが凄い。
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ひがし茶屋街の奥にひっそりと佇むのは「東山菅原神社」だ。学問の神様と呼ばれる菅原道真を祀り、芸妓たちの守り神、ひがし茶屋街の鎮守社として創建された。
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東山菅原神社の反対側にあるのは、金沢五社のひとつである「宇多須神社」だ。
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1599年(慶長4年)に、2代目藩主前田利家が金沢城の鬼門であるこの場所に鬼門鎮護の神社として建てた。江戸時代には、前田利家を祀っていたという。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2b/34/03d73d79f1935f67329ff7bb72136543.jpg)
折角来たので、拝殿にお参りしようと拝殿に近づくと、縁の下に怪しい人影が見える。なんでこんな場所に人がいるのか気になって近づいてみると、忍者の人形だった。神社の境内に忍者の人形が置かれているのが何故なのか調べてみたら、北陸大学の学生のアイデアで置かれたようである。同大学初の学生ベンチャー「サムライ金沢株式会社」が金沢の武家文化を発信しようと企画したものだという。この日は、一体の忍者しか見ることはできなかったが、本当は三体あるらしい。こんなことなら、もっとよく境内を見て回ればよかった。
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園長寺。由来によれば三代目前田利常が卯辰山周辺に鷹狩りを行った際、小休憩所として利用したと伝えられている。その縁により利常の位牌を守り現在も安置。剣梅鉢の袈裟使用などが許されている。六角造りの一切経蔵には一切経が大切に保管されているそうだ。
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一通りひがし茶屋街を回ると、まだ時間があったので、川に向こうにある主計町(かずえまち)茶屋街まで足を延ばす。浅野川沿いに昔ながらの風情ある料理屋や茶屋が立ち並び、かつては旦那衆が人目を避けて茶屋街に通ったとされる、昼間でも薄暗い石段が続く「暗がり坂」や、作家・五木寛之が命名した「あかり坂」は、趣のある風景に出会える場所だ。主計町の名称は、加賀藩士・富田主計(とだかずえ)の屋敷があったことに由来する。
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坂下には主計町事務所と記された建物がある。この建物は芸妓さんたちのお稽古場である。タイミングの良ければ、建物の2階から鼓や三味線の音色が聞こえてくるそうだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4b/15/ae7b44ce3c30bdaa6c90be85e89e9a75.jpg)
中の橋。藩政時代に個人が架けた橋で、渡るたびに一文を徴収したことから、「一文橋」とも呼ばれていた。主計町は、金沢市内では東山と並び重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、かつての面影を残す平屋とともに、趣ある橋の景観を楽しめる。また、作家・泉鏡花の作品「化鳥」、「照葉狂言」の舞台となったことでも知られる。
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主計町茶屋街も一回りして、駐車場に戻るが、最後に金沢らしい食べ物を食べていこうと、金箔入りソフトクリームを買ってみる。金が入っているだけあって、値段も普通のソフトクリームの倍以上もする。金自体は味もなく食べても無害だ。見た目が凄いのもあるが、ソフトクリーム自体も金沢の山中で育てられた滋養たっぷりの烏骨鶏の卵を使っているので他のソフトクリームよりも一味も二味も違う美味しさだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/38/1b/18088750c3da344a8d15d587249a04d0.jpg)
金沢の二つの茶屋街を回り、十分堪能できたという事で、そのまま帰路に着く。帰りは、北陸道経由で順調に帰る。今回も、金沢をマラソンと観光で目いっぱい楽しむことが出来て、記憶に残るマラソンツアーになった。
ナビの案内に従ってひがし茶屋街の駐車場を探していくと、狭い路地の道に入り、訳が分からなくなってしまったが、近くにいた人に教えてもらい、川沿いの観光駐車場に何とかたどり着く。観光案内所のようなところで地図を貰おうと茶屋街に入っていく。地元の人に聞くと、ひがし茶屋休憩館で貰えるという事で、中に入ると、数人の女性がぞろぞろと出てきた。いろいろ話を聞くと、女性たちは観光ボランティアガイドで、茶屋街を無料で案内してくれるという。
まずはひがし茶屋休憩館の案内からだ。この休憩館は、もともとは明治時代初期に建造された町屋で、空き家になっていた建物を江戸時代の町屋様式に改修し、2004年5月に休憩所としてオープンしたという。
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二階にも部屋があるが、階段がない。狭い場所を有効に使うため、必要な時に梯子をかけて二階に上がるようになっているという。
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観光ボランティアガイドは、「まいどさん」と呼ばれている。これから、ひがし茶屋街界隈を親切に案内してくれる。
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京都の祇園と並び、江戸時代から明治初期に花街として栄えた茶屋建築の街並みは、一番の記念撮影スポットだ。
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ご多分にもれず、このあたりでも結婚式の前撮りが行われていた。赤い着物姿の花嫁さんが艶やかだ。
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ひがし茶屋街を歩いていると、建物の玄関先に奇妙なものがぶら下げられているのが目に付く。よく見るとトウモロコシだ。このトウモロコシは「門守(かどもり)」と言われる金沢の風習のひとつだという。昔からトウモロコシは「雷除け」とされていたようだが、それが「魔よけ」となり、豆(まめ=実)が多いほど「まめまめしく健康に働け」、毛(もう)が多いほど「儲けが多い」とされて 縁起物になったということだ。
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建物の格子の断面は台形になっていて、外側が太く、内側が細くなっている。これは、室内により多くの光を採り入れる工夫だ。昼間は建物の中が見えづらく、反対に家の中から外は見えやすい。プライバシーを守る構造である。こんな話も、「まいどさん」から教えてもらう。
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ひがし茶屋街でも特にお勧めなお店が「箔座 ひかり藏」だ。店の入口には大きく「金箔」と書かれた看板があり、「世界に誇る伝統の技を守り、中尊寺金色堂や西本願寺をはじめ国宝、重要文化財などの修復に使われる金沢伝統箔「縁付」をつくり続ける「箔座」の直営店です。」との案内がある。
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店の中に入ると、金箔を張り巡らした曼荼羅が飾られていてびっくりする。
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そして、一番の目玉は、店の奥にある「黄金の蔵」だ。外壁は最上級の漆喰の壁に塗り直し、箔座が開発した純金とプラチナの合金箔「純金プラチナ箔 永遠色」を一枚ずつ丁寧に置いて仕上げている。どのくらい金箔が持つのか実験するために、あえて雨ざらしで屋外に建ててあるそうだ。
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内壁は、本来の壁の土に沖縄の泥藍を合わせ、網目模様の表情を持たせた壁に24Kの純金箔で日昇をイメージしたグラデーションをつくり出しているという。まさに金の輝きが凄い。
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ひがし茶屋街の奥にひっそりと佇むのは「東山菅原神社」だ。学問の神様と呼ばれる菅原道真を祀り、芸妓たちの守り神、ひがし茶屋街の鎮守社として創建された。
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東山菅原神社の反対側にあるのは、金沢五社のひとつである「宇多須神社」だ。
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1599年(慶長4年)に、2代目藩主前田利家が金沢城の鬼門であるこの場所に鬼門鎮護の神社として建てた。江戸時代には、前田利家を祀っていたという。
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折角来たので、拝殿にお参りしようと拝殿に近づくと、縁の下に怪しい人影が見える。なんでこんな場所に人がいるのか気になって近づいてみると、忍者の人形だった。神社の境内に忍者の人形が置かれているのが何故なのか調べてみたら、北陸大学の学生のアイデアで置かれたようである。同大学初の学生ベンチャー「サムライ金沢株式会社」が金沢の武家文化を発信しようと企画したものだという。この日は、一体の忍者しか見ることはできなかったが、本当は三体あるらしい。こんなことなら、もっとよく境内を見て回ればよかった。
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園長寺。由来によれば三代目前田利常が卯辰山周辺に鷹狩りを行った際、小休憩所として利用したと伝えられている。その縁により利常の位牌を守り現在も安置。剣梅鉢の袈裟使用などが許されている。六角造りの一切経蔵には一切経が大切に保管されているそうだ。
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一通りひがし茶屋街を回ると、まだ時間があったので、川に向こうにある主計町(かずえまち)茶屋街まで足を延ばす。浅野川沿いに昔ながらの風情ある料理屋や茶屋が立ち並び、かつては旦那衆が人目を避けて茶屋街に通ったとされる、昼間でも薄暗い石段が続く「暗がり坂」や、作家・五木寛之が命名した「あかり坂」は、趣のある風景に出会える場所だ。主計町の名称は、加賀藩士・富田主計(とだかずえ)の屋敷があったことに由来する。
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坂下には主計町事務所と記された建物がある。この建物は芸妓さんたちのお稽古場である。タイミングの良ければ、建物の2階から鼓や三味線の音色が聞こえてくるそうだ。
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中の橋。藩政時代に個人が架けた橋で、渡るたびに一文を徴収したことから、「一文橋」とも呼ばれていた。主計町は、金沢市内では東山と並び重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、かつての面影を残す平屋とともに、趣ある橋の景観を楽しめる。また、作家・泉鏡花の作品「化鳥」、「照葉狂言」の舞台となったことでも知られる。
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主計町茶屋街も一回りして、駐車場に戻るが、最後に金沢らしい食べ物を食べていこうと、金箔入りソフトクリームを買ってみる。金が入っているだけあって、値段も普通のソフトクリームの倍以上もする。金自体は味もなく食べても無害だ。見た目が凄いのもあるが、ソフトクリーム自体も金沢の山中で育てられた滋養たっぷりの烏骨鶏の卵を使っているので他のソフトクリームよりも一味も二味も違う美味しさだ。
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金沢の二つの茶屋街を回り、十分堪能できたという事で、そのまま帰路に着く。帰りは、北陸道経由で順調に帰る。今回も、金沢をマラソンと観光で目いっぱい楽しむことが出来て、記憶に残るマラソンツアーになった。